第二章 傾国の宴 腹黒王女編
閑話 斧滅大帝の目覚めと補完
【オガ吉視点】
[時間軸:九十日~百十三日目までの間の話]
――強くなりたい。
それが、産まれてから殆どの時間をオガ朗と共に歩んできたオガ吉が、最初に抱いた願いだった。
◆
かつて己もそうだった、中鬼という種族が一体、目の前に居る。
しかし目の前のホブ・ゴブリンは、かつての己や仲間達とは似て異なる存在なのだと理性ではなく直感で理解していた。悔しい事にかつてホブ・ゴブリンだった時に戦っていれば数秒も経過せずに己は殺されていただろうと理解できる程度には、目の前のホブ・ゴブリンは強そうだ。
ホブ・ゴブリンの時点でコイツに勝てるのは、オガ朗くらいしか己には思い浮かばなかった。
「キウャァァァァアアアアアアッ!!」
威嚇されているが、それを無視して敵の観察を行う。
目の前のホブ・ゴブリンの外見的特徴としてまず赤みが強い肌が上げられ、次いで肉の形がハッキリと分かるかなり太い四肢、平均をやや上回る大きさを誇る肉体、黄色く汚れた乱杭歯、やや煤けた灰色の頭髪に、あとは己に対する殺意が滲む赤い目玉、といった所だろうか。
装備している防具は黒鉄の胴鎧、前腕部を守る黒鉄の手甲、要所を金属で補強した黒革のズボン、踵に小さな突起が取り付けられた黒鉄のブーツ、と動きを阻害せず、それでいて硬い黒鉄を使用している為に高い防御力を確保したモノである。
と、そこまで観察していた所で赤いホブ・ゴブリンが先に動いた。
まだ己と赤いホブ・ゴブリンの間には十数メートル程の距離があったのだが、己と違って敵の攻撃は届く。敵が持っていた武器が、投擲できるモノだったからだ。
「ギィキャアアッ!!」
鋭い呼気と同時に投げられ、縦に高速回転して鋭い風切り音を生み出しつつ己に迫るのは小さな斧だった。確か手斧という武器で、赤いホブ・ゴブリンと出会うまでに遭遇し、その度に一匹残らず殺し尽くしてきたココに住んでいるゴブリン達も持っていたモノだった。
トマホークは金属製のモノではなく、斧頭から柄までの全てが何かの骨から削りだしたような品である。
そんなトマホークを己は右手に持つ戦斧で叩き落とした。左手の盾で防げば対処は簡単だったのだろうが、それでは己が推察した敵の実力を正確に判断し難い。だから、あえて叩き落としたのだ。
そしてその感触から己が推察していた敵の実力を修正し、それが己の思い違いではないのだと、トマホークを叩き落とされた事で警戒態勢を強め、何処からともなくユラユラと湾曲した刀身の大剣を取り出した赤いホブ・ゴブリンの姿を見て確信した。
まるで燃えるような大剣を構える敵は、普通のホブ・ゴブリンとは比べ物にならない程に強い存在なのだ、と。
そして、だからこそ期待する。
己が友に、オガ朗に追い付く為の糧足りえる存在であれ、と。
己の中から、戦闘を欲する衝動が浮上した。
「■■■■■■■■ッ!!」
【オガ吉は鬼能【赤銅大鬼の咆撃】を繰り出した】
感情のままに、大きく吸い込んだ空気を一瞬で吐き出す様に雄叫びを上げる。
現在己達が居る場所が縦横高さが六メートル程度しかない茶褐色の金属で造られた四角い通路だったからか、雄叫びは反響し、すぐに消えることなく場に残留した。
己の声ながらも五月蠅いと感じるが、それは滾る欲望で問題にならない。
牙を剥き出しにし、右手に持つ斧を肩に担ぎ、左手に持つ盾を前方に突き出すように構えて前進する。
一歩進む度に踏みつけた茶褐色の金属で覆われた床から耳障りな異音が聞こえたが、些細な事は気にせず前に。オガ朗から教えてもらったように、ただ真っ直ぐ最短軌道で敵に向かって突き進む。
赤いホブ・ゴブリンとの距離は走ればたったの十三歩程度でしかない。瞬きの間に進んだ七歩目には、己の殺傷圏内に敵が入った。
担ぎ上げた斧の柄を握る力を微かに緩める。確か【脱力】というモノで、こうすると素早く動けるらしいが、理屈は知らない。オガ朗が教えてくれたのだから、きっと重要な事なのだろう。
即座に斧を振り下ろせる体勢を整えてから、己は敵を見る。
今から殺す敵の全身を視る。
己の行動に対して敵がどんな反応をするのかを知る為に注視する。
そこには期待もあった。
己よりも速くその波打つ大剣で反撃してくるのか、それとも己の一撃を防ぐつもりなのか、あるいは恐れをなして逃げてしまうのか。
それを知りたいが為に見る。
反撃してくるのならば良し。どのような攻撃でも左手の盾で防ぎ、斧の一振りを喰らわせるまで。
防ぐつもりならば面白い。如何に堅牢な守りだろうとも、斧の一撃で粉砕してみせよう。
逃げるのならば仕方ない。背中を見せる敵の後を追い、その背中に斧を喰らわせてくれる。
その三択から導き出されるだろう、と己が思い期待していた結末は、しかし違っていた。
己が殺傷圏内に捉えた敵は、赤い肌を持つホブ・ゴブリンを越えた能力を持つホブ・ゴブリンは、己の発した雄叫びただ一声に竦み、怯えたのだ。
一応大剣で防ごうとしている風ではあるが、四肢の筋肉が緊張し過ぎて、動きがあまりにも鈍い。これでは反撃も、防御も、逃走すら出来ないのは当然か。
己としては、あの雄叫びは戦う前の挨拶のようなモノだったと言うのに。
それで、赤いホブ・ゴブリンは動けなくなっていた。殺意が滲んでいた目からは、ただ己に対する恐怖の色しか読み取れない。
普通よりも格段に強いとはいえ、やはりホブ・ゴブリンはホブ・ゴブリンでしかないのか。
そう考えた時、己の中からコイツは既に敵としての認識から外れ、ただの獲物になり下がっていた。
拍子抜け、期待外れだった。初めて会った数十秒前に感じた思いは、期待は、跡形もなく霧散してしまった。
そして己の顔にハッキリと憤怒の感情が浮かんだのを自覚する。期待させておいてこの程度だった獲物は、ただ不快だった。
「脆弱ナ」
怒りを込めて吐き捨て、動けない獲物の頭上に斧を振り下ろす。
最早その姿は一瞬でも見たくない、という思いを込めて頭部に振り下ろした斧は、己が意思の通りに獲物を左右に分断した。
防具が無い頭部の肉は一瞬で吹き飛んで中身を撒き散らし、頭部から飛び出す目玉が二つ、己の顔に向かってきたのでそれをそのまま食する。
獲物の胴体を守っていた黒鉄の防具はやはり硬く手応えがあったが、元々己が愛用している斧の切れ味はあまり良くない。
普段からその重量を使って叩き斬るように扱う事が多く、今回も斬るとは到底呼べない一撃だった。
黒鉄の防具は斧の圧に耐えきれずに砕け、中身である獲物の肉は切断できた。よく見れば死骸の断面はグチャグチャに潰れている。
一応以前と比較すれば獲物の肉体は綺麗に切断できていた為、己の成長を知る事ができる。それに、多少の達成感のようなモノが滲む。己は以前よりも強くなっているのだと確認できたからだ。
しかしその嬉しさも、獲物の断面からはみ出て床に溢れた血と臓腑に混じった糞の嫌な臭いで霧散した。
死んでも尚、己を不快にさせる奴だ。そう思いながら獲物だった肉塊を睨みつける。
【魔斧≪魔焼の断頭斧≫の固有能力【燃える罪人】が発動しました】
しかしその臭いは血肉が轟、と燃えた事で食欲をそそる香りに変わった。そう言えば前の食事から既に二時間は経過しているだろうか。どうやら小腹が空いたらしく、香りにつられて腹が鳴った。
