第二章 傾国の宴 腹黒王女編
百四十一日目~百五十日目
“百四十一日目”
今日も陽が昇らぬ早朝から衛兵達の訓練で汗を流す。
衛兵達は個人個人の素質が高い為――王族が暮らす宮を守るだけあって優秀な人材ばかりだ。俺は衛兵衛兵といっているが、お転婆姫の近衛兵と言っても差し支えないらしい。とはいえ常時傍にいるのは騎士の少年だけなので、衛兵という括りでも大きな問題はないそうだ――その成長は非常に速い。
そしてその中でも騎士の少年の成長が著しかった。
その要因の一つとして、武器の変更があげられるだろう。少年は最近、剣ではなく短槍を使い始めたのである。
そうなった切っ掛けは以前俺が剣ではなく短槍を使ってはどうかと勧めたからなのだが、今まで扱ってきた武器を止め、新しい武器に即座に変えるとは正直思わなかった。
無論完全に剣を捨てた訳ではないが、それでも長年使ってきた武器から別の武器に変更するのはかなり迷ったに違いない。
とはいえ思った通り、少年は主武器を短槍に変えた頃から動きが格段によくなっている。手加減しているとはいえ模擬戦時の俺に穂先を掠らせたのだから、剣よりも短槍を扱う才能の方が高いのは間違いない。
もしこのまま少年が短槍を使い続けて成長してくれれば、将来、“詩篇覚醒者/主要人物”かそれに近い使い手になるのではないだろうか、と密かに期待している。
そしてもし本当にそうなって、更に俺達と敵対する事にでもなったら、と思うと涎が出そうだ。きっととても美味な存在となっているに違いない。
今はまだ喰った事が無いが、きっと“詩篇覚醒者/主要人物”は絶品のはずだ。
喰ってみたいな、本当に喰ってみたい。
――ジュルリ。と、いかんいかん。
まあ、そうならない事を祈ろう、主に少年の為に。
という具合に少年の存在は将来の楽しみであるが、それだけでなく、少年の成長は周囲に思わぬ影響も出していた。
少年の成長につられてか、オーロとアルジェントは少年に負けじと――訓練は殆ど一緒にしているので、二人とも少年をライバル視しているようだ――頑張っているので、騎士の少年には色々期待している。
オーロとアルジェントの成長の為に、いい刺激となるように。切磋琢磨できる存在が居るのは、色々と好都合だと思う。
午後となって基礎訓練が終われば琥珀宮の風呂に浸かって身体を洗い、その後は個別に訓練でもしようかと思ったが、またお転婆姫が王都を回りたいとの事で護衛役として王都を散策する事に。
散策中にまた色々とトラブルがあったりしたが、他愛もないことばかりなので詳細は省略としよう。
小さなヒト攫い専門の犯罪組織を一つ潰して構成員を全員喰ったとか、他国――王国の同盟国である帝国以外の国。【獣王】ライオネルが治める<エストグラン獣王国>や【魔帝】ヒュルトンが治める<アタラクア魔帝国>、人間至上主義を掲げた≪ルーメン聖王国≫などなど――の諜報員を幾人か路地裏で喰ったとか、大商人からとある貴族に贈られた賄賂などの情報を掴んだりした程度なので、あえて語る事でも無い。
数十人喰ったのにアビリティは一つも確保できなかったしな。
陽が暮れたので、お転婆姫と共に琥珀宮まで問題なく帰る。
明日は休みなので、取りあえず単鬼で派生迷宮まで飛んで、潜ってみようと思う。
潜る為の下準備は、万全である。
“百四十二日目”
まだ太陽も登らぬ早朝、外骨格を纏って王都から最も近い迷宮都市<パーガトリ>に飛んでいく。
三十分と経たずに到着し、空中から内部に入った。門を潜らずに空から入ったのは【王認手形】を使うのも面倒だったからだ。
なに、バレなければ問題ない。そしてバレたとしても、目撃者は喰って証拠隠滅をすればいい、という訳で。
しかし特に何事も無く空から迷宮都市に入った俺は、予め先行させていた分体からとあるネックレスを受け取り、即座に装着。
このネックレス――マジックアイテムの一種で、丈夫な紐に小さな金の板の飾りがついているようなシンプルなデザインをしている――は冒険者を擁す、とある【大神】が運営主である総合統括機関が発行している【迷宮踏破許可具】と呼ばれる品で、コレを装備していれば亜人などでも迷宮内部で発生したモンスターと区別する目安になる、という代物だ。
無為な衝突を避けるために迷宮都市などでヒトに管理されている迷宮に潜る際には用意する事を推奨されている品の一つだが、別に無くても迷宮に入る事はできる。
ただしネックレスを購入するメリットは大きい。
このネックレスを付けていれば例えダンジョン内で不意を突かれて他の冒険者に殺されたとしても、殺した相手――つまり犯人のネックレスが赤く発光する仕組みになっている。それは例え犯人が別のネックレスに付け替えたとしても効果は発揮するだけでなく、犯人が新しくネックレスを造っても赤くなるのだそうだ。
そうなれば一発で犯罪が露見し、ギルドが総力を持って調べ上げて犯人を捕縛し、罪の重さによって処罰が変わる。瀕死の仲間の介錯などならばともかく、意図的に多人数を殺して金品を奪うなどすれば拷問の末に死刑、あるいは過酷な地での無期限労働、だそうだ。
勿論色々と抜け道が無い訳ではないが、コレがあれば他の冒険者に殺される危険度を減らせるし、ある程度の安全と安心感を得られるのだそうだ。
他にもギルドお抱えの商店では値引きされるなど色んな特典はあるが、一番大きい理由は安全の確保だろう。
以前ミノ吉くんが攻撃されたのは、【存在進化】による弊害でネックレスが弾け飛んでしまったからに他ならない。
身体が一気に巨大化するのも考えモノだ。
ただし厄介な事にこれ、一人分を発行してもらうには銀貨五枚――五万程度の価値――が必要になる。
しかも最初に潜った迷宮を踏破した後、別の迷宮に潜ろうと思ったらその迷宮に対してのネックレスが必要になるのでまた銀貨五枚を支払う必要があり、それも踏破して三つ目の迷宮に潜ろうと思ったら更に銀貨五枚、とダンジョンに潜る度にそのダンジョンに対応したネックレスが個別に必要なのだそうだ。
節約しようとして同じネックレスを他のダンジョンに持って入っても、一度適合したダンジョン以外では効果を発揮せず、金の板の飾りの部分が青く発光する事で警告してくる。
なかなかあこぎな商売だ。
銀貨五枚程度は迷宮に潜り、ある程度の階層を踏破すれば簡単に稼げてしまう額だというのも悪辣さに磨きをかけている気がする。
などと雑談は一先ず置いといて、俺は<パーガトリ>が内包する派生迷宮の一つ――【サクロプの採掘場】と呼ばれる迷宮に潜る事にした。
【サクロプの採掘場】は地下に降り続ける一般的なタイプのダンジョンで、地下二十階まであるのだそうだ。深さはやや短いが出てくるモンスターの強さから中級者向け、との事なので日帰りで挑むには丁度いい。
入る前は名前からして岩肌剥き出しの洞窟のようなイメージを持っていたのだが、壁は一面同色の金属のようなモノで舗装された仄暗い回廊だった。
微妙な暗さは種族的な能力として【暗視】を持たない人間からすれば少々厄介なのかもしれないが、俺には特に問題なく、それに設置された罠も少なく稚拙で、簡単に壊せる程度のモノだった。
中級者向け、と言うだけあってかなり温い。
