第二章 傾国の宴 腹黒王女編
閑話 詩篇覚醒者の裏話
【ルーク・イルダーナ・エドモンド視点】
【時間軸:???~百七日までの話】
■ ■ ■
雄々しきルーク、光の勇者。
やがて来たる災厄に抗すべく、戦う力を与えられし勇敢なる剣士なり。
成した偉業は数知れず、手にする黄金剣で幾多の敵を薙ぎ倒す。
されどその力でもまだ足らず、災厄より故国を守る事は叶わない。
それを嘆きし光の神は、長く険しき試練を与え。
神託に従い遠く離れた地へ、信じる仲間と苦行を共に。
茨の道に血肉を削り、しかし進みし苦難の道を。
終には遠き地にて巨人王を討ち、その手に六極光槍を掲げて舞い戻らん。
そして彼は災厄より国を守るため、その命を尽くして災厄へ立ち向かう。
故国の未来は、彼の背に託された。
№?????
英勇詩篇[救国を担いし光の御子]第十四章【遠き果ての、約束の地へ】に綴られし文より抜粋。
■
「ココが、神託によって示された道程の最後の地――クラスター山脈、か」
私――ルーク・イルダーナ・エドモンドは仲間達と二年も続いた旅を経て、今日、遂にこの場所に到達した。
とは言えまだクラスター山脈の麓に到達しただけで本当の目的は達成されていないし、生憎の雨天で山脈の全貌を望む事はできないが、それでも感慨深いモノがある。
胸に溢れる思いが、無意識の内に言葉となって溢れ出た。
「ようやく、ようやくココまでこれたよ、アリア」
思いを言葉に出したのと同時に、私の脳裏で過去の記憶が蘇る。
ここに至るまでに経験した数々の苦難、死力を尽くし仲間と共に乗り越えた苛烈な試練、談笑して過ごした夜、旅路で出逢った人達との別れ、幻想的な素晴らしき景色、国や地域特有の料理など。
本当に、本当に多くの事があった。思い出を振り返るだけでも、かなりの時間を要するだろう。
そして二年の旅路の記憶の中でも特に色濃く心に残っているのは、やはり死別した者達の事。忘れられる筈の無い、仲間の記憶である。
私はココに来るまでに、四人もの仲間を試練によって失っている。
仲間内の話を盛り上げてくれた陽気な【武器庫】カッティーノ・タムラスを、ハーデン大砂漠の主――【砂海大蚯蚓】戦の時に失った。
寂しがり屋で物静かだが危機的状況を幾度も打開してくれた頼れる【探求者】メイラ・ララを、【神級】神代ダンジョン【岩晶ノ箱庭】の地下五階に鎮座する階層ボス――【水晶岩魔大将】戦の時に失った。
敵を破城槌で叩き潰すだけでなく武器のメンテナンスもしてくれていた【戦う鍛冶師】ドクトリル・スレッジハンマーを、航海中に襲ってきたアルル海の強者――【大海大烏賊】戦の時に失った。
そして、私の最愛の人だった【光癒の聖女】アリア・ルストラス・ハーティベルを、ベスビオス火山の領主――【火亜竜】戦の時に失った。
「アリア、見ていてくれ。必ず、約束は守るから」
今は私の隣に居ないアリアを思い出す度に、私の胸は張り裂けそうになる。
何故私は彼女を失ったのか――ただ私が弱かったからだ。
何故私は彼女を守れなかったのか――ただ私が弱かったからだ。
何故私は彼女を死なせてしまったのか――ただ私が弱かったからだ。
彼女を守るだけの力が私になかったから、だから私は彼女を失った。
幾度も繰り返してきた思考が、胸中で溢れ出し。
そしてあの、最後の瞬間が幻影となって再現される。
――ベスビオス火山で戦った【知恵無き蛇/亜竜】の一種である【火亜竜】が、私の止めの一太刀で頸部を半分以上も斬り裂かれ、燃える血を流しながら息絶える、と思われたあの時。
黄色く縦に割れた瞳孔に私に対する憎悪と憤怒の感情を浮かべたファイヤードレイクは、ブレスの反動で頸がもげるのも厭わず、命と引き換えに煌々と燃え盛る【炎灼の吐息】を放った。
限界まで開かれた口腔の奥底から発生した極熱の火炎は、ヤツに致命傷を負わせた私に向けて放たれた、相討ち狙いの一撃だった。
反動で頸がもげて息絶えたファイヤードレイクから放たれた轟々と迫る火炎を前に、満身創痍だった私はろくに動く事もできず、魔力もほぼ無くなっていた為抗う術が一つも残ってはいなかった。
周りの仲間達も私と同じような状態で、助けは見込められない。
絶体絶命。逃げる事などできず、防ぐ事もままならない。
そしてただ迫る死を受け入れるしか無かったあの時、私は何処にそんな余力を残していたのか、と問いたくなるほどの速さで動いた彼女に庇われ、護られた。
情けない事に、最愛の人を護る事すらできず、逆に護られてしまったのだ。
当然私は彼女と己の場所を入れ替えようとした。彼女に庇われる訳にはいかなかった、彼女を死なす訳にはいかなかった。
例え自分が死んだとしても、私が彼女を守らねばならないと思った。
しかし限界を越えて尚酷使していた私の肉体は、私の意思の全てを実行する事ができず。
もどかしい程、私の身体は動かなくて。
だからせめて『止めてくれ』と彼女に言おうとして、逆に耳元で『どうか国を救って下さい』、『私の為に、生き続けて下さい』と囁かれた。
――それは彼女が残した私を守る【祝福】であり、それと同時に私を忌まわしめる【呪い】の詞となる。
朗らかな笑みと共に遺言を聞かされた私は、迫る死に背を向けたままの彼女を、結局護る事はできなかった。
極限状態故に引き延ばされていた主観はついに終わり、ブレスが着弾。全てを燃やす様な、極熱の炎――視界全てが紅蓮で染まった。
ブレスは彼女諸共私を消し炭にするには余りある威力があり。
しかし彼女は残された力を振り絞って守護の力を展開させ、だが魔力不足故に強度が足らず、部分的に守護を突破された彼女の下半身は炎によって炭化した。
本来ならば守護を維持できるはずのない程の、明らかな致命傷。
だがそれでも尚張り続けられた守護の力は私を守り通してしまい、ブレスが消えた時には私の腕の中で微笑みを浮かべたまま彼女は死んでいた。
正に悪夢だった。人生の中であれほど涙した事はなかっただろうし、これからもきっと無い。
あの時は血の涙を流しながら己の手で首を掻っ切ろうか、とさえ本気で思った。
それでも彼女の為に死ねなかった。いや、死ねるはずが無い。私が死ぬ事を彼女が求めていない、彼女の遺言を反故するなど私にはできない。
だから我武者羅に生きた。強くなる為に。
弱いままでは居られなかった、居られるはずがなかった。
そしてその後の旅路で幾度もあった危機的状況も、仲間と共に乗り越えた。その度に力を付けていって、そして今、私はココに居る。
私が弱かった事で守れなかった人、救えなかった命、叶わなかった思いの数々。
そしてただ一人だけ愛した、アリアの最後の願い。
それ等を背負って私は今ここに立っている。
一年を通して氷雪が降り積もり、強風が吹き荒れて登山者を拒む過酷な地――“クラスター山脈”の麓に。
神託により、私がこの旅路で最後に殺すべき存在が暮らす場所の、すぐ傍に。
「すぅ……はぁ……よし」
複雑な心境で雨風と白雲に覆われた山脈を見上げていると、いつの間にか呼吸が乱れていた。
それを独特の呼吸法で正常に戻していると、不意に裾を引っ張られる。
そちらに視線を向ければ、そこに居たのはアリアが死んだ後にパーティーに加わった【大司教】――コライユ・メストだった。
純白の聖衣と聖書を装備した、どこかアリアを彷彿とさせるキラキラと輝くような金髪を持つ、年相応に可愛らしい容姿の、旅の途中に立ち寄ったとある国で助けた事が縁となって共にいる少女である。
