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第二章 傾国の宴 腹黒王女編
百一日目~百十日目
 “百一日目”
 出立した当初、お転婆姫の子守りは色々と面倒を極めた。
 街道近くに出没する巨大で灰色のニワトリ型モンスター“ビッグコッコ(仮称)”に無邪気に近寄って行くわ、ボルフォルに牽かれつつも密かに自走している骸骨百足から身を乗り出して落ちそうになるわ、料理中で包丁を扱っていた姉妹さん達を後ろから驚かせたり、王族という事で畏まっている鍛冶師さん達に『我にひれ伏すが良いぞ』などとのたまうのである。
 当然これらは一例だ。この他にも色々とある。
 まあ、王族だから最後は別に問題ないのかもしれないが。

 とは言え、だ。

 ビッグコッコ――正式名称“ミステッド”――は駆け出し冒険者が経験値稼ぎとして狩る様な雑魚モンスターだが、モンスターはモンスターである。戦闘系の職業を持たない無手の幼い少女が無傷で勝てる生物ではない。
 普段は小さな虫を啄ばむビックコッコは近づいてきたお転婆姫を追い払おうと翼を広げて威嚇し、それでも近づいた結果嘴で攻撃してきた。
 幸い嘴が直撃する前に【大気操作能力エアロマスター】の風でビックコッコを追い払う事ができたが、それでも危険だったのには変わりない。下手すれば目玉が抉り取られる事になったかもしれない。
 それは骸骨百足の例でも言える。
 高速で移り変わる景色に気を取られるのは子供なのだから分からないでもないが、結構な速度で走っている骸骨百足から落ちれば確実に怪我はするし、下手すれば死んでしまうかもしれない。
 包丁を扱っている人を驚かせたら、その人が手を切ってしまうかもしれない。

 何故かお転婆姫の行動は気にしていても俺以外は気がつかない事が多いので、かなり厄介だった。
 が、子供が危ない事をしたら叱るのが大人の責任である。
 王族? そんなのは関係ない。むしろ民を率いる王族だからこそ、厳しく躾ける必要があるのだと俺は考える。

 そう言う事で、悪い事をすれば尻を叩きながら何がダメだったのかを共に考え。
 良い事をすれば、頭を撫でながら褒めてやった。

 尻を叩いている時の赤髪ショート達の反応は面白かったとだけは補足しておこう。

 騎士の少年はお転婆姫について俺に何も言わないが、それでもお転婆姫は不可思議な力と秘密を持っているのだろうとは推察できる。
 この世界の王族についてなど俺はまだまだ知らない事が多くあるので何とも言えないが、お転婆姫は王族では普通知らないだろう庶民の常識さえ知っていたし、モンスターが危険だと言う事も熟知していた。

 だけど、モンスターが危険だと知りながらも近づいて行く様は、書物から得た情報としてただ知っているだけのような、全く実感していないような。
 いや、それこそまるで今まで触れた事の無かった外の世界を精一杯堪能するようでさえあった。
 年相応に走りまわり、年相応の女の子のような笑顔を振りまくその姿には、何故だか知らないが思わず笑みがこぼれる。
 そして疲れれば俺の所にきて、背中をよじ登り、肩に座って休憩するようになった。俺の肩はたった一日でお転婆姫の特等席、のようなモノになっている。転げ落ちないよう俺の頭髪をその小さな手で握り締めている様は、赤髪ショート達曰くかなり可愛らしいそうだ。
 眼を離した隙にアッチコッチに行かれるよりも、こうやっていた方が色々と都合が良かったので文句は無い。
 ただオーガの肩に乗る美少女、というのは些か目立ち過ぎると言うか何と言うか、街道ですれ違う様々な種族の冒険者やペドラー達はかなり驚いた表情で俺達を凝視してきた。お転婆姫の容姿は幼いながらも将来が楽しみになる程度には整っているので、余計に視線が集まっていた気がする。
 とは言え、それに気圧される事も無く俺達は歌いながら進んでいった訳であるが。


 それにしても、ダム美ちゃんと錬金術師さんがお転婆姫に面白半分で男を落とす方法、と言いつつ色々な仕草やら何やらを伝授して、少年が誘惑されていたのは蛇足である。初心な少年の姿には笑ったモノだ。
 今日も野宿である。


 “百二日目”
 俺達の早朝の訓練に、お転婆姫と少年が参加した。
 騎士の少年が訓練するのは兎も角、お転婆姫までやる必要性は無いのだが、『我もやれるぞ、と言うよりもやってみたいのじゃ』とかなんとかと、本人の強い要望だったので参加させてみたのである。
 お転婆姫が持参していた見た目重視の豪奢な服では運動などできるはずも無いので、俺の糸製姉妹さん作の庶民風の服を着させる事にした。
 これには流石に少年も異議を申し立てたが、お転婆姫自身が了承したので少年がしぶしぶ従った、という一幕があった。
 お転婆姫に着せた服には分体を仕込んでいるので、ある程度強く木刀を打ち込んでも分体が衝撃を吸収し、装着者は骨が折れるなどの怪我を負う事は無い。痛みが全くないのは鍛錬にならないので多少衝撃は通るが、お転婆姫もそれは承知済みなので大きな問題は無いだろう。

 訓練を開始し、少年はそこそこ強いがやはりこの世界特有の弱点とも言える考え方、戦い方をしているのが分かった。
 アーツやレベル、【職業】補正によって獲得した戦闘能力に頼り過ぎているのだ。

 確かにより強力なアーツを使えるようになれば本来は殺せないような存在に痛打を与えられるだろうし、モンスターなどを殺してレベルを上げれば身体能力は強化され、多種多様な補正を与えてくれる【職業】を手に入れれば単純な【力】は得られる。
 前衛職が三つもあれば何の変哲もない、訓練さえろくにしていない十代の少年が身体能力だけでオーガなどを殺せるだけの【力】を得られる。魔法を扱う職業だったら、一つもあれば木造の家屋を一撃で吹き飛ばす事ができるような【力】が手に入るのが、この世界だ。
 簡単に強くなる道があるのだから、それに飛びつくのも自然な事だとは理解できる。

 しかしそれ等に頼るばかりでは鍍金メッキで加工したクズ鉄のようなものだ。
 どれ程外見を煌びやかにした所で、鍍金メッキが剥がれた後に残るのはボロく脆い何かでしかない。

 剣の一振りなど基礎的な動作を繰り返して身体に刷り込み、使用できるアーツについての理解を深め、レベルや【職業】による補正だけでなく純粋な鍛錬によって自分の肉体全てを造り変え、数多の殺害を経験し、他者の命を喰らい、それらを糧に成長し続けずして何が強さか。

 所詮アーツやレベル、【職業】補正などただ強くなる為の選択肢の一つに過ぎない。
 言ってしまえば刀剣などと大差ない。それを扱う本人が能力を十全に扱えるように努力しないのでは、どんな名刀もなまくらにしかならない。
 素人が名刀魔剣の類を持ったとしても、無手の達人によって容易く殺される事など良くある事だ。
 最終的に信じるのは、信じるべきなのは、世界の法則として在るアーツでもレベルでもましてや【職業】でもなく、己自身が身に付けた技法であり心得であり戦術だ。

 当然これは自分の勝手な考え方でしか無い。違う事を考える者も多くいるだろう。
 それでもそんな事を説きながら少年を数回ほど気絶させ、お転婆姫に素振りの指導などをした。

 それにしても、騎士である少年が真剣に取り組むのは分かるが、お転婆姫も汗水流しながら真面目に訓練したのには驚いた。普段のお転婆さが窺えない。
 ただ楽しそうにやっているので、良い事なのだろう、と思う事にする。

 ふと、一国の姫にこんな事をする奴なんて、俺一人なんだろうなぁ、と言う考えが過った。

 朝の訓練が終わり、ダム美ちゃんやお転婆姫、赤髪ショートや風鬼さん達は近くにある川で汗を流しに行き、その間に男衆は適当に汗を拭きとったり、打撲の痕が痛々しい少年を介抱したりして時間を潰した。

 その後、相変わらず肩に座っているお転婆姫をそのままに、赤髪ショートや少年達が言うには振動が非常に少なくてかなり快適らしい骸骨百足で街道を進んでいると、唐突に肩に座ったお転婆姫が『もっと面白い道を進んで行くのだ』と言いだした。

 青空を映す河、風の吹き抜ける草原、遠くの方にチラホラとモンスターを見る事ができる平原、コボルド種などを発見した丘陵地など、様々な景色を見せる街道も悪くないが、俺としてももっと危険な、正確に言うのならまだ喰った事の無い強いモンスターが生息する地帯に行きたいと思っていた。

 両者の意見が一致したので俺達は街道を逸れ、現在地から王都に最短距離で向かうルートを選択。

 少年が持っていた周囲一帯について詳細に描かれた地図によれば、俺達の森よりも小さいが様々なモンスターが生息している“シーリスカ森林”を抜け、大きな滝と温泉で有名だという“メイスン村”を経由し、巨人族の一種だという【フォモール】族が暮らす“クラスター山脈”を越えて、[派生ダンジョン]と呼ばれる[神代ダンジョン]から名前の通り派生して生まれた人造でも神造でも無い中位ダンジョンを取り囲んで生まれた迷宮都市“パーガトリ”にまで到り、そしてそこから北に進んでやっと到着する王都≪オウスヴェル≫にてゴール、と言う危険溢れるルートとなった。

 このままボルフォルに牽かれてのんびり街道を行けば約十三日、休み不要な骸骨百足に切り替えても八日ほどかかるのだが、この最短ルートならば七日程で着けない事も無い、と言った所だろうか。
 それに街道に放置して周辺の脳内地図の穴埋めをさせていた分体からの情報で、護衛団一行が俺達を見かけた冒険者などから情報を掻き集めて追ってきているので、ココでルートを変更するのには色々と都合が良かった。
 コレ以上の面倒事は回避したい。無能な護衛団には、きっとお高くとまった馬鹿な貴族様も居るに違いない。勝手な想像ではあるが、きっとそうに違いない。

 とりあえず少年に聞いてみる。苦笑いされた。居るな、コレは。
 俺の【直感】はそう囁いた。

 とにかくそんな訳で、俺達は街道を逸れて道無き道を進んでいくのであった。
 邪魔な木々は地形を操作して退いてもらっているので、問題は特にない。


 “百三日目”
 今朝到着した“シーリスカ森林”には、喰った事の無かったモンスターが数多く生息していた。
 獣系と虫系は当然だが、巨大な湖とそこから枝分かれした川など、俺達の森よりも水源が多いからか両生類系やら爬虫類系のモンスターも多い。

 赤い鱗と高熱の爪が特徴的だった“レッドリザード(仮称)”、チーターを思わせる体躯に爪や尻尾の先に灯った赤い炎が特徴的な“グリフォルンド(仮称)”、馬に蛙の瞳と水色でヌメリのある鱗とヒレのような後ろ足と太い尻尾を加えた様な外見の“ケルピー(仮称)”、水晶のような外皮と牙を持つ八メートル程の体長を誇る“クリスタルクロコダイル(仮称)”、黄色と紫色の毒々しい色合いの模様を持つ“イルネスフロッグ(仮称)”、岩のような亀の甲羅と頭部を持つ“岩亀蛙(仮称)”、羽音も無く近づいてきて俺達の血を吸おうとする十センチほどの大きさがある“サイレントモスキート(仮称)”、高速で跳ねまわって周囲を無作為に攻撃する“砲弾バッタ(仮称)”などである。

