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第二章 傾国の宴 腹黒王女編
百三十一日目~百四十日目
 “百三十一日目”
 早朝、滞りなく予定通りに骸骨百足達に乗って遠征組一行は出発した。

 今回外に出る総数六十六名には昨夜、以前から俺とレプラコーン達が造っていた外套オーバーコート――クロークやポンチョなど個人の好みに合わせてタイプは様々。ちなみに俺とカナ美ちゃんはポンチョ型のモノを愛用している――を配給していた為、真新しいそれを装備した姿で居残り組のメンバーに見送られる事となった。
 外套の背面には傭兵団≪戦に備えよパラベラム≫の紋章エンブレム、右肩の部分には部隊の特徴を示した部隊章、そして左胸には個々の階級章が金糸によって刺繍されていて、初めて見る者でも一目で何処の組織に所属しているのかが分かるし、団員達からすれば相手が所属している部隊と階級が分かりやすい仕様になっている。
 材料は迷宮都市に立ち寄った際に買ったこの世界特有の繊維――防刃・防魔・防寒・防熱に加えて防水性も高いミノタウロスなど高い耐久力を誇るモンスターが落とすドロップアイテムの一種。ドロップ率の低さとその性能の分だけ高額ではあるが、ミノ吉くん達が大量にボスミノタウロス狩りをしてくれたので数が確保できていた――をメインに、タートルスネークの甲羅の粉末やクリスタルクロコダイルの鰐皮など、様々なモンスター素材を俺の糸と特殊な技法によってレプラコーン達が一つにした逸品だ。
 刺繍入り外套オーバーコートは素の状態でもそこら辺の防具よりも優れていたが、追加でエンチャントを二つほど施している。
 今後はコレを量産して傭兵団の正式装備として採用する予定である。

 さて、話を遠征に戻すとして。
 今回で骸骨百足による森外遠征は二回目となるのだが、現在拠点から森の外に最短距離で出られる獣道のようなルートが既に幾つかできていたりする。

 これは骸骨百足が樹木の生い茂る山道など走破困難な場所を進む際、骸骨百足をコーティングし陽光を防いでいる分体がアビリティを使って進行方向の地形を踏破可能なモノに変化させる、という特徴によるもので。
 つまり最初程は時間を浪費せずに森の外に出る事が可能なルート――外敵から拠点の場所を割り出されない様にカモフラージュは当然している――が形成されている訳だ。
 今回は当然それ等のルートを通る事となり、幅が骸骨百足一体分しかないので遠征組は森を出るまではぞろぞろと列を成し。
 そして森の外に出た後は、それぞれの目的地へと向かう事になった。
 今回のグループは以前にも言ったように、

 一つ目は俺率いる王都に向かうグループ。
 メンバーは俺の他にカナ美ちゃんや赤髪ショート、風鬼さん達やセイ治くんなどの総数二十四名。使用している骸骨百足は四台。

 二つ目はミノ吉くん率いる迷宮都市にて修行と物資調達などを行うグループ。
 メンバーはミノ吉くんやアス江ちゃん、それに鬼若やボス猿などの総数二十名。使用している骸骨百足は三台。

 最後は傭兵団内でよく働いた報酬として、王国や帝国領内に残している家族を迎えに行くグル―プ。
 前回はミノ吉くんのグループに配属していたマグルなど、報酬を受け取る者とその護衛役も含めた総数二十二名。使用している骸骨百足は三台。

 の計三つに大雑把に分類できる。

 それぞれにそれぞれの問題が多々あるが、まあ、許容できない失態は起きないだろう。
 と、思いたい。いや、思う事にしよう。
 うだうだと悩んで気にしても意味が無いので、気持ちを切り替える。

 今回の旅路にて王都に向かう俺達は以前のように定期的な休みはとらず、今日一日は出来る限り走り続けて行ける所まで行く事にした。
 骸骨百足は搭乗者に揺れを殆ど感じさせないので武器の整備や簡単な勉強などを行い、移動時間を有効に活用した。
 そして夕暮れ前には森を抜けた先にある広大な草原と丘陵地帯を踏破し、ファレーズエーグルが生息している山道さえも越えて街道に至り、かなりの距離を進む事ができていた。
 前回は初めて遭遇するモンスターが居れば定期的に止まって狩りをしていたのでかなりの時間が必要だったが、それ等を無視して進めば一日でこれだけ進める、というのは有用な情報だった。
 やはり疲労する事がなく、普通の馬車よりも速度を出せる骸骨百足は移動手段として優秀らしい。それに骸骨百足は形を弄れば原始的な戦車にも成るし、色々使い道は多い。多大な可能性を秘めた骸骨百足の今後の運用について思考を巡らしつつ、今日は街道近くの平野にて野営する事になった。
 組み変えればテント代わりにもなる骸骨百足。やはり便利である。

