第二章 傾国の宴 腹黒王女編
百二十一日目~百三十日目
“百二十一日目”
遠征組である俺達が≪採掘場≫から≪要塞≫へとランクアップした拠点に戻ってきて一夜が過ぎた。
俺達にも様々な変化があったように、居残り組にも様々な変化が生じている。
なので、最初に現在の状況を纏めていこうと思う。
まず最初は、人材の変化について述べておくべきだろう。
出立前、傭兵団≪戦に備えよ≫に正式に入っていたメンバーの数と種族――俺やミノ吉くんのように進化した者は進化した種族を表記する。実はチラホラと進化した奴も居るのだ――はクマ次郎などのペット達も含めて、
鬼人種:【2】
半鬼人種:【4】
ミノタウロス:【1】
ヴァンパイア・ノーブル:【1】
オーガ:【7】
オーガ・メイジ:【2】
グール:【1】
ドドメキ:【1】
ホブ・ゴブリン:【8】
ホブ・ゴブリンメイジ:【3】
ホブ・ゴブリンクレリック:【2】
ホブ・ゴブリンシャーマン:【1】
ゴブリン:【10】
年寄りゴブリン:【8】
エルフ:【13】
人間:【98】このうち“草”として活動中のため【36】名は不在。
武士コボルド:【2】
足軽コボルド:【10】
下忍コボルド:【3】
コボルド:【12】
老人コボルド:【3】
トリプルホーンホース:【4】
クリムゾンホーンホ-ス:【1】
ハインドベアー:【1】
鬼熊:【2】
オルトロス:【4】
ブラックウルフ:【25】
の229名だった。
これに熱鬼くん達や竜人達といった人間軍から解放した直後に故郷などに戻る事無く入団したいと言って残った入団保留組、
鬼人種:【3】
半鬼人:【5】
ダムピール:【1】
オーガ:【10】
トロル:【1】
レッドキャップ:【3】
竜人種:【4】
半竜人種:【6】
リザードマン:【5】
ドワーフ:【5】
デュラハン:【1】
猿人:【3】
ワータイガー:【2】
ケンタウロス:【1】
の50名を加えた合計279名が拠点を出る前までの団員数だった。現在は熱鬼くん達も正式なメンバーに入っているから、279名が正式な数である。
その為内部での序列には大きな変化が生じているが、まあ、多少の不満は時間などで解決していくつもりである。それに強いモノこそ偉い、という考え方が根元にあるのでどうにかなるだろう。
どうにもならない時は、まあ、その時に対策を決める事にした。それにしても、改めて思うと結構な数が居たモノだ。
で、本題。この正式メンバー279名に新しく産まれたか、あるいは新メンバーとなる、
オーガ・ミックスブラッド:【2】
人間:【14】
ハイ・オーガ:【1】
オーガ:【3】
ゴブリン:【5】
ホブ・ゴブリン:【7】
ホブ・ゴブリンメイジ:【6】
ホブ・ゴブリンクレリック:【3】
ホブ・ゴブリンシャーマン:【2】
ホブ・ゴブリンライダー:【4】
足軽コボルド:【2】
コボルド:【6】
人竜馬:【2】
猿人:【11】
ドワーフ:【5】
レプラコーン:【6】
甲虫人:【7】
甲蟲人:【2】
美花頭女:【1】
ポレヴィーク:【3】
グリーン・マン:【2】
猫妖精:【23】
猫爪兵:【2】
ワーウルフ:【3】
ブラックスケルトン・コマンダー:【5】
ブラックアンデッド・ナイト:【1】
ボルフォル:【1】
ファレーズエーグル:【30】
スタンプボア:【4】
トリプルホーンホース:【3】
ハインドベアー:【1】
の167名を加えて、現在の団員は総数446となっている。団員の全てが戦闘可能ではないが、少なくとも歩兵中隊が二個以上はできる数だ。
なぜこんなにも新規メンバーが増えているのか。それは順を追って説明していこう。
ゴブリンにホブ・ゴブリン、そしてコボルド達が増えたのかについては多く語らなくても良いだろう。オーロやアルジェントに鬼若、そしてニコラがそうだったように、次代の子達が産まれたからだ。
産んだのは大抵人間の女性――オークの集落に居た女性も加わっているので、今回人間が復讐者やニコラと同じ人間の子の六人よりも多くなっているのはその為――であり、ヒトによっては二回出産を経験したモノも居た。産んだ者の中に数名ながら【職業・鬼子の聖母】を獲得したモノもいたので、今後も数は増えていく事だろう。
それもより強力な能力を持った子達が、だ。
ただ、このままの速度で次代の子達を産まれても食糧とか居住区とか装備など色々と困るので、夜の営みの方は抑え気味で行く事に決まった。今はまだ数を増やし過ぎて起こる面倒事の方が多過ぎる。
ちなみにエルフ達は子を産んではいない。エルフ達は孕み難い種族らしいので仕方ないとも言える。まあ、産まれた時は相応の能力を持った個体だと思うので、エルフ達がどんな子を産むのか楽しみである。
今度は人竜馬や甲蟲人などについて。
コイツ等は例の奴隷部隊に所属していた者達が殆どだ。彼・彼女等は一度故郷に帰ったのだが、既に集落自体が潰されていたり、別の場所に部族が移動していたりなどしていた為、自分の居場所を見失った帰郷組がコチラに戻ってきたのである。
ただし中には例外もあって、特に数が多いケットシー達がそれに該当する。ケットシー達はとある山の中に集落が現存していたのだが、二足歩行する猫という外見の愛くるしさから貴族のお嬢様方に愛玩奴隷として飼われる事が多い為、集落単位で保護を求めてやって来たのだ。
元奴隷部隊は二体のキャットネイルだけであり、ケットシーもキャットネイル達も本当はもっと多いのだが、取りあえずパラベラムの様子を確認する為、先行調査員として総数二十五名がやってきたという訳だ。
戦闘力はケットシーはゴブリン、キャットネイルはホブ・ゴブリンと同じくらいなので使える戦力とは言えない。だが手先が意外と器用であるため、拠点の掃除やら雑用やらを任せられるのでそれなりに便利な存在だ。
それと美花頭女だが、実は“あの”ドライアドさんだったりする。本体である俺が拠点を離れている間に、分体オーガの中の一体を【吸性】で吸い尽くさせてミイラにしてみた結果、彼女は【存在進化】したのである。
彼女が成った【種族:美花頭女】は本体である木から一定の範囲しか動けない【種族:ドライアド】の時と違い、頭部に生えた美しい花――ドライアドさんのはピンク色の花弁をもつハイビスカスに似た別モノ――が本体らしいので、【ドライアド】の時と違ってかなり自由に動けるようになった。
なので、現在は拠点にて生活しているのである。というか、俺に責任をとれとの事。
まあ、それは仕方ないので俺も覚悟を決めている。称号【鬼■の権妻】もドライアドさんは得ているしな。
うん、仕方ない。そう言う事にしとこう。
次はブラックスケルトン・コマンダーとブラックアンデッド・ナイトについて。
こいつ等はブラックスケルトン達の可能性を切り開く実験として、大昔から伝わる【蠱毒】的な製法を用いて生み出した個体達である。要するに、ブラックスケルトン系が【存在進化】して成った個体達だ。
こいつ等の造り方は簡単で、まずはそれなりに大きな穴を掘る。そしてその中に俺が拠点を出る前に造り置きしていたナイトやアックスなど数が多い近接型のブラックスケルトンを二十体ずつ入れ、希少で生成するのが少々面倒なブラックスケルトン・サモナーを一体放り込む。
そして穴から出てこないように蓋をして、その中で潰しあいをさせたのだ。
一つの穴に入っているブラックスケルトンは二十一体だけなので互いに潰し合わせても二十体しか倒せない事になるが、穴の中にはスケルトン以上ブラックスケルトン以下な戦闘能力を持つグレースケルトンを召喚するという特性を持ったブラックスケルトン・サモナーが居るので、ブラックスケルトン・サモナーは最後まで殺さずに放置するよう命令しておけば、後は勝手に殺すべき獲物が供給されていく、という寸法である。
まあ、グレースケルトンはブラックスケルトンよりも弱いので美味しいと言えるほどの経験値は入らないが、それでも数をこなせば経験値はそれだけ入る。それにブラックスケルトン達の性能は基本的に互角なので、倒した時は結構な経験値を得られるから、効率は悪過ぎる程ではない。
そしてこの実験の成果として、ランクアップした六体がブラックスケルトン・コマンダーとブラックアンデッド・ナイトとなった。
それぞれの特徴を簡単に言えば、ブラックスケルトン・コマンダーはその名に【指揮官】とあるように、コマンダーと成った事で使えるようになった【下位スケルトン生成】を駆使して手下となる黒骨精鋭兵達を生成し、それを操った集団戦を得意とする少し豪華な装備のブラックスケルトンだ。
部下を使った集団戦もさることながら、個の戦闘能力は普通のブラックスケルトン三体分に匹敵する。
簡単に言えばブラックスケルトン・サモナーの特性を持ったナイトなどの上位種、といった所だろうか。
次はブラックアンデッド・ナイトについてだが、ブラックアンデッド・ナイトはブラックスケルトン・コマンダーと違って【下位スケルトン生成】などを保有していない。群れを率いる能力は全く無い。
それ故か、単体としての能力が非常に高い。
身の丈は平均的なオーガを越える三メートルほどもあり、腕は何と左右四対――普通の腕と腋下から一対、そして背中から二対の長腕が生えている――の総数八本。二つある巨大な頭骨の虚ろな眼窩には血のように赤く輝く球体が浮かび、骨と骨の僅かな隙間から噴き出す黒いオーラ的な何かで全体を包んで、そしてとにかく全体的に太い。
スケルトン系は基本的に骨だ。皮肉をこそぎ落した骨である。動く骨だから隙間が多い、隙間だらけだと言っていい。斬撃系の攻撃に強く、打撃系の攻撃に弱いのは骨だけだからだ。
しかしブラックアンデッド・ナイトになった事で、殆ど隙間が無くなっていた。筋肉や皮膚のように、分厚く太く頑丈な黒骨で身体を隙間無く構築している為だ。その頑健な構造は、スケルトンの弱点と言えた打撃攻撃さえ克服してしまっている程である。