 今回は仕事中である故それらを直接探し回って喰う、という事はできないのだが、荷台に寝転がって俺達のソファ代わりになっていたクマ次郎とクロ三郎を森に解き放てば首の骨を砕かれて絶命しているケルピーやら、胸部に巨大な爪痕のあるレッドリザードなどを持ち帰ってくるので、不満は無い。
 それに数匹程度の群れを成して直接襲いかかってくる砲弾バッタやイルネスフロッグにサイレントモスキート達も居るので、それ等を殺して喰う事ができたのだから、文句などある筈がない。
 欲張り過ぎても身を滅ぼすだけだしな。

 蛇足かもしれないが、意外な事に襲ってきたモンスターの中で一番厄介だったのは、最も小さかった砲弾バッタ達だった。

 突っ込んでこられても俺はアビリティで強化した肉体で受け止められたし、ダム美ちゃんなども軽く察知して避けるか、そもそもの防御力からして攻撃そのモノが通らなかったりするのだが、鍛冶師さんやお転婆姫達はそうはいかない。
 鍛冶師さん達のような非戦闘員では、到底避けられない速度の攻撃である。
 胴体ならば服に仕込んだ分体で防げるが、頭部などを狙われると反応が遅れて当たってしまう可能性も僅かながらあった。その小ささも厄介さを増幅していると言えるだろう。
 ただ今回の砲弾バッタは数が少なかったし、砲弾バッタでは貫通する事のできない硬度を誇る分体加工された骸骨百足で移動していたので大した事は無かったが、もっと数が多くなれば厄介な事になっていたかもしれない。
 実際、人間の生活範囲で大量発生した時はかなり大変な事になるそうだ。
 街の城壁に大量の砲弾バッタが体当たりを仕掛けてきた際には、炎で一掃しなければ城壁が壊されて街が蹂躙される事もあるのだとか。
 やはり数の力は偉大だと言う事だろう。

 捕まえたモンスター達は昼食の材料にして美味しく頂きました。毒があるのでイルネスフロッグは俺だけしか喰っていないのだが、赤髪ショートはちょっと食べたそうにしていた。
 だけど、恐らく赤髪ショートではイルネスフロッグの毒を解毒できないと思うので、あえて無視した。


 【能力名アビリティ【疫病散布】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【病魔の運び主】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【燃える爪】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【耐火粘液分泌】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ疫病感染インフェクション】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【石頭】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【頭突き】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【無音飛行】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【威圧脆弱】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【変温非対応】のラーニング完了】


 イルネスフロッグの肉は口に入れただけでとろける様な柔らかさだった。砲弾バッタの味はバッタそのモノだ。硬い頭部がやや歯応えがあって、案外美味い。
 人間に似た骨格を持つレッドリザードを喰う事には流石に鍛冶師さん達も抵抗があったりしたが、その肉を一口食べて見ると皆、あれ案外これって美味しいよね、と言いながら肉を喰っていたのには、少々苦笑いが漏れる。
 美味いモノは美味いのだ。やっぱり美味い飯というのは、生きる為の活力を生んでくれるモノなのだと言う事が良く分かる出来事だった。
 ケルピーは馬の肉と似ていた。似ていたが、何処か違う味である。何が違う、とはハッキリ言えないが、取りあえず何かが違う味わいだった。美味い事には変わりないが。
 何が似ているのだろうか、と言った様な話題で盛り上がる。

 そんな感じで賑やかな食事中、俺の背後を流れていた川から突如クリスタルクロコダイルが姿を現した。水中から襲いかかってきたと言った方が良いか。
 食事と言う生物が少なからずは油断してしまう場面での不意打ちだ、食事を始める前から水中でタイミングを見計らっていたのだろう。
 オーガさえも咥えられるだけの巨大さを誇る口内には、クリスタルのような鋭牙がビッシリと生え揃い、俺を噛み殺す事ができそうな輝きがある。クリスタルクロコダイルはオーガよりも上位の種族だ、鋭牙で噛みつかれたまま水中に引き込まれれば厄介な事になったかもしれない。

 しかし不意打ちとは対象に自分の存在を気付かれている時点で失敗していると言えるだろう。

 【気配察知】で不意打ちを予測していた俺は慌てる事無く冷静に、振り返る事さえ無く、その無防備極まりない巨大な口内にハルバードを深々と突き入れ、【三連突き】を発動。穂先から発生した三本の雷の槍が体内を蹂躙し、実体のある刀身とアビリティによって生じた不可視の刀身によって肉に穿たれた穴はクリスタルクロコダイルの中身をグチャグチャに破壊し、その命を奪い取る。手には命を奪った感触があった。
 肉の焼ける匂いと煙が口から立ち上る。雷で肉が焼けてしまったようだ。

 クリスタルクロコダイルの素材はかなり高額で売れるそうなので、当然だが売れる部位は解体して手に入れる事に。最近はダム美ちゃんや赤髪ショートも解体スキルが上達してきたので任せる事にし、俺は二人がクリスタルのような外皮に包まれた四肢を切り落として骨や皮や肉などに細かく分解した、比較的価値の低い尻尾の肉を拾い上げ、丸焼きにし、肉汁が滴るそれを頬張った。
 うん、美味い。肉汁が口内を満たし、食欲が更に湧きあがってくる。肉から得たエネルギーによって、俺の肉体が少々強化された感覚もする。

 【能力名アビリティ【結晶鰐の鎧皮】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【結晶鰐の鋭牙】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【水中の捕食者】のラーニング完了】

 身体も強化できてアビリティも得られる、良い事ずくめだった。自然と笑みが零れる。

 その様子を、お転婆姫は興味深そうに見つめていた。
 何か俺に聞きたいのかソワソワしていたので、どうしたんだとコッチから聞いてみると、何故殺した生物をお前は必ず喰らうのか、と聞かれた。

 それに俺は、殺したからだ、と返す。

 俺は自分の為に他者を殺すし、生きる為に他者を殺す。敵となった輩は殺すし、自分が殺される前に殺す。そしてどのような理由があれ殺したのなら、俺が関与した事で誰かが死んだのなら、できる限りは“殺した者/死んだ者”を喰う様にしている。
 アビリティを得るため、と言う事が一番多い理由だが、まあ、殺したなりの責任だと言えばいいのだろうか。俺なりの信条の一つ、と言っていいかもしれない。
 あるいは、恨みも纏めて喰ってやる、という気持ちを奮い立たせる為の儀式に近いかもしれない。

 以前俺が似たような事を語って聞かせた同僚は、変わっているよ本当に、と呆れていたが、何故だろうか? 分からん。
 そしてその同僚と同じようにお転婆姫は『……ふむ』と表情で呆れつつも何かを考えるように沈黙し、その話はそれで終わった。
 まあ、お転婆姫なりに何か考える事でもあるのだろう。相変わらず俺の肩に乗っているから締まらないがな。

 その後、俺達は襲ってくるモンスターを殺し、血肉を喰らいながら森の中を進んでいくのであった。
 
 本日の合成結果。
 【不協和音】+【混乱を呼ぶ鳴き声パニックボイス】=【死を招きし鬼声デスボイス
 【甲殻防御】+【殻に籠る】+【金剛蜘蛛の堅殻】=【不破の城殻】
 【気配遮断】+【認識妨害】+【忍び足スニーキング】=【認識困難】
 【湧き上がる戦闘本能】+【生存本能】=【狂い猛る黒鬼の本能バーサーカーモード


 “百四日目”
 太陽が真上に昇った頃、俺達は森を抜けた先にあるメイスン村に到着した。
 やはり俺がオーガと言う事で一悶着あった。むしろ都市よりも人間の比率が大きい田舎だったせいか反発はより大きかったが、それはお転婆姫によって終結した。
 お転婆姫が王族の象徴とも言える指輪タイプのマジックアイテムで中空に赤い刻印――王族以外使えないし、装備すると本人でなければ外せない。しかも装着者が死ぬと周囲の敵性人物全員に強力な呪いを付与すると言うシロモノだ――を浮かべ、村人達に命令したからだ。
 へへー、と近くに居た村人や観光客が一斉に膝を折って頭を垂れたのはなかなか壮観だった。大昔の時代劇の一幕のようだ、と後になって思ったほどである。
 その後村で一番立派な村長宅に招待され、そこで一泊する事が決まった。村長や村長夫人がビクビクと俺の方を見てきたので、緊張をほぐそうかと思い、昨日通ってきた“シーリスカ森林”で得たキノコやら果実など食料を取り出して提供してみる。
 ついでに欲しい獲物が居るのなら、クマ次郎とクロ三郎に獲らせてきますから、などと会話してみる。それから多少時間を必要としたが、村長達の対応が最初と比べて大きく変わっていた。

 やっぱり会話ってのは大事だよな、と思う。

 二時間ほどあれこれして寛いだ後、村の名物である滝まで案内させて頂きます、と村長が言い、元々そのつもりだったので案内してもらった。温泉には後でジックリと入るつもりなので、まずは滝だ。
 村から少しだけ山に入った場所にそれはあった。まるで天から落ちてくるような、巨大な滝だ。
 眼前の光景に、俺達は思わず見入っていた。村長が言うには二百メートル程上から降り注ぐ大きな滝は、自然の美しさを、力強さを俺達に教えてくれる。飛沫で虹の橋がかかり、清涼な空気に満ちている。良いモノを見れた、と素直に思った。
 それにしても、滝壺には何やら巨大で強大な生物が眠っていると【気配察知】で判断できたのだが、その正体までは分からなかった。

 ダメもとで村長に聞いてみると、滝壺にはココら一帯の守り神――ボス系モンスターだが、攻撃しなければ友好的らしい。しかも竜種なのだとか――的存在が住んでいるそうで、普段は静かに眠っていると言う。
 一瞬戦ってみたいという欲求が湧き起こるが、その感情を心の奥に封印しておく。
 今の俺では、アビリティを駆使しても恐らくは勝てないだけの差がある存在だからだ。機会があれば戦いたいものだと思いながら俺達は村に戻り、有名な温泉に身を浸す事にした。

