第22回 会計界の洗練されたプログラミング言語――複式簿記
文:吉田延史(日本公認会計士協会準会員)
イラスト:Ayumi
2009/10/21
意外と知られていない会計の知識。元ITエンジニアの吉田延史氏が、会計用語や事象をシンプルに解説します。お仕事の合間や、ティータイムなど、すき間時間を利用して会計を気軽に学んでいただければと思います。 |
■今回のテーマ:複式簿記
一定水準の記帳をし、その記帳に基づいて正しい申告をする人については、所得金額の計算などについて有利な取扱いが受けられる青色申告の制度があります。(国税庁の青色申告制度のWebページより)
上記は、節税をする確定申告に関する記述です。税務上、所得金額の計算などで有利な取り扱いを受けるためには、一定水準の記帳を行う必要があることが書かれています。この一定水準の記帳とは、具体的には複式簿記により貸借対照表・損益計算書を作成することを指すといわれています。今回は、フリーエンジニアに限らず、あらゆる事業主(企業を含む)の経理の基本となる複式簿記の仕組みおよび、貸借対照表・損益計算書の作成方法について解説します。
【1】会計データはすべて仕訳により操作される |
エンジニアライフ コラムニスト募集中! |
あなたも@ITでコラムを書いてみないか 自分のスキル・キャリアの棚卸し、勉強会のレポート、 プロとしてのアドバイス……書くことは無限にある! コードもコラムも書けるエンジニアになりたい挑戦者からの応募、絶賛受付中 |
複式簿記はたとえていうなら、会計の世界におけるプログラミング言語です。IT業界では、BASIC・C言語・Java言語を代表とするさまざまな言語が入り乱れていますが、会計の世界では、複式簿記以外の言語はないといってよいでしょう。つまり、複式簿記さえマスターすれば、会計の世界の言語はマスターできたということになります。
複式簿記という言語の構文はたった1つです。それが、これまで本連載でも何回か登場した仕訳です。仕訳の簡単なサンプルを示すと以下のとおりです。
現金 100/売り上げ 100
この構文を使ううえでは、以下のルールがあります。
(1)“/”(スラッシュ)より左側(「借方」と呼びます)と右側(「貸方」と呼びます)に1つ以上の項目を記載します。片方だけしかない仕訳というのはありません。
(2)借方の合計と貸方の合計は必ず一致させます。例えば下記のような表現はエラーとなります。
現金 100/売り上げ 90
(3)会計データの操作は、必ずこの仕訳を通じて行います。仕訳以外から会計データを操作することはできません。
【キーワード】 仕訳 |
複式簿記における唯一のデータ操作の表現構文。上記(1)〜(3)の規則に基づいて記述される。 |
複式簿記のルールは以上です。どんな複雑な会計処理も仕訳によって表現されることになります。世界中のほぼすべての企業が、この複式簿記を用いて、経理業務を行っています。
【2】具体的に見てみよう |
以上を念頭に、具体的な取引例を用いて仕訳を行ってみます。なお、消費税などは考慮していません。
(1)依頼されていた会員専用サイトの開発が完了して公開され、現金25万円を受け取った。
現金 250,000/売り上げ 250,000
(2)事務所の家賃10万円を現金で支払った。
支払家賃 100,000/現金 100,000
(3)開発用のサーバを35万円で購入した。10万円は現金で支払い、残額はクレジットカードで翌月末決済とした。
機械装置 350,000/現金 100,000
未払金 250,000
以上のどれもが、前述のルールにのっとっていることが確認できるかと思います。しかし、実際に仕訳を行う(「仕訳を切る」ともいわれます)とすると、現金や機械装置といったラベリング(「勘定科目」と呼ばれます)をどうするか、苦慮するかもしれません。そこで、勘定科目を分類し、どのようにラベリングすればよいかについて見ていきます。
【3】勘定科目は5種類に分類される |
勘定科目は以下の5種類に分類することができます。これらの分類ごとに借方・貸方のどちらに登場したかに応じて、増減が発生します。以下の表をご覧ください。
借方 |
貸方 |
|
A.資産 |
資産の増加(+) |
資産の減少(−) |
B.負債 |
負債の減少 (−) |
負債の増加 (+) |
C.純資産 |
純資産の減少(−) |
純資産の増加(+) |
D.収益 |
収益の減少(−) |
収益の増加(+) |
E.費用 |
費用の増加 (+) |
費用の減少 (−) |
各項目の内容は、A〜Cについては貸借対照表の回「JALの危険性が分かる貸借対照表の読み方」で解説しています。Dは売り上げ、営業外収益などを意味し、Eは売上原価、販管費などを意味します。D、Eについては損益計算書の回「損益計算書に登場する5つの利益」で解説しました。そのため、今回は解説を省略します。
