ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第二章 傾国の宴 腹黒王女編
百五十一日目~百六十日目
 “百五十一日目”
 大臣が毒殺されて、一日が経過した。
 その間、実に様々な派閥や機関で大きな動きはあったが、俺達の周囲にまではまだ大して影響がでていない。

 取りあえず現在広まっている大臣暗殺に関する情報を纏めると、以下のようになる。

 まず、王国側は犯人を特定できていない。
 優秀な諜報部隊が血眼になって行っている調査は、しかし『大臣は私邸の私室で殺害された』『争った形跡は無い』『屋敷に敷かれたマジックアイテムによる警報装置は無反応だった』『第一発見者はメイドを引き連れた執事長である』『毒殺された』といった、調べれば誰でも簡単に分かる事だけしか判明せず、全く進展が見られない。
 それに大臣暗殺に使用された毒――大臣の死体には小豆程の大きさがある紫色の膿疱のうほうや部分的な壊死などが全身に見受けられた。発見された当時は悪臭を放つ、かなりグロい死体だったそうな――は新種のモノで、大臣の死体から採取したサンプルを使い、毒の治療法を宮廷に仕える【魔法薬剤師マジック・ファーマシスト】や【錬金術師アルケミスト】など全力が調べているが、時間がごく僅かしか取れていない事もあり、治療法は不明。
 しかし長年医療部門の長を務める老人から、時間をかけてもこの毒の治療法が今後発見できるかどうかも分からないくらい危険な代物、と報告が王に提出されている。

 つまり盛られたら今の所、解毒剤を持っているだろう犯人以外は死ぬしかない。
 屈強な精鋭達に守られたあの大臣でさえ、こうして難なく暗殺してしまう犯人以外に、助かる術がない。
 なら、大臣よりも遥かに劣る警護に守られている自分達では、犯人がその気にさえなれば、抗う事も許されずに大臣の後を追うことになる。
 醜い死体を晒して、毒殺される。
 もしかしたら一族郎党皆殺しも、あるのではないだろうか。

 そう考え、そうなってしまうだろうという確信に近い予想がほぼ全ての貴族達にある種の恐怖を植えつけているそうだ。
 特に大臣が率いていた貴族派の有力貴族の当主などは、昨日眠れていない者が結構な数いた。
 一夜明けた今日は目の下にくまを拵え、頬が削げて顔色悪く、王城内をグループで固まって動いたり、そそくさと人目を避けるように行動する者も居れば、体調不良を理由として屋敷に引き籠っている者も居る。
 変わらず堂々とした態度の者もいるにはいるが、それは元々【国王派】の貴族か、あるいは貴族派でも屈強な肉体をした戦を好む武官または将軍クラスの者か、蛇のように狡猾で悪知恵が巡る者だけで、全体的には少数派の部類だ。
 これだけ見ても国王、というか王族の完全な味方をする貴族が全体としてはそう多くないという事が窺える。
 その原因の一つにお転婆姫が≪先祖返り≫というのもあるのだろうが、それはさて置き。
 最後に、大臣の私財の一部がどこかに消えてしまっている、という事だけだ。

 丁度いい機会なのでついでに大臣個人の情報を簡単に纏めると、大臣は数十年も前の若かりし頃、【討寂将軍】などと呼ばれる猛将として隣国に知られ、様々な戦場を駆け巡っていたらしい。
 初陣は十四の五月に起きた精強として知られる隣国――現在は王国の属国と化しているが――との戦いで、敵の部隊長を一騎打ちで討ち取ったことから始まり。
 それ以降は知略と武力によって王国の領土を押し広げていったそうだ。
 戦場に赴けば勝つことも、負けることもあったにはあったが、どの場面でも最善の結果を残し、大いに武勇を振るった。
 初陣より数十年、国土を広げ、多くの兵士の命を救い、民に恵みを齎していく事となり。
 だが四十を過ぎた頃にドゥルーヴァン共和国――現在は無く、領土は王国と帝国で半分に分けられて吸収されている――との国境線上で起きた、マーク鉱という希少な鉱物資源などを巡った泥沼の戦争で負った大怪我――左足の膝から下の消失、右親指、薬指、小指欠損などなど――が原因で将軍職を辞任。
 その後は軍師にでもなって生涯戦場から離れないかとも思われ、期待されたが、政治面に活動の場を移した。
 そして時には王国の行く末を左右する重要な法案を取り纏めたり、時には他国との条約を結ぶ際に王国を優位に持っていったり、とコチラでも大いに活躍する事となる。
 そして根回しもあったのだろうが、活躍が認められてごく僅かな時間で現在の地位を獲得し、それから長い時間をかけて己の立場を確固たるモノとした。
 その権力は国王に勝るとも劣らないほどだとか。
 こうして大臣は多くの功績を残し、現在のように帝国にはやや劣るものの、それでもほぼ対等な条件で同盟関係を結べる程度にまで王国を大きくした存在、だったそうだ。

 故人なので、だった、である。

 そんな有能で使える大臣がお転婆姫と敵対する事になった経緯は、詳しくすると面倒なので省略するが、色々と心変わりとかがあったのだろう。
 ともかく、お転婆姫からすれば最大の政敵だった大臣が殺された今、王国は大きな転換期を迎えた、と言っても良いのだろう。
 俺達からすれば稼ぎ時が来た、とも言える。

 さて、そんな話は置いといて、大臣には将軍として戦場を駆け抜けたかつての名残として、鍛錬や軍将歩――軍将歩とは将棋やチェスのような盤ゲームの一種。兵種や地形効果なども含まれているので、実戦時の指揮を潤滑に、的確に行うための練習にもなる――など数ある趣味の一つに、実戦的な能力を持つマジックアイテムの蒐集があった。
 集められた数は三百近くにもなり、戦闘に適した能力を持つマジックアイテムが一つ幾らで売れるか考えるだけで、大臣の財力を物語っていると言えるだろう。
 蒐集されたマジックアイテムで最もレア度が低いモノでも【希少レア】級から始まり、数十の【固有ユニーク】級がズラリと並べられ、数点だけではあるが【遺物エンシェント】級の品も混じっていた。
 残念ながら【伝説レジェンダリィ】級の品は無いが、それでも十分すぎるほどの品ぞろえであり。
 才気溢れる大臣が選び抜いて集めただけあって、どれもこれも上等な品ばかりだ。

 そしてそれ等の中でも更に選び抜かれて大臣の私室に飾られていた逸品達は、盗難防止の為の細工が幾つモノ技術を用いて何重、何十重にも施され、厳重に管理されていた、のだが。
 そのマジックアイテムも含めた全てが、細工の全てを完膚なきまでに破壊されて、ごそっと無くなっているのである。

 蒐集されていた三百近いマジックアイテムは何処にいってしまったのだろうか。
 とても気になるが、まあ、大臣暗殺や今後の政情などに比べれば話題性はやや低いので、そこまで話に昇る事は無いだろう。上っても、追求するどころではなくなるだろうし。