それに加え、実体の無い生体防具――黒いオーラ的な何か――により、スケルトン時代から持っている斬撃系の攻撃に対する耐性は勿論、新しく得た打撃系の攻撃に対する耐性はより強化されているらしい。しかも黒いオーラ的な何かは魔法系の攻撃に加え、アンデッドの弱点である陽光などに関しての耐性すら与えてくれる優れモノらしかった。
陽光の下でも大きな能力の低下はあれど、浄化されて消滅する事は無かった。個体として、かなり優れている。
少なくともブラックスケルトンならば十数体、訓練した大鬼でさえ五体までなら同時に相手にしても拮抗、あるいは一方的に血祭りにする程度には。
ブラックアンデッド・ナイトの特徴とも言える八本の腕によって七個の生体武器――【刃壊しの魚骨大剣】、【生贄殺しの大長鉈】、【粉砕する鉄棘星】、【右方の城壁盾】、【左方の城壁盾】、【鉄蠍の長槍】、【合成構材の大弓】――を巧みに駆使するだけでも驚異的であり、二つ並んだ頭骨による広範囲の視認を可能とする構造は死角が狭く、全体的に隙も少ない。
ランクアップする前なら喰えば何かしらのアビリティを得られただろうが、現在は多分数体は喰わねばならないので、増えるまで待つ事にした。本体である俺が帰ってきたので、数を揃えるのは簡単だろう。
ちなみに、ブラックアンデッド・ナイトになったのは訓練官役をやらせていたブラックスケルトン・ナイトであり、どうも生成されてから長い時間を過ごした為か少々知能が高くなっているらしいので使い勝手がいい。
それに二つの頭骨の右眼窩を中心とした特徴的な十字傷――確かミノ吉くんとの訓練が原因だったはずだ――があるので、分かり易くする為に“傷付いた顔”とでも呼ぶ事にした。
ふむ、使い勝手のいい手駒が増えるのは良い事だ。
最後にスタンプボアなどだが、アレ等は新しく加わったホブ・ゴブリンライダーが能力によって“飼い慣らし”に成功し、ペットとなったモンスターだ。
人員についてはこんなモノだろうか。
今度は拠点について、簡単に説明したい。
現在の拠点は居住区となっている≪元採掘所≫に加え、新たに≪外部訓練場≫≪農地≫≪牧場≫≪工房≫≪治療院≫≪温泉施設≫の六つが周囲に増設されている。
≪外部訓練場≫はメンバーの数が増えた事もあるが、なにより広い空間でもっと大規模な実戦訓練がしたいと思ったので造った区画だ。
縦三百メートル横二百メートルほどの広さがあり、その中にあった木を伐採して平たく整地した。悪天候時や大勢での戦い方など、コレでよりやり易くなっている。
≪農地≫はそのまま野菜などを育てている空間である。
これにはドライアドさん――いや、今後はドリアーヌさんと呼ぶべきだろう――や、農業に関して種族的に非常に優れている農業小人、葉と枝でヒト型を構築した精霊に近い種族グリーン・マンなどに加え、人間の【農夫/農婦】持ち達によって管理され、現在の傭兵団員の食糧供給源として大いに活躍してくれていたりする。
それと農業を通して分かった事だが、土精石などを併用する事によってドリアーヌさん達の能力は大きく上がり、短期間で様々な作物が得られるようになった。
そしてそれだけでなく、≪農地≫に植えられているジャガイモに似た別モノなどこの世界特有の野菜や植物自体の効果とか成長力などの強化もできるという事が判明している。
精霊石は現在ドワーフ達の鍛冶や生活用水などにも用いられていたりと、生活を色々と楽にしてくれている。何度も思うが、精霊石を得る切っ掛けになったベルベットには本当に感謝してもしきれない思いを抱かざるを得ない。
南無南無。と祈りを捧げた。
人数が増えた事によって消費される食糧が増加している現在、精霊石が無ければ少々面倒な事になっていたのは間違いないのだから。
いや、本当に精霊石は万能ダナー。
≪牧場≫はペット達を放し飼いにする空間であり、また食用になるモンスター達を捕獲して数を増やす為のモノだ。コレはまだ成果が出るまで時間がかかるから、今後に期待といった所だ。
ちなみにクマ次郎とクロ三郎など、俺達のペット達は元気に走り回っている。
≪工房≫はドワーフ達やレプラコーン達が作品を制作する事に集中できるようにしたモノである。
革・布系の優れた防具や衣服などを造ってくれるレプラコーンはともかく、ドワーフ達の鍛冶には大きな音が生じてしまうので、騒音被害を少なくするために増設したと言う訳だ。
それにドワーフ達が求める本格的な炉を造ろうと思ったら、炉が暴走した時の為に少々離れた所に設置した方が無難だからでもある。
ちなみに炉は火精石と風精石を幾つも使用しているので、造る品々には自然と精霊の力が宿るようになったらしい。思わぬ結果だが、好都合だ。
≪治療院≫は名前通りに訓練時に負った怪我や病気を治す場である。
ココはセイ治くん率いる医療部隊≪プリエール≫の部隊員が常時待機している、というか≪プリエール≫の部隊員部屋のような場所となっている。俺にそのつもりはなかったのだが部隊員専用に思える為か、他の部隊から不満がちらほらと。
その為現在は他の部隊の専用室をそれぞれ建設中だ。全く、と増えた手間に嘆いてみるが、拠点が拡張すれば色々とできる事もあるし、どうせ数が増えればやらなければならない事なので仕方ないと思っている。
最後に≪温泉施設≫について。
コレは主にエルフ達から金品などを巻き上げるためのモノだ。というか、旅館のようなモノを経営してみたかったから、という趣味の部分が大部分を占めている。もちろん他の理由もあるが、一先ずそれは置いといて。
現在では接待などの改善によってかどうかはともかく、俺達の温泉はエルフ達に浸透し、わざわざ毎日数キロを移動してくるリピーターまでいるので、当初予想していた利益を上回る盛況ぶりである。
本当はもっと他種族に宣伝できればいいのだろうが、この森ではエルフ達くらいしか標的がいないので仕方がない。オークは俺達のせいでいなくなってしまったし、まだチラホラと残っているコボルド達は俺達を警戒して近づかないのだ。
とまあ、大きな変化はこんなモノだろう。
今日は新しい施設をカナ美ちゃん達にも見せて回り、昼には久しぶりに団員と手合わせを行った。
下半身が竜と馬を混ぜた竜馬で、上半身が人間といった外見を持つ種族――人竜馬。
頭髪の一部が触角のような形をし、四肢と上半身の一部に強固な外骨格を持った甲虫人や、全身を外骨格で覆った甲虫人の上位種である甲蟲人。
それにゴリラや狒々に似た猿人達など、新しいメンバーは今まで戦った経験のない種族が多かったのでそれなりに楽しめたが、やはり分体を使って訓練していた雷竜人達やボス猿達の方が手応えがあった。
分体で既に確認していた事だが、順調に強くなっているのだと再認識。
それと俺が団員達と手合わせしている間に赤髪ショートは【師匠】である鈍鉄騎士と手合わせしていて、以前よりも強く成れていた、と終わった後に喜びながら報告してきたのには、少々笑みがこぼれたがコレはどうでもいい話。
訓練が終わった後は≪工房≫にある専用作業区画に置く物資の整理と整備をしていた鍛冶師さんと錬金術師さんの所を回り、訓練に参加させていた子供達と戯れ、赤ん坊であるニコラを抱っこし、規模が大きくなり人材も増えた調理場にて指揮をとっていた姉妹さん達の所に出向いて手伝いをし、晩飯を喰った後は自室の模様替えをした。
とはいえアイテムボックスに入れているので、置きたい場所に取り出して設置すれば完了なのでそう時間はかからなかった。
まあ、有意義な一日だったと言えるだろう。
寝る前に月が綺麗だから夜空のデートに行きましょう、とカナ美ちゃんに誘われたので二人でデートに行ったのは秘密である。
本日の合成結果。
【錬鉄の外殻鎧】+【不破の城殻】=【不破の鎧城殻】
【高速治癒】+【高速再生】+【強靭なる生命】+【巨人族の常識外な生命力】=【超速再生】
【同族殺し】+【鬼殺し】=【鬼殺す鬼軍の僭主】
【山の主の咆撃】+【黒鬼の咆哮】=【黒使鬼の咆撃】
【剛毛ノ守】+【強靭な骨格】+【山の主の堅牢な皮膚】+【巨人王の血肉】+【巨人王の骨格】+【黒鬼の強靭なる肉体】=【理外なる金剛の力】
“百二十二日目”
寒さの残る早朝、俺はジャッドエーグルの素材から造った二番目の外骨格[翡翠鷲王の飛翼]を装着し、天高くを飛行しながら単身でミノ吉くん達第二グループが居る場所に向かっていた。
どうやらミノ吉くん達は派生迷宮最深部に出現するボス狩り合宿を終了し、ダンジョンから出る為に地上に向かっていたのだが、どうもその途中に出逢った他の冒険者達に『ボスが最奥から出てきた。それも普通じゃないミノタウロスが』と勘違いされてしまったらしい。
そりゃ、ミノ吉くんと種族の枠は同じ【牛頭鬼】がボスとして出る迷宮で、【牛頭鬼・新種】になってしまったミノ吉くんが出歩けばそうなる可能性もあるだろう。
そんな簡単な事をミノ吉くん達は騒動になるまで考えておらず、実は俺もうっかり失念していた。
アス江ちゃんとかが居るから大丈夫だと思っていたのだが、迷宮が予想よりも複雑な構造をしている事に加えて遭遇した冒険者達の逃げ足が速かったらしく、アス江ちゃん達が事情を説明する前に逃げ帰ってしまったそうだ。
他にも何グループかとすれ違ったが、姿が見えた瞬間に逃げられたそうな。ミノ吉くんなら余裕で追いつけたそうだが、それをすると話し所ではなさそうだったので追いかけなかったらしい。
そんな訳で、このままではヤバいかも、と判断したミノ吉くん達はどうしようもない状況になる前に俺に連絡してきたので、俺はイヤーカフスを介してミノ吉くんとは別行動をしていた為地上に残っていた他のメンバーに待機を命じ、問題を素早く解決する為に俺自身が赴く事にしたという訳だ。
