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第一章 生誕の森 黒き獣編
七十一日目~八十日目
 “七十一日目”
 今日はホブ・ゴブリンが八ゴブ増えた。
 メイジになったのが三ゴブに、クレリックになったのが一ゴブ、そして今回初めてホブ・ゴブリンシャーマンが一ゴブ生まれて、普通が三ゴブである。
 先日の待ち伏せの際にも活躍を見せたメイジ系の個体が増えたのは素直に嬉しいし、アンデッド種を使役したり滅したり強化して昼間でも活動時間を延ばせるシャーマンが増えたのは、色々とできる幅が増えたので大変好都合だ。

 今回はそれに加え、コボルドが三体程足軽コボルドにランクアップした。
 コボルドはランクアップして足軽になると、“生体槍”と呼ばれる武器もセットで発生する仕組み――生体系武器の素材は本体の細胞だそうで、そのため本体が成長すればそれに伴って武器も成長するそうだ――になっているので、足軽に成った個体は早朝の報告時に槍を携えた状態だった。

 三体とも槍を持つのは生まれて初めてなはずだが、自分から生まれた生体槍は手足の延長といえるものなのでその槍さばきはなかなか様になっていた。しかしそれでも完璧、とはいかないので三体の足軽コボルド達には最初から足軽だったコボルドリーダーと同じく、槍の扱いを重点的に訓練する予定である。

 それにしても、ここ最近の人間軍戦で経験値が順調に集まっているのでランクアップする個体が多く、また労働力となる奴隷が増えたりと戦力強化になって非常に助かる。
 そろそろ最初の予定をクリアできそうだし、繁殖要員となる敵側の女も手に入ったので数を殖やしていくべきか。増やし過ぎると食糧事情とか面倒事が増えるので数は調整しなければならないだろうが。
 俺のようにホブ・ゴブリンを越えた種族となった個体の子ができるまでの期間は流石のゴブ爺も知らなかったので判明していないのだが、ゴブリンの子は人間の女が妊娠すると約二十日、ゴブリンの雌が妊娠すると約二十五日で、ホブ・ゴブリンの子は人間の女が妊娠して約四十日、ホブ・ゴブリンの雌が妊娠すると約五十日だそうだ。

 生まれるまでの期間にはばらつきがあるものの、この早さには流石に驚きを禁じえない。
 人間が定期的にゴブリン狩りをする理由が良く分かった。

 などと細かい事は置いとくとして、普段通りそれぞれに祝い品を贈る。
 一応オガ吉くんのように持つマジックアイテムの属性を偏らせて亜種に成るかどうかを見ているのだが、俺とオガ吉くんとダム美ちゃん以外に亜種と成った個体がいないので、やはり他の条件を満たさないと【加護】は獲得できないようだ。
 これは今後の課題として一旦置いとくとして。

 今日は午前訓練の後、【隷属】の首輪を装着して牢屋に入れていた鈍鉄騎士を筆頭に、その他の指揮官職っぽい奴等に対し、先に捕えていた女騎士達から聞きだしていた今回の戦争の人間軍の目的について、多角的な面の情報による補完を試みた。

 その結果、今回の戦争について裏も表も大体の事が理解できた。

 今回の戦争の切っ掛けとなったのは“シュテルンベルト王国”――他の国はまだ出ていないので、出てくるまでは王国とする――の姫が非常に厄介な病を発症した事から始まりを告げる。
 姫の病は人間だけが発症する“クリシンド病”と呼ばれるまだ治療法が発見されていない病で、発症すれば命は無い“死病”の一つだそうだ。
 代表的な症状は、発症してから月日が経過するにつれて臓器が生きたままゆっくり腐っていくこと。発症してから一年以内の死亡率は九十九パーセント以上、最大で発症してから二年ほど生き残った例もあるが、それも治る事無く死んでいるので、今の所発症して治った者は一人も居ないそうだ。

 幸い空気・飛沫感染ではなく、症例自体が少ない事が唯一の救いといった死病だそうな。
 症例が少な過ぎて治療法を研究する機会が少ないのは弊害かもしれないが。

 そして当然、王国は姫の“クリシンド病”を何とか治そうと試みた。
 発症したのが“賢姫”として名高く、また同盟国に嫁ぐ――政略結婚ではあるが、本人同士好きあっているので恋愛結婚でもあるらしい――事が決まっていた姫様だったから、尚更だそうだ。
 王命により、王国中の医師や薬師などが忙しなく動きまわる事となり。

 しかし結果は芳しくなかった。病気の進行をやや遅くする事はできたものの、姫の臓器は既に半分近くが腐っているそうだ。現在は魔法で強制的に眠らせる事で四六時中続く気が狂いそうな苦痛から解放し、魔法で腐っていく臓器を再生する事で延命されている。しかし腐る力の方が強いので元に戻す事は敵わず、治す事はできていない。

 最近までは治療法が見つからないまま死ぬのを待つしかないのか、と思われた。
 しかし毎日祈りを捧げていた【職業・聖女】を持つとある女性の下に、かつての王国民だった【癒しの亜神】からの【天啓】があった。

 “クリシンド病”を治すのには、【深緑の亜神】の庇護下にあるエルフの秘薬が必要である、と。

 その【天啓】に従い、条件に適合した俺達が生まれた森、“クーデルン大森林”に住むエルフの秘薬を譲り受けるべく、姫様の婚約者であった“キーリカ帝国”――王国と同じ理由で、帝国と呼ぶ事にする――の若き次期皇帝(現在24歳)がエルフと交渉した。

 しかしエルフは秘薬が少量しか無く、昔からある掟――基本的にエルフは面倒で厄介な掟が多いそうだ――で、その秘薬を“人間”に渡す事はできないと拒否。
 再三にわたる交渉も、全て不発に終わったそうだ。

 種族的に元々のプライドが高く、人間を見下しているエルフなら掟が無くても渡さなかったのではないか、とは個人的に思うのだが。
 とりあえず事実として、秘薬が帝国と王国に渡る事は無かった。

 この交渉が失敗に終わった事が戦争の切っ掛けになったのは間違いなく。
 しかし話を聞いていくともっと人間らしい事情があった。
 まあ、細かい話を長々と語っても面倒なだけなんでズパっと言うと、こうなる。

 『人間は欲深い』

 この一言でもう十分だと思う。
 思うが、大雑把な理由を簡単に四つだけ述べるとこうなる。

 一つ目、エルフはその殆どが美形である。性奴隷に最適。
 二つ目、エルフは種族的に人間よりも優れている。護衛とか戦力として優秀。
 三つ目、ミスラルや溜め込んだマジックアイテムや森から採れる素材など、経済的観点からして非常に美味しい。
 四つ目、エルフが住んでいる場所が、他国との戦争時に色々と好都合である。中継ポイントとして優秀。

 話を聞いて、酷く現実的な理由だと思ったモノだ。
 切っ掛けは確かに姫様の病を治す秘薬の売買を拒否されたからであるが、そこに大勢の人間の欲や思惑が混ざり、本来の趣旨が色々と湾曲した末に、今回の戦争になったようである。

 異世界でも人間という種族は厄介なんだな、と思わざるを得ない。

 今回はいざとなれば隠れたり逃げればいい立場なので、あまり気にはならないんだがな。
 その他にも色々と聞きだしていく。特に今回の人間軍の構成については念入りにだ。
 現在の俺では勝てない相手がいるかもしれないからな。

 鈍鉄騎士達は帝国に所属していたので、王国軍側の話――人間軍は王国と帝国の連合軍だそうだ――は非常に少なかったが、それは王国軍に所属していた女騎士の方から聞いていたので問題はない。