 実に、狙い通りである。
 アイテムボックスの約三百近い枠を埋め尽くす品々を脳裏で表示しながら、俺は一人微笑んでみる。

 それ以外は特に何事もなく、訓練をして、変わりない一日が過ぎていった。


 “百五十二日目”
 普段通りに午前訓練を終え、ぶらぶらと城下町を歩こうかと思って外に出ると、その途端に傭兵団≪戦に備えよパラベラム≫への入団希望者が殺到してきた。

 集まった数はパッと見ても六十人以上は居るだろうか。

 一般的な革系防具で身を固めた軽戦士や、片手剣とフレイルと盾を装備した少年戦士、大きな斧を持った虎耳獣人、ショートボウを背中に担いだ弓兵などなど、【職業】も種族も多種多様の集まりである。

 どうやら昨日は外に出ていなかったので分からなかったが、俺達が滞在している琥珀宮の近くでは出待ちの冒険者や傭兵がたむろしていたらしい。
 一日待っていた反動か、我先にとやってくる入団希望者の集団に引っ張られる形で、この騒ぎはなんだなんだと野次馬も集まって、人垣でろくに前に進むこともできないほどになってしまった。
 
 ただ集まった中には俺を狙った暗殺者も混じっていたので、それを選別して撃滅し、後で喰う為に捕縛しつつ、さて、としばし悩む。
 とりあえず、いつまでも門前に留まっていては面倒事が発生しそうだったので、少し離れているが大きな噴水のある中央公園で大雑把な面接をする事になった。
 俺達の後ろからぞろぞろとついてくる希望者の姿は、まるでカルガモの散歩のようだと思うと笑みが漏れた。
 無論苦笑だが。
 しかも移動中にもどんどん集まってくるのだから面倒くさい。どうやら他の場所にいた仲間を呼びに行く輩も少なくないらしい。
 面倒だからこれ以上増やしてもらいたくないのだが、そうはいっても聞かないだろうな、と諦めてさっさと目的地に急いだ。
 俺達が中央公園に着いた時には、希望者は二百人近い数に膨れ上がっていた、というのはなんなのだろうか、と思わなくもない。
 これで見所のある輩が一人もいなかったら悲しいので、そんな事はないように、と願ってみる。

 さて、肝心の面接であるが、三十人ほど見てやる気が失せた。
 どいつもこいつも、あまり大差が無い。もちろん使えそうなのは居るのだろうが、時間の無駄な気がする。今も並ぶ人数は増え、時間が経つにつれて列も長くなっているのだからいつ終わるかも分からなかった。
 それに正直、今は新団員を無理に補充しなくても問題がなかったりする。
 拠点にはすでに結構な数がいるし、新しいゴブリンやホブゴブリンは今も生まれて、これからも増えていく。訓練したり勉強させたりで使えるまでは多少時間が必要だが、現在は十分な戦力を確保済み。
 即席の戦力だってブラックスケルトンやブラックフォモール達などで十分以上に賄える。昼間でもブラックフォモール達なら問題なく運用が可能だし。
 それに今あまり受け入れすぎても今後の防衛という点で解れが出そうだし、と考えると、やはり今面接しなくていいよな、という結論に至った。

 が、やはり色んな面に対応するため、いい人材はさっさと見つけておくべきだとも同時に思う。
 使える手札は多いほうがいい。今後はもっとゴチャゴチャとした厄介事が待っているだろうし。

 ということで、集まった全員に対して正式に加入する条件として、俺は一つの条件を提示することにした。
 それは数日後に開催される≪英勇武踏祭≫にて三回戦まで勝ち進む、というものだ。
 
 最近ちょくちょく出てくる≪英勇武踏祭≫とは、簡単に言うと強さを競う喧嘩祭りである。

 三年に一度、王国の王都にある≪円形闘技場コロッセオ≫にて開催される大イベントであり、今年で五十回目を迎えるらしい。
 今も街中を見回せばそれを宣伝するポスターやら垂幕がいくつもあり、しばらく前から王都内で大々的に宣伝されている。
 衣装から見物客かあるいは出場者だろうヒトも増え、王都は今、普段以上の活気に満ちていた。
 それにどうやら五十回という節目だからか、他の国から王族や皇族が今回は結構な数が来るそうだ。
 当然それ等を守る護衛の騎士団や他国と交渉する為の文官団、祭りに出場する国の代表者も多いだろう。

 それはつまり、他国の【英雄】や【勇者】を合法的に喰うチャンスは十分ある、ということで、そう考えただけで腹が空いてきた。
 【英雄】や【勇者】はどういった味がするのだろうか。肉質はどんなもので、骨の硬さは、血の味は、得られるアビリティは、と思うだけで涎が出そうになった。
 ああ、早く来ないだろうか。

 話を祭りの説明に戻すが、祭りに出場する平均数は数千人にもなるそうだ。
 そんな数の参加者が集まる理由はその時その時、人それぞれあるのだろうが、一番大きい理由は優勝者、あるいはベスト十六にまで入った者たちに贈られる商品にある。

 入賞者に贈られる景品は毎年変わるが、過去を調べると景品にはこんな品々が含まれていたそうだ。

 ・【知恵ある蛇/竜または龍】から採れた竜素材を使用して作られた屠竜剣。
 ・希少な魔法金属で造られたゴーレム兵五体とその予備パーツ各種多数。
 ・騎獣として調教された雷雲漂わすライトニングワイバーンとその鱗から造った雷竜槍。
 ・王国内に点在する迷宮に関して秘匿された情報の開示および使用許可。
 ・生命力等の肉体の大幅な底上げをするアミュレットおよび宝玉。
 等々。

 かなり豪華だ。個人的には迷宮の情報と、食材としての意味でライトニングワイバーンが欲しい。ジャダルワイバーンの肉が美味しかったので、別種のワイバーン肉はぜひ喰ってみたい。
 それにベスト十六からベスト九までは金貨五枚――約五百万の価値――が、ベスト八からベスト四までは金貨十枚が、ベスト三からはそれに金貨が五枚ずつ増えて優勝者には金貨二十五枚がデフォルトでついてくるから、金目当てもあるのだろう。
 一生遊んで暮らせる、という額ではないが、数年は遊べるだけの金額だ。豪遊しなければ、だが。

 とまあ、そんな感じで。
 祭りの三回戦まで勝ち進むとなると、それなり以上の実力者である証明にはなる。
 初戦は数十人でのバトルロワイヤル形式で一気に落とすらしいし、これだけで大分絞れるだろう。それにそれぐらいではないと、今後はただの捨て駒にしかならない可能性がある。
 捨て駒はブラックスケルトン達がいるので、無駄飯食らいの足手纏いは不要です。
 といった考えでこの条件を提示して、諦めたり悔しんだり、喜んだり気合いを入れたりと、それぞれ様々な反応を見せて希望者は散って行った。
 面接はそんな感じで終了し、俺達は最初の予定通りに買い物のために放浪して、時間がきたので帰った。

