第一章 やられ役Lは満を持して物語に介入する
第三話:幼少時代は割愛して
そんなこんなで十年の月日が流れた。
え? 時間が飛び過ぎだって? しょうがないじゃないか。そりゃあ下準備を重ねていた幼少時代も色々なことがあったけど、それについて語っていたら日が暮れちゃうからね。 物語が始まらなくなっちゃう。
そう、これは物語だ。
惨めな末路を辿った前回の人生――《原作》をこの手で塗り替え、幸福な人生を掴み取るための物語が、ついに幕を開けるのだ!
ふは、ははは、ハーッハッハッハ!
「と、危ない危ない。まーた悪党笑いが出そうになったよ」
慌てて口元を押さえて、僕は部屋に据え付けられた鏡で自分の顔を見る。
目つきの悪さを誤魔化すための糸目に、自分は人畜無害だと訴えかけるようなにこやかな笑顔。うーん、我ながら実に胡散臭い。 これでも原作の、他人を見下し切った目と嘲笑に比べれば大分マシなんだけどね。
十年かけて作り上げたこの仮面、最後まで隠し切れるといいんだけど。
「おーい、まだなのかいライア? あたしもう待ちくたびれちゃったよ」
「ああ、ごめんフレア。今行くよ」
おっと、いつまでもレディーを待たせるもんじゃないね。
教科書と筆記用具を詰めた鞄を片手に、僕は学園の敷地内にある寮の自室から出る。
廊下のちょうど正面、朝日の射し込む窓に背を預けた少女が、片手を上げて僕に挨拶してきた。 朝日を反射して輝く紅髪に、僕は糸目をますます細めながら応える。
「おはよ」
「おはよう。わざわざ部屋まで迎えに来るなんて、待たせちゃったかな?」
「本当にね。まったく、待ち合わせの時間はとっくに過ぎてるよ。なにしてたのさ?」
「ごめんごめん。ちょっと考えごとをしててね」
そんな風に会話しつつ、朝食を取るため大食堂のある校舎に向かって一緒に歩き出す。
そう。僕を待っていたのは原作では宿敵だった(僕が一方的にそう見てただけだけど)少女、フレア・ヴォルケイノだ。
あらかじめ知っていたことだけど……この十年間で彼女は、すっかり目を見張るような美少女に育っていた。
獅子のたてがみを彷彿とさせる、艶やかに輝く紅髪。強い意志に満ちた、宝石のような瞳。少女の可憐さと野性の荒々しさを合わせ持つ顔立ち。 その牙に自ら首元を差し出したくなるような、王者の魅力がそこにはあった。
「考えごとって、これから本格的に習う精霊魔法のこととか?」
「うーん。僕はどちらかというと、趣味の工芸品に力を入れたいかなー」
「相変わらずだねえ。ま、なんかおもしろいの出来たら、あたしにも教えてよ」
「了解」
そんな美しく成長したフレアと、僕は談笑しながら一緒に歩いている。
これがどれほどの快挙か、おわかり頂けるだろうか!?
なにせ原作だとこの頃の彼女は、
『邪魔。あたしの前に立つんじゃないよ』
『足手纏いはいらないよ。全部あたし一人でやる』
『強くなるんだ! 誰にも頼らない、誰の支えも要らないぐらい強く……!』
なーんて具合の一匹狼ならぬ一匹獅子だったからね。
周りを一切寄せ付けずに、一人で黙々と鍛練を続けるような子だったんだ。
そんな一匹獅子が、今じゃ群れのリーダー獅子に!
たとえがわかりづらい? まあ、『危なっかしさ』や|『凶悪さ』が、『頼もしさ』や|『心強さ』に変わったって言えばわかるかな。
まあ遅かれ早かれこういう風に成長してたんだけどね。原作に比べればずっと早い成長だ。 これが小さい頃から僕が一緒にいた影響なのかと思うと、ちょっとだけ鼻が高い。
いやー、僕も頑張った甲斐があったってもんだよ!