焼いた肉は生よりも美味い。オガ朗から教えられた事の一つだった。
獲物の死体を燃やす炎が消えるまでの数秒を待ち、こんがり焼けた二つの肉を掴み、まだこびり付いていた黒鉄製のブーツを剥いでから、焼き肉の片方に噛みついた。流石に一度に全てを喰う事はできないので、数回に分けてその肉を咀嚼する。
いい具合に焼けた肉の味を堪能し、多少硬い骨を粉々になるまで噛み砕く。肉を喰い終わった後はボロボロになりながらもまだ残っていた黒鉄の鎧の破片を床に吐き出した。
小さな鉄片が茶褐色の金属で造られた床に落ち、やや甲高い音を立てる。
「ふム」
肉としては普通のホブ・ゴブリンよりもこの赤いホブ・ゴブリンの方が美味いだろうか。その事から己が中の意識分類を『期待外れ』から『美味い獲物』に切り替える。
今度見つけたら敵としては期待せずとも、積極的に殺して、オガ朗達のお土産にでもしよう。とも思ったが、確かココで死んだ生物の死骸は“収納のバックパック”などに入れたとしても一定時間が経過すると例外なく全て消えてしまうのだったか。
どうしてそうなるのかは興味すらないが、とにかくそうなるらしい。そうなると、肉を御土産に、というのは無理だろう。
仕方ない。今度は綺麗に殺して装備品を剥いで、それを土産にしよう。今回は一応、赤いホブ・ゴブリンが持っていた大剣は回収する事ができたのだし。この考えで正解なのだろう、きっと。
などと考えていたら、背後から声をかけられた。
それが誰なのか、振り返る事もなく知る。己が聞き間違えるはずが無い。
己が初めて好いて、守りたいと思った存在――アス江である。
「吉やん、お疲れさん。今回も期待外れで、残念やったな」
「ン、ああ。敵はまた探せばイイ。ココは、外よリモ強い敵がイると言ウ話ダカらな。何れハ出会エルはずダ。それにココに居なイのナラ、また別ノ迷宮ヲ探せばイイ。
それよリも、美味いゾ。アス江達も食べてミロ」
「ん、あんがとね。ほら、皆も食べー」
己は己が背後に控えていた四名――己の恋鬼であるアス江と、ホブ・ゴブリンクレリックのホブ水、足軽コボルドの柴犬、最後に人間で【盗賊】と【罠師】を持つマグルという小男に、残していた焼き肉の片方を差し出す。
己からすれば小さく半分になっているとはいえ、他からすれば焼き肉はやや大きい。その為体格的にも己に次いで大きく、一番近くに居たアス江がそれを受け取った。
そして肉の腕と足だった部分を空いた手で掴み、引っ張った。焼いた事で脆くなっていたのだろう焼き肉はブチブチと僅かな音を出すという微かな抵抗を見せたモノの、手慣れているアス江によって徐々に解体されていく。
最も、焼けているかどうかなどは関係なく、己に近い膂力を誇るアス江ならば生きていた状態でも同じ事をできるだろうが。
解体した肉を、アス江が皆に配っていく。
「ありがとうございますです、アス江隊長」
「心遣い、忝い」
「あー、っと。腹は減っていないので、アッシは辞退させていただきヤス。どうぞ皆さんで喰ってくだセー」
ホブ水と柴犬は頭を下げてアス江から肉を受け取ったが、マグルだけは受け取らなかった。
腹が減っていないとはいえ、折角アス江が好意で解体したというのにそれを受け取らないのか。という不満が内心から滲みでる。
ついマグルを凝視してしまった。不機嫌そうな表情になっているのかもしれない。
「ひぃッ。……あ、あれ~? やっぱり腹が減ってたようでヤス。美味そうな匂いがするそれを、アッシにもくれやせんか、アス江の姐御」
「我慢は毒や。腹が減ったんなら隠す事は無い、気兼ねなく言うんやで?」
苦笑を見せるアス江はそう言いながら、獲物の肩から肘の間までの焼き肉を何故か微妙な表情を浮かべるマグルに渡した。ホブ水と柴犬は既に美味しそうに肉を頬張っている。
それを見て己ももっと喰いたいな、という思いを抱いた。
今度見つけたら、もっとジックリ味わうとしよう。
さて、問題は何処に居るのかということか。ココに来るまでは一体も見なかったので、たぶん地下に行けば自ずと会えるのだろう。
地下に潜る目的が一つ増えた事になる。
ふむ、オガ朗が言っていた食材探索ツアー、というのも面白いかもしれないな。
「あ、ありがとうございヤス。……あ、本当に美味いっすネ、コレ」
マグルは最初躊躇いながら焼き肉を頬張り、しかし一度食べると全て腹に納めるまで止まる事は無かった。
そんなに美味そうに喰うのなら、何故一度喰わないなどと言ったのだろうか。まったく、訳のわからん奴だ。
「んじゃ食事も済んだし、先行こかー。今度の戦闘はウチ等がやるけん、吉やんは下がっといてな。吉やんが出るとウチ等暇なんよ。それにウチ等も経験積みたいし、我慢してなァ」
普段通り穏やかで明るい笑みを浮かべるアス江が己にそう言った。
己としては日々途轍もない速さで広がっていくように感じているオガ朗との距離を縮める為に一度でも多くの敵と戦いたいのだが、やはりアス江の意思も意見も無視する事はできない。
森を出る前に言われた事の中に、全体のレベル上げも加えられていたからだ。
全く、面倒なことだと思いながら、ココに至るまでの出来事が一瞬だけ脳裏を過る。
■ Д ■
「現時点で厳守する事は四つだ。
一つ目として、森の外の情報を何でもいいから集めて来る事。
二つ目は手に負えない揉め事は起こすな。一応カフスで助言はできるが、できる限り自分たちで考える様に。
三つ目は全員のレベルを上げている事。
最後の四つ目が絶対に死ぬな。一人でも欠けていた場合は生き残ったメンバーに罰則を与えるからそのつもりで。
あとは臨機応変って事で、また連絡するからその時に。
では出発だ。健闘を祈る」
森の住処から出立する当日にオガ朗から言われた言葉がそれだった。
そして五つあるグループは皆それぞれ違う方向に向かって突き進み、己達が向かった方向は出発した日の夕方になってようやく森を抜けた。
そして森を抜けた後の活動方針を決めるべく夜食中にグループの者たちと話し合い、己はそこでまず一つ質問した。
強くなる為には何処に行けば一番良いか。というモノだ。
その問いに対し、応えたのは三人いた人間の内の一人だった。
迷宮都市に行き、迷宮に挑むのが一番手っ取り早い、と。
だから、己達はココに来た。
壁で囲われ、地下に進むほど攻略難度が上昇する地下階層型の迷宮【デュシス迷廊】などを保有する迷宮都市“グリフォス”に。
迷宮都市に入るにはオーガである己が原因で手続きに手間取るか入れない、と予め聞いていたので己はアス江の奴隷という事にする事で、どうにか入る事ができた。そして迷宮都市に入った当日はオガ朗に渡されていた素材を売って資金に換えたり、宿を見つけたりと今まで経験した事の無かった事の連続だった。
面倒なので色々と詳細は省くが、カフスを使ってオガ朗に相談しつつ、他のメンバーにも意見を聞きながらもどうにかこうにか迷宮に潜るまでの段取りが完成したのは、迷宮都市に訪れてから既に三日が経過していた。
そして現在、己達は【デュシス迷廊】の地下十八階にて赤いホブ・ゴブリンを殺した。
ココにくるまでに一度も地上には戻ってはいないので久しく太陽は見ていないのだが、茶褐色の金属で造られた迷宮内部は壁自体が発光している故に昼は明るく、夜になればボンヤリとうす暗くなるので時間の経過を大雑把に知る事ができる。
