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うつ病で休職したサラリーマンにとって「職場復帰」はまた、最大の課題であるとも言われます。きょうは、番組あてにいただいたメールやお便りをもとに、皆さんからの質問にお答えします。 |
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野村総一郎さん |
ゲスト:
防衛医科大学校教授
精神科医 野村総一郎さん |
―サラリーマンの職場復帰、その難しさとは?
野村: うつ病の治療に関しては、薬療法、心理療法(カウンセリング)といった方法が確立されています。しかし、職場復帰となると、われわれ医者は、ご本人に対しては「ストレスを避けてください」とか、また職場に対しても「配慮してください」と言いますが、なかなかそう単純にはいきません。また、うつ病のそのものの性質として、「直線的に回復していくものではない」ということから、いろいろな問題が絡んできています。 |
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◆ うつからの職場復帰の心構え |
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一、薬を勝手にやめない
…薬は治ってからも再発防止のためにのむ → 半年から1年
二、無理をせず徐々に慣らす
…一気に全力で働かないことが大切。ソフトランディング(軟着陸)で。
三、同じパターンを繰り返さない
…病気になった時のパターンを自覚し、繰り返さない。 |
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質問1 完全に治った状態とは? |
うつ病で、過去3年間に3回休職しています。前回は職場復帰して2週間で調子を崩し、再休職になってしまいました。職場の上司に「君の主治医の診断書はあてにならない。次回は完全に治ってから復帰してほしい」と言われてしまいました。完全に治った状態とはどういう状態なのでしょうか。 |
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◆ 症状が良くなっても、1年間は再発の可能性があるため配慮する
野村: 骨折などのけがが「完全に治る」という概念をうつ病にそのまま持ってきたのでは、それは意味が違うと思います。たとえ、仕事ができるくらいのレベルまで戻ったとしても、1年間は再発しやすい状態にありますので、周囲の方にはある程度の配慮をお願いしたいですし、ご本人にも「養生する」という構えが必要です。 |
―職場の理解を得るのは、本人からは言いにくいのでは?
野村: 主治医、産業医などから上司に説明してもらうのがいいかと思います。また、ふだんから、うつ病に関しての理解を高める研修会、講習会を開くなど、会社側の啓発活動も重要になってくるのではないでしょうか。それが結局は、社員にとっての「働きやすい環境」となり、会社の利潤という面でもいい方向に向かうと思います。 |
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質問2
自宅で休養していると非難を受けているような気分になる |
うつ病の診断を受け、休職することになりました。自宅では妻の両親と同居しています。自宅で横になって過ごしていると、「なまけ病だ」「甘やかしすぎ」「なさけない」と非難を受けている気分になります。自分の両親に相談し、実家でしばらく静養するように勧められますが、高齢の親や兄弟を心配させるのが心苦しくて、できません。
また、わたしが仕事に行かないことを幼い子どもが不審に感じ始めています。病気について子どもにどう説明してよいのかわかりません。 |
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◆ 物事を否定的に考えすぎず、家族とコミュニケーションをとる
野村: うつ病の方は、物事の認知(とらえ方)に多少のゆがみがあり、特に対人関係について、「人に迷惑を掛けているのではないか」「非難されているのではないか」と必要以上に心配していまう傾向があります。この方の場合も、むしろご家族とコミュニケーションをとり、「ほんとうのところ、家族はどう思っているのだろうか」ということを話し合ってみることが必要なのではと思います。 |
◆ 家族の助けを借りる構えで治療を
野村: 実家のご両親に言えないというのも、「心配を掛けたくない」という思いからだと思いますが、逆に、心配をしてくれる方というのは、援助をしてくれる存在であるということです。「家族から助けてもらう」という構えをとったほうが、ご本人は楽になりますし、治療もいい方向に進んでいくと思います。 |
―「子どもにどう説明したらいいか」という問題は?