 今日の晩飯は先日のジャダルワイバーンの肉の残りを焼いたステーキだ。
 表面を高熱でこんがりと焼いて肉汁を閉じ込め、王都で仕入れた迷宮産の塩と自家製ソースで味付けした肉は食欲をそそる匂いを発していた。
 大きく口をあけて齧り付くとシッカリとした歯ごたえで、何度も何度も噛めば噛むほど溢れる肉汁がたまらない。
 食欲の赴くまま、五、六枚ばかし巨大ワイバーン肉のステーキを楽しんでいると、それは起きた。

 【能力名アビリティ亜竜の瞳レッサー・ドラゴンアイ】のラーニング完了】

 ……あれ? なんで、アビリティをラーニングできたんだ? もうとっくに時間は過ぎているはずなのに? なぜだ。いや、そういえばレッドベアーの時もラーニングできたのが変だった。あの時は混乱した状態だったので気にする余裕が無かったが、制限時間を過ぎていた、はず。
 そうなると、もしかしたらかなり前から、それこそゴブリンになった時から俺の【吸喰能力アブソープション】は前世とはその能力が変化しているのかもしれない。

 と、混乱しつつも憶測を並べながら俺はその原因を探る事にした。
 こんな事は初めてで、どうやら今日はなかなか寝れそうにないらしい。


 “百五十三日目”
 遠く離れているものの、かなりの高所にいるので豆粒ほどではあるが見下ろせる王都を朝日が照らしている。
 昨日の『何故かラーニングできたよ』事件を切っ掛けに、俺はワイバーン肉を喰い続けた。多少は女武者達と闘技場で喰っていたとはいえ、その量は多い。軽く数十人分の肉がある。
 だが手持ちの肉を全て喰っても新しいアビリティは得られず、仕方ないので新しい肉を確保するため、俺は皆を率いてジャダル山脈に行くことにした。
 思い立った昨夜から骸骨百足に揺られながら来ること数時間、道中の危険は骸骨百足と分体で排除し、山頂に白雪が積もったジャダル山脈という危険地帯の中腹にて、俺達はジャダルワイバーン及び生息しているモンスター狩りを開始。
 ジャダル山脈にはジャダルワイバーンが住んでいる事で有名だが、他にも多くのモンスターが生息している。

 例えば【蛇鶏コカトリス】。
 外見は蛇の尾と鱗をもつ人ほどに大きな鶏で、石化効果を持つ魔眼と嘴、それから掠るだけで動けなくなる毒爪が危険だが、その肉はサッパリとし、美味として知られている。
 王族皇族のパーティに出される料理にも使われる事もあるらしく、お転婆姫もコカトリスの唐揚げは好物だと言っていた。
 ただしコカトリスは純粋に強い部類のモンスターなので、その肉が市場に出回ることは少ない。

 例えば【女鬼蛇ナーガ】。
 下半身が大蛇である女型の鬼の一種。他種族の男を誘惑し、涸れるまで精を絞り出す為ドライアドや淫魔サキュバスと似た性質を持ち、美人であることが多い。
 そして美貌で引き寄せられた愚者は、行為が終われば絞め殺されて丸呑みされるとかなんとか。
 亜人種の一種でもあるので人並み以上に知恵が働き、眷族の蛇――ナイトバイパーなどなど――を使役するので結構厄介な部類に属す。
 ただし巣には高値で取引されるとある素材が転がっている事も多いので、命知らずな商人などが等価交換で取引する事もあるとかないとか。

 例えば【熊蜂ベアービー】。
 魔獣蟲類の一種で、熊に蜂のような足を六本と二対四枚の翅と毒針、そして部分的な外骨格を加えたような外見をしている。
 蜂の俊敏性と飛行能力と強力な毒針に加えて強固な鎧を持つ熊。何それ怖い。
 ただ蜂の特性を持ちながら個体数は比較的少ない事だけが救いと言えなくもないが、その代わり巣を作って群れているらしいから、あまり意味がなさそうだ。

 といった具合で、この他にも多種多様なモンスターが生息している。
 ジャダル山脈はまだ食べた事のない食材の宝庫であり、それなりに高レベル地帯なので経験値も美味しい。
 俺は単独行動で好き勝手やることに決めて、残りのメンバーの指揮はカナ美ちゃんに一任した。
 何故かお転婆姫と少年騎士もついてきてしまっているのでカナ美ちゃんはその安全を確保してもらう必要があるし、先日新しく加わった剣闘王や女武者が居るのでジャダルワイバーンの群れに襲われても大丈夫だろう、きっと。
 ダメならイヤーカフス経由で連絡が来るはずだ。

 ということで始めた一人でのハンティング。
 時間もないので【早期索敵警戒網フェーズドアレイレーダー】と【空間識覚センス・エリア】を同時発動。
 これで一気に広範囲を知覚できるようになり、探しやすくなった。すぐそばに反応はあるがどれも小さいので無視し、ある程度以上のモンスターを探す事に。
 俺の存在がばれないようにできるだけ無音で山中を走りながら獲物を探し、数分と経たずにそれを見つけた。

 最初に見つけたのはあろうことか【熊蜂ベアービー】の巣だった。
 断崖絶壁の岩肌に造られたそれは、もはや一種の要塞と言える。何でできているのか不明だが、灰色をした巣は百メートル単位の大きさがある。外から見える範囲では半球状をしている巣が崖に張り付いている様は、見ていてなんだか気持ちが悪い。
 そしてその周囲の空を飛び回るベアービーはそれぞれの役割があるようで、モンスターという餌を捕ってくる働きベアービーもいれば、巣の奥でベアービー・チャイルドの世話をしているベアービーもいて、巣の周囲を飛び外敵に備えている一際巨大で屈強な全身外骨格に覆われた兵隊ベアービーもいれば、巣の奥で惰眠を貪っている怠け者なベアービーもいるようだ。
 ただ確かに大きな巣の割には個体数が少ないらしい。
 全て合わせて、せいぜい八十匹程度だろうか。これはベアービー・チャイルドなどを含めた数なので、戦えそうなのは五十匹から六十匹といったところか。
 百メートル単位の大きさがある巣で八十匹程度しかいないというのは驚きだが、個体が強く、大きいが故に広さは必要なのだろう、多分。
 
 ともかく、さっそくベアービーの巣を発見できたのは幸先がいい。
 何故かと言えば、ベアービーの蜂蜜は高級食材の一種として知られているからだ。チャイルドとかも、蜂の子のように食べる事ができるとかなんとか。
 ちなみにベアービーは巣に運んだモンスターの死骸を肉団子にして食べる事もあるが、大半はとある魔花の種を植えこみ、死体を苗床に綺麗な花を咲かせ、その蜜を貯め込むのだとか。自分で餌の元を栽培するとかベアービーって意外と凄いな、と感心してみる。
 さて、と気を取り直して、ベアービー・チャイルドやベアービー・クイーンとかを≪使い魔≫にし、拠点の近くで養蜂ようほうする為に色々動く事にした。
 手順は簡単で、麻痺毒を燃やして麻痺性の煙を出し、気流を操作して巣に流し込み、充満させる。それからしばらく待ち、動かなくなるのを確認してから巣の中へ。
 結果として巣の最奥にいた普通のベアービーの二倍以上の大きさを誇るベアービー・クイーンを一匹、ゴブリンと同じくらいの大きさがあるチャイルドを五匹、巣を作るための働きベアービーを十匹、自衛させるための兵隊ベアービーを六匹、≪使い魔≫にすることができた。
 他は全て殺し、新鮮なうちに食べてみた。独特な癖のある熊肉の味もよかったが、蟲の足や熊の手といった特定の部位は蜂蜜が染みついているのか甘く、特に美味い。

