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編集長の視点|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
科学ライター。京都大学大学院農業研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て独立。フリー活動12年目に入った

放射線リスクに対処するには、総合的な情報提供と共有、意見交換が必要(下)

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2012年11月8日

 前回、「府省庁有志による放射線講演会事務局」が9月26日に開いた連続講演会「放射線について『知って・測って・伝える』ために」の第3回講演会で、私が話した前半部分を紹介した。

 話したことは4項目。(1)今年春からの食品の新基準値の問題点
(2)今、農業現場でなにが起きているのか
(3)食品におけるリスクの比較と優先順位付け、費用便益分析の重要性
(4)情報を伝えるということ、なにが問題だったのかーである。
今回紹介するのは、(3)(4)だ。

 食品中に含まれる原発事故由来の放射性物質を極力低く、と志向する人は今でも当然多い。検出限界未満に、ゼロに、という方向性が、それほどコストをかけずにできて、なおかつ食品のリスクを大きく下げるのなら、それもあり、かもしれない。しかし、そうではないことがはっきりしてきている。そのことを伝えて、集まった人たちに「では、なにをするのか?」を考えてほしかった。

 まず、食品におけるリスクの比較である。指標、すなわちモノサシはいくつかある。
今春、論文として発表された東京大学・村上道夫特認講師らによる研究では、発がんリスクで比較されている。東京都民の昨年3月から1年間の放射性セシウム摂取量は低く、発がんリスクの比較では、放射性セシウムの影響は放射性カリウムやヒ素に比べて小さい(東京大学・JST発表)

 また、暴露マージン(MOE)の検討でも、現状の放射性セシウムの汚染であれば、ほかの発がん物質に比べて優先順位が低い。
 MOEというのは、おおまかに説明すると、ヒトやマウス等で毒性(発がん性)が検出される量を、ヒトが摂取している量で割って出した数値で、これが小さいほど量が近く、対策の優先順位が高い、と考える。欧州食品安全機関(EFSA)は、MOEが10000以上のものはヒトの健康への懸念は低い、としている。MOEについては、農水省の用語説明がわかりやすい。

 国立医薬品食品衛生研究所安全情報部の畝山智香子第三室長が、日本原子力文化振興財団のサイトでのインタビューで、MOEによる比較に触れている。
 畝山室長は、発がん性が検出される量を100mSvとし、摂取量(暴露量すなわち被ばく線量)を仮に10mSvとしてMOE=10としているが、実際の被ばく線量はこれよりも遥かに小さいと説明している。

 これまでに、被ばく線量についてさまざまな機関が推計しているが、相当に高く見積もっても年間0.1mSv〜0.2mSv程度だ(厚労省薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会放射性物質対策部会作業グループ(線量計算等)による被ばく線量推計国立医薬品食品衛生研究所推計日本生活協同組合連合会の陰膳調査)。0.2mSvとして、畝山室長の算出方法に沿って検討すると、MOEは500となる。

 たしかに10000という数字に比べると低く対策が必要だが、フライドポテトやビスケット等に多いアクリルアミドや、トウモロコシやナッツ等に付きやすいカビ毒、アフラトキシンなどと同程度の数字。これらに比べて対策の優先順位が際立って高いとは言えない。

 畝山室長も触れているが、日本人にとって無機ヒ素が重大な問題となりつつある。無機ヒ素は発がん性があるとみられているが、摂取量調査が従来、不足していた。近年、さまざまな調査で、日本人の摂取量がかなり多いことが明らかになってきており(東京大学・小栗朋子さんの修士論文要旨農水省・有害化学物質の含有実態調査の結果をまとめたデータ集)、原発由来の放射性物質に比べて、リスクが高いのは明らかである、と私は思う。

 こうしたリスクの比較は、一部の人たちからは毛嫌いされる。原稿を書いたり講演で話したりすると、御用ジャーナリストの烙印を押されてしまう。強い非難を浴びることもある。

