英雄伝説 碧き空の軌跡
旧題(
英雄達の憂鬱 平和への軌跡)
クロスベル編
第五十二話 人形とオークション


<ボースの街 ボース国際空港>

アリオスの妻のサヤと娘のシズクをリベール王国まで連れて行くように頼まれたエステルとヨシュアは、久しぶりにリベール王国に帰って来た。

「まだほんの少ししか離れて居ないのに、懐かしい感じがするわね」
「うん、僕もリベールが第2の故郷になったんだなってしみじみと感じるよ」

飛行船の窓からボースの街並みを見下ろしたエステルのつぶやきに、ヨシュアも同意した。
エステル達にとっては懐かしい故郷だが、サヤとシズクにとっては異国の地である。
せめてサヤとシズクを楽しませようと、飛行艇の中でエステル達はリベール王国の事を話した。
飛行船がボース空港に到着しエステルとヨシュアが甲板に出ると、空港のデッキにカシウスとレナ、アネラスの祖父であるエルフィード翁が迎えた。

「父さん、母さん!」

カシウス達の姿を見たエステルはカシウスとレナの方に嬉しそうに駆け出して行った。
子供の様にはしゃぐエステルの姿にヨシュアは少し困ったような笑顔を浮かべながら、サヤとシズクをエスコートしてゆっくりと後に続いた。

「さあ、遠慮無く父さんの胸に飛び込んで来い!」

カシウスはそう言ってエステルを待ち構えたが、エステルはカシウスから方向を変え隣に立っていたレナに抱き付いた。
スルーされたカシウスは盛大にずっこけた。

「暖かいご家族なのですね」
「ふふっ、面白い」

その滑稽(こっけい)なカシウスの姿を見てサヤとシズクは楽しそうにクスクスと笑った。
ブライト家にとっては恒例で行われる寸劇のようなものなのだが、場の空気が和むのを感じてカシウスも大きな笑い声を上げた。

「この度はご迷惑をお掛けします」
「いやいや、クロスベルの問題を完全に解決できなかったのは私達が未熟だった故です」
「こうして間接的にでも贖罪の機会を得られた事に感謝していますわ」

頭を下げるサヤとシズクに対して、カシウスとレナは構う事は無いと首を横に振った。

「ところで、ワシの可愛い孫娘はどこに居る?」

飛行船から降りて来ないアネラスを探し、エルフィード翁は辺りを見回してエステルに尋ねた。

「アネラスさんなら、クロスベルに残ってますけど」
「僕達もサヤさん達を送り届けたら、すぐにクロスベルに戻るつもりなので」
「老い先短いこのワシに会いに来る事すらかなわないのか」

エステルとヨシュアがそう答えると、エルフィード翁は腕で目頭を押さえて泣くような仕草をした。

「やっぱりアネラスさんも連れて来た方が良かったかな」
「でも、アネラスさんが残るって決めたんだから」

アネラスは望郷の念に駆られてしまうと、自戒の意味も込めてクロスベルから帰らない事に決めたのだ。
少しエルフィード翁がかわいそうだと思ったエステル達だったが、エルフィード翁がサヤの姿を見ると、エルフィード翁は弾かれたようにピンと背筋を伸ばして自己紹介をした。

「……心配して損した」
「立ち直りが早いね」

エステルとヨシュアはそんなエルフィード翁の様子を見て、感心したような半ばあきれたような表情でつぶやいた。

「アネラスのお祖父さんってアリオスさんの剣のお師匠様だって言うけど、性格まで似てしまわなくて良かったわね」
「反面教師ってやつだな」

エステルの言葉にカシウスはそう答えた。

「あなたは素直にお師匠様の教えを受け入れてしまったから、シスターをナンパするような罰当たりになってしまわれたのですね」

レナが指摘すると、カシウスはごまかし笑いを浮かべた。

「でも、アネラスのお祖父さんもアネラスさんに会いたかったら、父さん達と一緒にクロスベルに来たらよかったのに」
「いや、俺達がクロスベルに行ったら、ルバーチェ商会のやつらを警戒させてしまう事になるだろ?」
「そっか、父さん達が遠くに居た方が油断するものね」