 王族が入る、と言う事で貸し切りにしてもらった。

 お転婆姫達の護衛にはダム美ちゃんや風鬼さんが居るし、隣の湯には俺達も居るので、例え暗殺者が押し寄せてきても問題は無い。その為、心置きなく温泉を堪能する事ができた。
 メイスン村の温泉は、俺達の拠点程ではないにしろ、なかなかにいいお湯だった。
 ただ拠点の温泉が恋しくなったので、依頼が終われば絶対に一度拠点に帰る事にした。アッチにも、色々と変化はあるしな。やる事はまだまだ山積みだ。
 一時間ほどで温泉から上がり、村長宅に皆で戻ると、クマ次郎にクロ三郎が獲ってきたケルピーやボルフォル、ブレードラビットやホーンラビットやらが大量に積み上げられ、それらをせっせと血抜きしたりしている村民達を発見した。
 俺が戻って来るや否や褒めて褒めてと近寄ってじゃれついてきた二匹を可愛がりつつ、流石に量が多いと思ったので、村全体で喰いますか、と村長に言ってみる。
 その結果、夜は村全体が宴会場のようになった。村の至る所に設置された焚き火によって闇は退き、焼かれた肉を村民や旅行者達は喰らい、それを村で造っていると言う地酒で流し込み、歌って踊る騒ぎになった。
 美人なダム美ちゃんや子犬的な雰囲気がある赤髪ショート、それにそれぞれの魅力を持つ鍛冶師さん達は村の男衆に踊りに誘われたりと大変そうで、しかし俺はそれを村長と共に見ていた。
 男衆に踊りに誘われる程度はただのご挨拶程度のモノだ。それに今は、今年で六十歳だがまだまだ若い者には負けんと公言する村長が出してくれた、村で造っている地酒の中でも更に特別だと言うシロモノで飲み比べの最中である。
 地酒はエルフ酒には劣るが、なかなか美味い。一本を二人で飲み交わしたので、今度は俺がエルフ酒を振舞った。村長がエルフ酒を一口飲んで愕然としていた様は、少々笑ってしまったが、仕方がないだろう。エルフ酒は本当に美味いのだから。
 満面の笑みを浮かべる村長との飲み比べは、更に地酒数本が空になるまで続けられた。

 宴会が始まって二時間後くらいだろうか。
 酔っぱらって正常な判断をできなくなった村人男性の一人が、ダム美ちゃんの尻を触った。酔っぱらいらしいセリフも追加してである。
 それに怒ったダム美ちゃんによって本当に殴り殺されそうになった哀れな村人男性を俺は救い、治療を施し、内臓を傷つけない程度の威力で腹部を殴り、再び治療し、今度こそ村人男性の息の根を止める為に動きだしたダム美ちゃんを抱きしめて落ちつかせる。
 全く、他の男に特定部位を触られたりすると暴走するダム美ちゃんには困ったモノだ。殺していい時とダメな場合があると言うのに。今回は殺してはダメな場合だぞ、と耳元で小さく囁く。
 とは言え、俺も俺で触った奴等がいたら制裁を加えるからそこまで強くは言えないけども。だけどやっぱり時と場合による状況判断はしてもらいたい訳で。

 ふと気がつけば会場――つまり村は沈黙で満ちていた。赤髪ショート達は額に手を添え、アチャー、と言っている。
 俺は段々と痛くなりだした場の空気を変えるべく、アイテムボックスから防衛都市で買った酒樽を取り出して飲み比べの挑戦を募集してみた。俺に勝ったら、勝者には銀板四枚進呈、と言いながらだ。
 銀板は一枚一万ゴルドで、一万ゴルドは多分十万相当の価値がある。つまり四十万ほどだろうか。
 これには飲み比べに自信のある男衆達が皆即座に喰いついてきた。皆目の色が変わっている。どうやら先ほどの事件については既に頭から追い出されたようだ。
 それも仕方の無い話かもしれない。
 四万ゴルドにも成ると、村単位で見ても結構な収入になる。この大きさの村なら、二週間程度は全員が何をせずとも食いつなぐ事が可能な額だ。そりゃ、目の色も変わると言うモノか。
 数で押せば、勝てると思っているのだろう。皆に連帯感のような感覚が伝播しているのが何となく分かる。それに俺は村長と共に飲んで、結構な量を既に飲んでいる、という計算も後押ししているに違いない。
 俺はよじ登ってきたお転婆姫を肩に乗せた状態で、村人だけでなく、観光客も相手にしながら酒を飲み続けたのであった。
 肩のお転婆姫が何かと指示してきたが、俺もそれに悪乗りして、飲み比べを盛り上げるのだった。


 結果だけを言おう。俺は誰にも負けなかった。
 酔えはするのだが、やはりオーガだからか酔い潰れる事ができないのだ。
 酷いマッチポンプである。まあ、盛り上げたのだからこのくらいはいいだろう。

 【能力名アビリティ【水御陣】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【刃骨生成】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【硬い皮膚】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【鋭角生成】のラーニング完了】
 
 ツマミを喰っていたら何時の間にかアビリティを手に入れていた。
 とりあえず、そんな事は置いといて、今日は大好きな酒を大量に飲む事ができてぐっすりと寝る事ができた。


 “百五日目”
 朝にメイスン村を出立し、巨人の一種である【フォモール】族の暮らす“クラスター山脈”に向けて進んでいく。
 道中には特に大した事は起こらず、夕方になったので訓練をして寝た。
 明日の朝にはクラスター山脈のふもとに到着できるだろう。多分。


 “百六日目”
 今朝になって姉妹さん達が妊娠している事が分かった。
 人間と違い、オーガである俺の精で生まれる子供は人間よりも成長速度が早いらしく、その為人間ならばある前兆が少ない。今朝になって二人のお腹が膨らんでいたから、ようやく分かったくらいだ。
 拠点にいるゴブ爺に連絡をとり、どうすればいいのかを聞いてみると、オーガの子供は母体のお腹が膨らむとそれが生まれる前兆なのだと言う。コレから子は母体から急速に栄養を吸い取り、一気に成長して産まれるのだそうだ。オーガの場合は人間と同じように産まれるのだろうが、二人はオーガよりも小さき肉体をした人間である。恐らく腹を喰い破って子は出てくるぞ、と言われた。
 それを聞いて血の気が失せ、俺は急いで二人がゆっくりと休める場所を探して骸骨百足を走らせた。今回は流石にお転婆姫に構っていられないので、少年に任せる。お転婆姫も状況を把握しているらしく、静かなモノだった。
 ダム美ちゃんや赤髪ショート、鍛冶師さんに錬金術師さんは苦しむ二人を懸命に励ましている。

 移動中、お腹の子に栄養を吸い取られているのだろう、目に見えて痩せていく二人に俺は秘薬として機能する血を飲ませ、ついでに俺の肉の一部を喰わせてみる。
 俺の肉を喰う事には流石に姉妹さんも難色を示したが、口移しで無理やり喰わせる。そしてその効果は抜群だった。
 急激な痩せは止まったのだ。

 そのような応急処置をしながら骸骨百足を走らせる事三十分ほど。俺達はようやくクラスター山脈に辿り着き、丁度手頃な大きさの洞窟があったのでそこに骸骨百足ごと突入する。
 洞窟の中には二本ほど腕が多い茶色の熊が数体居たが、それ等を問答無用で攻め殺し、二人が寝られる場所を確保。獣の匂いが充満していたので風を操作して換気し、熱鬼くんや幻鬼くん達に洞窟外の警戒を指示、風鬼さんにはまだ奥がある洞窟内部に敵性生物が潜んでいないか見に行かせた。
 クマ次郎とクロ三郎はそこ等で静かにしていろ、と言っておく。

 俺は苦しむ姉妹さん達を分体で造ったベッドに寝かせ、腹の子に吸収されていくエネルギーを補給する事に力を注いだ。赤髪ショート達は、各々分担した作業をしながら二人を見守り続けた。
 姉妹さん達の腹部は、時が経つ事に大きく膨れていく。
 急激な肉体の変化の代償だろう、皮膚が引っ張られ過ぎて裂けてしまうほどに膨れた腹部を、俺はありとあらゆる手を使って治し、破裂してしまわない様に全力を尽くした。
 これは二人が感じる痛みは麻酔である程度抑えているからこそできるのであって、普通なら発狂していても可笑しくは無い程の激痛を感じるはずだ。
 流石の俺もこのような状況は初めてなので、汗が止めどなく流れ出る。


 どれ程の時間が過ぎただろうか。一時間未満だったかもしれないし、十時間以上が過ぎたのかもしれない。それは分からないが、その時はやってきた。
 姉妹さんの内、まず姉さんの方が酷く苦しみだした。胎児としての成長を終え、産まれようともがく俺達の子が姉さんを内部から苦しめているのだ。
 とっさの判断で俺は姉さんにより強力な麻酔を施し、“魂魄具”に様々な能力を付与できる使い勝手の良い【上位装具具現化】で作った殺菌効果を持つメスで腹を切った。

 帝王切開である。

 そして腹の中から血濡れの女の子を取り出して隣に居たダム美ちゃんに預け、姉さんの傷口に俺の血を大量に流し込み、ありとあらゆる術を使って傷を塞いでいく。【慈愛の亜神の加護】がある事で普通よりも数段優れた結果を叩きだす回復技能は、姉さんの腹部に傷痕一つ残す事無く治しきった。
 俺の子はダム美ちゃん達が産湯につけてくれていた。元気な産声が洞窟に響く。
 僅かに安堵の息が漏れ。しかし今度は妹さんの方が苦しみだした。先ほどと同じ事を繰り返し、俺は男の子を無事に取り出した。
 洞窟内には男女の子の産声が反響して、そこでようやく俺は集中が途切れた。
 誰も死なせずにすんだ事に安堵し、初めての経験に今更ながら手が震えた。体力を大幅に消耗した状態でも自分から産まれた子を抱きかかえ、慈しむように母乳を飲ませている姉妹さんの姿を見て、思う。

 ああ、よかった、と。


 俺、オガ朗。生後百六日目にして、二児の父親になりました。
 流石に早すぎるだろ、と自分で自分にツッコミを入れてみたが、まあ、精神年齢は二十五歳くらいなのだから別に異常な事ではない、はずだ。


 子達についてだが、その種族は二体とも【半人大鬼オーガ・ミックスブラッド】だった。
 普通は遺伝的に強い親――今回は大鬼オーガとして説明する――の子か、確率は劣るが人間の子が生まれるそうだ。どちらも両親の遺伝子は受け継いでいるが、種族はハッキリと分かれるのが一般的である。
 しかし今回の場合のように上記の二パターンとは違い、百万分の一くらいの確率で産まれる珍しい種族――それが【混沌種ミックスブラッド】だ。
 オーガと人間の能力を受け継いだ、オーガでもあるがオーガではなく、人間でもあるが人間ではない種族、だと思えば良いのだろうか。

 ゴブ爺やロードなどから聞いた情報を纏めると、この子達は人間のように【職業】を得られるし、【位階上昇ランクアップ】もできる。
 そして【存在進化ランクアップ】さえもできるのだと言う。
 育てば非常に強力な個体になる、と言うのはこれだけでも分かるだろう。

 しかしオーガでも人間でもない為か、基本的に産まれれば即座に殺されるような存在だそうだ。
 忌み児として排除される、らしい。
 オーガの中で生きていくのには人間の部分が邪魔で、人間の中で生きていくのにはオーガの部分が邪魔になるのだとか。

 それでも、当然だが親などによって生かされた個体の例は歴史上に幾らかある。知られていないモノも多々あるだろう。
 だが様々な経緯で疎まれながら育つ事の多いミックスブラッド達の性格は歪み易く、その結果周囲に害を振り撒き、【悪徳王】などと呼ばれて一国を滅ぼした個体まで過去には存在する。権力者などその力に注目する輩は居るが、基本的に一般人の大半はミックスブラッド達を恐れ、子として生まれるとかなりの確率で殺すのである。

 人外が【存在進化ランクアップ】したら種族そのモノが変わるのだから、一々そんな事を気にするのか? と思うかもしれないが、基本的にランクアップするのは年単位の長い年月が必要だ。
 生涯に一度もランクアップしない個体もかなりの数存在している。
 そんな中で強く異質なモノが産まれれば、恐怖から排斥するのは決して変な事ではないと思う。