普段は物静かだが自分の信念は決して曲げない性格で、アリアほどとはいかないがそれでも優れた治癒技能の持ち主だ。
初めて出会ってから少なくない時間を共にして、今や私たちの旅に欠かせない重要な仲間になっている。
そんな彼女が今、素直に不安を表情に出していた。
「ルーク様。……勝てるのでしょうか、私達」
「勝てるかどうか、じゃないんだよ、コライユ。勝つんだ。そして生き残ろう」
私の服の裾を摘まみ、不安げに震えているコライユの手を、私は自分の手で包んだ。
しっかりとその存在を確かめるように、安心するように、決して一人ではないのだと、伝わるように包む手に優しく力を込めていく。
そしてコライユの碧眼を真っ直ぐ見つめながら、励ましの言葉を投げかけた。
「私はコレ以上誰も死なせるつもりはない。仲間は私が命を賭して守る、絶対に。だから、怖がらなくていいんだ、コライユ」
「で、ですが、それではルーク様の身が」
「……と、格好をつけてはみたものの、私達にはまだまだやらねばならない事がある。こんな所で負けて、ただ死ぬなんて御免だよ。
だからコライユ、普段通りに行こう。無駄に気を張っていては、本番で失敗してしまうからね。普段通りの私達なら、今回もきっと乗り越えられるさ。今までも、そうだったんだからさ。
だけど、どうしても不安に負けそうになったら私を信じてくれ、私を頼ってくれ。
私達は、仲間じゃないか。共に乗り越えていこう」
「は、はい……ルーク、様」
コライユの顔から不安げな感情が消えていくのが分かった。それでも暫くの間はジッとコライユを見つめる。
するとコライユの頬が少々赤く染まり、合わせていた視線を逸らした。
どうやら不安は消えたらしい。何よりだ。
「主殿。今はまだ本命が残っています故、急ぎませんと」
「そうだな、すまない……行こうか」
声をかけられたので、コライユの手から手を放して背後を振り返る。
すると決意に満ちた表情を浮かべる、頼もしき仲間たちの姿がそこにあった。
「ったく、もたもたするのは止めて欲しいんだがねぇ。そりゃ雨風を退ける魔術は初歩も初歩だけど、無駄な魔力の消費は避けたいモンだよ」
やれやれ、といった感じで声を出したのは、強風を伴って降り続けている雨を魔術によって退け、私達の身体が濡れて無駄に体力を失う事を防いでくれている黒髪紫眼の麗人――優れた魔術の行使者である【灰奪の魔女】クレリア・アーク・ハーヴェストだった。
クレリアはとある神代ダンジョンにて階層ボスの魔人を殺して得た三つの【遺物】級マジックアイテム――捻じれた白木に紫色の魔石を埋め込んだ魔杖【魔奪の杖罪】、黒白魔銀のローブ【魔奪の罪布】、茨の装飾が施された指輪【魔奪の指枷】――を装備している。
【魔奪シリーズ】と呼ばれる三つのマジックアイテムの能力によって強化された彼女は、一都市を壊滅させる事も可能な第六階梯魔術の行使を可能とする。
美しい薔薇には棘がある、をそのまま体現したような存在だ。
そんな彼女は旅を始めた時からの付き合いであると同時に私の魔術の師匠という、絶対の信頼を寄せられる存在だったりする。
「クレリア、君にはいつも感謝している。君がいてくれなければ、私はココまでこれなかった」
「ば、馬鹿ッ。いきなり何言ってんだいッ。は、恥ずかしいじゃないかよ……」
「はは、赤くなるなんてらしくないんじゃないか?」
「う、五月蠅いねェ……」
頬を赤くするクレリアを見たのは久しぶりなような気がした。
普段から褒められ慣れていないからだろうが、私よりも二歳年上の彼女が今は年下のコライユのように可愛らしく思えて、思わず笑みがでてしまう。
「あ、主殿。わ、私は主殿がいてくれて心から感謝しているぞッ。本当だぞッ」
クレリアの珍しい姿に笑っていると、その横から私の事を『主殿』と呼び慕ってくれる獣人――猫のような耳と尻尾が特徴的な猫人族の【風錆の貫槍師】チェロアイト・メイビスが慌てた様子でそんな事を言ってきた。
彼女は“獣人/亜人”なので人間のように様々な【職業】による“恩恵/補正”を持てないが、そもそも猫人という種族は種族的特徴として人間を遥かに越える優れた肉体を有している。
特にチェロアイトの氏族――【風迅猫】は敏捷性と移動速度に特に優れているので、鋼鉄のように頑丈だが羽毛のように軽いチェロアイトの愛槍【錆び嘴の孔雀槍】による高速の連撃は私でも完璧に防ぐ事は難しい。
それに派生迷宮で得たミノタウロスの革で造られた軽革鎧を装備する事で風迅猫族特有の俊敏な動きを阻害せず、それでいて高い防御力を確保しているので、あまり敵対したいとは思えない強者だ。
もっとも、奴隷商人に捕まっていた所を助けた私達には獣人特有の警戒心を抱かないようで、友好的な関係を築けている。
この旅が終わった後も共に戦いたいと思っている私の大切な仲間の一人だ。
「ありがとう、チェロ。そう言ってもらえると私も嬉しいよ」
「そ、そうかッ。主殿が嬉しいと私はもっと嬉しいぞッ」
チェロアイトが普段通り、スキンシップとして私に抱きついてきた。
身体を密着させたため、まるで突き出されたようなチェロアイトの頭を思わず撫でる。
やや癖っ毛なチェロアイトの髪は撫で心地が良く、止めなければいけないとは思いつつもついついしてしまうのは悪い癖だろう。
こんな事をして嫌われでもしたら、流石に私は私自身を許せないだろうな。
そういいながら、手はやはり動き続けている訳だが。
「抜け駆けは許しませんわよ、チェロ」
「ぬわっ」
「ルーク様ッ、私も心より感謝しています。もし私の命を投げ出す事でルーク様が勝機を得られるのなら、生きられるのなら、躊躇わずそうして下さいますように」
何やら撫でていると顔を伏せて震えだしたチェロアイトを横から押し退けて、チェロアイトと同じ時に奴隷商人から助け出した獣人――兎のような耳と尻尾が特徴的な兎人族の【風弓の射手】セレス・タイトが私の前に陣取った。
セレスもチェロアイト同様“獣人/亜人”である為【職業】は持っていないが、チェロアイト同様優れた身体能力の持ち主で、セレスの氏族である【風読兎】は風の流れを感じる事ができるし、ある程度なら風を操れる。
その為セレスの愛弓【月夜の天弓】から射かけられる矢は正確無比に敵の弱点を射抜く事が可能で、広範囲、という部分では流石にクレリアの魔術には叶わないが、遠距離の正確さ、で言えばセレスの右に出るモノはココまでいなかった。
誇るべき、そして頼れる私の仲間――それがセレス。なのだが偶に言動が怖い時もある。先ほどの、いざとなれば自分を犠牲にするような事を私に言うのである。
私は仲間の為に命を投げ出す覚悟はあれど、私の為に死ぬ命などアリア以外にはもう抱えたくないし、抱えきれない。
だから私はチェロアイトの時と同じようにセレスのさらさらな髪を撫でながら、私の率直な気持ちを伝えた。
「そう言わないでくれ、セレス。私はセレス達を犠牲にするなんて出来ないんだから。私はセレス達に、生きていて貰いたいんだ」
「う……ズルイですわ、ルーク様」
どこか鋭かった表情からトロンと穏やかになったセレスの表情に、私は笑みで答えた。
「はいどーんッ」
「わきゃッ」
突如チェロアイトがセレスを押した。突き飛ばした、というにはセレスを気遣ったやり方だったので押し出した、という方が適切な表現なのだろうが、押される事を全く意識していなかったセレスは大きく横に移動してしまった。