カシウスの言葉を聞いて、エステルは納得したようにうなずいた。

「乗車のお客様は、カウンターにて搭乗手続きをお願いします」

久しぶりの再会を喜んでいたエステル達にアナウンスが聞こえた。

「あっ、もう行かなくちゃ!」
「ヨシュア、エステルの事をフォローしてあげてね」
「はい、任せて下さい」
「もう、あたしの方がお姉さんなのに」

レナに対してヨシュアが胸を張ってそう答えるのを見て、エステルは顔をふくれさせた。

「お前はこちらの心配をしないで、たっぷり暴れてくればいいさ」

カシウスがエステルにそう声を掛けて励ますと、エステルはますます口をとがらせた。
そしてエステルはジト目でエルフィード翁にも声を掛ける。

「アネラスのお祖父さんも、サヤさんがいくら美人だからって手を出さないでよ」
「解っておるわい。……さあお嬢ちゃん、行くとしようかの」

エルフィード翁がシズクの手を握ると、エステルは大きな声で叫ぶ。

「シズクちゃんに手を出したりしたら、それこそ犯罪よ!」
「可愛いは正義じゃよ!」

キッパリと答えるエルフィード翁に、エステルはあきれてしまった。

「何かあったら私が神の名において裁きを下すから大丈夫よ」
「レナさん、暴力は良くないぞ」
「どうやら心配はいらないみたいだね」

レナの迫力に怯えるエルフィード翁を見て、ヨシュアは笑みを浮かべた。

「搭乗手続きはもうすぐ締め切ります!」

空港の職員が触れ回ると、エステルとヨシュアは慌てて搭乗手続きをするためにカウンターへと走った。
そしてエステルは飛行船へと乗り込む前にサヤとシズクに声を掛ける。

「あたし達、早くサヤさんとシズクちゃんがクロスベルに帰れるように頑張るからね」
「そのお気持ちは嬉しいですが、エステルさん達も無理をなさらないでくださいね」
「私は平気ですから、お父さんの力になってあげて下さい」
「うん、約束するよ」

エステルとヨシュアはサヤとシズクをしっかりと見つめ返して答えた。
カシウスとレナは目を細めてエステルとヨシュアの表情を眺める。

「あいつらも一人前の顔つきになって来たな」
「そうですね」

カシウスとレナは嬉しそうに見つめ合って微笑み、嬉しそうな表情でエステルとヨシュアの乗った飛行船を見送るのだった。



<クロスベルの街 裏通り>

エステル達がサヤとシズクをリベール王国に送り届けている間、クロスベル支部の遊撃士協会に残ったアネラスは、ヨシュアがレン達から受けた依頼を代わりにこなそうとしていた。
人形の幽霊の話をヨシュアから聞いたアネラスは、強い興味にひかれて志願した。
もし彼女が化けて出るほど双子の姉妹を探しているのなら、早く自分の手で解決してあげたいと思ったのだ。

「私のぬいぐるみ達ともお話しできたら楽しいのにな、そうしたら毎晩寝る前にあんな事やこんな事……」
「お姉さん、また妄想の世界に入っちゃったの?」
「あっ、ごめんね」

アネラスは同行していたレンに声を掛けられて意識を現実世界に戻した。
アネラスとレンはあの空き家の持ち主であるイメルダ夫人に調査報告も兼ねて人形に関する詳しい話を聞くために、裏通りにあるイメルダ宝石店を目指していた。

「でも、レンちゃんを連れて来て良かったのかな」

ネオンに彩られたバーの看板が立ち並ぶ裏通りの光景を見回して、アネラスはそうつぶやいた。

「お姉さんだけでこの街を歩いていたら、目的の場所に着くのにたくさん時間が掛かっちゃうと思うわよ?」

自信たっぷりにレンに言われたアネラスは、反論できなかった。
イメルダ夫人の店は裏通りの入り組んだ奥地にあり、そう遠くない区域にルバーチェ商会の本拠地が存在するなど、遊撃士が迷い込んだら厄介な事になる場所もある。
エステルとヨシュアはリベール王国に帰るに当たって、イメルダ夫人の所へ行きたいと言うアネラスの気持ちを聞きレンに道案内兼お目付け役を頼んだのだ。
レンは率先してアネラスを先導し、時々妄想の世界に入ってしまうアネラスを気遣って声を掛けたりしている。
これではどちらが年上なのだろうか、分からない。
レンの案内の甲斐もあって、アネラス達は無事にイメルダの店へと到着した。
店内に飾られた宝石やアンティークを見て、アネラスが歓声を上げる。