 怖いのだろう、その強さが。

 ちなみに俺達はゴブリンという比較的ランクアップしやすい種族から始めた事もあったが、ランクアップをあれほどの数がこの短期間で経験している事はそもそも異常である、という事を再度言っておく。
 つまりは俺達は常識外れ、という事だ。

 話を戻すが、ゴブ爺は俺に、災いを起こす前に殺すべきだ、と言ってくる。

 しかし俺には子達を殺そうなどと言う思いは微塵もない。むしろこんなに可愛いのに殺せるものか。話を聞く限りでは愛情を持って育てれば問題無いだろうし、間違いを行えば鉄拳制裁してから共に正していけばよい。
 育つ環境としても、まあ、悪過ぎる事はないだろう。傭兵団の正式メンバーはミックスブラッドなど知らないしな。他から入ってきた奴等が何か言えば、その時はその時だ。

 乳を吸っている子達の姿を見る。
 子達の額には小さな角が一本生え、やや黒みがかった褐色の肌には俺と同じ紋様を描く赤い刺青が刻まれていた。
 それとコレが最も謎で原因は分からないが、娘の右手の甲には金色の“鬼珠オーブ”が、息子の左手の甲には銀色の“鬼珠オーブ”が埋まっていた。ロードではなくオーガと人間のミックスブラッドのはずなんだけど、何でオーブを持っているのだろうか。
 これは後々調べるとして。
 顔立ちは俺に似た部分はあるモノの、大抵の部分は姉妹さん達に似ているので、娘の方は可愛らしいし、息子の方は精悍だ。
 親馬鹿なのかもしれないが、子達の将来が楽しみである。
 子達の大きさは産まれたてだと言うのに、娘は七十センチ以上、息子は八十センチ以上はありそうだ。確かにこの大きさなら、腹を喰い破るしか術が無いと言うのも納得してしまう。
 俺がいなければ姉妹さん達は腹を子達に喰い破られて死んでいただろう。しかし現実として死んでいないのだからそんな話は置いといて、疲労困憊な姉妹さん達を労いつつ。
 忌み児と言われるような存在だが、この子達は育てるつもりである、と俺はハッキリ宣言した。

 やや不安ではあったが、姉妹さん達もそれは同じ思いらしく、共に育てていきます、と誓いあう。俺の胸には温かい思いが溢れ、そして少しでも不安に思った自分が情けない。
 やれやれ、と自嘲する。

 そして母乳を吸い終えた子達を、俺が改めて抱き、次いでダム美ちゃん達が順に抱いた。普通は産まれて直ぐに抱いていいモノではないのだろうが、子達には俺の血が流れている。そして種族も人間以上の存在だ。
 産まれて直ぐに抱いても問題は全くなかった。俺の糸製毛布に包まれた状態で、赤髪ショートや鍛冶師さん達の腕の中を泣く事も無く回されていく。
 そして最後に、今まで壁際で静かに様子を見つめていたお転婆姫が子達を抱いた。子達は重いので少年に助けられながらだったが、どこか感慨深げに、両手で子達を抱いたお転婆姫は子達の寝顔をジッと見つめていた。
 小さく、微笑みを見せているようだった。
 お転婆姫には、今回の事は良い体験になったのかもしれない。

 と言った感じに大変な事があったので、今日は姉妹さん達の身体を思い、今日一日は洞窟で過ごす事になった。それに外は雨が降り出したので、丁度良かったかもしれない。
 晩飯は熊鍋だった。熊ウマー、である。

 今日は姉妹さんと俺の間に子達を挟んで眠りについた。
 一先ず、娘の名前はオーロ、息子はアルジェント、としよう。
 それぞれのオーブの色をそのまま名前にした何の捻りも無いモノかもしれないが、まあ、ゴブ爺が考えた名前よりはマシ……か? うん、分からん。

 これも蛇足だが、産まれるまでの状況はリアルタイムで拠点のセイ治くんに見せていたので、俺が居なくても拠点でオーガの子は生まれさせる事ができるようになった。
 元々、回復特化なセイ冶くんならもっと安全に産まれさせる事ができるのだと言う。と言うか、別に成長しきるまで待たずに帝王切開して、その後から子達に色々すれば問題ないのだとか。
 もっと早くその情報を知りたかったが、まあ、今後に生かせるのならば仕方ない。コレは必要な事だったのだと思う事にした。
 
 今日はグッスリと眠れそうだ。


 “百七日目”
 目が覚めても、まだ雨が降っていた。仕方ないので今日も洞窟で過ごす事にした。
 幸い洞窟は元々広く、それに加えて俺が拡張工事をしたので訓練をするのに問題は無かった。食料もアイテムボックスに大量に入っているので、困る事は無い。
 
 午後になると雨は止んだが、今度は雪が降ってきた。風も強く、雨などのせいで進む道のコンディションはかなり悪いだろう。
 姉妹さんと子達を思えば、焚き火のあるココで過ごした方が無難だ。今日一日はココに留まって、明日はどんな天気でも出発する事とする。
 そう決定を下したので、鍛冶師さん達も色々な作業をして暇をつぶす事にしたようだ。
 
 ダム美ちゃんはお転婆姫が持ちこんだ小説を読み始め。
 赤髪ショートはロードや少年と訓練を行い、それにお転婆姫も参加するようだ。
 鍛冶師さんは精霊石を使って作った鍛冶道具一式を取り出し、日常品の点検やらを始め。
 錬金術師さんは道具一式を取り出し、新薬の開発に勤しんでいる。
 姉妹さん達は、休みながらオーロとアルジェントの世話に熱心だ。

 そして俺は単身、洞窟の外に出て行く。
 折角一日洞窟に留まる事にしたのだ。できた自由時間を有効活用する為、“クラスター山脈”に生息するモンスターを殺してその血肉を喰らう事にしたのである。それに明日進むだろう道の下見も兼ねて、周囲を散策するのは決して悪い事ではない。
 

 そんな訳で雪が降り突風が吹き荒れる中、俺は歩いていた。
 身に纏うのは自分で造った皮のズボンと街で買った撥水性の高いポンチョに似た服のみと言う格好だが、【冷気攻撃無効化】や【水氷耐性トレランス・アクア】、【風塵耐性トレランス・ストーム】などがあるので、寒さは特に感じない。オーガと言う事も関係はしているだろう。
 現在の環境が環境なだけに獲物となるモンスターを見つける事は本来ならば困難を極めるだろうが、度重なる捕食と使用等によって高レベルな【気配察知】があるので、巣穴に引っ込んでいる個体を探して喰う事にした。

 まず最初に、現在ダム美ちゃん達が居る洞窟にも居た四腕熊の気配を見つけた。巣穴に居た四腕熊は既に熊鍋にして皆で喰ったがアビリティは得ておらず、身体強化だけに留まっている。あと一、二体程喰えばアビリティを得られそうなので、舌なめずりをしながら俺は気配を感じる洞窟にお邪魔した。
 洞窟内に居たのはオスとメスのつがいであり、メスの腹部は大きく膨らんでいた。
 どうやら子が宿っているようだ。俺がジッと観察しているとオスはメスを隠す様に立ちはだかり、太く雄々しい四腕を広げながら太い牙を見せつけ、俺に威嚇の雄叫びを上げている。
 普段の俺なら問答無用で殺し、肉体を解体し、腹の子と共に命を喰っていただろうが、俺もオーロとアルジェントが産まれたばかりである。流石に身重のメスを殺すのには気が引けたし、オスを殺せば動けないだろうメスは死んでしまう確率が高そうだ。
 全く気分が乗らなかったので、見なかった事にして洞窟を出る事にした。四腕熊の気配は既に覚えているので、他を探せばいいと判断したのだ。
 俺が背を向けた瞬間オスが襲いかかってこようとしたが、流石に攻撃されれば殺すという選択肢を選ばねばならないので、【強者の威圧】で力量差を伝える。
 それだけでオスの動きは止まり、戦闘は起きなかった。
 命は大切に、だ。

 雪の中を歩く事しばし、再び四腕熊の巣を発見した。数は一で、オスだった。
 今度は情けをかける理由は無く、ハルバードを手に、アビリティは使わず、純粋な肉体能力と戦闘技術のみで殺害に赴く。かつてのレッドベアーには強さで劣るモノの、四腕と言う事で攻撃回数と手段が多い四腕熊は少々手強く、だから腕を一本一本切断する戦法を選択した。
 腕を切り落とし、首を刎ね、解体して肉を喰う。

 【能力名アビリティ【剛毛ノ守】のラーニング完了】

 次の獲物を探して、吹雪く山中を歩く。

 そして俺は鹿に似た、五メートルほどの体躯がある一匹のモンスターと遭遇した。
 モンスターの毛皮は処女雪のように穢されていない純白で、発達した体躯と四肢の筋肉は草食獣である鹿よりも肉食獣である豹を彷彿とさせるモノだった。爛々と輝く黄金の瞳は、まるで王者のように見たモノを萎縮させるかのような力を宿している。
 そして何よりも特徴的なのは、その巨体に見合った巨大さを誇る、体毛よりも尚白く雄々しき双角だった。雲の間から僅かに差し込む陽光を反射させる積雪に照らされ、双角は神々しいまでに輝いた。
 その姿はまるで一枚の絵画のようだった。
 対峙せずとも、一目でボス系モンスターだと分かる力強さが伝わってくる。“クラスター山脈”は巨人族【フォモール】が暮らす地、と教えられていたのでボス系モンスターも当然フォモール族だと思っていたが、どうも違ったようだ。

 ひとまず“ディアホワイト(仮称)”と呼ぶ事にして、今では三百近くとなったアビリティ群から必要なモノを選び、重複発動させていく。
 肉体や感覚は強化され、赤いクワガタに似た外骨格を纏い、アイテムボックスから取り出したハルバードと朱槍を構え、ディアホワイトと対峙した。
 そうしなければ瞬殺される。アビリティを発動させた状態で、ようやく拮抗した勝負ができる、そのレベルの存在のようだ。
 いや、勝てる確立は三割程度だろう。七割の確率で、俺は負けて殺されるに違いない。
 ホブ・ゴブリンの時に殺したレッドベアーの時よりも勝率は高いだろうが、溢れ出る冷や汗、全身を駆け巡る致死の予感は、あの時以上だ。

 久しぶりに感じる強い死の予感に、生をより強く実感して、俺は自然と嗤っていた。

 しかし、思っていた戦いは起こらなかった。
 ディアホワイトは俺をその黄金の瞳で見、小さく嘶いて、頭を左右に振った。するとその純白の巨大な双角が根元から折れて、地に落ちた。かなりの重量があるのだろう、鈍い音を立てて地面に至った双角は、落下の衝撃によって生まれた風で積もった雪を僅かにだったが舞い上げた。
 角の一部は地面にまでめり込んで、しかし土で汚される事も無くそこにあった。何がしたいのか理解できず、俺はより一層警戒を強め。
 そして、ディアホワイトは俺の警戒心を無視して目の前から風のように去っていった。まさか一回の跳躍で数十メートルもの距離を移動するとは、流石に追えない。桁外れの速度だ。
 しばらくの間はその場で動く事無く警戒を続け、近くには生物が居ないと判断し、ディアホワイトが残した双角に近づく。【罠感知センス・トラップ】が反応しないので、双角が罠ではないようだ。
 残された双角を拾ってみたがズッシリと重く、奇妙な波動を放っていた。まるでディアホワイトが今も目の前に居る様に感じるのである。
 これほどまでに存在感のある双角を喰えば、アビリティを得る確率は高いだろう。だけど俺の【直感】が角はオーロとアルジェントに与えた方が良いと囁いた。しかし喰いたいと言う欲求は確かに存在する。