潜り始めて既に二日が過ぎた。壁の明るさから推察するに、現在の時間は三日目の昼前くらいだろうか。所々にある罠のせいで進行速度が遅くなっているが、これでもかなり速いペースだという話である。
【デュシス迷廊】は二十五階までだそうなので、今日の夕方までには最下層に到着できると思われる。最下層にはかなり強い敵が居るそうだが、十八階とそれなりに深い階層で出会った赤いホブ・ゴブリンの事を思えば、余り期待できないかもしれない。
まあ、その時は己が言ったように別の迷宮に潜ればいい。
それと現在ココに居ない五名は、外での情報収集を主な活動目標にさせている。
面倒な事であるが、オガ朗が己達に託した仕事の中には情報の収集、というモノがあるがそれは己には向かない事だったので、部下達に一任していると言う訳だ。
一応迷宮に潜るようにも言っているので、定時連絡の時にはレベルも上がっていると報告があったので、問題は無い。
そして己達は、深く深く潜っていく。
■
【デュシス迷廊】地下二十五階。
予測通りに夕方には最下層に到着できた。
今己達の前には巨大で、かつ綺麗な細工が施された閉じた門がある。この先の向こう側が、集めた情報によれば終着点らしい。
門を前に、ココにくるまでに出会った獲物達を思いだす。
あの赤いホブ・ゴブリンの他にも青い槍を持った青いホブ・ゴブリンや巨大な槌を持った黄色いホブ・ゴブリンと戦い、何らかの金属でできたような巨大な猪、己達と同じく武装した色違いのオーガなどと出会ってきた。
そしてその全てを屠ってきた。中には手応えのある者もいたが、大半は期待外れなモノが多かった。
最後の締めくくりがどうなるのか、それだけが気になっている。
「確か、最後ノ敵は……」
【デュシス迷廊】に潜る前、己としては知らない方が面白いと思っていたのだがアス江達が中心になって出現する敵の情報を集めていた。
己はそれをあまり見ていないのだが、最下層に出現するモノだけは読んでいた。が、詳細は思い出せない。己の記憶力はあまり良くないのだ。
苦笑を見せて、アス江がそっと教えてくれた。
「えーとな。確かここの最下層で会うボスは一般的な【固定式】ではなくて毎回出てくるヤツがちゃう【召喚式】、てゆー珍しい奴らしくてな、全部で三通りあるらしいんよ。
一番多いんが多分吉やんが次ランクアップしたら成ると思う“牛頭鬼”らしくて、二番目は強力な魔術を使ってくる“魔導女鬼蛇”て言う奴らしいわ。
んで最後の三番目何やけど滅多に出んへんらしくて、集団ならともかく一対一になったらまず逃げろ、て言われてる“心象の仇敵”ってヤツらしいわァ」
「ソうか。ならば、ソノ“心象の仇敵”とやらガ出るのを期待シヨう」
「そう言うても、三番目のは千の一、万の一て話や。期待せんほうがええとちゃう?」
どこか諭すように語るアス江の話はその通りなのかもしれない。
だが己はアス江のように頭は良くない。だから願ってもよいではないか。どうか、その千の一が、万の一と出会えますように、と。
「では、行ってくル。手出しは無用ダ」
「吉やん、頑張ってな。待ってるから」
戦いの準備は既に完了している。今回の戦いは己だけで挑戦すると予め決まっているので、アス江やホブ水達は門を潜らず、ココで待機する事になっている。
両手で巨大な門を押す。すると大した力も必要なく、門は簡単に開いた。
「オガ吉の旦那。門は開けたままにしときやすんで、ヤバくなったら出てきてくだセー。中のボスは外には出られやせんので」
「分かッた。覚えテおコウ」
マグルの忠告を聞きながら、門を潜り中に入る。そこは今までの通路と同じく茶褐色の金属で造られていたが、大きさは優に五倍はあるだろう。六メートル程度しかなかった狭い通路と違い、斧を窮屈な体勢で振う必要もなく戦えそうだ。
それにしても、かつて見たベルベなんたらのダンジョンと比較すれば余りにも無機質な部屋である。部屋の中心部だろう床に赤い何かで刻まれた四メートルほどの大きさの円陣があるだけで、部屋を飾る装飾の類は一切ない。
壁も天井も床も全て真っ平らで、とにかく頑丈さだけを求めたようにすら見える。軽く床の感触を確かめるが、僅かな突起も感じない。ツルツルとしながらも踏ん張りは効く様で、奇妙な違和感を覚える。これまで進んできた通路は多少なりにも破損があり、ここまでツルツルとしてはいなかったのでより一層そう感じているだけなのかもしれないが。
戦場となる部屋の状況を観察しつつ進んでいると、十メートル程歩いた所で、床に刻まれた陣から唐突に白い光の粒子が吹き上がった。
反射的に盾を構えたが、光の粒子はどうやら攻撃の類の現象ではないらしい。それでも一応はその体勢のままで、更に量が増え、激しく渦巻きだした光の粒子に注目する。
そして視界の先で、光の粒子が何かを形作り始めた。どうやらホブ・ゴブリンと同程度の大きさがあるヒト型のようであるが、まだその細部は分からないし全体は見えない。
しかし今まさに【召喚】されている敵から感じる魔力の放流だけで、強敵だと直感が告げている。
「面白イ」
自然、四肢の力が漲る。踵が僅かに浮き、即座に動けるよう腰を落とした。戦いに向けて頭が高速で回転し始めた。
身体で感じる魔力の放流は住処に居た時の訓練時、魔術だけで言えばオガ朗を越えていたスペ星と対峙した時に感じるのと似たモノがある。恐らくは相応の魔術を行使してくる敵に違いない。
つまり今【召喚】されているのは、己と同じく斧を使った接近戦を好むらしいミノタウロスではないだろう。
ならば魔術の扱いに長けて二番目に多いと言っていた奴か。確かラミーア、だったか? 既にうろ覚えだった。
まあいい。
己にできるのは近付いて斧で斬り殺すか、盾を使うか肉体を使うか、あるいは口から炎を吐き出しての中距離攻撃だけである。選択肢はオガ朗のように多くない。だから難しい事は考えないでいいだろう。
オガ朗も「直感で戦え」と言っていたのだし。近付いて斬る。うむ、単純明快だな。
と自己完結したのと同時に光の粒子の収束が終わった。最後の一瞬だけ一際激しく輝いた後、白い光の粒子は一つ残らず消え去った。
そして陣の中心に居たのは、白い“何か”だった。
鼻や耳に似た何かはある。しかし口や目や体毛などは一切無く、武具の類は何も装備していない。ただ白い物体がヒトを形作っているだけにしか思えない“何か”である。
己が生きてきた中で、一度も見た事の無い敵だった。というよりも、想像すらした事のない敵だ。
普段の癖で気配を探ってみるが、呼吸すらしていないようで全く読めない。気配があまりにも希薄過ぎて、目を逸らしてしまえば何処に居るのか知覚できなかった。
本当に生物なのかどうか、己には判断しかねる存在だ。
これがラミーア、という奴なのか。何とも気持ちが悪い奴である。
が、外形などどうだってよい。小難しい事を考えるのは得意ではないのだ。とりあえず魔力が収束し始めている事から敵は魔術を行使しようとしているに違いない。見かけから力はあまりないだろうから、とにかく魔術を構築する余裕を与えるのは良くないと判断し、己は駆け出した。
それと同時にラミーアの集中力を削ぐべく、赤いホブ・ゴブリンの時のように手を抜かずに、本気の咆哮を上げる。