 【能力名アビリティ【養蜂の匠】のラーニング完了】
 【能力名【蜂の一刺し】のラーニング完了】
 
 養蜂に関して高い補正が発生する【養蜂の匠】を得られたのは幸先がいい。
 それにやや赤色をした蜂蜜も大量に確保できたのでよしとした。
 味見で一口舐めてみると、あまりの美味さに思わず叫んだ。それに身体の奥底から力が漲っているような感覚すらある。
 ふむ、これは養蜂に成功した際には、ぜひとも食卓に並べたい。味もそうだが、疲れが吹き飛ぶし活力になる。
 それにエルフとの有用な交易品にもなりそうだ。
 その他にも巣にあったまだ使えるモンスター素材を回収し、住むベアービーが居なくなった巨大な巣は大雑把に切り裂いて分解し、その残骸をアイテムボックスに突っ込んだ。
 巣の外郭はかなり頑丈だったので、何かに使えないか、と思ったから回収してみた次第である。

 その後は探索を再開し、今度は【首狩り兎ボーパルバニー】が群れで襲ってきた。
 ブレードラビットなどの上位種らしく、額には緩やかな弧を描く鋭い刃が生え、尻尾には鞭のようなものが生えている。音もなく近づき、頭部の刃で獲物を斬ったり、尻尾の鞭で攻撃してくるので多少は厄介な部類なのだが。
 邪魔なのでサクッと殺し、その兎肉を食べました。何もラーニングできなかったが、腹の足しにはなった。味はそれなりなので、ツマミによさそうである。
 特に頭部の刃は煎餅せんべいのようにパリッとした歯応えで、ピリっと辛く、より一層酒が欲しくなった。

 その次は【岩石巨人ロックゴーレム】と遭遇した。
 ボーパルバニーの肉を喰う為、少し離れた場所に丁度いい高さの岩があったのでそこに腰かけると、それが身体の半分以上が土に埋もれたロックゴーレムだったのである。
 ゴーレム系のモンスターは基本的に人間の特定職業持ちが魔力を与え一定の儀式をする事で創造するか、ジャダル山脈など材料が豊富で、土地に魔力と活力が満ちている場所に存在することが多い。
 造られたゴーレムならともかく、自然発生したゴーレムはほぼ間違いなくその土地の特徴を色濃く体現している為、火山近くだと溶岩で出来た【溶岩巨人ラーヴァゴーレム】、氷山近くでは氷雪で出来た【氷塊巨人アイスゴーレム】、砂漠なら流砂で出来た【砂漠巨人デザートゴーレム】となる。
 ゴーレム系に共通する特徴として活動時間が非常に長く、土や石などその環境で簡単に補充できる素材を用いる事で自己修復を容易に出来る事から、人間が造ったダンジョンを徘徊するダンジョンモンスターとしても有名だ。
 勿論神がそれぞれの権能を使って造る神代ダンジョンや、それの派生である派生ダンジョンでも見かける事は多々ある。むしろそういった場合の方が各段に強い。ダンジョンが持つモンスター強化という特徴としてだけでなく、環境もそれに適しているからだ。

 それで今回のロックゴーレムは高さが五メートルほどで、巨鬼トロルと同程度。そもそも痛覚が存在しないし、素材が岩なので攻撃力と防御力はトロルではなくロックゴーレムに軍配が上がるだろうが、動きの機敏さでは僅かにトロルが勝っているらしい。
 ロックゴーレムの攻撃はどれも大ぶりで、当たれば痛いだろうがその程度だった。致命的ではない。
 邪魔なのでさくっと胴体部分になる岩を砕き、その中から結集点となる拳大の魔核を採取した。この魔核はスライムにもあったように、ゴーレムの唯一の急所だ。
 これを壊すか、あるいは取り出せば破壊する事ができる。
 魔核は再利用しようと思えばできるが、今回は口に放り込み、コロコロと飴のように味わいながら次の獲物を探して彷徨うことにした。

 そうして一日狩りを続け、目的だったジャダルワイバーンも十頭ほど殺して肉を確保できたし、それ以外のモンスター素材もかなりの数が集まった。
 残念ながら新しいアビリティは得られなかったが、なぜ数日置いておいたジャダルワイバーンの肉からアビリティをラーニングできたのか調べるには十分な量があるので問題なし。
 とりあえず、四日ほど時間を置いてみようと思う。
 お転婆姫達も楽しめたようで、帰りにはご満悦だった。

 ちなみに使い魔にしたベアービー達だが、骸骨百足を一台造って既に拠点へと向かわせている。
 流石に王都に連れて行くわけにはいかないだろう、との判断からだ。


 “百五十四日目”
 今日も午前訓練をしていると、俺達を監視していた【闇守の勇者】アルリッヒ・ティン・アグバーが琥珀宮に隣接している≪柘榴宮ガーネット・パレス≫の屋上に隠れるのを止めて、堂々と参加したいと言ってきた。
 アルリッヒは前にも言ったように、やせ細ったその姿は幽鬼のようでかなり不気味だ。
 これからはそのアルリッヒにもっと近くで監視される事になるのだが、しかしそれは絶対に断るほどの理由――アルリッヒという王国内でも高い地位にいる存在に監視され、それを出し抜いた方が色々有効に働く為――でもない。
 仕方ないのでアルリッヒを午前訓練に参加させる事となった。
 現在の雇い主であるお転婆姫の指示――多い方が面白いのじゃ、だそうだ。当然裏の意味もあるが、それはともかく――があった事も理由としては大きい。

 参加させてどうなるのか気を張っていたが、特に変わった事もなく、粛々と訓練に励むアルリッヒ――面倒なので今後は闇勇と呼称しよう――には好感が持てた。

 午後は外に出てもまた希望者が殺到してきそうなので琥珀宮で過ごす事にした。
 昨日の山狩りでさらにレベルアップし、肉を喰って自己強化した赤髪ショートが手合わせをしたいと言ってきたので、オーロとアルジェントも交え、やってみた。
 赤髪ショートの成長の早さも驚くが、オーロとアルジェントの長女長男ペアのコンビネーションは思っていた以上に良くなっている。
 俺の血が流れ、半分は姉妹さん達の血が流れているからか、何処となく心が通じるらしい。ただ動くだけで、何の合図もなしに動きを合わせている。
 子供たちの成長を嬉しく思いつつ、色々と遊びを交えつつ平和に過ごした。

