やってられない、と思わせる人がいる。私もつい数ヶ月前にも経験したし、つい最近にもそういうのがいた。
男は女に比較して格段に思いこみが激しい頑固者、石頭が多い。法的紛争・事件になるようなストーカー行為をしでかす性別も圧倒的に男だといわれる。自己中心的で傲慢、そのうえ攻撃的で無礼者。粘着質の男、しつこい男は、全く鬱陶しいことこの上ない。
経験的に見ても草サッカーチームの仲間でもこういう男はまずは邪魔にしかならない。そういう人は親善の試合と休日の和やかな気晴らしの雰囲気を壊すのでもう、呼ばなくしている。出来る限り関わりを持たない方がいい、そう思わされることしきりだ。
最近、もっとも私が腹に据えかねた男は自称、「映画批評家」の服部弘一郎。1966年生まれというから40歳近い。キリスト教徒ではないが、幼少時に日曜学校に行っていた経験があり、キリスト教のことをそれなりに知っているため、自身のウェブログに文章を書いたり、あちこちにキリスト教関連の書き込みをしたりしている。キリスト教徒のウェブログなどに少なからずリンク先として記載されていることがある。
服部は、私のウェブログに谷則和がコメントを書き込んできたのに続いて、谷に対する私の答えをしているやりとりにいきなり横から強引に割って入ってきた男である。その内容は無礼、下品、無教養、非常識を極め目も当てられないものだが、あまりに荒らし回るのでコメントを削除して議論を打ち切ったところ、それ自体を一方的な防衛手段だと騒ぎ立てるので彼の希望通り、以下、その全文を復活して記載しておくことにした。
彼の映画批評は、ただ数が多いということと、評論を出すまでの時間が短いというだけが取り柄。内容的には粗雑極まるものに過ぎず、中学生の感想文のような批評しかできない男といわれることもある。その点については私も同意見である。
彼が毎日欠かさず投稿しているブログの執筆も、純粋な意見表明というよりは、グーグルのAdsenseを通じて得られる収入を狙いにしている面もあり、非常に幼稚な内容が多くほとんど読むに値する投稿はない、と私は思う。
* 以下が私のコラムに再三コメントを書かれた服部弘一郎氏の最後のコメントです。
参照 → http://blog.livedoor.jp/mediaterrace/comment.cgi/19251807
「なぜ、あらかじめカルトへのケア体制を整えなかったか」にコメントがありました。
http://blog.livedoor.jp/mediaterrace/archives/19251807.html#comments
Posted by 服部 at 2005年04月19日 23:01
HP やブログなどで自分の意見を発表すれば、それは見ず知らずの読者から勝手に読まれて、勝手に誤読され、勝手に批判されたり非難されたりするものですよ。文字だけの世界では、「書いたもの」で書き手のオツムの中身が判断されるのだ当然でしょう。ところがあなたは、『面識もない私を』とか、『どういう人間であるかを知りもせず』などと、どうも書かれもの以外の部分で自分を評価してほしいらしい……。困った甘ったれチャンですな。
僕は他人が丸山真男の名前を出しただけでは、その人を権威主義だなんて言いませんよ。僕が気になったのは『かつて吉祥寺にお住まいだった丸山真男さん』という修辞のしかた
に、「俺の家のとなりに芸能人の〇〇が住んでいた」と自慢するのと同じ、レベルの低い俗物臭を感じただけのことです。
まあ僕自身は物書き家業ですから、常にそれなりの覚悟を持ってものを書いたり意見を表明したりしております。自分が言ったり書いたりしたことについて、仮に誤解や誤読や無知
や八つ当たりによる批判や非難があるとしても、それは甘んじて受けねばしゃ〜ないだろう、という開き直りがあるわけです。それに対して「見ず知らずの他人からこんなことを言われる筋合いはない」とか、「俺のことをよく知らないくせに!」なんてみっともないことは言いません。そんなことを言うのは、とっても恥ずかしいことです。
まあ最近はブログのようなツールの出現で、そうした覚悟が何もない人でも好き勝手に自分の意見を発表できるようになった。その結果、読者から自分の想定していない反応が帰ってくると、メソメソ泣きべそかく人が増えているというわけです。も〜ちっと打たれ強くなりなされ。インターネットもそろそろ10年になろうとしている僕は、杉本さんの感情的でダイレクトな反応を見ながらニコニコ笑ってます。
