新着順:1/5569 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

痴論の応酬

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 3日(土)16時27分48秒 softbank126044207177.bbtec.net
  通報 返信・引用
  凡(およ)そ、相手の立場を貶める方策として、旧来から金銭に拘わる問題、男女間の問題、加えて、
其の相手の家庭内の問題等について、あれやこれやと喧伝し、其の悪口中傷を以って、相手の権威と
信用を失墜させる事が、其の第一番の早道とされて来た。

特に、其の両者の関係が、宗教団体及び其の信徒会員ともなれば、互いの所属する宗教団体の首脳に
ついて、其の権威と信用を公然に於いて貶める事が、相互の組織と、其れに所属する信徒会員の信義
信条について、其の弱体と離反を助長させる最も有効な手段として活用されるものである。

しかし、こういう手段を取る事、つまり相手の醜聞(スキャンダル)を題材にして攻撃する事自体、
其れが互いの宗教団体、及び其の信徒会員の間にて盛んに行われているとすれば、何とも寂しく、
又、余りに情けない事であると、小生は思うものである。

加えて其れら醜聞の喧伝を、正統・富士門流たる富士大石寺の信徒等が、もしも好んで実行している
とすれば、誠に残念でならないと思うものである。

本より、此の様な醜聞を矢鱈口にして、相手への悪口中傷を並べ立てるは、抑もが相手の脅威を恐れ
ての行動であり、加えて其の相手の教義信条に対して、其の反論の限界を自らが露呈している事にも
なるのである。

遡って其れらの一番のよい例が、彼の重須日浄等の悪口であろう。

日浄云く『大石寺九世の日有上人はライ病で死んだ』という。

又、大輔阿闍梨(東光寺僧)からの伝聞として日辰の祖師伝に云く、

『大石寺四世の日道は、佐渡で日代の本尊を焼いたら、其の焼煙が面に当たりライ病になった』と
いう。

加えて云く『大石寺十二世日鎮は狂気となり、現在(当時)の十三世日院は、中風となり痴人のようで
ある』などという。

折りしも、この東光寺僧からの伝聞を祖師伝に著した日辰などは、其の当時、富士大石寺十三世・
日院上人から親交の拒絶を受けていたのである。

果たして其の「腹いせ」なのか、日辰は其の日院上人に対して『中風だ!痴人だ!』と祖師伝に敢え
て記入したのである。

凡そ、こういう醜聞(スキャンダル)の類は、初手から喧伝する側に効力があるものであって、突然、
其れを言われた側は、其の真偽の説明に追われるのである。そして、沈黙すれば反論不能と周囲から
目され、反論すれば都合のよい言い訳と判断されるのである。

加えて、其の醜聞の対象が各自教団の首脳に関する事と相成れば、少なくとも、信徒会員の信仰心に
対して泥を塗る事が出来るという事である。

言うまでもない。

こういう悪口中傷の類こそ、単なる『腹いせ』の類であって、其の宗教人としての相互の精神に於て、
何ら慈悲も教導もない単なる痴論の応酬であるという事を、其々の該当者は痛感しなければならない。

あの者がどーだ、此の者がどーだ、金だ、女だ、病気だと。

ったく、小生からして、こういう材料をして相手を貶めんとする心性こそ、真の仏法を学する者とし
て、最も恥ずべき心性であって、特に富士大石寺の信徒に於いては、其の事を心底より痛感すべきで
ある。

日蓮大聖人曰く『なにとなく我が智慧は足らぬ者が、或はこづき、或は此の文を才覚として謗り候な
り。或はよも此の御房は弘法大師にはまさらじ、よも慈覚大師には超へじなんど、人競べをし候ぞ。
かく申す人をばものしらぬ者と思(をぼ)すべし』と。

果たして、其の『人競(くら)べ』を選択して『勝った、負けた』と喜憂し、其の『人競(くら)べ』を
以って仏法正義の判別に傾斜するなどは、凡そ可見に囚われた小学の持ち主の行為なのであって、
まして其の勝敗の材料が『腹いせ』の感情を基とした醜聞の大小に在るなどは、凡そ仏法正義を顕揚
する信徒として、まこと赤面の至りであると、此に断言するものである。

大聖人曰く『南条七郎五郎殿の御死去の御事、人は生れて死する習いとは、智者も愚者も上下一同に
知りて候へば、始めて嘆くべし驚くべしとわ覚へぬよし、我も存じ人にも教へ候へども、時にあたり
て夢か幻か、いまだ弁へがたく候』と。

果たして、此の上野殿御返事(平成新編1496頁)の内容をして、

追申『此の六月十五日に見奉り候ひしに、あはれ肝ある者かな、男なり男なりと見候ひしに、又見候
はざらん事こそ悲くは候へ』との御文を拝すれば、南条七郎五郎(南条時光の弟)が其の男なりを以て、
身延に御坐します日蓮大聖人の許に参詣した後、なんと其れから3ケ月も経たぬうちに亡くなったの
である。七郎五郎、若干16歳の早世であった。

はてさて、聞こえて来るぞ!

醜聞(スキャンダル)を好物とする修羅族の声が…。

『元気であった16歳の若者が、その僧侶と会ってから3ケ月もしないうちに急死するなど、おかし
いではないか! そんな宗教はインチキだよ! きっと其の僧侶は、その七郎五郎があまりに美男子
だったので、嫉妬心を燃やして呪詛したんだよ! だから七郎五郎は急死したんだ!』

果たして、又もや聞こえて来るぞ!

『実は其の僧侶はね、日頃から念仏無間などと批判しているが、実は何と夜な夜な念仏を唱えている
んだぜ。この俺がこの耳で確かに聞いたんだ! だから間違いない!』

よいか! 修羅ども!

こういう、ある事、ない事を喧伝し、それら悪口を以って己(おのれ)の正義を顕揚するなどは、応に
汚水を以って己が清流を穢す痴行である事を能く能く知るべきである!

弁哲云く『六十四世日昇は養鶏で蓄財した』と。

哀笑。

ったく、此の様な馬鹿げた話しを、対論の場に持ち込むこと自体、此の者の頭の程度が知れるという
ものである!

当室の管理人として此に言おう!

各々、特に富士大石寺の信徒に於いては、其の正義宣揚に於いて其の持する法義を以って其れを示し、
相手への悪口中傷を以って己(おのれ)の正義と為す可からず!

本より、地涌・フェイク等のデフォルメ中傷の権化たる創価外道の怪文書などは、今更相手にする
価値も無し!

まして、其れら怪文書の内容を好んで貼り付ける者共の修羅の心性こそを、我らは哀れむべきである
と、此に強く思うものである!

恩師云く『奴等はねえ、馬鹿だから、学会の発展は組織だ組織だと言ってるんですよ。
本当は、御本尊様の御利益だと言うことを知らないのですよ』と。

果たして、此の恩師の御指導が、今にしてまこと奥深い内容である事を、特に創価の修羅の者共は
理解できまいて。否、理解したくもない、のであろう。鼻笑。

ったく、痴論の応酬に毒された可哀想な連中ではある。
 
》記事一覧表示

新着順:1/5569 《前のページ | 次のページ》
/5569