英雄達の憂鬱 平和への軌跡
クロスベル編
第五十話 タングラム門の軍事演習 〜エステルの敗北〜


<クロスベルの街 遊撃士協会>

組織化されたクロスベルの遊撃士は、基本的に2人1組で各地の要請に当たっている。
ただし中には例外もあり、高い能力を持つ遊撃士として知られるアリオスは遠方の依頼人から指名を受ける事が多いので、単独行動が日常化していた。
応援としてやって来たエステルとヨシュア、アネラスはアリオスについていたので、他の遊撃士と顔を合わせる事は少なかった。
しかし今日は違った。
特別な依頼があったアリオスを除くクロスベルの遊撃士達全員が、タングラム門で行われる警備隊演習への参加要請に応じる事になったのだ。
依頼には是非リベールから来た遊撃士達にも参加して欲しいと添え書きもされていた。

「足手まといの遊撃士をメンバーに加えなければならないとは困ったものだな」
「あ、あんですって〜っ!? あたし達だってリベール王国で推薦を受けて正遊撃士になったのよ!」

クロスベル支部の男性遊撃士、ヴェンツェルが皮肉めいた口調でそう言うと、挑発に乗ったエステルが怒り心頭に発して言い返した。

「ふん、クロスベル支部に来てから、ずっとアリオスに頼り切りらしいじゃないか」
「いいわ、今ここで実力を見せてやろうじゃないの!」

挑発されたエステルは歯ぎしりをしてヴェンツェルをにらみつけた。
そしてロッドを構えてヴェンツェルに殴り掛かりそうになったエステルをヨシュアが後ろから羽交い締めにして止める。

「ダメだよエステル、演習の前に味方同士で戦っている場合じゃないよ」

そんなエステル達とは対照的に、クロスベル支部の女性遊撃士エオリアとアネラスはすっかり仲良くなってしまっていた。
同じ寮で生活を共にしている分、打ち解けるのが早かったのだろう。

「頑張りましょう、アネラスちゃん」
「うん、可愛いは正義だよ!」
「やれやれ、何を意気投合しているんだか」

手を握り、笑顔で見つめ合うエオリアとアネラスを見て、クロスベル支部のもう一人の女性遊撃士リンはあきれた顔でため息をついた。

「いいなあ、アネラスさんはもう仲良くなっているみたいで……」

エステルはうらやましそうな顔でアネラスを見つめた。

「ほらほらみんな、いつまでおしゃべりしているの、早く演習での戦術について話し合いなさい」

話し合いが進まない様子を見かねたミシェルが声を掛けた。

「でもどうしてアリオスさんは演習に参加しないの?」
「外せない依頼があるのよ、依頼主もアリオスを御指名だしね」

エステルが尋ねると、ミシェルは少しおどけた調子で答えた。

「アリオスが居ないと不安か?」
「別に平気よ、あたし達は武術大会で良い所まで行けたんだから!」

ヴェンツェルがからかうように言うと、エステルはそう言い返した。

「それは頼もしいわね、けど油断は出来ないわよ、警備隊に最近とても強い子が入って来たんだって」
「そうなんですか」

ミシェルの言葉を聞いたヨシュアは感心した様子でつぶやいた。

「ふうん、面白そうじゃないか」

リンも興味を引かれたのか、目を輝かせた。
ヴェンツェルは少し考え込んだ後、

「そうだな、今日の戦いはお前がリーダーになって指揮を執ってみろ」

とエステルに告げた。

「そ、そんな、リーダーなんて言われても困るんですけど」

突然の提案にエステルはうろたえて答えた。

「怖気づいたのか、自信が無いなら俺が代わってやっても良いぞ」
「や、やってやるわよ!」

ヴェンツェルに対してエステルはそう言い返した。
リーダー宣言をしたエステルに、ミシェルが声を掛ける。

「それじゃあ、初仕事として演習に参加するメンバーを選びなさい」
「えっ、みんなで行くんじゃないの?」
「街ではいつものように事件が起きたりするから、さすがに空にするわけにはいかないのよ」

演習に参加するメンバーは、先発メンバー4人と交代メンバー2人の計6人。
メンバーに入らなかった1人は、街に残り通常の遊撃士の仕事をする事となった。
エステルは探るようにヴェンツェルの方をチラッと見ると、ヴェンツェルと目が合ってしまう。
あわててエステルは目を反らしたが、すでに考えを読まれていたようだ。

