第一章 生誕の森 黒き獣編
閑話 見解の相違とは自覚し難いモノである
【赤髪ショート視点】
[時間軸:二十七日とそれより数日前の話]
簡単な、ありふれた依頼の一つになるはずだった。
しかし、そうじゃなかった。実際には滞りなく終わる事は無く、この依頼は失敗してしまったのである。
私達ではどうする事もできない障害が、待っていたが故に。
今回のクエストの内容は≪星神亭≫という中小規模の行商人の一団を、防衛都市≪トリエント≫まで盗賊やモンスターから守りながら送り届けるという、冒険者の定番なクエストと言ってもいいモノだった。
本来は私のような駆け出し冒険者では信頼や力量不足から受注できないランクのクエストだけど、今回は、冒険者組合≪弱者の剣≫に所属していたので同行する事ができた。
何事も経験だ、とクランマスターが取り計らってくれたのだ。
その為本来なら十名かそれ以下の人数で行われるはずのコレに、私のように駆け出し冒険者が十八名、引率役として中堅冒険者である先輩方が六名の、計二十四名が参加する事になった。
人数が人数なので収入は弧雀の涙ほどしかないけど、経験を積むためだと思えば我慢できる。
最初は良かった。
今回進む街道は国から総合統括機関に定期的なモンスター討伐依頼が出されている区画であり、最近モンスターが掃討されたばかりで、他と比べれば遥かに安全になっていたからだ。
それでも完全に危険が無い訳ではなかったが、モンスターと遭遇したのは駆け出し冒険者達が経験値稼ぎとして狩る、“ミステッド”と呼ばれる七十センチほどの大きなニワトリに似たモンスターの小さな群れが二、三回出てくるだけで、危険と呼べるものではなかった。
その他に道中では大した危険も無かったので、私と同じく初めての護衛クエストを行っていた仲間を含め、皆そこまで緊張する事はなかった。暇な時間も多かったので必然的に話が弾み、女の冒険者は今回私だけだったけど、皆気さくなヒトばかりで気楽だったし、先輩達の話は今後の為になる情報に溢れていた。
それに護衛対象である≪星神亭≫に四人の女性が居た事も大きい。
【鍛冶師】であるエメリーからは試作品だと言う指輪やネックレスを格安で売ってもらえたし、【料理人】であり姉妹であるフェリシアとアルマからはお菓子を分けてもらえた。【錬金術師】であり年上で寡黙だったスピネルさんは話してみると優しく、自作なので市販されるモノよりも少々効果は落ちるらしい体力回復薬を一本だけ譲ってもらえた。
市販されているモノよりも劣るとは言え、体力回復薬を譲ってもらえたのは、今の私にとっては非常に大きな意味を持つ。
コレ一つで私の命が一度は救われる、かもしれないのだ。冒険者に必須なアイテムの一つである体力回復薬は、効果に比例して高額で、駆け出しである私程度では手が届かなかったから、持っていなかった。
だから、何よりありがたかった。
思いがけない収入があったりしたので、この時の私は油断していたのは間違いない。
今回も滞りなくクエストは終わって、皆で酒場で飲もう。といった話になるはずだと、この時の私は本気で思っていたのだ。
しかし、そうはならなかった。
始まりは、林の中から唐突に飛来した矢が先輩方の身体に突き刺さった瞬間からだった。
どうやら矢には即効性の毒が塗られていたらしく、慌てて治療を試みたモノの、先輩達は泡を吹きながら死んでしまった。初めてヒトが死ぬ所を見た訳ではないけれど、それでも慣れている、とまではいかない私は先輩達の死体に思わず自分を重ねてしまい、そのせいで思考が停止しかけた。
しかし忘我している暇が、私達には無かった。
何故なら、奇声と共に近くの林の茂みから飛び出した大量のモンスターが居たからだ。
■
「――ッツアアアアア!!」
気合いの咆哮を上げながら、高名で現役の冒険者である伯父から餞別として貰った唯一の品――鋼鉄製の愛剣を横一閃。
それとともに、
【ルベリア・ウォールラインは戦技【斬撃】を繰り出した】
伯父から教え込まれて体得した、【職業・戦士】ならば誰でも扱える基礎とも言える戦技を上乗せする。
愛剣の刀身に赤く淡い光が灯り、必殺の意思が刃に籠る。
目の前の敵――緑色の肌に尖った耳と醜悪な面が特徴的なモンスター。通称<山賊ゴブリン>と呼ばれるゴブリン族の一種――の頸部を切り断たんと放ったその一閃は、しかし、私の一撃を受け流す様に斜めに傾けられたショートソードで軌道を変えられた。
鉄と鉄が衝突した際に起こる耳障りで甲高い音が響き、散らばる火花。敵の刃毀れの目立つショートソードの表面を私の愛剣が削っていくその衝撃に私の手がビリビリと痺れ、舌打ちが漏れる。
手が痺れて愛剣を握る力が少しだけ弱まるが、大丈夫、問題はない。まだ戦える。
だが、どうやら目の前のバンディットゴブリンはそうでないらしい。先ほどの一撃の衝撃で発生した痺れのせいだろうか、その手からはショートソードが無くなっている。
少々離れた場所に、飛んでいってしまったのだ。
恐らくこれは、戦闘職に関して“10”と低レベルな【職業・戦士】しか持っていない私だけど、冒険者になる一ヶ月前まで家族と行っていた日々の農作業により鍛えられた職業レベル“48”の【職業・農婦】がもたらしてくれる筋力・耐久補正による差に違いない。
日々の農作業によって私の腕は逞しく、手の皮は硬く頑丈で、だから私は愛剣を落とすことはなく、反撃に移せたのだろう。一瞬だけあの日々を思い返し。
だけど、今は過去を振り返っている時ではない。
手首を返し、今度は袈裟懸けに愛剣を振り下ろす。今度こそ斬り伏せると思いながら。
しかし今回もギリギリの所でバンディットゴブリンが掲げたラウンドシールドに阻まれてしまった。ラウンドシールドを小破する事はできたが、致命傷を負わす事はできなかった。
敵も必死だ。
だが、それでもバンディットゴブリンの体勢を崩す事には成功した。
ヨタヨタとバンディットゴブリンが後退する。
その隙を逃がす事無く、獣の皮で造ったのだろうハイドアーマーに覆われていない剥き出しの大腿部、そこを狙って、再び斬撃を繰り出した。
「――ッシ!!」
【ルベリア・ウォールラインは戦技【斬撃】を繰り出した】
アーツにより切れ味が上昇した刃は肉を切り裂き、硬い骨に勢いがやや殺されはしたが足を斬り飛ばす事に成功した。
片足を失い、その傷口から噴き出す鮮血が周囲を濡らす。斬られた足を必死で押さえながら激痛で呻くバンディットゴブリンに止めを刺すべくショートソードを上段に掲げ、重心の移動や全身のバネなどを使って繰り出した渾身の一撃を脳天に叩き込む。
今度は防がれる事も無く、ザグシャ、と肉が切れて骨が潰れる感触が全身を駆け抜ける。頭蓋を叩き潰した結果飛び散る脳漿と鮮血が私の革鎧の一部を汚した。
洗濯しなければと意識の片隅で思った瞬間、
「ルべリアッ!! 後ろを殴れッ」
最近仲が良くなってきた同年代の男性――チャールズに声を掛けられて、考える間も無く背後に振り返る。同時に、左手に装備したラウンドシールドを前方に突き出した。
【ルベリア・ウォールラインは戦技【盾打】を繰り出した】
背後に回って不意打ちをしてこようとしたバンディットゴブリンの顔面に、青く淡い光に包まれたラウンドシールドが衝突した。
声に反応して咄嗟に出した攻撃だったので、それが決まった事に私は驚きつつ。
アーツによって本来以上の硬度を獲得したラウンドシールド越しに、グシャリと鼻が折れて顔が潰れる生々しい感触が全身に伝わる。鼻血を吹きだしながら、バンディットゴブリンの身体が大きく仰け反った。
【盾打】の効果の一つ、【仰け反り】だ。