セレスを撫でていた手が宙を彷徨い、行き場を見失い、仕方ないので下ろした。
「セレス殿、言っている事とやっている事が違うでありますぞッ」
「う、いや……チ、チェロだって私の立場なら同じ事をしていたんじゃありませんの?」
「むぐッ。いや、否定はできぬが……そ、それとこれとは話が別ですぞッ」
「いいえ、同じですわッ。というか、チェロの方が私よりももっと性質が悪いと思いますの。そんな凶暴な胸をルーク様に押しつけるなんて、はしたないッ」
「べ、別にこんなに大きくなったのは私の本意ではないぞ。ただ、自然とこうなっただけで……」
「だったら私に寄こしなさいよッ、羨ましいッ!」
普段通りのやり取りが始まってしまった。
確か喧嘩するほど仲が良い、という話を聞いた事があるので、セレスとチェロアイトは本当に仲好なのだな、とコレを見る度に私は思う。
微笑ましい限りだ。私が笑うと二人のじゃれ合いを並んで見ていたコライユやクレリアもつられたのか、苦笑を浮かべた。
「…………行くぞ」
二人のじゃれ合いを見ながら三人で笑っていると、右肩を掴まれたのと同時に低い声が耳元で響いた。
肩を掴んだのは力強く、ごつごつとした戦士の手だった。
「ああ、すまないアイオラ。どうも最後だからか、緊張してしまってな。気をほぐす為に、少し脇道にそれてしまっていたようだ」
私の肩を掴み、雑談に気を逸らしてしまっていた私達の軌道を修正してくれたのは、灰色の全身鎧を装備し背中に巨大な盾を背負った【拒絶する大盾】アイオラ・ベッティーノだった。
灰銀色の短髪と精悍な顔の持ち主なので街の酒場などでは女性に囲まれるのだが、現在は大兜を装備しているので顔を見る事はできない。
しかしアイオラと私は所謂幼馴染であり、第一の親友でもあるので、長年の経験から今アイオラが眉間に皺を寄せている表情はすぐに想像する事ができた。
「…………気合いを入れろ」
「ああ」
アイオラは普段はあまり多くの事を語らない男だが、いざ戦闘になれば敵のあらゆる攻撃を背中の大盾で防ぎ、仲間を護ってくれる頼れる存在だ。
正直言って、本当の実力ならアイオラは私よりも強いのではないだろうか、と思っている。私がアイオラに勝っているのは、一重に【光の神の加護】があるからこそだ。
技量はこの旅を通して二人とも熟練したモノになっている――恥ずかしい事だが、旅に出た最初の頃の私は強力なアーツに頼り切った力でゴリ押しの猪勇者だったのだ――が、【神の加護】も無しに私と戦えるアイオラこそ【勇者】であるべきだと私は思う。
アイオラが【亜神】ではなく【神】に選ばれて正式な【勇者】にでもなれば、私よりもよほど優れた【勇者】がこの世に生まれ、故国も安心できただろうに。
なぜ、私が【勇者】になってしまったのだろうか。大切な人さえ守れない私が、何故。
――いや、こんな鬱々とした考えをしてはいけない。
何がどうあれ、私が【神の加護】を授かって【勇者】となってしまったのだ。
ならば私がやるべき事は決まっている。神託に従い、この地――“クラスター山脈”に住まう巨人種【フォモール】族の王【バロール】を討つ。
「行こう、皆」
返事はそれぞれでまとまりが無いが、だがそれはいつもの事。
静かに気合いを入れ直し、私達六人は戦いの地へと向かっていく。
■ Д ■
どれほど歩いただろうか。
道中出逢うモンスターは魔法を行使する上に物理・魔法両耐性を保有しているのが厄介だが動きの遅いスノースライムくらいなもので、それも踏破の邪魔になるものだけを選んで切り捨てながら進んでいるのだが、目的のフォモール達は一体も見つからない。
最初に索敵の魔術で大まかな場所を調べたのでこの先にいるのだろうが、それでもまだ道のりは長いようだ。
それに登山の途中から吹雪に変わった天候のせいで地面に積もる雪が鬱陶しく、私達の体力をジワジワと削ってくる。視界も吹雪のせいで悪く、不意打ちに対して意識を裂かねばならないので精神疲労も馬鹿に出来ない。
それにクレリアが一定の温度を魔術によって確保してくれているのだが、周囲の気温がかなり低いので快適とはとても言い難い。無いよりは遥かに楽だが、やや肌寒さを感じ、吐く息は白く染まる。
心身共に疲れが溜まってきているのを自覚した。
「見つからないな」
「見つかりませんね」
ただの呟きだったのだが、すぐ傍にいたコライユが返答してくれた。
そして人間よりも鋭敏な聴覚を持つセレスが、頭部の兎耳をピクピクと動かしながら私に囁く。
「ルーク様、風の音のせいでもありますが、私の耳ではまだフォモール達の音は拾えません。このまま進んでいいのでしょうか?」
「ああ、このままで大丈夫さ。経験から言って私と試練は引き合うようになっているし、私の直感も、この先に居ると示している。だからこの先にフォモール達が居るだろう。
けど、もう一度索敵したほうが気楽に進めるだろうな。
すまないが、クレリア。魔力消費が大きいけど、少しの時間だけでいいから広域索敵魔術を使ってくれ」
「仕方が無いねェ」
私の指示をクレリアはスンナリと聞いてくれた。
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で素早く詠唱するクレリア。
そして僅か数秒で紡がれた索敵の魔術は、私が予想していた通りの結果を示した。
「アッチだね。大体九キトル先だ」
クレリアが指示した方角。
それは結局私達が向かっていた方角だったのだが、大まかな距離と確実に居るのだと判明した分だけ気楽になり、少々私達の歩む速度は速まった。
途中に手頃な洞窟があったので、休息と昼食をとる為の休息地として使用する。洞窟内には幸いな事にモンスターも居らず、無駄な戦いをせずにすんだ。
洞窟内の安全を確保した後、“収納のバックパック”からマジックアイテム≪ライダの大鍋≫を取り出して、その中に大鍋と一緒に取り出した野菜と肉を一切加工せずに入れていく。≪ライダの大鍋≫は入れた食材を使った鍋料理を自動で調理してくれる便利品だ。造られる料理はランダムなのが時々厄介だが、不味くなる事は腐った肉や野菜を使わない限り殆どないので大した問題ではない。
食事をした後洞窟で四十分程休憩し、最終的な武器の点検と作戦の確認を終えて、私達は再度出立する。
雪は相変わらず降っていたが、風は先ほどよりも弱くなっていたので状況は好転していると言えた。
進む速度が飛躍的に上昇する。
雪道を登り、時には降り、時には崖を越えて進んで行く。
それを何度か繰り返し、崖下の道を進んでいるととある区画から周囲の雰囲気が一変した。崖下なので左右は天高い岩壁で囲まれているのだが、その岩壁にはかなり巨大な洞穴が幾つか発見できるようになったのだ。
よく見ればその洞穴には様々な動物の骨の山が積まれている。つまり数多くの生物がココで何かに喰われたということだ。それにこの区画に足を踏み入れてからというもの、隠れてコチラを窺うような気配も感じ始めている。
「近いな」
戦いの時はすぐ傍にあるのだと経験で分かった。より一層気を引き締め、洞穴が目立つ崖下の道を進んで行く。
そして暫く進むと開けた場所に出て、私達は私達を堂々と待ち構えていた五体の巨人達と出逢った。
『ようきはってんベルジャァァァ! でもオ前さん等ハ今から死ぬンジャエドモンドヨォォォォオオオオ!!』