 その夜。今日は訓練をあまりできなかった分、二時間行った訓練はかなりハードなモノにしてみた。
 俺のグループには以前と同じく熱鬼くん達も居るが、今回は以前連れて行っていなかった雷竜人サンダードラゴニュートのラムラさん――腰まで伸びた黄金色の髪と瞳、白い肌、整った美貌、額から後方に曲がりながら伸びた双角、臀部から伸びる細く長い尻尾、額の中央にある黄色い竜珠スフィアの持ち主――達を中心に鍛えていこうと思っているので、ラムラさん達など特定の団員達の負傷が激しい。
 幸いセイ治くんが同じグループに居るから、大怪我をしても即座に治してくれるので安心だ。

 それから、やや手加減するカナ美ちゃんと本気で挑む赤髪ショートが剣戟を交える姿は、月光に照らされてそれはもう綺麗だったと呟いておく。
 いやはや、カナ美ちゃんも赤髪ショートも良い動きをするようになったもんだ。

 本日の合成結果。
 【弧月閃】+【飛翔斬】=【弧月飛翔閃】


 “百三十二日目”
 今日も骸骨百足に乗って街道を進み、朝の十時頃には防衛都市≪トリエント≫に到着した。
 そのまま通り過ぎても問題はなかったが、ついでなのでファルメール商会≪トリエント≫支部に顔を出してギャンブル大好き副店長と会談、そのついでにモンスター素材の売買や相場の調査を行い、一時間足らずで都市を出立。
 その後はしばらく街道をゆるゆると進み、時間的に丁度良かったので近くにいたビッグコッコなどの雑魚モンスターを狩って昼食にした。
 巨大な鶏と言うべきビッグコッコの肉は生だとさっぱりとして美味しいのに、焼くとさっぱり感を残しつつ肉汁があふれ出て、噛めば噛むほど白米が欲しくなる食材になる。
 焼き鳥が絶品です。今回塩はあったが、タレが無くてちょっと残念ではあったが。

 それから赤髪ショートによればビッグコッコは一日に一回、早朝に二、三個大きな卵を産むらしく、一応モンスターであるビッグコッコを制御するだけの能力がある者からすれば良い家畜になるのだとか。今回は荷台にも余裕があるので、四羽ほど≪使い魔ファミリア≫にして連れていく事にした。
 明日の朝が楽しみである。
 卵焼きにして食べようか、それとも目玉焼きにしてやろうか、それともそれとも、と明日が待ち遠しいと言えば嘘ではない。

 そうして和気藹々わきあいあいと昼食を喰っていたら、俺達は武装した男達に絡まれた。

 絡んできたのは傷が一切なくて無駄にキラキラでテカテカに装飾された実戦――というよりは観賞用だろう武具を装備した肥満体形の青年が二人と、聖布と銀糸で編まれたローブと宝石魔杖装備の病的にやせ細った少年、そしてガッチリとした体格で多少は実戦向きではあるが無駄な装飾のある騎士風装備の青年、という四人を筆頭とした総数三十四の集団だ。
 集団を率いる明らかに貴族だろう四人以外の装備はどれも観賞用ではなく実戦用の装備であり、長年使い込まれているのがよく分かる品もあれば、新品同然な品もある。
 三十人の中には多少チンピラも混じっているようだが、長い髭を蓄えた魔槍を手にする老人や、ぶ厚い筋肉の鎧と大剣型魔剣を装備する中年男性などの数名はそれなり以上の使い手なようで、身体にこびり付いた大量の血の臭いが嗅ぎとれた。
 少なくとも数十人以上は殺しているに違いない。
 多少は喰いがいのありそうな者達を見つけて食欲が刺激されたが、それを押さえて分体を寄生させればいい手駒になりそうな輩を静かに分類しつつ、情報が欲しかったのでしばらく様子を見る事にした。