できたその隙を逃さず、ショートソードで首を切り落としにいく。アーツは体力と精神力を消費する為、今回は使用しなかった。ココでアーツを使っても過剰殺害になるだけで、隙が生まれるからだ。
そして私の斬撃は事前に体勢を崩していた為、防がれる事無くバンディットゴブリンの首を切り裂いた。
動脈が切れて勢いよく鮮血が噴出する。肉を斬る手応えと、骨を断つ時にやや刃が欠ける感触が手に残る。
また研ぎに出さないと、などと思考の片隅で考えていると、視界の隅で私を狙う敵の姿が映る。敵は棘付きの棍棒を振りかぶった状態で、体勢的にラウンドシールドの防御も、ショートソードで防ぐ事もできそうにない。
守りが間に合わない。そう判断した私は咄嗟にバックステップを刻んだ。
「ク――ッ!」
ブウン、と風切り音を響かせながら振り抜かれた棍棒が私の前髪を揺らしたが、それだけだ。ダメージはなく、私は距離をとる事に成功した。
しかし、それこそが敵の狙いだったらしい。
「グギャキャキャキャキャ」
「な、バンディットホブゴブリンが何でココに――ッッ!!」
背後の死角に息を潜めていた強敵――バンディットホブゴブリンが奇声を上げながら襲ってきたのだ。
ゴブリンの上位種であるホブゴブリンは、人間の一般男性の平均値をやや越えた身体能力を持つ、駆けだし冒険者が一度は越えなければならないモンスターとして有名だ。
私は以前伯父が捕まえてきたホブゴブリンと闘った事があるのだが、一対一だと殺すのにてこずった厄介な相手である。ゴブリンのように闇雲に突っ込んでくるのなら対処は簡単だが、ホブゴブリンはゴブリンよりも知恵が回る分強いのだ。
そして今回は状況も相手も悪い。
普通のゴブリンよりも知能がやや高くて厄介なバンディットゴブリンを従える事から、この敵はランクアップしてバンディットホブゴブリンに成った個体に違いない。そしてランクアップを経験している個体は伯父によると、最初からホブゴブリンだったモノより優れた身体能力と技能を有している事が殆どらしい。
その理由にも納得できる。
生物を多く殺し、レベルを上げて下から成りあがったモノが、最初から持って生まれた者と同種になった時に劣る筈がないからだ。努力は、人間もモンスターも等しく強くするのである。
間違いなく強敵であるバンディットホブゴブリンの拳が私を殴らんと繰り出され、それは咄嗟に構えたラウンドシールドで防御する事に成功。
しかしアーツを使う余地が無かったせいか、ラウンドシールドは嫌な音を響かせて小破し、巨大な何かが衝突してきたような感覚がした直後、私の身体は後方に飛んでいた。
一瞬何が起きたのか理解できず、しかし重力に引かれて地面を勢い良く転がった時には理解できた。
簡単な話だ。先ほどの攻撃の威力は、私程度の力では耐える事ができない程強力なモノだったと言う事だ。
攻撃を受け止めたラウンドシールドは殴られた部分がやや壊れてしまったし、左腕の骨は折れてはいないだろうけどしばらくの間は満足に動かせそうにない。それに転がった時に頭部を石か何かで強かに打ちつけたのだろう、痛みと流血で、意識が朦朧としてくる。
派手に溢れた血が、目に入って視界を赤く染めた。
このまま倒れて休みたいと言う思いが湧き上がるが、しかしそうすればどうなるか、知っているだけにその選択肢はあり得ない。
血が出るほど歯に力を込めて、痛みでギシギシと軋む身体に鞭を打ち、剣尖を地面に突き刺した愛剣を支えに何とか起きあがる。足はガクガクと小刻みに振え、片側が赤く染まった視界が揺れるが、それでも立つ。
目の前のバンディットホブゴブリンはそんな私に即座に攻撃を仕掛けはせず、人間と似た顔立ち――ただし不細工だ。今までみたホブゴブリンの中で最も醜悪だ――に、人間と変わらない知性を帯びた瞳で私を見据え、下卑た笑みを浮かべていた。
その様は外見や体色などを引けば、下賎な人間の男と変わりない。盛り上がる股間がそれを如実に表している。
精神的なモノと、腹部から湧きあがる吐き気を抑え、周囲に助けを求めて視線を走らせる。
確かにバンディットホブゴブリンは強い。強いが、例え駆け出し冒険者だろうとも数の利で押し潰せない程の相手ではない。三人も居れば、比較的簡単に殺す事ができる。三人と言わずとも、二人居れば何とか倒せるに違いない。
誰か、誰か。血で視界が滲む左目を擦りながら、必死で周囲の様子を見渡した。
しかし、皆それどころではないらしい。
今回の要にして司令塔だった先輩方が一番最初に殺された事で、皆の意思がバラバラだったからだ。駆け出しであるが故に危機的状況下でどうすればいいのか分からなかったのだろう。
残された戦力は私を含めた駆け出し冒険者が十八名だけなのだから、こんな時こそ一致団結しなければならないと言うのに、集まって反撃しようとしているのもいれば、逃げようとして後ろから斬られているのもいるし、飛来した火の玉で燃やされ――って、メイジも居るのかッ!!
バンディットホブゴブリンに加え、魔術という強力な術を行使してくるメイジが居る事に、私は視界が暗くなる様な錯覚に襲われた。
メイジ相手では、駆け出し冒険者などただの虐殺対象に過ぎない。
そりゃ、弓などの遠距離攻撃法を持つ場合は、工夫すれば何とか戦える。時には殺せる事もあるだろう。しかし私のように遠距離攻撃法を持たない戦士では、剣が届く間合いに入る前に魔術で殺される事が殆どだ。
力量に差があれば殺すのは容易い、と伯父は言っていたモノの、今の私では無理な話しである。
私は冒険者である伯父の手解きがあったからこそ今のように戦えはしたが、それでも戦況を覆す事ができる力量はない。まったく無い。
先ほど声をかけてくれた、私よりも力量がやや上なチャールズも、目の前のバンディットゴブリン二匹を同時に相手取っているので、私を助ける余裕はないだろう。むしろ、助けに入るべき状況である。
戦況は最悪だ。
でも、諦めたくない。諦めれば、その後どうなるかは冒険者なら知っている。
捕縛され、連れ去られ、無理やり犯され、望まぬ子を孕まされ、そして死ぬまでの間ゴブリンの子を生み出すだけの存在にされる。家畜のような、存在にされる。
それは、嫌だ。絶対に嫌だ。
殺されるのならばまだいい。しばらく前に親は逝ってしまったし、恋人も居ない。私に生きる術を叩きこんでくれた伯父には悪いけど、現在の私は死ぬ事にあまり忌避感はなかった。
だから、殺されるのならいい。まだ、受け入れられる。
だけど、犯されて家畜のように死んでいくのだけはお断りだ。
「……めて、や……」
腰の雑嚢から、スピネルさんから貰った体力回復薬を取り出す。運がいい事に割れていなかったそれを、一気に嚥下する。
口内に広がる、仄かな甘さ。それと同時に身体の節々の痛みが引いた。左腕も問題なく動かせる。それに疲労感も無くなっていた。
凄い効果だと思った。市販の品よりも劣ると言う話だったけど、今の私にとっては十分過ぎるほどの回復量であるらしい。
これで、まだ戦える。
「諦めて、やるもんかッ!!」
咆えて、駆ける。
敵を殺す為に。
■
ダメだった。
あの後、なんとか数体を斬り伏せたけど、チャールズ達を殺して集まってきたバンディットゴブリン達に取り囲まれ、最終的には気絶させられて捉えられてしまった。今は四肢を縄で拘束され、騒がない様に猿ぐつわを噛まされて住処に運ばれている最中だ。
ゴブリン族の言語は聞きとり難いが、会話から断片的にではあるがもうすぐ住処に到着すると言う事は分かった。
正直、最悪だと思った。
私を倒したバンディットホブゴブリンの膨らんだ股間が脳裏を過る。下卑た笑みを見せるその顔、下品な笑い声を上げるその口が近づいてくる幻影を見る。
嫌だ、あんなので、あんなのに犯されたくない。嫌だ、嫌だ、嫌だッ、嫌だッッ、嫌だッッッ!!