「俺が苦手だからメンバーから外すか、まあそれが当然の選択だろうな」
「うっ……」

図星を突かれたエステルが言葉に詰まった。

「じゃあ、僕がメンバーから外れるよ」
「ちょっとヨシュア、何を言っているのよ!?」

ヨシュアがすっと手を挙げて宣言すると、エステルは驚きの声を上げた。

「エステル、僕が常に側に居られるとは限らない、時には別行動をとらなければいけない事もあるんだ。そうですよね、ヴェンツェルさん」
「選ぶのはお前達の自由だ」

ヴェンツェルの言葉に対してエステルはしばらくの間、ヨシュアとヴェンツェルに視線をさまよわせた。
そしてエステルは拳を握りしめてヨシュアに告げる。

「うん、あたし頑張ってみる!」

エステルの宣言を聞いたヨシュアは安心した笑顔になった。
話し合いがまとまると、エステル達は導力バスに乗り込んでタングラム門へと向かうため、遊撃士協会を出て行った。

「ふふ、まるで妹の成長を喜ぶお兄さんみたいね」
「手の掛かる姉ですよ」

ミシェルに言われたヨシュアは苦笑いを浮かべた。



<クロスベル地方 タングラム門>

遊撃士の紋章を胸に付けたエステル達が導力バスを降りると、門の警備についていた警備隊員達の視線が集まる。

「おい、クロスベルの遊撃士が来たぞ」
「アリオスはどこだ?」

だが導力バスから降りて来た遊撃士達の中にアリオスの姿が見えない事を知ると、警備隊員達からガッカリした声が次々と上がる。

「何だよ、アリオスは居ないのかよ」
「つまらない演習になりそうだな」

これにはエステルだけでなく他の遊撃士のメンバーもムッとした表情になる。

「あたし達は眼中にないってわけ!?」

エステル達は腹立ちをこらえてタングラム門の中へと入り、演習の依頼主であるソーニャ副司令と面会した。

「部下達が失礼な態度をとってしまったようね、謝るわ」

顔を合わせるなり頭を下げて謝ったソーニャ副司令の姿を見て、エステル達は面食らうと同時に怒りが抜けてしまった。

「いえ、あたし達はもう別に怒っていませんから」

エステルは逆に恐縮した様子でソーニャ副司令に返した。

「エステルちゃんの怒りを鎮めてしまうなんて凄いね」

ソーニャ副司令の手腕の鱗片りんぺんを見せられて、アネラスは感心してつぶやいた。

「それでは、さっそく演習を行いたいんだけど準備は良いかしら?」

ソーニャ副司令の言葉にエステル達がうなずくと、ソーニャ副司令は演習の説明を始めた。
演習は門の通行の邪魔にならないように屋上で行われる。
事前の準備で不公平が無いように、回復アイテムは配布された物だけを使用する。
戦技クラフト戦術導力魔法オーバルアーツに制限は無い。
大怪我を防ぐため、武器を落とした者、体力が尽きて膝を折って地面についてしまった者は戦闘不能と判定する。
エステル達がルールを理解して了承をすると、ソーニャ副司令は部屋を出てエステル達を伴い、演習が行われる屋上への移動を開始した。
浮ついていた警備隊員達も先頭に立つソーニャ副司令の姿を見ると、えりを正して敬礼する。
屋上に着くと、すでに4名の警備隊員が隊列を組んで待機していた。
その様子を見たソーニャ副司令は厳しい顔つきになり、軍帽をかぶった赤みが掛かった茶色い髪の女性隊員に声を掛ける。

「ノエル曹長!」
「はい!」
「人数が足りないようだけど、いったいどういう事かしら?」
「そ、それがベルガード門から来る予定のランディ軍曹とミレイユ曹長が到着して居ないんです」

ソーニャ副司令に詰問されたノエル曹長は歯切れが悪そうに答えた。
ノエル曹長の返事を聞いてソーニャ副司令はあきれ果てた顔でため息を吐き出す。

「仕方が無いわ、あの2人の処分は後にして、こちらはこのまま演習を始めてしまいましょう」
「あの、交代の人が居なくていいんですか?」
「ノエル曹長の小隊は優秀よ、試合が始まれば、あなた達に心配している余裕は無くなってしまうわ」