殴られるは蹴られるは、辛辣な言葉をぶつけられるは……本当に生傷と涙の絶えなかった幼少時代を過ごしたからね。 半分友達という名のサンドバッグ状態で、何度逃げ出そうと思ったことか。
だけどこれも未来のため、幸福な人生を掴む崇高な計画のためだと、頑張ってフレアの隣に居続けた。
おかげで原作の今頃では未だ蕾だったフレアの魅力は、もう花開きつつある。
「キャー! フレア様だわ!」
「ああ、今日もなんて凛々しいお姿なんだろう」
「お姉様がそこにいるだけで私、太陽に照らされるように気持ちが明るくなってくるの」
「あの灼熱の炎を宿した瞳に見つめてもらえるなら、この身を焼かれたっていい……」
こうして校舎の廊下を歩いているだけで、すれ違う生徒から黄色い声が上がるほどだ。 現代に蘇った神秘、精霊魔法を学ぶ我がエレメンツ学園が誇る、三大美姫の一人に数えられるぐらいだしね。
ちなみに一方で僕の評判はというと――
「ちっ。あの野郎、今日もヴォルケイノさんにつき纏っていやがるのか」
「お姉様が嫌がってることに気づいていないのかしら? 身の程もわかってないのね」
「噂じゃ幼馴染らしいけど、フレアさんの優しさにつけ込んでるだけの腰巾着だよ」
「あの名門と謳われたクラウン家も、跡取りがあのクズじゃお終いだな」
とまあ、こんな感じ。
宿敵の家に媚を売る負け犬、女の後ろに隠れるロクデナシ、誇りのなんたるかもわからない貴族の恥さらし……それが周囲の僕に対する評価だ。 まあ、犬猿の仲にある家の子に媚びへつらってれば当然そうなるよね、って話だけど。
え? 原作より立場が悪くなってるんじゃないかって?
ふっふっふ。大丈夫だ、問題ない。
これも全て、崇高な計画を達成するための布石に過ぎないのだからね!
「あいつら……さっきから好き勝手言ってくれるじゃないのさ」
「ちょ、フレア。ストップストップ。なにを怒ってるのさ?」
急に拳を握って手近な生徒に詰め寄ろうとするフレアを、慌てて押し留める。
矛先を僕に変えると、フレアは我慢ならないと言わんばかりに声を荒げた。
「なにを、じゃないよ! あんた、あんな風に言われてなんとも思わないのかい!?」
「あんな風にって……まあ、概ね間違ってないと思うけど?」
生憎とフレアの友達を名乗れるほど、今の僕は自惚れ屋じゃない
子分。手下。気まぐれで傍に置いているだけの置物。僕とフレアを結ぶ関係は、そういった表現こそが妥当だろう。 原作の僕ならこの状況に憤死しかねないけど、今の僕は別段気にしていない。だって本当のことだしね!