 戦力はやはり巨大な帝国の方が兵の数も質も良いらしく、今回来ている軍隊の中ではオーガや鬼人ロード竜人ドラゴニュート、それに幾多のモンスターを掛け合わせて造られた“合成魔獣キメラ”などが所属する魔物部隊が非常に強力だそうだ。
 部隊構成員の殆どが奴隷であるらしく、主の命によっては強制的に命を賭して襲ってくる部隊になるそうだ。面倒で、厄介な話である。
 しかし厄介である分、上手い事やれば簡単に転がりそうな話でもあるだろう。
 とりあえず、奴隷に命令権のある人物はピックアップした。

 情報を聞きだした後、俺以外の指揮能力向上の為にゴブリン達の中に男の捕虜達を加え、ゲームをする事に。
 プレイヤーは隊長格の役職についた個体で、それぞれの戦力がだいたい均等になるよう振り分けた手駒を駆使し、プレイヤーが手駒に指示を出して相手側の手駒を潰す、という実戦形式のゲームである。
 手駒の武装は木刀に盾、もしくは槍か斧か弓か盾のみと差異を設けたので、手駒の武装に適した指示を出せるかが重要なポイントだ。

 俺は審判役なので今回のゲームには参加しなかったが、ダム美ちゃんとスペ星さんの指揮能力は高かったので勝ち星が多く、逆に自分が先頭に立って戦線を切り開く事の方が得意なオガ吉くんとブラ里さんは弱かった。アス江ちゃんは丁度中間くらいだ。
 これは脳筋とそれ等の差、という事だろう。分かり易い事である。

 今日は人間軍から奪った食糧が大量にあるので全員狩りには行かず、洞窟の中で戦闘訓練ばかりしていた。いや、訓練というよりは皆ゲーム感覚だったが。
 最近では訓練を通してゴブリンとコボルドとエルフには少なからず仲間意識が生まれだしたので、今後はそれを強めていきたいものだ。

 奴隷となった人間達はそもそも俺達が訓練している事に最初は驚きを隠せていなかったのだが、その表情が時が経つにつれて段々と深刻な事になっていく事には笑った。
 
 今日は人間軍側に動きが少なかったので訓練に集中できた。いい事である。

 そして夜、人間の女性達は嬉しそうに嬌声を上げてました。エルフよりも欲が強い為か堕ちるのが早かっただけに、順応も早い様だ。
 ただ鍛冶師さん達が若干複雑そうな表情を見せていたが、ココに来たばかりと比べて色々と考え方に変化があるらしく、別に文句は無いそうだ。
 というか、戦争なのだからこんな事も仕方ない。それに経緯はどうあれ無理やりヤられて壊れていくのではなく、自分から好きで求めているのだから、まあ、ありじゃないかな、ヒトの幸せはそれぞれだし、とのこと。

 理解力のある、良い女達である。
 俺には勿体ないくらいだ。

 あと、人間の女性達を羨ましそうに見ていたエルフ――性欲発散は現在人間の女性達が担当しているので、エルフ達は今は強制的には行っていない――の姿もチラホラ見えたので、足軽に成ったコボルド達とホブ・ゴブリン達に宛がってみた。

 かなり嬉しそうでした。
 一度プライドを折ると、エルフを従えるのは楽なようだ。まあ、だからといって態々自分から襲うつもりはないんだけど。
 今の状態で十分満足しているし。無駄に敵を造る必要はないさな。


 “七十二日目”
 普段通りオガ吉くんと午前訓練をしていると、ブラックスケルトン・ナイトと戦わせていた鈍鉄騎士――既に鈍鉄色の鎧は着ていないけど――が俺との手合わせを願ってきた。

 他の人間のようにプライドが木っ端微塵になって現実逃避――帝国の下級貴族で、ゴブリンやオーガは家畜と同列だと思っていたそうだ。それなのに家畜に奴隷扱いされちゃ、壊れるよな――したり、壁に頭を打ち付けて自殺しようとはせず、ただ黙々と俺が課す訓練を行い、奴隷になっても真っ直ぐ俺を見てくるその視線には好感が持てたので、手合わせを承諾する事に。

 そして、鈍鉄騎士はやはり強いんだなと実感した。
 格闘技術だけで言えば俺が遥かに優位に立っていたが、それでも今まで出逢った人間の中で一番の技巧を持ち、それに加えて素の肉体性能はどうやら鈍鉄騎士が勝っているようだ。
 アビリティを使っていないとはいえ、オーガ【希少種】を凌駕する肉体性能とは、恐れ入る。
 以前ベルベットの迷宮で殺した冒険者も、これくらいやってもらいたかったものだ。

 手合わせしながらその要因を聞いてみると、鈍鉄騎士はレベル“一〇〇”の【職業・戦士】、レベル“一〇〇”の【職業・騎士ナイト】、レベル“62”の【職業・修道士モンク】、レベル“25”の【職業・聖堂騎士テンプルナイト】、と四つの戦闘職を保有しているそうで、それ等の補正と今までの訓練の賜物だそうだ。

 鈍鉄騎士の拳は速くて重く、身体は柔軟でありながら硬く、無駄のない動きで俺の急所を正確に狙ってくる。

 それに淡い光を伴って繰り出される様々な技――脆弱な人間しか使えない技術で、この世界では戦技アーツと呼ばれるそうだ――を駆使してくる、難敵であった。
 しかし、野生を剥き出しに襲ってきたあのレッドベアー程ではなかった。

 手合わせの結果だが、俺は勝った。
 繰り出される様々な種類の戦技アーツも、言ってしまえば攻撃に様々な効果を付与するアビリティのようなモノでしかないので、対応は比較的楽だったからだ。
 しかしオガ吉くんの時のように結構ギリギリの勝利だったので、やり様によっては勝てる相手だと思われるのも癪だ。その為今度はアビリティを使用した状態で対峙する事に。

 しかしその為には、準備が必要だった。

 【職業・付加術師エンチャンター】を使って鈍鉄騎士が現在装着している麻製の半袖長ズボンに、肉体強化・回復力強化・防御力強化を付加してやる。

 それに驚いた顔で鈍鉄騎士がコチラを見てくるが、俺も俺で【職業・守護騎士ガーディアン】と【山の主の堅牢な皮膚】で防御力を大幅に上昇させ、【職業・修道士モンク】と【山の主の強靭な筋肉】で肉弾戦時の攻撃力を上昇させたので問題は無い。

 というかこのレベルのアビリティを使おうと思ったら、相手を死なせないために最低アレくらいは付加しないと怖くて相手にできないのである。それに発動するアビリティ数もこれくらいで抑えないと、施した強化を貫通してしまうので調整も面倒だしな。

 で、結果を述べる。鈍鉄騎士はボロボロな姿で床に転がっています。
 いや、なかなか根性があったので、思わずやり過ぎてしまった。まあ、結構満足そうな面で気絶しているので大丈夫だとは思うけど。
 鈍鉄騎士を介抱していると、オガ吉くんがジッと俺を見てくるのに気がついた。その視線には、俺も戦いたい、という思いが込められている。なるほど、鈍鉄騎士と素手で戦いたいのかオガ吉くん。

 確かにオガ吉くんと鈍鉄騎士だと、素手なら俺よりも拮抗した勝負になるだろう。

 オガ吉くんが戦いの際、鈍鉄騎士を相手にあそこまで圧倒できたのも、実際の所は技量云々などよりもマジックアイテムの存在が大きかった。
 【黒鬼の俎板まないた】という名を持つタワーシールドの防御力は尋常ではないのだ。鈍鉄騎士が繰り出すアーツの悉くを、まるで子供の児戯のように容易く跳ね返していたのがその証拠だ。