仕訳は、A〜Eのうちのどれかの増減を示しています。これについては、最初のうちは覚えるしかありません。例えば【2】(1)〜(3)の仕訳については下図のとおりです。片方だけの仕訳はないので、必ずA〜Eのどれか2つ以上の勘定科目が同時に増減することとなります。
以下、よく使われる勘定科目を列挙しておきます。なお、勘定科目は一般的なものがほぼ決まっていますが、会社ごとに独自に定義されているものがありますので、下記だけで、すべての会社の勘定科目が網羅されているわけではありません。下記にとらわれず、A〜Eの分類の中で、会社ごとに分かりやすい分類をすればよいのです。
A.資産→現金、預金、受取手形、売掛金、商品、原材料、仕掛品、製品、建物、機械装置、車両運搬具、工具器具備品、ソフトウェア……
B.負債→支払手形、借入金、未払金、引当金……
C.純資産→資本金、資本剰余金、利益剰余金……
D.収益→売り上げ、雑収入、受取利息……
E.費用→仕入(売上原価)、租税公課、給料、賞与、法定福利費、広告宣伝費、支払家賃、支払手数料、旅費交通費、交際費、減価償却費、支払利息、法人税、住民税および事業税……
【4】決算時には、仕訳を集計する |
決算時には、決算用の特別な仕訳(決算整理仕訳と呼ばれる)を行い、その後仕訳を集計します。今月が決算月であり、決算整理仕訳はなかったと仮定して、月末までの取引(【2】(1)〜(3))を集計してみましょう。その際、借方・貸方両方に登場しているものは、金額を相殺した残額だけを表示します。すなわち、現金については「借方25万円−貸方10万円−貸方10万円=借方5万円」となります。左右の一致が保証されている仕訳の累積なので、当然左右の合計は一致します。
科目 | 金額 | 科目 | 金額 |
現金 | 50,000 |
未払金 | 250,000 |
機械装置 | 350,000 |
売り上げ | 250,000 |
支払家賃 | 100,000 |
||
合計 | 500,000 |
合計 | 500,000 |
上記は、各勘定科目の残高の一覧を示し、「残高試算表」と呼ばれます。【3】内A〜Cの勘定科目が貸借対照表に、D〜Eの勘定科目が損益計算書に表示されます。残高試算表の金額に基づいて、貸借対照表・損益計算書が作成されます。
あらためて、複式簿記の全体像を示すと以下のとおりです。これは、あらゆる企業の経理業務の基本となるものです。
取引について、もれなく仕訳を切る
↓
決算時に決算整理仕訳を切る
↓
仕訳をすべて集計し、残高試算表を作成し、残高試算表に基づいて
貸借対照表・損益計算書を作成する
なお、この後には帳簿の締め切り処理が、さらに翌期には繰り越しという処理が必要になりますが、長くなってしまうため、今回は割愛します。
上記の手続きを踏んで貸借対照表と損益計算書を作成し、これを添付すると青色申告で確定申告が行えます(*1)。最初は複雑だと思われるかもしれませんが、構文はたった1つであり、それらを適切に組み合わせることによって、記帳できるわけですから、慣れてしまえば、プログラミングよりよっぽど簡単かもしれませんね。それではまた。
(*1)初めて青色申告を行うときはその年の3月15日までに申請が必要。新規開業の場合は開業から2カ月以内に申請すればよい。 |
筆者プロフィール | ||
|
お茶でも飲みながら会計入門 バックナンバー
- 第1回 連結決算って何を連結しているの?
- 第2回 有価証券報告書で気になる企業の給与水準が分かる
- 第3回 黒字倒産が起きるわけとその対策
- 第4回 システム導入にかかるコストを損益インパクトで見る
- 第5回 決算書をお化粧する、連結外しの仕掛け
- 第6回 IT企業で仕組まれやすい、循環取引の構造
- 第7回 国際会計基準が日本にもやってくる
- 第8回 キャッシュ・フロー計算書の仕組みと見方
- 第9回 会計監査でIT全般統制をチェックする理由
- 第10回 税法と企業会計のずれから生まれる繰延税金資産
- 第11回 任天堂の減益から読む、円高が会計に与える影響
- 第12回 ITエンジニアになぜ会計は必要なのか
- 第13回 自分が払った消費税、どうやって納められているの?
- 第14回 買収の対価って? ローソンのam/pm買収に学ぶ
- 第15回 損益計算書に登場する5つの利益
- 第16回 システム受注にも使われるリース取引の会計処理
- 第17回 エンジニアのための景気底打ちとIT投資の仕組み
- 第18回 トヨタが赤字でも株主配当できた理由
- 第19回 値下げの限界はどこ? 高速道路800円の真実
- 第20回 JALの危険性が分かる貸借対照表の読み方
- 第21回 出光の営業利益が80億円増加した理由
- 第22回 会計界の洗練されたプログラミング言語――複式簿記
- 第23回 知っておいて損はない! 給与明細の見方
- 第24回 年末恒例イベント「年末調整」を理解する
- 第25回 還付超過はなぜ起こる? 法人税を理解する5W1H
- 第26回 公認会計士の「就職難」はなぜ起こっているのか?