 どちらを選ぶか激しく迷い、迷い、迷い、一先ずオーロとアルジェントの誕生に対する贈り物プレゼントとする事に決めた。
 欲望に負けない様に双角をアイテムボックスに収納し、次を探して山を歩く。
 
 歩いていると、雪景色に潜んだ白いスライムを発見した。
 “ホワイトスライム(仮称)”はグレースライムに似たスペックを持つようだ。魔法系の攻撃は効き難いし、物理攻撃にも耐性を持っている。違いとしては色が白く、第二階梯の水氷系魔術を使用してくる事だろうか。
 まあ、雑魚である。
 殺さず、ゼリーのように啜って喰ってみたが、獲得済みのアビリティを強化するだけで新しいのは得られなかった。残念だ。
 時間も時間なので帰る事にした。


 帰り路、氷雪混じりの強風の中に微かだが混じっていた異音を聞いた。地面からは知っていないと気がつかない程度に弱々しい振動も感知できる。
 感覚を研ぎ澄ませ、音と振動がする方向に向かう事にした。好奇心が刺激されたのだ。
 近づくと振動は強まり、戦闘音がハッキリと聞こえだした。誰かが何かと戦っているらしい。警戒しながらも、どんどん近付いて行く。幸い、周囲のモンスターは何処かに逃げているか、住処で息を殺していた。まるで自分の存在を知られたくないように、である。
 誰が、何が戦っているのか、その事により強い興味を覚えながら雪の積もった山道を進んでいく。
 しばらく進むと、【気配察知】の感知圏内に入ったそれ等が表示された。小さい青点が四つと黄点が二つ、そして巨大な赤点が四つと赤点よりも更に大きな銀点が一つの、総数十一体。
 それ等が激しく入り乱れ、交差し、そして離れる。俺が近づいたからだろう、激しい戦闘音がビリビリと大気を振わせるのを身体で感じるようになったし、地面が激しく揺れるので持続する地震を体験しているかのようだ。

 やがて目的地に到達したので気配を消し、戦闘が繰り広げられる崖下を見た。そこでは想像していた通り、激しい戦闘が繰り広げられている。
 戦っているのは、四人の人間と二人の獣人族、そして五体の巨人だった。
 赤点と銀点が表示しているのは巨人族で、青点と黄点は人間と獣人のようだ。
 赤点で表示される巨人族――恐らくはフォモール族だろう――の体長は最も低い個体でさえ十メートルを軽く越え、銀点の巨人に至っては二十メートル近くあった。
 フォモール族の頭部は山羊に酷似し、燃えるような赤眼、屈強な人間のような上半身、仙骨の辺りからは巨大な蛇の尻尾が一本生え、黒い体毛に包まれた下半身は山羊のような形をしている。そしてその手に持つのはその巨体に見合った大きさを誇る岩石製の棍棒だ。
 唯一銀点で表示される一体のフォモールは体格と左目を硬く閉じている事以外は他のフォモール達と大差ないが、発せられる気配からより上位の種族なのだろう。
 取りあえず区別する為、銀点のフォモールは“バロール(仮称)”と呼ぶ事にした。

 対して、それと戦っている四人の人間と二人の獣人達。
 パッと見ただけで説明すれば、人間は無駄に格好の良い金髪碧眼の剣士の青年、地味だが攻撃を確実に受け止めている盾戦士の男性、聖書を手に持つ聖職者の美少女、魔杖を構えて詠唱する魔術師だろう美女の四人。
 獣人は長槍を得物とする猫耳尻尾の美女に、巨大な弓と矢を構えたウサ耳尻尾の美少女の二人だ。
 男が二に、女が四と男女比に片寄りのある組み合わせパーティーだが、バランスは悪くなさそうだった。剣士と盾戦士と槍士が前衛を担当し、それに護られながら聖職者と魔術師が後衛として回復補助や戦況を左右する強力な一撃を撃ち込み、遊撃手として活躍する弓師は小刻みに動き回りながらフォモール達の頭部を矢で狙って注意を分散させている。
 
 その戦いは、見事なモノだった。

 小さくか弱いはずの人間達は、しかしフォモール達を相手に拮抗した戦いを繰り広げていた。フォモールやバロールの攻撃を時に避け、時に弾き、時に受け止め、時に正面から押し返している。
 後衛である二人の動きも、後衛とは思えない程に洗練されているのには流石に驚いた。
 正直、素晴らしい戦い方だと認めざるを得ない。レベルやアーツ、【職業】に頼り切った戦いでは決して無い。アーツなどは当然使っているが、それに振り回されている事は一切無かった。
 特に剣士の青年の動きには目を見張るモノがあった。パーティーの中でも実力が頭一つは抜きん出ているだろう。
 ほぼ間違いなく、この世界に生まれてから今まで出逢ってきた中で最強だろう人間と獣人達を相手にするには、フォモール達では、例え四体居たとしても長い戦闘の末に打ち倒されてしまうに違いない。それほどの実力者ばかりだ。
 が、フォモールの中にバロールが居るからこそどちらが勝つか分からない、と言った状態になっていた。
 崖上から観察していれば分かる事だが、バロールはフォモールを指揮して人間達の陣形を乱し、時に前線に出て人間達を攻撃して痛打を与え、時に後方に下がって左腕を振って吹雪を発生させたり、右腕を振って雷撃による攻撃をしたりしていた。
 流石にこの状況に正面から参戦するのには厳しいを通り越して自殺志願でしかないと感じ、俺は気配を消したまま、崖上から成り行きを見守る事にした。



 戦いを見物しだして、恐らくは二時間ほど経っただろうか。
 四体居たフォモール達は剣士の青年が振う黄金の剣によって首を斬り飛ばされたり、盾戦士によって片足を切り落とされて体勢が崩れた隙に槍士の猫耳尻尾に額を穿たれたり、魔術師な美女が練り上げた第五階梯魔術の雷に身を焼かれたり、弓師なウサ耳尻尾と剣士の青年のコンビ技で殺された。
 巨大な四つの死体と溢れ出た血によって崖下の戦場では赤い海のように地面が染まり、血煙りが発生している。血煙りにはどうも毒が含まれているらしく、近くに生えていた木が急速に枯れてしまった。
 かなりの猛毒の様だ。

 流石にこれには人間達も苦戦するか? と思ったが。
 しかし聖職者の美少女が発動させた何かしらの防衛術によって人間達は毒をモノともしていない。流石である。
 しかしそんな人間達も、決して無傷ではなかった。
 
 フォモールが振り回す岩石製の棍棒に盾が耐えれずに壊れてしまった盾戦士は吹き飛ばされて壁にめり込んで虫の息であり、バロールが放った氷槍と雷槍を複合させた強力な一撃を防ぐために魔力を使い過ぎて魔力欠乏症になった魔女は気絶した。弓師のウサ耳尻尾はフォモールに蹴られて血と吐瀉物を周囲に撒き散らしながら飛び、それを槍士の猫耳尻尾が咄嗟に抱き止めて庇った為、死にはしなかったモノの二人は激しく地面を転がった衝撃で気絶している。
 戦闘不能となった四名の内、早く治療を施さねば三人が死ぬだろう。盾戦士とウサ耳尻尾がより死に近いだろうか。

 今戦場に立っているのは、全身各所に傷がありながらもまだまだ戦えると余裕のある表情で公言しているバロールと、傷付いた剣士の青年、そして剣士の青年の怪我を癒そうと必死に術式を構築している聖職者な美少女の、三名のみである。

 正直、良く戦ったと言いたい。
 想像して欲しい、自分の数倍以上の巨躯を誇るフォモールとバロールを相手に戦う矮小な人間の姿を。観察していて、俺はまるで神話の一幕の様だと思ってしまったほどである。
 今までの過酷な鍛錬によって鍛え続けてきたのだろう肉体と戦闘技術に、アーツや職業などを追加する事で人間の能力ではどう足掻いても到達できない地点を突破して、生来の強者である巨人達と互角以上に戦う様は、美しくすらあったのだ。

 しかしそれも終わりが近づいている。
 まだ余力のあるバロールと、満身創痍な剣士の青年と聖職者の美少女。どちらが勝つかは、目に見えていた。バロールが『コレでオッツダルバジャッキン。ワイが最高の魔術ニヨッテ滅びシャインなってヨオオオオオオオ!!』と奇妙な咆哮を上げ、濃密な魔力が渦を巻く。

 青年は力及ばなかった己に怒りを感じている様な表情に浮かばせながらも剣は決して手放さず、美少女は悔しさや絶望といった感情を表情を浮かべて聖書を取りこぼす。
 まだ諦めていない青年と、諦めてしまった美少女の対比は、ふと何かを思わせるモノがあった。

 それを冷静に観察しながら、俺は銀腕の形を変形させ、狙撃銃のような細長い銃身を形成する。弾丸は訓練の末に使えるようになった【終焉】系統第四階梯魔術“投じられる破滅の七矢ヴァードゥン・フレショット・バール”を選択。
 銃身内に過去使っていた投げ槍を三倍ほど大きくし、破壊力諸々を五倍以上にしたような巨大な黒矢が装填され、黒矢が銀腕の能力によって属性が強化されていくのが分かる。
 このままで使っても十分強力な一撃ではあるが、もしかしたらバロールを殺すには至らないかもしれない。長年の経験からの予想では十分殺せるだけの威力はあるのだが、一度も攻撃していない為敵の防御力が正確には分からない。その為、取りあえず俺は更にアビリティを重ねていった。
 確実なる死をバロールに齎す為に、全力を尽くす。殺せなかったりすれば、流石に笑い話にも成らないからな。
 五秒程で全ての準備が整い、まだ魔術を練り上げているバロールを待つ。
 勝ったと思っている獲物を殺すのは、案外嵌るモノがあるからだ。
 
 そして、時はきた。
 バロールが勝ち誇った笑い声を上げながら壮絶な破壊を引き起こすと準備段階で察せられた魔術を行使する寸前、俺はその頭部を背後の崖上から狙撃した。
 砲声が轟き、崖に反響して鼓膜を振わせる。

 水素爆発を銀腕内部で引き起こす事で発射時の推進力を得、更にレールガンの要領で矢自体を加速させ、重力を操作する事で進行方向に落ちるようにし、念には念にと真っ直ぐ飛ぶように螺旋の風を形成して安定性を高め、それ以外にも様々なアビリティを使って放たれたその一撃は、途中で七つの矢に枝分かれした黒き閃光群は、微かな抵抗さえも許さずにバロールの頭部を穿ち、止まる事無くその先にあった崖さえも抉ってしまった。
 抉られた崖は崩れ、重力に従って岩石がその下で倒れ伏している人間達に降り注ぐ。俺は慌てて岩石群の落下地点をずらしたり砕いたりして人間達を守った。
 折角上質そうな人間達なのだ、潰されては困る。潰されてしまうと、俺が喰えないではないか。