 だから今度は素手で戦い、今度も勝ちたいのだろう。
 道具の性能に頼らず、己の身体一つで勝ちたいのだろう。

 でも、もうちょっと待ってな。といいながら時が経つのを待つ。
 流石にこの状態では、ハンデがあり過ぎる。

 そして覚醒した鈍鉄騎士を回復させた後、オガ吉くんと戦わせた。
 やはりいい勝負となったが、俺よりも素のスペックが上なオガ吉くんだと鈍鉄騎士と丁度いい具合で、最終的には尽きる事の無い体力で何とか勝ちをもぎ取った。
 かなりギリギリな戦いだったが、二人ともいい顔を見せているので問題は無いと思われる。

 というか、鈍鉄騎士。なんの違和感も無く混ざってくるその適応力はなんなのだ? と昼飯時、エルフ酒を交えながら聞いてみる。

 それによると、どうやら鈍鉄騎士は帝国騎士を辞めて、俺達側に入りたいからだそうな。

 話を聞いて行くと、どうも鈍鉄騎士が生まれ育った場所は亜人種が多かった場所だったので他の王国民帝国民のように種族差別とかは無く、嫌悪感は無い。
 むしろ何故周囲の人間が亜人種を嫌悪するのかが分からないので、話に混ざれない事など多々ある。
 それに育った所では殴り合いの喧嘩も日常茶飯事だった為か、鈍鉄騎士は基本的に自分よりも強い者に従順する、といった考え方をしていた。

 帝国に仕えていたのは現在所属している騎士団の先代団長に負けたからであって、帝国に対する忠誠心は元々殆どない。
 そして先代団長が戦場で死に、新しく団長になったのが名前も知らなかった貴族のボンボンだった。
 それでも実力があれば納得できたのだが、ボンボンには鈍鉄騎士を打ち負かすだけの実力は全く無く、むしろ一般団員といい勝負ができればいい程度のレベルだった。
 それでも指揮力があればまだ許容範囲内だったがそれもなく、完全にコネを使って団長に成った奴だそうな。

 その為、鈍鉄騎士が現団長に対する忠誠心など欠片も無い。むしろ嫌っている。
 しかしそれだけならまだ良かった。まだ我慢できたそうだ。

 だが先代団長が死に、鈍鉄騎士が留まる理由になっていた同じ釜の飯を喰った仲間である他の騎士達を、貴族な現団長が自分と関わりの深い同じ貴族連中を団員として入れる為に所属を変えた。
 結果として新しく入ってくる奴等との入れ替えの為、仲間だった騎士達は他の騎士団に行ってしまう。
 副団長となっていた鈍鉄騎士は最後まで残され、今ではたった一人になってしまったのである。残されたのは、隊員の育成のためだったそうだ。
 教官という立場になったので手を抜く事無く訓練をし、結果あの屈強な部隊ができたそうだ。ちなみに現団長は普通に岩に潰されて死んでいる。そう言えば、無駄に豪華な鎧を着た一般兵のような奴が居たような気がするが、あれがそうなのか。

 閑話休題。

 鈍鉄騎士は新しく入ってきた隊員を鍛えた。が、やはり平民からの成りあがりである鈍鉄騎士では貴族として育った他の団員とは最後まで波長や考え方が適合せず、最近では実力がついてきたので隊員との言い争いも増えてきた。
 鈍鉄騎士としては既に居座る理由が見いだせず、全てが面倒になってきたのでそろそろ騎士を辞めるか、と思っていた時に俺達と出会った。

 コレは運命だ、と思い即行動。
 これが今までの行動の理由だそうな。

 なるほど、単純明快である。

 一応嘘を言わせない様に【命令】して吐かせた情報なので、事実で間違いない。
 俺としても鈍鉄騎士は有用そうなので文句は無く、受け入れる事にした。使える者は、エルフのように使った方がいい。

 鈍鉄騎士を首輪から解放し、自分の意思で耳にカフスを装着させる。カフスを付けた後に武具一式は返してやり、見た目も鈍鉄騎士に戻った。
 これで鈍鉄騎士は、奴隷ではなく仲間になった事になる。まだ俺以外は認めていないので、それは今後鈍鉄騎士の活躍に期待をしておこう。
 所属はとりあえず、今は俺の直属の部下とするか。
 
 午後、俺は外にハンティング兼今後の待ち伏せに使う場所のセッティングをしに出かける事に。
 その間、鈍鉄騎士には赤髪ショートに戦技アーツを教えてもらう事にした。
 現在赤髪ショートが扱える戦技アーツは全部で六つだけだ。
 
 斬撃の威力を一振りだけ上昇させる【斬撃スラッシュ
 盾で敵を殴り一定確率で動きを阻害する【盾打シールドバッシュ】 
 勢いを乗せて一点突破力を上げた突きを繰り出す【刺突スタブ
 威力を上げた斬撃の連続攻撃を行うが隙の大きい【連斬ラッシュ

 一時的に体内魔力を増幅させる事で全身を強化し、モンスターの如き能力を発揮する【魔化フォール
 モンスターの血肉を喰らう事で一定時間喰ったモンスターの能力を自在に使用できる【可変ヴァリアブル

 前記の四つのアーツは【職業・戦士】を持つ者なら簡単に使えるようになる基礎的なモノで、後記の二つは【職業・魔喰の戦士ノワール・ソルダ】など特定の【職業】を持つ者でなければ使用できないアーツだそうだ。

 アーツが六つというのは駆け出し冒険者にしてはやや多いそうだが、しかし鈍鉄騎士が扱えるアーツの数は優に七十を越える。アーツは【職業】と練習しだいで扱えるようになるそうなので、俺も前提条件となる【職業】をアビリティとして得た時には教えてもらうつもりである。

 人間にしか使えないアーツを自在に扱うモンスター。
 うむ、アーツを使う時には目撃者を極力造らないように配慮すべきだろうな。


 “七十三日目”
 アス江ちゃんが温泉を掘り当てた。
 今までは身体を洗うには川に泳ぎに行ったり、水精石を使って瓶に溜めた水に浸したタオルで身体を擦るなどしかしていなかったのだが、これでゆったり湯船に浸かってリラックスできると思うと、地形とか地質とか細々とした謎がどうでもよく感じるから不思議である。

 まあ、ファンタジーだし。こんな事もあるんだろう、きっと。
 そんな訳で、アス江ちゃん達と協力して今日は温泉に関する作業に心血を注いだ。
 幸いスケルトンなどという休み不要の労働力が在る。普通では考えられない作業効率を叩きだした。

 アビリティと色んな力技で夜になる前には全ての作業が終了し、男用女用混浴と区分けした大勢で入れる大浴場、そして俺やオガ吉くんなど幹部だけが使える特別な浴場が三つ、とかなり大きなモノになった。
 一部は山肌を貫通させて露天風呂になっているが、岩陰なので外からは発見し難く、そもそも断崖絶壁になっているので空を飛べない限りはココから敵が入ってくるのは難しいだろう。
 でも一応、って事でトラップは山盛りだ。

 晩飯が終わり、完成した温泉に一番最初に入るのは当然俺達だ。
 生まれて初めて入る事になった温泉に、他の皆はかなり癒されていた。
 一応湯を掘り当てた時に飲んで無害である事を確認しているので、誰かが毒で死んだなどの問題は無い。
 むしろ湯には治癒力向上などファンタジーとしか言えない効能があるので、今後とも愛用させてもらう予定である。
 いやいや、良い掘り出しもんだった。


 “七十四日目”
 俺達とエルフ軍の罠のせいで人間軍はそれなりの数を失い、進行速度が遅くなっているようだ。
 父親エルフには二重三重四重に続くえげつない組み合わせのトラップを教えていたので、それを有効に活用しているようである。

 進行予定のルートがトラップの森と化した事で内部情報が漏れていると判明し、その対策の為に人間軍は作戦を練り直しているらしく戦線が一時的に後退した。
 分体を潜入させて詳細な情報を収集しつつ、今日俺達は森の人間軍陣地に物資を運んでくる予定になっている補給部隊に奇襲を仕掛ける為に動いていた。