少々物足りなさを感じながら進んで行くと、やや黒い肌をしたピッケル装備で全身の筋肉がそれなりに隆起したゴブリンを一体見つける。マインゴブリン、と呼ばれているゴブリンの一種だ。
早速どんな味なのか知る為に頸を銀腕で刎ね、頭部を喰ってみる。
味は、まあまあ、だろうか。美味しい訳ではないが、そこまで不味い訳ではない。至って普通、といった所か。
普段なら一口喰って後は放置するが、今回は実験を兼ねて色々調査した。
ダンジョンで死んだ者の肉体は一定時間が経つと消える。
それはミノ吉くん達が調べてくれた事であり、確認したが本当にそうなっているらしい。
死体は“収納のバックパック”などに入れても時間以内に外に持ち出せなかったら消える為、ダンジョンで死んだら街の一角にある共同墓地の巨大な慰霊碑に名が刻まれるようになっているそうだ。
つまりダンジョンではモンスターもヒトも関係なしに、死ねば死体をダンジョンに喰われる。
だが不思議な事に、ダンジョンのモンスターを食材にする事はできる。
深いダンジョンに潜る場合は携帯食糧が無くなると、殺したダンジョンモンスターを調理して食べるそうだ。
そこで、何処から何処まで、何をすればダンジョンのモンスターを持ち帰れるのかを実験した。
口に一噛みの肉を含む、マインゴブリンの指を一本右手で摘まむ、銀腕の形を変えて指を一本まるまる包んで体内に取り込む、アイテムボックスに右足を放り込む、胴体はそのまま放置する、といった具合だ。
実験の結果として、放置したマインゴブリンの死体が消えた時に右手で摘まんだ指も消えたが、口内の肉と銀腕で包んだ指、アイテムボックスに入れた右足は消えずにそのまま残った。
アイテムボックスに残るのは少々驚きだが、好都合なので良し。この結果の原因を強引に推察すれば、体内に取り込みさえすれば消えない様になっていて、アイテムボックスも俺の一部として認識されたから、とかだろう。事実かどうかは証明できないが。
とにかく、これで外で待っているカナ美ちゃん達にお土産ができた。
実験の後は予め調べていた最短のルートを進みつつ、遭遇するモンスターは片っ端から殺害して肉を喰い、残りはアイテムボックスに放り込み、どんどん深く潜っていく事に。
そして潜り始めて四時間程度が経過した時、俺は最深部に到着していた。
■ ■ ■
出会ってから数年の付き合いになる仲間の一人――ドワーフのバルト・バートラがとあるボスのドロップアイテムを欲しいと言ったのは、今から二月前の事。
今後を考えれば持っていた方が都合がいいと判断して、女冒険者アーティをリーダーとするパーティ<剣鉄の走狗>の五人が派生ダンジョン【サクロプの採掘場】に潜り始めたのが、今から一月と二十六日前の事。
そして幾度もの挑戦を繰り返したが目的のボスドロップアイテムが出ず、ストレスが溜まっているのが現在。
最下層にあるボス部屋の手前に存在するモンスターが出現しない安全地帯にて、金髪をポニーテールにした片手剣士のアーティは四人の仲間と共に作戦の最終確認をしていた。
「何度も言うようだけど、≪大剣のベルラ≫が出てきたらザイクが正面で攻撃を防ぎ、左右から私とバルトが足を削って、後方からベランナとアイシャがトドメの大技を撃ち込む。
≪魔韻のハッチェル≫が出てきたらベランナとアイシャが小技を撃ち込んで詠唱を阻害、ザイクが二人を守り、ハッチェルの後方に回り込んだ私とバルトが攻め立てる。勿論真っ先に狙うのはメイスね。
そして本命の≪震槌のガルンド≫が出てきたら、あの大技を警戒しつつ普段通りに、って事で。
これでいいかしら?」
アーティ達が幾度も挑み、幾度もボスモンスターを殺しているのに目的のアイテムを得られていないのには、二つの大きな理由があった。
一つは、欲しいアイテムのドロップ率がそもそも低い事。
なかなか獲得できないがある方面に特化したかなり優秀な能力を持つ、【固有】級のマジックアイテムを狙っている。
そしてもう一つが【サクロプの採掘場】のボスモンスターである【単眼鬼】には、三タイプ存在するという事。
頑丈で分厚い大剣を小枝のように振るう、若きサイクロプス≪大剣のベルラ≫
強力な魔法を主な攻撃法としつつ巨大メイスを使う、女サイクロプス≪魔韻のハッチェル≫
地を粉砕し地揺れを引き起こす巨大な槌を持った、三タイプの中で最強の老サイクロプス≪震槌のガルンド≫
という具合だ。
アーティ達が欲しいマジックアイテムをドロップするのは、三タイプの中で最強の≪震槌のガルンド≫であり、ガルンドが出現する確率はベルラやハッチェルと比べ、やや低いのである。
よって欲しいマジックアイテムがなかなか出ないのも、仕方が無いと言えば仕方が無い事だった。
「はいはいっと、了解了解。じゃあさ、さっさと行こうぜ!」
アーティの問いかけに返答したのは、熊頭が描かれたタワーシールドと帯電するバスタードソードを装備した二足歩行する熊こと熊人のザイクだった。
ヒトに本能的な恐怖を抱かせる熊そのままの獰猛な容姿とは裏腹に、何処か抜けた所が目立つ毛むくじゃらのお調子者だ。
「焦らないで、少しは落ち着きなさいよザイク」
急かすザイクを諌めつつ、アーティは残りの三人――重金属鎧とモーニングスターを装備したドワーフのバルト、黒紫色のローブとタクト型の魔杖を持つ魔術師のベランナ、聖別された種や聖水などの小道具とフットマンズ・フレイルを携えた武装神官のアイシャに視線を送り、三人とも大きく頷くのを確認した。
「そ。ならさっさと――」
休憩を兼ねた作戦会議を止め、ボス部屋に行こうか、と言おうとした瞬間に響いた轟音と、大きな地揺れ。
まるでダンジョン自体が軋み、崩れてしまいそうな激しい震動がアーティ達一行を襲い、その凄まじさから堪らずその場で動きを止めて、震動が止むのを五人は待った。
やがて震動が止んだ時、パラパラと壁からは小さな欠片と埃が舞い散り、揺れの凄まじさが余韻となってダンジョンに木霊する。
「なにが――あー、先越されたか」
震動から即座に立ち直ったアーティは、先ほどの音と揺れの原因をこれまでの経験から割り出し、右手で目元を押さえながら天を仰いだ。
やってらんない、とでも言うような態度である。
「うわ、俺達の本命じゃんか、最悪。ったくルーキーはコレだから。ボス戦時の取り決めを知らんのか、取り決めを」
アーティにつられてか、ワーベアーのザイクも悔しそうに愚痴を零した。
「まあまあ、アーティさんも、ザイクさんも、落ちついて落ちついて。こんな事も、偶にはありますよ。取り決めだってそもそも知らないんじゃ、どうしようもないじゃないですか」
「アイシャは気楽ねぇ。今回取り決め知らずのルーキーがいなければ、ガルンドは私達が狩れてたのに」
「ガッガッガッガッガ。ええジャねぇか、起きたこたァよォ」
原因が何か、すぐに分かってしまったアーティ達はそれぞれの思いを吐露する。
待ちに待ったガルンドと闘う機会を逃して残念がるアーティとザイクを慰める天然気味なアイシャに、少々呆れたベランナが苦笑し、一人豪快に笑うバルトの声が響く。
五人の仲が良いだけに、その他にも遠慮の無い言葉が飛び交った。
五人がそのような反応をしたのには訳がある。