正直ミノ吉くんを迷宮内部の何処かに待たせて、アス江ちゃん達だけで外に出てギルドに事情を説明するか、もしくは外に居る残りのメンバーがギルドに説明すれば解決しそうなものだが、話を信じてもらえない、という事もあり得なくもないための判断だ。
幸いな事にお転婆姫から貰った【王認手形】が手元にあるので、この問題は解決できるだろう。とは言え、他の都市ならばともかく色々と複雑な迷宮都市内部で【王認手形】がどこまで役に立つのかは未知数な部分もある。
他の都市なら問答無用――当然王国内限定だが――で解決できたが、迷宮都市だからなぁ。
ダメな時は、まあ、最悪【病魔を運ぶ黒の使徒】を使って都市一つを潰すつもりで行くべきか。
……案外、悪くない案だ。
迷宮都市だからそこそこ喰いごたえのある冒険者も多いだろうし、城壁に囲まれた拠点も手に入る上に天然の“訓練場/迷宮”もある。
が、まあコレは最終手段としとこう。
ミノ吉くん達は今日の昼には外に出れるらしいので、その前に事を片付けたいものだ。
などと考えていると、ミノ吉くん達がいる迷宮都市“グリフォス”には、かなりの速度で飛んでいたので一時間もかけずに到着できた。
飛んで中に入ってもよかったが、出る時に俺が何処から入ったのか疑問に思われても困るので、正面から正式に入る事にした。中年の門番に【王認手形】を見せると、余計な時間を浪費せずにすんだ。
迷宮都市“グリフォス”に入ってすぐに待機を命じていたミノ吉くん達とは別に行動していた五人と合流し、迷宮都市の中を歩いて行く。時間はまだ朝だが迷宮都市らしく活気があり、しかしどこか暗い雰囲気が漂っていた。
【盗聴】してみると、やはり暗い雰囲気の原因はミノ吉くんらしい。まあ、仕方ないさ。という事で進む速度をやや上げた。
歩く事数分、最奥から登ってくる≪見た事の無いミノタウロス/ミノ吉くん騒動≫の対策で慌ただしく人が行き交っている≪総合統括機関≫――三階建で三軒くらい幅がある立派な建物――に到着したので、その正面出口から入り、五月蠅かったので一瞬だけ【黒使鬼の威厳】を発動。
途端雑音が消失し、結構な数の人間が気絶し崩れ落ちた周囲を見回していると、俺に意識が集中するのが分かった。恐怖の度合いが強い視線を無視し、ギルドの従業員を呼ぶ。
顔を青くして震えながら近づいてきた猫耳尻尾な中年男性に対し、≪総合統括機関≫の最高権力者であるギルドマスターを呼ぶように頼んだ。
猫耳なのに脱兎の如き勢いで中年男性がすっ飛んでいったので、団員達と近くにあった椅子に座って雑談しながら待つ事しばし。先ほどの中年男性が戻ってきて、奥の部屋に通された。
奥の部屋は豪奢だが品の良い部屋で、迷宮から発掘されたのだろうマジックアイテムが所々に飾られている。結構金のかかった応接間だ、と思われる。
出されたコーヒーのような飲み物に口をつけて待っていると、予想よりも遥かに若い四十代くらいの少々腹の出た小男と、眼鏡をかけた秘書風の女性が入ってきた。小太りの小男が対面のソファに座り、秘書風の女性がその背後に立つ。
自己紹介をした所、どうやら小太りの彼がココのギルドマスターであるらしい。以前立ち寄った迷宮都市“パーガトリ”のギルドマスターは老人だったので、てっきりもっと年老いた人がギルドマスターをするのだと思っていた。その為少々驚いたが、それだけやり手という事なのだろう。
ギルドマスターとの世間話もそこそこに、俺がココに出向いた要件を説明した。登ってきているミノタウロスは俺の仲間なので、そんなに警戒しなくても大丈夫だと。そういった話だ。
少々疑われ気味ではあったが、最後には納得してくれた。
が、どうやら少々遅かったらしい。
登ってくるミノ吉くん達を討伐する為に、この都市でも腕利きの冒険者パーティー三つの計十八名が≪連結部隊≫となって潜ってしまったらしいのだ。
ミノ吉くんの誤解はギルドマスターとの話し合いで半分解決している――残り半分は証明していない為――が、潜ったレイドパーティがミノ吉くんに惨殺されると少々面倒事になる。
迷宮内部では基本的に『モンスター以外の殺しは御法度』らしく、もし殺しが発覚すれば相応の罰が待っているそうだ。
今回の場合はかなり微妙――レイドパーティはミノ吉くんをモンスターとして認識している為――な話だが、ミノ吉くん達がレイドパーティの構成員を殺害すると普段よりも軽いがペナルティが発生する。一定期間ギルドで無償で働くとか、危険な場所にある素材の回収など、ペナルティは色々あるらしいが。
まあ、決まりならば仕方ないと納得はできないが理解はできた。
しかし逆に、レイドパーティがミノ吉くん達を殺してもペナルティは発生しない、というのは業腹である。
なんとも理不尽な話だが、ギルドマスターによるとミノ吉くん達の認識が問題なのだそうだ。
文句は当然あるが、世の中だいたい理不尽なので仕方ない。
俺の本心としては冒険者達を殺して装備類を奪ってしまいたいのだが、仕方ないので殺さない様にミノ吉くん達に指示を出す。気絶させて、殺さずに持ち帰らせて、装備類を少々頂戴するくらいで我慢する事にしたのだ。
うむ、装備類が幾つか紛失していても、事故なので仕方がないんだ、コレは。という事にした。
そうだ、仕方ない事なのだ、と予防線を張っておく。
その後書類上の色んな手続きを終えると、ギルドマスターにちょっとした商売――森で採れる素材は案外高値で売れるのだ――をしながら時間を潰し、予定通り昼にミノ吉くん達が外に出てこれそうだ、と連絡があったので出迎える事になった。
俺達は迷宮の入り口で待っていたので、ミノ吉くん達とは出た瞬間に再会した。
周囲には俺が説明した事が事実かどうかの確認の為に小太りのギルドマスターとその女秘書、そしてその護衛である冒険者とギルドお抱えの戦闘要員が三十名以上居る。
だが、今のミノ吉くんと対峙するには少々心細い数と言えるだろうし、それに実力も足らないようだ。出てきたミノ吉くんを見て、全員が無意識の内に後ずさっている。分からなくもないが、強面の屈強な男達がそんな行動をするのは少々頼りなさ過ぎた。
ちなみに周囲のギャラリーはミノ吉くんが出てきた瞬間に一気に距離をとって、かなり遠くから見物していたりする。混乱はあるが恐慌は起きていないのは、流石は迷宮都市の住人といった所だろうか。
しかしそれにしても、カフスを介して知っていたが実際にミノ吉くんを見て改めて思う。
デカイな、と。
現在の俺の二倍以上ある五メートルサイズのミノ吉くんは、見上げねば顔が見えない。
見上げねばならない程の巨躯、というのはそれだけで周囲を威圧する要因となるし、その大きさだけでなく、身体の部位ごとに見てもかなり派手だ。
バチバチ、ボウボウ、と呼吸するたびに小さな雷炎が大きな口から零れ出ているし、黄金色の体毛に覆われた下半身は時折バチバチと黄金雷を纏っている。筋骨隆々の上半身の色は以前と変わらぬ赤銅色だが、そこに黒と黄金色で描かれた俺と似た刺青が追加されているなど、【加護持ち】とか【新種】だから多少仕方ないとは言え、目立ち過ぎる。
そしてそんなミノ吉くんの肩に担がれて呻いているレイドパーティ御一行とか、結構、いやかなりシュールな光景だった。
ミノ吉くんと体格的に見合ったアス江ちゃんが隣に居るのも、より一層独特な雰囲気を醸し出す要因になっている。
とまあ、こんな感じで。レイドパーティの構成員は火傷や複雑骨折や四肢欠損など重軽症者多数だが、取りあえず死んでいないし治療したので、ミノ吉くん達はペナルティ無しとなった。
俺が治療したレイドパーティの一部は何やら言ってこようとしたが、取りあえず眼と眼でお話しをして黙らせた。あとギルドマスターによる仲介もあったので問題無し。
闇討ちとかしてくるつもりなら、その時は美味しく頂けるのでむしろ望む所である。
その後用事はなくなったので、ミノ吉くん達にはそろそろ拠点に戻ってくるように言っておく。
俺はさっさと帰るが、ついでにミノ吉くん達が収集したアイテムのほぼ全てを回収した。外に持ち出すには【王認手形】を使ってもかなり面倒なので、その対応である。
いや、それにしてもミノ吉くんが【御霊石】を獲得するとは、本当にイイ奴だよなと思う。
うーむ。それにしても、この【御霊石】はどう使ったら一番イイのだろうか。それが問題だ。
銀腕と合成するのが一番良いのだろうか? それとも喰った方がいいのだろうか? マジックアイテムの素材にするのがいいのか? よく分からん。
とりあえず、もっと情報を収集してから考える事にして、アイテムボックスの中で保管する事になった。
本日の合成結果。
【貫く暴雨の左腕】+【轟く雷霆の右腕】=【響く雷雨の両腕】
【重撃無双】+【連撃怒涛】+【強打乱舞】=【肉潰す怒涛の破拳】
【聖十字斬り】+【十字斬り】=【聖十字斬り・改】
【静寂の突き】+【刺突】+【鎧通し】=【無音の破突】
【嵐風】+【断風】=【嵐風・改】
【気刃斬り】+【重斬撃】=【気刃斬り・加重】
“百二十三日目”
今日は午前訓練が終わった後、遅くなってしまったが約束通りにカナ美ちゃんによって生成してもらった増産グール――俺が持つ【下位アンデッド生成】より優れた【中位アンデッド生成】によって生み出されたグール達にはそれぞれに各個とした意志があったが、絶対服従しているカナ美ちゃんの命令一つで自殺していくので手間がかからない――の屍肉を大量に喰らいつつ、蠱毒製法によるブラックスケルトン強化固体生産作業に勤しんだ。
七時間に及ぶ休み無しの作業――生成した個体数は三千体くらいだろうか――によって、ブラックスケルトン・コマンダーが十三体、ブラックアンデッド・ナイトが四体、そして新たに下半身が黒骨馬というケンタウロスのスケルトンバージョンと表現するのが妥当な外見をしたブラックスケルトン・ホースソルジャーが六体誕生した。