 遠征時の補給物資はそれこそ死活問題になる。森なので食糧や水は砂漠などと比べれば獲得し易いが、敵は数が多いので食糧はそれなりの量が必要になるし、何より士気を挫くのに役に立つ。それに武具は摩耗するモノだ。
 特に矢などの消耗品を削るのは、今後を見据えればやっておいた方がいい。コッチの武器にも流用できるので一石二鳥だ。

 平原の向こうから補給部隊はやってくる。
 平原で襲わないのは、当然、コチラは数が少ないからだ。数が男女合わせて四十七名にもなる捕虜を加えてやっと二百を越える程度でしかなく、その中で戦える数はもっと少ない。

 それに引き換え、補給部隊の数は六百以上だ。コチラの三倍以上である。
 この数の差で、見渡しの良い平原で攻勢を仕掛けられるはずがない。

 そりゃ、上手く立ちまわれば相手にできない事もないだろうが、コチラの被害を考えれば止めておいた方が賢明だろう。

 そんな訳で、ある程度補給部隊が森の奥に来るまで待つ事しばし。女騎士と鈍鉄騎士から得た情報通り、補給部隊がキルポイントに到着した。

 後方に潜む奴隷たちを見る。

 奴隷の中には顔を真っ青にしながらも、俺が分体を直接体内に【寄生】させる事で支配力を高めているので自分の意志では指一本動かせない状態のモノが多い。
 正直無理やりやらせるよりかは鈍鉄騎士のように自主的に働いてもらった方が色々と助かるのだが、これは仕方ないと諦めている。俺にとっては、彼等は所詮使い捨ての手駒でしかない。
 コレ以上暗い顔をされていても鬱陶しくて仕方ないので、今回の作戦で華々しく活躍してもらう予定である。

 今回の作戦はあまり大した事は無い。
 まず鈍鉄騎士が抜けた事で十八名から十七名になった男の奴隷の内、【魔術師】や【付加術師エンチャンター】など色々と使える【職業】を持たないただの貴族騎士十名を補給部隊に向けて先行させる。
 その後を俺達が追撃する演技を行う。

 騎士の格好をして逃げてくる人間と、武器を携え雄叫びを上げながら殺意を漲らせて走ってくるオーガやゴブリンにコボルド達。

 これくらい見て分かる敵と味方がハッキリとした状態なら、大抵の場合、味方に見える方はさして疑問にも思われる事も無く、攻撃をされる事も無く保護される。
 何故なら意識が敵に向いているからだ。

 少なからず助けてくれない可能性が無くは無かったが、今回は普通に成功した。

 そして無事潜入したのを確認した後、俺達は奴隷に当たらないように気を付けながらある程度離れた場所に造っていた塹壕に身を隠しつつ、鍛冶師さん達が頑張って量産した連弩で痺れ毒を塗った矢を撃ち、魔術が扱える奴は威力を抑えた魔術を放ち、ホブ・ゴブリンシャーマンは支配した六体のゴーストを利用して敵に【陰鬱】など精神的な状態異常を付加していく。
 木や茂みが邪魔をして矢や魔術の命中率が良いとはとても言えるモノではないが、それは向こうも同じだし、コレはある程度敵の数を減らしつつ足止めをするのと、敵を一ヶ所に固まらせる事が目的なので、ただ俺達は本命の準備が終わるのを待てばいい。

 そしてある程度時間が過ぎ、中に紛れた貴族騎士十名が一斉に行動を開始。
 隠し持たせた、俺と錬金術師さんが造ったオリジナルのマジックアイテム【炸裂の火実バーストシード】が周囲にばら撒かれる。

 バーストシードは森で採れる【油草ユサ】や【弾けの実】などを素材として使用したマジックアイテムだ。
 簡単に造れるのに威力が高いという仕様なので、密集している場所に撒けば重軽傷者と死者を合わせて被害者は五十名近くにはなる。安く簡単に大量生産できる、大変素晴らしい兵器マジックアイテムだ。
 そんな利点と引き換えに、爆発させる距離が近過ぎると巻き込まれて自滅する可能性があるのだが、それは捨て駒としか考えていない奴隷にさせているので別に問題なし。
 どんどん弾けさせろと命令を下す。死んだら骨は拾ってやるぞと。

 総数三百発のバーストシードが弾ける爆音が、しばらくの間森に轟いた。

 爆撃と爆音が終わったにも関わらず、未だ混乱中な敵に対し、俺は追撃として地下からアス江ちゃんの率いる部隊に補給部隊の足下を陥没させるよう指示。ココは以前からこんな事もあろうかと工事を行っていたので、容易く崩す事ができた。

 陥没した高さは二メートルほどだったが、それだけあれば十分過ぎる。
 急激に変動する足場のせいで崩れた体勢は即座に逃げる事を阻害し。相変わらず離れた場所から俺達が降り注がす連弩の毒矢の雨に、魔術の雨。
 そして瓶一杯に入れた俺製の毒液を、予め敵上となる木の上に登らせ待機させていたエルフ達がブチ撒いた。
 毒液は即効性の痺れ薬で、毒液を浴びた兵士はバタバタと地面に倒れ伏す。まだ死んではいないが、今回の戦闘に復帰する事は不可能だ。

 俺は俺で、指示を出しながら【職業・吟遊詩人ミンストレル】と【紅水晶の調】を発動させ、歌声とギターのような弦楽器から紡がれる音で味方の強化・敵の脆弱化を行う。
 補給部隊で強い敵兵は居ないのだからここまでしなくてもいいのだが、念には念を入れておいた方がいいだろうし、何よりバーストシードの爆音に引かれて敵の増援がやってくるかもしれない。
 そんな訳で最後まで手を抜く事は無く、今回の作戦は滞りなく終了した。

 バーストシードをばら撒かせた十人中、三名が爆発に巻き込まれて死亡、五名が破片などによって重軽傷、残り二名は無傷で帰還した。今回の被害はこれだけだった。
 死んだ三名にはお疲れ様と言いながら、その死体は爆発に巻き込まれてバラバラな状態なので、捕虜や食糧などを回収する間、皆で摘まむ事になった。
 ちなみに赤髪ショートは連れてきていない。モンスターを喰うのに抵抗は無くなっていたが、流石に人間を目の前で喰うのは控えるべきだろう。

 補給部隊の隊員で重症なのは治療が面倒なので苦痛を長く感じないようその場で殺してやる。殺した全員の心臓や身体の一部は喰い、己の血肉に変えた。

 殺した相手はできるだけ喰う。そして死ぬまで喰ったモノの分だけ生きる。
 これは俺の信条の一つである。

 他のゴブリン達にも殺した責任として肉の一部を喰わせる事に。
 治すのが簡単な軽傷者は殺さずに捕虜としたが、捕虜の数は百名ピッタリで、全員男だ。女性は少数だけ居たそうだが、攻撃によって既に死んだそうだ。

 まあ、仕方ない。
 十分数はそろっているし、今は無理に捉える必要性も薄い。

 カフスや首輪は数が足りないので、血を流して分体を生み出し、体内に【寄生】させる事で問題を解決した。
 幸い、そこ等に血の原料となるモノは大量にあった。
 
 【能力名アビリティ【連続突き】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【兜割り】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ刺突スタブ】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ忍び足スニーキング】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ鎧通しアーマーピアース】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【剣嵐の舞】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ軍事行軍アタックフォース】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【職業・野伏レンジャー】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【職業・補給兵】のラーニング完了】

 鈍鉄騎士に聞いていた戦技アーツが幾つか手に入った。
 【連続突き】から【剣嵐の舞】までが全て戦技アーツである。
 俺の場合アビリティと並行して戦技アーツを発動させると単発時よりも威力が増加するのが実験で判明しているので、意外と嬉しい。

 捕虜と戦利品を持ち帰る。
 
 帰りながら、暗い顔をする新しい捕虜の姿を見ていると、ふと思い付いた。
 洞窟のスペースにはまだまだ余裕があるのだが、補給兵はそこまで強くなかったので手駒としては正直微妙だ。
 そんな訳で、半分くらいはエルフ軍に流す事に決定した。
 売れる恩は売っておこうという事だ。

 予定を変更してエルフの里まで歩き、父親エルフに買ってもらった。
 命令通りに動かせる人間が居ると戦術の幅も広がるので即決だ。代金として、生活に便利なマジックアイテムなどと交換する事に。
 ついでに新しく知った情報を交換しながら、秘薬の話も聞いてみる。

 それによると秘薬は強力なのに副作用が無い薬で色々と応用性が高く、【深緑の亜神】の力も微妙に混じっているので非常に希少で万能薬に近い効果を発揮……これ、喰ったら、アビリティ獲得できるんじゃね? 

