木語:「知青」派の習近平氏=金子秀敏
毎日新聞 2012年11月08日 東京朝刊
<moku−go>
中国軍中枢の意外な人事が続いている。こんどは軍人の最高ポスト、共産党中央軍事委員会の副主席だ。空軍司令官と済南(さいなん)軍区司令官が起用された。
メディアは、初の空軍出身副主席に注目した。陸軍主流の中国軍に変化が見える。
だが、本当に意外なのは軍区司令官から昇進した范長竜(はんちょうりゅう)・副主席だ。
そもそも軍事委副主席は、党政治局委員のポストだ。8日から始まる共産党大会で2人が政治局委員に選ばれることは確実だ。
空軍司令官だった許其亮(きょきりょう)・副主席は、中央委員なので1階級上がる。ところが范副主席は、軍人の階級は上将でも、ひら党員なので、中央委員候補委員、中央委員、政治局候補委員、政治局委員と4段跳びしなければならない。いかに無理筋人事かがわかるだろう。
軍事委の副主席は、総参謀長、総政治部主任など「4総部」といわれる軍中枢の司令官や政治委員から選ばれるのが常識だった。地方の司令官からいきなり副主席になった前例はない。
范氏は太子党や国防大学出のエリートではない。その逆だ。略歴には「1968年、遼寧(りょうねい)・知青(ちせい)」とある。「知青」とは知識青年の略。文革当時、学業を中断させられて農村に下放(かほう)された都会の中学生、高校生たちだ。范氏は遼寧省の農村に下放された。その後、兵役を志願して2等兵からたたき上げた。
次の党総書記になる習近平(しゅうきんぺい)氏は陝西(せんせい)省に下放された知青だった。運良く文革が終わって父親が政府高官に復権し、大学に推薦入学できた。知青から太子党への劇的な転換を味わった。少年時代、貧困と「発狂するような飢餓」を体験した知青の仲間には、強い連帯感情がある。4総部のひとつ、総装備部の部長に起用された張又〓(ちょうゆうきょう)・上将も、習近平氏の幼友達で、知青で、太子党だ。
実は、4総部にはもう1人、知青の大物がいる。劉少奇(りゅうしょうき)元国家主席の子で総後勤(こうきん)部の政治委員を務める劉源(りゅうげん)・上将だ。反逆者の子とされた劉氏は、人一倍、過酷な迫害を受けたが、いまは軍中枢の太子党派のリーダー格。習近平氏が最も信頼する軍人といわれ、副主席の有力候補だった。
軍事委副主席人事の本当の意外さは范氏の起用より、劉氏が起用されなかったことだ。劉氏が、太子党の星、薄熙来(はくきらい)・前政治局委員と親しかったために、胡錦濤(こきんとう)・総書記からにらまれたといわれる。それでも、知青の経験者が副主席に選ばれた。ここが、習氏のこだわりではないか。(専門編集委員)