「うわあ、凄いね!」
「ここにある物はね、ただ綺麗ってだけじゃないのよ」

店主のイメルダはカウンターに座り導力ネット端末のディスプレイを見ていたが、アネラス達が話すのを聞き顔を上げ、レンに声を掛ける。

「おや、またヘイワーズ家の嬢ちゃんかい。冷やかしはゴメンだよ」
「えっと私達は買い物に来たわけじゃなくて、依頼の報告に来たんです」

アネラスは遊撃士だと名乗った後、イメルダの屋敷に忍び込んでいたのはレンだと明かし、レンは素直に謝った。

「結局子供の悪戯だったって訳かい、まあ被害が無くて良かったよ」

イメルダは鼻を鳴らしたが、特にレンを責めなかった。

「それで、イメルダさんに聞きたい事があって来たんです」
「何だい? ただじゃ教えないよ」
「ええっ、お金を取るんですか?」
「もちろん情報も売り物だからね……と言いたい所だが、今回の依頼料とチャラにするって言うのはどうかい?」

意地悪そうな笑みを浮かべたイメルダに持ちかけられたアネラスは困った。
元々ヨシュアが引き受けた依頼なのだから、報酬はしっかりと貰わなくてはいけない。
こうなってはいくらか解らないが自腹で依頼料を払うしかない。
アイスを何個諦めなくちゃならないんだろう、とアネラスは憂鬱な気持ちになった。
するとレンがイメルダに逆に提案をする。

「レン達の話を聞いたら、イメルダさんも興味を持つと思うわよ? アネラスお姉さんがさらに詳しく調べるから、その調査料で帳消しにしない?」
「そうだねえ」

レンの話を聞いたイメルダはしばらく考え込んだ後、アネラスに新たに調査の依頼を頼む事を了承した。

「良かった」

アネラスはほっとした表情を浮かべた。
少し不謹慎だが、アイスを諦めずに済む事も喜んだ。
レンが空家で弟のコリンが目撃した人形の幽霊の話をすると、イメルダは感心したようにため息を吐き出す。

「ふーん、物に魂が宿るって話は親から聞かされたもんだけど、本当にあるもんだね」
「イメルダさんは、幽霊の話を信じてくれるんですか?」
「居ないと断言できないのなら、居た方が面白いじゃないか」

驚いたアネラスが尋ねると、イメルダはクックックと喉を鳴らして笑った。
そしてイメルダはアネラスとレンに2体の人形が棚に収まっている写真を見せる。

「あの人形はローゼンベルク工房製でね、あの家に住んでいた富豪が自分の双子の娘に似せて作らせたものなのさ」
「じゃあ、やっぱりセットだったんですね」
「双子の兄弟が居なくなったら、レンも化けて出て探したいって思っちゃうかもしれないわ」

イメルダの話を聞いて、アネラスとレンは感心した。

「だけどその富豪が事業に失敗してね。家族は離散、目ぼしい調度品や家財道具も売り払われてしまったのさ」

皮肉めいた口調でそう言ってイメルダは笑った。

「じゃあどうして、この人形が家に残っていたの?」

レンが質問すると、イメルダはこの人形は家の見つかりにくい所に隠してあったのだと話した。

「この家はあたしが不動産として管理しているんだけどね、入居しても不思議と長続きしなかったのさ」
「きっとそのお人形さんが家を守っていたのよ」
「いつ帰って来るかとも解らない持ち主を待っているって言うのかい、迷惑な話だね」

レンの言葉を聞いて、イメルダはウンザリとした顔でため息をついた。

「もう片方のお人形さんがどこに行ったのか、解りませんか?」
「何しろ借金の形(かた)に売り払われたんだから、人から人の手に渡ってしまっているだろうさ」
「それじゃあ手掛かりは無いわけね」

アネラスの質問にイメルダが答えると、レンはガッカリした表情を浮かべた。

「いや、手が無いわけじゃないよ」

落ち込んで肩を落とすアネラスとレンにイメルダは、この街に自分を超える人形のコレクターが居ると話した。

「じゃあ、その人に話を聞けば何か分かるかもしれませんね!」

イメルダの話を聞いたアネラスはパッと明るい表情になった。
そしてイメルダからその人形コレクターの情報を教えてもらったアネラスとレンはこれから会いに行く事にしたのだった。