 とはいえ分体で色々裏工作したり、お転婆姫と悪だくみしていたわけだが。
 着実に【貴族派】の精神力と戦力、そして財力を削っていく作業は、そこそこ面白い。領地内で徴収した税を不正に着服していた貴族からは貴金属やらマジックアイテムやらの回収もしているので、懐も同時に暖かくなるのはとてもいい事だ。
 あと二、三人ほど狩れば、事態はこちらにかなり有利になりそうである。
 未知に対する恐怖というものは、扱いやすくてありがたい。

 そして夜は久々にカナ美ちゃんと夜空のデートに出かけた。
 星は王都の明かりで多少見難かったが、点々と街頭が設置され、魔法の灯に照らされた王都の夜景はそこそこ良かったので不満はない。

 さて、祭りまであと二日。
 どんな事が起こるのか、楽しみである。


 “百五十五日目”
 女武者が王国の賢者とは別の異邦人の存在を感知した、と午前訓練中に言ってきた。
 反応からして明日開催される祭りに参加する為、西側の他国からやってきた一団の中に混じっていたらしい。
 さっそく誰がそうなのか調べるために女武者と二人で西側の城下町に出かけ、しばらく散策する事もなく異邦人を発見した。
 どうやらあちらも女武者の存在を感知していたそうで、強い反応があるこちらに向かってきていたらしいのだ。
 
 今回出会った異邦人は、少々小柄な青年だった。
 歳は十八と若く、ボサボサな短髪の色は茶色で瞳の色は黒。肌は長旅で日に焼けてやや黒く、性格は陽気で良く笑うお調子者だ。
 防具は砂漠地帯の出現する【地獄蟲デッドリーグリッド】という巨大なアリジゴク型の魔蟲の甲殻を加工し造られた朽葉くちば色の手甲具足に胸当てブレストプレートと、獅子の胴体に人面と蠍の尻尾と蝙蝠の羽根を合成したような姿形をしているマンティコアの毛皮から造られた蘇芳すおう色のコートという組み合わせの、非常に軽くクロスボウの一矢さえ表面で完全に止めるくらい頑丈な軽装鎧。
 武器は腰に傷口を時間差で小爆破する能力を持つタバルジン――戦斧の一種で、くら型の斧頭をしている。比較的軽くコンパクトで打撃武器としても使用が可能――型のマジックアイテムや、切れ味のいいハンティング・ナイフが幾つかあるが、それ等は予備らしい。
 青年の主要武器は、背中にある大量のミスラルや非常に柔軟で木のようにも見える希少魔法金属“木精至鋼ダマスカス”などで造られた、一見すると木製の筒に見える手持ち大砲だそうだ。
 青年は【異界の魔砲使い】といい、基本的に背中の大砲の大火力を使って多人数を相手取る事を得意としているらしい。
 それで肝心の大砲の弾は実弾ではなく、青年の魔力を使用する。
 その為体内魔力が続く限りは基本的に弾切れはなく、さらに色んな属性を付与する事も可能だという。
 水の中でも一定時間は燃え続ける不鎮炎弾や、マグマさえ一定時間凍らせる止氷結弾、仲間の怪我や体力を回復させる力を持つ治癒弾など、かなりの応用性があるようだ。
 西にある国でもその能力を遺憾なく使い、こちらに来てからの一年、冒険者としてそれなりの名声をえているらしい。
 青年もそんな自分に自信があるらしく、自慢げに、王都に来る前もモンスターの大群を殲滅してきたよ、と同郷であるらしい女武者に格好良く自分の英雄譚を語っていたのは印象的である。

 ちなみにゴブ爺などから聞いた話ではあるが、この世界にも銃は存在する。
 ただしあっても火縄銃程度のモノで、射程距離も威力も命中精度も低い。
 王国の【異界の賢者】も戦力拡大のために最初は銃の開発に挑んだらしいが、途中で挫折し、結局銃は火縄銃からあまり進化する事なく現在に至る。

 その原因は大量生産する為の技術不足など多々あるが、特にこの世界独特の法則――【職業】と【魔法】が理由として大きいようだ。

 詳細を説明すると長くなるので短く簡潔に言えば、【職業】で強化された肉体はある程度以上の段階になると弾丸を皮膚だけで弾く事も弾丸より速く動く事も可能であり、【魔法】の方が造ったり整備したりするのが面倒な銃よりも圧倒的に威力が高くて命中精度があって射程距離が長い、ということだ。

 銃の改良にはそれはもう長い時間が必要になるだろうが、開発を続ければ能力は向上する。それは前世の歴史がそうだったのだから、そうなる可能性は非常に高い。
 しかしこの世界ならモンスターなどを殺して経験値を得て、複数の職業を持った方が圧倒的に強いのである。
 だからこの世界では基本的に銃、という武器は普及していない。ただの銃では【職業】は得られず、戦技アーツによる補助もないので、銃を持っているのは金持ち貴族の酔狂な道楽、といった感じになっている。

 ただしごく稀にではあるが、神代ダンジョンから【魔銃】というかなり希少なマジックアイテムを獲得できれば事情は微妙に変わる。魔銃を獲得する事で条件が解除されて獲得できるレアな職業が幾つかあるからだ。
 自分の魔力を弾に変え、モンスター素材で魔弾を造る【魔銃士マジックガンナー】などが分かりやすい例の一つだろう。

 まあ、そんな話はさて置き。
 青年をある程度観察した後、何処に宿泊するのかは聞き出すことに成功した。
 ついでに連絡手段として分体の一部を手渡しているので、見失うことはない。
 手っ取り早く寄生し隷属化できればいいのだが、ある程度の実力者相手だと本体よりもかなり弱体化している分体の寄生が拒絶される可能性が高いので多少厄介だ。
 寄生は本人の意思次第では簡単にできるし、強引にできない事もないが、ばれたら警戒されるので、時間をかけて慎重に計画を進めていくつもりだ。
 まあ、焦らずじっくりと追い詰めた方が、喰った時の感動は膨らむという事で。


 “百五十六日目”
 晴天の今日、国王の宣誓と共に≪英勇武踏祭≫が始まった。
 早朝から魔法の花火が闘技場の上空で鳴り響き、観客席を埋め尽くす国民の熱気が充満している。
 貴族専用の観客席では王国の王族貴族と他国の王族皇族が一堂に会し、それぞれ談笑したりしつつ、どんどん消化されていく戦いの様子を見学している。
 祭りは今日と明日の二日間執り行われる。
 今日は予選みたいなもので、明日の本戦の為に参加者はここでごっそりと落とされる。
 初戦はバトルロワイヤル形式なので見ていてそこそこ面白い。大人数が狭い闘技場で潰し合うので見ていて派手だし、様々なドラマがあるので観衆からは大きな歓声がわく。実力者だと思っていた出場者が物量に押されて負けた時など、より反応が大きい。
 誰が本戦に行くのか、という賭けも行われていて、今までの祭りの成績から特定の選手が人気だが、あえて大穴狙いのギャンブラーも遠くから見た限りは意外に多いようだ。
 