気遣うような表情で尋ねたエステルに対し、ソーニャ副司令は余裕の表情で答えた。
相手のノエル曹長の小隊は、ハルバードを持った警備隊員が2人、ライフル銃を装備した警備隊員、そしてサブマシンガンを装備したノエル曹長だ。
エステルは先発メンバーを前衛にアネラスとヴェンツェルを配置し、少し下がった中衛に指揮を執る自分、後衛に回復魔法が得意だと言うエオリアを入れて編成した。
スコットとリンは控えの交代メンバーとした。
そしてエステル達はソーニャ副司令に指定された位置につき、開始の合図を待つ。

「双方、構え!」

ソーニャ副司令の号令でエステルはロッドを構えて敵の前衛の警備隊員達と向かい合った。

「試合開始!」
「前衛、右へ!」

ソーニャ副司令の合図の直後、ノエル曹長は号令を下し、ハルバードを構えた敵の前衛2人はエステルから見て右の方へと移動した。

「行くわよ!」

それを見てエステルも右前方へと歩みを進め、敵の前衛を正面から迎え撃とうとする。
反対側に居たアネラスもあわててエステルを追いかけた。

「何をやっている、退け!」
「えっ?」

ヴェンツェルの声で、エステルとアネラスはノエル曹長がサブマシンガンで自分達を狙っている事に初めて気が付いた。
しかしすでに時は遅し、固まっていたエステルとアネラスはノエル曹長のサブマシンガンの範囲攻撃を受けてしまう。
一方的にやられているエステル達へ、さらにたたみかけるように敵の前衛2人が攻撃を仕掛けようとする。
苦戦するエステル達の姿を見てヴェンツェルが救援に駆けつけようとするのを見て、ノエル曹長が再び指示を出す。

「足止め射撃!」
「くっ」

警備隊員のライフル銃の攻撃を足元に受けたヴェンツェルはひるんで動きを止めた。
その間に警備隊員のハルバードの薙ぎ払う一撃をくらってしまったエステルとアネラスはあまりの痛みに倒れそうになってしまう。
しかしエオリアの詠唱した回復魔法がギリギリ間に合い、エステルとアネラスは膝を折らずに持ちこたえる事が出来た。

「えいっ!」

反撃に出たエステルの戦技、百烈撃が決まり、ハルバードを持った警備隊員の片方が後ろに吹っ飛んだ。
その警備隊員はエステルのロッドを食らった肩を苦痛に顔を歪めながら手で押さえていた。

「剣技・八葉滅殺!」

アネラスもエステルに負けじと、ハルバードの死角となる至近距離から多数斬りつける戦技を使ってもう片方の警備隊員をひるませた。
ダメージを受けた警備隊員はティアラの薬を使って傷を回復させてなんとか耐えようとする。
だが直後にヴェンツェルがエステルとアネラスに加勢し、3人の集中攻撃を食らった警備隊員はついにハルバードを手放してしまった。

「後退、陣形を整えます!」

不利をさとったノエル曹長は、エステルに吹っ飛ばされた警備隊員に指示を送り、武器をサブマシンガンからハルバードに持ち替えた。
そしてもう片方のハルバードを装備した警備隊員と2人でライフル銃を持った警備隊員を守るような陣形を取ろうとする。
その時、エステル達の後方に居たエオリアが移動しようとしたノエル曹長の足元めがけてナイフを投げつけた。
ノエル曹長は思わずひるんで動きを止める。
攻撃のチャンスを得たエステルはノエル曹長に大技を叩き込む!

「烈波無双撃!」

ロッドの高速連打攻撃を受けたノエル曹長は反撃する事も出来ずに膝を折り、ハルバードから手を離す。

「申し訳ありません、私はこれまでです」

さらにノエル曹長の隣に居た警備隊員も、アネラスとヴェンツェルの連携攻撃の前に崩れ落ちていた。
最後の1人となったライフル銃使いの警備隊員は両手を上げて降参し、演習試合は遊撃士チームの勝利に終わった。

「遊撃士の戦闘能力は素晴らしいものね、思っていた以上だったわ」

ソーニャ副司令はそう言ってエステル達を褒め称えたが、ヴェンツェルは面白く無さそうな顔でため息を吐き出した。
エステルは、ヴェンツェルが渋い表情をしている事に気が付くと不思議そうな顔をする。