<クロスベルの街 IBCビル>

その日の夕方、アネラスとレンはマリアベル・クロイツに面会するためにIBCビルへと向かった。
しかし受付はアポが無いと取り次ぐ事すらできないとアネラスに告げた。

「じゃあそのアポをお願いします」
「ご用件は何でしょうか?」
「えっと、人形のお話を聞きたくて」
「プライベートな理由ではアポを取る事はできませんね」

アネラスの答えを聞いた受付は、冷ややかな口調で言い放った。

「もう、事件の調査だって言えばいいじゃない」
「そうなんです、調査のためなんです」

レンに小突かれて、アネラスは受付に食い下がった。
受付はウンザリした顔でため息をつき、マリアベルに連絡を入れると、マリアベルがアネラス達に会うと答えたようだ。
そしてアネラスとレンはIBCの社員に案内されてエレベーターに乗り込みビルの最上階に到着すると、真っ赤なスーツを着た若い女性に出迎えられる。

「初めまして、私がマリアベル・クロイツです」
「ど、どうも、えっと、私は……」
「アネラスさんですね、話は父から聞いておりますわ」

マリアベルは笑顔を浮かべてそう言うと、アネラス達の用件を尋ねた。
アネラスとレンが人形に関する手掛かりを探していると話すと、マリアベルはアネラス達を自分の寝室へと案内する。
マリアベルの寝室には人形やぬいぐるみが整然と並べられていた。

「これは凄いわね……」

アネラスは驚きのあまり言葉が出ず、レンもかなり感心した様子だった。

「こんな部屋で寝たら、元気百倍ですよね」
「アネラスさん、お解りになりまして!?」

アネラスの発言を聞いたマリアベルは目を輝かせた。

「はい、可愛いは正義ですよ!」

明るい笑顔でアネラスもうなずき、マリアベルと固い握手を交わした。

「お姉さん達、熱くなるのは勝手だけど、大事な要件を忘れていないかしら?」
「あっ、そうだったね」

一歩引いた冷静なレンに指摘されて、アネラスとマリアベルは手を放した。

「私もローゼンベルク工房製の人形は集めていますけど、お捜しの人形については存じ上げませんわ」
「そうですか、残念ですね」

肩透かしを食らったアネラスは肩を落とした。

「でも今度のオークションで、ローゼンベルク工房製の人形がかなりの数出品されるそうですから、期待できるかもしれませんわ」
「うーん、オークションの招待状を貰ったのはエステルちゃんとヨシュア君だから、私は行けないな」
「アネラスお姉さんはディーターさんにM.W.L.(ミシュラムワンダーランド)へ招待して貰ったんだから、ミシュラムまでは観光できるじゃない」

レンはアネラスを羨ましがるような口調でそう言うと、マリアベルはレンもM.W.L.に招待すると告げた。

「え、いいの?」
「構いませんわ、私はM.W.L.の経営を父から任されていますので、女の子の被験者(モニター)も欲しかった所でしたの」
「それじゃあ、ついでに男の子のモニターも欲しいと思わない?」

レンはちゃっかりとコリンの分の招待もマリアベルから引き出したのだった。
人形の捜索に区切りが着いたアネラスは、レンより一足先に遊撃士協会へと帰った。
マリアベルがレンともっと話をしたいと言って引き留めたのだ。

「それでマリアベルお姉さん、レンに何の用かしら?」
「ふふっ、察しの良いお嬢ちゃんですわね」

マリアベルは微笑むと、レンに協力して欲しい事があると話した。
話を聞いたレンは驚いた表情になって拒否しようとしたが、マリアベルは話を続ける。
危険ではないかと心配するレンに、マリアベルはレンの身の安全は自分が保障すると説得した。

「でも、やっぱりエステルお姉さん達に相談した方が良いと思うけど……」

レンがそう言うと、マリアベルは首を横に振る。

「いいえ、 遊撃士や警察の皆さんが知ったら止められてしまいますわ」

遊撃士や警察のは民間人(市民)の安全が第一と言う考え方だ。
レンが危険に巻き込まれるような事は決して承知しないだろう。

「ですがこの作戦が成功すれば、エステルさん達は必ず手柄を立てる事が出来ますわ」

マリアベルがそう囁くと、レンの心に迷いが生じた。
リベール王国のラヴェンヌ村で起きてしまった事件。
自分の好奇心のせいで、レンは大切な人達の命を危険にさらし、迷惑をかけてしまった。
レンは心のどこかで負い目を感じていたのだ。
だがマリアベルの行おうとしている事はエステル達の遊撃士としてのプライドに反するとレンは分かっていた。
するとマリアベルはレンに、オークション会場で他の参加客にローゼンベルク工房製の人形について聞いて回ると約束した。
もしオークションにその人形が出品されなくても、大陸中から集まる参加者から話を聞けば人形に関しての手掛かりが見つかるかもしれない。