それに計画のためには、むしろこの立ち位置が望ましいのだ。
「僕が君の子分なのは、そもそも君から言い出したことじゃないか。そうだよねー、お・や・ぶ・ん?」
「そ、そんな昔のことほじくり返さないでくれよ!」
おーおー、紅髪に負けないくらい頬っぺたを真っ赤にしちゃって可愛いなー。原作の僕の前じゃ、絶対に見せなかった顔だよ。
この子分親分っていうのは、まあ大した話じゃない。
『今日からあんたはあたしの子分! だからあたしのことは親分って呼ぶんだよ!』
なんて小さい頃に言われて以来、フレアにはなにかとよくこき使われていたのだ。
この力関係は昔から変わっていないし、これからも変わらないと思う。スライムがドラゴンと対等になろうとか、レベルカンストさせたって無理ゲーだしね。
おかげで両親からは『ヴォルケイノ家の娘に媚を売るとは何事か!』って散々怒られた挙句、終いには勘当同然の扱いになっちゃったんだよねー。 そりゃ貴族のプライド的に許せなかった両親の気持ちをわかるんだけど……プライドで命は買えないですし。
「実際、僕は精霊使いとしてもフレアよりずっと格下だからね。僕が君の隣にいることに周りが納得いかないのも当然だって、何度も話してるだろう?」
「ライアはあたしと違って、三属性も精霊を操れるじゃないさ」
「僕の場合は操れるだけだからね。純粋に精霊使いとしての実力なら、フレアの方が何倍も上だよ」
操れる精霊の属性の数で、精霊使いとしての格が決まる――かつての僕もそんな風聞に乗っかっていたクチだけど、本当のところ精霊使いの強さとはほとんど関係ない。 下手にどの属性も極めようとして、器用貧乏になるのがオチだ。
というか原作の僕は実際そうなって、数々の醜態を――うん。この黒歴史はできるだけ掘り起こさないようにしよう。そうしよう。
「しかし皆にも困ったもんだよねえ。向こうが考え過ぎてるだけで、僕とフレアの間に心配するようなことなんて何一つないのに。親分と子分、それ以上でも以下でもないのにさ」
どうせフレアは平民のイケメン主人公とくっつくんだしね!
我こそはとフレアを虎視耽々狙ってる皆さん、無駄な努力御苦労さま! 狙うだけ無駄だとわかっている分、僕は非常に気楽なんだよねーあはは。
「なんだよ。あたしはあんたのこと、大事な幼馴染だと思ってんのにさ……」
「ん? なにか言った?」
「うっさい! なんでもないよ!」
プイッと顔を逸らして歩き出したフレアに、慌てて僕も続く。
あれま、今度は急に拗ねちゃったよ。
フレアは周りに僕が悪し様に言われると、いつもこうなるんだよね。自分が悪口を言われたわけでもないのに、なんでだろ? あれかな。子分が舐められてると親分としての沽券に関わるんだよ! 的な感じ?
あるいは曲がったことが嫌いな彼女のことだし、単純に陰口を叩く生徒たちの神経が許せないだけかもしれない。
「ん? なんだいあれは?」
そうこうしているうちに大食堂に着いたんだけど、なにやら騒がしい。
入り口に生徒たちが固まっていて、その向こうから言い争う声が聞こえてくる。
……ふむ。これはアレかな? ついに主人公のご登場か。
「どうも朝からトラブルみたいだね」
「なにかあったのかい?」
「あ、フレア様! いえ、どうも平民が生意気にも私たちと同じテーブルにつこうとしたようで、男子の一人がその平民と揉めているんですの」
ビンゴ!
頬を染めながらフレアの問いに答えた女子の言葉に、僕は内心で指パッチンを決める。
これは主人公の少年と、ヒロインであるフレアが出会いを果たす最初のイベント! 『平民が貴族と同じテーブルで食事をしようなどおこがましいわ!』とやられ役全開な僕と主人公が言い争う中、仲裁に現れたフレアが主人公と運命の出会いを――
…………待て。ちょっと待て。
主人公と言い争うはずの僕は、まだここにいる。だけど言い争いは既に始まってる。
となると、主人公と言い争ってる貴族はどこの誰!?
「ちょっと通してもらうよ!」
「あ、ちょっとライア!」
人込みを押しのけて、大食堂の中へと入る。 フレアが僕に追いつくと、自然と人込みが真っ二つに割れた。そのおかげで食堂の室内も見渡せる。
食堂はそこら中に高級感溢れる調度品の数々が並び、貴族の権威を象徴するように贅を尽くされていた。
うーん……原作の僕は「我が屋敷の方がもっと美しい」なんて感想を漏らしてたけど、今の僕にはどうもお金の使いどころが間違ってるように思えてならない。 今回では平民のメイドやコックたちとの付き合いがあるから、その影響かな?