基本的にボスに挑む前には一端この安全地帯と呼ばれる空間を通過して、先に待機しているパーティが居た場合にはそのパーティの後ろに並び、その後にボスに挑戦するという――要するに、誰かが順番待ちをすっ飛ばした、という事である。
この取り決めというか冒険者独特のルールは、ダンジョンという少々変わった空間内で無駄な怨恨などを造らない為の簡易的な協定みたいなもので、絶対に護らなければならない、というものではない。
だが余計な諍いが起きないようにする為、そうする冒険者が殆どだというのは事実である。
安全地帯で一休憩しても損はないのだから、ならばこれくらいは、という事だ。
とはいえ今回のように順番を追いこされる事もあるにはあって、五人の愚痴は早々に終結した。
慣れている、といえばいいだろう。既に始まってしまった事を、とやかく言うだけ無駄なのだから。
「んじゃ、ちょいと見に行こうか? どんな事になってるか気になるし」
と聞いたのは、やはりパーティリーダーのアーティだった。
ニヤニヤと悪だくみしている様な笑みを浮かべ、ルールを知らないのだろうルーキーがボス戦でどうなっているのか見学してやろうという思惑が見え透いている。
どんな奴か知りたいし、あわよくば笑ってやる、とでも言いたげだ。
「賛成ね。どんなルーキーか、見てみたいし。アイシャもそうでしょ?」
「そうですね、ベランナさん。もし怪我とかしてたら、治療してあげないと。命は大切に、ですよ!」
「ガッガッガッガ、面白そォだァな!!」
「ならさっさと行こうぜ!! 早く早く!!」
ベランナ、アイシャ、バルト、ザイクと皆乗り気な返答をし、軽い気持ちでアーティ達がボス部屋の扉の前に到着したのは、震動がダンジョンを駆け巡ってから数分も経っていない時の事。
そして先ほどの震動はボス部屋最奥の巨大な扉からボスモンスター≪震槌のガルンド≫が登場するのと同時に振り下ろす槌の一撃によるものであり、つまりはボス戦が始まってまだ十分も経ってはいないはずである。
なのに、解放された扉から見えるボス部屋の中では圧倒的で、あまりにも悲惨な光景が広がっていた。
「なに……アレ?」
そのまま消えてしまうかのように息を飲み、ひっそりと囁かれたアーティの疑問に、他の四人は返答する事ができない。
ただただ茫然とボス部屋の中に意識を集中させる事しかできず、視線を余所に逸らす事もままならない。余計な事を考える事すら不可能だった。
五人が等しく感じているのは、強烈な恐怖だった。
床一面に広がる夥しい量の、むせかえる様な鮮血の海の中を、残された右腕一本で必死に這って逃げようとする一つ目の巨鬼――【単眼鬼】
サイクロプスの灰色で立派な顎髭は血を吸って赤く染まり、皮膚にべチャッとへばり付いていた。
本来ならば九メルトルを超えるはずの巨躯が、両脚は大腿の半ばから下を、左腕は肩から切り落とされる事で大きく縮んでいる。肢体の殆どを斬られてできたその巨大な傷口からは、床を濡らす赤黒い血が止めどなく流れていた。
それに腹部を切り裂かれたのか、長い臓腑の一部が零れ出ている。ズルズルと這えば這うほど中身が余計に溢れ出るが、ガルンドはそれを気にする事無く這い続ける。
それほどまでに、そうしてしまうほどに、恐れているのだ。恐怖がガルンドにその行動を選択させている。ガルンドの一つだけの目には恐怖が溢れ、聞くに堪えない奇妙な悲鳴を上げている。
アーティ達の記憶にある≪震槌のガルンド≫は、どのような敵が来ようとも真正面から手にする大槌で叩き潰してくれる、とでも言いたげな威風堂々とした姿だったのだが、今は影も形もなかった。
ただ見ているだけのアーティ達にさえ恐怖を抱かせている【三本角の黒鬼】から、ただ必死で逃げようとする弱者となったその様は、確かに無様だといえる。
以前とのギャップがありすぎで、より一層そう感じる事だろう。
しかし、それは決して笑えるモノでは無かった。
身の丈ほどもある四角い刀身を持つ包丁のような大剣でガルンドを解体している【三本角の黒鬼】が、鬼人なのだとはアーティ達も理解できている。
アーティ達には何人か鬼人の知り合いも居り、その戦闘能力が竜人達と同じように桁外れだとも知っている。
しかしボスモンスターを十分と経たない内にあそこまで解体してしまっているというのは、些か以上に常識外れだ。
だが、それくらいではアーティ達が身動きが取れなくなるほど恐怖するものではない。
むしろその強さに憧れを抱き、尊敬の眼差しを向けていただろう。ダンジョンという強い者こそが正義として君臨できる場所に挑むアーティ達は、暴力、知力、財力などなどありとあらゆる≪力≫に対してある種の宗教的な妄執すら抱いているのだから。
圧倒的な≪力≫の持ち主を、尊敬こそすれ恐れるはずがなかった。
なのに何故恐怖するのか。その理由は、簡単な事だった。
「コリコリとした歯ごたえがあるものの噛めば噛むほど旨味がでる肉と、濃厚な味わい深くも飲みやすい血。なんだ、結構美味いじゃないか、サイクロプス」
【三本角の黒鬼】の呟きを、索敵能力に優れた斥候系職業の一つである【義賊】を持つアーティは確かに聞いた。
そう、【三本角の黒鬼】は、アーティ達が何よりも恐怖していたのは――
(生きたまま、喰ってる……)
≪震槌のガルンド≫というサイクロプスが、【サクロプの採掘場】という派生ダンジョン最強のボスモンスターが、一方的に、生きたまま解体されてその肉体を喰われていたからだ。
(うぷ……)
アーティは湧き上がる吐き気を手で押さえ、胃の中のモノを何とか出さずに我慢した。
深いダンジョンに潜る際、用意していた携帯食糧が無くなると、ダンジョンモンスターを喰って飢えを凌ぐ事はよくある事だ。
アーティ達だって幾度も経験している事であり、それに特定の【職業】を得る為にはモンスターをあえて喰う必要があるので、喰えるモンスターの情報はそれなりに集めてはいる。
だからモンスターを喰う事にそれほどの忌避感は無い――とはいえ、特殊な調理法でないと解毒できなくて喰えば死ぬようなものや、昆虫型や非定形型などグロテスクな見た目のモンスターは多々居るのでその類は遠慮したいのは本音だ――が、それでも対象が目の前で生きたままその肉を喰うというのは流石にキツイ。
それも【巨人】種と【鬼】種の狭間に分類されるサイクロプスにはある程度の知性があるので、アーティ達からすればそんな生物を生かさず殺さずの状態で喰うのはありえなかった。
(酷い……な)
ガルンドの切り落とされたらしい片腕と右足は見当たらないが、今も【三本角の黒鬼】は切り落とした左足のふくらはぎに齧り付き、その肉を美味そうに喰っている。だから片腕と右足は既に喰われたのだろう、と予想できてアーティ達の身体は意思とは関係なしに小刻みに震える。
足下から喰われるような恐怖に囚われ、ただ静かに見続けていると、黒鬼はサイクロプスの左足という自分と同じくらいの大きさがある肉を骨ごと喰い尽くしてしまう。
そして片手で包丁のような大剣を振り上げ、ガルンドの残された右腕を狙って振り下ろした。
振り下ろしの速度があまりにも速過ぎてアーティ達では残像しか見えなかったが、宙を舞う右腕と噴き出す鮮血を見る事はできる。