「あの……」

エステルがヴェンツェルに声を掛けようとした時、大きな音が辺りに響き渡った。
驚いたエステル達が屋上から下をのぞき込むと、警備隊の車両が猛スピードで駐車場に止まったようだ。
騒がしくなった警備隊員達をノエル曹長やソーニャ副司令が静めようとしていると、女性の警備隊員に引っ張られるような形で赤毛で大柄な男性警備隊員が屋上へと登って来た。

「遅れまして大変申し訳ありません、ベルガード門からミレイユ曹長とランディ軍曹、只今参りました!」

そう言って軍帽をかぶった金髪の女性隊員はソーニャ副司令に向かって敬礼をした。
エステル達はポカンとして突然現れた2人組を見ていた。
ミレイユ曹長がひじで隣に立っていた真っ赤な髪の男性隊員脇腹を突くと、彼も同じように敬礼した。
ソーニャ副司令はとても冷たい眼差しでミレイユ曹長達に声を掛ける。

「こんな大遅刻をするなんて、ベルガード門の警備はかなりたるんでいるようね」
「いえ、そんな事はありません、このランディ軍曹が特別なだけで……」

蛇ににらまれた蛙のようになったミレイユ曹長は言葉を濁した。
しかしランディは空気を呼んでいない感じで、

「それで、試合はどうしたんですか?」

と軽い口調で尋ねた。

「……先ほど終わってしまったわ」

怒りをこらえている様子のソーニャ副司令は低い声でそう答えた。

「そんな、遊撃士達に勝ったら司令から特別ボーナスが貰えるんですよ、試合をさせてくれませんか?」

拝むポーズをとって頼み込むランディの姿を見て、ソーニャ副司令はこめかみを指で押さえた。
そして気分を落ち着かせるために大きく深呼吸した後、エステルに尋ねる。

「どうかしら、もうあなた達さえ良ければ一度試合をしたいと思うのだけど」

聞かれたエステルがヴェンツェル達を見回すと、みんな異存は無いようだった。

「あたし達はいいですけど、そっちの人達は?」

エステルは心配そうに先ほどの戦闘で倒れてしまった警備隊員達に視線を送った。

「自分はあまり戦闘に参加していなかったので大丈夫です」
「私も、もう平気です!」

ライフル銃を装備した警備隊員とノエル曹長が手を挙げて答えた。
よって再試合はハルバードを装備したランディとノエル曹長、ライフル銃を装備した警備隊員とミレイユ曹長の4人で行う事に決まった。
すると、ランディはノエル曹長にそっと耳打ちをする。

「俺が合図したら……」
「ええっ、そんな!?」

ランディの話を聞いたノエル曹長は驚きの声を上げた。

「まったく、何を企んでいるのよ」
「はは、楽しみにしておけよ、ミレイユ」
「上官に対してため口は止めなさい!」

ミレイユ曹長は怒ってランディに注意した。
エステル達のアタックメンバーは前回と同じ、エステルとアネラスとスコット、エオリア。
交代メンバーがリンとスコットとなる。

「さっきの試合で勝てたからと言って慢心するな、あの赤毛はおそらく強い」
「エステルちゃんの技を食らってもう回復しているノエルさんも強そうだよ」
「うん、分かってるわ」