 そんな訳で現在、俺はお転婆姫の護衛役として貴族用の観客席にいる。
 場に合わせて身嗜みを整える必要があるかとも思ったが、加護持ちだという事が有利に働き、普段通りの格好で許されている。
 周囲からちらほら視線は感じるが、敵意あるものは少なく、好意的なモノが多い。ただしそれは他国のもので、王国の貴族やお転婆姫の兄姉妹弟達からは若干微妙な感情も入り混じっている。
 とはいえ出される新鮮な果実や高級素材をふんだんにしようした料理は喰い放題なのでかなり嬉しい。ただ大皿一杯を一人で平らげていると少年騎士に小言を言われたので、多少は自重した。
 マジックアイテムによって温度も一定に保たれているので快適で、会場全てを見る事が出来る。こんなにいい場所に居られるよう、取り計らってくれたお転婆姫には感謝している。
 ただ貴族用に入れなかったため一般用の観客席で多くの団員が見学しているので、護衛という仕事はキッチリとしている。サボっているわけではない、としておこう。

 その後も特に何事もなく時間は進み、夕方になり、予定されていた全ての工程は終了した。
 本戦に勝ち進む六十四名も選出し終え、ぞろぞろと夜の王都に繰り出す観客達。祭りの夜は普段以上に賑わい、喰い物を売る屋台や今回の予選で繰り広げられた戦いを謳う演劇が夜遅くまで続いた。
 俺は残念ながらお転婆姫の護衛があるのでそれには参加できないので、他の団員達には遊ぶように指示し、腹に黒いモノを抱えた王族貴族がひしめく夜の晩餐会に出席した。
 カナ美ちゃんと一緒に出席したので目立つ事目立つ事。
 時折話しかけられたり、話しかけたりしつつお転婆姫の背後に立って護衛をしていると、ワインを片手に第一王妃がやってきた。
 宗教狂いの、あの王妃である。

 お転婆姫と王妃の仲は実の母娘なので良く、笑う姿はよく似ている。が、談笑中に第一王妃様が俺をチラリと見て、その後お転婆姫の耳元で何やら言っていた時は背筋に冷たい何かが走った気がした。
 なんだろうか、獲物を見る目を向けられたと言えばいいのだろうか。
 あまりいい予感がせず、ニコニコと笑みを浮かべるお転婆姫の姿は不気味に映った。
 しかし予想に反して何事もなく、王妃は去って行った。他国の王族皇族に挨拶したり、交渉したりと忙しいらしい。
 
 その後は特に問題もなく、ある程度時間が経ってから琥珀宮に戻る事になった。
 琥珀宮に戻ると遊び疲れた団員やオーロとアルジェント達が既に眠っており、それを確認した後、俺はカナ美ちゃんと二人で月を見ながら酒を飲む事にした。
 護衛中は食事も酒もある程度は摂っていたが、やはり足りなかったのである。
 気候もだんだんと寒くなってきているが、アルコール度数の高い迷宮産の酒を飲んで温まった身体には丁度いい。特に会話をするでもなく、二人で酒を静かに飲んで、日付が変わった頃ぐらいにはベッドに潜り込んだ。

 明日の本戦後、色々と忙しくなりそうである。


 “百五十七日目”
 祭りの本戦が始まる今日の天気はやや曇り。
 皆で揃って食べる朝飯はさっそくジャダルワイバーンのステーキから始まった。
 お転婆姫に紹介してもらった宮廷料理人が造ってくれた料理は香ばしい匂いを発し、朝からステーキなんて重いモノを出されても問題なく喰えるほどには食欲を刺激していた。
 ナイフがまるで豆腐を斬るような感触で、肉は口の中で溶けるように柔らかい。
 肉汁が舌の上で弾け、胃で吸収された時点から身体に漲る、魔力とかそんな感じの何か。

 【能力名【亜竜の咆哮ワイバーン・ロアリング】のラーニング完了】

 じっくり味を堪能していると、アビリティをラーニングできた。
 これで分かったが、どうやら俺の【吸喰能力アブソープション】は本当にその能力が変化しているらしい。
 最初はそんな訳ないだろう、と思っていたのだが、これで確定された事になる。
 となると、やはり気になるのは何処から何処までの物品なら、どういった条件ならラーニングできるのだろうか、ということだ。
 喰った量的にはあまり変わった感じではないし、喰った個体の強弱による変動もあまり変化はないように思える。
 もしかしたら、喰う生物の経過期間だけが変化しているのかもしれない。
 だとすると、あのベルベットの亡骸を喰っていたら、もしかしたらアビリティをラーニングできていたかもしれない、ということになる。
 それも大昔の偉人のアビリティを、だ。
 ああ、もったいない事をした、と思わざるを得ない。
 手早く火葬などにせず、試しに腕の一本でも味見をしておくべきだったと今更後悔するが、もう遅い。
 仕方ないのでベルベットは諦める事にして、限度を知るためしばらく朝食はジャダルワイバーンのステーキになることにした。
 これで限界は分からなくても、大雑把な目安を知ることはできるだろう。

 そんな感じで早朝からごたごたありつつ、今日も貴族専用の観客席でお転婆姫の護衛として祭りの様子を見学した。

 闘技場に設置された特製のステージで繰り広げられる戦いは、本戦に残っただけに全てがド派手なものになっていた。

 例えばメイスを装備した妖術士の上位職業である【高位妖術士ハイ・ソーサラー】の老人と、モンスターテイマーの少女とその使い魔の一戦。
 老人が水氷系統の妖術を使い闘技場全体を凍らせた、かと思えば少女の使い魔である豹型のモンスターの全身が白炎に変わり、大きさが象並みに膨張。
 巨大な炎の豹が氷を溶かし、老人を喰い殺そう――殺しは禁止されているので、半殺しだとは思うが――と迫るが、それを老人はメイス一本で迎撃したりしていた。
 勝敗は善戦空しく少女が破れ、あちこち怪我をしているものの元気な老人が勝ち残った。

 他には他国の【勇者】と【勇者】が手加減ありとはいえ正面から衝突し、国の威信をかけて血肉を削り合うような互角の戦いを繰り広げたり、本戦に残ったあの異邦人の青年がド派手に大砲をぶっ放して六十八本の魔剣を同時に操る【剣聖】の中年男性を吹き飛ばしたりなどなど、国の主力級の存在達が乱痴気騒ぎを見せている。

 正直見ていて楽しいのだが、腹も空いた。
 俺の心境を表すのなら、目の前で最高級最高品質の食材をふんだんに使用した大量の料理が次々と並べられている、といえばいいのだろうか。
 妖術士の老人が使う妖術は今まで見た中でもトップクラスのモノであり、少女の使い魔である豹型のモンスターのしなやかな四肢は身がギュッと詰まって美味しそうだし、同格とされている【勇者】同士の衝突で両者が弱った姿など、仕留める絶好のチャンスに他ならない。
 手を出せば届くとさえ、思えてしまうその光景。
 だが、我慢。
 現状で喰ってもいい存在は限られている事に加え、喰うにしてもタイミングというものがある。だから今はまだその時ではない。少しでも多くの情報を収集する方が、今後の為に重要だろう。
 それでも食欲は湧き出るもので、しかたなく食欲を紛らわせるために観客席で出される料理をかなりの量一人で平らげた。
 二日目だからか、俺専用に料理が造られているようなのでありがたく頂いた。