 数分が経過して、さて絡まれた理由だが、どうやらカナ美ちゃんと雷竜人サンダードラゴニュートのラムラさんという傭兵団≪戦に備えよパラベラム≫が誇る美人六傑の内の二人が貴族四人の感性を刺激してしまったらしい。

 貴族四人――貴族の子息がコネ造りの場として活用している≪貴剣の鍛錬場アンテゴラ・ランツ≫と呼ばれる組織の会員メンバーだそうだ。モンスターハンティングに出掛ける事が良くある為、それぞれお抱えの私兵を引き連れて行動する事が多いのだとか――は色々と語っていたが、要約すると『女どもをコチラに寄こせ』となる。
 それには二人だけでなく、赤髪ショートや風鬼さんなども含まれていた。
 貴族四人の目的はカナ美ちゃんとラムラさんの二名ではあるが、他のは配下にでも宛がうつもりなのだろうか。

 凄く典型的なダメ貴族です、本当に鬱陶しい。
 貴族ならこの世界では高水準の教育を受けているはずだろうに、何故こうなってしまうのか。

 などとため息混じりで呆れている間に、男達はコチラを包囲して逃がさない様にしていた。動きに淀みが無いし、なんら気負いもない。明らかに手慣れている動きだった。
 どうやら今までも色々とやってきたらしく、包囲を終えた後はそれぞれの武器に手を添えながら、嗜虐心に染まった下卑た笑みを浮かべている。
 アチラさんの装備は一応末端員までの全てが金を注ぎ込んで揃えたのだろうマジックアイテムで構成されていて、普通の亜人種や人間の集団だったら確かにとり囲まれた今の状態では抗い難いに違いない。

 それに数の利と地形の利もあるが、そもそもこの世界の貴族は俺が【血統】系のアビリティを獲得できた事からも分かるように、一般人よりも強くなりやすいようにできている。同じ【職業】持ちで同じレベルだろうとも、基本的に農民と貴族とで競えば貴族が勝る。
 それで貴族四人を観察した所、痩せた少年はまず間違いなく【魔法使い】系の【職業】を持っているだろうし、四人の中でもリーダー格な騎士風装備の青年は見た目通りに【騎士】系の職業持ちに違いない。
 装備は無駄に派手だが、そこそこ戦えるだけの実力はありそうだった。
 残る肥満体形の二人は、まあ、【雑兵】とかが似合いそうだが、装備品はそれなりに高価なマジックアイテムなので【部隊長】とかくらいが最適ではないだろうか。

 ……さて、どうするか。撃退するという選択肢は絶対として、他の団員に殺らせるか、俺が単鬼で殺るか。

 と思っていると先に痺れを切らしたアチラさんが手を出してきた。肥満体形の片割れが手下に顎で指示し、それに従った下っ端が俺の隣に居た、下っ端から一番近かったカナ美ちゃんに手を伸ばしてその肩に指先が触れて――。
 次の瞬間には肩に触れた下っ端の頭部が天高く舞い上がった。
 一瞬で切り裂かれた頸の断面から勢いよく鮮血が吹き出し、やがて重力に引かれて落下、赤い雨となって俺とカナ美ちゃんの全身を濡らした。
 ……血でトッピングされた焼き鳥は、ちょっと微妙な味だった。
 いや、美味しいのは美味しいのだが、下っ端の血が不味いので大きな減点対象となっている。ドロドロとした血で、色々と不健康な生活でもしていたに違いない。
 死んだ後も他人を不快にさせるとは、なんて奴だと思いつつ。

 さて、最初の犠牲者が出た後だが、もうカナ美ちゃんが暴れに暴れてくれた。もう止めたげて、と思うくらいに酷い有り様である。
 憤怒を通り越した感情、とでも言うのだろうか。
 怒り過ぎて無表情になったカナ美ちゃんが高速で移動するのと同時に振るわれるクレイモアは人体を紙のように切り裂き、柔い人間の肉体を容易く引き千切る破壊を宿した殴打が人肉を爆散させて、虚空から発生した氷の茨が骨肉を凍らせた――量産されていく肉片と血の海と、屍の山。
 そして圧倒的な殺戮の前に僅かにだが居た反撃に転じる古強者フルツワモノは、しかし“魔眼封じの眼鏡”を外した事によって晒された【吸血貴族ヴァンパイア・ノーブル・亜種】が持つ強力な【魅了の魔眼】の前に屈していく。
 怒り状態のカナ美ちゃんの魔眼が強力すぎて、抵抗レジストできた者が殆どいなかったのである。一応二名ほど抵抗できた者は居たが、カナ美ちゃんと周囲の虜達による物量で押し潰されました。
 圧倒的にイジメだった。戦いなどではなく、虐殺レベルの戦闘だった。
 とはいえ全滅させるには惜しい素材も居たので、カナ美ちゃんを背後から抱き締める事で強制的に止めた。こうでもしないとなかなか止まってくれないカナ美ちゃんには困りものだが、まあコレも個性なのだから仕方ないとして。