五体のフォモール――頭部は山羊に酷似し、燃えるような赤眼、屈強な人間のような上半身、仙骨の辺りからは巨大な蛇の尻尾が一本生え、黒い体毛に包まれた下半身は山羊のような形をしている。大きさは一番小さいモノでも軽く十メルトルを越え、その手に持つのはその巨体に見合った大きさを誇る岩石製の棍棒だ――の中で、一際巨大な中央の一体が独特な口調で雄叫びを上げた。
正直何を言っているのか全ては分からない。身長が二十メルトル近くある中央のフォモールの声は既に爆音のようなモノだからであるし、岩壁に反響して聞き取り難い声となっていたからだ。
しかし言葉が理解できずとも、奴等が私たちを殺す気なのは馬鹿でも分かる。
コチラとしてもやる気のない相手よりも、やる気のある相手の方が戦いやすいので好都合だった。
『ワイはバロールというモンじゃキン、死ぬ前に魂に刻みんシャインナァァアアア!!』
そして中央の巨大なフォモールが、私が殺すべき【バロール】だと判明した。
流石に巨人の王というだけはある。今までで一番の強敵である事は間違いない。私には分かる。感じるのだ。
バロールはカッティーノを溶かして殺した【砂海大蚯蚓】よりも、メイラを叩き潰した【水晶岩魔大将】よりも、ドクトリルを海中に引き摺り込んだ【大海大烏賊】よりも、そしてアリアを焼き殺した【火亜竜】よりも、強い。
巨大で強靭な肉体に備わった人間と変わらぬ知能は厄介極りなく、それに加えて両腕に刻まれている紋様から察するに、恐らく詠唱せずに魔法を行使してくる珍しい魔法――【紋章術】の使い手だ。
【紋章術】は制約が多い類の魔法なので連発はしてこないだろうが、それでも厄介な要素の一つには変わりない。
そして何より固く閉ざされた左目に、旅で培われた危機察知能力が全力で警鐘を鳴らしていた。
あれは、危険過ぎる。
解放されると何が起こるのかまでは分からないが、とにかく、バロールの左目を開けさせてはならないシロモノだろう。
とはいえどんなに危険だとしても、殺さねばならない相手が分かったならば、私がやる事は一つ。
例え敵が強かろうとも、戦うだけだ。
「皆、作戦通りに行くぞッ」
予め決めていた作戦に従い、私は仲間の返答を聞く事無く単騎で先行する。
進行方向の積雪を巻き上げながら走りつつ、腰に下げた愛剣の鞘と柄に手を添える。その存在の確かさを感じながら、私の思考は加速していく。
まず狙うのは大本命のバロール――ではなく、その護衛のフォモール四体の内の一体だ。
バロールは強敵だ。バロール単騎で戦っても簡単には殺せないだろうし、その護衛のフォモールが四体も入れば尚の事。
バロールより小さいとはいえ、その体長は優に十メルトルを越える巨人ばかりなのだから決して弱い訳ではない。
だからまず護衛を殺し、その後バロールを全員で狙う方が勝てる確率が高そうだった。
「ウォォォォオオオアアアアアアッ!!」
【ルーク・イルダーナ・エドモンドは戦技【引き寄せる敵意の咆哮】を繰り出した】
走りながら、私に敵意を集める効果がある戦技の咆哮を上げる。周囲に赤い波動が咆哮に乗って浸透していく。
そして狙い通りに護衛フォモール達の敵意が私に集中するのが分かった。怒気を呼気に混ぜ、血走った眼をした護衛フォモールが岩石製の棍棒を振り上げた。
予定と違って棍棒を振り上げたのは一体ではなく二体だったが、問題はない。そのまま突っ込む。
「「ブモォォオオオオオオオオッ!!」」
二体の護衛フォモールの咆哮によって周囲の積雪が舞い上がる。
凄まじい音撃に耳を防ぎたくなるが、歯を食いしばってそれに耐える。流石に走る速度は僅かに落ちたが、その程度だ。動きを止められる程ではない。
だが私の疾走速度が僅かに落ちた所を逃さず、棍棒を振り上げていた護衛フォモール二体が同時に棍棒を振り下ろした。
――轟撃。
(今だッ)
まるで天が落ちてきたかのような攻撃だった。人間を潰すには過剰としか言えない一撃、それが二発同時。攻撃範囲が大き過ぎ、そして速い為、今更左右に逃げようとしても手遅れだ。
視界のほぼ全てが棍棒で埋め尽くされる。既に数メルトルと離れていない。
結果、巨大棍棒が邪魔をして私からは護衛フォモールの姿が見えず、護衛フォモールからは私の姿が見えない。
周囲からは、虫を叩き潰そうとしているヒトとヒトに叩き潰されそうになっている虫、という構図に見えるだろう瞬間が生まれ。
敵が私を見失う瞬間を待っていた私は、静かに笑みを浮かべる。
それと同時に起死回生の為の戦技を発動。棍棒が私を叩き潰す一瞬前、私の肉体に白い光が灯った。
【ルーク・イルダーナ・エドモンドは戦技【我が身は光となりて】を繰り出した】
そして世界が止まった、とさえ感じてしまうほどに私の感覚と肉体は加速する。
【光の神の加護】によって行使できるようになった私だけが使える戦技――【我が身は光となりて】は私の肉体と感覚を大幅に加速・強化するという効果を持っている。
使用後の反動が強いので余り多用はできないが、ココでこそ、といった時に大いに役立ってくれる優秀な戦技の一つだ。
飛躍的に加速した視界の中、非常にゆっくりとではあるが確実に近づいてくる棍棒の下を悠々と走り抜ける。
そして走り抜けた先には巨木のように太い、棍棒に隠れて私を認識できていない護衛フォモールの無防備な足がまるで大樹のようにそびえ立つ。
加速した世界の中でどうすれば一番簡単に断てるかを考え。足首の関節を、骨の隙間をできるだけ狙うしかないと判断。
と同時に柄を握っていた手に力を込め、抜剣――小気味いい音をたてながら抜き放った十字剣型の聖剣【不治の傷を刻む聖剣】による斬撃を繰り出す。
そして【我が身は光となりて】によって加速した状態で繰り出した一撃に、同じく【光の神の加護】によって行使可能となった私だけの戦技を上乗せした。
聖なる金色の光りを宿した【不治の傷を刻む聖剣】の刀身に、聖剣には不釣り合いな黒く淡い殺意の光が宿った。
【ルーク・イルダーナ・エドモンドは戦技【光熱の灼刃】を繰り出した】
【我が身は光となりて】によって加速・強化された肉体で繰り出した聖剣の斬撃は、予め【光熱の灼刃】発動時の斬撃軌道の一つ――左から右に駆け抜ける横一閃――をなぞっていた為、発動した後も軌道修正の為の無駄がなく、純粋な戦技の補助を受けた結果、最短距離を最速で駆け抜けた。
私が出せる限界を遥かに越えた速度による一閃は、私自身視認する事すらできない。
これが、かつての私にはできず、現在の私が体得した技術である。
――攻撃の類の戦技はある程度決められた軌道しか描けず、未熟な者が使うほど無駄が多くなり、結果として弱く、遅い。強くなりたいのならば、動きの無駄を無くすのは前提条件だ。
という事を、私達が旅をしている時、とある山中にて遭遇した青年にしか見えない老人から教えられた。
その時は何を言っているのか理解できなかったが、今なら断言できる。
この世界の【真理】の一端について語られている、と。
実はあまり知られていない事なのだが、【世界の理】としてある戦技は、必ず一定の決められた軌道を描いている。
例えば、基礎中の基礎である【斬撃】なら縦横斜めの八パターン。
【刺突】なら直線の一パターン。
【足払い】なら敵の足下に左右横一閃の二パターン、といった具合だ。
誰が使おうとも殆ど同じ軌道をなぞってくれる戦技は、確かに強力で便利だ。未熟なモノでも、戦技による補助を受ければ力を込めなくても自動的に身体が動き、本来以上の速度と威力の攻撃を繰り出せるのだから。