誕生して早々ではあるが、今日出来上がったブラックスケルトン・コマンダー十三体全てと、ブラックアンデッド・ナイトはスカーフェイスを除いた四体全て、そしてブラックスケルトン・ホースソルジャーも四体喰ってみた。
【能力名【魂魄喰い】のラーニング完了】
【能力名【腐臭耐性】のラーニング完了】
【能力名【黒き不死族の騎士衣】のラーニング完了】
【能力名【黒骨軍の司令官】のラーニング完了】
【能力名【不死騎士の因子】のラーニング完了】
グールは八十体を越えるくらい喰ったはずだが、得られたのは二つだけだった。
とはいえ欲しかった【魂魄喰い】が得られたのでよしとしておこう。
そして喰った後はブラックアンデッド・ナイトであるスカーフェイスとブラックスケルトン・ホースソルジャーの残った二体を【骨結合】と【合成】を使って改造してみた。
そしてとんでもないモノが出来上がってしまった。
ケンタウロスのスケルトン版であるブラックスケルトン・ホースソルジャーの人間のような上半身だった部分は竜頭を模した形に変更し、この世界に実在するらしい竜馬のようになったそれらを【合成】――八脚二頭で隙間の少ない黒骨の竜馬が完成した。
そしてその上に下半身を取り除いたスカーフェイスを【合成】し、下半身の黒骨を使って竜馬の改造を更に行い、それでも足りなければ予め保管していた黒骨を流用していった。
竜馬の胴体の側面からは六対の副腕が生えるようになっただけでなく槍型の生体武器も出るようになり、全身から噴出する黒いオーラ的な生体防具で護りも堅い。
現在のスカーフェイスは【冥界の竜骨騎士】といった感じになっている。
黒骨竜馬の下半身にブラックアンデッド・ナイトの上半身といったその見た目は強烈で、なにより巨大だ。高さは少なくとも四メートルかそれ以上となっている。それに竜馬の下半身である為機動性にも優れ、八本腕の上半身と竜馬部にある六対の副腕の攻撃は複雑怪奇で、隙が無い。
スカーフェイスをより強くできたようだった。
ふむ、これはいいかもしれない。
改造は思ったよりも楽しかったので、今度は巨人達を【存在進化】させてみるのも良いだろうな。
そう言えば、【下位アンデッド生成】と【下位巨人生成】を一度に使えばどうなるのだろうか。
巨人のスケルトンが生成できるのだろうか。
気になるが、今日は眠かったので寝た。
“百二十四日目”
訓練を終えて昼飯を喰っていると、ミノ吉くん達が帰ってきた。
そして帰ってきて早々、ミノ吉くんが手合わせを所望してきた。コチラも進化したミノ吉くんの事が気になっていた故に、拒否する筈もない。
突貫工事で専用の闘技場を形成し、久しぶりに手合わせをする事になった。
■ ■ ■
神秘なる森“クーデルン大森林”。
四人の勇者を保有する“シュテルンベルト王国”と、十二人の英勇を保有する“キーリカ帝国”の国境の端に存在するこの森は、千二百年前に【存在昇神】し【深緑の亜神】へと至った【妖精王】グフスト・ゲナハ・マステラが産まれ、生きて、そして死んだ場所である。
その為千二百年が経過した今もグフストの【存在昇神】時に発散された【神力】の効力が“クーデルン大森林”には残っており、人間よりも自然に対する感受性の高いエルフ達は他の森とは格段に違う居心地の良さから身を寄せ合い、平和に暮らしていた。
つい最近はとある事情から王国と帝国の連合軍によってエルフ達は侵略を受けたが、同じく大森林に生息する鬼達の助けによってそれを退ける事ができ、今は平和を取り戻している。
ただ今もその時の戦の傷痕は大森林の所々に刻まれているのだが、【深緑の亜神】の【神力】がまだ残るこの森の木々の成長は他よりも断然速く、数ヶ月もすれば傷痕は森に呑まれて消えていくだろう。
そんな森の一角。
そこに傭兵団≪戦に備えよ≫の本拠地が存在した。
太陽が頂点近くにまで登った頃、平らに整地された≪外部訓練場≫にある縦二十メートル、直径百三十メートルの円柱状に陥没した穴――大昔に実在した国ローマの円形闘技場に何処となく似ている――の中で、二体の鬼は対峙していた。
一方の鬼は朱槍【餓え渇く早贄の千棘】を肩に担いだ、銀腕と三本角が特徴的な黒い使徒鬼であるアポ朗――真名・夜天童子。
その正面で鬼気を漲らせているのは、霊斧【霊焼の免罪斧】と霊盾【雷炎牛鬼の城盾】を構えた新しき牛頭鬼であるミノ吉――真名・雷炎牛皇。
ピリピリと独特の緊張感を漲らせている両者が浮かべているのは、やけに好戦的な笑みだった。
「ミノ吉くんと闘うのも久しぶりだな。それにしても、随分強くなっているみたいだ」
「そうダナ、己は迷宮の底で同種ト戦い、力と技を得タ。以前よリモ強くナっているダロウ。そしてそノ全てはアポ朗、お前ヲ倒し、対等になルタメだ」
「俺と対等、に?」
「そうダ。己はアポ朗と対等にナリ、真の友とシテ在りタイ。その為ニ、力を得タのだ」
両者が交わす言葉。
ミノ吉が放つ言葉に嘘偽りは無く、本音なのだと聞く者に理解させる力強さがあった。
アポ朗は真っ直ぐ向けられた好意の気持ちに気恥ずかしくなったのか、微妙に表情を動かし、ポリポリと銀腕の指で頬を掻く。
「そ、そうか。んじゃやる気満々らしいし、話はここらで止めて、始めようか」
一度呼吸を整える事で気持ちを整えたアポ朗は、中腰に構えた朱槍の穂先をミノ吉の心臓に向けた。
それに対し、ミノ吉は以前とは形が変化している巨大な斧と盾を構え、返答。
「いつデモ、構わン。たダシ」
「ただし?」
「今度こそ、己が勝ツ!!」
「ハハ、良いね面白いッ。なら、まずは俺の全力を出させてみろッ」
得難き心友に向けて、最高の笑みを交わす両者。
そして闘いは、ミノ吉の咆哮によって始まった。
「■■■■■■■■■■ッ!!」
それは爆発のように攻撃的な咆哮だった。
周囲の土石がハッキリと波立つ程の桁外れな音量で、心の弱いモノはただ一声によって失神し、耐えたとしても一時的に動きが鈍くなる。力量が違い過ぎると恐怖のあまり死んでしまうかもしれない、そういったレベルの特殊効果を持った音撃。
それにアポ朗は、同じ咆哮でもって反撃する事を選択。
脳内に浮かぶ様々なアビリティの中から、【黒使鬼の咆撃】を選択して発動させ、咆えた。
「■■■■■■■■■■ッ!!」
本来ならばミノタウロスであるミノ吉の方が、咆哮対決では容易く勝利したはずである。
鬼人種であるアポ朗では身体の構造的に出せる音量には限界があり、【咆哮】を一種の攻撃として扱うミノタウロスに勝てるはずが無かった。
しかしアビリティ【黒使鬼の咆撃】はそんな常識を打ち破り、本来ならどんなに頑張ったとしても出せないはずの音量をアポ朗に与えていた。
雷鳴のような咆哮だった。
両者の咆哮が衝突し、打ち消し合い、逃げ場を失ったエネルギーによってアポ朗とミノ吉の丁度中間点となる地面に横一線に亀裂が走る。
【竦み】や【畏怖】といった様々な精神と肉体を犯す状態異常を聞いた者に付与する不可視の攻撃のせめぎ合い。
アポ朗とミノ吉の戦いを遠くで見学していた他の団員達はその余波だけで気絶してしまう者が五割、動けなくなったモノが四割にまで達している程だった。
しかしこんなモノはアポ朗とミノ吉からすればただの挨拶でしかなった。
アポ朗とミノ吉、ともに一切の状態異常が発生していなかった。
両者の攻撃は相殺し合い、その本来の効果を発揮しなかったからだ。
「ブモォォォオオオオオ――」
咆哮を止め、ミノ吉が動く。
気合いの雄叫びを上げながら、ミノ吉が黄金牛の頭が描かれた盾を前面に突き出し、戦斧を肩に担ぎ上げてアポ朗へ突進する。ミノ吉の巨躯ゆえにアポ朗からすれば巨大な壁が迫るように見えただろう。
しかしミノ吉の攻撃はアポ朗からすれば見慣れた攻撃であり、知っている軌道であり、熟知している技だった。
ミノ吉の攻撃は単純にして強力な、誰でもないアポ朗が教えてミノ吉がよく使う得意技だったからだ。
技といっても突進して距離を詰め、敵の攻撃を盾で防ぎ、そのまま押し込んで体勢を崩して、最後に斧の振り下ろしを繰り出すだけという簡単なモノ。盾と斧を装備し訓練すれば誰でもできるようになる基本技。
だからアポ朗は対処法も攻撃軌道も熟知している。
ただしミノ吉のそれはアポ朗が知っているモノと速度が違い、重さが違い、威力が違い、規模が違った。
アポ朗の視界の中で起きる様々な事変。
ミノ吉の黄金毛に包まれた下半身からバチバチと黄金雷が迸り、巨大な蹄が地を踏み砕いてその巨躯を前方へ押し出す。その様はまるで砲撃のようだった。
そして肩に担がれた斧頭から白炎が噴出し、疾走速度を跳ね上げる。まるでブースターのように、ミノ吉の巨躯が爆発的に加速する。
ミノ吉によって引き裂かれた大気――発生した衝撃波――音速を越えた証明――周囲に撒き散らされる破壊の嵐――揺れながら伸びる光の尾――黄金雷と白炎の軌跡。
ミノ吉の疾走速度は音速を越え、その先へ。音を置き去りにして、アポ朗に迫る。
加護の力を得た事とミノタウロスとなったが故に、使えるようになったミノ吉の最速の一撃。
(思っていたより、断然速いッ)
現在、使徒鬼・絶滅種が備えた優れた知覚能力を【並速思考】によって更に加速させているアポ朗は世界を限りなく遅く動くモノとして感じている。
ライフル弾程度なら殆ど止まっているように見えるだろうアポ朗の認識世界の中で、ミノ吉の巨躯は異常なまでの速さで動いた。
両者の間にあった二十メートル程度の空間はたったの数歩と刹那の間に埋め尽くされ、その巨躯が間近に迫り、轟、と勢いよく振り下ろされる斧――全てを叩き砕く殲滅の斬撃。
まるで巨大な岩塊が落下してきたようなそれを、アポ朗は咄嗟に朱槍【餓え渇く早贄の千棘】を傾けながら受け、頭上に迫った一撃を横に流す事に成功した。
斧と朱槍が衝突して耳障りな異音が響き、火花が飛び散り、そして朱槍と触れた斧頭から吹き上がった白炎による範囲攻撃が猛威を振るう。