ガルンドの喉が潰れそうな程の絶叫が響き、それを聞き流しながら切り落とした右腕を黒鬼は拾い、再び骨肉を喰らい始めた。明らかに許容量を越えた骨肉がどんどん消費されていく様は、凄惨な光景と相まって、アーティ達に非現実的だという感想を抱かせる。
しかし現実は変わらず、アーティ達が食い入るように見る前で、ガルンドの全身が全て喰いつくされるのにそれほど時間は必要無かった。
せいぜい、十五分くらいだろうか。
強靭な生命力が災いし、頭部を喰われるまで生きていたガルンドには流石にアーティ達も同情に似た思いを抱き。しかしガルンドからのドロップアイテム――それもアーティ達が欲していた品だ――を回収し、アーティ達に気がついたらしい黒鬼の瞳を直視して、思考が一瞬で真っ白に染まった。ブワッと嫌な汗が一瞬で全身から噴き出し、カチカチガチガチと歯まで五月蠅く鳴り始めた。
あまりの恐怖に、思考が纏まらない。今までに無い程高速で回転しているはずなのに、どうすればいいのか判断できない。
その間にどんどん近づいてくる――アーティ達が出入り口の前に立っている為――黒鬼の威圧感に耐えきれず、まずアイシャが崩れ落ちた。
気絶して後方に倒れていくアイシャを助けようとベランナが手を差し伸べるが、力が入らないのか支えきれずに一緒に倒れる。しかし勢いは大幅に減っていたので、ダメージは全く無いはずだ。
だが、いつまで経っても立ち上がる気配はない。むしろ全く動かない。
よく見ればアイシャを抱きしめたベランナは死んだふりをしていた。相手は熊じゃなくて鬼だから、そしてコイツ逃げやがった、と思う。
それから本能的に勝てないと判断したのかザイクは早々に装備を解除して地面に寝転び、腹を見せるという服従の格好になっていた。
プライドは無いのか、とアーティは一瞬言いかけたが、そうしたい気持ちが十分過ぎるほどに分かっている。
アーティ自身カタカタと手足が震え、ただ立っている事すら困難な状態になっていたのだから。ザイクのように戦いもせずに降伏するその潔さは、やはり本能の部分が強い獣人ならではだと言える。
唯一バルトだけが直立不動のまま動いていない。立派な顎髭は伊達では無いらしい。流石最年長だ、と思ったら、立ったまま気絶しているだけだった。
なんだそれは、あんまりだろう、おい。私の感動を返せ、と言いたかった。
などと、アーティは現実逃避気味に思考を散らしていたが、流石に黒鬼が手が届く距離にまで近づいているとなると、それも限界がある。
――殺される。
脳裏に過るのは、先ほどのガルンドの姿。
死なない様に卓越した技法に基づいて身を刻まれ、それから逃げようと必死に這い回り、結局最後まで生かされたまま喰われていった様が、自分と重なる。
――喰われる。
黒鬼が口を小さく開いた。白い金属のような鋭牙が所々赤く濡れている。ヒッ、と意思とは関係なしに零れる恐怖の声。と同時に足腰から力が抜けてその場でペタリと座り込んでしまい、温かくなる下腹部とある種の解放感を覚えた。
それが何なのか理解したアーティは羞恥心に焦がされ、顔を真っ赤にするが、恐怖がそれを上回る。
黒鬼の顔が、眼前にあったのだから。意識がそちらに向けられた。
「お疲れさん。それからこれ、使うといい」
黒鬼が何かを言う。そしてアーティの肩に置かれた大きくて鍛えられた手と、肌触りのよい上等で細長い布。
アーティは何を言われたのかすぐに理解できなかった。理解できないまま、黒鬼の気配が完全に消えるまで座り込んだ状態から動く事はできなかった。
「なんなのよ、一体……」
アーティの呟きは、誰に聞かれる事も無く消えていった。
■ ■ ■
最下層に居たボスモンスターのサイクロプスは大きく、その肉を喰うのには時間が必要そうだった。
なのでその四肢を削ぎ、生きたまま喰ってみる事にした。
サイクロプスの解体には王都で買ったマジックアイテム【巨人族の長持ち包丁】を使用し、順次美味しく頂きました。
【能力名【地揺れの鉄槌】のラーニング完了】
【能力名【巨鬼の血脈】のラーニング完了】
ラーニングできたアビリティは二つだけ。【巨鬼の血脈】はともかく、【地揺れの鉄槌】の使い勝手はそこそこ、といった所か。
ただ今回重要なのはアビリティではなく、別にある。サイクロプスを喰い尽くした際に、こんなモノが表示された。
【辺境詩篇[サイクロプスの槌]のクリア条件【単独撃破】【無傷蹂躙】【生続捕食】が達成されました】
【達成者である夜天童子には希少能力【撃滅の三歩】が付与されました】
【達成者である夜天童子には希少能力【生者を喰らう者】が付与されました】
【達成者である夜天童子には【固有】級マジックアイテム【鍛冶の鬼槌】が贈られました】
【達成者である夜天童子には【試練突破祝い品[初回限定豪華版]】が贈られました】
どうやら派生ダンジョンのボスを一定の条件で殺すと【辺境詩篇】なるものが攻略できるらしい。
【単独撃破】という項目を見た時にミノ吉くんはどうだったんだろうと思い、カフス経由で聞いてみると、ミノ吉くんもクリアしていた。ただ訳が分からなかったし、それを見たのも意識がハッキリしない時だった事もあり、すっかり忘れていたそうだ。
ミノ吉くんらしいといえばらしいだろう。
まあ、過ぎた事は仕方ない。緊急を要する事項と言えるものではないし。
それから俺がサイクロプスを殺害し、外に出ようと思った時に、出入り口には五人の男女がコチラを凝視して立っていた。
片手剣士でリーダーだろう人間の女、大きな盾を持った若い熊人、顎髭が立派なドワーフのおっさん、魔術師だろう人間の女性、戦う聖職者な人間の少女、という感じである。
次にボスに挑むパーティだと推察し、とりあえず簡単な挨拶をしとこうかと思ったのだが。
俺が近づくとまず、聖職者の少女が気絶した。白目をむきながら、ゆっくりと後方に倒れていく。
それを庇う為に横に居た魔術師の女性が少女を抱きしめ、しかし支えきれずに一緒に地面に寝転んで動かなくなった。意識はあるようだが、起きあがろうとしない。何故だろうか、と疑問が浮かぶ。
熊人の若人は装備を外して寝転び、俺に腹を見せてくる。多少汚れてはいるがモコモコしていて枕やソファとかだったら気持ちよさそうであるが、流石に見知らぬ熊人を触るのは躊躇する。
ドワーフのおっさんは直立不動。しかし意識が何処かに飛んでいるようだ。立ったまま気絶するとは、中々に芸達者なおっさんである。
唯一立ったままだった女リーダーも手足が震え、俺が一歩踏み出す度にビクリビクリと反応し、その瞳には涙が浮かんでいた。
何も悪い事はしていないのに、ココまで怖がられるとは少し傷付くものがある。
仕方ないのでさっさと横を通り過ぎるか、と思って女リーダーに声をかけようとした瞬間、女リーダーがその場に座り込み、失禁してしまった。
とりあえず何も追及はせず、短く声をかけて俺の糸製タオルを渡した。俺の他にこの場に居るのは彼女の仲間だけとはいえ、あのままでは恥ずかしいと思ったのだ。
結局一言も会話する事は無く、俺は地上に戻る為に逆走を開始した。
その後特に問題も無く外に出て、路地裏から琥珀宮に戻る為に再び空へと舞い上がる。
今日ラーニングしたアビリティはサイクロプスからの二個だけだが、収穫はそこそこあったので、有意義な一日だったと言えるだろう。
“百四十三日目”