そう思えど、しかしそれは最早逃れ得ぬ未来だった。
猿ぐつわによって舌を噛み切る事もできず、四肢も縛られて動かせないので逃げれない。隙を見て壁に頭を打ち付けて死のうにも、それが許されるとは到底思わないし、できたとしても全てが終わった後だろう。
汚された、後だろう。
運ばれている最中、何度も【運命の神】である≪シックザール≫様に祈りを捧げた。
この世に神は確かに実在する。可能性は低いけど、それでも祈りを捧げる事で神々が応えてくれる事も、無くは無い。
私はまだ一度も応えてもらった事はないけれど、それでも、僅かな希望に賭ける程、追い詰められていたのだ。
しかし変わる事の無い現状に私は祈るのを止めると、顔を上げた。
そこで、守れなかった、守る事ができなかった、現在の私と同じ境遇下にある人達――エメリーに、フェリシア、アルマ、スピネルさん達と目があった。
そのどれもが、私を責めてはいなかった。それが余計に、私の胸を引き締める。
胸が痛む。涙が出る。弱い自分に吐き気がした。戦う術を持たない皆は私を気遣ってくれたのに、戦う術を持っていた私は自分の事ばかりに気を取られている事に、どうしようもなく恥ずかしくなる。
恥じて恥じて恥じて、皆に目で謝った。心から、謝罪した。
弱くてごめんなさい、と。
その後で、死んだ父母の顔が浮かんだ。それに、伯父の顔も。
涙が止まることなく流れ出る。父母には私ももう少しでそっちに行くから、伯父にはただごめんなさい、と思う。涙は、止まる事が無い。
そして、やや離れた場所に洞窟が見えた。
ああ、終わった。という思いが胸の中を駆け巡り。
しかしまだ私の運は尽きていなかったようだ。
涙で滲む視界の中に、何かをしていた――思い返してみれば、戦っていたのかもしれない――ゴブリン達と、一人だけ体色が黒いホブゴブリンが現れた。
それを見て、私は目を疑った。それは自分の状況に考えを巡らせる事が一時中断されるほどの、驚愕だった。
黒いホブゴブリンなど、噂にも聞いた事が無かったからだ。
確かに、鉱山などの洞窟に住む褐色の肌を持つマインゴブリンなどは存在する。存在するが、ココはマインゴブリンではなく緑色の肌をしたバンディットゴブリン達の住処であり、何よりマインゴブリンの肌はあくまでも褐色である。
あのような、闇のように全てを塗り潰すような濃い黒色ではない。
だからあの黒いホブゴブリンは、数多く存在する神々のどれか一柱から加護を受けて【亜種】に【存在進化】した個体なのだろうと思い。
そこまで考えた所で、近づいてきていたその黒いホブゴブリンは口を開いた。
「ソノ女性タチハ、俺ガ預カラセテモラエナイカナ?」
表面は優しげで、しかし圧倒的強者の威圧を伴った声音が響いた。
彼は――そう、彼は、表現し難き魅力をその身に宿していたのである。私の運命は彼と出逢う様に、既に決まっていたのかもしれない。
私は、私が持っていない“力”を持つ彼に、ただただ惹きつけられるばかりで。
ココから、私の激動の運命が始まりを告げた。
【赤髪ショート視点・終了】
■ Д ■
【女騎士視点】[時間軸:六十八日目]
太陽が沈み、月光で照らされた森は人外の世界となる。
夜の森を歩くのは、如何に大軍だと言えども自殺行為だ。過去、夜の森を進軍したとある国の軍が全滅した事例も、幾つか実在する。
それ等は全て、闇の中を自在に動くモンスター達に襲われたからだ。
その為、私たちは森の中でやや開けた場所にテントを張り、焚き火をするなどして野営地を設置し、休息をとっている。勿論警戒を怠ってはいない。交代制で見回らせているし、それに加えて周囲には使用者よりも低位のモンスターを退かせる効果を持った魔術の結界が張られている。
結界を張った魔術師は我が家と親交のある冒険者であり、その実力は折り紙つきだ。エルフの軍か、この森最強のモンスターであるハインドベアーが複数同時に現れるか、あるいは【山の主】と呼ばれる赤いハインドベアーが近づかない限りは、この結界は破られる事は無い。
その安心から今の私は鎧を脱ぎ、エストック型の魔剣≪月の風≫を置いて楽な格好になっていた。太ももと肩が露出したデザインのモノで、以前男の従者には上から何か羽織って欲しいと言われた服だが、折角動きやすい格好なのだし、面倒なのでそのままにしている。
それにしても、なぜそんな事を言うのだろうか? とやり取りを思い出して小首を傾げていると、私が居るテントの中に結界を張った魔術師――ワイスリィ殿が入ってきた。
「お疲れ様です、テレーゼ殿。今日は見事な指揮でございました」
「うむ。ありがとう、ワイスリィ殿」
「しかし、些か気が早っているようなご様子。あまり力を張られていては、本番で仕損じる事になりますぞ?」
「そうかもしれぬ。が、姫の病を治すには、早くこの戦を終わらせねばなりませぬ。それに私はできる限り、エルフと我等連合軍双方の被害を出したくは無いのです。
私は、できる限り流す血を流したくはない。血を流せば流すほど、恨みや怒りは大きくなるばかりですから」
彫が深く、精悍な顔立ちをしたワイスリィ殿の瞳を正面から見据えながら、私はそう言った。
私の瞳を真っ直ぐ見つめ返しつつ、ワイスリィ殿は微笑みを浮かべる。
「優しいですな、テレーゼ殿は」
「命を奪っている時点で、優しくはないとは思いますが……。褒め言葉として、受け取りましょう」
私は微笑みを浮かべる。
そしてグルル、と不意に私のお腹が鳴った。何が起きたのか、一瞬分からなかった。
「…………」
「…………」
しばしワイスリィ殿と見つめ合い、先ほどの痴態のせいで顔が徐々に赤く染まっていくのを自覚する。
顔が火照り、汗が出てくる。私は慌てて誤魔化す様に話題を切り出した。
「そ、そう言えば夜食がまだでした。ワ、ワイスリィ殿も夜食がまだなら、い、一緒に食べませんか?」
「くくく。……ええ、ありがたく、頂きましょう」
小さく笑うワイスリィ殿が頷くのを確認し、私は恥ずかしさを我慢しつつ部下に指示を出して食事をテント内に運ばせる。
私はこの部隊の指揮官だが、一応ココは既に戦場である。運ばれてくるのは普段のように香辛料を使った豪勢な食事ではなく、造るのが簡単な野菜たっぷりのスープと硬パンに、ジャーロウ牛のハム、そして独特の酸味がクセになるラングドの実といった、質素なモノだ。
簡易テーブルの上に運ばれてきた料理の前に紅茶で唇を湿らせ、喉を潤し、その後で夜食のパンをスープに浸して頬張った。
疲れている為、質素ながらも普段食べているモノよりも身体に染み込んでくるそれを意識して噛み、その味を堪能する。うん、美味しい。
食欲に突き動かされるままに食べていく私の手の中から一つ目のパンは直ぐに無くなり、二つ目のパンに手を伸ばす。