白炎によってアポ朗の頭部が一瞬埋め尽くされ、しかしそれも一瞬だけの事。
頭部を白炎で焙られつつも斧本体は横に流しす事に成功しているアポ朗は、斧の衝撃によって両腕の骨肉をギシギシと軋ませ、僅かながらに流しきれなかった圧力で足場が陥没して踝までが地中に没しながらも生きている。
もしアポ朗が朱槍ではなく鍛冶師さんのハルバードを装備していたのなら、今のように流す事はできず、ただ一撃で叩き斬られていただろう。朱槍だったからこそ、壊される事無く最後まで力を横に逸らす事ができたのだ。
以前とは桁違いな攻撃に、アポ朗は驚愕すると共に興奮していた。
(ハハ、最高だ、最高だよミノ吉くんッ)
朱槍によって軌道を逸らした斧は止まる事無く地面に着弾。
深々と斬痕を刻み、その衝撃で周囲に飛び散る土石弾がアポ朗の身体に衝突。
土石弾は特に何もせずとも皮膚で弾かれ、アポ朗は痛みも感じていない。
ダメージを受けなかったアポ朗は即座に反撃に転じようとし、しかし斧頭から噴き出した黄金雷と白炎が斬痕の周囲を黒く焼き焦がして破壊範囲を拡張した事によって、一瞬驚愕により動きが鈍る。
現在ミノ吉が持つ【神の加護】は三つ――【炎の亜神の加護】、【戦乱の亜神の加護】、【雷光の神の加護】――であり、この黄金雷と白炎は【炎の亜神】と【雷光の神】の加護によって使えるようになった攻撃だ。
ただ、アポ朗もレッドベアーを喰った事により【炎の亜神】の加護は持っているが、アビリティの重複発動による強化をしてもココまで強力な炎攻撃を繰り出すのはちょっと難しい。
そんな攻撃をなぜミノ吉が繰り出せるのかというと、それには勿論理由があった。
ミノ吉がこれほど強力な雷炎を使用できるのは、【ミノタウロス・新種】と成った時に得た『斧攻撃時の全ての威力を大幅に上昇させる』などの効果がある固有能力【斧滅なる者】と、『雷炎攻撃時の威力を大幅に上昇させる』などの効果がある固有能力【神殺しの雷炎】を得たからだ。
それにミノ吉の愛斧である【霊焼の免罪斧】が持つ固有能力の一つ【燃え散らす罪火】が、元々強力な炎熱属性だった事もその要因だろう。
アポ朗と同等として在りたいと願ったミノ吉が得た【力】、それが今如何なく発揮されていた。
普通ならこの一撃で決着がついた。
強烈な斧の一振りを防がれていようが避けられようが、広範囲を強引に薙ぎ払う黄金雷と白炎の二種類の攻撃は敵を殺害するのに余りある威力を誇る。そもそも斧の一撃だけで十分過ぎる程強力だというのに、だ。
今のミノ吉の攻撃を防げるのは、現在のパラベラムではアポ朗以外存在しない。
【詩篇】の主要人物として優れた能力を誇る復讐者ならば、先の斧の一振りを防ぐ事は何とかできたかもしれない。しかしその後に襲いかかる雷炎を防ぐ術を復讐者は持ち合せておらず、吹き上がる雷炎により殺害されるか、運がよくでギリギリ死んでいない状態で地面に転がっただろう。
仮に斧は防げても、その後に待ち構える雷炎はあまりにも凶悪過ぎた。
しかしアポ朗は【雷電攻撃無効化】を有していたため、迸った黄金雷で身を中から焦がされる事はなかった。黄金雷が幾ら強力だったとしても、【雷電】を使用した攻撃である以上アポ朗に効果は及ばない。
が、【炎の亜神の加護】や【炎熱耐性】をもっていても、超高熱である白炎を完全に無効化する事はできなかった。無効化するまでの能力が無かったのだから当然だ。
アポ朗の頭髪は白炎に焼かれ、頬や頭部の一部が爛れた。
肉の燃える臭いがして、左の眼球が弾ける音がする。
片眼を潰された痛みで顔を顰めながら発動される【超速再生】――爛れた皮膚はまるで逆再生するかのように癒えていく。
燃やされた皮膚や眼球は瞬きの間に再生し、行動を阻害するような損傷ではなくなり、攻撃を防いだアポ朗は反撃に転じた。
「相手だけでなく、戦域全体にも意識を向けろ」
普段の癖で助言をしつつ、アポ朗はミノ吉の背後に水球と土槍をそれぞれ十個形成、と同時にミノ吉が繰り出してきた盾の殴打を銀腕の掌底で迎え撃つ。
迫る壁のような盾を掌底で迎え撃った事により鈍い音が発生し、身体を突き抜ける衝撃を感じながら、アポ朗は水球と土槍による背面攻撃を実行。
正面に意識を集中させつつ、同時に背後の死角から攻撃して対象の体勢を崩すアポ朗の定番の攻撃法である。構造的に背後を視認する事は不可能なミノ吉がこの攻撃を防ぐのは非常に難しい。
以前のミノ吉ならばコレで少なからず体勢を崩せた。
がしかし、以前よりも遥かにミノ吉は強くなっている。それもアポ朗の予想をやや越えるまでに。
だから。
「――ッ!!」
「ブモォォォオオオオオオ――」
ミノ吉の全身から黄金と白の雷炎が噴き上がった。
天高く噴出する雷炎によって背後の水球と土槍の軍勢は焼かれて蒸発、あるいは上空に吹き飛ばされ、それと同時に銀腕の掌底と触れたままの盾に描かれた黄金牛の紋様が輝いた。
アポ朗は咄嗟に後方に跳んで距離をとろうとしたが、後退するよりも前進するミノ吉の方が断然速い。
距離をとる事もできずに追い付かれるのと同時に、黄金牛の頭部が物質に干渉できる幻影となって盾から飛び出した。黄金牛の幻影に備わっている鋭利な双角がアポ朗の肉を穿ち、心臓を抉りださんと猛り、跳んだ事で宙にほんの僅かだったが浮かんでいたアポ朗は左右に回避するなどの行動はできない。
回避は非常に難しく、出せる手は限られていた。
そしてアポ朗は避けられないのらば、と迫る幻影の片角を銀腕で掴む事を選択した。生身の腕は朱槍を保持している為、咄嗟に動かせなかったからだ。
しかし片角を掴むといっても、簡単な事ではない。今のミノ吉の速度は音速を越えるほどで、それも五メートルとない至近距離での事。
普通なら気がつく間もなく轢殺されるような攻撃で、仮に掴めたとしても、全身に生じる勢いを殺す事ができずに角は突き刺さるだろう。
しかしアポ朗は積み重ねられた経験から角を掴む事に成功し、そして尋常じゃない握力を発揮する事ができる銀腕は掴んだ場所から数ミリと動かず、アポ朗が角で突かれる事を防いだ。ただし一点だけでは身体全体のバランスを保つ事は難しい為、アポ朗は盾に朱槍の石突きを押し付けた。
銀腕と朱槍、それ等による二点での支えにより黄金牛の角突はアポ朗に届かない。
しかしアポ朗の身体は今も中空に浮かされたままであり、ミノ吉は止まらなかった。
「――オオオオオオオオッ!!」
ミノ吉は前進する。先ほどと変わらぬ速さで、地を蹴り前に。
斧頭から吹き上がる白炎、黄金毛から迸る黄金雷、太く強靭な下半身などが驚異的な速度を発揮する。
バ、バ、バ、と音が弾け、背中が大気の壁を破裂させる音と全身を貫く衝撃を感じながら、アポ朗は【空間識覚】によって背後に迫る壁を見た。どうやらミノ吉はアポ朗をこのまま壁に叩きつけられるつもりのようだ。
もしアポ朗が壁に叩きつけられれば、壁と盾によって押し潰されるだけでなく、今銀腕で掴んで止めている幻影の角でその身を貫かれる事だろう。
流石にミノ吉の膂力とこの速度で壁に叩きつけられればアポ朗といえどダメージは通る。それにこのまま防戦一方では勝機は無い。
だからか、アポ朗は小さく笑みを浮かべた。
「手加減の必要性は無し、か」
アポ朗は使うまいと思っていた奥の手の一つである【理外なる金剛の力】を発動させた。
それはミノ吉の強さを認めたからであり、湧き上がる闘争本能がそうさせた。
途端膨れ上がる鬼気と威圧感。
たった一つのアビリティを発動させただけだったが、それだけで近づいてはいけない、敵対してはダメだ、と思わせるのに十分過ぎる程の変化があった。
当然ミノ吉もアポ朗の変化に気付き、冷や汗を流すが、構わずこのまま叩き潰す事を選んだ。今更引く事はできず、ならば最初の目的を達成しようという考えだろう。
それにアポ朗の身体は角を掴んだ事でまだ宙に浮かんでおり、咄嗟の行動が困難な体勢であるというのもそう考えた要因の一つだった。
しかしアポ朗は【重力操作能力】によって自重を増し、それによって下がった足先が僅かながら地面を捉えた。
それでもつま先立ちのような姿勢だが、しかしアポ朗からすればそれで十分だった。
「よっこい、せ」
【理外なる金剛の力】を発動させた今なら力任せに突進を止める事ができただろうが、アポ朗は身体を沈め、銀腕が掴んだ幻影の角を起点に全体の流れを変化させる事を選らんだ。
その結果。
「ブォ?」
凄まじい勢いがあった力の流れを変えられた事により、ミノ吉の巨体は簡単に宙に舞い上がった。
何が何やら、といった感じの声が聞こえる。
ミノ吉の身体は縦方向に何回も何回も回転し、ミノ吉の中で天地の認識が不確かなモノとなり、そして空中で体勢を戻す事ができずに背中から勢い良く墜落――轟音、撒き上がる粉塵、しかし勢いは簡単には止まらず、その巨躯で地面に深い轍を刻みながら行く事しばし。
トン単位の重量がある物体を動かすのに必要なエネルギーは膨大で、増える事の無い力はやがて消失――つまり墜落したミノ吉の停止。
一度は流れてしまった反撃のチャンスがそこにあり、それを逃すアポ朗ではなかった。
「――シッ」
【大気操作能力】が三十の風塊を形成、【重力操作能力】にる重力加工を行った高速射出――仰向けになったままのミノ吉の胴体に風塊が全て着弾した。
肉袋を巨大なハンマーで殴打するような、鈍い音が連続で響く。
「ブモォッ!」
苦痛の声が漏れるが、ミノタウロスという種族が持つ特徴の一つはその強靭な肉体であり、その中でもミノ吉は際立ってタフだった。金属鎧を一撃で陥没させられる攻撃の殴打も、全身に装備した筋肉の鎧によって威力を大幅に削り落とされ、大きなダメージとはなりえない。
しかし重量がある風塊の乱打はミノ吉をその場に留めるのに有効だった。アポ朗はミノ吉が動かない間に距離を詰め、朱槍の一突きを繰り出した。