 本来の考えから若干逸脱し、ふとそんな事を思った俺は、そう言えば既にエルフの秘薬を貰っていた事を今更ながら思いだした。
 ほら、五十四日目の初めて父親エルフに出逢った日である。お土産として酒と一緒に貰っていたのだが、エルフ酒の印象が強過ぎて、今までアイテムボックスの肥やしになっていたのだ。

 思い出したついでになんで貴重な秘薬を俺にくれた? と聞いてみると“人間”には掟で渡せないが、娘を助けてくれた“オーガ”に渡すのなら、別に掟には違反していないとの事。
 なんだそれ。なら帝国が人間以外でお願いしたら秘薬をやったのかよ。とは思うがそれは置いといて。
 帰り道に秘薬を飲んでみる。

 【能力名アビリティ【高速再生】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【秘薬の血潮】のラーニング完了】

 俺の血潮は秘薬になった。
 試しにまだ怪我を治していない奴隷に血を一滴飲ましてみたらあら不思議。怪我が瞬く間に治癒したとさ。

 何これ怖い。

 こんな事を知られたら金のなるオーガとして人間に狙われそうで、凄く怖いな。
 一応自分の治癒能力などが大幅に上昇しているのだが、リスクとの引き換えとしては正直ビミョーに釣り合っていない様な気がする。

 人間は欲深で、傲慢で、脆弱で、執拗で、数だけはやたらと多いから、バレない様にしなくては。
 いや、例えバレてもそいつを殺せばいいのか。
 なんて思いながら帰るのだった。


 “七十五日目”
 今日は洞窟内で訓練せず、ぞろぞろと皆で川に行った。
 いや、オーガなども入れるようにって事で浴槽は結構深めに設定されていたのだが、そこで溺れてしまう奴がしばしば居たのだ。泳いだ事が無い奴が多いのは事実なので、仕方が無いのかもしれない。
 だから今後泳げなかったから死んだ、なんて事があっても困る。
 その為今日は泳ぎの練習をした。

 折角の機会だったので、以前グリーンリザードに襲われた滝のある川に、普段は住処に籠ってあまり外に出ない鍛冶師さん達を気分転換も兼ねて連れていく事に。
 分体で森を調査させた結果、滝の上をしばらく進んだ所にグリーンリザードの住処があるので俺達を襲ってこないかなー、と僅かに期待していたが、結局最後まで来る事は無かった。
 少々残念だが、鍛冶師さん達が楽しそうに泳いでいたのでよしとしておこう。
 

 “七十六日目”
 どうやら新しいホブ・ゴブリンは新しい子供ができるまで打ち止めなようだ。  
 現在のゴブリンの数は十五ゴブ。それらのレベルが全て一〇〇で止まってしまったのである。
 つまりこの十五ゴブにはランクアップするだけの才能が無かったという訳だ。残念である。
 が、嘆く必要はない。ランクアップという手っ取り早く強くなる手段が使えないのなら、地道に訓練して強くなればいい。
 訓練は己を裏切らない。例えゴブリンでも、ゴブリンエリートになればいいじゃないか。
 落ち込みかけるゴブリン達に、そう言って励ました。

 そしてコボルド達だが、コチラはまだ伸び代がある。
 今日目が覚めると足軽コボルドが二体に、下忍コボルドと呼ばれるコボルドが一体増えていたのだ。
 足軽は予定通りの育成コースに入れるとして、注目するのは下忍コボルドだ。

 下忍コボルドは小太刀型の“生体剣”――生体槍の刀剣バージョン――を一本持った、普通のコボルドよりもかなり細い肉体をしたコボルドだった。
 未だ犬顔だが、その目には知性の輝きがあり、身体の造りが人間に近づいていた。それに“下忍”とあるように、忍法――というか魔法の一種である妖術が扱えるようになったようだ。
 忍びなのだから諜報活動にて活躍してくれそうなので、今日から常に気配を消しておく様に指示。
 そうすると気配は希薄になり、種族的に隠密に長けている事がよく分かる。実にナチュラルな隠れ身ハイディングだった。
 
 まだ人間軍は大きな動きを見せていないので、今日も川に行って泳ぎの訓練をする事に。


 “七十七日目”
 今日は訓練を無くし、休日とした。
 勉強するのも、女を抱くのも、訓練するのも、ハンティングに出かけるのも、全てはそれぞれの意思によって動く。
 
 俺は朝、オガ吉くんと鈍鉄騎士と赤髪ショートと女騎士を相手に一対四の格闘技戦を行って汗を流し。ペット達と戯れて。
 その後姉妹さん達が昼食として作ったメルザックと呼ばれるサンドウィッチに似たこの世界のパン料理を摘まみつつ、相変わらず研究に没頭している鍛冶師さんの所に赴いて、護衛エルフさん達も交えて新しい武器の構想を提案し合い。
 バーストシードの量産の為に錬金術師さんの所に赴いて製作に勤しむ。
 夜になるとダム美ちゃんと二人で空の旅を楽しんだ。夜風は少々寒いが問題は無く。
 冷えた身体は温泉に浸かって芯まで温めて。
 寝る時は最近加わった女騎士も含めて皆で寝た。汗が流れたが、明日の朝温泉に入って流せばいいので問題無し。

 実に良い休日だった。


 “七十八日目”
 ハインドベアーなクマ次郎と、ブラックウルフリーダーなクロ三郎がランクアップした。

 クマ次郎はレッドベアーよりも大きくなり、灰色だった体毛はより黒みを増し、額から五十センチほどの長さを持つ黒曜石のような鋭い一角が生えたので種族はハインドベアーではなく、“鬼熊オニグマ”と呼ぶ事になり。
 クロ三郎は大きさが軍馬と同じぐらいになったので、俺を乗せる事ができるようになった。口からバチバチと雷を帯びた炎の吐息が漏れ、それぞれ思考する二つの狼頭を持ったので種族はブラックウルフではなく、“双頭狼オルトロス”と呼ぶ事にした。

 ランクアップした二頭の上昇したスペックがどんなものかを知る為に、俺やオガ吉くんなどオーガクラス――つまり二回ランクアップ経験組み――の六名とその≪使い魔≫の計十三体だけで、人間軍の部隊を強襲することにした。
 
 少数精鋭で行くのは、俺達のレベルを上げる為である。

 最近は全体のレベル上げが主な目的だったからな。レベルが上がるのに必要経験値が他よりも多い俺達からすれば、仲間の数が多ければ多いだけ入ってくる経験値が少なくなるのでレベルが上がり難い。
 全体の強さの底上げをするのは問題ないのだが、最終的に頼りになるのはやっぱり自分自身しかいない。弱いままでは大切なモノを守れない事もある。
 ここらでガツンとレベルを上げておきたかったのだ。

