Voice of CMP   
心臓3つあっても身が持たないCMP!
旭電化工業電子材料開発研究所 木村 剛
   
  CMPて? ああ、研磨ね! X線リソグラフィなど結構、ハイカラな技術開発ばかりやってた君がやけに泥臭いことに手を出したんだね! 日頃から嫌みの多い先輩方によく言われました。最先端のことを金ばかり使ってやっていても役に立たなければ意味がありませんよ!と小さな声で切り返した(自問自答した)ことがあります。直前まで6年ほど手がけていたX線リソグラフィは旧通産省基盤技術開発促進センタの肝いりで何百億も投じて筑波工業団地にSR(シンクロトロン軌道放射光)施設まで造って研究していましたが実用化には至りませんでした。金を沢山かけてやる研究が立派な研究だと言うバブル時代の錯覚もあったような気がします。「合せ精度が保証できないX線リソグラフィなど実用性はない。X線でなくてバツ線、ペケ線リソグラフィじゃない?」と糞味噌に貶した後輩がどう言う訳か同類のEUVリソグラフィ開発をやっています。今度、出会ったら、「またバブルの泥沼に嵌り込まないよう注意しなさいね!」‐‐‐とは多分、言わないでしょう。
 泥臭いと言えば半導体プロセス自体も田植え作業に譬えられるように結構、泥臭い技術です。リソグラフィや検査技術を例外とすればCMPに負けず劣らず泥臭い技術が殆どでしょう。CMPは実際、泥(失礼!)を使うから泥臭ささの象徴となっているのでしょうが砥粒を除いたスラリは洗浄液と変わらずクリーンです。砥粒も高純度コロイダルシリカはTEOSなみの綺麗さです。
 半導体プロセスで最先端の技術とされるリソグラフィは光源、レンズ、ステージ、レジストなど多くの重要な要素技術から成り立っている訳ですが単にそのレンズ作製に使われる研磨技術のみでリソグラフィ、ドライエッチと肩を並べる基幹技術になったCMP技術はSimple is Bestの代表例と言えます。CMPが無ければ光リソグラフィ、ドライエッチの延命はなかったはずですからその効果は絶大です。CMPを知らずしてLSIを語るなかれと言えるまでに成長しました。プラナリゼーションCMP委員会の企業会員が倍増したことや土肥委員長のお顔の色艶の良さからもその好調振りが窺えます。
 CMPが半導体集積回路製造技術としてここまで発展してきた理由を私なりに言わせていただくと個々の構成技術の相補的関係が強い、いわゆる技術均整度(Symmetrical)が良い。加えて高額な技術開発が必要でなく従来技術の改良で性能向上できるなど投資効率が良い技術だったからではないでしょうか。平坦化のみならずプロセス低温化、積層欠陥低減など従来プロセスが抱えていた問題が同時に軽減できるのも大きなメリットです。荏原の辻村さん表現の3Kから3S(Simple、Smart、Symmetric)に呼称変更すべきでは? 先ほどのX線リソグラフィは三つ目のSに欠けていた。X線源、X線マスク、X線レジスト、アライメント技術と新規に開発すべき難しい技術課題が多過ぎたこともありますが、どれかひとつでも欠ければ全体が成り立たない技術であったことが不発に終わった原因だろうと思います。
 ここまで成長したCMPにも開発すべき課題はまだ沢山ありCMPをさらにSmartな生産技術に仕上げられる可能性があると思います。終点判定モニタが代表例ですがBlack Box内要素のin-situモニタができれば歩留り向上、生産性向上に大いに役立つはずです。その思いで研磨レートモニタ、パッド表面荒さモニタ、ドレス強度モニタなどなど、いろいろ手掛けてきましたが一番てこずったのがスクラッチin-situモニタでした。
 CMP担当ならどなたでも経験された苦労といえば日常茶飯事のトラブル対策でしょう。研磨レートの変動、ウエハ面内の均一性劣化などはジワジワやって来るので検査データ履歴をまじめに見ていれば予測でき、経済的にも被害が少ない場合が多いので気分的には楽?でした。心臓が3つあっても足りないのが言わずと知れた救済不可のスクラッチ。スクラッチ欠陥ウエハは1枚で済むはずはなく連続発生する場合が多い。LSI工程の最終段階でロットアウトともなれば最悪数千万円の損害(スパコンメインフレーム用LSI)。いやあ〜これは成膜装置の搬送系の引掻き傷かも、さもなくばあれじゃない?ひょっとしたらあれかも?の逃げ口上しきり。円弧状の傷はウエハ回転させているCMPしか出来ない!で具の根も出ず。主犯はドレッサのダイヤ脱落と推定するも昔のドレッサのダイヤ粒径は不統一で、かつ、ランダム配列のため脱落を証明できず、結局、研磨パッドとドレッサを新品交換して再発しなかったら対策完了? 現在のドレッサは損害額数千万円の話でか,メーカさんの努力で格段に改良されています。ダイヤ脱落も確認できるようになったため大分、気が楽になりましたが今でも心臓がひとつの人では身が持たないのでは?
 この恐怖から逃れるため変わり者がチャレンジした失敗談を最後にご紹介します。
 社内のある研究所でJRから委託されて車両の走行中に発生する騒音を減らす研究をしていました。騒音や振動の周波数分析から人間の耳に敏感で不快感を与える音を抽出し発生源究明とその減音対策をするというものでした。昼間ですと周囲の雑音が邪魔になるので夜間か始発電車で測定するため寝袋持って野宿したそうです。これをウエハ研磨時の異常モニタに使えないかということで試してみたことがあります。対象候補には終点モニタやらドレス強度モニタがありましたが主目的は大スクラッチ発生のin-situモニタにありました。研磨中にダイヤモンド粒子をパッド上にばら撒きマイクロホンで集音し周波数分析ソフトでスクラッチ音を解析しました。運良く仕事仲間に音響気違いの野鳥友の会メンバが居りましたので高感度マイクロホン、低ノイズアンプなどの選定や野鳥のさえずりをうまく集音するノウハウなどで協力してもらいました。試行錯誤の結果、スクラッチ発生の周波数群の特定がどうにかできましたので量産ラインの何台かの研磨装置でテストして見ました。しかし皮肉なことに何時出るか何時出るかと待っているとなかなかスクラッチが発生しません。一月待ってやっと「出たぁー!」との連絡。喜びと悲しみの複雑な気持ちの中、勇んでスクラッチ発生時刻の音響データを調べました。聞こえてきたのは無情にも「CMP担当の誰々さ〜ん、内線○○番に電話が入っていま〜す」と若き女性の構内放送。これが重なって野鳥のさえずりは掻き消されてしまいました。寝袋も装置全体が入る寝袋でないとと思いを残しつつ、今もなお、クリーンルームの片隅で録音装置が一人寂しく稼動しているはずです。今度、当CMP委員会の幹事になられた日立の山田さんに頼んで撤去してもらう積もりです。こんな余計な仕事ができたのも古き良き時代であったからでしょうか?
 来るLow-k時代ではスクラッチ(クラック)欠陥が再燃する可能性がありますがE-CMPでは多分、この恐怖感から開放されるのではと期待しています。
 いい加減年取ると過去が美化され大袈裟で詰まらない自慢話になり勝ちです。お許しを!

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スクラッチ特別インタビュー(高感度指向性マイクロホン群)


中央:音響解析グループ、右端:野鳥友の会メンバ、左端:筆者(日立中央研究所にて)



研磨中の音響強度測定例
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