穂先は大気を斬り裂き、音を置いてその先の領域に達する。
左肩を狙った赤い閃光のような一撃はギリギリで割り込んだ盾に阻まれて火花を散らすが、アポ朗の攻撃は止まらない。
槍を一度引いて、再び刺突を繰り返す。すると朱槍に赤い光が宿り、より速度を増した赤い閃光が幾十幾百と瞬いた。
【アポ朗/夜天童子は戦技【千槍百華】を繰り出した】
槍が枝分かれしたように見えるほどの濃密な刺突の連撃を繰り出す戦技――【千槍百華】。
【槍術師】や【槍王】など槍を主武器として扱う職業の中でも上位の職業を持つ者しか体得する事の出来ない強力な戦技であり、本来人間が出せる限界を越えた威力と連撃速度を行使者に与える為、行使すると必ず一定以上の体力が代償として削られる。
仮に瀕死の状態で繰り出せば、行使者の命を全て使い切ってしまう可能性すらあるだろう。【千槍百華】は強力であるが故に、その代償も大きい部類に入る戦技の一つだった。
しかし人間以上の肉体を持つアポ朗は【千槍百華】によって削られる体力など微細でしかなく、ほぼ万全と言える今の状態では数秒とせずに回復できる程度でしかない。
アーツによって普段よりも強化された速度と威力を発揮している朱槍の濃密な刺突はミノ吉の盾と正面から衝突し、目も眩むような閃光と異音を響かせる。
この本来あり得ない光景に、二鬼の戦いを見学していた者達のほぼ全員――アポ朗達と同期の鬼と子達は除く――が言葉を無くした。
その原因はアポ朗が繰り出す一つ一つが致命的な威力を内包する赤い閃光のような刺突であり、それを防ぎ耐えているミノ吉の堅牢さであり、そして一番大きい理由としてアポ朗が皆の前で初めて行使した【戦技】があげられる。
この世界の理として存在する“【職業】を持つ人間しか使う事のできない【力】”――【戦技】はか弱い人間が竜や巨人など強力無比な存在に抗すべく【神々】が与えた一種の【祝福】だ。
それ故に【職業】を持つ事の出来ない人外は【戦技】を行使する事はできない。
だが今、アポ朗は世界の理として定められた理を覆してみせた。
そんな光景を見せられて、鈍鉄騎士や女騎士などの人間達がどう思うのか想像できるだろうか。
「嘘、だろ」
それは誰の呟きか。
か細く、消えていくような声は誰にも届かず、しかし確実に発せられた本音。
それを掻き消すように、戦技【千槍百華】と盾の衝突音が鳴り響く。
「そら、もう少し強めで行くぞ」
一撃一撃の重さと手数によって、徐々に徐々にミノ吉の護りを押し込んで行くアポ朗は、戦技としてではなく能力としても持っている【千槍百華】を上乗せで発動させた。
それにより単純計算で約二倍に相当するアシストを獲得、より濃くなった赤い残像は盾の表面に傷を刻み、盾を保持しているミノ吉の片腕に甚大な負荷をかけていく。
強靭な肉体を誇るミノ吉でなければ、数秒と経過せずに穴だらけにされていただろう。
それほどまでに強烈で、それほどまでに強力な朱槍の連続刺突。
しかしそれを耐えるのも終わりに近づいていた。
戦技には必ず決められた終わりがあり、そしてその後に生じる僅かな隙が必ずある。
それは普通なら人外が扱えないアーツを使えるアポ朗とて変わらない。そしてアーツの終わりという反撃のチャンスを、見逃す程ミノ吉は弱く無い。
だが、
「――ッシ」
アポ朗は更にアビリティ【連続突き】を繰り出した。
『刺突攻撃を連続で行う』という効果を持つアビリティ【連続突き】は【千槍百華】を一種の刺突攻撃としては判断したのか、【千槍百華】の【連続突き】というあり得ない結果を叩きだし、複数のアビリティを持つアポ朗だけが行使する事が可能な【創作戦技】となった。
「ブモォォォオオッ」
刺突の数は既に知覚できず、ただ濁流のような、としか言えない攻撃に耐えつつも、凶暴な刺圧に押され、流石のミノ吉もうめき声を洩らす。
敵を抉り、骨を穿ち、肉片一つ一つを削り散らす凶悪な刺突の濁流――その多くを堅牢な盾によって防がれながらも幾つかはミノ吉の四肢の肉を削ぎ、それと平行して繰り出された震脚。
予めアポ朗の足下に【地形操作能力】によって生成されていた岩塊が震脚によって砕かれ、その残骸が大きく隆起し、【重力操作能力】によって宙に浮かんだ。
周囲に浮き上がる百以上の岩塊。
岩塊は大きなモノは五メートルから小さいモノでは十数センチ程度のモノまでとバラつきがあり、厳密には違うがイメージ的にはスペースデブリといった風景を演出する。
「■■■■■■■■■ッ!!」
アポ朗の準備が終わった所で、地に背を預けた状態から再度響くミノ吉の咆哮。と同時にその全身から吹き上がる雷炎。
雷炎は近くにいるアポ朗の全身をも包んだが相変わらず効果が少なく、【千槍百華】の【連続突き】は止まらない。ただ雷炎によってアポ朗の視界からミノ吉の姿が一瞬だけでも見えなくなり、刺突の壁が僅かだったが薄くなる。
そして攻撃と攻撃の間に一瞬だけある間隙を縫う様にして、ミノ吉は背筋の力だけで飛び起きた。それはアポ朗の攻撃が僅かにでも薄くなったからこそできた行動だった。
標的を逃した朱槍が地面を突き刺し抉る。
既に刺突によって四肢の肉を少なからず抉られているにもかかわらず、変わりない驚異的な瞬発力で振り返ってアポ朗を視認するミノ吉、を見ながらアポ朗は朱槍の能力を発動させた。
【霊槍≪餓え渇く早贄の千棘≫の固有能力【血塗られた朱槍の軍勢】が発動しました】
発動された能力によって、ミノ吉の足下から襲いかかる数十の朱槍が発生。狙いは強靭な脚部であり、一時的にでも音速を突破してくる驚異的な移動速度を削り落とす為の攻撃だった。
普通死角となる真下の地面から突き出る朱槍の乱軍を防ぐのはかなり難しく、いつ攻撃されたのか気付かぬまま串刺しになっていた、という事もある必殺の一手。
だがこれもミノ吉は読んでいたらしく、ミノ吉の行動は素早かった。
朱槍が地面から噴出する寸前、五メートルを誇る巨躯が、二十メートル程の高さにまで達する跳躍をみせた。朱槍が突き刺したのは、ミノ吉の影だけだった。
アポ朗は空を見上げた。そこに斧を振り上げたミノ吉が居る。
これから繰り出される一撃の威力を想像するのは難しい事ではない。その直撃を受ければアポ朗といえども危険極まりない。
無論アポ朗には当たる気など全くないが。
「行けッ」
宙に浮かべていた岩塊をアポ朗は上空のミノ吉に向けて射出――重力の方向を変化させただけなので落下に近い攻撃。
浮かせた岩塊には別の目的があったが、そんな事も言ってられない。
「ブモォォオオオオオオオ――」
足下から迫る岩塊の連射に対し、ミノ吉は脚のひづめで盾の取っ手を摘まむ事で操作できるようにしたのか、まるで波に乗るサーフボードのように盾の角度を変える事で岩塊を防いだ。鈍い音をたてながら衝突する岩塊はしかし、堅牢な盾を傷つける事すらできずに砕け、あるいは軌道を逸らされて空に向かって落ちていく。
あのミノ吉がこんな器用な事をだと、と思わずアポ朗が驚愕してしまっても仕方ない程のあり得ない光景だった。
「――ォォォオオオオオオオオオ!!」
再び黄金牛の紋様が輝き、出現する牛頭の幻影。その角がミノ吉に向けて落ちていく岩塊を砕き、地面に居るアポ朗に向けての攻撃に転化した。凄まじい威力で弾かれたからか、指向重力を物ともしない石礫がまるで雨のような形となって降ってくる。
それをアポ朗は指先から噴出させた黄金糸で絡め捕り、迫る石礫を防ぐ。だけでなく、羽毛よりもなお軽く感じる石礫を掻き集めた黄金糸を引っ張り、その場で回転する事で遠心力を発生させ、真っ直ぐ落下してくるミノ吉の側面を狙った反撃に転化した。
簡易ハンマーとしてミノ吉に鉄槌を下すべく、盾では防げないだろう軌道を描く黄金塊。
それは斧によって呆気なく切り裂かれたが、中に入った石礫と衝撃まで防がれはせず、側面からダメージの入らない殴打を受けたミノ吉は落下する地点が目的地よりも大きく逸れた。
「ブモォォオオオオオオオオッ!!」
悔しさからか、ミノ吉の雄叫びに怒りの感情が強く滲み出ている。
そしてその巨躯が怒りのままに地面に至り、まるで溜まった感情を発散するかのように、振り下ろされた斧の一振り。
跳躍で得た落下のエネルギー、装備を含めたトン単位の重量、ミノタウロスとして得た膂力、そして感情の爆発。他にも諸々の理由があったのだろうが。
とにかく、甚大な破壊がミノ吉によって齎された。
「ばっ――威力を考えろッ!!」
ミノ吉が着地した時、比喩ではなく本当に地面が揺れた。
サーフボードのようにしていた盾は深々と地面にめり込み、尋常じゃない量の土煙を巻き上げる。揺れる地面に足をとられ、アポ朗は体勢を崩してしまいそうになっていたほど。
直撃したら大抵の生物は圧殺されるのは間違いない。
しかし問題は盾と重さによる押し潰し攻撃ではなく、半分以上が地面に埋まった斧にこそあった。
斧頭から吹き上がる黄金と白の雷炎は地中でその破壊の力を存分に発揮し、まるで巨大な蛇が何体も蠢いたかのような亀裂を生み出した。だけならまだ良かっただろう。
しかし怒りのままに振り下ろされた斧と発生した雷炎の破壊は止まらない。
地中を無造作に破壊してもまだ物足りないらしく、雷炎は更なる破壊を求めて上空を目指した。地面の亀裂から黄金と白の光りが噴出したかと思えば、次の瞬間にはゴバ、と爆発したように一気に地中から吹き上がる雷炎の柱。範囲は円柱状の闘技場全てであり、アポ朗に逃げ場など一切無かった。
宙に浮かべていた残りの岩塊が雷炎によって砕かれ、あるいは燃やされながら天に向かって消えていく。
吹き上がる雷炎に全身を飲まれながら、アポ朗は雷炎が他の団員を害さない様に気流を操作し、ミノ吉の吹き上がる雷炎が闘技場の中心部に集まってその直上に向かうようにした。イメージ的にはビーカーの中に三角フラスコを入れたような感じだろうか?