「あなたもアネラスさんの喜ぶ顔を見たいでしょう?」
「……分かった、協力するわ」
「ふふ、あなたの勇気に感謝いたしますわ」

レンが提案を受け入れると、マリアベルは嬉しそうな笑顔になってレンの手を握った。
マリアベルは車でレンを家へ送り届けるようにIBCの社員に指示した後、外出中のディーターに電話を掛ける。

「お父様、例の計画についてですが、協力者が見つかりましたわ」
「それは助かった、私には可愛らしい少女の知り合いが居ないからね」
「これでお父様の正義も達成されるのですね」
「ああ、ルバーチェ商会は必ずクロスベルから追い出してやる。そのためには何だって利用してやるさ」

娘のマリアベルに対してディーターは自信に満ちた声でそう答えたのだった……。



<クロスベルの街 遊撃士協会>

アネラスが遊撃士協会へと帰った時、リベール王国へ行ったエステルとヨシュアも戻って来ていた。

「お帰りなさい、アネラスさん」
「あの、お祖父ちゃんはどうだった?」

尋ねられたエステルがサヤとシズクを目の前にしたエルフィード翁の様子を話すと、アネラスとその場に居たアリオスは深いため息をついた。

「私が心配する事は無さそうだね」
「カシウス達に加えて師匠も居るのだから、妻と娘の安全はさらに保証されたようなものだとも言えなくはないがな」

エルフィード翁の性格はともかく、剣の腕には絶対の信頼を置いているアリオスはそうつぶやいた。

「アネラスさんは僕の依頼を引き継いでくれていたんだよね、捜査に進展はあった?」
「えっとね、今日はレンちゃんと一緒にイメルダさんの所へ話を聞きに行ったんだけど……」

ヨシュアに聞かれたアネラスは、その後マリアベルから今度開催される闇オークションで多数のローゼンベルク工房製の人形が出品されると言う情報を得たと嬉しそうに話した。

「なるほど、ルバーチェ商会の考えが読めて来たな」
「カシウスさんから聞いた情報の真実味が増しましたね」
「どういう事?」

アリオスとヨシュアが納得したようにつぶやくと、エステルは疑問の声を上げた。
そのエステルの質問に対してカウンターに居るミシェルが解説をする。

「元々ローゼンベルク工房製の人形は、オーダーメイドがほとんどで生産数もそんなに多くないのよ。だから持ち主が何らかの事情で手放さない限りオークションにも出回らないわけ」
「じゃあ、たくさんの人達が一気に売りに出しちゃったわけ?」
「その可能性もあるけど、急に増えたのは生身の人間も混じってしまっているんじゃないかって事よ」
「えっ、そんな事が出来るの!?」

ミシェルの言葉を聞いたエステルは驚きの声を上げた。

「時のクォーツを使って発動するアーツで、クロックゼロと言うのがあるんだよ」
「クロックゼロは人の生命活動まで完全に止めてしまう効果があり、アーツが効いている間は人形と変わりない存在になってしまう」
「最上級のアーツだから、使える人は限られるんだけどね」
「そんなのがあるんだ」

ヨシュアとアリオスの話を聞いて、エステルは感心した。

「それじゃあ、作戦会議を続けるわよ」

ミシェルの一言で、エステル達は話をアネラスが帰って来る前に話し合っていたオークション当日の打ち合わせに戻した。
オークション会場で証拠をつかむのはエステルとヨシュアの役目、そしてルバーチェ商会の本部に踏み込むのセルゲイ達クロスベル警察だ。
クロスベルの遊撃士達は別働隊、アリオスを隊長として不測の事態に備える事にした。
ミシュラムで開催される闇オークションの期日は近くに迫っている。
普段の業務をこなし日常生活を送りながらも、エステル達の緊張は高まっていくのだった……。

web拍手 by FC2
前のページ
次のページ
表紙に戻る
トップへ戻る inserted by FC2 system