その様子を可笑しそうに見てくるワイスリィ殿の視線に気づき、疑問を投げかけた。
「ワイスリィ殿、何がそんなに可笑しいのか?」
「いや、いや。普段は気丈なテレーゼ殿が、あまりにも可愛らしく食事するので、ついつい見惚れていただけですよ」
「ヒトの食事を見て見惚れるとは、ワイスリィ殿は些か変わった趣味でもあるのですか? それは気が付きませんでした」
「いや、決してそんな訳では無いのだがね……」
「ならば、どういう事か?」
「うーむ。どう言えばいいのだろうね。私の立場的に直接的な事を言うのは流石に不味いし……しかし遠回しに言ったとしても伝わるかどうか……。ふむ、どう言えばいいのだろうなぁ。これは、難題だ」
苦笑し、本気で悩みだしたワイスリィ殿の顔を見ながら、私は二つ目のパンを食べ終わる。あとパンを八つほど食べるつもりだが、流石にまだ一つも手をつけていないワイスリィ殿を放置して食べ続ける訳にもいくまい。誘ったのは私の方なのだから。
考えるのを止めさせるべく声をかけようとした、その瞬間。パリン、と何かが砕ける乾いた音が周囲に響いた。
その音は、鏡かガラスが砕けた音に似ていただろうか。
「ん? なんだこの音――」
「馬鹿なッ!」
音が何なのか疑問の声を上げる前に、ワイスリィ殿が立ち上がって言葉が途切れる。
ワイスリィ殿の顔には、明らかに驚愕の感情が浮き上がっていた。
「ど、どうなされたワイスリィ殿?」
「私の結界が、破られたのですッ。何が来るかは分かりませんが、敵がきたのは確実。早く装備を着けて下さい」
ワイスリィ殿がそう言い終わるかどうかのタイミングで、今度は敵の攻撃だろう轟音が轟いた。
その衝撃で地面とテントが激しく揺れる。バタバタバタバタ、とテントに何かが衝突する音が鳴る。幸い軍用のテントだった為に布は丈夫で破ける事は無かったが、俄かにテントの外が騒がしくなりだした。
情報収集の為、耳を澄ませる。
『敵襲ーーーー!! 敵襲ーーーーーー!!』
『総員戦闘準備ッ! 死にたくない奴はさっさと動けーーーー!!』
『痛てーーーー! 痛てーよぉー!!』
『腕が、俺の腕がぁああああああッ』
『魔術の砲撃を確認ッ。敵にはメイジがいるぞッ。魔法使いは何でもいいから早く魔術を防げッ』
『衛生兵、衛生兵ーー!!』
『敵を確認ッ。敵はアンデッド族! 繰り返す、敵はアンデッド族の大軍だッ!!』
『死ぬな、死ぬんじゃねー!』
『寒い……寒いよ、ママン』
『密集し過ぎるなッ。魔術で狙われるぞッ!!』
テントの外から聞こえてくる声を聞き、私は急いで鎧を装着し、魔剣≪月の風≫を手に取った。そして最後に、専属の鍛冶師に鍛えさせたエンチャント済みのマントを羽織る。私は盾を持たないので、このマントが盾の代わりをするのだ。
私の仕度が済んだのと同時に、背後に位置するテントの出入り口から人が飛び込んできた。
足音から人数は二人で、この気配はよく知る人物である。
「失礼します隊長ッ」
「敵は黒いスケルトンの大軍です! その他にもホブゴブリンメイジが何体か確認されていますッ」
報告を聞きながら静かに振り返り、私はただ命令を下す。
二人の副官――二十二歳にして【司教】となったベーンと、紅の甲冑を着た同性の剣士であるレビィアスに向けて。
「敵は殲滅します。ついてきなさい。ワイスリィ殿も、我等と一緒に」
「勿論です。勝ちましょう」
「ええ、当然です」
血はできるだけ流したくは無い。あの言葉に偽りは無い。
しかし、ココで私が率先しなければ部下が死ぬ。ならば、私は情けを殺す、敵を殺す為に。部下の命を救う為に、私は敵の命を奪う。その覚悟を今一度抱く。
そして私達は戦場に赴く。ただ勝つと心に決めて。
この時のテレーゼの瞳には戦いの決意が宿っていた。その姿は美しく、高貴で、人を率いるのに十分過ぎるほどの魅力を発していた。
しかしこの時のテレーゼは知らなかった。テントの外には今まで屠ってきた敵とは違い、武人からすればただ絶望を感じさせるだけの“武”を積み重ねてきた大鬼が居ると言う事に。
■
月夜に輝く月の光とテントを燃やす紅蓮の炎によって、視界は万全とは言えないまでも見えない事は無い。戦うには、十分な光量である。
しかし敵の体色が黒、というのはいささか厄介だ。光の届かぬ森の闇に伏兵が居るかもしれず、その為敵の正確な数が把握しきれない。今戦っているのがほんの一部かもしれないと思うと、戦意が萎えそうになるが、それは気合いで跳ねのける。
それに加え、黒いスケルトン一体一体の強さが普通ではない。技量が高く、タフで、そう簡単には殺せないのだ。
スケルトン種はその身を包む“魂魄具”によっておおよそのレベルが推察できるが、ほぼ全身を覆う武具からみて、かなりの高レベルモンスターであるのは間違いなく。何故こんな所にこのレベルがこんな数も、と思わずには居られない相手であった。
だが、私はそれでも進む。進まねばならない。
私の立場が戦場で立ち止まる事を決して許さないのだから。
幸い、今宵は月が出ている。月夜は魔剣≪月の風≫の最大の能力が発揮できる日だった。
正面から、一体のスケルトンが駆けてくる。
その手には黒鉄で造られ、黄金で彩られた両手斧。強力な一撃を放てる代わりに相応の重量のあるそれが、モンスターの膂力によって高速で迫る。肉の無いスケルトンはしかし、魔力で動いている為に見かけ以上の膂力があるので厄介だ。
だけど幸い、常識はずれな程とは言えなかった。あの程度の速度なら、対処は容易い。
より速く、より鋭く、より無駄のない軌道で突きを入れる事だけを考えて、私は歩を進める。私の殺意が刃に宿った。
【テレーゼ・E・エッケルマンは戦技【聖域の薔薇】を繰り出した】
【魔剣≪月の風≫の固有能力【月の風】が発動しました】
魔剣≪月の風≫の刀身がアーツによって赤く淡い光を宿し、更に月から降り注ぐ魔力を吸収して発生させた螺旋風を纏う。
「――シッ!!」
黒いスケルトンの両手斧は≪月の風≫が纏った螺旋風によって強制的に軌道が逸れ、私の側面を通り過ぎ、地面に斬痕を刻んだ。
それに引き換え、私の攻撃は剣尖がスケルトンの頭蓋骨に軽く突き刺さっただけだ。貫通させるつもりだったのだが、やはりスケルトン種に刺突攻撃は効果があまりないらしい。とは言え、既にこのスケルトンは終わっていた。
刀身に宿っていた赤い光がスケルトンの中に侵入し、次の瞬間にはスケルトンの全身に赤い薔薇の紋様が広がった。
【聖堂騎士】持ちだけが扱える戦技【聖域の薔薇】によって発生した赤い薔薇の紋様には、大半のアンデッド種にとって致命的である【神聖】属性がある。
全身に赤い薔薇の紋様が浮かび、【神聖】属性によって存在する力を失った黒いスケルトンの身体から煙が立ち上り、骨が結合力を失って周囲に散らばった。
