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虚飾と欺瞞の米大統領選 - 政治の劣化と社会の分裂
昨夜(11/7)、米大統領選の結果を伝える報ステの映像の中で、バグダッドの市民がインタビューでこう言っていた。「イラク人はこの問題に関心がない。どちらが勝っても米国の基本政策は同じで、米国は自国の国益を最優先にする」。同感だと思って膝を打った。テレ朝の報ステは、イラクやアフガンの市民の感想を拾った。それをしないNHKの報道とは雲泥だ。4年前の米大統領選と違って、今回、この政治に全く興味を覚えることがない。米大統領選をお祭り騒ぎのように報じ、そこにカメラを据えて報道を埋め、まるで自分たちの新しいリーダーが誕生したかのように、派手に祝福している日本のマスコミに強い違和感を覚える。どちらが勝っても、それは日本国民に対して不幸を押しつけ、厄災をもたらす疫病神でしかないのだ。日本のマスコミは、明らかに米大統領選そのものを宣伝している。テレビは特にそうだ。大越健介が筆頭だ。ハッピーな共同体験をしたような気分にさせ、日本人の米国への一体感と期待感を高めるように煽っている。オバマとロムニーの宣伝と演出の中に漬け込み、米国民と同じ熱狂と興奮を感じさせるよう仕向けている。今回、私が強く感じるのは、演出と欺瞞の二つの要素である。現実には、日本のマスコミが騒ぐほど米国民は浮き立ってはいない。投票率は04年のブッシュ再選時を下回っていて、むしろ米国民の多くはこの選挙に疎外感を抱いているはずだ。


今日(11/8)の朝日の12面に一人の米国市民の声が載っている。「どちらの候補も本当に僕たちのことを考えているとは思えなかった。僕たちの声が届かないこの選挙制度にも嫌気がさしている」。これまで、米大統領選というのは米国のデモクラシーの普遍性を世界に誇示する場で、二大政党制の下での州毎の選挙人制度やウイナー・テイクス・オールの奇異で特殊な選挙方式を、これこそ米国式の偉大な制度だと自慢して吹聴する機会だった。この選挙に私が感じる演出と欺瞞の要素は、米国のマスコミ報道で選挙を見ている米国市民も、きっと同様に感じていることに違いない。今度の選挙の特徴は、一にも二にも「史上最悪の中傷合戦」に尽きる。単にそのテレビ広告の金額規模(4800億円)だけでなく、有権者の選択が誹謗情報を根拠にしたものになった点が大きい。一般報道では、経済政策と景気対策が争点になったと言われている。現実に国民の関心の焦点はそこだっただろう。しかし、その問題について、両候補が提出し説得材料としたのは、独自のプログラムや斬新なコンセプトではなく、相手候補の弱点の指摘だった。ロムニーはオバマになってから失業が増えたと言い、オバマはロムニーが低所得者を斬り捨てると言い、それぞれが国民の中の不満や不安の感情に訴え、対立候補のネガティブを印象づける方法で自らへの支持を呼び込んでいる。

結果的に、誹謗中傷合戦を制したオバマがロムニーに勝利した。テレビ広告の資金量でもオバマが勝っていた。このことはKFS(Key Factor for Success)として教訓定着するはずで、同じ戦略が次の選挙でも再び採用されるだろう。実際のところ、激しい中傷合戦というのは前回も同じだった。前々回も、否、かなり前から、法外なカネを注ぎ込んだテレビ広告での非難キャンペーンの応酬という問題は米国の大統領選で続き、厳しく批判され、米国の内部からその弊害への反省の声が上がっていた。どこかで市民社会の理性が働き、その悪しき慣習に歯止めがかかるかと予想していたが、事態は全く逆で、非難攻撃合戦のために資金集めをする構図はますますエスカレートしている。「史上最悪の中傷合戦」のレコードを更新する選挙となった。日本のマスコミは、両候補・両陣営の宣伝と演出のスタイルに気を取られ、彼らが上辺で言う言葉をそのまま鵜呑みにして報道しているが、この選挙で気づいて言わなくていけないのは、米国の政治の劣化である。劣化と欺瞞化だ。例えば、オバマもロムニーも、この大統領選が終わったら、民主と共和が一致協力して「一つの米国」を実現しようなどと調子よく言う。言葉は華麗だ。けれども、それは本心ではなく、真実でもなく、彼らの将来の行動を約束するものでもない。ねじれ議会の中で必ず国民不在の政争を復活させ、妥協も協調もすることはないのだ。