 留守はそろそろランクアップしそうなかつて奴隷だった例の五ゴブや、最近メキメキとクレリックとしての実力を伸ばしているホブ治くん。それに赤髪ショートの教官役にした鈍鉄騎士や、王国ではなく俺に対して忠誠の剣を捧げて貴方のモノになりたいと言ってきた女騎士などに任せる事にした。
 保険としてある程度成長した分体も三体程置いているので心配無用だ。
 
 まあ、人間軍の目的はあくまでもエルフである。
 わざわざ離れた場所にある他種族の住処を襲おうとは思わないだろう。
 

 午前十一時頃、俺はクマ次郎に跨り、他の皆はそれぞれの≪使い魔≫に乗って森の中を駆けていた。
 向かう先は【魔法使い】の比率が少ないが、【重戦士】や【騎士ナイト】など近接戦時に力を発揮する職業持ちが多く集まった部隊が駐屯している場所である。
 隊員は六百名弱。亜人種は一人もおらず、全て人間で、全員が武勲で成りあがった兵士ばかりだそうだ。近くには他の部隊が居るので、短時間で削れるだけ削ったら遁走する予定である。

 駐屯地には、一時間ほど走ると到着した。
 昼間なのでアンデッド族による戦力増員はできないのは痛いが、敵軍全体が見渡せる丘の上から観察した限り、特に注意しなければならない相手は赤黒い刀身に小さな棘が無数に生えた黒鉄の短槍を携え、神々しく淡い白色の光を宿した鱗鎧スケイルメイルを装備する、白く立派な髭を生やした老齢の騎士だけだった。
 この特徴的な武具を装備した老齢の騎士だが、鈍鉄騎士と女騎士達から聞いて製作した“王国帝国強敵情報一覧表”の中に、該当する人物が一人いた。

 帝国に所属し、若い頃は冒険者として名を馳せたアイゼン・リッターという名の男である。
 黒鉄の短槍は帝国内の【神代ダンジョン】にアイゼン自身が潜って獲得した【遺物エンシェント】級のマジックアイテムで、銘は確か【呪刻の逆棘】。刀身が掠るだけで対象に強力な“呪い”を傷つけた回数だけ付加するという能力を持つ槍だそうだ。
 装備している白いスケイルメイルは【呪刻の逆棘】を守っていた白竜を殺し、その素材から造ったマジックアイテムらしい。

 是非とも槍と鎧、それに本人も含めて喰いたいとモノである。
 最初に殺す相手は、厄介なアイゼンに決定した。敵の最大戦力には不意打ちをして真っ先に消した方がコチラの勝率は高くなるし、安全だ。

 今まで大軍戦で使っていなかった朱槍をアイテムボックスから取り出し、バリスタ状に変形させた銀腕に装填。

 暗殺成功率を上げる【職業・暗殺者アサシン】、バリスタで攻撃するので効果を発揮してくれる【職業・射手アーチャー】と【職業・狩人ハンター】、それに遠距離攻撃時の命中率と威力を上昇させる【投擲】と【針通しニードルショット】を重複発動させた上で、アイゼンの胴体を狙って朱槍を射出。

 俺達と敵陣中心部近くに居たアイゼンは目測で二百メートルは離れていたが、弾丸、というよりは赤い彗星のように飛来した朱槍は、狙い違わずアイゼンの白竜の鱗製のスケイルメイルに守られた胴体を呆気なく貫いた。
 可能な限り気配を消し、知覚できない距離と速度で飛来した強力な一撃は流石のアイゼンも防げなかったようだ。
 何が起きたのか理解できない、と言っている様な最後の表情は印象的だった。

 これぞ不意打ち最強伝説の始まりだ。
 正々堂々などは豚にでも喰わせておけ。
 所詮弱肉強食な自然界は生き残った方が正義なんだし。

 などと、思考が脇道に逸れる。

 気を取り直して、敵の様子を観察する。
 アイゼンを貫いた朱槍は勢いが衰えなかったので地面に深々と突き刺さってしまったのだろう、軌道上にある地面には穴が開いている。胸部が消失したアイゼンの死体の周囲には、何が起こったのかまだ把握できていない敵兵の姿があった。
 アイゼンが死んだ事は認識しているようだが、その死の予兆が無さ過ぎて、幻覚のように感じているのかもしれない。
 俺はそれを気にする事なく、ある程度ヒトが集まったのを見計らって、朱槍の能力を使った。
 使った瞬間、何の予兆も無く、地面から朱槍が生えた。
 突如足下という死角から発生した数え切れない程の朱槍に身を貫かれて、一瞬で百名以上の兵士が死に、能力範囲である百メートル圏内に居たほぼ全ての敵が死にはしないまでも手傷を負う事になった。
 圏内に居る敵兵全てを殺しても良かったのだが、それでは皆の取得経験値が少なくなるので自重した。

 突然の攻撃に騒然とする様を嘲笑いながら、俺達は突撃していく。
 奇襲の一撃の混乱に乗じ、敵陣を喰い殺す為に。今の状況では正常な対応をするのは難しいだろう。つまりこの奇襲はほぼ成功したと言っていい。
 混乱した有象無象を喰い殺すのは、非常に楽な仕事だ。
 鬼熊にオルトロス、ハインドベアーにトリプルホーンホースの走る速度は人間が乗る軍馬などの比ではない。瞬きの間に敵との距離を踏破した俺達は散開し、近くでまだ混乱している敵兵に対し、それぞれ手に持つ得物を振った。

 オガ吉くんの≪使い魔≫であるハインドベアーの突進で敵はまるで人形のように弾き飛ばされ、周囲に炎禍を撒き散らす戦斧が【重戦士】の集団に向けて振われる。
 混乱していながらも身体に染みついているのか、攻撃に反応して咄嗟に構えられた重層盾が戦斧の斬撃を防ぐ。しかし追撃として発生した炎禍までは防げずに全身を高熱で焙られるし、重撃に耐えれなかったのだろう、重層盾はくの字に折れ曲がってしまう。
 ようするに、【重戦士】達は斬撃を防ぎはしたものの燃やされ、鉄を強引に捻じ曲げるような、交通事故にでもあったかのような鈍い音を立てながら後方に弾き飛ばされた。
 守りなど、その圧倒的パワーの前には効果が無い様だ。
 相変わらず、凄い殲滅力だ。オガ吉くんが持つ【加護】の能力も上乗せする事により熱量などが上昇し、周囲に逆巻く炎は被害範囲を広げ、黒焦げの死体を量産していく。
 周囲に炎禍を撒き散らし、重層盾を折り曲がらせて持ち手を吹き飛ばすだけのパワーがあり、突破困難なタワーシールドを所持したオーガ。
 間違いなく、敵からすれば恐怖の的である。
 
 その傍らでダム美ちゃんは【魅了の魔眼】を使い、抵抗レジストできなかった敵を操って同士討ちをさせていた。
 自分の手はあまり汚さず、被害を増やしていくつもりらしい。
 ただ全てを洗脳できた訳ではない。アーツか、もしくはマジックアイテムか何かを使って【魅了の魔眼】をレジストして斬りかかってきた数少ない相手には、洗脳した敵ではなく、自分自身の手で処断するようだ。
 【加護】によって扱えるようになった氷の能力で対象を串刺し、あるいは俺がプレゼントしたクレイモアでその身を刻んでいく。
 殺した敵の血をシャワーのように気持ち良さそうに浴びるその様子は、美貌と合わさって妖艶で神秘的で、それでいて恐ろしいモノだと感じた。

