空の軌跡エヴァハルヒ短編集
第六十五話 運命のクリスマス
『アスカとレイに告白された僕は、どちらを選べばいいんだろうか……』
内気な僕と、活発なアスカ、物静かなレイは今まで幼なじみとして楽しくやって来た。
いつまでも3人で仲良くして居たいと思う僕の願いは、2人の告白により打ち砕かれた。
2人は子供っぽい僕よりも先に大人になってしまっていたんだ。
――思春期の少年が『恋愛』という現実に直面した物語。
※この作品は2011年11月〜12月に公開した自作品を、文体や構成を変更して書いたリメイク版です。
※パラレル世界設定、LASエンドです。(LRSエンドを期待する方はご注意ください)
2015年12月24日。
今年14歳の誕生日を迎えた中学2年生の少年、碇シンジは自分の部屋で運命の時を待っていた。
シンジは幼なじみの少女である惣流アスカと綾波レイ、2人から告白を受けていたのだ。
そしてシンジの手には遊園地のチケットが2枚握られている。
このチケットを渡した相手とシンジはクリスマス・イヴのデートをする予定なのだ。
今日シンジが返事をすれば、アスカとレイ、片方の少女を悲しませる事になる。
心の優しいシンジにとっては辛い事だった。
だがシンジに迷った様子は無い。
自分の家で待っている間、シンジは自分が強い決意を持つに至った経緯を思い返していた。
僕には幼なじみと言える女の子が2人居る。
1人は僕が小さい頃に、はるばる遠いドイツから隣の家に引っ越して来たアスカ。
もう1人は母さんの友達のおばさんの家の子のレイだった。
僕は最初にアスカに会った時、母さんの陰にこそこそと隠れていた。
アスカにしてみればなんて情けない男の子だろうと思った事だろう。
けれど、アスカとの距離が縮まったのは幼稚園での出来事がきっかけだった。
ドイツに住んでいたアスカは、周りの子と上手くコミュニケーションを取ることができなくて孤立してしまったんだ。
さらに小さい子供達と言うのは時には残酷なもので、アスカの真っ赤な髪はからかいの対象となった。
アスカの方もイライラして当たり散らすから、ますますみんなは怖がってしまう。
でも、アスカの隣の家に住んでいる僕は知っている。
アスカは自分の家に居る時はとてもかわいい笑顔で、アスカのおばさんやおじさんと話している事を。
臆病な僕はアスカに声を掛ける事が出来なくて、自分の部屋からずっと眺めていただけなんだけどね。
僕は幼稚園でアスカが泣くのを我慢して強がっている顔なんて見て居られなくなってしまった。
だから僕はドイツ語はさっぱり解らなかったけど、アスカが何を伝えたいのか理解できるまで話を聞いてあげて、みんなに説明するパイプ役を買って出たんだ。
それから僕はずっとアスカの側にピッタリとくっついている事になってしまった。
しばらくして、アスカも日本語を覚えて僕が通訳しなくてもみんなと話せるようになったけど、僕はアスカと一緒に居る事が当たり前になってしまった。
そしてアスカは何かと僕の世話を焼くようになった。
アスカの僕に対するお節介は、中学にあがった今でも続いている。
幼稚園の頃に僕に受けた借りを返すとか言っているけど、そんなのはとっくに返してもらっていると思うんだけど……。
そして僕がレイと初めて会ったのは、母さんの友達のおばさんの家に、母さんに連れられて行った時の事だった。
僕もレイもお互いモジモジしてなかなか声を掛けられなかったから、母さんとおばさんを困らせてしまったみたいだ。
それでも僕はレイの部屋にあがらせてもらうと、レイの部屋にはたくさんの本があって驚いた。
その中には僕の読んでみたかった本もあった。
レイは僕の視線から、僕の気持ちを感じ取ってくれたのだろう、本を貸してくれると言ってくれた。
その事が僕がレイの家へ通うようになったきっかけだった。
レイのお父さんは図書館で働いているみたいで、次々と新しい面白い本を見せてくれる。
だから僕もどんな本が読めるんだろうと期待に胸を膨らませてレイの家へ熱心に足を運んだ。
僕が本を返しに行った時、レイと読んだ本の感想を話し合うのは楽しいものだった。
レイとは通う幼稚園が別だったから、僕がレイと会うのは本を借りたり返しに行く時ぐらいで、それ以外の時はほとんどアスカと一緒だった。
だけど、アスカは僕がレイの家に行って留守の時に、僕の家に遊びに来た事があって、不在の理由を聞かれた時にレイの事を話してしまった。
そして僕はアスカを連れてレイの家に遊びに行く事になってしまった。
突然アスカと顔を合わせる事になったレイはとても驚いていた。
けど、僕と本の話をしているうちに、レイはだんだんといつもの調子に戻ってくれたようだ。
でも今度はそんなに読書が好きじゃなかったアスカが退屈そうな表情で本の話で盛り上がる僕達を見ていた。