とにかく、先ほどのミノ吉の攻撃はアポ朗だけでなく、他の団員にまで被害が及んでいた程強力なモノだった。何もしなければ団員の七割は逃げ遅れ、運が良くて重症、最悪死亡していたかもしれない。
そう言ったレベルの広範囲攻撃であり、桁違いの攻撃だった。
雷炎の柱は十数秒経過して、ようやく消失した。
「ゲホッゲホッ。あー、ミノ吉くん。ちょっと一回頭冷やそっか」
そんな中に居ても、アポ朗は死んでいなかった。
黄金雷はアポ朗には効かず、しかし白炎の方はややダメージが通る。が、それも【超速再生】によって即座に完治するので大きな問題では無い。
「ちょっと痛いけど、我慢な」
ミノ吉の攻撃を耐えたアポ朗は、怒っていた。
ミノ吉と今戦っているのはアポ朗なのだから、攻撃される事に何ら問題はない。むしろ当然な事で、それで怒るはずもない。
怒っているのはそこではない。
怒っているのは、何の考えも無しに他の団員を巻き込むレベルの攻撃をミノ吉が行った事にある。隊長であるミノ吉は部下を率いる立場にあるのに、団員を殺すような攻撃を考えなしに繰り出した、それが原因だった。
「……ア」
ミノ吉の素の『やっちまった』という声を聞きながら、アポ朗は【黒鬼の魔眼】と【黒使鬼の威厳】を発動させた。それにより、目に見えてミノ吉の動きが鈍くなる。
現在斧は半分以上が地面に埋まったままであり、強固な盾もミノ吉の足下で埋まっている。普段なら両方とも簡単に引き抜いていただろうが、アポ朗によって鈍くされた肉体では全てが遅かった。
朱槍をアイテムボックスに収納しつつ、アポ朗は全力で疾走した。
ただでさえ【理外なる金剛の力】によって跳ね上がった肉体は、追加で発動された【黒使鬼吶喊】によって大きく加速し、最終的にミノ吉のそれを越えた。
ミノ吉と同じく音を置き去りにする速度に至る――即座に食い潰された距離――【巨人の鉄槌】によってアポ朗の両腕に発生した幻影の腕――【肉潰す怒涛の破拳】の発動。
その他にも複数のアビリティによる強化・補正を得たアポ朗の拳が、ミノ吉の視界の中から消失――あまりにも速過ぎて視認不可能の領域に。
盾を諦め、咄嗟に両腕と強引に引き抜いた斧で防御を固めたミノ吉に、アポ朗の攻撃は炸裂した。
巨大な拳がミノ吉の防御をすり抜けて右脇腹を殴打――馬鹿げた威力のある一撃に、強靭な肋骨が容易く砕ける。
左胸を腕の上から殴打――防御の上だったので砕けはしなかったが、折れた肋骨が人間でいえば肺となる臓器に突き刺さる。
右肩を斧の守りの上から殴打――斧によって威力は大幅に削ったが、それでも折れた上腕骨が皮膚を突き破って外へ。
無防備になった左側頭部を殴打――脳が揺さぶられ、肉体の中でも一際硬い角にヒビが走る。
そして最後に繰り出されたアッパーが顎に直撃――砕けた牙が周囲に飛び散り、ミノ吉の巨躯が軽やかに舞い上がる。
ミノ吉の巨躯は数秒空を飛んで、そして闘技場の外にまで至ってからズズズンとやけに鈍い落下音を響かせた。殴られた部位は変色し、骨が飛び出して大量の血が溢れ出ている所もある。
誰が見ても重症で、戦闘などできるはずが無い損傷。しかしミノ吉は何事もなかったかのように立ち上がった。
そして闘技場の外で見学していた団員が――特に人間の団員達が驚愕する変化が起こる。
ミノ吉の傷口から雷炎が吹き上がり、数秒と経過せずに重症が癒えたのだ。砕けた牙は新しく生えた牙によって抜け落ち、飛び出していた骨は体内に戻り、臓器に突き刺さった骨も正常な場所に戻る。
強靭な生命力を誇るミノタウロス種にしても、あり得ない程の回復力。それはアポ朗に匹敵するほどの再生能力を持つ事の証明だった。
完全に回復したミノ吉は殴られながらも手放さなかった斧を構え、闘技場に下り、体勢を整えてから再度突進を敢行。その途中で盾を回収し、前面に突き出された盾がミノ吉の巨躯をアポ朗の視界から覆い隠した。
まだまだ付き合ってもらうぞ、と盾の影で笑みを浮かべるミノ吉。
当然だな、とアポ朗は盾を透かし見て、ミノ吉の思いを笑いながら受け入れた。
取り出された朱槍――振り下ろされた斧――それを迎え撃つ赤い刺突――衝突――発生した閃光と衝撃波。
撒き散らされる無差別な破壊の余波――捲れ上がる地面――散弾のように弾ける礫――大気が悲鳴を上げた。
両鬼の手合わせは、まだ始まったばかりであり。
斧と朱槍が火花を散らし、その轟音が大森林に轟いた。
■ ■ ■
帰ってきてから、ずっと休み無しでミノ吉くんと戦い続けた。
ミノ吉くんとの手合わせが終了を迎えたのは、夜空に星月が輝く時間になってからだった。
凄く疲れた。疲れのあまり≪外部訓練場≫の円形闘技場にて、同じく全力を出し切ったミノ吉くんと並んでそのまま寝た。
星空が綺麗でした。ちょっと宇宙空間での戦闘が懐かしくなった。
“百二十五日目”
早朝、闘技場で寝ていると唐突にカフスを介してスペ星さんとブラ里さん達から『財を溜めこんでいてかつ潰しても良い獲物の情報』を求める声で起こされた。
突然どうしたんだ? と思って寝ぼけながら話を聞いてみると、盗賊やヒト攫いを返り討ちにして得た財宝が全てなくなったらしい。名剣とか魔術書を考えなしに買い漁っていた結果なのだとか。
絶対に傭兵団の資金運用は二人に任せないと誓いつつ、仕方ないので条件付けで情報を流す事にした。
以前脱退したゴブリン達が居た事を覚えているだろうか?