 それで、片腕片足など四肢の一部を文字通り引き千切られて悶絶している四人に加え、俺が分類していた生存者達を一ヶ所に集め、【秘薬の血潮】による治療を施すと同時に分体を寄生させる事にした。

 貴族は平均して一般人よりも美味い。これは経験則から導き出した答えであり、目の前には四人の貴族。まだまだ年若いが、それでも得られるモノがあるかもしれない。
 だが、俺は今ここで四人を喰う事は止めた。
 というのも俺には既に“草”として帰還させ情報を集めている奴隷達は居るが、この四人はココで喰わずに帰還させた方が色々と利益が出ると判断したからだ。
 情報源は多い方が何かと便利だし、≪貴剣の鍛錬場アンテゴラ・ランツ≫についての情報――例えば、殺してもいいような悪徳貴族の外出予定など――を手に入れやすいだろうし、それに四人の家の財産などを考えると、今ここで喰うのは勿体ない。
 という事で、分体を寄生させた事で俺の奴隷になり、真っ青になった四人に笑みを向けたのだが、青を通り越して白くなって気絶してしまった。
 何故だ。……もしかしたら死体を目の前で喰ってしまったのが悪かったのだろうか。

 取りあえず生存者全員に分体を寄生させた後、放置して俺達は旅路を進んで行く。
 今連れていくのは、面倒である。いつか手駒か、あるいは食糧とするその時まで出逢わないかもしれないな。


 “百三十三日目”
 昨日あった出来事の後、俺達はサクサクと進んで“シーリスカ森林”を抜けた先にある“メイスン村”にまで辿り着いていた。
 メイスン村に辿り着いたのは昨日の午後三時頃で、そのまま止まらずに進んでも良かったが、カナ美ちゃんや赤髪ショートを筆頭とした女性陣の強い要望によって一泊する事となった。
 ここの温泉の効能には美肌や若返りなど女性陣には嬉しいものが多いので、予想通りではあったし時間はまだあるので何ら問題はない。

 ただ一部男性陣からも泊まることが支持され、支持した男性陣全員が今朝木に縄で吊るされた状態で発見された件についての原因は調べずにあえて放置するとして。

 個人的にも、やはり拠点とはまた違った効能の温泉が湧くメイスン村で過ごすのはリフレッシュできて気持ちが良いモンだった。湧き出る温泉は勿論、温泉を目当てにしてやってくる客に対する接客の姿勢など色々と参考になる。
 ココでは拠点にて半分趣味で始めた≪温泉施設≫で即座に使えるモノもあれば、こんなモノがあればいいのではないか? と新しく考えたモノもチラホラとあるからだ。
 そうだな、今度和風の作業服をレプラコーン達に作ってもらうことにしようか。

 普段通り朝早くに目覚め、大きな温泉卵――ビックコッコの卵を使用――を皆で食べた後に軽い訓練をし、疲れて汗ばんだ身体を清める為に温泉に入った。
 幾つかある温泉を楽しみながら巡り、湯冷ましにと思って単身でフラリとメイスン村のもう一つの観光名物である大きな滝にまで赴いた。
 しばらく歩いた先にある巨大な滝は、以前と変わらず大量の水飛沫が上がっている。周囲の温度は一気に下がり、火照った体を冷ますのには丁度いい。
 それに深く清涼な水で満たされた滝壺からは相変わらず巨大で強力な生物――ココ等一帯の守り神とされている竜種――の気配が感知できた。
 前回来た時の大鬼オーガの状態では勝てなかった、あるいは勝てる可能性がかなり低いくらいの巨大な差があったが、使徒鬼アポストルロードとなった現在の俺だと勝てる可能性は十分ありそうだ。