「■■■■■■■■■■■ッ!」
【オガ吉は鬼能【赤銅大鬼の咆撃】を繰り出した】
ラミーアの動きが僅かに止まった。しかしそれで充分だった。
その間に距離を縮め、上段に構えた斧を振り下ろす。それに合わせ、斧の刃から青い炎が噴き出した。
【魔斧≪魔焼の断頭斧≫の固有能力【青い罪】が発動しました】
青い炎によって攻撃範囲が拡張された斧。それを無防備なラミーアに叩き込む。
確実に殺した、と己は思った。
しかし、現実は違った。
ラミーアの身体が一瞬霞んで消える。斧はラミーアを切り裂く事は無かった。
あの状態で、斧を避けられた。
そして斧の振り下ろしの後にできた僅かな隙を縫う様に走った白銀の閃光が、己の喉を切り裂いたからだ。
血が流れ出る。痛みが走った。
「――ッガ!!」
反射的に首を後ろに傾けた事が幸いして、斬られたのは皮一枚だけだった。数歩ヨタヨタと後ろに下がる。
喉の傷は数秒もすれば塞がり、ダメージとしては有って無い様なものであった。それよりも問題なのは、目の前の敵だった。
「……なぜ、オガ朗がココに居る?」
黒い皮膚と全身を走る赤い刺青と銀色の左腕を持ち、己よりも小さいオーガが、先ほどまでラミーアが居た場所に居る。手には白銀のハルバードがあり、その斧頭の先には己が血が付着していた。己の首の皮を切り裂いた凶器だからだ。
一瞬目を疑ったが、見間違える筈が無い。
生まれた頃から共に歩み、それと同時にそうありたいと密かに願い憧れた、オガ朗がそこに居る。身体のアチコチに僅かに残る傷痕など、己が知るオガ朗と寸分違わぬ姿である。
ただ一点違うのは、その無機質な眼だろう。あの他者を魅了してやまない力強さで溢れた瞳から、まるで大切な何かが零れ落ちたような、そんな眼である。
「ほら、来いよオガ吉」
目の前のオガ朗が、オガ朗の声そのままでそう言った。そして無機質な眼で己を見てくる。
それに、どうしようもない腹立たしさを覚える。
コレは違う。コイツはオガ朗じゃないッ。
そう言う思いが爆発した。
何か、大切な何かを穢されているように思えたからだ。
「■■■■■■■■■■■ッ!!」
無意識の内に、憤怒の咆哮を上げた。
盾を前面に出して、敵を殺す斧は敵の死角に隠す様に構える。既にオガ朗は――否、敵は己が殺傷範囲に入っている。それ故に大きく動く必要はなく、敵を殺す体勢を整える。
一振りでコイツは叩き殺す。その為の準備を。
「だから血が頭に昇ったら側面の守りが甘くなっている、と何時も言っているだろうに」
そして、脇腹に衝撃が走った。不意打ちだった故にその衝撃に耐えきれず、己が肉体が傾く。
幸い腹に力を込めていたので肉がごっそりと抉り取られる事こそ無かったが、それでも皮膚が弾けて肉をガリガリと削られた感覚がする。結構な血が流れ、苦痛で顔が歪んだ。
「ゥッが――■■■■■■■■■■■ッ」
【オガ吉は鬼能【赤銅大鬼の灼咆】を繰り出した】
痛みに耐えきれず声が漏れたが、ハルバードの追撃を視界の隅に捉えたので咄嗟に口から炎を吐き出して目の前の敵を攻撃する。
結果として炎は避けられてしまったが、炎を回避する為後方に下がった敵から距離を置く事には成功した。それに合わせ、己も後方に下がる。
普段ならば距離をつめて畳みかけていたのだろうが、今は脇腹を削った攻撃がどういったモノなのかを知る事を優先したい。そして敵がなぜオガ朗の姿をしていたのか、それも気にかかる。
「一体、どうイッタ攻撃を……」
脇腹の怪我は数十秒もすれば血は止まり、痛みは多少引くだろう。しかしそれなりのダメージはあるし、傷口を見ただけではどんな攻撃をされたのかは分からない。
攻撃された時には敵の四肢は視界に捉えていた。だから直接攻撃された訳ではない。
魔術かとも思ったが、それも違うだろう。魔力は感じなかった。魔術ならば必ず魔力による予兆があるはずだが、それが無かった。だから、魔術でもない。
ならば、何だ?
「相変わらず、オガ吉は豪快だな」
敵が語る。オガ朗の声で。まるで己を昔から知っているように。
思考が中断される。
どうしても気に喰わない。ただ居るだけで腹立たしくすらある。一刻も早く、コイツは殺さねばならない。何故だか、そう思う。そう思えてならない。
一瞬でも早くコイツは消さねばならない。殺したい。そういった思考で頭が溢れそうになる。
「貴様は、誰ダ?」
「俺はオガろ……」
「その名ヲ貴様が語るナッ!!」
オガ朗、と言いかけた敵に我慢ならず、思わず叫んでいた。その名を簡単に語られるのは、許容する事は到底不可能だった。
斧の柄を握る力が強過ぎて、ギシギシと音が鳴る。無機質な眼をした敵を、射殺すように睨みつける。
しばしの睨み合いは、しかし入口付近から響いてきた声によって中断された。
『吉や~~ん! そいつが“心象の仇敵”やッ。そいつは、吉やんが一番強いと思ってる奴に化ける。しかも吉やんが想像する通りの攻撃手段を持っているそうやぁ!!』
アス江の声だった。それと同時に理解する。
なるほど、確かに己が一番強いと思っているのはオガ朗だ。オガ朗なら、色んな攻撃法を持っているのが普通である。脇腹の攻撃は熱くもなく、また冷たくも無かった事から、恐らくは風を操って攻撃してきたのだろう。以前にも、そうやって弱点を指摘されていた事を思いだした。
そこまで思考し、咄嗟に盾を構える。一瞬で距離を詰めてきた敵が、ハルバードの突きを繰り出したからだ。穂先が僅かに帯電している。やはりこのハルバードも、オガ朗が持っているモノと同じ事ができるようだ。
防御は何とか間に合い、かなり重い衝撃が全身を走った。それに加え、雷槍が迸る。電気は金属で造られた盾を通過してきそうだったので、咄嗟に盾の能力を発動させる。
【魔盾≪黒鬼の俎板≫の固有能力【衝撃反射】が発動しました】
盾には三つの能力があった。
普段から発動させている【重量軽減】と【突破困難】と、今回の【衝撃反射】だ。これで守りはより一層硬くなった事になる。
繰り返すが【衝撃反射】は発動した。己が耐えた衝撃は敵に返った。しかし己の身を電気が貫いた。
どうやら【衝撃反射】は電気などは効果対象外なようだ。電気によって身体が痺れ、中から焼かれる様な痛みがする。何度味わっても気分のいいモノではない。
だが悪いことばかりでもない。衝撃を反射された結果、敵のハルバードが砕けたからだ。
【衝撃反射】はどうやら武器破壊にも使えるようだ。
今までは奥の手の一つとしてあまり使用するな、とオガ朗に言われていたので、これは今初めて知った。中々使い勝手が良い。敵の攻撃から受ける衝撃を感じなくなる訳ではないが、十分過ぎる能力と言えるだろう。
敵は得物を失った。コレは好機だ。
身体はまだ痺れて痛むが、それを押し殺して再度、炎を纏う斧を振う。
ココから、長いようで短い戦いが始まった。
■ Δ ■
得物であるハルバードは破壊できた。
それに引き換え己には盾と斧がある。
しかしその程度では、己が想像するオガ朗の戦闘能力は些かの衰えも見せる事は無かった。
「ぐ――オオオオッ」
「敵が前に居ても、全方向の警戒は怠るな」
「グガアッ!!」
形を自在に変化できる銀腕で盾を殴りつけて【衝撃反射】によって生身の部分が破壊されないようにし、前方に意識を集中させた後に後頭部と膝裏に何かを使って攻撃する。