別れの時にミスラル製ナイフを餞別として渡したアイツ等だ。あの時俺はナイフの切れ味を見せる為に指を斬り、その際流れた血で造った分体をひっ付けて、アイツ等が動く事で脳内地図の補完を行っていたのだが、実は数日ほど前に人間に襲われて殺されている。
残念ながら、ミスラルナイフを装備してもアイツ等の実力では勝てない相手だった。
彼等を殺したのはそこそこ実力派な盗賊団で、それなりに財宝を溜めこんでいる。俺はこの盗賊団の情報を流す事にした。
別に他の盗賊団の情報でもよかったが、どうせなら一応の知り合いを殺した奴等の方がよかろう、という事である。
パパっと説明し終えて、俺は二度寝する事にした。
目が覚めると再びミノ吉くんが手合わせを所望してきたので、午前中はずっとミノ吉くんとの一対一だった。速く重いだけでなく雷炎の特殊効果を伴った攻撃を繰り出すミノ吉くんは本当に手強い。
それにどうやらアビリティ攻撃を叩き込めば叩き込むほど【耐性】を獲得していくのか、戦えば戦うほど効き難くなっていくのがまた面倒だった。
午後は鍛冶長ドワーフの所に向かい、様々な品の制作に取り掛かる。今は火薬を使用した銃などを生成したいのだが、それはとある諸事情によって断念し、別の方向性で模索する事になった。
多分精霊石や魔術などを転用すれば解決できるだろうが、精霊銃や魔銃が造れたとして、それが余所に流れると面倒な事になるだろう。
『団員以外使えない』といった安全装置を取り付けたいものだが、何かあるだろうか。
と頭を悩ませつつ、休憩時間はレプラコーン達の所に行って団員全員に配給する紋章――俺には絵心が無いので【画家】持ちの女に描かせた。牙を剥き出しにした三本角持ちの黒い鬼の頭部がデフォルメされたようなデザインとなっている――を縫ったコートの製作を指示。
全員分の材料は流石に無いので、俺に従順な意思を示した人間の男達をファレーズエーグルに乗せて街へ買い出しに行かせる事にした。ファレーズエーグルは二頭いればゴブリンだけでなく人間を運ぶ事が可能――ただし乗り心地は最悪だ――なようなので、もっと捕獲してこようかと検討中だ。
晩飯を喰った後にブラ里さんから連絡があり、無事狩りは終了との事。盗賊団は全滅し、宝石などもたんまり入手したようだ。
そろそろ帰って来るように伝え、通信を切る。残り二つのグループには既に同じ連絡をしていたので、明日には皆帰ってくるだろう。
問題だった第四グループの連中は最近では上手くやっていたらしいので、一つ問題が消化された。
やはり同じ釜の飯を喰い、厳しい状況を切り抜ければ自然と絆は生まれるようである。
“百二十六日目”
最近肌寒くなってきたような気がする。どうやら秋か冬に相当する季節がやってくるようだ。
ゴブ爺の話では雪は降ったりしないらしいが、生まれたばかりの子達も居るので、防寒具の製作もレプラコーン達とその手伝いの人間達に指示。
午前はミノ吉くんと血と汗を流し、午後はオーロとアルジェント、そして鬼若の三人を鍛える事にした。
長女金と長男銀は鬼人ではなく大鬼の血を引く【半人大鬼】だが、それぞれ名前の由来となった金と銀色の鬼珠を持っている。
普通は持っていないはずのそれも、俺の子だからということで持っていても不思議ではないとして。
長女であるオーロはオーブを解放すると、黄金のハルバードを矢とする同色の大弓が出現する。
長男であるアルジェントはオーブを解放すると、白銀のパルチザンを矢とする大弓が出現する。
両方とも弓という遠距離武器で、そもそも才能があったのだろう、訓練せずとも的を容易く射抜く事ができた。
矢もただの矢ではなくハルバードとパルチザン――これらを矢と言っていいのかは分からないが、不思議な事に矢のように飛んでいくので“矢”と定義する事にした――であるので、威力は非常に高い。撃てば次の“矢”を取り出す事もできるようなので、実質矢切れしないのも驚異的である。
これなら戦場に連れて行っても使えるな、と思いつつ、接近戦もできる弓兵になるように近接戦闘の技能を教えた。使う武器は当然“矢”として取り出せるハルバードとパルチザンだ。
【上位大鬼】である鬼若は既に身長が百八十センチ程になり、全身の発達した筋肉の鎧は成人オーガ顔負けの膂力を発揮するので、二人と同じく近接戦闘の技能を叩き込む事になった。
愛用の武器はミスラル合金製の金砕棒で、初期のミノ吉くんに似た部分が多い。
本鬼もミノ吉くんをリスペクトしているようで、親としてはちょっとだけ寂しい感じがしなくもない。
いやはや、日が経つ事に強くなっていく子らを見るのは良いモノだ。
そして夜、外に出ていた全てのグループが帰還した。
“草”として活動させている人間の男を除いて、傭兵団の全員が勢ぞろいした事になる。
“百二十七日目”
今日は闘技場を使って、朝から喧嘩祭りを行う事になった。
といっても正式メンバーと仮入団メンバーは区別して行っているし、戦闘要員だけなので全員参加ではない。とはいえ娯楽が非常に少ない拠点で開いたこの催しを見逃す者は居らず、今までにない賑わいをみせた。
その結果。
第一位、アポ朗/俺。
第二位、ミノ吉くん。
第三位、カナ美ちゃん。
第四位、復讐者。
第五位、アス江ちゃん。
第六位、ブラ里さん。
第七位、スペ星さん。
第八位、熱鬼くん。
第九位、風鬼さん。
第十位、スカーフェイス。
第十一位、鈍鉄騎士。
第十二位、スプト/雷竜人の一人。
第十三位、グル腐ちゃん。
第十四位、ボス猿。
第十五位、赤髪ショート。
第十六位、幻鬼くん。
……etc.
といった感じになった。
戦い方の相性や組み合わせ、戦場の広さなど様々な要素が変化すれば違う結果になっただろうが、今回はこうなった。
部隊の隊長格の名が上位にズラッと並んだのは妥当だろう。セイ治くんは戦闘系の種族ではないので仕方ないとして、他全ての隊の隊長格は十位以内に入っている。
他にも色々思う事はあるが、面倒なので省略。
今日のトーナメントが終わったのは夜になってからで、この日の宴は俺が生成したブラックフォモールの肉などを振舞う豪勢なモノだった。
うむ、やっぱり祭りは良いモンだ。
それにブラックフォモール肉も美味かった。
ブラックフォモール、ウマー。
“百二十八日目”
お転婆姫から依頼が入った。
お転婆姫は別れる際、俺が密かに渡した“名鉄”を使って暇さえあれば朝でも昼でも夜でも連絡してきていたので喋る事は何十回とあったが、依頼はコレで二回目だ。
ただ、お転婆姫が『依頼したいのじゃが』などと言った時点で厄介事の臭いしかしなかった。
多分これから先もお転婆姫から依頼される度に厄介事が舞い込んでくるんだろうな、と何となく思ってしまうのは俺だけだろうか。いや、そうじゃないはずだ。
さて、今回の依頼内容だが、要約すると『琥珀宮の衛兵達の鍛錬指導』となる。
確かに以前熱鬼くんや騎士の少年達と一緒に衛兵達とも訓練を通して交流し、顔見知りになりはした。なかには種族を越えて教えを請いたいと言ってきた気持ちのいい奴等も居る。
だから絶対にやりたくない、という仕事ではない。
でも、絶対それだけじゃない。
多分宗教にどっぷり浸かっている(らしい)王妃様とかと食事とか謁見とか、色々と裏がありそうな予感がする。それもヒシヒシと。
それにお転婆姫は密かに何か大きな計画を達成しようとしている事も分体で何となく分かってきていたので、多分その何かしらに俺も巻き込むつもりだろう。内容まではまだ調べられていないが、多分そうに違いない。
この依頼を受けて大丈夫だろうか、と悩む。
団員の数が四百に増えたとて、まだまだ鍛錬は足りず、装備も万全とは言えない。もし本当に厄介事が起きて、傭兵団全体を動員しなければならない事態になって、それを乗り越えられるだろうか。という不安が残る。
しかし提示された金額は申し分ない。むしろ高額だ。
今回の報奨金は以前の護衛時以上、とは流石にいかないが相場よりもかなり高額であり、お転婆姫は今までで一番金払いの良い上客なのは間違いない。とは言え、依頼人自体少ないから当然だが。
返事は少し待ってもらう事にして、今日もミノ吉くんと手合わせしたりして過ごす事に。
その夜、ようやく父親エルフと俺の暇が重なったので、温泉に浸かりながらエルフ酒と迷宮酒を飲む事になった。
帰ったら飲もう、といっていたのに気がつけば一週と数日が過ぎていた。お互い忙しかったから仕方ないとは言え、少々間が空き過ぎな気がする。
まあ、約束は果たしたので問題ないだろう。
しかし、うむ。やはりエルフ酒はウマーだった。
迷宮酒もなかなか侮れないが。如何せん種類が乏しく、そこまで高い物でも無い。だから、残念ながらエルフ酒の方に軍配が上がる。
……今度、高級酒を求めて迷宮に挑むのもいいかもしれないな。
などと思いつつ、俺と父親エルフの酒会は続き。しばらくしてミノ吉くんや鈍鉄騎士など男の幹部衆が乱入してきたりして、男だけの飲み会特有の盛り上がりをみせた。
男だけの飲み会は夜遅くまで続いたので、父親エルフは一泊していく事になった。
“百二十九日目”
朝父親エルフを見送り、お転婆姫と連絡をとる。
結局、お転婆姫の依頼は受ける事にした。
現在、傭兵団<戦に備えよ>の財政状況は悪くは無いが、良くもないといった微妙な所にある。
確かにお転婆姫やクルート村の住人の伐採時の護衛などの報奨金や殺したモンスターの素材の売買、それにスペ星さんとブラ里さんが回収してきた盗賊団の宝物などでそれなりの大金を得ているが、今の規模の人員を養っていくのなら金はあればあるだけ良い。
自給自足できているので今すぐ必要、という事にこそなりはしないが、将来何があるか分からないのだから稼げるときに稼いでおくべきだろう。
大口の依頼を逃すのも勿体ない気がするし、それに何かしらの騒ぎが起これば損をするかもしれないが、得になるかもしれない。
そこら辺を軽くお転婆姫に探りを入れてみたら、何やら大きな事をしたい風な事を匂わせてきた。損より得があるぞー、と。
そうして集めた情報と【直感】から、受ける事になったという訳だ。
とはいえ、骸骨百足で王都に向かうのならば骸骨百足で直進してもそれなりに時間が必要になる。
今は空輸という手段もあるが、ファレーズエーグルの数はまだ少ないし、ココから王都までは距離も遠い。数を揃えて行くなら、骸骨百足の方が色々と都合が良いだろう。
それに連れて行くメンバーも考えなければならない。
とりあえずカナ美ちゃんや育ち盛りであるオーロ達は確定として、そうだな、何かあった時の為に大体二十人位は連れて行こうか。
残りは分体を使った訓練を続けさせたり、森の外へ出して色んな経験を積ますのもいいだろうな。
今日は連れて行くメンバーを考えるなどして時間を使った。
“百三十日目”
結局、また幾つかのグループを造って外に出る事にした。
その為色々と強化した骸骨百足を十台ほど製作。
それを俺と共に王都へ向かう二十四名が四台、迷宮都市で迷宮の物資を回収しつつ修行するミノ吉くんやアス江ちゃん達二十名が三台、よい働きをした報酬として家族を連れてくる権利を得た者とそれの護衛役である二十二名が三台を使用する事になった。
大きさを変えられる骸骨百足ならもっと多くのメンバーを運べるが、一先ずはこんなモノだろう。
出発は明日なので、各自それぞれ荷物を纏める様に指示。
今回鍛冶師さんや姉妹さん達はお留守番だ。四人は残ってそれぞれやりたい事があるらしい。
さて、また何が起こるやら。楽しみなような、不安なような。
ちょっとだけ微妙な気持ちである。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。