 が、俺はメイスン村は気に入っている。
 温泉は気持ちいいし、住民の気質やら接待は満足できるモノがある。何ら不満はない。
 しかしもしこの竜種と戦う事にでもなれば、余波だけで間違いなくメイスン村は滅んでしまうだろう。手加減して勝てる様な相手ではなさそうで、どちらが勝つにしろ負けるにしろ、ここ等一帯の地形は大きく変わる事になる。

 もちろん竜種を喰ってみたくは、ある。

 しかしココはグッと我慢して、喰っても問題ない竜種と出会えるその時を待つ事にした。迷宮に潜れば手っ取り早く喰えるに違いないので、やはり迷宮には一度挑戦する必要性がありそうだ。
 そう考え、滝に背を向けてメイスン村に戻っている最中、背後からコチラを窺う強大な気配がしたが、それを無視して真っ直ぐ帰った。

 その後午前十一時過ぎくらいにメイスン村を出立し、夕方にはオーロとアルジェントが産まれた“クラスター山脈”を越えて迷宮都市“パーガトリ”にまで至る事ができた。
 取りあえず今日はパーガトリで一泊し、明日には到着する王都≪オウスヴェル≫に備える事にした。


 “百三十四日目”
 早朝に迷宮都市“パーガトリ”を出立した後、俺達は無事、昼前に王都≪オウスヴェル≫に到着した。
 以前来た時と変わらぬ活気に、道を埋め尽くす様な人ごみ。敷き詰められた石畳、行き交う馬車、煉瓦造りの家屋。大通りに立ち並ぶ様々な店舗、多数の屋台、飛び交う声、他人の手に流れる金銭と品々。
 そして俺達に集中する無数の視線、畏怖や好奇の感情、俺達を警戒しつつ人ごみに紛れた冒険者達、影からコチラを観察し監視する王国や他国の密偵衆。
 繁栄の輝きを放ちつつ、それでいてどす黒い感情の渦巻いた王都は変わりないようである。こんな短期間で変わったら、そっちの方が異常だけども。

 こんな感じで俺達は以前と変わらず、いや以前よりも注目されながら王城の一区画にある琥珀宮アンバーパレスの門前に無事到着した。
 そして門前には騎士の少年を隣に、女性が多い衛兵達は背後に従えた、屈託のない年相応の笑みを浮かべるお転婆姫が待ち構えていた。
 名鉄を介して事前に連絡を入れていたとはいえ、普通お姫様が客の出迎えをするものではないと思うが、常識が通用しないお転婆姫なら仕方ないと思ってしまう辺り俺は相当毒されているのかもしれない。
 取りあえず再会の簡単な挨拶を交わし、その後、お転婆姫は早速俺に『よじ登る故、お主は動くでないぞ。そうじゃな、しばしの間大樹のようになってたもれ』といった感じの事を言い、俺の身体を足下からよじ登り始めた。
 どうやら最初からそうするつもりだったらしく、服装も予め動きやすいものを着たりと準備万端である。

 それにやれやれ、と呆れつつ。姪っ子が遊びに来た時の事を思い出して、振り払う事は止めた。

 時折ずれ落ちそうになる度にお転婆姫をさり気無く補助してやる事しばし、俺の肩に無事到達したお転婆姫は『ドヤァ』、と表現するのが適切な表情で周囲を見下ろしている。
 満足しただろうから降ろそうと思ったが、お転婆姫が拒絶したので断念し、お転婆姫を肩車した状態で俺達は琥珀宮に足を踏み入れた。

 変わらぬ気品を纏う琥珀宮に初めて入るメンバーは放心――とくにセイ治くんのリアクションが大きかった。開いた口が塞がらないとは正にこの事か――していたが、活を入れ、作業に取り掛かる。
 骸骨百足から荷物を降ろしてしばらくの間宿泊する事になる部屋に搬入したり、誰がどの部屋で寝泊まりするかなどを簡単に決めた後、簡単な自己紹介をする事に。