 そして時は過ぎて夜、魔法の光で王都中が照らされる中、祭りが最高潮に達する決勝戦が行われた。
 
 祭りに参加した数千人の中から決勝まで勝ち残った二人は、帝国に所属している【雷鳴の勇者】と、魔帝国に所属している【重緋将】である。

 【雷鳴の勇者】ことアルトゥネル・ベアーダ・リッケンバーは帝国に古くから仕える大貴族の次期当主である事に加え、八人の英勇が所属する【八英傑騎甲団】の第三席に位置する実力者であり、金髪碧眼の中性的な美貌を誇る、まるで絵に描いたような王子様、のような存在だ。
 愛用している武器は両刃の片手剣で、防具は白銀の重装鎧とマント。ただしヘルムなど頭部を保護するものはなく、その美貌はむき出しなので今回の祭りで一番黄色い声援を受けていたのではないだろうか。
 ただし性別は女性だったりするので、男からのむさ苦しいモノも交じっていたが、それはさて置き。

 【重緋将】ことバララーク・バラクは【魔帝】ヒュルトンが治める魔帝国が誇る【六重将】の第四席に位置する、全身が緋色の金属殻で覆われた金属系の魔人ミディアンだ。
 金属殻とは甲蟲人インセクトイドなどが持つ外骨格のようなもので、金属系の魔人の特徴であり、その特性は個々によって様々だが、共通して金属系の魔人が最も誇る武器であり防具であり、象徴だ。
 バララークの場合は何処となく鬼に似た形をし、緋色に鈍く輝く金属殻は本人の意思によって激しく燃え、自身を炎に包む事で攻防一体の武具となっていた。
 纏う炎の温度はかつてレッドベアーが吐き出した炎よりも高く、それだけでさえ厄介なのに金属殻の一部が大剣状に変化し、太い四肢からは鋭い棘が何本も逆立ち、炎の長い尻尾が地面を焦がす。

 そんな両者の戦いは激しく、余波だけで観客を守るために設置されたマジックアイテムや魔法などによる障壁が何枚も破壊される事になり、少し焦る場面が多々あった。
 障壁は予め数十から数百近く設置――王国だけでなく、他国も障壁を張ったり、強化していたのでやたら頑丈なモノになっているはずなのだが――されていたので、一人として怪我人はない。
 三十分ほど続いた戦いは、闘技場内を滅茶苦茶に破壊――両者とも最後の戦いだからか、手加減抜きでやっていたのでより一層酷くなっている。恐らく一定期間は使用できないだろう――し尽くし、ようやく終わった。
 
 勝ったのは【重緋将】だ。
 両者とも実力は拮抗していたのだが、勝敗の差は相性の関係が大きかった。
 剣術や速度は【雷鳴の勇者】の方が勝っていた。重い金属殻に包まれた【重緋将】を完全に翻弄していたともいえるだろう。
 しかし【雷鳴の勇者】の最大の特徴ともいえた雷撃と振動波が、炎を纏う【重緋将】に通用しなかった。
 多分俺と同じく【雷電攻撃無効化】とかそんな感じのアビリティを持っている。バチバチと弾ける極太の雷撃が掻き消されていたように見えたので、そうに違いない。
 振動波を地表に逃がしてしまう金属殻を、完全に斬れなかった事も要因としては大きいだろう。

 ちなみに主催国である王国の代表として出場した闇勇は準決勝戦で【雷鳴の勇者】に負けた。
 影に潜ったりして翻弄していたが、雷速の攻撃に敗れた形である。とはいえ、闇勇の本質は奇襲とか闇討ちなので、正面から戦闘した時点で勝敗は決していたようなものであるが。

 二日に及ぶ激戦の末、終わりを迎えた祭りは、最初と同じく国王の宣誓によって幕を閉じた。
 とはいえ今日は夜遅くまで宴会があり、本戦に残った六十四名はほぼ全員が国王主催の宴に出席する事となる。
 その中に、俺とカナ美ちゃんはお転婆姫の護衛役として少年騎士と共に出席した。
 残念ながら今回も赤髪ショート達は参加できないのだが、何気に本戦に残った女武者や剣闘王などが居たりする。
 二人には自由行動を許可しつつ、丁度いい機会だったので今日は昨日話せなかったそれなりの地位にいる存在にお転婆姫に紹介されるという形で接触し、縁を結ぶ事にした。
 話した中では好意的な者も多く、傭兵団の宣伝は成功、といえる。ついでに名刺代わりの名鉄を配っているので、依頼されればそれでいいし、仮に後で捨てられたりしたとしても潜入の布石になるので問題なし。
 やる事が終わるとさっそく飯を喰い、途中でカナ美ちゃんがナンパされたり、同じく料理を喰っていた輩と大食い対決に発展したりと色々ありつつお開きになった。

 そして、俺の本番はこれからである。
 静かに迅速に、全ての作業をこなさなくてはならないのだから。


 “百五十八日目”
 琥珀宮の一室で昨夜から始めた狩りの成果を見下ろしつつ、湧き出す食欲をどうにか押さえつける。
 朝日が昇る直前まで続いたハンティングは、実にスリルに満ちていた。
 なんせ狙った獲物がどれもこれも実力者揃いで、俺が知らない特殊な能力を持っている可能性が高い存在だったからだ。
 予想だにしない行動を起こし、こちらが手酷い被害を被る可能性も十分あった。それでも捩じ伏せる自信はあったのだが。

 とはいえ現実は予定外の事は殆どなく、俺は五人の標的を全員狩り殺した。
 
 狩ったのは異邦人である【魔砲使い】の青年と、とある貴族に雇われている傭兵団団長であり斧使いの中年男性、同じく貴族の食客だった二本の剣を器用に操る竜人ドラゴニュートの青年、水を操るトライデントを持った雄の半魚人ギルマン、燃えるたてがみを持つ獅子の獣人、の五名である。

 この中では異邦人の青年が一番やりやすかった。
 青年は宴会に出席した際、再会した女武者に果敢にアタックしていたからだ。丁度よかったので女武者に酒をたらふく飲まされて青年を酔っ払わせるように指示し、予定通り宿へと女武者を伴って帰らせた異邦人の青年を背後からブスリ。
 痛みを感じる間もなく終わらせたのだから、それで諦めてもらうことにした。

 他の四人は多少手間取った。
 傭兵団団長である中年男性は周囲にいた傭兵団員を引き離す必要があったし、竜人の青年は酒を一滴も飲まず素面のままで、半魚人は宴会を途中で抜け出して王都を流れる運川に飛び込み、酒を飲んでいるとはいえ獅子の獣人は気配に敏感だ。