その残骸を踏みつけ、蹴飛ばし、攻撃を仕掛けてくる新たなスケルトンを相手取りつつ、私は大声を出した。
「ベーンッ。広域浄化神術はまだですかッ?」
「後少しだけお待ち下さい、隊長」
「隊長、後ろが隙だらけですよ」
「――ッ。感謝します、レビィアス」
「そう言う貴方も、後ろががら空きです」
「うわッ、熱ッ!! ちょっと近いですよ、ワイスリィさん!」
「わはは。戦場で油断する方が悪いのです、よ」
ワイスリィ殿の手から炎の塊が射出され、三体のスケルトンを一度に燃やす。しかしそれでも動きを止めないそれ等を、レビィアスが刃で粉砕する。一度燃やされ、脆くなっていたのだろう。
私達はお互いに助け合う事で戦えている。しかし、全体的な戦況はコチラが押されていた。
周囲の兵士を掻き集めてそれぞれに指示する事で何とか対抗してはいるが、やはり、敵が多過ぎる上に一体一体が強いからだ。
だが、高レベルの聖職者であるベーンの広域浄化神術が成功すれば、半径五十メルトル内のスケルトンを浄化、あるいは弱体化できる。コレが決まれば、戦況は覆せる。
そう思った。しかし、現実はそんなに甘くなく、残酷なようだ。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」
「――ッ」
「な、」
「うお」
「きゃ!」
敵味方入り乱れた戦場に、咆哮が轟いた。いや、コレを咆哮と呼んでいいのだろうか。
地面が震え、身体の底から揺さぶられるようなコレは、立派な攻撃法だと言えるだろう。竜や巨人など一部のモンスターが使う様な咆撃に近い。
反射的に耳を押さえながら、咆哮が聞こえた方向を見る。
そしてそこに、居た。
赤い刺青を全身に刻み、この森で最も強いモンスターであるはずのハインドベアーに跨った、銀色の左腕を持つ黒い鬼が、周囲の黒いスケルトンの主が如く雰囲気を醸し出してコチラを見つめていた。
鬼の種族は大鬼。優れた身体能力で知られるオーガは本来棍棒など扱いが単純なモノを愛用する筈だが、しかしあのオーガの手にはその巨躯に見合った巨大なハルバードの姿が在った。
革のズボンを穿いて上半身が剥き出しの状態は普段見掛けるモノだが、しかし、ハルバードの構え方からして素人ではないと分かる。
その姿から、普通種ではなく亜種であると確信した。褐色の肌を持つマインオーガではなく、本当に黒い肌をあのオーガは持っている。
黒と言う事は、≪終焉と根源の大神≫の属神のどれか一柱から【加護】を与えられているに違いない。それも、あの色の濃さから相当な上位神だろう。恐らく【死海の神】か、【冥府の神】辺りの【加護】持ちに違いない。
非常に厄介な相手と判断せざるをえない。しかし厄介な分、黒いスケルトンの軍団についてはこれで納得できた。
スケルトン達は、恐らくあのオーガが生み出している。情報が少な過ぎて判断するのには些か早計かもしれないが、【直感】もあのオーガが原因だと言っている。
ならば、狙うは黒きオーガただ一体。製作者を殺せば、スケルトン達は自壊する。
「あの黒いオーガを殺します。ベーンは広域浄化神術の発動の後、全員に支援魔法を施しなさい」
「了解です、隊長」
「ワイスリィ殿は魔術で、レビィアスは私と共に前線にて足止めを。他の者も続きなさい。あれは、一気に攻め殺さねばならない相手です!」
「「「了解ッ」」」
部下を引き連れ、私は先頭を走る。
黒オーガに到達するまでに立ちふさがってきたスケルトン達は、走りだした直後にベーンが発動させた広域浄化神術によって消滅するか、あるいは動きが鈍くなった。
弱ったスケルトン達を砕き、あるいは突き飛ばしながら私達は黒オーガを攻撃可能範囲にまで接近した。
そして、同時にあり得ない声を聞いた。
「状況判断能力はまあまあ、か。纏う魔力も上質、と」
黒オーガが、流暢な人間の言葉を喋ったのだ。普通、オーガは知能が高いメイジでも片言で喋る程度だと言う話なのに、黒オーガはまるで人間のように喋ってみせた。
それに心底驚愕しつつも、今更止まれるはずもなく。いや、止まるつもりはなく。私達は突撃した。丁度その時背後からベーンの支援魔法が私たちに付与され、疾走速度が飛躍的に上昇した。
身体がまるで羽毛のように軽くなったのだ。
突然速くなった私達を見て驚いた表情を見せるオーガを観察しつつ、好機、と感じる。
ハインドベアーに跨った分の高さがある黒オーガの心臓と高さを合わす為、私は地面を蹴り砕きながら跳躍した。地面を砕く程の力での跳躍だ、ただの跳躍ではない。
まるで矢が射出された様な速度で、私の身体は跳んでいた。
敵との高さが等しくなり、心臓を狙える位置と速度を得た。先ほど屠ったスケルトンの時と同じように、刀身に殺意が込められ、赤い光が宿った。
【テレーゼ・E・エッケルマンは戦技【聖域の祭壇】を繰り出した】
私が繰り出せるアーツの中で、最強の一撃だ。
オーガなので【神聖】属性ダメージ量はアンデッド程極端に多くはない。だから私が選んだ戦技は、直接魂魄にダメージを与える【霊光】属性が付与された【聖域の祭壇】だった。
これで心臓を貫ければ、幾ら強靭な生命力を持つオーガと言えど致命傷を負う。これは幾体もオーガを屠ってきた事から知っている。例え亜種と言えど、そこまで大きくは変わらないはずだ。
致死の一閃が宙を疾走する。
敵は私の動きに反応できていない。例え反応できたとしても、敵の攻撃を逸らす能力がある螺旋風で私が致命傷を負う事は無い。故に、この一撃は黒オーガの心臓を貫ける。
そう思っていた。確信していた。
しかし結果として攻撃は届かず、私の身体は気が付けば空に向かって舞い上がっていた。
どうしてそうなったのか、意識が現実に追いつかず、
「隊長ッ」
しかし落下点に居た部下に身体を受け止められた時の衝撃で現実に引き戻された。
どうしてこうなったのか振り返り、黒オーガの姿勢を見て、そこで何となくだったが理解する。私は掬い上げられたのだ。ハルバードの斧頭とは逆に在る石突きの方を使って、私が気が付けない程の速度で、しかし痛みを感じない様にそっと添えられて、下から空に打ち上げられたのだ。
それを理解した瞬間、ブワッ、と嫌な汗が噴き出した。
何時、ハルバードを動かしたのかさえ見えなかった。黒オーガが本気だったら、私は先ほどの一撃で斬られ、殺されていたに違いない。なのになぜ、私は生かされたのか。
その理由は、すぐに出た。
「よし、貴女は生かして捕えよう。色々と有用そうだ」
黒オーガが私を値踏みしていたのだ。生かす価値も無い様な存在なのか、殺すには惜しい存在なのかどうか。それを見極める前に私が攻撃をしたから、見極める為に殺さなかったのだろう。
その考えに至り、怒りが湧きあがる。私はとある貴族の娘として生まれ、育ってきたが、しかしその前に一人の騎士として、武人としての自負がある。誇りがある。