 漁夫の利? そんなもんするに決まっているだろう。
 助けたんじゃないのか? アホか、普通に戦っては面倒な輩は、弱った時に喰らうのは常識だ。

 頭部を失って崩れ落ちるバロールの巨躯が地に着くのと、崖上から俺が飛び降りて着地したのは、奇しくも同時だった。地面が激しく揺れ、積もっていた雪が舞い上がる。
 自分達に死を齎すはずだったバロールが唐突に死んだ、その事に困惑しながらも降り立った俺にまだ意識のある二人の視線が集まる。
 それを感じながら、俺は近くに転がっているバロールの死体と棍棒を回収する。何故か他の骨肉のように消し飛ばなかった一つの目玉と、残された頭部の無い死体はまるまるアイテムボックスに収納した。
 これほどまでの巨体は手に入れた事が無かったのでアイテムボックスに入るのかどうか、実験的な意味でやってみたのだが、すんなりとできてしまった。

 その事に驚き、同時に新しい戦法が脳裏を過る。

 しかし取りあえず今は思考を切り替えて、後は剣士の青年を殺し、聖職者の美少女を殺し、残り四名を殺して、装備を剥いで骨肉を喰って、その後青年達の戦利品なので俺が手を出す権利の無かった四体のフォモール達の死体を回収すれば、気分良く帰還する事ができる。
 今まで得た事の無いアビリティを多く得られるだろう。
 いやー、良いハンティングだった。と思いつつ殺す為に青年達の方を振り返り、その瞳を正面から見ると、俺は考えを変えた。

 聖職者の美少女は突如起きた事態に反応できていない。
 ただ、バロールが唐突に死んで、敵が俺に変わったのかそうでないのか、判断しかねているようだ。そもそも、直接戦闘能力が聖職者である美少女は低い。回避能力は比較的優れていたが、俺からすれば問題なく殺せる程度の能力でしか無い。
 アビリティを発動させた状態で近づき、ハルバードを振えば首を簡単に刎ねられるだろう。あと十人居ても問題なく殺せる程度のレベルだ。

 故に問題は、剣士の青年の方だ。
 青年は前衛として、盾戦士と並ぶ長い時間をフォモールとバロールの攻撃に晒され続けていた。必死に後衛を守り続けていた。
 その代償として装備していた鎧は部分によっては砕け散り、衣服はボロボロだ。全身血だらけの泥だらけで、肩で大きく息をしている様から満身創痍なのは見れば分かる。左手に至っては骨が折れてさえいるようだ。歪な形に捻じれている。小奇麗だった姿は、今では浮浪者のようでもある。
 黄金に輝いてた両刃剣は血に濡れて輝きが失せ、やや刃零れしているのも何処か哀愁をそそった。
 そんな両刃剣を支えにして何とか立った状態で俺を見つめてくる青年は一見すれば死ぬ寸前の美味しい獲物のようでありながら、しかし血に濡れた金髪の隙間から見える瞳は、決して死んだ瞳では無かった。

 まるで燃えるような瞳だった。戦意を衰えさせていない良い瞳であり。
 敵の喉笛を死んでも噛み千切ると決意した猛獣のような瞳でもあった。

 全身はボロボロであるのに、普通に立っている事もままならないと言うのに、不用意に近づけば俺の首を切り落としそうな、表現し難い気迫を背負っていたのである。
 弱っているからと言って侮り、その身を喰い尽くすには、今のオーガ程度な俺ではあまりにも不安が大き過ぎた。
 何故そう感じたかは分からない。分からないが、目の前の弱り切った人間達を殺し、その骨肉を喰うには、踏ん切りがつかない。もしかしたら、俺が手を貸さなくても青年はバロールを殺せたのかもしれない。
 そう感じる“何か”を、剣士の青年は発していた。
 あと一回でもランクアップしていれば話は違ったのかもしれないが、現時点は希少種とは言えオーガでしか無い。再度言うが、オーガである俺ではあまりにも不安が大き過ぎた。
 仕方ないので殺すのは一旦選択肢から外し、ココは恩を売る事にした。
 今日はディアホワイトの双角と、バロールの肉体などを得られたのだ。さらに人間達も、と欲張り過ぎては、思わぬ所でしっぺ返しがありそうで怖いので、ここら辺で妥協しておくべきだろう。
 取りあえず、敵意は無いよー、と言いながら近づき、青年をヒーリングスキルで回復させ、次いで美少女を治療した。そして今にも死にそうな盾戦士、その後で獣人二名を錬金術師さん作ライフポーションなども併用しながら治療する。
 魔術師な美女は放置しても自然に回復するだろうが、こちらも取りあえず錬金術師さん作の【魔力回復薬マナポーション】を無理やり飲ませて症状を緩和させる事に。
 魔力欠乏症は体内魔力が異常に枯渇して起こる症状だから、外から補給してやれば回復させるのは案外簡単なのだ。

 【秘薬の血潮】を使えば治療はもっと手っ取り早かっただろうが、知られると面倒事の匂いしかしないので、取りあえずはこんなモノだろう。作業中に空から落ちてきた岩を腕で防いだので皮膚が裂けてしまったが、それは放っておいても治るので問題ない。
 兎も角、治療を終えた俺は青年達に対してオーガ・メイジだから普通よりも知恵があるのだと説明し、そうなのか? とやや疑問を持たれながらだが無理やり納得してもらった。
 そして当然な話だが、バロールの死体を何処にやった? と問われた。
 俺は俺の主がバロールを殺したので、俺はその死体を回収に来たのだ、と嘘を吐く。死体はマジックアイテムで回収した、とも。
 青年からすれば横やりを入れられたような状況だったが、治療して君等を救ったし、最終的に殺したのは俺の主なのだから他のフォモールは兎も角バロールだけはもらっていく、と言う。主からすれば青年たちが死んだ後に殺しても良かったんだから、命の代価として、これくらいは良いだろう、とも。
 納得してくれないのなら、姿を見せない主も強硬手段をとるしかないので、慎重に考えて欲しい。とつらつらと。
 正に嘘八百。真実を知る方からすればチャンチャラ可笑しい話である。
 しかし青年達にそれを否定する素材は無い。それにそもそも根は純粋なようだ。聖職者な美少女やら魔術師な美女など他はまだ微妙に納得していなかったが、パーティーリーダーだという剣士な青年が最後には助けてくれて有難う、とお辞儀した。
 いえいえコチラこそー、と社交辞令を交わした後で別れる事となった。
 青年達は、フォモール達の死体から必要な素材を回収したらこのまま山脈を越えて目的地に行くそうだ。
 あまり深くかかわり過ぎる――手遅れかもしれないが――と厄介事に巻き込まれそうだったので目的地を聞く事はせず、俺はさっさとこの場から立ち去る事に。
 ちなみにフォモール達の死体を俺は喰っていない。アレはあくまでも青年達の分であって、一切関与していない俺が関わるモノでは無いからだ。

 歩き、やがて六人の気配が感知圏外となって消失するのを確認して、俺はため息を吐き出す。
 全く、今日は厄介な出来事が多過ぎる。その分収穫はあったが、後々何かに響きそうで不安が残る。
 ただ取りあえずはバロールの死体をアイテムボックスから取り出し、周囲に誰も居ない場所を探して喰う事にした。
 頭部が無くなったとはいえ、そもそもが巨大な肉体なだけあって普通に喰っていては時間がかかり過ぎる。そう考えた俺は【形態変化メタモルフォーゼ】を使って全身をスライムのように身体を変形させ、バロールの死体を薄く広く包み込んで消化する事にした。流石に身体全体は無理だが、普通に喰うよりかは早いだろう。
 一応コレでもアビリティを得られるというのは実験によって証明されているので、問題はなかった。


 【能力名アビリティ【見殺す魔眼】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【圧殺超過】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【巨人王の覇撃】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【巨人王の威厳】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【巨人王の叡智】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【巨人王の血肉】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【巨人王の骨格】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【巨人族の常識外な生命力】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【巨人の鉄槌】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ巨人殺しジャイアントキリング】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【巨人の因子】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ貫く暴雨の左腕パルジャニヤ】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ轟く雷霆の右腕イラティキ】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【水氷完全耐性】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【雷光完全耐性】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【魔眼完全耐性】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【岩土完全耐性】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【国を背負いし者】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【王者の圧政】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【下位巨人生成】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ異種族言語ジャイアント・ランゲージ】のラーニング完了】

 
 種族格差と喰った量によるモノか、アビリティを一気に二十一個も得てしまった。
 これには流石に驚愕を隠せない。しかもなんだこれと思う様なモノも数多い。
 実際に一通り使った方が良いのだろうが、今はタイミングがないし、時間も時間である。陽は既に沈んでいるのだ。
 オーロとアルジェントの事も気になるので一旦戻らなくては、と思い直し、俺は一人洞窟に向けて再度歩き始めた。
 ただ帰り道に見つけた“スノーラビット(仮称)”に向けて【巨人の鉄槌】を使ってみたら、薄ボンヤリとした幻影が俺の腕部を中心に発生して巨大な腕を形作り、その幻影でスノーラビットを殴るように動かしてみたら、ブチっと潰せた。
 積雪の上に赤い花が咲いた。

 何これ怖い。
 でも使い勝手が宜しいようで。

 といった感じで少しだけアビリティの考察をしながら洞窟に帰った後、弱々しくながらも立って動けるようにまで成長していたオーロとアルジェントを、思わず抱きしめる。
 耳元で『パーパー』などと言われる。
 どうも姉妹さん達が、俺が居ない間に言葉を教えていたようだ。
 何この子ら可愛過ぎる。
 そうだ、古き良きカメラならば、もしかしたらこの世界でも作れるかもしれないので研究してみることにしよう。とりあえず、カフスを使って拠点のドワーフと護衛エルフさん達に連絡をいれた。
 ちなみにこの異常とも言える成長力については、俺の子なのでこんなモノだろう。という事で。
 
 オーロとアルジェントとしばし戯れた後、持ちかえったディアホワイトの双角の一部を磨り潰して粉末状にし、それと姉妹さん達の母乳を混ぜて飲ませてみる。
 全てを飲み終えた瞬間オーロとアルジェントの身体は仄かに発光し、全身の入れ墨が脈動する。感じる威圧感が膨れ上がる。恐らくは能力値も大幅に上昇したのだろう、それぞれのオーブの輝きなどが一段階は違っている。
 ディアホワイトの角すげー、オーロとアルジェントは将来凄い事になりそうだ、などと考えながら、俺と赤髪ショートはまだまだ大量に残っている角の部分を試食してみる事にした。
 角を獲得した時は我慢していたが実際には少量で事足りる様なので、今後新しい子達ができた時の為に残すとしても、恐らくは足りるだけの量がある。
 今俺と赤髪ショートがそれぞれ親指一本分の角を喰った程度では、まだまだ尽きる事はない。

 【能力名アビリティ【■獣の守護領域】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【■■■の寵児】のラーニング完了】