野村: うつ病の初期段階(症状が重い時期)は、絶対に休まなければならない時でもあります。ですから、これはお子さんにもきちんとそのことを理解してもらわなければいけません。「今、お父さんは疲れているから休んでいるのよ」と説明すれば、わかってもらえると思います。
次に、だいぶ症状も落ち着いてきて、職場復帰も近いという時期。見た目は普通に見えるのに、お父さんはいつも家にいると、子どもは気になります。この治りかけの時期は、やはり家の中ばかりにいてはいけないと思います。むしろリハビリテーション的に外に出て行くことも必要でしょう。お子さんのこういう疑問をきっかけに、外に出てみてはいかがですか。
わたしの患者さんで、図書館出勤をされた方がいらっしゃいました。近所の公共図書館に、最初は何もせず、ただ行ってボーッと座っていたそうですが、だんだん余裕が出てくると、おもしろい本がたくさんあることに気づき、しだいに本を読むことが楽しみになってきた。こうやって毎日外に出ることが、職場復帰へつながっていったということです。子どものことばを利用して、外に出てみるのもいいのではないでしょうか。 |
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質問3 薬の副作用、依存について |
うつ病と診断されて1年になります。仕事は休まず続けています。症状は、以前に比べ、かなり良くなりました。主治医からは、もうしばらくの間、薬を続けるように言われています。しかし職場の同僚に「薬は副作用があり、依存体質になるから、できるだけ早くやめたほうがいいよ」と言われました。確かに薬をのみ始めてから、便秘、体重増加など体に変化があります。症状が良くなってから、どれくらいの期間、服薬を続けるのでしょうか。 |
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◆ 抗うつ薬に依存性はほとんどない
野村: うつ病の治療薬である抗うつ薬には、中毒になったり、やめられなくなったりという依存はほとんどありません。もちろん、やめる時には少しずつ減らしていかなければならない、ということがありますが、依存についての心配は必要ありません。 |
◆ 薬が合わない時は医師に相談を
野村: 副作用に関しては、重大な副作用というものはありませんが、多少のことは出てきます。今、世界じゅうで一番使われているSSRI(新しいタイプの抗うつ薬)には吐き気などの副作用が、少し古いタイプの三環系抗うつ薬には便秘、体重増加などの副作用があります。いずれにしても、体質によって合う合わないがあると思いますので、主治医とよく相談し、的確な薬を処方してもらうことが大切です。 |
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質問4 生活リズムについて |
うつ病で休職して3か月になります。薬物療法で、症状はずいぶんよくなり、主治医の先生からは、「そろそろ職場復帰を考えましょうか?」と言われています。しかし、午後は調子がよいのですが、朝はまだ起きることができません。職場復帰に向け、どんなことを心がければよいでしょうか。
朝は起きて、家族と朝食をとれるまでには回復したのですが、昼間の眠気が強く、横になる習慣ができてしまいました。毎日、昼寝をして夕方まで寝てしまいます。また昼寝の影響で、深夜まで寝つけず、昼夜逆転の生活になっています。睡眠習慣を整えるにはどうすればよいですか。 |
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◆ 職場復帰には生活リズムを整えることが大切
野村: うつ病のひとつの特徴として、症状の日内変動というのがあります。一日の内で症状が変動するという意味で、「朝は悪く、午後から少し元気が出てきて、夕方一番いい状態になる」というパターンが多いです。
最初の質問の方がまさにこのパターンですが、日内変動がこのようにはっきり残っている場合は、まだあまりうつがよくなっていない可能性があるので、さらにしっかりと治療することが必要だろうと思います。職場復帰ということを考えるのなら、可能であるならば午後出勤から始めるのがいいのではないでしょうか。
昼夜逆転という2人目の方は、日内変動が極端になった形ですが、これには2つの可能性があるように思います。
ひとつは、まだうつ病が十分によくなっていないため、睡眠が十分にとれていない。場合によっては睡眠薬を処方してもらってでも、夜よく寝て、朝すっきり目覚めるという方向に持っていくのがよい。
もうひとつはこれとは逆で、むしろよくなっているのに睡眠薬が強すぎて、朝まで残ってしまっている。この場合は、薬を減らし気味に調整するほうがよい。
どちらの場合も、主治医とよく相談することが必要です。 |
―朝調子が悪いのは、眠気が残って調子が悪いのか、あるいは学校や会社に行きたくないからなのか、どちらなのでしょう?