どうとでもなる相手と見下されたままでは、収まりがつかない。
我慢ならない。私は怒っていた。
「ほざくな、オーガの分際で。貴様は私が、断つ」
「ふむ。その気概やよし。貴女は思っていた以上に、良い女なようだ」
「我が名はテレーゼ・E・エッケルマン。シュテルンベルト王国王女に仕えし騎士なり。我が欲しくば、その力を示すが良い。我を倒せたなら、その後は好きにしろ」
「俺の名は、オガ朗。一応、傭兵団団長をやっている。俺からも一言だけ言わせてもらうが、全力で来い」
「当然だ。コレ以上の言葉は不要、後は刃を交えるのみぞ」
「ああ、そうしよう」
互いに名乗り合い。
そして、稲妻のような速度でハルバードが私の頭上へ振り下ろされた。
速い。ただ単純に、その一撃は速かった。黒いスケルトンの斧とは比べ物にならない程の速度だ。それに刃から薄らと水の飛沫が跳んでいるのが見えた。斧頭に、何かしらの細工があるのかもしれない。
それでも慌てることなく私はハルバードの一撃を螺旋風で逸らそうとし、しかしその時初めて気が付いた。螺旋風が、何時の間にか消えていたのだ。
原因を考える前に、私は反射的に横に跳ぶ。螺旋風が無ければ、この一撃は到底防げるモノではない。受け身を考える暇さえなかったので、私は無様に地を転がった。土で鎧が汚れる。
しかし汚れた程度、どうと言う事は無い。地を砕いた一撃を避ける代価としてなら、安いモノだ。
「良い反応だ。ますます、欲しくなった」
「貴様、奇妙な力を持っているな」
「何故、そう思う?」
「貴様が、普通ではないからだ」
黒オーガの目が私を見据える。その隙に、背後から迫っていたレビィアスのシミター型魔剣≪斬り裂く焔≫が黒オーガの脇腹を斬り裂く軌道で振われた。奇襲のタイミングも完璧で、アーツが付与された一撃は黒オーガの肉を斬る、かに思えた。
しかし斬れなかった。レビィアスの方を見る素振りさえ見せずに動かされたハルバードの柄で防がれたのだ。
慌てて距離を取ろうとするレビィアスは、しかし腹部を石突きによって強かに突かれた。幸い胴鎧を着ていた為ダメージは軽減されているようだが、小さな穴が穿たれ、血が流れ出ている。どうやらあのハルバードの石突きは尖っているらしい。
痛みでレビィアスの動きが鈍る。そこに伸びる銀腕。
このままでは捕まってしまう。そう感じた私は自然と動いていた。
月の魔力を改めて吸収させ、螺旋風を再展開。コチラを向いているハインドベアーの頭部を狙う。足場が崩れれば、多少なりとも隙ができるはずだ。
そう思っていた私の予想は、再び裏切られる。
「甘い」
突き出した剣尖の軌道上に、突如水球が発生した。
中空で渦を巻くそれを私は突いてしまい、そして、刀身を包む螺旋風は逆向きに回る水球の渦によって相殺され、螺旋風が解けた。
「――なッ」
これは魔術ではない。魔術独特の魔力の波は感じない。ならばこの水球は何なのか。その答えが出る前に、黒オーガが動いた。
「狙いはよかったんだが、な」
レビィアスの胴体を銀腕で掴んだ黒オーガは、私を見る。
その瞬間、私の心を恐怖が蝕んだ。身体が竦んで、身動きが取れない。私を見抜くその瞳から、眼を逸らす事ができない。
殺されると、そう思った。あれは、餌を見る捕食者の眼だ。
「――“蒼炎の槍衾”ッ!!」
動けない私の横を高速で通り過ぎる、蒼く燃える炎の槍が三十本。その全てが私を見据える黒オーガに向かった。
第三階梯魔術“蒼炎の槍衾”。使用者は、【高位魔術師】であるワイスリィ殿で間違いなかった。
蒼炎槍はオーガ程度を殺すのには余りある威力を秘めている。通常よりも強い黒いスケルトンでも直撃すれば即座に燃え、炭化する程の熱量がある。近くにいるだけで熱波が全身を舐めまわし、身体が熱くなる。
例えオーガ亜種だろうとも容易く殺し尽くせる、そんな魔術は。
しかし呆気なく砕かれた。
「――遅いな」
近くにいたため黒オーガが小さく呟いたその声を私は聞き。
それと同時に、黒オーガに迫る“蒼炎の槍衾”は先頭から順に、激しく瞬き、蒼い残り火を残して形を成さなくなった。
三十本の蒼炎槍は全て、たった三秒ほどで何も燃やす事無く消えた。その後に残るのは、無傷のハインドベアーと黒オーガ。
その姿と、先ほどの言葉で黒オーガが全て叩き潰したのが何となくだが理解できた。
しかしどうやって? 当然の疑問が私の脳裏を過る。
「テレーゼ殿ッ。早く後退されよ!」
後方からワイスリィ殿の怒声が飛んできた。その言葉にハッと我に帰る。
蒼炎槍を防ぐために両腕を使ったのか、銀腕に捕えられていたレビィアスも既に下がって治療を受けていた。今最も黒オーガに近いのは、私だった。
慌ててバックステップで距離をとる。
追撃に備えるが、しかし黒オーガは何処か虚空を見つめて何かを言った。
「ふむ、あの魔術師も有用そうだ。――オガ吉くん達、あの一団は基本的に捕獲する方向で」
「貴様、何を独り言を」
「ん? ああ、ちょっと標的の確認をしていただけだ」
「何の――」
私の声は、しかし黒オーガを包囲するために右側に移動させていた兵士数名が胴体を切り離された事で途切れた。夥しい量の鮮血が切断部から噴出し、臓腑が飛び出し、切り離された上半身が激しく回転しながら地面に転がる。
そして、死体は激しく燃え上がった。
何が起きた、と反射的にそちらを見れば、そこには二体目のオーガがいた。その皮膚は黒ではなく、赤銅色で、黒オーガよりもさらに大きい肉体をしていた。手には体格に見合った巨大な両刃の戦斧と、巨躯の四分の三ほどを隠す黒く巨大でかつ強固なタワーシールドがある。
一目見て、まるで城壁のようだという感想を抱く。
それに傍にハインドベアーを従えたその姿は、黒オーガ程ではないにしろ危機感を感じさせた。
「オガ朗、適当ニ殺しテ喰ってモイいか?」
「まあ、程ほどにならな。いいぞ」
「分かっタ。手強そうナノハ、捕まえる。他は、喰うかラナ」
「ああ、それでいいから、さっさと行け」
オウ、と答え、赤銅オーガはハインドベアーと共に、私達とは離れた場所で戦っていた兵士達の所に駆けた。
速い。三十メルトル程の距離は即座に踏破され、戦斧が水平に振られた。するとまるで雑草を刈るように、近くにいた兵士数名の胴体が切断される。二つに斬り分けられた死体が、先ほどと同じように燃え上がる。
間違いない、あの戦斧はマジックアイテムだ。それもかなり高ランクのシロモノに違いない。何故あんなモノを、と思う中、私は黒オーガに視線を戻した。
赤銅オーガも目を離していい存在ではないが、黒オーガは更に危険だからだ。
ジリジリと間合いを計っていると、耳元で声がした。独特の響きから、魔術で届けられた声だと判断する。
『テレーゼ殿、少々時間を稼いで下さい。私の奥の手で、黒いオーガを殺します』