それから僕がレイの家へ行くと言っても、アスカはついて来なくなった。
でもその状況は、僕達が小学校に進学した頃からまた変化をした。
僕とアスカとレイは学校でも直接顔を合わせるようになる。
すると、アスカは僕だけではなくレイまで巻き込んで遊びに付き合わされる事になってしまったんだ。
レイは読書が好きで家に閉じこもる事が多かったから、肌の色も白くて、運動もそんなに得意じゃなかった。
本と向かい合ってばかりだったから、他の子と話す事もあまりなかった。
そんなレイを見て、アスカの中に流れるお節介の血が騒いだのかもしれない。
春の遠足ではアスカが先頭でドンドンと進んでしまって僕とレイまで迷子になりかけてしまった。
夏休みにはプールに泳ぎに行こうと毎日のように誘われて、秋は学芸会でバンドを組もうなんて言い出した。
そして冬はスキーやスケートをレイに教えていた。
僕はレイが嫌がっているんじゃないかと心配したけど、レイはアスカのおかげで本を読む以外の楽しみも知ったし、友達もたくさん出来て感謝していると僕に話した。
そんな感じで内気な僕と、活発なアスカ、物静かなレイは今まで幼なじみとして楽しくやって来た。
このまま僕達はずっと3人で一緒に手を取り合って歩いて行けると思っていた。
だけどそんな甘い幻想は、冷たい現実に打ち砕かれてしまったんだ。
アスカとレイが僕に告白して来たあの時に。
幼なじみを卒業して、恋人になりたい感情。
2人は子供っぽい僕よりも先に大人になってしまっていたんだ。
アスカとレイがシンジに告白するに至ったそもそもの始まりは、レイがマフラーを編み始めた事だった。
レイは周囲には父親へのクリスマスプレゼントだと説明していたが――アスカにはそのマフラーがシンジへのプレゼントだと気が付いていた。
マフラーを受け取ったシンジの心は大きくレイに傾き、自分が入り込む隙間がなくなってしまうかもしれないと、アスカは恐れた。
アスカの恐れは焦りへと変わり、アスカは何かに駆り立てられるかのようにシンジに対して直接的な行動に出てしまった。
放課後、アスカは人目を避けるためプールの裏へとシンジを連れて行った。
「どうしたのアスカ、そんな怖い顔をして? 何かあったの?」
「シンジ、アンタはアタシとこれからもずっと一緒に居てくれるわよね?」
「えっ?」
「アンタがアタシから離れるなんて、絶対に嫌っ!」
そう言ったアスカは強引にシンジの唇を奪ってしまった。
アスカもシンジもこれが初めてのキスだった。
力の加減が解らないアスカは、シンジに口を付けたまま、しばらくの間離さなかった。
そして、そのアスカとシンジの姿を、不幸なタイミングでレイは目撃してしまった。
「えっ……そんな……?」
レイは自分の目撃したものが信じられず、何度も目の開閉を繰り返した。
しかし目の前で唇を重ねるアスカとシンジの姿は消えない。
耐えきれなくなったレイは背を向けて駆け出して行った。
さらにレイは学校に居る事自体が嫌でたまらなくなり、カバンを持って逃げるように学校を飛び出した。
そしてその帰り道、レイの胸中を反映するかのように雨が降り始めた。
いきなり冷たい水を浴びせられた形に私は、冷静さを取り戻せた事を自覚した。
――これでいい、私の涙は頭から流れ落ちる滴が隠してくれる。
それにしても、いつの間に2人は付き合っていたのだろう。
まるでその兆候に気付かなかった。
その事を知らずにマフラーを編んでいたのなら、私はとんだ道化だ。
だけど、私はシンジ君の事をあっさりとアスカに譲りたくはなかった。
小さい頃から私はシンジ君が好き、その気持ちはアスカにだって負けない。
だから、私は想いを伝えずに諦めるわけにはいかない。
こうしてレイは次の日、シンジとアスカの前で自分のシンジに対する想いを打ち明けた。
レイの言葉にシンジとアスカは腰を抜かさんばかりに驚いた。
――自分達が付き合っているとレイが誤解しているのは、キスをしている姿を目撃されたからだ。
アスカの鮮烈な告白を受けたシンジだったが、気持ちの整理が付かず、しばらく返事を待ってもらう事になっていたのだ。
シンジはアスカと付き合って居るわけではないと説明して、レイの思い込みを解こうとした。
「それなら今度のクリスマス・イヴの日、私とアスカのどちらの告白を受け入れるかシンジ君に決めてもらうのはどう?」
大胆なレイの提案にシンジとアスカは後ろにひっくり返りそうなほど衝撃を受けた。
そして退き下がる事の出来ないアスカも、その勝負を受けて立った。
いきなり重大な役を任されてシンジは困惑してしまった。
アスカもレイも、シンジにとっては大切な幼なじみだ。
純粋に女性として見ても、それぞれ異なる魅力を持った素晴らしい存在だ。