 それで、お転婆姫が一番驚いたのはオーロとアルジェントを紹介した時だった。

 いや、赤ん坊だから錬金術師さんに預けてきたニコラと、ミノ吉くんに懐いているのでアッチについていった鬼若は俺のグループに居ないが、オーロとアルジェントはついてきている。
 それでこの二人、身体は種族の特性――と言ってみるが、それでも普通とは比べ物にならない速度――でかなり大きくなっている訳で。
 生まれたばかりの二人を腕に抱いた事もあるお転婆姫は、人間では考えられない短期間で成長した二人に開いた口が塞がっていなかった。
 普段は周囲を驚かせたり困らせる事が多いお転婆姫が逆に驚かされている様は、どうやらかなり珍しいらしく。騎士の少年や他の近衛達は驚きながら何処か穏やかな笑みを浮かべている。

 そして今日の夕食はお転婆姫の奢りで、豪勢な宴会が開かれた。

 俺がまだ飲んだ事のない様々な種類の酒が大量に振舞われ、その大半がエルフ酒には及ばないが、それでもかなり上等な部類の酒ばかりだったので大満足である。
 流石王族と思いつつ、出された酒の中ではやはり迷宮産の酒は別格で美味かったので、今度一人で酒と竜を求めて迷宮には潜ろうと今心に決めた。
 幸い王都の近くにある迷宮都市“パーガトリ”は空路で一時間とかからない距離なので、休暇を貰って行こうと思う。


 “百三十五日目”
 今回のお転婆姫の依頼は『琥珀宮アンバーパレスの衛兵達の鍛錬指導』なので、昨日から決めていた通り早朝から衛兵達の訓練を開始した。
 とはいえ衛兵なのだから全員を集めて一度に指導できるはずがないので、幾つかのグループに分けて行う事になった。とりあえず最初のグループはお転婆姫が琥珀宮の演習場を貸切にしてくれたので、そこで基礎訓練から開始。
 とある軍曹にでもなった気分で、罵声を浴びせながら限界まで追い詰める事にした。
 
 そして夕方、ボロボロになった衛兵第一グループ三十人全員はセイ治くんに治療させている。
 最初だから本気でやっていないのにこの有り様で、衛兵の情けなさに多少の不満を抱きつつ、それなりに疲労はあるがまだまだ動ける団員達と本格的な手合わせなどを行う事で不満を解消。
 まったく、王女を守る精鋭なのだから衛兵達にはもっと頑張ってもらいたいものだ。と思わない事もない。


 “百三十六日目”
 今日は衛兵第二グループを鍛えていると、昼前に俺の所にお転婆姫の母――つまり第一王妃の使者がやってきた。
 第一王妃とは、例の宗教狂いの王妃様である。
 滞在する間に何らかの形で接触してくるとは予想、というよりも確信があったが、実際に来られると面倒だし厄介で正直あまり関わりたくは無い。
 とはいえ現状で王妃様の誘いを断る訳にもいかず。

 仕方なく第一王妃の昼食にお呼ばれする事になった。

 王妃と共に食事するのは呼ばれた俺は当然として、パートナーを一人連れてきてもいいとの事だったので同伴させたカナ美ちゃん、それから少年を引きつれたお転婆姫の、総数四名である。
 とはいえ周囲には衛兵やメイドさん達が多数いるが、それはさて置き。

 昼食は王妃様が暮らす“白金宮プラティナムパレス”内部にある綺麗な庭で行われた。

 お転婆姫と同じ白銀に輝く長髪と黄金のような美しい瞳の持ち主で、白い肌は美しさよりも病弱さを感じさせる美女、といった外見をした王妃主催の昼食の為、ガッツリとしたボリュームたっぷりの肉料理、という訳ではなく、パンや野菜中心の軽食だ。パンや野菜よりも肉を大量に喰いたい俺としては物足りないが、カナ美ちゃんは満足していたのでまあいいか。
 個人的に量が足りないだけで、料理が不味い訳ではなく美味なのだから、不満はそっと噛み殺して。

 それで王妃だが、話していると悪い感じはしなかった。
 というのも、尊敬というか、敬愛というか、負の感情ではなく、本当にあがめる人物を前にした信者のような態度だったからだ。

 俺を殺し肉を喰らう事で己が身に神の力を宿そうと考える、鮮血を全身で浴びて身を清めようとする、骨を素材に己の装飾品を造る、などといった凶行はしそうにない。

 実際にそんな事をする、そんな事を考える輩もいると事前に教えられていたので警戒していたのだが、どうやら王妃は加護持ちと出会っても崇める、敬う、というような行為で留めるようだ。
 ほっと安心しつつ、その他にも色々と探ってみる事にした。