 爆音を響かせながら、アス江ちゃんのウォーピックが大地を砕いた。
 ひび割れた大地が、逃げ遅れた敵を次々と飲み込んでいく。隆起した土壁が敵の逃げ場を奪っていく。
 繰り出す攻撃の大半が大振りで隙が多い為、タイミングを合わせて敵が攻撃を仕掛けるが、地中でも活動する為防御力が異常に高い半地雷鬼ハーフ・アースロードなアス江ちゃんの防御力は鋼の剣程度では薄皮一枚も断つ事はできなかった。
 通常攻撃ではあまり意味が無い。
 それを見てアーツを使おうとした敵も居たが、アーツを発動する意識の僅かな隙を逆に狙われ、今まで繰り出していた大技ではなく、攻撃の出が早い岩を砕く拳や蹴りや体当たりなどによって、その肉を弾けさせて絶命していく。
 アス江ちゃんの陽気で豪快な笑い声が響く。

 スペ星さんが魔術で生み出した濁流が、やや離れた場所に居る敵兵を押し流す。
 それは剣や槍や金属鎧などを入れた洗濯機に人間を放り込んだような攻撃だったので、巻き込まれた兵士の末路は悲惨なモノだった。
 死体が死体を量産していく様は、最早苦笑しか出なかった。
 
 ブラ里さんが造った三十本近くある血剣が、敵をすれ違いざまに刻み、その血を吸って更に大きさを増していく。
 高速で周囲を回転する血剣の範囲に入った敵が細切れになり、全身を血で濡らしてただでさえ赤いその身を更に赤くしていくブラ里さんは死神のようにも見えるだろう。

 元々人間よりもスペックが上なモンスターが日々激しい訓練を続けた結果が、この一方的な大虐殺なのだろう。
 などと思いながら、俺は鍛冶師さん作の精霊石強化ハルバードを薙ぎ、敵の数を減らしていくのだった。
 
 攻撃を開始して、二十分くらいか。戦闘は終了した。
 最初の一撃で周囲を朱槍で取り囲んだので取りこぼしは無いし、一応全員に【隠蔽】を施していたので生き残りが居ても本当の姿は見られていない。今回の目的は十分達成できたので、まあ、こんなモノだろう。
 使えそうな物資を掻き集め、朱槍を地中から引き抜き、殺した相手の血肉を喰っていく事に。
 数が多いので糸を使って掻き集め、【消化吸収強化】と【吸血搾取ヴァンパイアフィリア】と【形態変化メタモルフォーゼ】を使用する事で効率良く取り込んでいく。


 【能力名アビリティ【断風】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【嵐風】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【再生阻害】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【認識妨害】のラーニング完了】 
 【能力名アビリティ切り上げアッパーカット】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ重斬撃ヘビースラッシュ】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【戦士の血統】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【騎士の血統】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【職業・双剣士】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【職業・斧術師】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【職業・槍術師】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【生存本能】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【同族殺し】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【腕力強化】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ鷹の目ホークアイ】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【職業・狂戦士バーサーカー】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ小心者の精神チキンハート】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【職業・格闘士グラップラー】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【武芸百般の心得】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【飛翔斬】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【弧月閃】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【千槍百華】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ連斬ラッシュ】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【重斧撃】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【罠生成】のラーニング完了】

 そして今日のメインディッシュであるアイゼンを喰う事に。
 鎧と短槍は喰わずにそのまま所持していても良いのかもしれないが、今回は喰う事にした。

 【能力名アビリティ聖十字斬りグランドクロス】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【職業・剣聖】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【職業・竜殺しドラゴンスレイヤー】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【竜鱗精製】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【呪刻の傷】のラーニング完了】

 満足行くハンティングに、ホクホク顔で俺達は帰るのだった。


 “七十九日目”
 通信機から連絡が入り、父親エルフに呼ばれた。
 丁度赤髪ショートと女騎士を相手に訓練していた所なので、その二人を護衛として連れていく事に。他は訓練か、あるいはハンティングか勉強かに振り分けた。
 俺と赤髪ショートはクマ次郎に、女騎士はクロ三郎に跨ってエルフの里へ。

 事前に俺が行くと連絡していた事と、俺が人間を引き入れている事は既に知られていたのだろう、特に問題は起こらなかった。
 まるで家畜を見る様な不躾な視線を向けてきたエルフには、【威圧する眼光】などで立場の違いを教えると共に強制的に視線を背けさせた。

 父親エルフの屋敷に到着し、以前通された部屋に向かう。父親エルフが来るまで出されたお茶を飲んでいたのだが、ココには初めてくる赤髪ショートと女騎士は相変わらず物珍しそうに周囲を見回していた。
 それを咎める事はせず、俺は俺で遠く離れた分体が次々と収集してくる情報を纏めていた。
 五分ほどだろうか。エルフ酒とコップを手に父親エルフがやってきたのは。
 父親エルフの背後には俺が助けた娘エルフさんが居り、手には酒のツマミらしきモノが。
 
 遅れて申し訳ないと謝罪され、まずは一杯と勧められる。
 酒は娘エルフが注いでくれた。
 当然飲んだ。ツマミも喰った。凄く美味かった。
 上機嫌になった。

 しばらくいい気持になって雑談して情報を交換した後、本題に入る。
 話は依頼主である父親エルフから次の仕事の説明だった。
 俺達とエルフの精鋭部隊で敵の主力部隊を強襲したい、という話である。里の周囲を包囲される前に、敵のトップを退けたいのだそうだ。
 まあ、長期戦は敵さんとしてもエルフ側としても望む所ではないのだろう。

 敵さんはそもそも他の国との緊張状態が高まっているので、エルフとの戦争を切っ掛けにこれ幸いと他国が攻め込んできたとしてもおかしくない状況らしいし。
 人間よりも優秀だがその分圧倒的に数が少ないエルフには既に結構な数の死者が出ている。負傷者には安全な場所で養生して欲しい、という思いがあるに違いない。そもそも、エルフ側からすると今回の戦で得られるモノはあまりに少ないのだから、さっさと終わらせたいのだろう。

 まあ、俺達は所詮傭兵である。雇い主の意向を無視する訳にはいかない。
 それに今回の仕事は自由にやらせてもらえたし、その分だけ報酬も貰っている。十分利益を得ているのだから、まあ、ここらが潮時か。
 欲張り過ぎても身を滅ぼすだけだしな。

 大体の相談が終わり、帰還する事に。
 その途中、女騎士からお願いされた。姫様の病を治す薬を送ってはくれないだろうか、と。
 私の忠誠は貴方に捧げたが、貴族としての最後の奉公として、薬だけは届けたい、と。

 ふむ、と考える。
 
 恩を売り、国のトップとの繋がりを持つ事は良いかもしれん。
 何かあった時に国のバックアップが在るのと無いのではやはり違ってくる。それに得られる情報などにも違いが出てくるし、普通ではできない事が可能にもなるだろう。

 しかし姫の病を治す薬を持って交渉しに行くのは、≪終焉と根源≫を司る大神の加護を持った黒オーガである俺。

 パッと考えただけで色々と面倒事が発生しそうだ。王国民帝国民の奴隷を所持しているって事もあるが、主に宗教とか宗教とか宗教とか。
 現在王国の王妃様はこの世界最大宗教である≪五大神教≫の信者だそうだし、トラブルの香りしか漂ってこないぞ。
 正直面倒な話ではある。だから俺が薬を持って行くという案は却下だ。が、とある案が俺の中で完成した。
 その案を色々と検証し、リスクとメリットを考え、メリットの方が多そうだったのでその案を実行する事に決めた。
 さて、明日の決戦に向けて準備をしなくては。
 

 “八十日目”
 午前四時。俺達は森の中を走り、人間軍の総大将として自ら戦場にやってきている次期皇帝(現在24歳)などの主戦力が居る駐屯地にやってきていた。
 敵さんの数は約二千名。精鋭揃いで、例の奴隷部隊も含まれる。流石に本陣なだけあって、周囲には歩哨の姿が数多く見受けられた。警戒が強い。
 コチラの戦力は父親エルフが出してくれた五百のエルフを含めて約六百五十しかいない――今回は人間を連れてこなかった。乱戦になったら殺す可能性もあった――ので、普通なら戦うという選択肢を避けるべきだ。
 