「了承した。どれ程の時を稼げば?」
『無茶を承知で、二分ほどお願いしたい。それと、できればあの銀腕を封じて欲しい。可能なら、斬り落としてもらいたい』
「厳しいでしょうが、やってみます」
『お願いします』
ワイスリィ殿の声が消え、後方から詠唱が聞こえた。
それと同時に立ち上る魔力を感じた。途轍もない速度で練り上げられ、どんどんと膨れ上がるそれに、全ての過程が終了して生み出される“結果/魔術”の規模が脳裏に過る。
これは恐らく、先ほどのよりも一つ上――第四階梯級の魔術に違いない。城壁を粉砕するレベルの破壊を齎す魔術だ。
それに反応したのか、黒オーガがハインドベアーから降りた。そして、コチラに歩いてくる。
その瞳はワイスリィ殿が居る方向を向いていた。詠唱を中断させるつもりなのだろう。
その前に、私は立ちはだかる。そうせねばならない。
「これより私たちはワイスリィ殿を全力で守ります。レビィアス達は左から、貴方達は右から、貴方達は後方から、そして私は正面から、黒オーガを切り崩します。ベーン達は絶えず私たちに支援魔法を、黒オーガには阻害魔法を」
「了解、体内魔力が尽きるまで頑張ります」
「あのクソ野郎。絶対、斬ってやる」
「その意気、です!」
タイミングを合わせ、攻撃を仕掛ける。
全ては黒オーガを殺す可能性を秘めた、ワイスリィ殿を守り、時間を稼ぐ為に。
■
約束の二分の内、一分が過ぎた。しかしその為に払った代償は、決して安くは無かった。
ハルバードの斧頭から発生した水刃で縦に両断され、臓腑を撒き散らした者。銀腕で胴を貫かれ、頭部を喰われた者。額の角で串刺しにされ、仲間と共に押し潰れた者。突如発生した焔に包まれ、炭となって崩れた者。ハルバードの穂先から迸った雷槍に貫かれ、内臓を焼かれた者。
ただ黒オーガを留める為だけで生み出された死屍累々。
それに重軽症者も入れれば、黒オーガによって齎された被害は甚大だった。
今黒オーガの前に立っているのは、私だけである。
シミターを砕かれたレビィアスは地に倒れ、体内魔力を使い過ぎたベーンは“魔力欠乏症”によって気を失っている。他の兵士も、地に倒れてうめき声を上げていた。
だと言うのに、黒オーガは無傷でそこに立っている。掠り傷一つない状態でだ。私達の攻撃は全て、見た事も無い動きや技法によって叩き落とされたからだ。
「貴女の指揮は適切だった。前後左右から、攻撃部位を散ばせた一斉攻撃は、流石に捌くのが難しい。だから、これほど時間が必要だった。けど、これでお終いだ」
黒オーガは言う、事実を、淡々と私に向けて。
その声音には嘲笑などの色は無く、不可思議な事に、称賛の色があった。
「貴様は、何故、そんなにも強い」
レビィアス達同様、私も無傷ではない。全身各所に細かい切り傷は数え切れないほどあるし、利き腕である右腕には少々深い裂傷があり、大腿部には小さなナイフが刺さっていた。ナイフは、黒オーガが何処からともなく取り出して投げてきたものだ。
そんな事は予想していなかった故に、防ぐ事ができなかった。
既にベーン達神官団が倒れた後だったので、回復も見込めない。余力があればナイフを抜いて自分で治すのだが、その余裕は無いと考えるべきだ。治療行為を行えば、即座に黒オーガが攻めてくるだろう。
私が率いる部隊は、既に崩壊したと言っても過言では無い。今や、周囲では掃討戦が繰り広げられている。いや、“狂宴/饗宴”と言った方が良いかもしれない。
今の私達の野営地は、悲鳴と雄叫びと剣戟の音と血の香りで充満しているのだから。
黒と赤銅のオーガ達が現れて、戦況が一変してしまった。たった一分ほどで、こうなった。
圧倒的過ぎる。
「なぜ、そんなにもお前は強い?」
私は無意識の内で嗤いながら、黒オーガに質問を投げかけていた。
嗤っていたのは、そうするしか精神を保てなかったから、かもしれない。
「そう感じるのは、お前達が弱いからだ。日々の鍛錬が足りず、ただレベルによる肉体強化や戦技などの派手な技に頼る戦い方がそうさせた」
「私達の鍛えが、足りない? 日々汗を流し、土や血に塗れたあの日々が、無駄だと言うのかッ!!」
「ああ、無駄だ。無駄だった。お前達は、無為な時を過ごしていたに過ぎない。そもそも、根本的な所で他者に頼っているお前達が強いモノか。他人に頼る戦い方をする奴が、強いモノか」
黒オーガのその言葉に、私から嗤いは消え、怒りが溢れる。
ココで怒らねば、ココで動かねば、私が強くなる為に過ごしてきた日々は否定され、強くなる為に教えを乞うた人達の全てが否定され、我々が積み重ねてきた思いが否定されると思ったからだ。
私だけならばともかく、尊敬する人達まで否定されるのは、我慢ならない。
無くなりかけていた力が、気力が、怒りによって充填される。
「それ以上、何も言うなァアアアアアアアッ!!」
大腿部のナイフを引き抜く。激痛が走る。
血が飛び出る。激痛が走る。
私は走る。激痛が走る。
大腿部の切れかけていた筋肉がブチブチと千切れる。激痛が走る。
無理をしたせいで大腿部の骨にあった亀裂が更に大きくなる。激痛が走る。
激痛を無視して、走る。例え足が壊れようとも、走らねばならない。
手にした魔剣≪月の風≫の銀鉄の刀身に、激痛で軋む身体に、殺意に燃える意思が籠る。
刀身には赤い光が、身体には白い光が灯った。
【テレーゼ・E・エッケルマンは戦技【聖域の祭壇】を繰り出した】
【テレーゼ・E・エッケルマンは戦技【風の奇襲】を繰り出した】
【魔剣≪月の風≫の固有能力【月の風】が発動しました】
最強の一撃に、疾走速度を飛躍的に上昇させる、身体能力強化戦技【風の奇襲】を上乗せする。
大腿部の負傷のせいで最速よりも遥かに遅いが、しかし風のような速度をアーツは私に与えた。
通常ではありえない高速移動の為、後方に飛んでいくような視界のなか、その中心にはハルバードを構えた黒オーガの姿がある。その双眸を再度見、更に燃え上がる憎悪の炎。
殺す、という単純な思いではなく、殺さねばならない、という脅迫に近い思いに急かされながら、私は駆ける。十メルトルはあった距離を踏破するのに、一秒も必要としなかった。
魔剣≪月の風≫を突き出す。
それを、黒オーガは事も無げにハルバードを放り捨てた銀腕で掴み取った。
その事実に、私の中から何かが急激に抜けていくような感覚がして。
しかし勢いが完全に止まる事は無く、剣尖が、胸部に僅かだったが刺さる。
血が、流れた。私達と同じ赤い血が。それは、それは、それは。
私の攻撃は、最速の一撃は、確かに届いたという証拠だ。その事に、安堵した自分がいる。
【霊光】の光りは黒オーガを殺すには至らなかったようだが、それでも。
「これは、無駄と言ったのは、撤回しないといけないだろうな。少なくとも、貴女の積み重ねたモノは俺に届いたんだから」