だから大勢の者達は、モンスターを殺してレベルを上げようとする。より強い戦技を使えるように、レベルを上げる事に拘る。
しかしそのやり方では、一定の場所から強くなる事はできない。過去、実際に私達もその壁に阻まれ、停滞していた時期があった。
本当に強くなるには、戦技に補助された力に振り回されるのではなく、戦技を深く理解し、自分自身で戦技と同等の、否、それ以上に洗礼された肉体操作技術を会得しなければならない。
戦技に使われるのではなく、戦技を使いこなす。それが、必要だった。
そして今、本来以上の攻撃力と速度を得た一撃は、一瞬にも満たない交差の間に護衛フォモールの足首を深々と切り裂いた。
私が足下を駆け抜けた後、護衛フォモールの傷口からは赤黒い血が大量に噴き出し、苦痛に染まった悲鳴が上がる。そして戦技によって聖剣の刀身に宿っていた灼熱が傷口を焙る。
ジュゥゥゥ、と肉が焼ける音が聞こえた。
ちなみに、傷口が焼かれれば、治るまでには普通に斬られた時とは比べ物にならない程の時間を要するモノだ。
再生力の強いフォモールとて、全快するのなら半日は時間が必要だろう。
だが、私の攻撃は敵が回復する事を心配する必要はない。
【不治の傷を刻む聖剣】には常時発動能力【不治の斬痕】という能力がある。
コレによってこの護衛フォモールの足首は、私が解呪しない限りどんな魔法を使っても癒える事はなくなり、放置してもこの護衛フォモールは失血死する未来が確定した。
しかしそれにしても、岩さえ容易く切り裂ける【不治の傷を刻む聖剣】の刃ですら一撃で足を完全に切り離す事ができなかった事に対し、思わず舌打ちが漏れた。
斬り落とせなかったのはそもそもフォモールの足首が巨大過ぎたからというのもあるのだろうが、足首の太さに加えてフォモール達の肉や腱、そして骨が思っていたよりも強靭だった事は原因として大いに考えられる。
あの一撃でさえ、護衛フォモールの足首は四分の三ほどまでしか斬る事ができていない。
大きさという脅威をまざまざと理解させられた。護衛フォモールですらこれなのだ。
それより強いバロールの防御力は予想以上に高いらしい。
厄介ではあるが、想定外ではないのがまだ救いだった。
『ギガァァアアアアアアッ』
『中々速いじゃキン、でもリスクは有りソウな技みタイヤンナァァァアアアアアア』
岩壁にバロールの怒声と、私が足首を斬った護衛フォモールの悲鳴が反響する。
それは最早音の攻撃としか言えず、私は今度こそ音撃に耐えきれずに耳を手で塞いでしまった。
反撃も防御もままならないその一瞬を敵が見逃す事は無く、私に護衛フォモールの蹴りが迫る。先ほど棍棒で攻撃してきた方の片割れだ。
残念な事に、既に戦技【我が身は光となりて】の効果は切れている。身体は普段と同じ速さに戻り、そして蹴りを避けるにも体勢が悪い。
完全に回避できる可能性は三割程度、だろうか。下手に回避を選択する方が被害が大きくなりそうだ。
だから回避を諦め、攻撃を受け止める為に超重の衝撃に対しての覚悟を決め――
――しかし蹴りは私が何もせずとも軌道を逸らし、私のすぐ横を通り過ぎた。
原因は、蹴りを繰り出した護衛フォモールの眼球にセレスが放った数本の矢が深々と突き刺さり、その痛みで巨躯が大きく揺るいだからだ。
蹴りによって生じた烈風からその威力の高さを感じながら、急いで体勢を立て直す。
「ありがとうセレスッ」
大声で感謝の意を伝え、私は足首を押さえて悶絶している護衛フォモールに止めを刺そうかと思ったが、咄嗟にバックステップ――その直後に振り下ろされたバロールの棍棒。
私という標的は逃したが、その棍棒は地面を砕いて大きなクレーターを造っただけでなく、まるで地震のような揺れを発生させた。
何と言う馬鹿力だろう。あんなモノを受ければ一撃で肉片になる所ではない、ただの地面のシミになってしまう。回避しているというのに生じた轟風で私の肉体が空を泳いだのだから、きっとそうなるだろう。
背筋を伝う冷たい汗。心臓を締め付ける様な悪寒。迫る死の臭いを嗅いだ気がした。私は確かに、フォモールに対する【恐怖】を抱いた。
しかしそんな負の感情は、【職業・勇者】が備える【不屈なる精神】の効果によって自動的に消し去られる。
恐怖によって弱まった力が戻り、やる気が鼓舞される。胸の奥底からマグマのように熱い何かが湧きあがってくるような錯覚を抱く。
大丈夫、私はまだまだ戦える。
――ならば、前へ。
地面を転がりながら体勢を立て直し、再び疾走する私に向けて、再度振り下ろされた棍棒。バロールの連撃ではなく、隙を窺っていた護衛フォモールの一体の一撃だった。
バロールの一撃の後で間髪いれずに振り下ろされた棍棒を今回は回避するのではなく、それを真正面から迎え撃つ事を私は選ぶ。
聖剣の刃に、破壊を宿した淡く黒い光が灯った。
【ルーク・イルダーナ・エドモンドは戦技【飛翔する光重刃】を繰り出した】
聖剣を横一閃すると、刀身から黄金黒色の飛ぶ斬撃が発生した。
手持ちにある遠隔の敵を切り裂ける数少ない戦技の中でも特に一撃の重さに優れた【飛翔する光重刃】と棍棒が衝突し、一瞬の拮抗、の後に光重刃は砕け散ったが、棍棒の破壊という役目を果たす。
バラバラと棍棒の破片が周囲に散らばり、護衛フォモールの顔が驚愕に歪む。
「来いッ。私はコッチだッ。私を殺しに、かかって来いボンクラ共ッ!!」
降ってくる破片を弾きながら敵の意識を前衛である私に引きつける為に大声で挑発し、それと同時に手頃な場所に居た護衛フォモールの脛を深く抉る。噴き出す鮮血を避け、敵の攻撃を退け弾き、できた隙をついて幾度も剣を振った。
神によって課せられた最後の試練を誰一人として犠牲を出さず突破する。誰も死なず、誰も欠けずに終わらせてやる。
そう決意を新たにすると共に、私達とバロール達は激突した。
■ _ ■
私達がどれ程の時間バロール達と戦っていたのかは分からない。
全身に刻まれた傷から流れた血が多過ぎて意識が朦朧とし、失われた体力が多過ぎて身体が重い。それに加えて折れた左腕に宿る熱によって思考が定まらず、能力も大きく低下している。
しかしそんな私など放置して、刻々と決着の瞬間は迫っていた。
『コレでオッツダルバジャッキン。ワイが最高の魔術ニヨッテ滅びシャインなってヨオオオオオオオ!!』
バロールは嬉々とした声で高らかに宣言する。
まるで勝利を得たように、どうしようとも己が死なぬと確信しているかのように。笑みさえ浮かべながら詠唱を開始した。
歯を食いしばる。バロールが言っている事は現実になる事を理解しているが故に。
私達は既にバロールを守っていた護衛フォモールを四体とも殺している。
一体目となったのは私が足首を切断した護衛フォモールで、もう片方の足首をアイオラが切り裂き、転倒した隙に身体を駆け上がって私が首を刎ねて止めを刺した。
アイオラが片腕片足を斬り落とした二体目を、チェロアイトが突進してその額を穿って脳漿をぶちまけた。
クレリアが練り上げた雷光系統第五階梯魔術【焦がし尽くす雷鳴】による雷の乱舞によって肉も魂も纏めて焦がし尽くされた三体目は、消し炭すら残っていない。
そして最後の四体目は、セレスの矢による援護を受けながら私とチェロアイトで両腕を斬り落とし、私が頸を刎ねて止めを刺した。
ココに至るまでの旅を通して、私達は強くなっている。
