先週、東京競馬場で行われた秋の天皇賞は7年ぶりに天皇、皇后両陛下の臨席を仰いだ。優勝したエイシンフラッシュのミルコ・デムーロ騎手(伊)がゴール後、正面スタンド前で下馬し、芝にひざまずいて貴賓室の両陛下に最敬礼。スタンドの喝采を浴びたのがいかにも「天覧競馬」で華やかだった…のだが、競馬法に違反している!とネットでいま、カンカンガクガクの論争が起きている。なんで?(田中恵一)
■イケメン騎手の最敬礼
天皇、皇后両陛下が秋の天皇賞を観戦されるのは今回で2度目。前回は牝馬・ヘヴンリーロマンスが優勝した2005年10月で、めったにない牝馬による「盾」奪取という劇的なレースを見ることができた。天覧はさすが何もかも華やかだ。
近代競馬150周年記念事業として麗々しく実現した今回の天覧もきっとドラマが起きるはずと期待するファンが多かったよう。
両陛下のレース観戦は貴賓室から。双眼鏡を手にされエイシンフラッシュの豪快な差し切り勝ちを見届け、さらにデムーロ騎手が馬から下りて片ひざをついて一礼すると、両陛下ともども立ち上がって拍手を送られた。イケメンのイタリアンジョッキーだけに見事に絵になっており、スタンドは大歓声。得てして鉄火場になりがちな競馬場がこんなにエレガントになることは年に何回もない。
当日夜のテレビニュースや翌朝のスポーツ紙にデムーロ騎手の下馬礼の写真が取り上げられたのも当然か。
■厳密には法律違反?
ところで、競馬法は第120条で「到達順位が第7位までの馬の騎手は、競走終了後、直ちに検量を受けなければならない」と定めている。優勝馬&ジョッキーはもちろん対象だ。レース後、検量室に到着するまで馬をおりてはならないのは、斤量調整用の鉛などをコース上から拾ったり落としたりする“八百長”を防ぐため。規定を逃れられるのは馬の故障、もしくはジョッキーが落馬した場合ぐらいだ。
前回の天覧競馬では、優勝した松永幹騎手(現調教師)は下馬せず、ヘルメットだけを脱ぎ頭を下げた。松永幹騎手は競馬法の条項が骨身にしみて分かっているから、失礼を承知で馬上礼をとったのだ。なにも天皇陛下への尊敬の念がイタリア人より劣っていたわけではない。
デムーロ騎手がその条項を知っていたかどうか。「調教師から、勝ったら陛下に一礼と言われていたそうだ」「さすが欧米人は礼節をわきまえている」「でも例外を認めると今後悪用される」「開催委から許可がないなら当然制裁だ」などとネット上で議論が沸騰している。
主催のJRAは審議はしたものの処分はしなかったよう。これも争点のひとつで、「重りを捨てたかもしれん。ルールにのっとり失格にすべきだ」「いや、JRAはいい仕事をした」などとかまびすしい。
当のデムーロ騎手が「特別な日に勝てたことはうれしい。もし勝てたら何かしようと思ったのがああいう形になった」とコメントしているのだから、他意がないのは誰でも分かる。一応審議はして公式にOKを出すというのが大人の対応と納得いきそうなものだが…。
■外国競馬とは事情が違う
皇室と縁の深い英王室。今年、即位60周年を迎えたエリザベス女王は6月に「ダイヤモンド・ジュビリー」と銘打った記念行事を行ったが、その初日が競馬の英ダービー観戦だった。臨席を仰いだスタンドでファンがヒートアップしていたのは、日本と同様。
ただし、ここからが違う。女王陛下臨席の競馬場には関係者はもちろん、来場者にも厳然とドレスコードがある。Tシャツ&ジーンズなどが御法度なのはもちろん、スニーカーも不可。最低でもジャケットにネクタイは必須という上品な1日になる。
振り返って日本の競馬はどうだろう。国内唯一の国際GIジャパンCのパドックで関係者がドレスアップするのは定着してきたし、ファンの認知度も高い。しかし、それにあわせて観戦者が着飾るのは見たことがない。今回の天皇賞・秋当日もそうだった。天覧競馬と知っていても普段着で出かけた人が大半だろう。
ネットでデムーロ騎手を糾弾している人や、逆にJRAに“難癖”をつける人のいったい何人が、天皇皇后両陛下に敬意を払ってレースを見ていただろうか。
ネットでの無署名の書き込みは無責任と相場は決まっているが、今回の「論争」はいかにも不毛に感じた。