訓練中、再び第一王妃の使者がやってきて、貴婦人達が集う茶会に何故か知らんが誘われた。
正直王妃とはあまり会いたくない事に加えて、貴婦人達の茶会に鬼人で男の俺を何故誘うんだと思わなくも無い。
カナ美ちゃんと一緒に来ても良い、という事になっているが、たいしてプラスな要素でもないし。
王妃の真意はともかく、今回俺は『俺の雇い主のお転婆姫であって、王妃ではない。よってお転婆姫が断れば断っても仕方ない』と言い訳を用意する事にした。
以前から見たいと言っていた事を餌にすれば、お転婆姫を説得する事など容易い事よ、と思っていたのだが。
どうやらお転婆姫までこの茶会の主催に暗躍してやがったので、逃げれなかった。
うな垂れつつ、王妃の茶会に正装したカナ美ちゃんと共に出席した。
茶会は晴天という事もあり、王城内部にある庭園にて行われた。
集まった貴婦人達が俺達に向ける視線に込められた感情を分類すると、恐れや嫌悪が五割、好意が四割、陶酔が一割、といった感じになった。
基本的に嫌悪などを向けられるのは予想できたが、半数が好意的とは思わなかった。
というか、茶会を護衛している王妃の近衛兵達と一部の貴婦人達が向ける陶酔したような視線が怖い。ジュルリ、と涎を垂らして獲物を見ている様な気さえする。
集められた一割は王妃と同類なのか。想像すると、かなり怖い。
茶会は時折話しかけられたりしたが、基本的には遠巻きにされるだけだった。
害が無いので、仕方ないと諦める事にした。
“百四十四日目”
朝から訓練、午後は個人別の訓練。一日ずっと訓練ばかりの日だった。
分体では色々暗躍しているが、今は平和な日を堪能しようと思う。
色々と複雑な事情を持つお転婆姫を退けたい貴族派のトップである大臣が、そろそろ何かをしてきそうなので。嵐の前に、ゆっくりと休みたいものだ。
本日の合成結果。
【兜割り】+【重斧撃】=【重斧兜割り】
【軽戦士】+【軽剣士】=【軽剣戦士】
“百四十五日目”
今日は衛兵達全員を集め、合同訓練を開始した。
琥珀宮の警備は分体で全て補う事にしたので、全員を動員したとて問題はない。侵入者がいれば、影で美味しく頂こうと思う。
合同訓練は傭兵団員対衛兵、という構図で行った。
それなりに白熱した戦いとなったが、最終的には俺達の勝ちで終わる。やはり人間しかいない衛兵と比べ、色んな種族が居る俺達の方が応用力があるからだろう。地力に大きな差があったのだから、仕方ないと言えば仕方ない。
その後は皆で宴会をする事になった。
この前サイクロプスを喰った事で、俺はサイクロプスを生成できるようになり、その肉を振舞ってみたのである。
サイクロプスの肉は意外と好評なので、拠点に帰ったら皆に喰わせてやろうと思う。
宴会の酒はお転婆姫が用意してくれた高級品で、かなり美味い。種々様々な酒が取り揃えられ、それぞれを飲む度に思わず呆けてしまうほど。
幾つかはエルフ酒に匹敵する美味さだった。
“百四十六日目”
どうやら十日後に≪英勇武踏祭≫と呼ばれる大きな祭りが開始されるらしい。
午後にお転婆姫の護衛で王都を散策していると、俄かに活気だっていたのである。皆浮かれ、笑顔を振りまきながら準備をしていた。
この世界に来て初めての祭りなので、どのようなモノかとても気になる。
是非参加してみたいものだ。
“百四十七日目”
戦争が起きた。と言っても王国や帝国で、ではなく、別の国々が起こした戦争だ。
今は戦争に突入した国が王国からやや遠いという事でその影響は特に感じはしないが、今後どうなるかは分からない。
お転婆姫の依頼が終わり、まだその戦争が続いていたら、そちらに稼ぎに行くのもいいかもしれない。
まだ味わった事の無い味を求めて、世界を渡り歩く必要があるだろう。海の幸など、特に興味がある。海底に存在する迷宮もあるそうなので、是非潜ってみたいものだ。
訓練後、今日は夜遅くまでお転婆姫達と手製トランプなど簡単なゲームをして夜更かしする事となった。
カナ美ちゃんや赤髪ショート、オーロとアルジェント達も楽しそうにしていたのでよかったよかった。
“百四十八日目”
王都の北に、≪円形闘技場≫、と呼べる楕円状の巨大な建造物が存在する。
そこでは普段、犯罪などの罰で奴隷の身分に落とされた者、戦争で支配下に置いた属国の最下級民、借金が返せなくて売られた者、など様々な理由で集められて強制的に【剣闘士】とされた者達が互いに殺し合い、それを賭けの対象として見る庶民が集う場である。
土には把握出来ない程のヒトが流した血が染み込んでやや赤茶けた色をし、砕けた歯や金属片が埋もれ、四方に埋め込まれた巨大な石柱には無数の傷跡が刻まれていた。
そして何故か、俺はそのコロッセオに立つ事になった。
その理由は、お転婆姫に下された王命のせいであり、政敵である大臣の手回しによるものだった。
つまり、俺は邪魔なので、ココで消えて欲しいという思惑が渦巻いているという訳である。
まあ、俺としては大臣が強敵を喰うお膳立てしてくれた、という事なので望む所だが。
周囲を取り囲んだ数万にもなる観客の前だというのは、些か緊張するものがあった。
■ ■ ■
『皆さまお待たせしましたァ。いよいよ本日のォメインイベントォ開始致します』
狂気渦巻くコロッセオに、司会役の声が響く。
今日のメインイベントが最近王都の噂を独占している黒い使徒鬼という事と、三年に一度開催される≪英勇武踏祭≫直前という事で王都には普段以上のヒトが集まった事が重なって、コロッセオの観客数は過去最多となっていた。
約六万人を収容できる観客席でも収まりきらない程にヒトが溢れ、通路で立ち見する者も自然と多くなり、貴族専用の個室なども全て埋まっていた。
それぞれは小さなざわめきも、六万以上ともなると巨大な音風となって周囲に響く。
そんなコロッセオの隅々まで音声を届かす、声を大きくするマジックアイテムを持った司会役が場を盛り上げる台詞を朗々と語っている。
これから登場する戦士の情報や、軽い冗談などだ。
それを聞き流しつつ、気だるげに見る主従が一組、王族専用として造られた個室に存在した。
「姫、よろしいのですか?」
「なにがじゃ?」
白金に輝く髪を持つ、幼いながらもまるで妖精のような美しさを魅せる王女――ルービリア姫は、ちょこんとやや大きい豪奢な椅子に座り、ただ一人傍に控えた少年騎士の問いに首を傾げた。
それに小さくため息をついてから、少年騎士は眉間を指で押しつつ自分の中の疑問を吐き出した。
「師父の凄さを知らしめて良いのか、という事です」
「ああ、構わん構わん。アポ朗の凄さを知らしめるのには、今回の催しは丁度良いじゃろうて」
心配げな表情を浮かべる少年騎士に対し、ルービリア姫は歳不相応な妖艶な笑みを浮かべながら断言しつつ、傍にある机に置かれた籠から、赤い果物を一つ手に取った。
それは“ルベル”と呼ばれる、ブドウのような形をした果物だ。
ルベルの赤い果実はワインやジュースなどによく使われる事で知られている。新鮮な場合では表面を軽く拭けば丸齧りしても問題なく食べる事ができ、独特の甘みと酸味が口の中に広がる高級品だ。
そして王侯貴族が好んで食べるルベルには解毒作用があるので、例え毒を盛られていても死ぬ事が無い。ルベルは毒に反応して色合いが変化するので、一発で露見する。