それを完全に防ぐ事はできず、体勢が崩れ、意識が飛びそうになったが想像できていた攻撃なので何とか堪えて、首を狙って斧を一薙ぎ。しかしそれを読んでいたのか、既に敵は後方に退避していた。
荒い息を吐き出しながら、歯痒さと同時に燃える様な殺意が湧きあがる。
敵の行動は全て、憎らしいまでにオガ朗がしてきそうな事だった。
正面から己を殺せるだけの実力がありながら、しかしそれはせずに最低限度の消耗で最大の成果を――つまりは己の殺害を達成しようとするその姿勢。自分よりも弱い獲物を前にしても、完全に息絶えるまで油断しないその姿。
己が想像する通りのオガ朗の行動だ。
戦闘が始まって既に十分が過ぎた。
以前本気で戦った時の戦闘時間は三分ほどで敗れた事を考えれば、大きな進歩とも言えるのかもしれないが、敵はオガ朗ではない。己が想像を読み取ってできた偽物だ。何ら誇れるモノではない。
余計な事を考え始めた思考を振り払い、己の状態を確認する。
肋骨が何本か折れて激しく痛み、右足の骨は踏み砕かれて素早く動く事は不可能だ。頭部の角は一本斬り落とされてしまったし、盾を構える左腕には小さなナイフが一本突き刺さっている。引き抜きたいが、その隙をもらえないのでそのままになっていた。
それが原因で血は止まらず、もう左手の感覚が無くなりかけている。盾を保持しているのが辛い。あと一、二分もすれば盾を構える事はできなくなるだろう。そうなれば武器を一つ失う事になり、攻撃の手段が更に限られるのは厄介だ。
全身にある大小様々な裂傷は数え切れず、打撃を受けた箇所は紫色に腫れている。流した血が多過ぎて、目眩もしてきた。
状態は最悪だった。
それに引き換え、オガ朗の姿をした敵は殆ど無傷と言っていい。
いや、何度か良い攻撃は入ったのだが、ダメージは与えた端から回復していったからだ。
生身の右腕を斬り落とせば落ちた腕を拾ってそれを喰い、新しい腕を即座に生やした。噛みついた状態で炎を浴びせ、何とか皮膚を燃やせたかと思えば皮膚は自然に剥がれてその下にはすでに新しい皮があった。
細かい掠り傷など殆ど一瞬で治癒し、ダメージとして認識すらしていないようだ。
唯一顎に打撃が決まった時は足がふらつきはしたが、畳みかける前に水球や雷撃で足止めされ、その隙に回復された。
ハッキリ言うが、オガ朗は色々と反則だ。
「さて、そろそろ終わりにしよう」
オガ朗が――否、敵は腰を落とし、半身になった。銀腕を引き、生身の右腕を前に突き出す。見た事がある構えだった。
敵が床を蹴ると茶褐色の床が捲れ上がり、まるで風のような速さで、それでいて無音で迫ってくる。
己は咄嗟に盾を構えた。そうしなければ死ぬと思ったからだ。
しかしこの一撃の前では、既にボロボロの守りなど無意味だった。恐らく最高の状態であってさえ、この攻撃を受け止めるのは困難だったに違いない。
それほどの攻撃だった。
「――【重撃無双】から【連撃怒涛】の繋ぎ十八連」
銀色の残像が残る程の速度で銀腕が振り抜かれた。
銀腕の拳が盾に撃ち込まれた瞬間、殺しきれなかった衝撃に負けて、盾が己に衝突した。まるで壁で圧殺されるような感覚だった。攻撃に耐えきれなかった為、【衝撃反射】が発動する気配がない。
この一撃で全身の骨が軋み、あるいはヒビがあった場所が砕けた。左腕に突き刺さっていたナイフは衝撃によって砕け、刀身の欠片が左腕を内部からズタズタに引き裂く。
今度は生身の右腕で攻撃され、それで盾は何処かに飛んでいってしまった。盾が邪魔で直接攻撃できなかったからだろう。盾が無くなり、再び銀腕が振るわれる。直撃だ。腹にめり込んだ拳は内臓が全て口から溢れ出る様な錯覚さえ抱くほどに強烈だった。
だが攻撃はまだ終わらない。己が全身を磨り潰す様に、凄まじく強烈な攻撃の連打が全身に叩き込まれていく。己の肉体が徹底的に破壊されていくのが分かる。
六発目までは知覚できたが、それ以上はよく分からなくなった。
ただ全身を殴打されているような曖昧な感覚がするだけで、痛みは既に無い。痛みを感じる段階は既に過ぎていた。
意識が白く染まり、何も感じ無くなっていく。その事に恐怖は無かった。あれほど感じていた敵に対する怒りも、今はあまり感じない。
あるのはただ、オガ朗の偽物にすら負けて殺されようとしている己の不甲斐なさだけだ。
確かにオガ朗を模した敵は果てしなく強い。己が想像した通りの強さで、己が勝てるとはまだ思えない敵だった。
しかしそれでも、あくまでも敵は己の想像を越えてはいない。己が想像できる程度の攻撃しか、敵はしてこないのだ。だからある程度は攻撃を想像し、防ぐ事はできていたのだ。
だから思う、コレは違うと。
本物のオガ朗の本当の力はこんなモノではない。この程度のはずが無い。己にはその確信があった。
オガ朗は生まれた時から己の想像を越えた所で生きている。己が想像すらできない場所を見ているような気さえする。
だから己は憧れているし、惹かれているのだ。友として、共に在りたいと思っているのだ。
それ故か、死の間際になってより一層己は強く欲した。
不甲斐ない己を変えるだけの、変えられるだけの“力”が欲しいと。
軽々と想像を越えていくオガ朗のように、己も、誰もが抱く想像を越えるような力が欲しいと。
全身がボロボロになりながらも斧を放さなかった右腕を前に伸ばす。斧に纏わり付く青い炎がユラユラと揺れるのが見え、ついで天井がボンヤリと見えた。そしてその向こうに、誰かが居る様な錯覚を覚える。
気がつけば背中には金属の感触がある。どうやら飛ばされた盾が床に突き刺さり、立っている事ができなくなって崩れ落ちた己は盾に背を預けて座っているらしい。
その姿を遠く離れた場所に居る敵が見下ろしていた。
あまりにも無様な姿だ、と自嘲すら、できない。
いや、そんな事は、どうでも、いいのだ。
今更、何を、どうでも、いい事、を考えて、いるのだろうか。
己、はただ、オガ朗、のような、強さが、“力”が、欲し、くて。
ああ、ダメ、だ。意識、が、消、えて、いく。
心臓の動きが、止まった。
【オガ吉が迎えようとした【致死の運命】はオガ朗の【運命略奪】によって執行猶予があります】
【一定時間以内に新しい神の加護を得られれば【致死の運命】の回避が可能です】
【一定時間以内に新しい神の加護を得られれば【致死の運命】の回避が可能です】
【一定時間以内に新しい神の加護を得られれば【致死の運命】の回避が可能です】
【一定時間以内に新しい神の加護を得……】
【オガ吉は【雷光の神の加護】を新しく獲得しました】
【オガ吉は【致死の運命】の回避に成功しました】
【これに伴いオガ吉は世界詩篇[黒蝕鬼物語]第三章第一節【斧滅大帝の目覚め】をクリアしました】
【オガ吉は新しく称号【斧滅大帝】の能力が付与されました】
【称号【斧滅大帝】には固有能力が設定されています】
【オガ吉は固有能力・【斧滅なる者】を獲得した!!】
【オガ吉は固有能力・【渇望し天上へ至る者】を獲得した!!】
【固有能力【斧滅なる者】の効果により【魔焼の断頭斧】の情報が改変されました】
【固有能力【斧滅なる者】の効果により【黒鬼の俎板】の情報が改変されました】
【魔斧【魔焼の断頭斧】は霊斧【霊焼の免罪斧】に成りました】
