2011年1月20日|弁護士 石井邦尚
インターネット上の発言と法的責任:名誉毀損(3)
インターネット上の発言と法的責任について、前回、前々回に引き続き、名誉毀損を扱います。今回は、インターネットに特有の問題として、仮名に対して名誉毀損が成立するかを検討します。
【仮名に対する社会的評価、経済的価値】
名誉毀損は他人の社会的評価を低下させることですが、インターネット上では仮名(ハンドル・ネーム)が用いられることが少なくありません。こうした仮名に対する発言に対しても名誉毀損は成立するのでしょうか。「他人の」という要件を満たすかが問題となります。
仮名であっても、継続的に同一の仮名を用いて発言等の行動を継続することにより、現実世界の「人」とは別に、その仮名に社会的評価が伴っている、時にはある種の経済的価値も伴っていると言ってよいような状態が生じることがあります。
経済的価値とまで言えなくても、同一の仮名を用いて、継続的に掲示板やSNSで発言をすることにより、その仮名による発言に対する信頼が高まるということもあります。
そこで、こうした仮名に対し、名誉毀損が成立するのかが問題となっています。
【本人が特定できる場合】
「仮名」に対する社会的評価を低下させる発言であっても、具体的な人物を特定できる場合は、その人に対する名誉毀損となることはあまり異論がないと思われます。もっとも、どのような場合に特定できると言えるかの判断は、必ずしも簡単ではありません。
例えば、プロバイダが調べれば特定することもできるというだけでは、ここでいう意味で「特定できる」とはいえません。一人や二人、本人を知っていたとしても、通常は「特定できる」とはいえないでしょう。
裁判例はありませんが、おそらくここでも、一般読者(閲覧者)の普通の注意と読み方を基準に本人が特定できるかどうかを判断することになると思われます。その実際の摘要はケース・バイ・ケースで判断していくしかないでしょう。
このような新しい免責の基準を定立したこともあって、この判決は注目を集めましたが、控訴審(東京高裁)及び最高裁は、このような新たな免責事由は認められないとして、名誉毀損罪の成立を認めました。
【本人が特定できない場合】
本人が特定できない場合については、いろいろ議論がなされていますが、現在の法律を前提とする限りは、名誉毀損は成立しないという考え方が有力と思われます。
本人が特定できなくても、いわばヴァーチャルな世界での社会的評価が低下したと言える場面もあるでしょうが、その場合でも、その人のネットの外の現実世界での社会的評価は低下しません。そのような場合まで法律で保護する必要があるのかということが問題になるのですが、名誉毀損の成立を広く認めれば、一方で表現の自由は狭くなるという緊張関係にあることも考慮しなければなりません。
特に、ネットでの「仮名」での行為(発言等)は、例えば、年齢、経歴、性別といった基本的な情報についても架空のもの、創作された架空のキャラクターということもありますし、実害があるような場合を除き、特にそれが禁止されているわけでもありませんが、このような場合まで、表現の自由よりも名誉毀損による保護を優先するというのには躊躇を覚えます。
やはり、現実世界での社会的評価を問題としてきた名誉毀損を、仮名に対する社会的評価まで安易に広げるというのは、慎重である必要があるでしょう。
したがって、ネット上で仮名を用いて行動する場合、名誉毀損による保護は限定的であるということを十分に理解しておく必要があります。
なお、このことは、仮名に対しては、名誉毀損的な発言を自由にして良いということを意味するわけではありません。自分では仮名で本人を特定できない相手だと思っていても、実際には本人を特定できると評価されれば、名誉毀損となります。そうでなくても、あまりに酷いケースであれば、名誉感情侵害等を理由とした損害賠償請求などが認められる可能性もあります。
ネットを利用する際に、日本はアメリカと比べて実名での利用が少なく、仮名での利用が多いと言われています。例えば、SNSでも、日本ではフェイスブックのように実名で登録するものの会員数は少なく、ミクシィなどにおいて仮名で利用するのが主流になっています。これは、どちらが良い悪いという問題ではありませんが、こうした現状を踏まえ、ネット上の仮名利用をどのように保護するか(保護しないか)、立法論も含めた議論をしていく必要があると思います。
氏名:石井邦尚
生年:1972年生
弁護士登録年・弁護士会:
1999年弁護士登録、第二東京弁護士会所属
学歴:
1997年東京大学法学部卒業、2003年コロンビア大学ロースクールLL.M.コース修了
得意分野等:
米国留学から帰国後に「挑戦する人(企業)の身近なパートナー」となるべくリーバマン法律事務所を設立、IT関連事業の法務を中心とした企業法務、新設企業・新規事業支援、知的財産などを主に取り扱う。留学経験を活かし、国際的な視点も重視しながら、ビジネスで日々発生する新しい法律問題に積極的に取り組んでいる。
所属事務所:
リーバマン法律事務所 http://www.rbmlaw.jp/