いまの憲法のままでは日本の国は守れない。
そうした危機感からの書です。
現に尖閣諸島の現状をみてください。
中国の艦艇が連日のように日本の主権を侵しています。
日本の領海に侵入してくるのです。
しかし日本側はなにもできません。
突き詰めれば、憲法のためです。
このままだとやがて、わが日本国は尖閣諸島の施政権を有するといえなくなるでしょう。そうなると、日米同盟は機能しません。尖閣は日本の領土ではなくなっていきます。
こうした危機のメカニズムを日米同盟をめぐる状況からまず報告したのがこの本です。
尖閣に限らず、日本の防衛はいまの憲法によっていかに自縄自縛となっているか、佐瀬昌盛氏の一文を解説の意味をこめて、掲げさせていただきました。
≪9条の読み方の違い≫
ところが、では憲法の9条との関係でそれは正当な行動と呼べるかとなると、驚くほど多くの国民がしどろもどろだろう。無理もない。何せ憲法制定国会問答で 吉田茂首相が「戦争の放棄」を謳(うた)うこの憲法の下、「自衛権の発動としての戦争」も放棄したかのごとき答弁を残したほどなのだから。
だから、自衛隊の前々身の警察予備隊が発足した昭和25年以降、万年野党ながら国会第二党だった日本社会党が「非武装中立」論の下、「自衛隊違憲」を唱え たのも、あながち奇異とは言えなかった。多くの知識人、とくに憲法学者の多数派が社会党のこの主張に共鳴した。9条については、立場次第でいく通りもの読 み方があったし、現になおその名残がある。
ただ、こと政府に関する限り、9条の読み方は一本化された。警察予備隊、保安隊を経て吉田政 権最末期に自衛隊が発足した後、昭和29年暮れに誕生した鳩山一郎政権は自衛隊の根拠となる「自衛権の存在」を憲法解釈として明言した。いわく「第一に、 憲法は、自衛権を否定していない。第二に、憲法は戦争を放棄したが、自衛のための抗争は放棄していない(=自衛隊はこの抗争用の手段)」。
40年後の平成6年にはからずも首相の座に押し上げられた村山富市社会党委員長は一夜にして「自衛隊違憲」から「自衛隊合憲」に乗り換えてしまった。つま り、政府首長として右の政府統一見解に改宗、積年の、だが賞味期限のとっくに切れた社会党流の解釈を見限ったのだ。誰が見ても、それはそれで結構なこと だった。
が、これらの歴史的情景は、立憲国家にとって健常と言えるか。否、だろう。有事に国と国民を守るという国家至高の責務の可否が 憲法条文で一義的に明瞭とは言えない状態は、健常であるはずがない。無論、この異常さの淵源は現行憲法が敗戦の翌年、占領下で制定された点にある。それが 百%の押し付け憲法ではなかったとしても、日本は戦勝国による非軍事化政策を受容するほかなかったし、結果、自衛権の存否につき立場次第で百八十度方向の 違う解釈さえ許す憲法が誕生したのである。
≪国家の一丁目一番地の問題≫
爾来(じらい)、こと自衛権の存否に関する 限り日本は「憲法解釈」なしでは立ち行かない国である。念のため言うが、「憲法解釈」の必要がない国などない。が、ことは程度問題だ。国家の自衛というい わば国家に取り一丁目一番地の問題までもが、半世紀を超えて「解釈」に依存し続ける国は日本以外にはない。今後もそれでいいのか。
今 日、納税者たる国民は有事に国家が自衛隊をもって自分たちを守る、すなわち、自衛権を行使するのを自明視している。だが、それは9条を読んで納得したから でもなければ、いわんや先述の政府統一見解に共鳴してのことでもない。そんなこととは無関係に、納税者としていわば本能的欲求がそういう反対給付を国家に 求めているまでのことだ。乱暴に言うと、自衛権について何を言っているのかが曖昧な9条なぞどうでもいいというのが実情だろう。
≪保有わざわざ謳うのは傷痕≫
考えてもみよ。有権者のいったい何%が「自衛権の存在」に関する政府統一見解の存在を知っているだろう。百人に一人? つまりウン十万人? 冗談じゃな い。そんなにいるものか。では、国会議員の何割が、いや政府閣僚のいく人が憲法9条のいわば「正しい」読み方、つまりは「自衛権の存在」に関する政府統一 見解を、合格点が取れる程度に理解しているか。言わぬが花だろう。
憲法は第一義的には国民のためにある。憲法学者や、いわんや政府の法 解釈機関(内閣法制局)のために、ではない。ところが、国の存亡に関わる第9条、わけても自衛権存否の問題は、憲法学者や内閣法制局の水先案内なしでは国 民は理解ができない。この状態は明らかに望ましくない。自衛権の存在は、少なくとも平均的な文章読解力を持つ国民が、その条項を読んですんなり理解できる よう記述されなければならない。
近時、政権党たる民主党は別だが、大小の政党や多くの団体が競うように憲法改正案を発表した。そのほと んどがわが国は「自衛権を保有する」旨を謳っている。が、国連憲章により自衛権は国家「固有の権利」なのだから、その必要は本来ない。ただ、日本には、こ の問題を憲法自体でなく憲法解釈によって切り抜けてきたという、積年の悲しい業がある。
各種の憲法改正案がわざわざ自衛権保有を謳うのは、この業のゆえであり、いわば一種の傷痕である。だが、傷痕をことさら目立たせるのはよくない。傷痕を小さく、国際常識に立つ姿勢を明示することこそが望ましい。(させ まさもり)
by mundolatina
憲法が日本を亡ぼす