【魔盾【黒鬼の俎板】は霊盾【雷炎牛鬼の城盾】に成りました】
【レベルが規定値を突破しました。
特殊条件≪大群虐殺≫≪戦力渇望≫≪運命反転≫≪万夫不当≫≪神話補正≫をクリアしているため、【牛頭鬼・新種】に【存在進化】が可能です。
【運命略奪】により、強制的に≪YES≫が選択されました】
【オガ吉は特定階位にまで【存在進化】した為、※※※より“真名”が与えられます】
【オガ吉は【真名・雷炎牛皇】が与えられました】
【真名・雷炎牛皇には固有能力が設定されています】
【ケラウノスは固有能力・【雷天神牛の系譜】を獲得した!!】
【ケラウノスは固有能力・【神殺しの雷炎】を獲得した!!】
【ケラウノスは特定条件種、特定条件行動、選定の刻印をクリアしている為、※※※から特殊能力が二つ与えられます】
【ケラウノスは【武勇蒐集】を獲得した!!】
【ケラウノスは【蹂躙制覇】を獲得した!!】
【ケラウノスは復活しました】
重い瞼を開け、背を預けていた盾からまだ重ダルイ身体を放して起きあがる。
何か、夢を見ていた気がする。
誰かが己を深い底から引っ張り上げてくれていたような、そんな夢だったはずだが、よく思い出せない。
ふと、手の中に収まっている斧と床に突き刺さったままな盾を見る。どちらも以前とは形が変わっていた。
斧は白銀と黄金の装飾が多くなり、より切れ味が上がっているように見える。そして持っているだけで感じる力強さは、以前とは桁外れに強くなっている。しかしそれは盾に比べれば些細な変化だと言えた。
感じる力強さの上昇は同じだが、飾り気は無く、ただ平らで強度のみを追及していたような盾には黄金で牛頭の紋様が新しく刻まれていたのだ。その良し悪しなどは分からないが、己としてはその紋様は気にいるものだった。
そして不意に気がついた。己の変化に。
腰から下は黄金色の体毛が皮膚を覆い隠す様に生え、足首から先はバイコーンのような黒いひずめになっていた。尻に違和感を感じて触れてみれば、そこには尻尾があった。尻尾は己の意思である程度動かせるようだ。
肌の色は変わらず赤銅色だったが、今までは無かったオガ朗の刺青に似た紋様が全身に、黒と黄金のラインによって描かれている。アス江やダム美達にはあるのに己には刺青が無かった為、これでやっと皆と同じになれたように感じられ、嬉しくなった。
それにしても、周囲を見回せば何もかもが小さくなっているように感じられる。
気絶した間に何が起きたのだろうか? 疑問が浮かぶばかりで、答えが導き出せない。
「オガ吉、お前……」
ふと、声が聞こえた。オガ朗の声だった。背後を振り返る。しかしそこには誰もいない。小首を傾げた。
何処から声が聞こえたのだろうか? 分からない。まだ思考がハッキリとしない。
「なんだ、それは」
今度も声がした。どうやら下から聞こえたようで、頭を下げて見た。
そこに居たのは、己の半分程度に縮んでしまったオガ朗を模した敵――“心象の仇敵”だった。
ん? 小さくなった、だと? 訳が分からなくて混乱してきた。が、取りあえず言える事がある。
敵が、あんなにも圧倒的だった敵が、酷く弱々しいと感じるようになっているという事だ。
その理由は分からない。思考が未だにハッキリしない為、何がどうなっているのかが分からない。
だが、まあいい。無駄な事は考える必要はない。
結局、やるべきことは一つなのだ。
以前の己が想像したオガ朗を模す敵を、“心象の仇敵”を殺せばいい。何故か変わった愛斧で叩き殺せばいいのだ。
それが、今の己がすべき事なのだ。恐らく、きっと。【直感】もそう言っている。だから、殺せばイイ。そうだ、殺そう。今すぐに。
斧の柄を強く握る。以前よりも手に馴染む感覚がする。これなら、本物のオガ朗を相手にしてもいい勝負になるかもしれない。
まあ、そんな訳がないだろうが。
オガ朗に勝つという甘い幻想は一旦振り払い、敵を見る。今は邪魔になると思ったので、盾は床に突き刺さった状態のままで放置する。
斧を肩に担ぐ。先ほどまでの余裕が無くなり、ただ驚いているだけの小さな敵に向けて、何も考えずに走った。
ひずめが踏み砕いた床が爆ぜ、黄金色の雷光が迸る。
それは一瞬だった。
今までに無いほどの加速と、己以外が酷くゆっくりと進んでいくような世界の中で、普段通りの速さで振り下ろした斧が抵抗すら許さずに“心象の仇敵”を両断した。
防がれる事も、反撃される事もなく。ただ一撃で、ただ一瞬で“心象の仇敵”の身体が蒸発した。斧の一振りと同時に黄金の雷光が迸り、刀身から白い炎が噴出されて敵の身を焼いたのだ。
こうして勝負は呆気なく終わり、そして、己の意識が再度消えていくような感覚に襲われた。
ただ今回のは眠るような、という表現が近い。
足から力が抜けて、地面が近づいてくる。
ふと、視界の隅で涙を流しながら駆け寄ってくるアス江の姿が見えた。唇からは微かに血が流れているように見える。己の不甲斐なさに怒っているのか、あるいは己を心配してくれているのか。
己としては後者であって欲しいモノだが、その事を考えるよりも、今は一つの思いで思考が一杯だった。
「オガ朗……絶対に追いついテヤる……ゾ」
先ほどの溢れ出る様な力の奔流は己の力なのだと、何となく理解していた。
故に床に倒れて意識が飛ぶ最後に己は、オガ朗のような“力”を得たのだ、という実感を得たのだった。
【辺境詩篇[試練の自鏡]のクリア条件【単独撃破】【心敵超越】が達成されました】
【達成者であるケラウノスには希少能力【殺戮戦域】が付与されました】
【達成者であるケラウノスには【白転心象の御霊石】が贈られました】
【達成者であるケラウノスには【試練突破祝い品[初回限定豪華版]】が贈られました】
【オガ吉視点終了】
【マグル視点】
【時間軸:オガ吉視点と同じ】
【デュシス迷廊】地下十八階。
そこでオガ吉の旦那は初めて遭遇した【赤中鬼剣鋭】を、その斧で容易く両断した。
その時にアッシが抱いた素直な感想を言わせてもらえば、そんな馬鹿な、でやした。
そう思った理由は幾つかありヤスが、大きく言うのなら二つ。
【赤中鬼剣鋭】はホブゴブリン種でありながら、オーガに迫る戦闘能力を持っているという常識がまず一点。
そして【派生ダンジョン】の内部で出会った個体だ、という事。
ココでなぜ【派生ダンジョン】云々が理由としてあるのかと言うと、【神代ダンジョン】からある日突然枝分かれして生まれる【派生ダンジョン】には、共通して“内部で生産したモンスター強化”という能力がありやす。
それによって【神代ダンジョン】では二段階上のモンスター相当、【派生ダンジョン】では一段階上のモンスター相当の戦闘能力があるとされていやす。
【派生ダンジョン】の強化率が低いのは、当然色んな“規格”が劣化しているからでしょう。
小難しい話はアッシが学者でも何でもないので知りやせんが、とにかく、【神代ダンジョン】ではゴブリンが外に生息しているオーガ相当の戦闘能力を有し、【派生ダンジョン】ではゴブリンが外に生息しているホブゴブリン相当の戦闘能力を有していると考えれば、少しはアッシの思いを理解できるでしょうか。
外に住んでいる【赤中鬼剣鋭】の類が元々オーガに迫る戦闘能力を持ち、それを一段階強化された個体が、オガ吉の旦那が簡単に屠った奴なのでやす。