毒味役を用意せずに、気楽に食べられる事も人気に一役買っていた。
それを一つ、ルービリア姫は千切って食べる。
「うむふふふ、やはりルベルは美味じゃのう」
蕩ける様な笑みを浮かべて恍惚とするルービリア姫の様子は、周囲の存在を魅了してしまうほどに可愛らしいのだが、それを見慣れている少年騎士に効果は無い。
「姫、どうなっても知りませんからね?」
「大丈夫じゃ、我を信じよ、マル」
うな垂れる少年騎士を、カラカラと笑うルービリア姫。
お転婆な主に振り回される、普段通りの姿がそこにはあった。
「信じる信じないが問題ではありませんよ。私はどうなろうと、最後まで姫についていきますからね。
問題なのは、周囲の反応がどうなるか、それだけですから」
少年騎士――マックール・セイは、師父として敬い、これから戦うとある鬼人が今後どのような影響を及ぼすか危惧していた。
まず間違いなく、これから行われる戦いは、己が主たるルービリア姫を取り巻く全てに波紋を生じさせるだろう、と確信していたからだ。
「これが切っ掛けで、大炎になるやもしれません。そうなると、些か戦力に不安があるかと」
「うむ、マルの不安も、確かにその通りかもしれぬな。……じゃがな」
そこで一端言葉を区切り、ルービリア姫はルベルの果実を一つ食べ、ルベルの果実から絞ったジュースを一杯仰ぐ。
それから横に佇むマックールに顔を向け、不敵に笑った。
「それ等も含めて、大丈夫じゃ」
何の根拠も、簡単な説明も無く、ただ言われた事を完全に信じる事は難しい。
しかしルービリア姫の言葉は、その澄んだ瞳は、マックールの中から不安を払拭するには十分だった。
やれやれ困った主を持ったものだ、とでも言いたげに肩をすくめ、マックールは再び直立不動の格好に戻る。
「姫がそこまで言うのならば、最早私に言う事はありません。
これからも誠心誠意、傍に控えさせていただきます」
「うむ、良きに計らえ」
ルービリア姫とマックールが互いに笑みを交わし、一段落ついた所で司会役の声がより一層大きくなった。
『南門からの登場は、我らコロッセオが誇る【剣闘王】ライガー・バゼット! 戦績はご存知の通り、五百戦全勝無敗。ただ一度も土に塗れた事の無い、自らココに留まった生粋の戦人が此度も血華を咲かせるのでしょうかッ』
司会役がそう言うのと同時に、四方に存在する鉄格子の内の南門が音を立てて開かれ、そこから一人の大男が出てきた。
二メルトル近い巨躯を誇り、一般男性の胴と同じくらいの太さがありそうな鍛えられた両腕は剥き出しで、そこには数え切れない程の傷痕があった。
着ているのは薄緑色の竜革で造られた軽装鎧。背中には身の丈程の大剣を担ぎ、腰には二振りの剣がある。赤茶けた髪はボサボサで、獣のような黄色い瞳が周囲を威圧している。
重苦しい空気を発し、遠くから見ても震えてしまいそうな気迫を纏う強戦士。
コロッセオで最も長く、最も強く、最も屍を積み上げた男――ライガー・バゼットとは、血に飢えた虎のような存在だった。
『続きまして東門からの登場はァ、遥か東方よりやってきた流浪の【異界の剣豪】カエデ・スメラギ! 唯一の女性ながら、腰に佩いた大太刀を使い金属の塊をスライスしてしまうばかりか飛ぶ斬撃を放ちますので、野次には十分ご注意下さい!』
東門から出てくるのは、ゆったりとした黒と紅を基調とした民族武装を纏った麗人だった。
艶のある黒髪は一つに纏められ、腰にはこの辺りでは殆ど知られていない大太刀、と呼ばれる品が一本佩かれている。
黒い眼は周囲を柔らかく見つめ、ライガーのように周囲に威圧感を撒き散らしてはいないが、静かに佇むその姿だけでもその強さは十分感じられるものだった。
カラコロと音をたてる独特な木靴を履いたカエデが歩む様は美しく、コロッセオ内の老若男女はそれだけで魅了されていた。
切れ味鋭い氷の刀剣――カエデは、まさにそのような存在だった。
『そして西門からは何と、【亜竜】として有名な【翼亜竜】の登場です。今回のワイバーンはジャダル山脈から捕獲されてきたもので、気性の荒いジャダルワイバーンが今回どのような戦いを演出してくれるのか、注目したい所でしょうッ』
西門が開かれると同時に、全長九メルトルはありそうな翼亜竜が暴れながら躍り出た。
飛んで逃げない様に翼膜はズタズタに切り裂かれ、首や手足には枷が嵌められている。暴れるのを押さえようと鎖を持った屈強な十六人の男達が奮闘しているが、殆ど抑えられていない。暴れるワイバーンに振り回され、壁に叩きつけられて絶命した者も何人か出た。
黒緑色の竜鱗を持つジャダルワイバーンはワイバーンの中でも特に気性が激しく、背中と尻尾に生えた鋭い棘には毒があり、肉体も強靭だ。
捕獲するとなると、軍を出しても困難を極める、というような存在である。
だが今回は王国の【勇者】の一人が三十体程捕獲してきた事もあり、その中で最も扱いに困ったジャダルワイバーン・リーダーがコロッセオにて使われる事になったのだった。
『そして最後はお待ちかね。北門からは噂のあの人、傭兵団≪戦に備えよ≫団長【銀腕】の――』
司会役の紹介が終われば、開始の合図が発せられる筈だった。
しかしその直前、鎖を持った男達を振り切ったジャダルワイバーンが北門に向って突進を開始。
離着陸をする為に発達した短く太い後足で土を後方に撒き散らし、翼膜を失った前足でバランスを取りながら這う様に前へ。緑色の毒性を持った涎を撒き散らし、怒声を上げて獲物を欲している様は、生物的に弱い者を圧倒する力強さがあった。
そしてジャバルワイバーンが進む先――北門の鉄格子は既に解放され、そこから銀色の腕と三本の角、そして黒い皮膚に紋様を刻んだ【鬼】が一体、ゆっくりと出てきていた。
鬼の手には一本の白銀のハルバードがあり、ゆったりとしたズボンのような衣服を纏っている。しかし上半身は裸で、右手に腕輪、足首に金輪の飾りを付けているが他には何も無い。
素足であり、胴鎧の類が無いその様は、命を賭したコロッセオではあまりにも無防備に見えた。
そして突然の戦闘開始に、コロッセオ全体から歓声が巻き起こった。
ジャダルワイバーンの巨躯による突進の前に、鬼は一歩も動こうとしない。観客は悲鳴や歓声を上げ、興奮した様子でどうなるか見守った。
その様子を見ながら、ルービリア姫はポツリと呟いた。
「やってやれい、アポ朗よ。我の為と、お主の傭兵団の良い宣伝の為に、の」
ルービリア姫の命令に応えた、訳ではないが、鬼――アポ朗はジャダルワイバーンとの距離が五メルトルも無くなった時、動いた。
観客の視界から、ハルバードの姿が完全に消失する。と同時に、突如ジャバルワイバーンの巨躯が甲高い音と共に真っ二つになった。
身体の中心線に沿ってジャバルワイバーンが左右に割断され、夥しい量の鮮血とピンク色の臓腑をぶちまけつつ、ゆっくりと倒れていく。
ジャバルワイバーンを殺害した原因――アポ朗のハルバードの斧頭に配合された水精石が超高速で振り抜かれた結果生み出した巨大で高圧な水刃は、ジャバルワイバーンを両断してなお勢いが衰えず、そのまま離れていたライガーの下まで直進する。
地面には水刃の斬痕が深々と刻まれ、その威力を物語る。
『ツ――ぬぅうえいァァァッ!!』
