ドクタービジット・がんを知る 備えることで「防げる」 |
〜 中川恵一さん@横浜雙葉学園 〜 |
2011年12月26日付 朝日新聞東京本社朝刊から
3人に1人ががんで亡くなる時代なのに、教育現場でがんを学ぶ機会は限られています。検診の大切さや効果的な予防法を知ってもらうため、朝日新聞社と日本対がん協会は、学校に医師を派遣する「ドクタービジット」を始めました。中川恵一・東京大准教授が10月28日、横浜雙葉学園(横浜市中区)を訪問、中学3年生、高校1年生と保護者ら約430人に特別授業をしました。授業内容とインタビューをお届けします。 |
検診忘れず 食事は野菜中心で |
私は中川恵一という医者です。51歳。東大病院でがんの放射線治療と緩和ケアを専門にしています。
今、日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで命を落としている。16年前、がんで亡くなる人の割合は、アメリカも日本も同じだった。アメリカは年々減っている。ヨーロッパもそう。先進国の中でがんで死ぬ人が増えている国は、日本だけなんです。
日本の大人の女性は86歳くらいまで生きます。男性は80歳。明治の初めの平均寿命は35歳くらい。がんが世界一増えた理由は、日本人が急激に長生きになったためです。がんは老化だから、長く生きるほどがんが多いというのは当たり前なんです。
早期発見って、よく言うよね。ちょっとでも体に異変が起こったら、すぐに病院に行って検査することだと思っていますか?
がんの場合、ちょっとでも体に異変があったら、もう進行がん。逆に早期のがんの場合には、どの臓器のがんでも症状はありません。
がんのお医者さんでも、1センチにならないとがんは見つけられないのです。1センチになるのにどれくらいかかるかというと、乳がんの場合、大体15年から17年。そして1センチになった乳がんが10センチになるのは5年ぐらい。見つかる大きさになるまでにすごく時間がかかるのに、その先が速いのが、がんの特徴です。
乳がんの場合、2センチまでなら大体治ります。1センチの乳がんが2センチになるまでに2年くらい。つまり、乳がんを早期発見できる時間は、女の人の一生の中で2年だけだということです。それが何歳から何歳かはわかりません。だから、2年に1回検査しておく。そうすると、どこで乳がんが起こっても早期に見つけることができる。
子宮頸(けい)がんのことを少し勉強しましょう。このがんは、性交渉によって男性から女性にもたらされるヒトパピローマウイルスが原因です。このウイルスにはワクチンが開発されていて、打っておくと抗体というのができます。ウイルスがやってきても抗体でブロックします。
いろいろなタイプのウイルスがあるので、ブロックできるのは全体で6割から7割。でも、打っておくと危険が3分の1まで下がるわけですよね。さらに検診で早期で見つける。そうすれば、子宮頸がんで子宮をとらなければいけない人はほとんどいなくなる。
ところが、先進国の中で日本だけがあまり検診を受けていない。もう少し早く検査をしていれば助かったというような人たちが多い。とりわけ若い世代が検診を受けていない。
さて、みなさんの家では、放射線の被曝(ひばく)のことを、結構気にしているかな? 僕は放射線科の医者だから、被曝のことにもすごく関心がある。でも、福島でがんが増えるということはあまり考えられないと思っています。といっても、100年後に見たら、やっぱり2011年から福島、あるいは日本全体でがんが増えてしまうような恐れもあると心配しています。それは被曝によるものではありません。
日本の野菜は汚染されているんじゃないかとか思って肉ばかり食べて、野菜や魚を食べない。日本の女性を世界一長生きにした野菜中心の食事が失われてしまうと、がんが増える原因になりかねないんです。
原爆が落とされた広島・長崎では、医師たちが一生懸命がんの検診をしました。その結果、被曝量が100ミリシーベルト以上になると、がんが増えることがわかりました。
今回の放射線被曝だけど、福島の人たちだってほとんどの人は2、3ミリシーベルト以下。10ミリを超える人はほとんどいないでしょう。その福島の人たちから見ても非常に多い100ミリという被曝は、野菜不足と同じような影響がある。お酒を飲んだりたばこを吸ったりすることのほうが、はるかに影響が大きい。
政令指定都市の中で比較すると、広島は長生きなんです。きっちり健康管理をしたからで、福島でも同じことができるはずなんです。
では、みなさんから質問は?
