名誉毀損に対する正しい理解(1)― そもそも名誉権とは何か
以前に、名誉毀損に関し判例の状況がどうなっているのかを説明すると書いた記憶があるのだが、しばらくそれを実行していない。
それを思い出したので、名誉毀損に対する正しい理解」と題し、5回に分けて、記事にしたいと思う。
なお、何を持って「正しい」というのかについては、判例・実務・通説を基準にしたい。
学説も多々あるが、所詮学者の意見に過ぎないし、実務は判例を中心に動いているので、学者の皆さんには申し訳ないが、学説については極力触れずに、判例の共通認識を一般人向けに解説できればと思う。
良く法律知識の乏しい人や法的センスのない人が、「有名人には、名誉毀損は成立させるべきではないとか、プライバシーはそもそも存在しない」などという暴論を言っていること耳にしたことはないだろうか。
少なくとも、そうした理解は判例・実務が許容するところではない。
有名人であっても、また、刑事事件の被告人であっても、当然、プライバシー権もあれば、名誉権も存在する。後者の刑事被告人など特殊な場合においては、権利が制約される範囲が広いだけに過ぎない。もちろん、制約される範囲を超えた侵害がなされれば、当然違法の評価を受けるわけである。
しかしながら、表現の自由を行使して利益を得ているマスメディアの関係者は、この点の理解が著しく乏しい。おそらく、理解しようという姿勢すらないだろう。つまり、「行け行けドンドンで、やった者勝ち」、「スクープ至上主義」というメディア文化が存在している。
これはインターネット上での言論活動にも言えることで、インターネットという誰もが閲覧できる媒体の自由性を悪用して、「言った者勝ちという発想」や、「注目を浴びるための過激な主張」などを通じて、当該言論が他人の名誉を毀損し、プライバシーを侵害するような行為か否かに十分な注意を払うことのない悪質な行為がかなり散見される。
もちろん、表現の自由というのは重要な価値を有しているので、十分な配慮が必要であるが、他人の権利や公益を阻害する場合にまで、無制限に許容される自由ではない。
そこで、①名誉権はどういうものなのか、②名誉権は表現の自由との関係でどう調整が図られているのか、③評論による名誉毀損はどういう場合に成立するのか、④プライバシー権との違いは何か、⑤アメリカにおける調整法理の問題点、という5点について、5回程度に分けて、判例・通説の考え方を紹介しようと思う。
1.名誉権とは
そもそも、名誉権とは何かを考えたことがあるだろうか。一言で「名誉」といっても、様々なものがある。例えば、「客観的な人格的価値」から、「社会が人に与える評価」、「主観的な価値意識」などがある。
しかし、法律上、名誉毀損との関係で問題になる「名誉」とは、いわゆる外部的名誉と呼ばれる「社会が人に与える評価」である。
つまり、名誉とは、人の社会的評価であって、自然人はもちろん法人も社会的実在である以上、当然享受する権利である(さらに、法人格のない団体であっても、名誉権は享受する)。
そして、民事上、名誉は「人格権」を構成すると理解される。
人格権を一義的に定義することは難しいが、民法上は「自らの生命・身体・名誉・貞節・氏名・肖像・信用・私生活の秘密などに関する権利」(内田p127)とか、憲法上は「個人の身体的および精神的完全性への権利」と定義される(高橋p128)。
ひとまず、人格権とは、「人の生存に必要不可欠な人格的利益が憲法上の権利として保護されるまでに至ったもの」とここでは定義しておく。
そして、民事上、人格的利益は法律上保護に値する利益と考えられている以上、人格権も当然民事上保護の対象になるのである。
したがって、名誉権の対象たる人の社会的評価は、人格権を構成する重要な価値であり、憲法上保護された権利ということができる。
もっとも、こういった観念的な説明をしても、法律学を学んだ者以外にとっては非常にわかりにくく、理解したようで理解できない状態ではなかろうか。
より平易に説明するとすれば、人は必ず社会的評価を受けて生活しなければならないため、その社会的評価を低下させるようなことをされれば、精神的にひどく傷つくのであって、名誉権とは、その重大な精神的な損害発生を回避するために、対私人との関係だけでなく、対国家との関係でも憲法によって保護すべき価値があるものと理解してほしい。
さて、名誉権がいかに重要な権利なのかは上記の考察から理解していただけたであろう。
次回はいよいよ本題である表現の自由と名誉権の保護を判例はいかにして調整しているのかという点を説明しようと思う。
*定義につき、内田貴「民法Ⅰ」、高橋和之「立憲主義と日本国憲法」から引用
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Comments
はじめまして。今年も残すところあと1ヶ月となりました。
毎日ブログを拝見しております。
スーザンボイルさんのことにふれている日は、私にとって
大安吉日です。
よいクリスマスと新年をお迎えください。
さようなら。
Posted by: | 12/01/2009 at 02:31 PM
はじめまして。
コメント有難うございます。
スーザン・ボイルさんのCD売上は好調のようですね。
ブログを毎日拝見されているとのこと嬉しく思います。
ボイルさんの情報もできる限り補足できればと思っています。
貴殿も良いクリスマスと新年を迎えることを祈っております。
なお、できれば、ニックネームでも良いので次回から入れてもらえると、話している対象が区別できるので、入れてもらえればと思います。
よろしくお願いします。
Posted by: ESQ | 12/02/2009 at 10:52 PM