旅立った最初の頃では到底バロールには敵わなかっただろうが、今の俺達なら護衛フォモール四体を殺し、バロールに致命傷とまではいかずとも大怪我を負わす事ができている。
試練を乗り越える度に力をつけていった成果がココで発揮されていた。
しかし、敵はそう甘くはなかった。
コチラの被害も、大きいのだ。
まず、最初にアイオラがやられた。
殺害した二体目の片腕片足を斬り落とした後、バロールに狙われたコライユを守る為、バロールの馬鹿げた威力を秘めた棍棒の乱打を真正面から受け止め続ける事となり。
地面を陥没させるほどの攻撃を十数発以上もたった一人で防ぎ、コライユを守った代償として大盾を失ったその直後、側面から襲いかかった護衛フォモールの棍棒によって殴り飛ばされたのだ。
パーティー内で最高の防御力を誇るアイオラも、流石に疲労困憊の上に大盾を失った状態では本来の実力を発揮できなかったようだ。
殴り飛ばされたアイオラは岩壁に身体がめり込んだが、それでもまだギリギリ生きていた。全身を守る鎧と持ち前の頑強さのお陰で、死んではいない。
意識は無いようだが、治療すれば十分助かるだろう。しかし、回復する間をバロールが与えてくれるはずがなかった。
バロールが奇妙な動作で腕を動かすと、その両腕の紋様が禍々しい光を放つ。
両腕に刻まれた紋様にはそれぞれ違った現象を生み出す能力があり、左腕を振れば吹雪が発生し、右腕を振れば雷撃が生み出される。
詠唱せずとも行使できるその攻撃は強力無比で、バロールの強さが嫌でも理解させられる。
そしてアイオラがやられた後、今度は【紋章術】の前にクレリアが倒れる。
幾度か【紋章術】によってコチラに全体攻撃を仕掛けてきたバロールから皆を守っていたのは、ほかならぬクレリアだった。
高速で幾度も行われた激しい攻防によって削られる魔力は膨大で、如何にマジックアイテムによって効率化を図り魔力量の増幅を行っていたとはいえ、あくまでも人間であるクレリアよりもバロールの方が体内の魔力量が多く。
そしてクレリアが疲労したのを見計らい、魔力を撒き散らしながらバロールが行使した大技――【紋章術】の重ね技。
必要な魔力があれば即座に発動できるというのが【紋章術】の特徴ではあるのだが、流石に大技だったので練り上がるまでに若干の時間――【直感】と【戦闘経験】から三十秒から四十秒程度だと推察――が必要なようで。
そしてそれこそが、私達に残された起死回生の為の時となった。
バロールの大技を防ぐべく、クレリアが魔術を練り上げる。
【高速詠唱】と【詠唱破棄】、そして【詠唱補完】による補助でしかあり得ない速度で構築されていった大魔術。
本来ならば複数名の協力があったとしても十数分以上の時間を要する大軍用の大魔術を僅か三十秒で形成するクレリアの腕は凄まじいが、それでも三十秒というのは戦闘時ではあまりにも長い。巨大なフォモール達を相手にするのならば尚更だった。
詠唱中、魔術を完成させまいとクレリアに迫る護衛フォモール達の攻撃を私達が身を呈して防ぎながら時間を稼いで、ようやく完成したそれ――炎熱系統第六階梯魔術【燃え散らす赫灼の焼天】は、バロールが練り上げた氷槍と雷槍を複合させた氷雷槍と正面から衝突した。
相性の悪い炎熱系の魔術と氷雷混合系の攻撃だった為、両者が衝突した瞬間、視界全てを塗り潰すような閃光が周囲に満ち溢れた。それに当然爆音や衝撃波も発生し、強烈なエネルギーの爆発で私達の肉体だけでなく地面さえ大きく揺らいだ。
そしてクレリアはバロールの大技を防ぎきった訳だが、奥の手を行使する為に消費した魔力量は限界を越え、魔力欠乏症を発症して意識を失う事となったのである。
二人を欠いた後も戦闘は続き、少しの油断からセレスが四体目となる死にかけの護衛フォモールに蹴り飛ばされた。
それを庇ってチェロアイトがセレスの身体を抱き止めたが、勢いは衰える事無く地面を転がっていく事となる。
立ち上がれる限度のダメージを越えていた。だが死ぬほどのダメージでもないようで、身体全体に深刻な怪我を追いながらも二人はまだ生きている。
だが、アイオラ同様早く治療する必要性がある。特に蹴り飛ばされたセレスの損傷は酷い。もしかしたら臓器が幾らか破裂してしまった可能性すら十分にあるだろう。
護衛フォモールは全て殺したが、コチラも仲間が四人行動不能に陥っている。
そして現在残った私は満身創痍、コライユは私の治癒の為に残り少ない魔力を注ぎ、いつ魔力欠乏症で気絶しても可笑しくはないような状態だ。
それに対してまだ元気なバロールは、先ほど私達に止めを刺す為の準備をほぼ完了した。
激しく渦巻いていた魔力の流れが制御され、バロールに向けて集約されていくのを感じる。
「ルーク様……」
コライユの呟き。助けを求める、恐怖に震えた声。
私は歯を食いしばる。血が出てきても、歯が砕けそうになりながらもバロールの姿をただ見上げる。
【不治の傷を刻む聖剣】を支えに、最後の瞬間まで諦めるモノかと敵を睨みつける。
ココまで力が欲しいと思ったのはアリアが死んだ時以来だ。
力さえあればアリアは死ななかった。
力が無かったからアリアは死んだ。
力が、全てを捩じ伏せる様な力が欲しい。心の底から願う。
力を、バロールを殺し、敵を殺し尽くせる力を……。私は貪欲に力を求めた。
複雑な感情に唸り、自らの意思で愛剣を握りしめ、バロールに向ける視線に殺意が乗った。
バロールはそんな私を、虫けらを見る様な眼で見下しながら嘲笑する。
それが堪らなく腹立たしく、ココで殺される訳にはいかないという思いが湧きあがる。
私は叫んだ。力が欲しい。コイツを、敵を殺す為の力が、私は欲しいッ、と。
私の身は既にボロボロだ。かつて経験した事が無いほどに弱っていて、だからどうした、と弱りかける精神を薙ぎ払う為に気迫を込める。
荒れる呼吸をそのままに、死力を――否、この魂を燃やすが如く気迫を乗せて私は【不治の傷を刻む聖剣】を握り、意思の力で肉体の限界を無視して立ち上がる。
私は【勇者】、【光の神】に選ばれた【光の勇者】なのだ。
こんな所で負ける事は許されない、許されるはずが無い。
そして何より、死ねない。アリアとの約束がある、彼女の願いを叶えねばならない。だから私は死ねない。死んでたまるかッ。
私は生きる、私は立ち上がる、私は戦う、私は敵を――
加速し沸騰する思考の中、私は確かに【神】の姿を見て。
――そして致死の一撃が放たれた。
致死の一撃は頭部に炸裂し、頭部を爆散させてただの肉片に変える。
頭部が消失した事で全体のバランスが崩れ、残された首から下の肉体がゆっくりと傾いていく。
ただし私達ではなく、バロールの肉体が、だ。私達を殺す直前だったバロールが、頭部を爆散させる、という方法によって殺害された。
大抵の生物は頭部を失っては生きていられない。少ない例外が居ない事もないが、フォモール族はその例外ではない。幾ら強かろうとも、バロールだってフォモール族なのだから頭部を失えば死ぬしかない。
故にバロールは死んだ、という事になる。のだが、状況が現実離れし過ぎていて、理解が追いつかない。
「……え?」
私の呟きか、コライユの呟きか、あるいは二人のモノなのかはともなく、地面に倒れていくバロールの死体を私達は見ていた。まるで幻でも見ている様な現実味の無さに、私は呆気にとられた。
そしてバロールの肉体が地面に転がった時に、二つの轟音が轟く。
……二つ?