「がんは老化のせいという説明があったんですが、小児がんはどうなっているんですか」
ほとんどのがんは老化で、年齢とともに増えていきます。子どものがんの場合には、遺伝的、家系的なものもあるんですね。とてもいい質問だと思います。
「子宮頸がんのワクチンが原因で、赤ちゃんを産めなくなるということはないんでしょうか」
それはまったくない。デマなんですよね。ワクチン接種に加えて20歳になったら検診もやる。両方をやれば子宮頸がんで命を落とすことはなくなる。がんになったとしても、初期に発見できれば、子宮の出口のところだけ切るので、赤ちゃんも産めるということです。
授業を終えて |
――特別授業を終えての感想は?
全体を通して退屈せずに、興味を持って聞いてもらえたと思う。質問もどんどん出ていたし、生徒たちの心に届いたという手応えを感じた。
――がんや死を授業のテーマに取り上げることは、生徒を不必要に怖がらせるとして、タブー視する風潮もあります。
実際にやってみると、そんな必要は全くないことがわかった。大人が思っている以上に生徒たちはしっかりしている。大人が余計な心配をしているだけではないだろうか。
――今回、もっとも伝えたかったことは?
「がんは防げる病気である」ということ。バランスのよい食事や禁煙、節酒といった日常生活での習慣付けに加え、なによりも検診を受けることの大切さを訴えたつもりだ。
今回の授業は、表現は易しくしているが、中身については大人相手でも十分通じる内容にした。生徒たちには「家に帰ったら、今日の授業の内容を家族に伝えて下さい」とお願いした。少しずつ広まってくれると期待している。
――ドクタービジットの意義は何でしょう。
「知ること」が身を守ることにつながることはいくつかあるが、その中でもがんは代表的なものの一つと言える。
日本は世界一のがん大国でありながら、学校教育の中で「がん」について取り上げる機会があまりに少なかった。こういう機会を通じて、がんについての知識や、がんを教えることが大切だという理解が、学校関係者の間で広がるきっかけになればいいと思う。
なかがわ・けいいち 東京大医学部放射線医学教室准教授。2003年より東京大医学部付属病院緩和ケア診療部長を兼任。患者だけでなく一般向けの啓蒙(けいもう)活動にも力を入れる。「がんのひみつ」「被ばくと発がんの真実」など著書多数。 |
ドクタービジットは、公益財団法人「日本対がん協会」が運営する「がん教育基金」のサポートによって行われている。
がん教育基金は、欧米に比べて遅れているとされる学校でのがん教育の普及、啓発、推進などを目的に、09年12月に設立された。
DVD「がんちゃんの冒険」を中学校から依頼があれば、無料で配布している。高校、大学や企業、個人の希望者にも実費(1枚あたり150円)で分けている。これまで約1万枚を作製、約5千枚を配布した。
塩見知司・日本対がん協会事務局長は「がんはもっとも身近で死亡率も高い病気であるにもかかわらず、検診を受けるなど一人ひとりのケアが足りていないのが、日本国内の現状。DVDの配布などを通じて、まず学校教育現場でのがん教育を進め、国民全体のがんに対する意識を変えていきたい」と話している。
がんの知識や、検診の大切さなどについて、中学生が理解できるようにまとめたDVD。主人公のオッジ(48歳男性、独身)が検診によってがんと診断され、治療を考える過程で、様々な知識を得ていく様子を描く。「タバコがよくないですよ」「がんの検査にも色々ある」など17編のストーリーで構成されている。約20分。制作協力は文部科学省学校健康教育課。今回のドクタービジットでも上映された。