- 第27回 倒産してもJALはなくならない! 会社更生法を知ろう
- 第28回 「事業仕分け」「修正予算」って何?国家予算の全体像
- 第29回 元ITエンジニア3人が語る、会計士も楽じゃない!
- 第30回 意外と知らない? 「退職金」の種類と計算方法
- 第31回 「なぜあんなに高額?」役員給与を決めるのは誰か
- 第32回 キャッシュ・フロー計算書から「粉飾決算」を読み解く
- 第33回 エンジニアも知っておきたい! 営業の基礎知識
- 第34回 すべての道は会計システムに通ず。会計システム入門
- 第35回 『美味しんぼ』の究極のメニュー、製造原価はいくら?
- 第36回 日本企業の決算日、「3月末」が多い4つの理由
- 第37回 ゲームと現実の違いは? 「桃鉄」で減価償却を考える
- 第38回 会計士が「これはよい」と心底思う「会計の良書」4選
- 第39回 総額2兆円分! なぜ円高だと“為替介入”するのか
- 第40回 武富士の経営破たんから、貸倒引当金を理解する
- 第41回 アプリ開発で独立するなら、知っておきたい所得税
- 第42回 アプリ開発で独立したら、消費税をどう納めるのか?
- 第43回 勘定科目はサーフィンに似ている? 原価計算入門
- 第44回 簿記はエンジニアの仕事で本当に使える?
- 第45回 SI企業は、原価=エンジニアをどう計算するのか?
- 第46回 製造業が成功する鍵を握る? 「標準原価計算」
- 第47回 理想的なのに採用されないのはなぜ? 直接原価計算
- 第48回 「残念」発言で注目を集めた、MBO基礎
- 第49回 経理にとってのデスマーチ? 決算業務のスケジュール
- 第50回 個人に関わる、震災復興支援の税金制度まとめ
- 第51回 IT企業はエンジニアの人月単価をどう決めているか?
- 第52回 SIerが出した見積書をユーザー企業はどう判断するか
- 第53回 ジャストシステムの株売買から学ぶインサイダー取引
- 第54回 ITエンジニアとして知っておきたい22の会計知識
- 第55回 続・エンジニアとして知っておきたい21の会計知識
- 第56回 東京電力が保有するKDDI株から、「有価証券」を学ぶ
- 第57回 馬券の例から考える、償却原価法の「金利の調整」
- 第58回 残ったレッドブルはいくら? 「商品の繰越処理」基礎
- 第59回 エンジニアの勉強会費は資産か費用か―繰延資産
- 第60回 会計におけるWAN構築、「本支店会計」を知る
- 第61回 大王製紙の貸付金問題は、なぜ発見が遅れたのか
- 第62回 「会計のデバッグ」がお仕事! 監査法人入門
- 第63回 オリンパスによる損失隠しの「飛ばしスキーム」
- 第64回 ITベンチャーが採用する、ストックオプションの正体
- 第65回 おいくらですか猫型ロボット?会計用語・のれんの意味
- 第66回 社会保険料は、なぜこの額が天引きされるのか
- 第67回 企業エンジニアとフリーランスの社会保険料を比較する
- 第68回 技術者のスタートアップ、会計知識はどれだけ必要?
- 第69回 「うわ…私の支出、高すぎ?」転職時に知るべき支出
- 第70回 「純資産」=会社の価値を上げる、プランAとプランB
- 第71回 うっかり混乱する“よく似た会計用語”まとめ
- 第72回 うっかり漢字間違いしやすい、会計用語まとめ
- 第73回 エンジニアは日経新聞のどこを読むべきか
- 第74回 消費税の増税が、ITシステムに与える影響範囲
- 第75回 心の余裕・あせりを数値化する「経過勘定」
- 第76回 大阪城に非常階段を設置したら?「固定資産」を考える
- 第77回 これで2級もバッチリ! 簿記攻略のための下書きワザ
|
|
ITトレメ | スキルアップに役立つ問題を無料で出題 |
ラーニングカレンダー | ITスキル研修4000件、最新情報の検索できます |
キャリアアップ
・ケ・ュ・チマツ、クヲオ貍シ・ケ・ン・・オ。シ
- - PR -
イベントカレンダー
転職/派遣情報を探す
**先週の人気講座ランキング**
〜 Android編 〜
スキル創造 News10/29 19:26 更新
「ITmedia マーケティング」新着記事
第1回 エージェンシーのビッグデータ“ドリブン”マーケティング(前編)
「エージェンシーに変革を迫る6つの環境変化」の第1弾として、「ビッグデータ」をマーケ...
第6回 幸せの創造こそ、ビジネスの使命
会社は何のために存在するのでしょうか。私の考えはシンプルです。人間のすべての営みは...
LINE公式アカウント運営のコンサルティングサービス提供 、オプト
オプトは、11月7日にスタートする同社のLINE公式アカウント運営代行サービスで企業のマー...