一つは分かる。バロールが倒れた音だ。なら、もう一つは?
疑問に思った私は思考が停止しそうになるのを無理やり堪え、土埃が舞う中に意識を集中させる。
すると今までは居なかった生物が土埃の向こうにいる事を知覚した。大きさと気配からして人間ではない。しかし同時に敵意も殺意も感じられない。
今までに感じた事の無い、不思議な感覚だった。
「……ルーク様、私達は。……助かったのでしょうか?」
「いや、それは分からないが……気を抜かない方が」
気配がする方を凝視したままコライユと話していると、突然バロールの死体が消失した。
唐突に、頭部の殆どを失っていたとはいえ、十数メルトル以上は残っていた肉体が消え去った。
「ばかな……ッ」
流石に言葉を失う。あんな巨体が一瞬で消え去るなど、話にも聞いた事が無かったからだ。
思わず『あり得ない』と言いかけるがそれは飲み込む。実際に目の当たりにして、否定できるはずなどなかった。
原理は分からないが、新たに出現した相手が途轍もない存在なのだと判断する。
そして土埃が風に吹き流され、新しくやってきた存在の姿を私たちは見た。
「――亜種、なの、か?」
バロールの死体が転がっていた場所に、一体の大鬼が立っていた。
ただし普通の大鬼ではない。黒い肌の全身に神々の文字である【神宣文字】を赤い刺青として刻み、銀色に輝く左腕を持つ存在が、普通であるわけが無い。
黒い肌と気配から亜種であるのは間違いなく、つまりは私と同じく神々から【加護】を得た存在だ。
皮膚が黒という事から【終焉と根源の大神】の眷属神のどれかなのだと推察できるが、オーガから感じる凄まじい威圧感から恐らく私の加護神【光の神】と同位階の――つまり数が多い【亜神】ではなく、その一つ上の【神】の加護を得ているのではないだろうか。
そこまで考えた所で、黒いオーガがコチラにゆっくりと近付いてきた。
ゴクリ、と私は息を飲み込んだ。冷や汗が止まらず、悪寒がする。
本来ならば、幾ら【加護持ち】とは言えオーガ相手に私が気圧されるはずがなかった。オーガ程度が【神の加護】を得たといっても、その力を十全に発揮できるはずはなく、大した問題にはなりえない。
だが、目の前のオーガは違う。対峙するだけでそれが分かった。
バロールに勝るとも劣らない、強者だ。不用意に手を出せば、逆にこちらが撃滅される。無警戒で手を出してはならない――それが私が目の前のオーガに抱いた認識だった。
今の私の状態では、十中八九眼の前のオーガに勝てない。バロール達との戦いで失った体力と魔力はそれほどまでに膨大だ。いや、万全の状態だったとしても、勝てるのだろうか? と不安を抱いていたかもしれない。
この黒いオーガは強い。間違いなく、命を賭けねば勝てない部類の敵である。
そんな存在と、消耗した状態で戦うというのは流石に嫌気が差す。
しかしアリアとの誓いの為にも、諦める訳にはいかないし、諦めるつもりもない。
ココで諦めればアリアとの約束を反故するばかりか、仲間の命も護れない。それだけは、我慢ならない。【不治の傷を刻む聖剣】を握る力が無意識の内に強くなる。
再度、魂を燃やすかのように萎えた気力から力を絞り出し、重い身体に動けと命令。傷口からは身じろぐだけで新しい血が漏れ出るが、構うものかと一歩踏み出した。
その時、コチラに近づきながら視線を向けていた黒いオーガと眼があった。
眼と眼があっただけだ。
しかしたったそれだけで、私の意識が一瞬で引き込まれそうになる。
暗く深い底の底に落ちていくように、私の中の力が、残り少ない魔力が、身体を支える気力の全てが黒いオーガの瞳に吸い取られそうな感覚。
言葉にし難い感覚が私の全身を支配しようとして、しかし心臓の辺りから湧き上がる思いがそれを拒絶する。
大丈夫だ、大丈夫、私はまだ戦え――
「お疲れ様。いやいや、いい勝負だったな」
――一般的に【大勢に害成すモノ】として認識されているオーガが、人間の言葉を流暢に喋った。
それに固まる思考。動かなくなる肉体。まるで時が止まったかのような一瞬の静寂。
オーガが苦笑、のようなモノを見せた。
「……は?」
我ながら間抜けな声だったと思う。
最早思考が止まる事を回避する事はできなかった。
◆ ◆ ◆
黒いオーガとは、会話を交わして仲間達を治療してもらった後、それぞれの目的地に向かう為に別れた。
戦闘は無く、穏便に事が済んだのは僥倖だったと言えるだろう。
ただしバロールの死体だけは全て黒いオーガ――会話の中、彼は別の場所で彼の主が私達を狙っているなどと言っていたが、私は居ないと思っている――に持っていかれたが、護衛フォモール達から有用な素材は全て剥ぎ取れているので問題はない。
命を助けて貰った代償と考えれば安いモノだ。
「世界は、広いなぁ。まさかあんなのも居るなんて、思ってもみなかった」
しかし、そう言わずには居られなかった。
この旅で世界の広さは体感していたが、私の想像を越える存在はまだまだいるらしい。精進しなくてはなるまい。
大切なモノを守る為にも。
「そうですね、ルーク様。でも、多分あのオーガは特に特別な存在だった、と思います。いえ、そう思いたい、です」
と言うのはコライユだ。自らの腕でその華奢な身体を抱きしめるようにして、プルプルと小さく震えている。
あの黒いオーガ――オガ朗の冷徹とも言える眼を私以外に見ていたが故の反応だろう。
聖職者であるが故に【加護持ち】に対し、それが例え敵であろうとも礼儀正しく敬う様に接してきたコライユでさえ、あの眼を見てしまえばこんな感想を抱いても何ら不思議ではない。
アレは言うなれば、捕食者の眼だった。否が応でも、私達が喰われる側だと感じさせるような眼だったのだから。
「確かにねぇ、ありゃヤバいわ。亜種にしちゃ、魔力量の桁が違ってたよ。と言うより、ありゃ本当にオーガなのかい?」
「違う、といいたいんですけどねぇ。あれは」
「……オーガ、だったのは間違いない」
「匂いは間違いなくオーガのそれだったでありますぞッ」
クレリア、セレス、アイオラ、そしてチェロアイトの順にお互いの感想を出し合い、思考の大部分をオガ朗によって占領されながら、しかし周囲の警戒を怠らずに私達は薄暗い洞窟の中を歩いていた。
何故こんな場所に来ているのかと言うと、バロールが死に、オガ朗と別れた後、【神託】が下されたからだ。
私の脳内に直接響く【光の神】の声に導かれ、示されるままに歩いた結果、私達はココに居る。
どうやらこの洞窟の最奥に、【光の神】からの贈り物があるらしいのだ。
「あー止め止め。鬱々と考えるのは止めだよ。折角故郷に帰れるんだ、こんな遠い国で出会ったオーガに悩むのは止め止め、止めにしよう」
魔杖を振り回し、クレリアが沈んだ空気を薙ぎ払うような仕草で言った。