「だから、なんで俺たちだけ床で食わなきゃなんないんだよ!? 席だって十分足りてるじゃないか!」
「馬鹿かね君は? なぜ私たちが平民ごときと同じテーブルで食事を取らなければならないんだね」
金髪を筆頭に色鮮やかな髪のグループ、黒髪や亜麻色が主な髪のグループで綺麗に別れた生徒たちの輪。
その中心に、問題の二人はいた。
一人は平凡なように見えて実は精悍な顔立ちをした、平民の少年。
もう一人はいかにもやられ役っぽい、整ってはいるけど悪い顔をした貴族の少年。
そしてあの平民の少年こそ、この物語の主人公にしてフレアの未来の旦那様!
世界の救世主となる選ばれし少年、レイヴなのだああああ!
「なんだい? あの締まりのない、いかにも田舎者っぽい平民のガキは」
まあ、第一印象なんてそんなもんだよね!
フレアの主人公に対する辛辣な評価に、僕はちょっとだけレイヴに同情したくなった。
でもどうせ将来はフレアとラブラブのイチャイチャになるんだから、やっぱり同情なんてしてやるもんか! イケメンは爆発しろ!
「そういえば、今年からは平民も精霊魔法を学ぶんだったね」
「あたしとしては、お遊び気分で来られても迷惑なんだけどね」
どうして貴族が通うエレメンツ学園に、平民がこんなにも大勢いるのか。
答えは簡単。彼ら平民も高等部から精霊魔法を学ぶ同志、つまり同級生となるからだ。
そこには国家の存亡に関わる重大な事情が関わっているんだけど……バリバリ軍人の家系であるフレアとしては、戦いとは無縁に生きてきたであろう平民たちと机を並べるなんて納得いかない、といったところか。
戦士としての誇り故だとは知っているけど、あまり片意地張りすぎるとハゲるよ? 口に出したら文字通り炎の鉄拳が飛んでくるから言わないけど。
「まあまあ、そう言わずに。僕たち貴族にしたって、全員がちゃんと戦士としての自覚を持ててるわけじゃないんだしね」
僕なんかがその筆頭だし。
弱いヤツは戦場に出るべきじゃないと思うんだ! 特に僕とか!
「……そうだね。食事のテーブル一つで、いちいち騒ぎ立てる馬鹿もいるみたいだし」
苛立ちのこもったフレアの視線が、レイヴと言い争っている貴族男子に向けられる。
貴族では割とメジャーな金髪に、一目でイケメンとわかる整った顔立ち。 わざわざオーダーメイドで制服の布を周りより上等な物にしてるところを見ると、そこそこに名高い家の出身なんだろう。あるいはただの見栄っ張りか。
「一緒に飯食うことのなにがいけないんだよ!? 俺たち同級生だろ!」
「やれやれ、貴族と平民の違いもわからないのかい? 君たちの残念な頭でもわかるように言ってあげるとだね、汚らしい雑菌塗れの駄犬と同じテーブルで食事しようなんていう馬鹿はいないということだよ」
「だ、誰が犬だこの野郎!」
それにしてもあの男子……言ってることもやってることも、原作の僕そのままだ。
どうやら彼は、僕に代わって物語のやられ役を務めてくれるらしい。
ありがとう! 本当にありがとう、名前も知らない貴族くん! これで僕の計画がよりやりやすくなるというものだ!
君の分も僕が幸せになるから、君は心置きなくやられ役を全うしてくれたまえ!
「さっきから人を見下しやがって、貴族がそんなに偉いのかよこの金髪!」
「生意気な口を利くな田舎者が! いいだろう、このジョージ・マクラインが身の程というものを思い知らせて――」
「はい、ストップストップ。ちょっといいかなお二人さん?」
というわけで、早速このチャンスを活かすべく僕は言い争いに割り込む。
さあて……ここからが僕の僕による僕のための物語。その始まりだ。
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