気力と体力を消耗し過ぎて重だるい身体に鞭を打ち、黒オーガの顔を見上げると、そこには微笑があった。
黒オーガの顔は怖い。人を喰う、凶暴な面をしている。しかしその微笑は、何処か優しかった。
「テレーゼ殿、伏せて下さいッ」
私と黒オーガだけだった空間に、ワイスリィ殿の声が響いた。約束の二分が過ぎたようだ。途中から、その事を忘れていた。
後方から、途轍もない破壊を秘めた魔術が飛んできているのが、何となく分かった。
ワイスリィ殿は伏せろと言う。だから伏せれば私が被る被害は最低限に収まるように調整が成されているのだろう。普通ならできない事だが、【高位魔術師】であるワイスリィ殿なら可能だろう。
だが、私はもう素早く動くだけの体力も気力も無かった。だから、巻き込まれて死んでしまうかもしれない。いや、十中八九死んでしまうだろう。
しかしそれでもいいと思ってしまうのは、なぜだろうか。
自分でも分からない。分からないけど、胸にあるのは後悔でも懺悔でも無く、ただの満足感だった。
可笑しい話だ。部下を殺され、自分も殺されそうになっているのに、満足感だけが胸にある。
私は見る。銀腕で魔剣≪月の風≫を掴んだままの、黒オーガを。
自然と、言葉が出た。
「どうだ、見たか、化物。傷は私からの贈り物だ」
「ああ、見た。そして、受け取った。だから、とても魅力的な貴女を死なせるつもりは、俺には無い」
疑問が浮かぶ前に、私の腰に腕を回される。
突然の行動に何が起きたのか理解できなかったが、この動きには覚えがあった。そう、ダンスのような、動きだった。サイズが違い過ぎると言うのに、その動きは、とても様になっていた。
私の背後から迫る魔術は、クルリと私ごと回った黒オーガの背後から迫る事となり。
そこでようやく、私はワイスリィ殿が生み出した魔術を、黒オーガの体格にほぼ全体が隠されながらも見た。
それは、白い炎で造られた蛇のように細長い胴をした竜だった。
私が予想していた第四階梯よりもさらに上、第五階梯魔術“白き炎の竜”である。確かに、奥の手と言える魔術だと、私は納得した。
第五階梯魔術“白き炎の竜”は、【炎熱】と【風塵】系統魔術を掛け合わせた合成魔術の一つであり、確か、一定時間内ならば発動者の意思によって自由自在に動かせるといった特性を持つモノだ。
以前父に連れられて行った戦場で一度見た事があったが、千の敵兵を数秒で薙ぎ払った光景を私は忘れないだろう。
それが、私に向かって来ている。
最後の光景がこれほど壮観ならば、悪くないとも思った。
死ぬには、光栄に思うほどの魔術である。
「何を諦めた表情をしている。自分が死ぬとでも思っているのか?」
「え?」
「言っただろう。貴女を死なせるつもりが俺にはないと。悪いが、俺が勝負に勝ったんだ。貴女の生殺与奪の権利は、俺にある」
そう言って、黒オーガは首を動かして背後を見る。
その腕の中にいる私は、抵抗する事もできず、ただ成り行きに身を任せるばかり。
白炎の竜は止まりはしない。ワイスリィ殿も、最早私を助けるのは無理と判断したのだろう。躊躇いが無くなり、最高速度で竜がコチラに突っ込んでくる。正しい判断だと私も思う。むしろココで躊躇ったりすれば、私はワイスリィ殿を侮辱せずには居られなかっただろう。
黒オーガとて無事では済まないだろう熱量を秘めた白炎の竜の顎が開かれ、白炎の牙が突きたてられる。黒オーガの血肉は一瞬で蒸発し、骨も残さずにこの世から消え去る。
そうなれば当然私もこの世から消える。普通なら、それで終わりだ。
亜種とは言え、オーガ程度、どうする事もできないはずの破壊がそこにある。
しかし、だけど、やはりと言うか、この黒オーガは私の想像を遥かに超えていた。
この時何をどうしたのかは私では理解する事ができなかった。
だが事実として、黒オーガの背面から迫ってきていた白炎の竜は、黒オーガの攻撃によって消滅してしまったのである。その光景は言葉として表現するには私には到底不可能だ。
ただ、黒オーガが背中を向けたままで何かをし、その結果として白炎の竜の身体が爆ぜた事は間違いなく。
その光景を見た人間は、私と“魔力欠乏症”によってよろめくワイスリィ殿と、顔を上げていたレビィアスの三人だけである。
ただ、私はそこで気を失ってしまったので、その後はよく覚えていない。
確実に言える事は、私と黒オーガの戦は、黒オーガの勝利で終わった、と言う事だ。
■
後に直接本人から聞いた話だが、白炎の竜を屠ったのは“貼山靠”――別名“鉄山靠”という技に、【終焉】系統魔術と、【背撃】など幾つものアビリティを上乗せした攻撃を繰り出したからだそうだ。
詳細を説明すると、まず【水流操作能力】で水の膜を体表に張り巡らし、水の膜からちょっと離れた場所に【大気操作能力】を使って風を操作して、真空の膜を用意する。
そしてその二重の防御膜の上から銀腕の能力の一つである【属性反響】を用いて強化発動した【終焉】系統第三階梯魔術“我が闇は全を滅す”、と呼ばれる三角錐状の盾を被せる。
これら三つは、盾であると同時に矛だった、そうだ。
そしてオガ朗はその三つの盾を、【背撃】などで強化した“貼山靠”を使って高速で押し出し、白炎の竜を真正面から粉砕した、らしい。
つくづく、化物だと思う。いや、化物としか言えないだろう。常識が全く当てはまらないのだから。
とは言え、私は負けた。ならばこの身は、約束通りオガ朗のモノである。騎士は約束を破らない。少なくとも、私の騎士道はそうなっている。
故に、私はこの命が消えるまでオガ朗に尽くす。
ま、まあ、最初はあんなに激しくされるとは思っていなかったので動揺し、心臓をナイフで刺してしまったがその程度の攻撃は問題にされなかったし、今ではオガ朗と共にいるのは悪くない。
オガ朗は、触れていると、言葉を交わすと、案外良い奴だと理解できたから。
【女騎士視点・終了】
赤髪ショートは最初自分が持っていない力に憧れて、次第に恋心を。
女騎士は勝負に負けて、忠誠、次第に惹かれていく。
そして二人を思っていた二人の男は、一人は殴り殺され、一人は思い人を目の前で奪われた事に加えて、自分達はコボルドやホブ・ゴブリンに犯されると言う悲惨な結果に……。
というのは、蛇足。
と言った感じのお話でした。
騎士なのに負けたからと言って相手に忠誠を誓うのか? といった疑問はあると思いますが、中世ヨーロッパでは自分にふさわしい君主を選ぶ権利があったそうなので、それを採用した結果です。
本当は鈍鉄騎士の話も入れるつもりでしたが、長くなったので一旦ココまで。
ちょっと冗長過ぎたかな? とは思いますが。
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