ヴェンツェルとアネラスの言葉を聞いてエステルはうなずいた。

「双方、構え!」

ソーニャ副司令の号令でエステルはロッド、ランディはハルバードを構えてにらみ合った。

「試合開始!」

開始の合図と同時に、なんとランディは閃光弾をエステル達に向かって投げつけた!
凄まじい爆裂音と共に発生した黒い煙によりエステル達の視界がさえぎられる。

「うわっ!」

ソーニャ副司令は、このゲリラ戦法がノエルの発案によるものでは無いとだとすぐに分かった。
すると試合前にノエルに耳打ちしていたランディの作戦と言う事になる。

「なるほどね」

ソーニャ副司令はそうつぶやいた。

「ごめんなさい!」
「えっ?」

突然ノエル曹長の声が近くで聞こえたアネラスは驚いた。
反応する間もなく、アネラスは腕にハルバードの一撃を受けてしまう。

「きゃあっ!」

その痛みに耐えきれず、アネラスは持っていた剣を落としてしまった。

「アネラスさん!?」
「ごめん、やられちゃった」

アネラスの悲鳴を聞いて驚いたエステルだが、迫る危険を察知してロッドを前方に振りかざし、ランディのハルバードの一撃を間一髪で防いだ。

「へえ、やるじゃないか!」

黒い煙が晴れると、そこには不敵に微笑むランディが立って居た。

「卑怯でアネラスさんを倒すなんて、ひどいじゃない!」
「うるせえ、戦いに卑怯もくそもあるか」

エステルに対して、ランディは無表情で吐き捨てた。

「アネラスさんのかたき、覚悟しなさい!」
「おいおい、あの嬢ちゃんは死んじゃいねえって」

逆上したエステルは、ランディに向かってロッドを乱暴に振り回した。
だがそんな攻撃が通用するはずもなく、エステルは息を切らす。

「はあ、はあ……」

そんなエステルの側に、ヴェンツェル、そしてアネラスと交代で入って来たリンがやって来た。

「何をしている」
「こいつは私達に任せて後ろに下がりな!」
「ごめんなさい」

エステルは2人に謝ってロッドを構えて後ずさりを始めた。

「おらっ!」

しかしそのタイミングでランディは持っていたハルバードを真横に振りまわし、3人の武器を力任せにはじき飛ばそうとした。

「きゃあっ!」

ランディのハルバードの先がエステルのロッドに当たり、体力を消耗して握力の弱まっていたエステルはロッドを手から離してしまった。
審判役のソーニャ副司令に戦闘不能の判断を下されたエステルはスコットと交代し、アネラスと一緒に戦いの様子を見守っていた。
リーダーがヴェンツェルに移ってから4人全員の動きが良くなったとエステルは感じた。
だがランディのパワーは人並み外れたものがあり、ヴェンツェル達が束になっても敵わなかった。

「勝負あり!」

ソーニャ副司令がそう告げて、試合は警備隊チームの勝利で終了した。

「やっほう、これで司令からの特別ボーナス頂きだぜ!」

ランディは飛び上がって大喜びをした。
試合を見ていたエステルはガックリと肩を落として膝をついた。
人数的に優位だったにも関わらず遊撃士チームは負けてしまったのだ。

「今日はありがとうございました」

自分達のチームの勝利に沸く警備隊員達の中、エステル達は葬式の参列者のような暗い雰囲気でタングラム門を後にした。
クロスベルの遊撃士協会に帰ってミシェルとヨシュア、そしてアリオスにどんな顔をして報告すればいいのか、エステルの心は真っ暗だった。

「……何が悪かったのか、分かっているだろうな?」
「うん、あたしが熱くなってあの赤毛の人と戦ってばかりいたのがいけなかったんだよね」

クロスベルの街への帰りのバスの中、ヴェンツェルに声を掛けられたエステルは下を向きながらそう答えた。

「そうだ、目の前の相手ではなく戦場全体を見渡せ。誰かの指示に従っているだけではなく、自分から動けるようにならないとリーダーは務まらない」
「もしかして、ヴェンツェルさんがエステルちゃんにリーダーを任せたのはこのためですか?」
「そうだろうね、エステル君はアリオスやヨシュア君の指示に従って戦うばかりだったんじゃないかな」

アネラスが質問すると、スコットが代わりに答えた。
そのスコットの指摘が当たっているとでも言うように、エステルは反論できなかった。

「それに、エステルちゃんは私達に遠慮して指示を出さなかったよね」
「たとえ初対面のやつと組む事になっても、積極的に意思の疎通を図ろうとしないとダメだよ」
「はい、その通りでした」

エオリアとリンの言葉にエステルは沈んだ表情で答えた。

「帝国の協会に行った経験のあるヴェンツェルは、その事を実感しているからエステル君にきつく当たったんじゃないかな」

スコットの言葉を聞いたエステルは、恐る恐るヴェンツェルに尋ねる。

「あの、ヴェンツェルさんはあたし達の事が気に入らなかったから厳しかったんじゃないの?」
「何をバカな事を言っている、そんな子供染みた真似をするわけがないだろう」

ヴェンツェルがそう言うと、エステルは安心したような笑顔を浮かべた。

「あたし、ヴェンツェルさんやクロスベルのみんなに歓迎されていないって誤解していました。心の壁を作っていたのはあたしの方だったんですね」

エステルがヴェンツェルに手を差し出すと、ヴェンツェルは照れ臭そうにエステルと握手を交わした。
雰囲気はすっかり明るくなり、さっきまで暗い顔をしていたエステル達はすっきりとした顔をしている。
敗北から大切な物を学び取ったと感じたエステルは、これで帰っても堂々と胸を張ってヨシュアに顔を合わせる事が出来ると思うのだった。

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