Date: Tue, 19 Apr 2005 23:16:58 +0900
Subject: livedoor Blogコメント通知
To: sugimoto@mediaterrace.com
From: info-blog@livedoor.net
Posted by 服部 at 2005年04月19日 23:16:58
email : eiga-kawaraban@nifty.com
URL : http://www.eiga-kawaraban.com/
IP : 61.210.115.117
コメント削除で防衛ですか? ご苦労さまです。
ついでにあなたの「粗雑な論理」をもうひとつ指摘しましょうか。
今回出てきた『例えばあなたはHCCを見に行ったりしたことがあるのですか?』という問いは、杉本さんが問題の何たるかをまったく理解していない証拠です。僕はあなたの取り上げた個々の事例が実際に「カルト」であるのかを問題にしているのではなく、あなたの「カルトの定義」を問題にしてきたのです。それさえ明確ならば、あなたが特定教団を名指ししてカルト扱いしたとしても、「この人はこの人なりに確たる基準があってカルトと述べているのだ」ということがわかるでしょ?僕はHCCだのモルモンだの創価学会だのがカルトなのか否かで、杉本さんと議論するつもりはありません。カルトだカルトだと言う前に、まずはその定義をはっきりしてほしいと申し上げてきたまでのことです。
男は女に比較して格段に思いこみが激しい頑固者、石頭が多い。法的紛争・事件になるようなストーカー行為をしでかす性別も圧倒的に男だといわれる。自己中心的で傲慢、そのうえ攻撃的で無礼者。粘着質の男、しつこい男は、全く鬱陶しいことこの上ない。
経験的に見ても草サッカーチームの仲間でもこういう男はまずは邪魔にしかならない。そういう人は親善の試合と休日の和やかな気晴らしの雰囲気を壊すのでもう、呼ばなくしている。出来る限り関わりを持たない方がいい、そう思わされることしきりだ。
最近、もっとも私が腹に据えかねた男は自称、「映画批評家」の服部弘一郎。1966年生まれというから40歳近い。キリスト教徒ではないが、幼少時に日曜学校に行っていた経験があり、キリスト教のことをそれなりに知っているため、自身のウェブログに文章を書いたり、あちこちにキリスト教関連の書き込みをしたりしている。キリスト教徒のウェブログなどに少なからずリンク先として記載されていることがある。
服部は、私のウェブログに谷則和がコメントを書き込んできたのに続いて、谷に対する私の答えをしているやりとりにいきなり横から強引に割って入ってきた男である。その内容は無礼、下品、無教養、非常識を極め目も当てられないものだが、あまりに荒らし回るのでコメントを削除して議論を打ち切ったところ、それ自体を一方的な防衛手段だと騒ぎ立てるので彼の希望通り、以下、その全文を復活して記載しておくことにした。
彼の映画批評は、ただ数が多いということと、評論を出すまでの時間が短いというだけが取り柄。内容的には粗雑極まるものに過ぎず、中学生の感想文のような批評しかできない男といわれることもある。その点については私も同意見である。
彼が毎日欠かさず投稿しているブログの執筆も、純粋な意見表明というよりは、グーグルのAdsenseを通じて得られる収入を狙いにしている面もあり、非常に幼稚な内容が多くほとんど読むに値する投稿はない、と私は思う。
* 以下が私のコラムに再三コメントを書かれた服部弘一郎氏の最後のコメントです。
参照 → http://blog.livedoor.jp/mediaterrace/comment.cgi/19251807
「なぜ、あらかじめカルトへのケア体制を整えなかったか」にコメントがありました。
http://blog.livedoor.jp/mediaterrace/archives/19251807.html#comments
Posted by 服部 at 2005年04月19日 23:01
HP やブログなどで自分の意見を発表すれば、それは見ず知らずの読者から勝手に読まれて、勝手に誤読され、勝手に批判されたり非難されたりするものですよ。文字だけの世界では、「書いたもの」で書き手のオツムの中身が判断されるのだ当然でしょう。ところがあなたは、『面識もない私を』とか、『どういう人間であるかを知りもせず』などと、どうも書かれもの以外の部分で自分を評価してほしいらしい……。困った甘ったれチャンですな。