 しかしだからこそ、俺達はこの時間帯に仕掛けるのである。
 この時間帯ならブラックスケルトンを生成して数の差を覆せるし、俺は周囲の闇から消費される魔力を補充できるので消耗は無く、現在の光源は焚き火などしか無いのでそれを消せば闇が訪れるなど、暗視を持つ俺達にとって日中よりも有利な条件が整っているからだ。

 だから闇雲に突っ込めばいい、という訳でもない。

 アチラ側には種族的に俺達と同じかそれ以上の能力を発揮する魔物の奴隷部隊があるからだ。それをどうにかしないと、非常に厄介な事になる。
 だから俺はブラックスケルトン・アサシンと分体、それと下忍コボルドを送り込む事にした。
 鈍鉄騎士から聞きだした、奴隷部隊を使役する人物を狙う為である。奴隷部隊は首輪があるから従うのであって、それが無くなれば、それぞれ自由に動く事ができる。
 なら、分体を奴隷の使役者に【寄生】させて首輪を外させればいい。幸いそいつは合成魔獣キメラも使役する魔術師らしいので、用が済んだ後殺せばキメラも動かせまい。
 そしてその魔術師を殺して喰えば、俺がキメラを操れるようになるかもしれんし。

 などと、そんな事を考えてました。
 いや、まさか奴隷部隊の首輪を全部外させた後に予定通り使役者を殺したら、キメラが使役者の死亡を感知して一時的に周囲の敵を自動的に襲う様になるとは思わなかった。
 しかも高さが六メートルはある象と虎と蛇と蟹を掛け合わせたようなキメラが真っ先に狙ったのが近くに居て今まさに逃げようとしていた元奴隷部隊員だったのにも困った。即座に反応できなかった奴等が殺され、臨時戦力として考えていた奴等の数が大幅に減ってしまったのである。
 それに加えてその騒ぎによって俺達の存在がバレてしまい、もっと静かに動いて徐々に数を減らしていくといった作戦が狂ってしまった。
 しかしそれも仕方なしと諦め、俺達は攻撃を開始した。
 戦場では臨機応変でなくては死ぬだけだからな。


 やがて太陽が昇った。
 ブラックスケルトン達アンデッド族の動きが一気に悪くなり、壊される個体も増えてきた。
 それに人間軍は雄叫びを上げて士気を向上させるが、陽光対策は既に確立されている。士気を上げて落とす為に、あえて一度何の対抗もせずに日の下にブラックスケルトン達をさらけ出していたに過ぎない。
 その事を敵軍は知る筈も無く。俺は静かに嘲笑を浮かべた。

 陽光対策は至極簡単な話で、ブラックスケルトンの全身を俺の分体がコーティングして日光を遮ってやればよかったのである。幸いそこらに血の原料となるものが転がっていたので、大量の分体を生成する事は容易かった。

 本来の動きを取り戻したブラックスケルトン達が、斬りかかってきた敵を逆に切り伏せていく。

 分体も触手を伸ばして攻撃できるので、攻撃回数や攻撃力が無駄に上昇したブラックスケルトン軍の完成だ。弱体化から一気に強化された結果、敵の士気が落ちるのが手に取るように分かった。
 想像してもらいたい。ただでさえ手古摺る敵軍が、強酸性の触手を何本も生やし、奇妙に統制のとれた動きで一心不乱に襲ってくるその様を。
 士気が下がるのは仕方が無い事だった。
 
 そんな光景を尻目に、俺は単身敵本陣近くに潜っていた。
 【職業・妖術士ソーサラー】の得意な状態異常攻撃で周囲の敵の認識力そのモノを低下させ、【職業・暗殺者アサシン】や【認識阻害】、【隠れ身ハイディング】などの隠密系アビリティを発動し、さらに保険としてマジックアイテム【隠者の衣】も装備しているからこそできる荒技である。
 
 俺がこのような事をしているのは、一際立派な鎧を着た次期皇帝に接近する為だ。
 しかし接近しても殺すつもりは無い。殺せば、流石に帝国も威厳とかの為にエルフを根絶やしにするまで諦めないだろう。被害がどれ程出ようとも、殺し尽くしにくるだろう。
 それは避けなければならない。流石に帝国に本気でこられたら、数の差で容易く押し潰される。

 父親エルフとはこれからも良き仲でありたいのだ。殺させる訳にはいかん。

 などと考えていると、次期皇帝の背後をとる事に成功。
 周囲にはヒトが居るが、誰も俺には気付いていない。ただし話しかけた次期皇帝だけは別である。
 その耳元で俺は撤退するよう告げ、小瓶に入った病を治す為の紅い薬をポケットに滑り込ませつつその使用方法を教える。他にも色々ごにょごにょと囁き。
 分かったかと聞くと、静かに頷いたのでその場から離れた。

 これで用は済んだので、アス江ちゃんにお願いして両軍を遮る土壁を出現させてもらう。敵は半分近く削ったのだ、これで十分だろう。

 アチラが土壁を壊す前に、負傷者と元奴隷部隊員の生存者と死体、それにキメラの死体などをできる限り回収し、急いで撤退する。本当なら優秀そうな人間の肉も持ち帰って喰いたかったのだが、流石に時間が足りない。
 戦闘中に色々とつまみ食いしていたので今回は諦めるとしよう。キメラなどの戦利品もあったのだ。
 我慢だ、我慢。


 洞窟まで撤退し、負傷者の治療を行う。
 重傷者を重点的に治療していると、撤退中に連絡して要請したエルフ軍の医療部隊も到着したので治療速度が上がり、手当が遅れて死ぬ者はいなかった。
 その後エルフ達はカフス装着組を除いて皆帰還したが、一緒に連れ帰った約百名ほどの元奴隷部隊の面々はポツンと残される事に。
 俺としても戦略の一環として助けたので、殺すつもりは当然なく、それぞれの意思を尊重するからどっかに行くならご自由に、とだけ言った。
 とりあえず一泊だけならさせてやるから、ココのルールは誰かに聞いてくれ、とだけ言って、外に出る。
 
 今回の戦争で、初めて死者が出た。
 死んだのはホブ・ゴブリンが三、ホブ・ゴブリンメイジが二、ゴブリンが五、コボルドが六、男エルフが四の計二十名である。
 乱戦だったし、敵も強かった。この程度の被害ですんだのだから、僥倖だったとも言えるだろう。
 幸い死体は回収できている。死体の心臓を喰らい、その死体はいつかの女性達のように燃やしてやる。
 周囲には他の奴等の姿が在り、祈りを捧げたり、涙を流している者が多かった。

 俺は別に悲しいとは思わなかった。涙も出る事は無い。
 ただ、喰ったアイツ等の分まで意地汚く生きよう。
 普段通り、そう思っただけである。

 死体が燃え尽きるのを最後まで見続けた後、戦闘で摩耗した武具の点検をしつつ、キメラの肉を喰う事に。制限時間内に喰わないと、折角持ち帰ったのに勿体ないからな。

 【能力名アビリティ【合成】のラーニング完了】

 キメラを喰うと、面白いアビリティを獲得した。
 どうもコレを使えば既に取得しているアビリティ同士を掛け合わせ、新しいモノにする事ができるそうだ。
 が、流石に今日は疲れたので、元奴隷組の寝所を適当に用意した後、ゆっくりと温泉に浸かって寝室の俺製ベッドに寝転ぶ。

 今回ので物事が上手く転がって戦争が終われば、父親エルフとの契約は終わる。
 その時は準備して外に行こうと心に決め、深い眠りに落ちるのだった。



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