その2人に優劣をつけるなんて、シンジには無理な相談だった。
いくら自問自答しても答えが出ずに困り果てたシンジは、自分の母であるユイに教えてもらおうと考えた。
ユイは息子のシンジに尋ねられてビックリしたが、参考になればと自分の14歳の頃の馴れ初めを話し始めた。
中学2年の時、ユイは教師達からの評判も良い優等生だった。
逆にシンジの父であるゲンドウは、毎日のようにケンカに明け暮れる問題児として見られていた。
まるで正反対の立場に居る2人がどうして恋人同士になったのか。
ユイは両親や教師達のいいなりになってばかりの自分に嫌気が差していた。
そんなユイにとって、教師に逆らってまで自分の意思を貫くゲンドウはとても魅力的に映ったのだ。
もちろんゲンドウの方も教師達や周囲の人間は自分の事を解ってくれないと思い込み、自分から人を遠ざけるように反発していた。
しかしユイに会って、ゲンドウも自分から他人に手を差し伸べる大切さを学んだようだった。
「母さんが居なかったら、父さんはとんでもないロクデナシになっていたかもね」
ユイはそう言ってシンジの目の前で笑い飛ばした。
「そっか、僕1人だけじゃなくて、2人が居て成立するんだね」
シンジは悩みが解決したかのような表情でユイに告げた。
ユイも自分の言いたい事が伝わったと解ると、安心した表情で「頑張ってね」とシンジを励まして去った。
それからシンジは自分達がカップルになった姿を想像してみた。
そして12月24日、クリスマス・イヴの日を迎えた時、シンジは結論を出していたのだった。
アスカとレイは足並みをそろえてシンジの家を訪問し、玄関へと足を踏み入れる。
「シンジ、心は決まった?」
「うん、もう迷わないよ」
シンジがアスカとレイの方を見据えて力強く返事をすると、2人とも少し驚いた様子だ。
いつも優柔不断なシンジらしくなかったと感じたのかもしれない。
アスカとレイは目を閉じてシンジに向かって手を伸ばした。
その2人の姿を見て、シンジは少しためらいを感じた。
しかしシンジは心を落ち着けるため深呼吸をした後、意を決してアスカに入場券を渡した。
シンジの手が触れる感覚を覚えたアスカは目を開く。
「よかった……」
アスカは安心してため息を吐きながらシンジが渡した入場券を抱き締めた。
隣に立つレイは感情を殺しているような固い顔で、震える声でシンジに尋ねる。
「どうしてアスカを選んだのか、教えてくれてもいい?」
シンジはレイに向かって強くうなずき、ゆっくりと口を開く。
「まず決して誤解して欲しくないけど、アスカを選んだのは先に告白されたからじゃないんだ」
アスカとレイが軽く首を縦に振るのを確かめてから、シンジは話を続ける。
「僕はレイと話している時間を忘れるほど楽しい時を過ごせるけど、やっぱり友達としてしかみれないんだ」
「そう……」
レイがとても悲しそうな顔でつぶやくのを見て、シンジはこれ以上話すのを止めてしまいたくなった。
だが、レイを振ってしまうのだから、きちんと理由は納得できるように説明しなければならないとシンジは思い、説明を続ける。
「そして僕はアスカと一緒なら、自分の夢が叶えられると思ったんだ」
「シンジの夢?」
アスカが不思議そうな顔でシンジに尋ねた。
「僕は消極的で引っ込み思案な性格だから、積極的で明るいアスカに憧れていたんだ。だからこれからも僕の側に居て助けて欲しい、いいよね?」
シンジはそう言って、アスカの手を取った。
「……うん」
アスカは顔を赤く染めて、しっかりとシンジの目を見つめてうなずいた。
「おめでとう、シンジ君、アスカ……」
そう言ったレイはついにこらえきれなくなったのか、涙を流し始めた。
シンジもアスカも、レイに掛ける言葉を思い付かなかった。
「さよなら」
レイは消え入りそうな声でそう言うと、顔を伏せたままドアを開けて出て行った。
残されたシンジとアスカの間にも気まずい沈黙が流れた。
「さあ、いつまでも落ち込んで居ないで、顔を上げなさい。アタシがレイの立場だったとしても、シンジに引きずって欲しくないと思うわ」
「そうだね」
アスカに説き聞かされて僕はネガティブな考えを断ち切った。
そして2人でこれから遊園地でどんなクリスマス・イヴの日のデートにするか想いをはせる。
胸に広がる幸せな気持ちと、とげの様に残るわずかな痛み。
運命のクリスマスの日の思い出は、シンジとアスカの胸の中に永く刻み込まれるだろう。
そして時の流れは人の心の痛みを和らげ、辛い思いを洗い流してくれる。
すぐには無理だろうが、この日の思い出をシンジとアスカ、レイの3人で笑顔で振り返る事の出来る日がいつかきっとやって来る……。
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