 終わってみれば、なかなか有意義な食事会だったのではないだろうか。
 王妃様に対して俺が抱いていた最初のイメージは崩れ、友好を深めていけば良き知人になってくれるかもしれない。後ろ盾としては、好ましい人物とも言えるだろう。

 などと思ってしまった瞬間が俺にもありました。

 というのも、昨日の昼食を終えて俺達が琥珀宮に帰った後、俺は王妃様とは関わりたくないと思ってしまう決定的な出来事を、白金宮に置いてきた分体越しに見てしまったからだ。

 何が起こったのかを簡単に纏めれば、以下のようになる。

 俺達が帰った後、当然食事したのだから使用済みの食器が残っている。勿論使用済みなのだから片付け、綺麗に洗浄し、次に使う時の為に備えるのが一般的だろう。
 だがしかし、今回俺が使ったナイフやフォークを、王妃様は嬉々とした、否、情欲を滲ませる恍惚とした女の表情で丹念に丹念に丹念に汚れを舐めとっていたのである。
 白い肌と白銀に輝く髪、そして黄金色の瞳を持つ高貴な麗人が何とも言えない色香を放つ姿だけならばともかく、俺が使った食器を舐めて嬉しそうにしている姿は如何なモノかと。
 そして王妃様の周りに居るほぼ女性のみで構成された白金宮の衛兵達が、心底羨ましそうに王妃様を見つめている姿は一体どういう事なのかと。
 そして何故、舐めて綺麗にした食器が豪奢な専用箱に入れられて王妃様の寝室に飾られているのかと。
 色々と問いたい。問いたいのだが、正直もう王妃様に近づきたくは無かった。
 俺の常識とか色々を軽やかに超越してしまっている王妃様の話はココ等でバッサリ終わらせるとして、とりあえず、積極的に王妃様と関わらないようにしようと決意した。

 午後は見てしまった光景を振り払うように、団員達との訓練に集中した。


 “百三十七日目”
 今日は衛兵第三グループの訓練日。だったのだが、生憎の雨だった。
 訓練場のコンディションは最悪で、ドロドロのグチャグチャだ。大量の水を吸って泥化した足場は動き難く、滑り易い。そして何より衣服が汚れる。
 女性の比率が高い琥珀宮の衛兵達からは訓練の取りやめが叫ばれたが、無論続行させてもらいました。

 ブーイングなどはハードな訓練で強制的に黙らせ、しかし酷使した肉体はその後の飯が美味かったので自然と飴と鞭になった、はずだ、きっと。
 とりあえず、悪天候時でも戦えるようにするのは大切だと思う。
 毎日やりたいとは思わないが、偶には違った趣向もいいもんだ。としておこう。


 “百三十八日目”
 訓練はカナ美ちゃんに任せ、単身お転婆姫に連れられてお転婆姫の父親――つまりは国王と謁見した。
 謁見の間には俺達以外にも大臣やらなんやらと多く、面倒というか大げさというか、色々あった。
 話が長くなるので大部分は省くが、王国での俺達の認識はお転婆姫の私兵、という事らしい。
 一応俺達は傭兵で、仕事が終わって報酬を貰った後は寸前まで戦っていた敵陣営につく事もできるのだが、どうやらお転婆姫があれこれしてそういう認識を広めてしまったようだ。

 お出迎えの時に肩車した時もその一環だったらしく、王国では既にお転婆姫、あるいはお転婆姫を擁護する派閥くらいしか雇ってもらえそうにない。敵対派閥だろう大臣中心の貴族派からは敵意ある視線が向けられていた事からも察する事ができる。

 まあ、別に金を払ってくれるのならば大した問題ではないのだが、逃げ道を予め塞いでくるとは、なかなかどうして侮れない。
 可愛い顔して、お転婆姫は王族らしくやる事はやっているようだ。
 俺もお転婆姫を利用しているのだから、持ちつ持たれつ、という事だろう。

 ふう、と小さくため息をついて。
 取りあえず、王国の上層部ではかなり警戒されているお転婆姫の私兵は、お転婆姫が力を持つ事を恐れる者達から狙われ、その殆どが暗殺されているらしいので、琥珀宮の俺達が宿泊している一画には暗殺されない様にあれこれ罠を張らせてもらう事にした。
 狙われるのが俺だけならばまだ問題ないが、オーロ達が狙われると堪ったモノではない。