野村: 両方あると思いますし、そのどちらなのかの区別は難しいと思います。ただ、うつ病の場合は「朝が一番エネルギーが少ない」ということが言えるので、エネルギーがないから出られないということが大きいと思います。 |
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質問5 職場復帰を控えて |
うつ病で休職して1年が経過しました。身体症状や精神症状が落ち着いた時期に、主治医・産業医・人事担当者と、職場復帰についての面接をしています。しかし、いざ出勤となると必ず症状が悪くなるので困っています。前日まで調子が良く、自分でも「職場復帰したい」という気持があるのに、何の前ぶれもなく、急に悪くなり、出社できなくなることの繰り返しです。また同じことが起るのではと、とても不安になります。家族や友人、会社の上司の期待を裏切るような感じで、落ち込んでしまいます。回復期にはどんなくふうが必要ですか。 |
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◆ 職場復帰の前にはリハビリが必要な場合がある
野村: うつ病の症状にはいろいろありますが、最後まで回復しにくいのが、「意欲」の回復です。
睡眠もとれるようになり、食欲もあるけれど、意欲がない。この場合、無理をするとこの方のように空回りしてしまいます。
三寒四温ということばがありますが、うつ病は良くなったり悪くなったりを繰り返しながら徐々に良くなっていくものです。ですから、三寒四温の温かい日を多くしていくようなリハビリも必要だと思います。 |
<行動療法(楽な行動から徐々に行動量を増やす)> |
(例)
1点:家の中でストレッチ
2点:近所を散歩
3点:近所のスーパーで買い物
4点:電車に乗って1〜2個先の駅まで行く
5点:電車に乗って少し遠くまで行く
6点:友達に会う
7点:会社に顔を出してみる
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10点:午前中勤務 |
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野村: 1点ずつ増やしていくのが原則。1点から次の日はいきなり8点なんていうのはだめ。点数化することによって、今、そのくらいになっているかということが自分で確認できます。 |
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質問6 再発のサイン |
うつ病から回復し、職場復帰して2か月が経過しました。この2か月間は、残業や出張の制限付きで働いていましたが、来月から以前と同じ勤務体制になります。当然、職場のストレスや疲労感を感じることが増えると思います。自分の再発のサインを知ることが、早期発見、治療につながると聞きました。再発のサインには、どのようなものがありますか。 |
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◆ 初回と同じ症状が強くなると再発の可能性がある → 自分のパターンの自覚を
野村: 再発のサインは人によって違うと思います。最初にも言いましたが、「同じパターンを繰り返さない」ということが大切です。初回に不眠がひどくなって発病した方は、また不眠がひどくなってくると再発の可能性があります。初回に、イライラから発病したという方は、またイライラが強くなったなと感じたらそれは再発のサインかもしれません。どういうパターンで自分が病気になったかということを自覚しておくということが大切です。 |
◆ 症状を記録し、自分のパターンを把握する方法も有効
野村: うつ病の方は、「病気をしたという体験に学ぶ面が少ない」と言われています。だから同じパターンを繰り返してしまうのです。ハードに残業しすぎてうつ病になったのなら、あまり無理して残業をしたらいけないということを学ぶべきなのに、またやってしまう。
前回、自分が不安になった時はノートにつけるという方法を紹介しました。「書く」ことで症状を記録し、自分を客観的に見ることにより自分のパターンを把握する、ということはとても大切です。 |
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―最後に、職場復帰への取り組み。リハビリの面も含めて、これからどのような手立てが必要だと思われますか。
野村: 今までは、うつ病というのは個人的なものですから、「一人で治療する」ものでした。しかしこれからは、先週ご紹介したMDAジャパンの活動のように、グループでリハビリテーションをする、あるいは、自助グループでお互いに支え合ってそこで何かヒントを身につける、そういうことが必要になってくると思います。 |