普通に考えればオーガ亜種であるオガ吉の旦那といい勝負はできるだけのモンスターでしたのに、それがああも簡単に殺されると、色々とアッシの常識も狂いやして。
などと思うのは早かった。どうやらオガ吉の旦那を甘く見ていたようでヤス。
常識外の出来事は、まだまだまだまだ多くあったのでありやす。
深い階層に潜れば潜るほど、オガ吉の旦那の異常性を理解できるというモノでした。
遭遇した敵の戦いとドロップ品を纏めると、こんな感じになりやすかね。
【赤中鬼剣鋭】が二体現れた。
オガ吉の旦那は盾で敵の一体を激しく殴打し、壁際に追い込んで頭突きを繰り出し、頭部を潰した。残りの一体は斧で四肢を斬り落として床に這い蹲らせ、足の踏みつけで首の骨を折った。
【オガ吉は【赤中鬼剣鋭】を二体倒した】
【“黒鉄の軽装鎧”×2がドロップしました】
【“炎波の大剣”×2がドロップしました】
【“炎膜の布”がドロップしました】
【青中鬼槍鋭】が二体現れた。
オガ吉の旦那は槍の突きを盾で防いで、無造作に近づき、一体の首を斧の一閃で刎ね飛ばした。
残る一体は後方に下がって再び突きを繰り出したが、先ほどと同じパターンで首を刎ねられる。
【オガ吉は【青中鬼槍鋭】を二体倒した】
【“水膜鋼の軽装鎧”×2がドロップした】
【“三水の槍”×2がドロップした】
【“水膜の布切れ”×3がドロップした】
【“青い眼球”がドロップした】
【黄中鬼槌鋭】が一体現れた。
オガ吉の旦那は棍棒の一撃を受け止め、その直後に体当たりを喰らわせて敵の体勢を崩し、盾の角で頭部を叩き潰す。肉がまるで弾けるように飛び散った。
【オガ吉は【黄中鬼槌鋭】を一体倒した】
【“金砕棒”がドロップした】
【“デュシス鉱石のインゴット”×2がドロップした】
【赤、青、黄の混成精鋭部隊】が現れた。数はそれぞれ三体の総数九体。
オガ吉の旦那は盾を前に押し出し、斧を振り、口から炎を吐き出したりして精鋭部隊を三分ほどで殲滅した。それなりに名の知れた冒険者でも一人なら苦戦する相手と数だというのに、戦う様は余裕すらあるように感じられた。
【オガ吉は【赤中鬼剣鋭】を三体倒した】
【オガ吉は【青中鬼槍鋭】を三体倒した】
【オガ吉は【黄中鬼槌鋭】を三体倒した】
【“鴉の嘴”×2がドロップした】
【“鉄鞭”がドロップした】
【“グレイブ”がドロップした】
【“管槍”がドロップした】
【“方天戟”がドロップした】
【“磁鋼の重層鎧”×3がドロップした】
【“水膜鋼の軽装鎧の燃えカス”×3がドロップした】
【“中鬼精鋭の鋭牙”×7がドロップした】
【“銀鉄鋼”×3がドロップした】
【“トリアリウム鉱石”×4がドロップした】
【“未鑑定の腕輪”×2がドロップした】
【鋼鉄猪】が一体現れた。
狭い通路を埋め尽くすような巨躯をした猪を、オガ吉の旦那は斧に高温の炎を纏わせて真正面から両断した。高熱を宿した斧の刃が体毛と皮膚が鋼鉄であるスティールボアーをまるでバターのように切断したのは、圧巻でやした。
【オガ吉は【鋼鉄猪】を一体倒した】
【“鋼鉄猪の鋼皮”がドロップした】
【“鋼鉄猪の鋼牙”×2がドロップした】
【“鋼鉄猪の匂い袋”がドロップした】
【灰鉄大鬼】が三体現れた。
オーガ種の一つでその皮膚は鉄と同程度の硬度がある上、三体とも全身には精鋭達が持っていた武器や防具が装備されていやした。恐らくエリート達を殺して奪ったと思われやす。
恐らく今までで最も強いモンスター達を前に、オガ吉の旦那は恐れる事もなく正面から突き進み、そして苦戦しながらもたった一鬼でアイアンオーガ達の四肢を斬り落としたり、盾で顔面を潰したり、トドメとして首を刎ねていきやした。
【オガ吉は【灰鉄大鬼】を三体倒した】
【“灰鉄大鬼の鋭牙”×5がドロップした】
【“容量の大きい道具袋”がドロップした】
【“灰鉄大鬼の鋭角”×2がドロップした】
【“大金砕棒”×2がドロップした】
【“オーガの腰布”がドロップした】
この他にも、オーガ亜種の常識を越えた殺戮が何度も何度も繰り広げられたのでヤス。
いやはや、オガ吉の旦那はもうオーガとかの枠組みの外にいやすね。アッシの常識はもう木っ端ですわ。
と、オガ吉の旦那の戦果が凄過ぎて忘れがちでやすが、アス江の姐御、ホブ水の姉さんや柴犬の兄さん達も十分可笑しい戦闘能力がありやした。
アス江の姐御のウォーハンマーの一撃は【鋼鉄猪】の突進を真正面から叩き潰し、その身を潰しちまいやした。かなりの速度で向かってくる巨大で五百キロはある鉄の塊を、一撃でペチャンコにしちまったんでさ。ハーフ・アースロードについてはアッシはそこまで知りやせんが、コレは異常でしょうよ。と言うか、アス江の姐御が特別なんだと思いたいくらいの迫力でやした。
ホブ水の姉さんは回復技能に優れていて、敵の攻撃を避け損ねて肉が抉られて骨が見えるような状態になったアッシの腕を繋いでくれやした。今じゃあ違和感すらありやせん。
柴犬の兄さんの生体槍の刺突と言ったら、一瞬穂先が霞むほど早いんでさ。槍の長さを生かして【赤中鬼剣鋭】を何体か串刺しにしちまいやした。ただ【青中鬼槍鋭】には流石に槍の扱いで負けていやしたが、柴犬の兄さんがまだ足軽コボルドだという事を考えれば今後ランクアップすれば容易く殺せるようになるでしょうよ。
いやはや、本当に皆さん全然普通ではありやせん。
コレがモンスター達が最初から備えていた能力だというのなら、アッシ等人間はとっくの昔に滅ぼされていたか、あるいは家畜扱いとして何とか生存していたかもしれやせんねェ。
いやー、こりゃ負けますわな。あの時の戦争でアッシ達が捕虜兼奴隷になるのも仕方ない、と今では納得せざるを得ない状況に立たされていやす。
まあ、捕虜兼奴隷と言っても虐待とかは基本的にありやせんし、ある程度までなら自由な生活が保障されていやす。耳にカフスを着けるまでは全員牢に入れられていやしたが、今では個人のベッドまで拠点にはありやすしねェ。
女の捕虜兼奴隷と一部の男達は流石に他の兄さん姉さん達に抱かれたりはしていやすが、それでも七日間ある一週の内の二日は夜の営みはしなくて良いとオガ朗の大旦那に確約されていやす。
それに一週の内最低でも三日は誰かに抱かれなきゃいけやせんが、その時は基本的に一対多数とかではなくて一対一。しかも残る二日は本人の意思で抱かれる抱かれないをある程度決められるようになっていやす。
それに性病対策なんでしょうが、一週に一回は全員の身体検査がされるという制度とかもありやすね。
何時も思いやすが、捕虜兼奴隷の待遇じゃないですって、コレ。
それどころか真面目に働けば働いた分だけそれが評価されて、飯とか嗜好品などがある程度融通されるようになりやすし、信頼を獲得するとアッシ達の意思で傭兵団の正式メンバーになるか、あるいは元の生活に戻るかが選択する事ができるらしいんで、クソッタレ貴族共の馬鹿な命令のせいで無駄死させられかねない王国の軍に居るよりも、断然やりがいがあるってなもんでさ。
残してきた家族がアッシが生まれ育った村にいやすんで、ココらで頑張って入団して、早く迎いに行きたいでやすねェ。
オガ吉の旦那、アッシはアンタについていきやすぜ。
ただ、モンスターの焼き肉を突然喰えって言われても困りヤスがね!!