 謁見が終わった後は肩が凝ったので、夜風呂に入りながらカナ美ちゃんにマッサージしてもらった。
 やけに手付きが艶やかというかなんというか、一日の最後にはとにかく色々溜まっていた疲れがリフレッシュできたので良しとしとこう。


 “百三十九日目”
 まだ陽も出ぬ早朝、さっそく暗殺者がやってきた。大半は昨夜の内に設置した罠で捕縛、あるいは殺害したが、それを駆け抜けて俺達の寝室にまで侵入してきた奴が一人だけいた。
 侵入してきたのは黒衣と紫色の液体の滴るナイフを装備した仮面の男で、俺が眠気を抑えて対峙すると【直感】と【罠解除】が激しく警鐘を鳴らし始めた。
 何故そうなったのか数瞬観察した結果、どうやら体内に爆弾のようなモノが埋め込まれているらしい。遠隔操作できるシロモノではないのが唯一の救いと言えば救いだが。

 何これ凄く鬱陶しい。

 取りあえず殺したら周囲を巻き込んで自爆してしまうようなので、分体を【寄生】させて【隷属化】。自分の意思では指一本動けなくしてから情報を引き出そうとしたが、どうやら精神操作系のマジックアイテムか魔法かによって記憶や自由意思を消されているようだ。
 それは他の捕縛できた奴等も同様で、暗殺者達はまるで肉人形のようだった。
 命令された通りのことしかできない、虚ろな人形だった。
 分体を寄生させて【隷属化】することで身体の自由は奪えたが、初めから壊れている精神を回復するのはちょっと所の手間では無い。
 仕方ないのでこの“人形/暗殺者”達から情報を引き出す事は諦め、心臓付近に埋め込まれているマジックアイテムを内部の分体を使って摘出。
 その際暗殺者の胸が内側から弾け飛んだが、仕方ない。
 暗殺者達の死体をボリボリと頭から丸齧る。ついでに爆発系のマジックアイテムもガリガリと噛んだ。

 【能力名アビリティ爆裂バースト】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【人間爆弾】のラーニング完了】

 剥ぎ取った暗殺者達の装備類から元凶を割り出せそうな品は一つもないが、多少のマジックアイテムを得られたので儲けモノ。
 食事の後は、とりあえずお転婆姫に報告。
 すると『ふむ、ならば犯人はすぐに割り出すのでな。今日の不満や怒りは、その時に発散するがよいぞ』と言われた。
 まあ、お転婆姫ならすぐに割り出せるだろうと思いつつ。

 今日でグループ毎に区切ってやっていた衛兵達の訓練は一通り回り、大体の強さや癖などは把握できたので、今後はそれぞれのいい部分を伸ばしていこうと思う。


 “百四十日目”
 今日は午前だけ衛兵達の訓練を行い、午後から城下町に出掛ける、と言うお転婆姫の護衛役として街を回る事になった。
 セイ治くんなど遠征初体験組には丁度いい機会だったので休暇を与え、王都を自由に見て回らせることにした。とはいえ何処から暗殺者の手が伸びるか分からないので、ある程度固まって行動するように指示。
 一応分体を持たせているし、それぞれの戦闘能力もそこそこあるので大丈夫だろう。きっと。
 仮に攫われたり殺されたりしたら、仇は即座に討てるだろうから大丈夫。

 それで本題のお転婆姫の護衛だが、パラベラムからは俺とカナ美ちゃんと赤髪ショート、それからオーロとアルジェントの五名で、他は騎士の少年と私服に着替えた衛兵達が十数名、といった布陣になっている。
 今までは数十名単位で護衛していたらしいので数はかなり減っているが、まあ、大丈夫だろう。という事で、ぶらりぶらりと歩いて回る。
 表通りだけでなく、裏通りも肩車したお転婆姫の指示に従って探索したりした。
 裏通りでは馬鹿に絡まれたり、ヒト攫いの犯行現場を目撃したり、暗殺者を叩き潰したりと色々あったが、まあ名店やらを発見できたので有意義な一日だったと言えるだろう。

 二日後には完全な休暇が待っているので、その時は単鬼でちょいと、迷宮都市に赴くとしよう。
 迷宮の酒や、まだ出逢った事の無いモンスターに対して募る思い。
 ああ、楽しみだ。凄く、楽しみである。



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