7年が経ちました。
テーマ:湾岸最高速そういえば詳しい時期は分かりませんが、恐らく今月で走り始めてから7年が経ったのだと思われます。
多分周辺では一番の古株でしょう(笑)
そこで今回は湾岸最高速と今までやってきた事のまとめを前々から書いてあった(ワードで書きましたw)文に少し手を加えました。
長文です。
公道である首都高速湾岸線(首都高には限らず)で最高速トライアルを行う事、又他車とバトルを行う事。
聞こえはいいが、要するに犯罪だ。
罪悪感と共に走り出すであろうあと2年後。
あの場所には魔がある。そう言われてきたが本当だ。
その魔はそこを通る人全ては感じることは出来ないと思う。
私の会のメンバーも「深夜通ったが、ただの道だった。」と述べる奴もいる。
私は違う。ただ、深夜の帰宅中。ただ通った道。そうは思えない。
120km/h程度で走っていてもその魔は姿を見せる。
ただ道を走っているだけなのに猛烈に手に汗握る。なにか涼しいような気もする。体の圧があがり目が冴える。
湾岸最高速を知る少し前からこんな体験をしていた。
小さい私でも「ここは普通じゃない。何かあるんだな」と思った。
魔を感じることのできない人から見れば狂人だろう。
湾岸最高速の存在を知った後も同じ様に感じるが、涼しいような気持ちだったのが怖さと入れ替わった。
それはここでそんな速度を出すのかとか警察がどうこういう怖さではないと思う。
魔の正体を見たというか、なんとも言葉に表せないような怖さだが、
少々霊的な怖さと言ったらいいのかも知れない。
2年後、この感覚はどうなるのだろう。今まで通りなんとなく後ろ髪を引かれるような怖さなのか、全てを忘れ走るのか。
なんだか、つながりのある現役のランナーにこの感覚を聞くことは、意識的に避けていると思う。
魔に対する感覚も私独自の感じ方かも知れないし、それは自分でわかるしかないと思うからだ。
自転車ではあるが、湾岸最高速を知る前から私は深夜「走り」に出ている。
無意識に地元にある桜山トンネルに「走り」に出るようになってから7年が過ぎた。
マシンは2台乗り継ぎ、今ここで新マシンを投入するに至った。
「速度」を意識する。いわゆる「最高速」として走り始めたのは3年前からだ。
それまではただ、高速度域でのあの感覚を求めて走っていた。
自分で言うのもなんだが、やはり7年という時間を無駄に走ってはいないようだ。公道を「走る」上で一番大切なのは、周囲の流れを崩さないことだと思う。
何回かつるんで友人と走ったがその度に「お前あんなに飛ばしてるのに、周囲に溶け込んでるよな」と言われる。
誰かに言われて意識するのではなく、「生き抜く為に」自分で全て見つけていかなきゃならない。
それは本当に小さな事から、大きく知れたルールまで全てだ。
自転車とは言えクラッシュを起こせば一発で死に届く速度だ。
今まで何回もの「死の危険」アクシデントがあった。
誰も助けてくれないし、誰も教えてくれない。
当然と言えば当然だ。なにせたった一人で7年間走っているのだから(笑)
その世界を共に過ごす仲間が欲しいとは思ったことはないが、自分と同じようなレベルのライバルが欲しいとは思う。
ここでわかったことと言えば、例えば最高速は気力、要するに精神力、体力(自転車ですのでなおさらw)、あとは動態視力だと思います。
命を乗せて本気で走るにはこの3つが不可欠です。
ここで学んだことは必ず2年後、生きてくると思う。
最後だが、認められる為に走るのではないとは思うが、湾岸最高速を望む原因をゲームや漫画にされるのはとても歯がゆい。
私は自転車で誰からも言われずただ速度を求め走り出し、これは車でもあるのかなと思って調べた結果、湾岸最高速の存在を知り、望むようになったからだ。
偉そうに述べたが、これは全て今まで7年間走り続け、考え、感じてきた結果だ。
さて走りに行ってきましょうかwwwwwwwwwwwww
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1 ■無題
流れを崩さない、それってとても大事なことです。
自分で走れば分りますが、速い奴、例えば渋滞の中で一般車をはじくようにアクセルを踏む奴が運転の上手い奴とは言えないんですね。
本当に上手い人は速度域にかかわらず、自らの存在を消すように流れの中に己を溶け込ませるもんです。
そういう人が、最後まで走れるのです。