 どうやら俺はディアホワイトとの力量差を見誤っていたらしい。親指一本分の角を食べて二つもアビリティが手に入るのは今まであり得なかった。ついさっき喰ったバロール以上にあり得ない事だ。
 これだけで分かる。俺とディアホワイトの間には、計り知れない程の力量差があったのだと。
 俺が感じていた勝率は、三割などではなく、零だったらしい。戦っていれば、間違いなく殺されていただろう。それも、恐らくは数秒足らずでだ。
 それを見抜けなかった己の未熟を反省し、まだまだ鍛えなければと思いつつ、何時かはディアホワイトを殺して喰うのだと今誓う。今回は戦闘をしなかった事が結果的に命を永らえさせる結果になったが、次はどうなるかは分からない。

 再び遭遇した時の為にも、俺は強く成らねばならないようだ。
 それに、ディアホワイトは美味そうだ。どのような味がするのか、楽しみである。

 それにしても、角を喰って得たアビリティの一つは大体使い方が分かるから良いとして、もう一つは何を意味しているのかがさっぱり分からないという異常事態はどうすればいいのだろうか。
 こんな事は初めてである。が、分からない事は分からない。以前この世界の法則に則って得た能力のようなモノだろうか?
 この世界にきて微妙に変化した【吸喰能力アブソープション】から色々と説明してもらいたいモノだが、できないモノはできないので諦めるとして、しばらく効果不明なアビリティは封印しておいた方が良いだろう。
 どんな効果があるのか、俺自身が分からないからだ。もしかしたら、爆弾になるかもしれないモノを誰が使いたいと言うのか。

 ちなみに赤髪ショートは【職業・聖獣喰い】という新しい職業を得たそうだ。お転婆姫や少年には聞かれない様にコソコソっと教えてくれた。
 聞くからにヤバそうなので、秘匿していた方が無難だという結論に至る。
 オーロとアルジェントも当然得ただろうから、成長したら黙っておく様に言わないとダメだろう。

 ただ疑問なのは、赤髪ショートの言葉を聞く限り、【■獣の守護領域】の■は聖ではないのか? と思えてならない事だ。それが表示されないのは何故だろうか。
 まあ、後々分かる事に期待しておくとしよう。分からない事に無駄な時間を使っても無意味である。そもそも今の状況では解明しようとしても手掛かりがなさすぎるのだ。

 今日は色々あって疲れたので、グッスリと眠れそうだと思いながら、睡魔に身を任せる。




 【レベルが規定値を突破しました。
 特殊条件≪大軍虐殺≫≪疑似神性≫≪地主殺害≫≪巨人王殺害≫≪■■宣言≫をクリアしているため、【使徒鬼アポストルロード・絶滅種】に【存在進化ランクアップ】が可能です。
 【存在進化ランクアップ】しますか?
 ≪YES≫ ≪NO≫】


 睡魔によって意識を失う寸前に表示された選択肢の中から≪YES≫を選び、俺の意識は闇に落ちた。



 
 【オガ朗は特定階位にまで【存在進化ランクアップ】した為、※※※より“真名マナ”が与えられます】
 【オガ朗は【真名マナ夜天童子やてんどうじ】が与えられました】
 【真名・夜天童子には固有能力ユニークスキルが設定されています】
 【夜天童子は固有能力ユニークスキル・【百鬼夜行ひゃっきやこうの頭領】を獲得した!!】
 【夜天童子は固有能力ユニークスキル・【逢魔時おうまがときの鬼喰らい】を獲得した!!】


 【夜天童子は特定条件種、特定条件行動、特定指定個体をクリアしている為、※※※から特殊能力スペシャルスキルが五つ与えられます】
 【エラーが検出されました】
 【五つの特殊能力スペシャルスキルの内、解放条件を満たしていないモノが二つあります】
 【未解放である二つの特殊能力スペシャルスキルは解放条件をクリア次第、順次解放されるようになりました】
 【夜天童子は【異教天罰ヘレシー・ネメシス】を獲得した!!】
 【夜天童子は【運命略奪フェイト・プランダー】を獲得した!!】
 【夜天童子は【神話的主要人物ミソロジィ・メインキャスト・世界詩篇[黒蝕鬼物語]】を獲得した!!】
 【特殊能力スペシャルスキル【■■■■】は未解放です】
 【特殊能力スペシャルスキル【■■■■】は未解放です】

 
 【夜天童子が【運命略奪フェイト・プランダー】を獲得した事により、配下の運命は夜天童子の支配下に置かれました】
 【夜天童子が【神話的主要人物ミソロジィ・メインキャスト・世界詩篇[黒蝕鬼物語]】を取得した事により、効果は自動発動されました】
 【夜天童子の配下の中から【八陣ノ鬼将】が選抜されました】
 【夜天童子の配下の中から【■■の正妻】が選抜されました】
 【夜天童子の配下にまだ【■■■■】の条件を満たす者が少ない為、【■■■■】は揃い次第選抜されます】
 【【八陣ノ鬼将】並びに【■■の正妻】に選出された個体は、存在進化ランクアップ後に恩恵が与えられます】


 “百八日目”
 今までに無い程の急激な変化でちょっと困惑気味だが、順を追って纏めて行こうと思う。

 目を覚ますと、本当に色々な変化があった。
 まずは肉体について。俺はどうも【使徒鬼アポストルロード・絶滅種】、と呼ばれる、なんだこれ? と思わず小首を傾げてしまいそうな種族になったようだ。
 オーガの時は二メートル五十センチあった身長は二メートル程にまで縮み、成人男性の胴体程もあった巨大な四肢も一回りか二回りほど小さくなっている。ただ小さくなったと言ったが、より密度を上げた、と言った方が適切だろう。
 溢れる力はオーガとは比べ物にならない。肉体のスペックは数十倍以上と言った所だろうか。オーガだったころの肉体が子供のようにしか思えないほどである。
 そしてランクアップした為か、アビリティも大幅に成長していて、銀腕に至っては【呪詛射ち】という新たな能力が発現している。これからも成長してくようで、期待しておく事に。
 黒い体表はそのままだが、赤かった入れ墨は黄金色に変化している。
 それに角は三本に増えた。額の中央に一本、側頭部に二本、やや湾曲しながら天を突く様に伸びる鋭角だ。三本の角は以前よりも太くなり、下手な刃物よりも切れ味がある。試しに岩に頭突きをすると、切れてしまったのだ。
 頭髪の色は銀に近い灰色で、腰付近にまで伸びていた。鬱陶しかったのでバッサリと切ろうとしたのだが、それは錬金術師さんに止められ、今は取りあえず黄金糸で括って尻尾のように背後に流している。今後錬金術師さんとかの玩具にされそうな予感がヒシヒシとするのだが、それは一先ず置いといて。
 瞳の色はダム美ちゃんと同じ血のような紅色で、笑った時に見える刃物のような鋭牙とやや鋭い目つきが特徴的だろう容姿はオーガよりはまだ怖くないだろうし、ダム美ちゃん達曰く格好が良いそうなので、自分ではやや迫力があると思っていても見て見ぬふりをするとして。
 ロード種の特徴とも言える“鬼珠オーブ”は俺の胸部と両肘両膝にそれぞれ埋まっていて、その色は黒と赤と金が混ぜ合わさったようなモノだった。能力は解放していないので何が出てくるかは分からないが、何やらヤバそうなので機会を見つけて確認しておくつもりである。
 それと一応、オーガの時に肉体と合成していたオーブが消えていたので能力が使えなくなったのか? と思ったが、ダメ元で使ってみると以前の武具の強化版を使えたので一安心どころか儲けものだった。

 そして俺は、と言うか使徒鬼アポストルロード百々目鬼どどめきとなったドド芽ちゃんのように生体防具を扱えるようで、取りあえず使ってみると下着とズボンを装備する事ができた。
 着物の袴とニッカポッカなどを混ぜ合わせたような独特なフォルムをしたズボンは、なかなか悪くない。動きは全く阻害されないし、通気性も良い。
 試しにナイフで切り裂こうとしてみたが、斬る事はできなかった。むしろナイフの方が刃こぼれしてしまったレベルである。なかなかの防刃性だ。
 ついで防具越しに風鬼さんに蹴らせてみたが、衝撃はほとんどズボンに吸収されてあまり感じなかった。軽く炎などもぶつけてみたが、汚れる事すらなかった。色々と高性能な防具であるらしい。
 ただ不満があるとすれば、生体防具で発生したのはズボンだけで素足のままだし、上半身は剥き出しのままだと言う事か。割れた腹筋やらが周りに晒されている。赤髪ショート達が面白そうにペタペタと触ってくるのだ。
 露出の趣味は無いのだが、まあ、寒さなどは感じないし俺としても特に恥ずかしくは無いので、街に入る時はポンチョモドキでも羽織ればいいか、と思う事にした。
 肉体面の変化は、こんなモノだろう。

 ついで、姉妹さん達は今日目が覚めると新しい職業を得ていたそうだ。
 【職業・鬼子の聖母】というモノだそうで、効果としては肉体面が色々と強化され、鬼系統の子を産むのに色々と補正が発生するらしい。
 取得条件として本当に愛した鬼と子を産む。とあるそうで、思わず二人を抱きしめたとしても仕方がないと思うのだ。
 オーロとアルジェントは姉妹さん達が造った子供服を着て、片言ながらも言葉を発せられるようになっている。『パーパ、パーパ、だいすきー』とか、もうね。
 いやもう可愛いなこの子ら。

 まあ、惚気は置いといて。
 次の話は、お転婆姫と少年に俺が加護持ちだと言う事がバレた、と言う事だ。
 いや、眼が覚めたらランクアップしていて、体色は元の黒に戻っていて、それを隠す前に目撃されたのである。隠す暇など全くなかった。だからそれは仕方ないと諦める。
 しかし体色などを自在に変えられる事まで知られるのは未来を思えば不味いので、時と場合にもよるが、今後は基本的に黒いままで行こうと思う。
 加護持ちだからという事で面倒事に巻き込まれるのなら、その時は無理やりにでも突破すればいいと、そう思うようにした。

 一先ず、体色が黒いとは言ってもどの神の加護持ちかは俺が言わねば分からない――体色は色の濃さでどの階位の神の加護かを予想する事しかできない――ので、下手な言い訳などは逆効果だと判断し。
 とりあえず、それなりに強力な力を保有していると言う【死海の神の加護】持ちだと自己報告を行った。
 すると赤髪ショート達にそうなんだー、と納得された。
 あれ? ……ああ、そうか。俺はどの神の加護持ちなのかは誰にも言って無かったっけ、と思い返しつつ、今後も語らないだろうなぁ、と思ったのであった。
 いや、秘匿しておくべき情報だろう、これは。

 今度は分体について。
 分体達も本体である俺に引っ張られるかと思ったのだが、そうはならなかった。ランクアップしてから作った分体は使徒鬼として在ったが、以前からいた分体達には変化はみられない。オーガのままである。
 オーガでも使えることには変わりないので、入れ替えとかは今のところ考えていない。