僕は他人が丸山真男の名前を出しただけでは、その人を権威主義だなんて言いませんよ。僕が気になったのは『かつて吉祥寺にお住まいだった丸山真男さん』という修辞のしかた
に、「俺の家のとなりに芸能人の〇〇が住んでいた」と自慢するのと同じ、レベルの低い俗物臭を感じただけのことです。
まあ僕自身は物書き家業ですから、常にそれなりの覚悟を持ってものを書いたり意見を表明したりしております。自分が言ったり書いたりしたことについて、仮に誤解や誤読や無知
や八つ当たりによる批判や非難があるとしても、それは甘んじて受けねばしゃ〜ないだろう、という開き直りがあるわけです。それに対して「見ず知らずの他人からこんなことを言われる筋合いはない」とか、「俺のことをよく知らないくせに!」なんてみっともないことは言いません。そんなことを言うのは、とっても恥ずかしいことです。
まあ最近はブログのようなツールの出現で、そうした覚悟が何もない人でも好き勝手に自分の意見を発表できるようになった。その結果、読者から自分の想定していない反応が帰ってくると、メソメソ泣きべそかく人が増えているというわけです。も〜ちっと打たれ強くなりなされ。インターネットもそろそろ10年になろうとしている僕は、杉本さんの感情的でダイレクトな反応を見ながらニコニコ笑ってます。
Date: Tue, 19 Apr 2005 23:16:58 +0900
Subject: livedoor Blogコメント通知
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IP : 61.210.115.117
コメント削除で防衛ですか? ご苦労さまです。
ついでにあなたの「粗雑な論理」をもうひとつ指摘しましょうか。
今回出てきた『例えばあなたはHCCを見に行ったりしたことがあるのですか?』という問いは、杉本さんが問題の何たるかをまったく理解していない証拠です。僕はあなたの取り上げた個々の事例が実際に「カルト」であるのかを問題にしているのではなく、あなたの「カルトの定義」を問題にしてきたのです。それさえ明確ならば、あなたが特定教団を名指ししてカルト扱いしたとしても、「この人はこの人なりに確たる基準があってカルトと述べているのだ」ということがわかるでしょ?僕はHCCだのモルモンだの創価学会だのがカルトなのか否かで、杉本さんと議論するつもりはありません。カルトだカルトだと言う前に、まずはその定義をはっきりしてほしいと申し上げてきたまでのことです。
* 以下が私のコラムに再三コメントを書かれた服部弘一郎氏の最後のコメントです。
参照 → http://blog.livedoor.jp/mediaterrace/comment.cgi/19251807
「なぜ、あらかじめカルトへのケア体制を整えなかったか」にコメントがありました。
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HP やブログなどで自分の意見を発表すれば、それは見ず知らずの読者から勝手に読まれて、勝手に誤読され、勝手に批判されたり非難されたりするものですよ。文字だけの世界では、「書いたもの」で書き手のオツムの中身が判断されるのだ当然でしょう。ところがあなたは、『面識もない私を』とか、『どういう人間であるかを知りもせず』などと、どうも書かれもの以外の部分で自分を評価してほしいらしい……。困った甘ったれチャンですな。
僕は他人が丸山真男の名前を出しただけでは、その人を権威主義だなんて言いませんよ。僕が気になったのは『かつて吉祥寺にお住まいだった丸山真男さん』という修辞のしかた
に、「俺の家のとなりに芸能人の〇〇が住んでいた」と自慢するのと同じ、レベルの低い俗物臭を感じただけのことです。
まあ僕自身は物書き家業ですから、常にそれなりの覚悟を持ってものを書いたり意見を表明したりしております。自分が言ったり書いたりしたことについて、仮に誤解や誤読や無知
や八つ当たりによる批判や非難があるとしても、それは甘んじて受けねばしゃ〜ないだろう、という開き直りがあるわけです。それに対して「見ず知らずの他人からこんなことを言われる筋合いはない」とか、「俺のことをよく知らないくせに!」なんてみっともないことは言いません。そんなことを言うのは、とっても恥ずかしいことです。