 仕方なく中年男性の酒に睡眠毒を入れて団員もまとめて眠らせてから殺害。
 竜人の青年が食べている果実に利尿作用の高い毒を入れ、トイレで気絶させて拉致。
 水中にいる半魚人はダイナマイト漁に近いやり方で気絶させた。
 獅子は面倒になったので帰宅途中に闇討ちを仕掛けて終了、という流れとなった。

 この四人はどこかしらで【貴族派】と繋がっているので、これで多少は戦力を削れた事になる。
 異邦人の青年を今後に備えて獲得しよう、という動きもあったので、やむを得なかった、としておくとして。

 ただ今回は闇勇の存在が非常に厄介だった。
 片隅の闇などから闇勇の気配をちらほらと感じたので、どちらかといえば狩りよりも隠蔽の方に力を注いだ形になる。

 だがまあ、こうして狩れたのだからいいとして。
 さっそく五人の死体から装備類を全て奪い、その身を喰ってみた。

 【能力名【炎獅子の灼体フレイム・レオ】のラーニング完了】
 【能力名【高速水泳】のラーニング完了】
 【能力名【竜真武道】のラーニング完了】
 【能力名【職業・魔砲使い】のラーニング完了】
 【能力名【錬気術】のラーニング完了】
 【能力名【異界の神造体】のラーニング完了】

 そこそこなアビリティがラーニングできた。
 本当はもっと欲しい所ではあるが、そこは予想以上に異邦人の青年の肉体が美味かったので気にならない。
 異邦人の肉体は、ただ喰うだけでも身体に力が漲ってくるようだ。それに、ただ単純に美味い。
 これまで喰ってきた中でも、トップクラスに入るだろう。
 また食べたくなる味である。
 ……女武者を喰わないようにするのには、それなりに精神力が必要そうだ。

 喰った後は後処理のために分体を五体造り、姿形を変化させて喰った五人に擬態。準備が整えば予め調べ上げていた、本来の彼等が行うはずだった行動をなぞり、王都の外へと出発させた。
 これで五人が途中で行方不明になったとしても、俺が怪しまれる事は無い。
 装備類は分体の一部が擬態しているだけなので、手元に残っているので回収する手間も不要だ。

 そうして狩りの処理が全て完了した後は、新しく入団する新団員十四名の訓練を開始した。
 昨日のうちに条件をクリアした全員に連絡していたので誰一人欠ける事なく、そして午前訓練が終了した時には普段通り誰一人として無事な者がいない。
 全員疲れ果てて倒れているか、吐瀉物を撒き散らしているなど、それなりに悲惨なものだ。
 これからはもっと厳しく行くので、頑張ってもらうよりない。

 午後は眠かったのでひと眠りして、起きたら晩飯を喰って雑務をこなしてからまた寝た。


 “百五十九日目”
 最近貴族の一部が裏で慌ただしく動いている。
 というのも暗殺された大臣――いまだ犯人は特定されていない。まったく、何をしているのだろうか、と言ってみる――の孫が、【貴族派】内部で行われた会合の結果、正式に【貴族派】のトップに就任した。
 そしてその直後にクーデターというか、現在の王国の在りようを憂いて革命を起こそう、というか、まあ色々でっち上げつつ兵や有志を集めだしたのである。

 どうも大臣は数年前に起きた隣国との戦争で戦死した息子が残した孫を溺愛していたらしく、孫は容姿端麗で先日の祭りの本戦に実力で残れるだけの武力をもつ美男子ではあるが、甘やかされた故にどこか歪んでいる。
 遠縁とはいえ王族の血が流れており、自分こそが王に相応しいと思っている感が強い。
 お転婆姫の婿候補の一人にも数えられているほどで、王位を簒奪できるだけの力もある。

 ただ大臣の孫――今後は大孫と呼称する――の裏には大臣の時代から次席として活動しているとある蛇爺が居る訳で、蛇爺に今回の流れの大半が掌握されているとも言える。
 蛇爺は予め手を回しているので、その支配下には騎士団長や文官長など王国の重要人物が多い。今回の動きも、短時間で準備が終わって即行動、という事になる可能性が高い。
 大臣暗殺からその権力を衰えさせ、命欲しさに離反する貴族がちらほら出ていた【貴族派】は、それでもその力を十分保持している。

 つまりそれは、これから本当に王国を二分する内乱が勃発する可能性が高くなったという訳で。

 まあ、俺は成り行きを見守ろうと思う。
 何があろうと、現在の依頼人であるお転婆姫の安全を確保する事が、そのままこの国との付き合い方を決定するのだから。
 情報はできるだけ集めつつ、俺はこれからどう行動するかを考える事にした。


 “百六十日目”
 今日は王都を離れ、一番近くにある迷宮都市<パーガトリ>にまで赴いた。
 数台の骸骨百足を使って団員とお転婆姫の護衛を含む団体で移動し、オーロとアルジェントなど若手を中心に、それぞれの実力に見合ったレベルの迷宮ダンジョンに放り込んだ。
 ダンジョンは効率よく経験値を得られるのでレベルが外よりも早く上がるし、迷宮だけでしか取れない様々なモンスター素材やマジックアイテムも手に入り、パーティ単位ではあるが仲間との連携の訓練にもなる。
 訓練も大切だが、やはり実戦の方が得るものが多い。
 オーロとアルジェントは大切だが、やはり厳しさも必要だと思う。
 だから獅子の子落とし、または獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす、と言えばいいのか。
 子供達には、死にかけるくらいの場面を自力で乗り越えられるくらいには成長してもらわねば。

 しばらくの間は迷宮都市に滞在する事になるので、俺は潜った全員に三日間は戻ってくるなと命令した。

 全員を送り出し、俺はカナ美ちゃんやお転婆姫達と共に迷宮都市で必要な手続きや下準備をしつつ、時折見つけた他国のスパイや俺を狙った暗殺者達の肉を腹に入れ、今後どうするかについて話し合った。
 
 それにしても御馳走を――【勇者】や【英雄】を喰う機会が欲しい。
 祭りで出会った【勇者】や【英雄】は諸々の要素で襲えず、腕一本も喰えなかったので、食欲が刺激されるだけに終わってしまっている。異邦人の青年を喰えたからまだ我慢できてはいるのだが、それでも喰いたい、という思いは抑えきれない。
 早く大孫が何かしてくれないだろうか。そしたら大義名分ができて、王国の【勇者】といえどお転婆姫から喰ってもいいという許可が下りるかもしれないのだから。

 俺は今、騒乱を心の底から切に願っている。

 
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。

▼この作品の書き方はどうでしたか?(文法・文章評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
▼物語(ストーリー)はどうでしたか?満足しましたか?(ストーリー評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
  ※評価するにはログインしてください。
ついったーで読了宣言!
ついったー
― 感想を書く ―
⇒感想一覧を見る
※感想を書く場合はログインしてください。
▼良い点
▼悪い点
▼一言

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項を必ずお読みください。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。