 最後に、ズラッと羅列されたキーワードの数々について。
 ぶっちゃけ良く分からない。真名を得たからと言って固有能力ユニークスキルが与えられる訳ではないのは、この間真名を得た秋田犬から聞いて判明している。秋田犬はユニークスキル成るモノは持っていない。
 しかし取りあえず俺固有の能力なのだとは理解できるし、能力を行使する事は俺の意思で出来そうなモノだった。
 しかし次の特殊能力スペシャルスキルというのが全く分からない。
 ユニークと違ってこの世界の何者からか得たらしいのだが、俺の意思では能力を行使できないのだ。
 なんだ、【八陣ノ鬼将】って。【■■の正妻】の黒い部分は何なんだ。そしてまたか、【■■■■】。
 最早理解を放棄したいほどに謎が増えてきた事例に、俺は一人静かに苦悩する。

 といった感じで色々とあった早朝、新しい職業によって衰えていた体力が回復どころか以前以上となっている姉妹さん達が作ってくれた朝食を喰らい、俺達は山を登る事にした。
 待たせていたクマ次郎やらクロ三郎、それにボルフォルは久しぶりの外に嬉しそうである。
 俺たちは骸骨百足に乗り、肩にお転婆姫を乗せた状態で、今日行ける所まで行く事にしたのだった。
 クラスター山脈からの絶景は、なかなかのモノである。


 “百九日目”
 姉妹さん達に続き、今度は鍛冶師さんと錬金術師さんのお腹が大きくなった。
 二度目だったのでそこまで慌てる事は無く、二人にエネルギーを補給しつつ、二人が休める場所を探した。クラスター山脈は昨日の内に越えていたので、手頃な洞窟が見つからない。
 仕方ないので移動するのを止め、熱鬼くんやお転婆姫など手持無沙汰なのは骸骨百足から追い出し、骸骨百足の中で子を取り上げる事となった。
 ふと今更ながらお転婆姫達は俺の血の効果を見ていると思い立ったが、まあ、すぐにヒーリングスキルを使っていたので、詳しく何をしていたのか分からないだろう、と思ったので放置する事にした。
 今更話題にする方がむしろ地雷を踏むような気がする。

 話を戻すが、鍛冶師さんからはオーロとアルジェントよりもさらに大きな身体をした【上級大鬼ハイ・オーガ】の男の子が、錬金術師さんからは金髪碧眼の黒い刺青を持ち、既に【職業】を保有している人間の女の子が生まれた。
 ミックスブラッドかなー? と少しだけ期待していたのだが、まあ、これが普通なのでそこまでガッカリはしていない。可愛い子には変わりないのだから。
 今回は姉妹さん達の時のようにギリギリまで待たなかったので、二人の負担は比較的軽いようだ。体力の消耗も、そこまで酷くはなかった。

 それにしても、立て続けで子が生まれるのは、一度に相手していたからだろうか? 我ながら節操のない事だ。
 まあ、置いといて。
 オーガな男の子の名前は歴史の武人から名をもらって鬼若とし、人間な女の子は錬金術師さんの娘ということでニコラとすることに。
 ディアホワイトの角は当然喰わせました。同じような現象が現れ、鬼若とニコラの能力は色々と上昇した様である。

 母親となった四人を骸骨百足内の分体ベッドに寝かして労いつつ、昼過ぎに俺達は迷宮都市“パーガトリ”に到着した。
 オーガだった時と違い、ロード種と成っていた今回は案外スンナリと通る事ができた。
 ただ円状に構築された特殊金属製の壁で囲まれたこの街から出るには少々面倒な手続きが必要になるらしい。迷宮から掘り出される強力なマジックアイテムを外に無規制で流出させない為の処置なのだそうだ。
 ただ今回俺は迷宮に挑むつもりはないし、そもそも他人からは確認する事すらできないアイテムボックスを持っている。収納のバックパックの中身を調べられたとしてもそこには食糧や衣服などしか入れないので、そこまで長い時間は拘束されないだろうが。
 さて、宿探しである。


 “百十日目”
 流石迷宮都市。
 金銀財宝や名声などを求めてやってきたならず者やら暴れん坊が集い、日々迷宮内部でモンスターとの闘争を繰り返して成長してきた街なだけはある。

 まだ日が昇る前の早朝、“ギルド・パーガトリ支部”の隣にあったギルドが無料で開放している訓練場にて訓練を行っていたら、フルプレートアーマーを装備した体毛フサフサの獣人男性やら、ローブを着て杖を持った人間の老婆、剣を背負った猫耳戦士の少年や、ナイフを二本腰に差した人間の盗賊女性など、本当に色々な人種や職業持ちが手合わせしてくれ、と言ってきたのである。
 迷宮都市には基本的に戦闘狂などが多く居ると言う事の表れだろう。

 遠くで見物しているのも含めれば、パッと見ただけでも六十人以上は集まっているだろうか。

 彼等は早朝にギルドに来てクエストを受け、迷宮に挑むつもりだったらしい。
 普段は迷宮から帰還してから訓練場に来るのだそうだが、その訓練場にて俺達が朝から訓練していたので興味を覚えたのだという。
 しかも訓練をしているのは様々な種族が入り乱れる迷宮都市でもそうそう見かけない鬼人ロードが四人もいてその内の一人は加護持ち――ちなみに、俺が使徒鬼と言い当てた奴は居なかった。絶滅種だったそうだから当然だけどな。そもそも使徒鬼自体少ないらしい――だし、ダムピールということである種の超越した美を振り撒くダム美ちゃんやら、最近はかなり独特な雰囲気を纏う様になった赤髪ショートの存在は案外大きいそうだ。
 あと、少年とお転婆姫というオマケもそれはそれで目を引くとか。

 まあ、それもいいとして。
 俺が全てを相手しても良いのだが、今回はロード達にも――ダム美ちゃんは加減が得意ではないので除外した――させてみることにした。
 俺ばかりが他人を相手にしていては、ロード達が今の自分がどの程度の実力があるのか確認する機会が少なくなってしまう。

 普段とは違う相手と戦うのは、今後の為の良い経験になるだろう。

 とは言え、ただ手合わせするのでは面白味がないので、参加者には一人につき千ゴルドの価値がある銀貨(恐らく一万円位の価値)を一枚出させ、風鬼さんか熱鬼くん、あるいは幻鬼くんに勝てば一万ゴルドの価値がある銀板(恐らく十万円位の価値)を五枚、賞品として出しますよ、という風にしてみた。
 そう言った途端、集まっていた冒険者達の喰い付きが良くなった。集まった冒険者の目の色が変化する。全く、現金なものである。人間らしくて嫌いではないが。
 それに俺はほくそ笑みながら、三人には負けたらどうなるか分かっているんだろうな、と脅しをかけた。
 期間はまだ短いとは言え、三人は俺が直接指導したのだ。死ぬ気で頑張ってもらおうではないか。無様な負けは認めません。
 負けたりしたら訓練を更にスパルタにするのは確定事項である。

 あ、そうそう。
 ちなみに俺に対する挑戦権は参加費として銀板(恐らく十万円位の価値)を一枚出させ、勝てば十万ゴルドの価値がある金貨(恐らく百万位の価値)が二枚、賞金として勝者に贈られます。

 
 過程を省略して結果だけを言うと、三人はボロボロになりながらも負けなかった。
 短いながらも濃密だった日々の訓練で獲得した技術は如何なく発揮され、挑戦者を次々と打倒したのである。身体能力が人間を軽く超越しているロード達は本気で鍛えれば、これほどまで大きな成果が上げられるのか、と驚嘆してみる。
 あと、高ランクの冒険者の大半は俺に挑戦してきた事も大きいだろう。三人には中位から低位の冒険者の挑戦者が多かったのである。中には堅実に賞金を狙った高ランクの冒険者も居るにはいたけど、それにロード達は負けなかった。
 いやー、今回のでまたがっぽり儲かった儲かった。訓練ができて金も儲かる。正に一石二鳥である。

 訓練が終わったのは既に昼近い時間で、終わった後は様々なクランから勧誘された。
 だが俺は傭兵団の長で、他は一応団員なわけで、誘いを受ける事は無く。取りあえず宣伝しておくに留めた。
 その後宿に帰って風呂に入って汗を流し、子達の世話などをしていた鍛冶師さん達を連れ出して金稼ぎの為に集めた素材や、最新式の通信機ですよー、と言いながら分体の小粒などを売りに行く事に。
 そのついでに迷宮にも下見に行った。近くを通っただけだから中がどうなっているのかは直接見ていないが、この世界の建物とは比べ物にならないほど巨大な灰色の塔が天高くそびえ立っていたのは、結構圧巻だ。

 観光していると俺達を尾行している輩がまたいたので、特に敵意があるのを選んで路地裏に誘い込んで誰にも悟られる事なく毒殺し、その肉を喰う。ちなみに男だった。
 ランクアップして種族が変わったので、普通の人間が相手では力の差があり過ぎるのだろう。アビリティを得られそうな気配は無く、肉体強化も本当に微々たるものだった。
 しかも喰った男の肉は不味かった。腕を一本腹に収めた所で止め、身ぐるみを剥いで、残りは酸性の体液で溶かして証拠隠滅を図る。別に期待してはいなかったのだが、迷宮都市に住んでいるだけあって迷宮から得られる品を男は持っていた。
 コレには気分が良くなったので、他の追跡者の中でも敵意を持っているのを選び、闇に引きずり込んで殺し、喰らい、マジックアイテムの類を回収していく。
 ポーションやら特殊な魔力を秘めた指輪やら、ベルベットの遺産とは比べ物にならない程にショボイ品々ではあったが使えそうなモノも多い。それにゴルドも大量にあった。

 アビリティとか味で言えば不味かったが、マジックアイテムやらゴルドで言えばかなり美味しい奴らだったな、うん。
 五名ほど喰って満足した。

 観光も商売も狩りも終わったので、今度は買い物である。
 まず最初に迷宮都市内部にあるマジックアイテムを扱っている店に赴いた。迷宮内部の冒険者御用達な店らしく、品揃えがいいし値段もそこそこお手ごろだ。
 俺達はそこで収納のバックパックや“永続光コンティニュアル・ライト”が付与されたランタンや作ろうと思っていたカメラと同じ機能を持つマジックアイテムなど、迷宮内部だけでなく日常でも役立つだろう品々を買い。
 今度は魔法薬の素材や金属などを売っている素材屋に赴き、拠点のドワーフ達のお土産にとミスラル以外の魔法金属のインゴットと、持っていなかった金属のインゴットを買った。ついでに錬金術師さんの素材も大量に買い込む事に。これで今まで造れなかった魔法薬が造れるようになった。

 買い物も終わったので、宿に戻る事に。
 宿ではかなり成長してきたオーロとアルジェント、それに鬼若とニコラと戯れ、買ったばかりのカメラモドキでその姿を激写していく。
 その後自室に一人籠って、取りあえずは使っても大丈夫そうなアビリティの確認を密かにする。お転婆姫が乱入してきてそんなに時間はとれなかったが。

 夜は夜で色々と燃えた。
 ダム美ちゃんと赤髪ショートが特に激しかったです。
 他の四人には子供が出来たので、それが悔しいのだとか。



 
 さて、明日の朝は俺達の最終目的地である王都≪オウスヴェル≫に向けて出発する事になっている。
 王都ではどのような事が待っているのだろうか。都合が良い事が起きるかもしれないし、厄介事が待ち受けているのかもしれない。
 不安である半面、楽しい事が起きそうで、俺は静かに笑うのであった。 


  


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