一橋大学大学院
国際企業戦略研究科教授
楠木建 氏
「カネ、名声、権力、女(男)」の中でどれが一番大切だろうか? 例えば「カネ」と答える方でも「カネがあれば女(男)が寄ってくる」とか「カネがあれば寄付をして名声も上がる」とか個々をつなげて考えるのではないだろうか。これらの要素は、バラバラなようでいて全部つながっている。
戦略のゴールを考えるときも同じことが言える。利益、シェア、成長、顧客満足、従業員満足、企業価値、社会貢献。この中で企業にとって最も大切なのは何か?どれも大切だが、競争戦略において企業のゴールは「利益」。もっと言えば「長期にわたって持続可能な利益」である。これには本日のフォーラムのテーマであるサスティナビリティーや社会貢献も深く関わっている。「顧客満足を得て利益を出していれば、世の中にとって良いことができ…」というようにつながっていくからだ。持続的に利益を得るためには、カネ儲けばかりに目を向けるのではなく、顧客や従業員、社会などにも貢献しなくてはならない。
戦略の本質とは「違い」をつくって「つなげる」ことだ。「ストーリーとしての競争戦略」で特に注目するのは「つながり」である。「静止画の羅列」を「動きや流れをもった動画」にすること。言い換えれば「因果理論」。「こういうことをします」→「それで?」→「お客さんがこうなります」→「それで?」→「こういうことができるようになります」→「それで?」→「儲かります」。というように「なぜ?」や「それで?」でつながっていく。
15年前、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏が考えた「戦略ストーリー」はこうだ。「他にない購買経験をする」→「人が来る」→「『アマゾン』で売りたい人(出版社やメーカー)が増える」→「品ぞろえが増える」→「購買の意思決定が豊かになる」→「これを回しているうちに成長する」→「コストを下げられる」。好循環のストーリーが時間軸で因果理論になっている。このように戦略とは、単なる配置の組み合わせではなく、時間軸で因果理論が展開される順列になっていなければならない。
「先見の明を持て」と言う人がいるが、そのようなものがあれば誰も苦労はしない。しかし、合理性の時間差攻撃をすれば可能だろう。例えば、ある人が他社とは違った何かを始めたとする。周囲からはバカな行為に見えたが(事前では非合理的)、数年経ったら時代が彼に追いつき成功を収めることができた(事後には合理的)。振り返ってみれば「あの人は先見の明があった」となる。しかし、これでは博打と紙一重。1人の成功者の後ろには、きっと100人の失敗者がいる。
博打に頼らないために必要なのはストーリーだ。それには部分の合理性とストーリー全体の合理性を区別して考える必要がある。「バカなことを始めて、それをつなげてみてもやっぱりバカな話だった」というのは<ただの愚か者>だ。「部分を見ると合理的だが、ストーリーが因果関係になっていない」のは<合理的な愚か者>。「部分的に見ても全体的に見ても合理的に見える」のは<普通の賢者>だが、誰が見ても合理的で正しいことなら、すでに実行されているか、他社も真似をするはずである。一方、<真の賢者>が立てる戦略はストーリー全体では儲かる理屈になっているが、構成する部分的な要素は非合理的に見える。だから誰もやりたがらないし、自然と違いが持続する。
イーコマースは、店や倉庫を構える必要がないところに優位性がある。それなのに、なぜアマゾンは大きな倉庫に投資したのか? それはアマゾンのストーリーが、顧客の購買意思決定のインフラにあるからだ。インターネットで本を注文する際、「何時以内に注文すれば、本日中に届きます」とか、逆に「2週間お届けできません」などとデリバリーのタイミングを約束する。そうすれば、顧客はその場で注文するか、アマゾンマーケットプレイスで中古を探すか、それとも明日の朝に駅の本屋で注文するかを選べる。アマゾンにとっては、このような購買意思決定を豊富に用意することが重要だった。一見、非合理的に見えるから誰もしなかったし、これからも真似をされることがない。
昨今、日本にも多くのLCC(格安航空会社)が入っているが、その元祖と言えばサウスウエスト航空だ。国内短距離便を運航する航空会社にとって、ハブ空港からネットワークを伸ばすハブ・アンド・スポーク方式は集客の面で合理的である。しかし、サウスウエスト航空がしたことは「ハブ空港を使わない」という戦略だった。他の航空会社には信じられない戦略だったが、ここからコスト削減へのストーリーが始まるのだ。