水刃の速度を見て回避する事を止め、ライガーは気合いの雄叫びを上げつつ背中の大剣を抜剣。と同時にすぐ傍まで迫っていた水刃を、戦技を行使して迎い打つ。
――戦技【灼発の覇撃】
振り下ろされたライガーの大剣が赤い輝きを纏い、刀身に高熱が宿った。
衝突した高熱剣と水刃の威力は同程度だったため相殺したが、水刃の水が高熱に焙られて大量の水蒸気が発生、ライガーの視界は白く染め上げられた。
即座にライガーは大剣を振り回して生み出した烈風で白霧を振り払い、視界を確保するが。
その時には既に、アポ朗が眼前にまで移動していた。
数十メルトルはあった距離が無音で踏破されていた事によって反応は大きく後れ、致命的な隙を造っている。
『――ッ』
すでに防御も回避も間に合わず、死を覚悟したのかライガーは息を飲んだ。
その顔は驚愕に染まり、あり得ない、とでも言いたげな瞳をしている。長年王者としてコロッセオに君臨したライガーは、己が死ぬ事もあるだろうが、まさかこれほどあっさり殺されそうになる、などあまり考えていなかったのかもしれない。
その様を見ながら、アポ朗はライガーを殺す為、ハルバードを再び目測不可の速度で振り抜こうとする。その顔には美味い獲物を目の前にして、獰猛な笑みが浮かんでいた。
二人の戦いは、既に勝敗が決したといっても良かった。
しかしその両者に割って入る者が居た――大太刀を抜いた、カエデである。
『チェリアァァッ!!』
――戦技【扇閃嵐】
まるで扇のように広がって広範囲を薙ぐ、大太刀による無数の高速斬撃がアポ朗を襲い、しかしその全てはハルバードと銀腕によって叩き落とされていく。
無数の火花と金属の悲鳴が、いつの間にか音が消えていたコロッセオに響き渡る。
『――ツィ!』
攻めきれない事にカエデが舌打ちし、即座に追撃できない様に威力重視の一撃をアポ朗に叩き込む。
そしてたった数秒程度のやり取りながら、常人では何度も死んでいるだろう交差が終わり、ライガーとカエデは殆ど同時にアポ朗から大きく距離をとった。
そして、息を飲んで見守っていた観客から大歓声が沸き起こる。
『い、一体何が起こったのでしょうかッ。ジャバルワイバーンが暴走したかと思えば、一撃で殺され、かと思えば【剣闘王】ライガーまでもが殺されかけ、ギリギリの所でカエデ嬢に助けられて命からがら回避、という、あ、圧倒的です! 圧倒的ですッ!!』
興奮した司会役の声が響き、観客の歓声はどんどん大きくなっていく。
既にコロッセオ内の観客が起こす震動は小さな地震のようにまでなり、異様な熱気に包まれていた。
その中で、ライガーとカエデは何かを言いあい、二人でアポ朗と闘う事にしたらしい。
それは、正しい判断だったのだろう。しかし、
「アポ朗の奴め、まァーだあんな面白そうなモノを隠しておったのか」
アポ朗の全身から、黒いオーラのようなモノが発生した。
アンデッド系モンスターの中でも一定以上の強さを保有した存在が、稀に同じようなモノを纏っている事から推察するに、あれは物理と魔法両方の耐性を得る能力じゃろうかな、とルービリア姫は予想する。
黒いオーラを纏ったアポ朗が、迫る二人を迎え撃つ。
「凄い、ですね……」
マックールも、思わず、といった感じで感嘆の声を洩らした。
その視界の先では、【勇者】や【英雄】といった超人達に勝るとも劣らない速さで動き、卓越した剣技と戦技を行使する【剣闘王】ライガーと【異界の剣豪】カエデの姿がある。
『――ッラ!』
ライガーの上段に構えられた大剣が渦を巻く青い焔を纏うと、烈風を生じさせる速度で振り下ろされた。
深く地面を斬り裂いた大剣から地表に燃え移り、まるで波のように広範囲に広がった青い焔は轟々と燃え盛る。
青い焔の波がアポ朗にまで達し、一瞬で飲まれそうになるが、しかし踏み砕いて隆起させた土壁が焔を遮断した。
土壁の左右に焔の波が流れたかと思えば、蹴り砕かれた土壁が土石弾となってライガーに襲いかかる。
ライガーはそれを幅広の大剣の腹で受け、あるいは弾き、あるいは避ける。
一つたりとも被弾しなかったが動きは止まり、その隙に迫るアポ朗を、ライガーの背後で待機していたカエデが前に出て迎え撃つ。
「ふむ、確かにな。ちと想像以上ではあるが、むしろ好都合じゃな」
マックールの率直な感想に、ルービリア姫も同意した。
カエデの腰に佩かれた大太刀【桜夜の夢現】が、一瞬の速度に秀で、視認不可能と言われている【剣豪】固有の戦技【瞬刹一刀】によって抜き放たれた。
鞘走りの音と殆ど同じ速さで抜き放たれた大太刀は大気を斬り裂き、アポ朗の首を刈る軌道を描き、しかしアポ朗の黒いオーラを纏った銀腕によって事も無げに受け流される。
鋼鉄すら紙のように切り裂く音速の一撃を、ただ軌道上で斜めに銀腕を構えただけという普通の行動で防がれるとは思っていなかったカエデの行動は一瞬ではあるが遅延し、繰り出されたアポ朗の膝蹴りが腹部に直撃した。
まるで小型爆弾が爆発したような音を発し、カエデの華奢な身体が吹き飛んだ。
血を吐き出しながらも、流れに逆らわずに受け身をしながら転がっていく。
その隙に背後から迫っていたライガーが袈裟懸けに大剣を振り下ろそうとしたが、アポ朗が後ろを見もせずに繰り出した回し蹴りが大剣の柄を握っていた手首を狙った為、慌てて手を放して回避する。
その結果蹴りは手首ではなく大剣の柄に命中し、柄は蹴り砕かれ、大剣は遠くに飛んでいく。
主武器である大剣を失ったライガーは即座に腰に下げている二振りの剣を抜剣。十字に敵を刻む戦技【十字斬り】を発動させ、アポ朗の脇腹を左右から同時に斬りつけた。
赤い燐光を宿した双剣は甲高い音と火花を飛び散らしたが、血肉を削る事ができなかった。剣の刃がアポ朗を傷つける事ができず、体表を滑ったのである。
原因はアポ朗が纏う、黒いオーラのようなもので阻まれたからだ。
攻撃が通らないと理解してライガーは慌てて距離を取ろうとしたが、一歩遅かった。
飛退いたライガーの左わき腹に、ハルバードの柄が叩きつけられる。身体が“く”の字に曲がり、数メルトル以上の距離をノーバウンドで吹っ飛んでいく。
カエデもライガーも、優れた回復能力を有している為まだ戦闘不能ではないが、アポ朗は全くの無傷。
彼我の差は、余りにも大きいようだった。
目の前で繰り広げられる高度な戦いにコロッセオに来ていた観客はやがて沈黙し、ただただその流れを見続けて。
そして戦いは、意外な結末を迎える事となる。
■ ■ ■
コロッセオでは四方から登場した四体が一斉に戦うバトルロイヤル形式だった。
最初の方は様子見でもしようと思ったのだが、開始早々、一体のワイバーンが突っ込んできたのでハルバードの水刃を【水流操作能力】で強化、【大気操作能力】と【重力操作能力】の合わせ技などで加速して両断した。
ついでに【剣闘王】と紹介されていたむさ苦しい男を狙ったのだが、防がれてしまった。
まあ、呆気なくやられてもつまらないのでよしとして。
その後、紆余曲折あって女武者と男がタッグを組んだので、所々アビリティを行使しつつ地力を上げる訓練に付き合ってもらった。
それから大体三十分くらいだろうか。
一通り知られても良いアビリティの使い心地を実感したので、二人の武器を叩き落とし、配下に下るかどうか、勧誘してみた。