まあ最近はブログのようなツールの出現で、そうした覚悟が何もない人でも好き勝手に自分の意見を発表できるようになった。その結果、読者から自分の想定していない反応が帰ってくると、メソメソ泣きべそかく人が増えているというわけです。も〜ちっと打たれ強くなりなされ。インターネットもそろそろ10年になろうとしている僕は、杉本さんの感情的でダイレクトな反応を見ながらニコニコ笑ってます。
Date: Tue, 19 Apr 2005 23:16:58 +0900
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ついでにあなたの「粗雑な論理」をもうひとつ指摘しましょうか。
今回出てきた『例えばあなたはHCCを見に行ったりしたことがあるのですか?』という問いは、杉本さんが問題の何たるかをまったく理解していない証拠です。僕はあなたの取り上げた個々の事例が実際に「カルト」であるのかを問題にしているのではなく、あなたの「カルトの定義」を問題にしてきたのです。それさえ明確ならば、あなたが特定教団を名指ししてカルト扱いしたとしても、「この人はこの人なりに確たる基準があってカルトと述べているのだ」ということがわかるでしょ?僕はHCCだのモルモンだの創価学会だのがカルトなのか否かで、杉本さんと議論するつもりはありません。カルトだカルトだと言う前に、まずはその定義をはっきりしてほしいと申し上げてきたまでのことです。
参照 → http://blog.livedoor.jp/mediaterrace/comment.cgi/19251807
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HP やブログなどで自分の意見を発表すれば、それは見ず知らずの読者から勝手に読まれて、勝手に誤読され、勝手に批判されたり非難されたりするものですよ。文字だけの世界では、「書いたもの」で書き手のオツムの中身が判断されるのだ当然でしょう。ところがあなたは、『面識もない私を』とか、『どういう人間であるかを知りもせず』などと、どうも書かれもの以外の部分で自分を評価してほしいらしい……。困った甘ったれチャンですな。
僕は他人が丸山真男の名前を出しただけでは、その人を権威主義だなんて言いませんよ。僕が気になったのは『かつて吉祥寺にお住まいだった丸山真男さん』という修辞のしかた
に、「俺の家のとなりに芸能人の〇〇が住んでいた」と自慢するのと同じ、レベルの低い俗物臭を感じただけのことです。
まあ僕自身は物書き家業ですから、常にそれなりの覚悟を持ってものを書いたり意見を表明したりしております。自分が言ったり書いたりしたことについて、仮に誤解や誤読や無知
や八つ当たりによる批判や非難があるとしても、それは甘んじて受けねばしゃ〜ないだろう、という開き直りがあるわけです。それに対して「見ず知らずの他人からこんなことを言われる筋合いはない」とか、「俺のことをよく知らないくせに!」なんてみっともないことは言いません。そんなことを言うのは、とっても恥ずかしいことです。
まあ最近はブログのようなツールの出現で、そうした覚悟が何もない人でも好き勝手に自分の意見を発表できるようになった。その結果、読者から自分の想定していない反応が帰ってくると、メソメソ泣きべそかく人が増えているというわけです。も〜ちっと打たれ強くなりなされ。インターネットもそろそろ10年になろうとしている僕は、杉本さんの感情的でダイレクトな反応を見ながらニコニコ笑ってます。
Date: Tue, 19 Apr 2005 23:16:58 +0900
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ついでにあなたの「粗雑な論理」をもうひとつ指摘しましょうか。
今回出てきた『例えばあなたはHCCを見に行ったりしたことがあるのですか?』という問いは、杉本さんが問題の何たるかをまったく理解していない証拠です。僕はあなたの取り上げた個々の事例が実際に「カルト」であるのかを問題にしているのではなく、あなたの「カルトの定義」を問題にしてきたのです。それさえ明確ならば、あなたが特定教団を名指ししてカルト扱いしたとしても、「この人はこの人なりに確たる基準があってカルトと述べているのだ」ということがわかるでしょ?僕はHCCだのモルモンだの創価学会だのがカルトなのか否かで、杉本さんと議論するつもりはありません。カルトだカルトだと言う前に、まずはその定義をはっきりしてほしいと申し上げてきたまでのことです。