ファッション業界を見てみよう。この業界は競馬に似ている。年に2回、春夏と秋冬に大きなレースがあり、各アパレルメーカーはパドックで「次のレースで当たる馬はどれか?」と品定めをする。いよいよレースが始まり、買った馬が来ればボロ儲けだが、読みをはずしてしまうことも多い。そこで「第3コーナーで馬券を買う」戦略をとったのが、ファストファッションのアパレルメーカー、ZARAだ。「これが売れる!」と分かってから小ロットで商品をつくり、すぐに売ってしまう。これまでになかったファッション業界におけるサプライチェーンのクイックレスポンスを展開し、ZARAはグローバルなメーカーへと成長した。
こうしたファッション業界で、ユニクロの柳井(正)氏がとった戦略はパドックにもレース場にも入らないことだった。牧場に行って「牧草と馬づくり」からはじめたのである。これが東レと共同開発した繊維でつくった「ヒートテック」だ。結果、「ヒートテック」はユニクロの成長を大きく支えたわけだが、その要因は商品力だけではなく、戦略のストーリーが他社と違っていたことにある。また、ユニクロでは半年以上先のことを考えても意味のない業界において販売計画を3年スパンで立てる。これも合理性がないように見えるが、だからこそ他社は真似できない。
これらのように出店・商品・プライシングなどを個別に見ても戦略の本質はわからない。大切なのは、その背後にどのようなストーリーがあり、他社とどれだけ違うかということなのである。
「戦略を立てる」と言うと、すぐにSWOT分析を始める人がいる。「強みと弱み」「機会と脅威」を識別することは実は最高度の判断が必要になるはずだ。いきなりこのような分析をするから、戦略が静止画の羅列になってしまう。もちろん分けて考えるアナリシス(分析)も大切だ。会社も、人事やマーケティング、営業、生産と部署に分かれている。ところが戦略ストーリーはシンセシス(総合)なので、分けた瞬間にわからなくなってしまうのだ。だからこそ、商売全体を丸ごと動かして成果を出すための戦略は、部署ではなく経営者・経営人材が担うべきなのだ。
担当者と経営者は違う。担当者であれば財務諸表が読めるとか、法務の知識があるなどのスキルが必要になるだろう。しかし担当がないのが経営者だ。優れた戦略に必要なのは、スキルではなくセンス。「異性にモテる・モテない」が、センスに左右されるのと同じことだ。ポイントは「センスは絶対に育てられない」ということ。「それを言っちゃあ、おしまいよ…」という話になるが、要するに「スキルとセンスは違う」ことを理解していただきたい。スキルとセンスを一緒にすると、結局、スキルを持っている者が勝ってしまう。スキルは「示せる・図れる・見せられる」からわかりやすい。センスを育てることはできないが、育つ環境をつくるとはできる。ミスミの三枝(匡)氏は「創る、作る、売る」を連動して動かすのが経営であり、分けた瞬間に担当者の仕事になると言っている。こういった土壌がある会社だと、センスが育つ好循環が生まれやすいだろう。
グローバル化の本質は非連続性だ。新しい状況、非連続な状況でゼロから商売を組み立てなくてはならない。それには、よりセンスが必要になる。そのような中で、「グローバル人材がいないから、グローバル化が進まない」というのは疑似相関だ。本当はセンスのある経営人材が不足しているのである。結局、優れた戦略ストーリーをつくった人々は、話が面白いという点で共通している。これはプレゼンテーションスキルではない。実際にモテる人を見てみないと、「モテる」とはどういうことかがわからないように、優れた戦略を立てるには多くの優れたストーリー戦略に触れてセンスを磨く必要があるだろう。どうか経営者・経営人材の方はプレゼンテーションではなく、人をひきつける面白い話をしてほしい。
一橋大学大学院
国際企業戦略研究科教授
楠木 建 氏
各メディアなどで紹介され話題となった『ストーリーとしての競争戦略―優れた戦略の条件』の著者である一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授、楠木建氏を講師に迎えた基調講演。
ザ コカ・コーラ カンパニー
パブリックアフェアーズ&
コミュニケーションズ
パシフィックグループ
ディレクター
ジョアンナ・プライス 氏
日本コカ・コーラ
バイスプレジデント
広報・パブリックアフェアーズ本部長
後藤 由美 氏
ザ コカ・コーラ カンパニーの世界共通の事業指針である「Live Positively(リブ・ポジティブリー)」の考え方と、グローバルに展開するサスティナビリティー戦略の事例を語る。
コカ・コーラのジョアンナ・プライス氏と後藤由美氏、(独)国立健康・栄養研究所 健康増進研究部 部長、運動ガイドライン研究室長の宮地元彦氏、(株)イー・ウーマン、(株)ユニカルインターナショナル 代表取締役社長の佐々木かをり氏を迎え討論。