理由は強い、とか、使える、とか色々あるが、絶対に欲しいと思ったのは【剣闘王】ではなく、【異界の剣豪】である女武者の方だ。
ただ先に言っておくが、綺麗な女だから、というのが理由ではない。
この世界には、俺以外にも他世界から来た者が居る。この国の【異界の賢者】もその一人、だそうだ。
どうやら【大神】の一柱である【時空と星海を司る大神】が招いているらしい。ただ招く、といってもコチラに招かれるのは別世界に居る本体の魂を複製して生み出された複製存在であり、肉体は【大神】が用意した全くの別モノになるそうだ。
だから、何の変哲の無い存在でも、女武者のように戦えるようになるらしい。
正直、女武者を喰ってみたくはある。
どのようなアビリティを得られるのか、【大神】が用意した身体がどんな味がするのか、かなり気にはなる。
なのに女武者を喰わないのには、もちろん理由が存在する。
どうやら異世界からの来訪者――通称【異邦人】と呼ばれる者達は、それぞれの存在を何となく感知できるらしい。ボンヤリとではあるが、ある程度の距離に近づくと、方角くらいは何となく分かるそうだ。
ならば、最初の一体である女武者は我慢して、次の異邦人を食せばいい。
身近にいるこの国の【異界の賢者】は残念ながらお転婆姫が拒否するだろうから、新しい異邦人を探さねばならないが。まあ、異邦人は大体目立つので、すぐに情報は集まるだろう。
それにもし俺と同じ世界から来た存在が居るのならば、【ESP能力】を持っているかもしれない。
個人的には【瞬間移動能力】辺りが欲しいが、高望は止めておこう。
ああ、異邦人、早く喰ってみたいものだ。
などと思いながら女武者を見ていたら、酷く怯えられた。
そしてその直後、女武者は身の危険を感じたらしく快く入団してくれた。そして剣闘王もそれに続く。
剣闘王の入団理由は『負けたから。それに、面白そうだから』だそうだ。
シンプルで良し。
早速ささやかながら歓迎をする事にした。
殺したワイバーンの肉を【巨人族の長持ち包丁】で斬り、大型のフライパンで焼きながら迷宮都市で買った迷宮産の料理酒を振りかけ、先日殺したサイクロプスから得た【サクロの岩塩】を塗して完成、というワイバーン肉のステーキを三人で喰った。
肉を喰っていると酒が欲しくなるので、これまた迷宮産の酒を飲む。
コロッセオの中心で始めた宴会に、貴族専用の個室にいた観客が何かを言ってきたが、そちらの方を一睨みすれば黙るので良し。
初めて食べたワイバーンの肉は、大層美味である。さっぱりとしていて鶏肉のようであるが、しかし高級牛のようでもある、何とも不思議な味わいの逸品だ。
勿論鱗もバリバリと喰わせてもらう。
【能力名【亜竜鱗精製】のラーニング完了】
【竜】よりも格が大きく劣る【亜竜】という事であまり期待はしていなかったが、これならば探して見つける価値はある。ワイバーン肉をもっと喰いたくなったが、残りは皆で食べる事にしよう。
アイテムボックスの存在は知られたくないので、剣闘王と女武者にワイバーンの死体を半分ずつ引き摺らせてコロッセオから退出した。
その後お転婆姫が控室にやってきて、盛大に『うむうむ、よくやってくれたのぉ。しかしあのような面白い物を隠すとは、けしからんなッ! ちょっと触らせいッ』とコロコロ表情を変えながら言ってきた。
まあ、普段通りである。
取りあえず剣闘王と女武者はオーロとアルジェント付きの護衛に任命し、イヤーカフスを配給した。
紋様入りのマントとかは、後日与えようと思う。
“百四十九日目”
王国の最高戦力の一つに【四象勇者】と呼ばれる四人の【勇者】が存在する。
それぞれの簡単な紹介をすると、
【水震の勇者】フリード・アクティ。農民出身。二十代男性。澄んだ水色の瞳以外に特徴がこれといって無いどこにでもいそうな平凡な顔がむしろ特徴。愛用の武器は≪流水の蒼剣≫と呼ばれる両手長剣。
【闇守の勇者】アルリッヒ・ティン・アグバー。王国貴族出身。十代女性。嗜虐趣味で病人のようなやつれた白顔でボサボサ髪が特徴。愛用の武器は≪支配者の教鞭≫と呼ばれる多節鞭。
【岩鉄の勇者】ガスケード・バロッサ・メロイ。王国貴族出身。四十代男性。巌のように屈強で禿頭な歴戦の大将軍。愛用の武器は≪イスンバルの鉄槌≫と呼ばれる破城槌。
【樹砦の勇者】フュフュ・アイン。故郷を捨てた者。うん百代女性エルフ。歳とらぬ美貌の麗人にして唯一の亜人。愛用の武器は≪フュリアンの重ね木≫と呼ばれる長弓と、≪鋼実の毒剣≫と呼ばれる毒剣。
となる。
本当ならココに復讐者が加わって、【五象勇者】とかになっていたのかもしれない。詩篇的に、そうなっていた可能性は非常に高いと思われる。
まあ、それは置いといて。
現在その四名の内三名は王国内を転々と移動しているそうだ。
各地の神代迷宮や派生迷宮に“従者/仲間/副要人物”と共に挑んだり、領内を荒らすモンスターを討伐したり、それぞれの詩篇に記された試練に挑んだり、と忙しく回っているらしい。
それで残る一人は、王都の警護を担当している。それは交代制らしく、王宮で見かける事もあるそうだ。
そして何故か俺は昨日から、王国に留まっている【闇守の勇者】アルリッヒ・ティン・アグバーにストーキングされていた。
訓練していると、琥珀宮に隣接している≪柘榴宮≫の屋上の物陰からチラリチラリと覗く病人のようなやつれ顔は、正直何処のホラー映画だ、といいたくなる独特の雰囲気がある。
かなり距離がある上に、【勇者】の能力を使って隠れているので普通は監視されている事にも気付かないのだろうが、【空間識覚】には引っかかったのである。
正直、直接害がないのならば問題ないし、無視しても良いとは思うが、非常にやり難い。
今後の為に、あまり手の内は明かさない様に気をつけようと思う。
“百五十日目”
現在お転婆姫と敵対する勢力――大臣をトップに据えた【貴族派】は、王国内での最大勢力と化している。
王国の領地は約七割を貴族達が有し、残り約三割は国王が治めている訳で、国王に味方する貴族は居るが、大臣の派閥に所属している者も多い。
その為あちらこちらに軋轢が生じ、民が飢え死ぬ所もあるのだそうだ。飢饉でもないのに、取り立てられる税が重過ぎる結果だそうだ。
王国は今、徐々に腐っていく過程にある、と言えばいいだろうか。
取りあえず詳細は後日に回すとして。
今日の朝、【貴族派】のトップである大臣――ギルベルト・イスラ・バルドラが死体で発見された。
全く新しい毒による殺害だそうで、治療法は今の所不明らしい。新種の毒とは、怖いもんだ。
だから現在、王城内部では不穏な空気が渦を巻き、ピリピリとしている。
その波紋が今後どうなるのかは不明だが、そろそろ本格的な波乱がやってきそうである。
俺としては美味いモノを、是非やってくるだろう波乱に乗じて喰いたいものである。
主に【勇者】とか【英雄】とか【異邦人】とか。
味を想像するだけで、涎がでそうになった。
……年老いた大臣は、微妙な味だったし。口直しがしたい。
異邦人=異世界人=主人公の餌、が今後の基本的な方針です。
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