それに苦笑を浮かべつつも若干ほぐれた空気は談笑の切っ掛けを造り、笑いながら歩き続けていると、ついに私達は到達した。
「うわぁ……」
「……これは」
「なんとまぁ、キラキラとしてんねぇ」
「凄いッ凄いッ凄いぞ主様ッ」
「とても綺麗ですね、ルーク様」
「そうだね……。凄く、綺麗だ」
口々に漏れる、感嘆の声。しかしそれも仕方ない。
私達が到達した所に在ったのは、地底湖の中心に浮かぶ一つの神殿だった。恐らく水に触れると発光するという性質を持つ“プルゥート鉱”が大量にあるのだろう湖底からは青い光が発生し、それに照らされた空間に佇む神殿は神々しくさえあり、幻想的で、思わず魅入ってしまったほどに美しかった。
ヒトの手で造られたのではなく、神によって製造された様な。特別な神殿だと、私達は肌で感じる事ができた。
そしてその光景に感嘆のため息をついていると、水面からは石橋が静かに浮かび上がり、神殿へと続く道ができあがる。
その石橋を渡って神殿に至ると、神殿の中心地にある祭壇に突き刺さった一本の槍と幾つかの宝箱を見つけた。
まるで光そのものを凝縮したように神々しく、六つの穂先を持つその槍に、私達の視線は釘付けにされる。
そして導かれるように私だけが祭壇の槍に近づき、その柄に手を添えた。
その瞬間槍から流れ込む、圧倒的な力の奔流。私の奥底で眠っていた何かが、呼び起される様な、そんな不思議な感覚に揺られて。
そして感じた、今は居ない仲間達の遺志を。
『笑って泣いて、また笑え。お前が皆を引っ張って行くんだからな』と、大盗賊のバンダナを頭に巻いたカッティーノの幻影が親指を立てて言った。
相変わらず何処か気取った所があるお調子者だが、人を笑顔にさせる不思議な魅力がある男だ。
『最後まで一緒には居られませんでしたけど……目的が達成されて、よかった、です』と、メイラが涙を滲ませつつも笑い、恋人であるカッティーノに肩を抱かれている。
カッティーノが死んだ時から笑みを浮かべなくなったメイラが笑っているのは、こうなってから見ても、心の底から良かったと思う。
『グラッカッカッカ。よぉーやったのぉ坊主。国にけえったら、俺の弟子共に武器を見せてやってくれやぁ。その槍は逸品だからよぉ』と、腕を組んだ髭面の大男、ドクトリルは豪快に笑う。
帰る途中にあるアルル海ではドクトリルが愛飲していたギャンテス酒の最高級品を一本、海底で眠る彼の下まで贈ろうと思った。
ツツツ、と涙が流れる。
もう二度と会えないと思っていた仲間達が、旅の目標を完遂させた私達を祝福してくれているのだ。湧き上がる感情を、どうして留める事ができようか。
そして何より、私が会いたくて止まなかったアリアも、幻影となって私の目の前に居るのだから。
『おめでとう、私のルーク』
アリアの幻影が、その両の手で私の頬に触れた。
幻影なのだから実体は無く、その手の感触も無いが、それでも、アリアが私に触れている。
「アリア……」
手を伸ばす。だが、触れない。虚空を掴むように、アリアに触れる事ができない。
それが堪らなく、辛かった。
『貴方が私を思い続けてくれるのは、とても嬉しい。本当に、心の底からそう思ってる。
……でもね、私は死んだの。いつまでも私に囚われるのは、貴方の為にならない』
「確かに、そうかもしれない。だけど、私はッ」
『私は、私に囚われたままのルークは見たくない。貴方は、この先も生きていくんだから。だから、私の事は忘れて……』
そう言いながらも、アリアの瞳に悲しみの影が過ったのを私は見た。
だが同時に、私が何かをする前に皆の幻影が虚空に溶けていく。輪郭がアヤフヤになり、その姿を認識できなくなっていく。
あくまでも幻影は幻影しか無く、死んだ者は生き返らない、と言う事だろう。
一時でも再会できた事だけでも十分過ぎるほどの奇跡なのだから、それ以上を望んではいけない、という神の教えに違いない。
だがそれでも私は手を伸ばす。伸ばさずにはいられなくて。けれど、掴むのは虚空だけ。掌の中には、虚しさだけが残った。
『さようなら、ルーク。貴方の未来に、希望があらん事を』
そして、カッティーノが、メイラが、ドクトリルが、アリアが、私の中に流れ込んできた。
まるで四人の力がそのまま私に宿る様な、心地よくも荒々しい奔流に抗う事もできずに呑まれ、ふっと意思が飛んでいくような感覚を味わった時には全てが終わっていた。
身体が倒れている事を認識しつつも、私は何も行動は起こせない。指先一本を動かす事すら億劫な状態で、倒れる身体を支える事ができないからだ。
迫る床を見たのを最後に、私の視界は全て黒く染まる。
私の意識は、倒れた衝撃と共に消失した。
【英勇詩篇[救国を担いし光の御子]第十四章【遠き果ての、約束の地へ】がクリアされました】
【ルークは新しく称号【光槍の勇者】、称号【エクトルの子ルーク】の能力が付与されました】
【称号【光槍の勇者】には固有能力が設定されています】
【ルークは固有能力・【極光を束ねる者】を獲得した!!】
【ルークは固有能力・【六つ穿つ槍者】を獲得した!!】
【称号【エクトルの子ルーク】には固有能力が設定されています】
【エラーが発生しました】
【エラーが発生しました】
【条件“5”【バロール撃破】が未達成の為、固有能力【光擲の魔弾】は解放されませんでした】
【条件“5”【バロール撃破】が未達成の為、固有能力【長き腕】は解放されませんでした】
【制限を解除するには【■■■】を討伐するか、【■■■】の配下となる必要があります】
【獲得済み称号【百芸に通ず】は新たに【武器収納術】【探求術】【鍛冶格闘術】【光神医術】を修習しました】
【現在の称号【百芸に通ず】の保有技能数は“68”です】
【詩篇達成報酬として【伝説】級マジックアイテム【必勝齎す極光の六槍】が贈られます】
【ただし条件“5”【バロール撃破】が未達成の為、【必勝齎す極光の六槍】の能力は制限されました】
【能力抑制の為、【必勝齎す極光の六槍】の性能は現在“80”%です】
【制限を解除するには【■■■】を討伐するか、【■■■】の配下となる必要があります】
【レベルが規定値を突破しました。
職業条件≪勇者≫、称号条件≪光剣の勇者≫≪光槍の勇者≫、特殊条件≪光の神の加護≫をクリアしているため、【光剣の勇者】は【位階上昇】しました。
ルークは職業【光槍の勇者】を獲得しました】
【英勇詩篇[救国を担いし光の御子]は第十四章【遠き果ての、約束の地へ】から第十五章【勇者の帰還・凱旋の槍】へ移行しました】
【ルーク・イルダーナ・エドモンド視点終了】
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