アッシにも、覚悟ってのは必要なんでさァ。
■
最下層にあるボス部屋。
【召喚式】という珍しいタイプで、部屋で戦う事になるのはアス江の姐御が言っていたように全部で三通りのモンスターでありやす。
最も出現頻度が高いミノタウロスは斧と強靭な肉体で戦う接近戦型の有名なモンスターで、下手な前衛だけしかいない場合は即座に殲滅されかねないと言う話で。
ミノタウロスに次いで出現頻度が高いラミアは蛇の下半身による締め付けなどに加え、強力な魔術を行使してくるために、ある意味ではミノタウロスを越える厄介な敵だそうでやす。
そして今回【召喚】されたのは最も厄介で、最も遭遇する確率が低い“心象の仇敵”でありやした。
“心象の仇敵”
集めた情報によると白いヒト型の何かで、対峙した者が最も強いと思っている存在に変化するという特徴があり、しかも対峙者の苦手意識などによっては本物以上の強さになる事もあるそうで、大半の場合はコイツがでたら逃げるか、あるいはパーティーの連携でギリギリ殺せるかどうか、といったレベルのモンスターなのだとか。
つまりは一対一ではかなりヤバい相手であると言うのに、
「オガ吉の旦那、苦戦してやすね」
「オガ朗に化けてるから、そりゃ苦戦するってもんや。オガ朗は、そらもう馬鹿みたいに強いわァ」
オガ吉の旦那は一人で戦っていた。
オガ朗の大旦那に化けた“心象の仇敵”に正面から、たった一鬼で。そして遠くからその戦いを見ているアッシ等としては、両者の間に大きな隔たりがあるのだと良く分かりやした。
「同期のメンバーで、総帥よりも強いのを想像できるのは居ないと思いますです、はい」
とホブ水の姉さんが事も無げに言い、それに柴犬の兄さんが頷いた。
「同意。如何にオガ吉殿と言えど、一鬼では殿に勝てる道理無し」
オガ吉の旦那の攻撃は大半が避けられたり防がれたりしていやすが、何回かは攻撃が決まっていやす。その中で腕を斬り落としたりする事もありやした。
それでも、敵は即座に回復していくのだからどうしようもありやせんよ。
アッシの目からは、オガ吉の旦那に勝機がある様には思えやせんでした。
一番前で、ジッと戦いを見ていたアス江の姐御を仰ぎ見て、我慢できずに聞いてみやした。
「アス江の姐御。助けなくて、いいんでやすか?」
「助けんでええ、手出し無用や。吉やんがヤル言うんなら、ウチ等は黙って見とればええ。コッチに退避してきたら、治療はするけどな」
「でやすが、そろそろ殺されかねやせんぜ? オガ吉の旦那、かなりボロボロになっていやすが」
「それでもや、ウチ等から助けはせん。吉やんが全力で戦った結果、ココで死ぬんなら仕方ない。そこまでの鬼やったんやって、ウチも思うようにする。やけどまだ戦ってるんや、吉やんの意思で。それを邪魔するんやない。やから今は、吉やんの勝利を祈って黙っときィな」
キッパリ言いきったアス江の姐御に圧されて何かを言える筈もなく、戦いの行く末をただ見守りやした。
そして、終わりがきやした。
“心象の仇敵”が本気でオガ吉の旦那を殺しにかかったのでやす。
アッシでは捉えきれない程の速度で撃ち込まれた拳は盾諸共オガ吉の旦那を殴りつけて、その後も繰り出される連打を既にボロボロになっていたオガ吉の旦那は防ぐ事もできず、無抵抗で撃ち込まれていくばかりで。
肉袋を殴る様な鈍い音がココまで響いてくるほどの、圧倒的破壊を想像させる打撃音。
咄嗟に駆け出そうとした柴犬の兄さんをアス江の姐御が手だけで制し、動く事が出来やせん。
一体何を考えているのか、とアス江の姐御の正気を疑ってしまうほどの頑なさでやしたね。
「手ェ出すんやない。ウチ等は吉やんが完全に動かんなるか、助けを求めるまで待つんや」
「ですが隊長!」
「黙っとけ! 吉やんの最後になるかもしれん戦いを穢すンは誰やっても容赦せんッ。それに吉やんの底力を侮るんやないでッ」
そう言いながら、アス江の姐御が唇を噛みしめているのを見てしまうと、反論なんてできるはずがありやせん。この中で一番最初に駆け出したいはずの人が我慢していて、アッシ達が何かを言える筈がありやせんよ。
そして一際鈍い音が響いて、殴られていたオガ吉の旦那の巨体が吹き飛んだ。
床をゴロゴロと転がっていくその巨躯は、先に飛んで床に突き刺さっていた盾に当たって止まりやした。身体のアチコチが陥没したりしていて、どう見ても死んでいるようにしか見えやせん。
コレはもう行くしか、と思った時、やはりアス江の姐御がアッシ等を止めやした。
「あと五秒だけ待ちい。五秒だけでええから、待ってや。そっからは、イクで」
ウォーハンマーを肩に担ぎ、静かに“心象の仇敵”を見据えながら呟かれたその声にブルリと寒気が走りやした。
そして五秒が過ぎ、オガ吉の旦那を助ける為に部屋に入る直前、雷光がオガ吉の旦那の肉体から発せられやした。それにアッシ等の足は止まり、部屋の中の変化は急速に進んで行きやす。
オガ吉の旦那の肉体が、膨れ上がる。
一体何が起きたのか、呆然とその成り行きを見ていたアッシ等の視線の先で変化は十数秒ほどで終わり、そして死にそうになっていたというのに、何の怪我もしていないような自然な動作でオガ吉の旦那は起きあがりやした。
オーガとしてではなく、牛頭の巨鬼――【牛頭鬼】として、でやすが。
今のオガ吉の旦那の身の丈は優に五メルトルほどもあり、平均的なミノタウロスのモノよりも一メルトルは巨大でしょう。元々亜種だったオガ吉の旦那なら、この程度の巨躯は当然かも知れやせん。
もともとの赤銅色の肌はともかくとして、しかし下半身に生えた黄金の体毛やら、黒と黄金の刺青やら、黄金に輝く頭部の双角とか、アッシの知るミノタウロスではありやせん。亜種なのだとしても、こんなのは聞いた事すらありやせん。
それに加えて斧と盾すらオガ吉の旦那のサイズに合わせたかのように変化していたりとか、アッシはもう何が何やら分からなくなりやした。
そしてアッシの混乱を余所に、オガ吉の旦那は三メルトルを越える両手斧を軽々と片手で担ぎ上げて。
次の瞬間には爆音が響き、“心象の仇敵”が居た所に黄金色の雷光と白い業火が発生しやした。
その近くには斧を振り下ろしたオガ吉の旦那の姿がありやす。
黄金雷と白炎の中に斧を振り下ろした状態で佇むその姿は、まるで神話で語られるように神々しく。
そしてまるで時間が飛んだように進行した光景に、ホブ水の姉さんや柴犬の兄さん達も呆気にとられていやす。あるいは、オガ吉の旦那に見惚れてしまったのかもしれやせん。
その中でアス江の姐御だけが、とんでもない速度で部屋に駆けこんでやした。
それに我に帰って今の状況を確認すると、“心象の仇敵”は影も形も無く、オガ吉の旦那がゆっくりと倒れて行くのが見えやす。
その事からどうにかオガ吉の旦那が勝ったんだ、とは理解出来やしたが。
突然ランクアップしたり、一時は殺されかけた敵を瞬殺したり、もう本当に訳が分かりやせん。
とにかく言えるのは、オガ吉の旦那も十分規格外って事でヤスかねェ。
いや本当に、アッシは何処までも着いて行かせてもらいヤスよー。
【マグル視点終了】
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