 しかし、そうであっても言い続けなければいけないのは、日本の財政が非常に厳しく、「国や東京電力に賠償させればいい」ではもはや、解決のしようがないからだ。限られたリソースを有限に分配しなければ、本当に必要な施策を実施することができない。
 現在、真に重要な施策は、福島県での外部被ばく対策であり、地震、津波で大きな被害を被った東北各県の人たちや地域への支援だろう。こうしたことを真剣にやろうと思ったら、やっぱり“金勘定”をするしかない。

 そこで、岡敏弘・福井県立大学教授の費用便益分析についても、紹介した。
 岡教授は、リスクを減らすのに要する費用(コスト)は、それによって得られる便益(ベネフィット)に見合うのか、という検討を、事故直後からずっと続けている。
 算出方法については異論はあれど、費用便益分析は政策決定の際に必須のはずだ。しかし、こうしたことが、日本の行政においてはまったく行われていないことを指摘した。

 今回の連続講演会は「知って、測って、伝えて」というタイトルだったので、私に課されていたのは「伝えて」を考察することだったと思うが、「どう伝えるか」の前にやっぱり、「何を伝えるのか」をより深く考えることが大事だ。

 私は「顕微鏡の目だけではだめ。俯瞰の目を持て」といろいろなところで書き、各地の講演でもよく話している。特に、官僚の方々には俯瞰の眼が必要。特定の領域に注目し対策に金を注ぎ込むことを目立ちやすく、マスメディアなどに評価されやすく、よいパフォーマンスになるため、政治家も行政組織もとかくやりたがる。それは止めてほしい、というのが私の願いだ。

 福島原発事故対策では、市民、消費者が俯瞰の目を持つための情報提供、解釈、見通しを伝える努力が足りなかったと思う。行政は、データは次から次へと公表するけれども、肝心のデータの解釈を伝えることに尻込みしてしまった。マスメディアも、私のような仕事の者も、多岐にわたる情報の提供がまったく足りなかった。

 「伝え方」、ハウツーの前に、市民が暮らしの中で判断するのに必要な情報と解釈を、しっかりと投げかける努力をすることが大事なはず。国がそれをできなかったのは、国の責任だけではなく、解釈を伝えようとした省庁を「国民を誘導する」とめちゃくちゃにたたいたマスメディアに問題があったのではないか。恐れずに、プロとして伝えてほしい。そういった趣旨を、集まった方々に要望した。私も努力したいと言い添えた。

 連続講演会は第3回でとりあえず終了だったので、この後に、毎日新聞水と緑の地球環境本部・本部長、東京本社編集編成局編集委員の斗ヶ沢秀俊氏の司会で、第一回の田崎晴明・学習院大学教授、早野龍五・東京大学大学院教授、私、それに会場に集まった方々とのクロージングディスカッションがあった。行政の広報、広告、縦割り行政の問題点などが話し合われた。

 行政の広告と広報の違いなどが取り上げられ、個人的には「そんなところに、官僚の方々の興味はあるのか」と驚いた。そういう意味では、集まった方々はやっぱり、伝え方のハウツーを私に求めていたのかもしれない。期待に沿えず、申し訳ない気もしたが、仕方がない。

 3回とも出席して感じたのは、「こういう場を作る」ということが、今の府省庁の中でいかに異例であり大変だったか、ということ。府省庁横断で開いたという事実が重要だったようだ。田崎教授が「次は、官僚がクローズドの場で話す場を作るべきだ」と仰っておられて、私もまったくその通りだと思った。話し合って実際の行動に結びつけてこそ、意味がある。それには、クローズドの場での本音のぶつかり合いが必要だ。

 目立った施策など望まない。自由に意見を述べ合い、「日本にとって大事なことはなにか」という思いを共有し、自分の持ち場でもその思いは忘れない。そんな連携であってほしい、と願う。
 今回の連続講演会を開いた有志の方々は、これで終わりにするつもりはなく、次なる展開を検討中だという。

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