要するに、オバマの華麗な演説は、すべて中身のない、その場の雰囲気を盛り上げるための道具であり、選挙後の支持率を上げるための布石でしかないのだ。われわれが、米国の選挙とオバマに対して言わなくてはいけないのは、欺瞞だらけだということである。米国の政治はひどく劣化した。劣化の真相が見えないのは、候補者と陣営がメークアップし、ショーアップし、高度に演出しているからである。報ステのワシントン駐在記者の新堀仁子は、そこに騙され、米国は1年半をかけて指導者を作り上げ磨き上げるなどと、呆れる無駄話を垂れていた。政治を芸能界やマーケティングの世界と同じだと思っている。新堀仁子は、候補者は、女性の票が必要なら女性のニーズを探し、必死で政策を練り上げて訴えて支持を得ていて、そこが米国の民主主義の画期的な点だとベタ褒めするのだが、この発言は新堀仁子の政治的無知を示している。それは単に、女性層にウケる政策のセールストークを開発しているに過ぎない。政治はビジネスではない。政策というのは、市場調査をして企画考案するものではないのである。政策とは、理念と現実をブリッジするものだ。最初に理念がある。女性は社会の中でどうあるべきかという理念がある。ニーズの発見ではない。政治家や政党が理念を持っていて、あるべき理想の姿があり、眼前の現実があり、現実を理念に近づけ、二つの間を埋める具体的な構想と計画が政策なのである。

したがって、選挙戦のコピーフレーズと政策とは違う。同じものだと思い込むと、有権者は後で騙される結果になる。新堀仁子が言っている「政策」とは、実際には釣りの疑似餌(ルアー)のことだ。米国は、演出の技巧で政治の劣化を隠蔽していて、劣化を劣化として意識させにくくしている。しかし、米国民も日本国民と同じように、政治の劣化の中で政治に疎外され、疎外感が強まっている。米国の政治の劣化と欺瞞化の傾向は、今後もさらに甚だしさを増すだろう。もう一つ、注意して見ないといけない問題は、米国社会の中における人種対立の激化である。この点について、日本のマスコミ報道は軽視しすぎていると思われてならない。単純に図式化すれば、保守白人の共和党、白人以外の民主党という色分けが、大統領選を重ねるほどに明確になっている。これまで、私の固定観念では、白人がコアでリッチでメジャーで、有色人種(アフリカ・ヒスパニック・アジア)がペリフェラルでプアでマイナーだった。それが変わっている。一部で逆転現象を起こしていて、むしろアジア系などの活躍で合衆国経済が活性化され、また、将来は人口で白人に並ぶヒスパニックの発言力が増している。昨夜(11/7)の報ステの三浦俊章の解説は、その背景が押さえられていて、非常に明快で説得的だった。共和党は、候補者が予備選で集票するためには原理主義的な右翼・新自由主義の白人の主張に依拠しなくてはならず、極端な政策方向にシフトするが、それでは本選挙では勝てない。

そういう認識を三浦俊章は示した。新自由主義の格差経済の進行の中で、特にリーマンショック以降の不況によって、白人の中間層が没落しているのである。地方の白人が所得を失い、職を失っているのだ。彼ら(プア・ホワイト)はもともと保守的で、自身の不幸の原因を新自由主義(建国以来のレッセフェール)に求めず、他所から来て稼ぎ始めた新参者の所為にしたり、社会保障の恩恵を受ける弱者に八つ当たりして敵視する心性に帰結する。どうやら米国では、経済的な階層分化と人種的な区分がミックスされた対立的な社会構造が出来上がり、二つの政治集団の対立がまるで民族対立のような状況にまで至っている。ブッシュとケリーが対決した2004年の選挙で、中西部と南部を中心とする「ジーザスランド」と、北東部と西海岸とカナダを合わせた「ユナイテッド・ステイツ・オブ・カナダ」の地図が説明され、二つに引き裂かれた米国という問題が大きくクローズアップされたことがあった。この赤と青に色分けされた米国地図は、二つに断裂して対立する社会構造を視覚的に表したものだ。あれから8年経つが、同じ傾向と様相が深刻化し、米国の分裂はさらに厳しい状態になっている。大統領選が終わっても、米国の分裂は修復されることはないだろう。不況は格差と貧困の進行を加速させ、地方政府の支出を減らして教育や社会資本にダメージを与える。オバマの格調高い言葉はさらに空しいものになる。米国市民のフラストレーションは高まる一方だろう。生活水準はさらに悪化し、今の二大政党制の仕組み全体を変革しないとどうにもならないと誰もが思うようになるに違いない。

蛇足ながら、共和党は、二世で富豪のロムニーを候補にしたのが失敗だったのではないか。むしろ、地方の中間層の出身で、土の臭いのする叩き上げの人物を候補にした方が成功したと思われる。


by thessalonike5 | 2012-11-08 23:30 | Trackback | Comments(0)
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