量子力学を利用したコンピュータ・通信技術について
2003.09.28 一部修正
2002.01.14 新規作成
次世代コンピュータと噂される「量子コンピュータ」。
それは一体何物なのか、また、量子とは一体何なのか、その辺りを調査してみました。
<目次>
量子力学とは?
量子力学が注目される背景
コンピュータに応用される量子論とは?
次世代コンピュータ「量子コンピュータ」の基本技術
現在の量子コンピュータの開発進捗
量子力学的技術はどのように実現化されていくか
参考文献
量子力学とは?
量子力学とは、物質の最小構成である原子や電子などの運動を規則化した物理学です。
その基礎理論となっている量子論は、相対性理論と並ぶ現代物理学の2本柱となっています。
量子力学が注目される背景
「ムーアの法則」という言葉があります。
これは、Intel創始者の一人であるゴードン・ムーアが 1960年代に放った予言で、「マイクロプロセッサの演算速度は、18ヶ月ごとに 2倍になる」というものです。これは、Intelが技術力の強さをアピールした宣伝文句でもありますが、実際 Pentiumプロセッサはほぼその通りに進化しています。
2001/11/27に行われたプレスリリースでは、Intelは 15ナノメートルという世界最小のトランジスタ開発に成功したと発表しました。
集積化・高速化が行われ、ムーアの法則がこれからも続くのかと思いきや、深刻な問題も発生してきています。
それは、消費電力と発熱量です。チップが一層の集積化・小型化を図ったことにより、消費電力はますます大きくなりました。現在の Pentiumで、すでにホットプレート並みの熱量になっています。
また、物理的な回路の大きさも、すでに限界までに小さくなっています。このままだと、回路の大きさが原子レベルにまでなるのは間近です。
回路が原子レベルになると、そこはミクロの世界であり、従来の電気回路の法則は成り立たなくなります。ミクロの世界を支配できる技術、そこで登場するのが量子力学です。
コンピュータに応用される量子論とは?
ミクロの世界は、私達のマクロの世界の常識では考えられない世界となっています。
その中から、コンピュータに応用される量子論の考え方を説明します。
・電子は粒であり波である
電子は、1個2個と数えられる粒であり、その重さもわかっています。
しかし電子は、観測の仕方によって、波のように広がった状態にもなります。
粒でもあり、波でもあるという2つの性質を持った不思議な物体です。
粒であり波でもある電子のイメージ
・重ね合わせ(superposition)
粒でもあり波の状態でもある電子は、いろいろな位置にいる重ね合わせの状態でもあります。
ある場所にいる時と、別の場所にいる時が共存している不思議な状態です。
電子の重ね合わせ状態のイメージ
電子はAにもBにもCにも共存している状態です。
・波の収縮
電子が波の状態になっている所を観測することはできません。
見ようとすると、波が収縮し粒になってしまいます。
すなわち、私たちは粒の状態しか見ることができません。しかし、観測していない時の電子は、波と同じ性質を現しています。
電子の波が収縮するイメージ
波が収縮し、電子の粒がDで見つかりました
・不確定性原理
重ね合わせの状態では、電子はどこにいるのか正確な位置を知ることができず、その位置は確率でしか表せません。
「この位置では、20%の確率で電子が見つかる」等というように表します。
・EPR状態
2つ以上の電子が、もつれあい量子状態にあるとき、片方の電子を見るとその電子は収縮し量子状態が壊れてしまいますが、もう片方の電子の量子状態を示唆します。
次世代コンピュータ「量子コンピュータ」の基本技術
前項の理論を応用した、量子コンピュータや量子通信、量子暗号なるものが研究開発されています。ここでは、それらの基本技術を説明します。
・量子ビット(qubit=quantum bit)
従来のコンピュータの 1bitに相当するものを、1qubitと表します。
量子コンピュータでは、電子 1個が 1qubitになり、0 と 1を表現します。
また、重ね合わせの状態を利用することにより、0 であり 1でもある状態を作ることが可能となります。
この重ね合わせ状態が、並列処理を生み出します。n qubitで 2^n分の同時処理が可能です。
・量子コンピュータ
量子ビット(電子)を利用し計算を行うコンピュータです。
電子の重ね合わせの状態を利用し並列処理を行うため、従来のコンピュータとは比べ物にならないほど高速に演算できると考えられています。
大まかな計算手順は下記の通りです。
電子に光をあて、スピンさせる(命題の入力)
(上向きスピンが 0、下向きスピンが 1のように)
↓
重ね合わせの状態により並列処理が行われ、いくつもの解が出る
↓
不確定原理により、一番確率の高い部分を観測する
↓
波が収縮し、答えが出る
・量子暗号
電子の「波が収縮する」性質を利用した技術です。
ある情報を、重ね合わせやもつれ合いなどの量子状態で作ります。そのとき、第三者がそれを見よう(盗聴)とすると、波が収縮し量子状態が壊れてしまいます。
そのため、第三者に盗聴されることがなく、盗聴されそうになったという痕跡も残ります。
・量子通信
情報を量子状態でやりとりすることを指します。
通信しているコンピュータ同士(受信側と送信側)では、情報をEPR状態(もつれ合い状態)で共有します。その場合、送信側の電子に変化があった場合、瞬時に受信側の電子にも変化が起こります。これは、送信側から受信側へ高速に通信が行われているように見えます。
現在の量子コンピュータの開発進捗
2001/12/19にIBMが、7qubitの量子コンピュータで2桁の因数分解(15=3×5)に成功したと発表しました。現在、これが世界最高レベルの進捗といえるでしょう。
現在量子コンピュータと言われている物は、実験機器の塊であり、まだまだ製品化できる状態ではありません。
大きな数の計算をさせるためには、さらにqubit数を増やさなくてはならないですし、量子デバイス・チップの開発も求められています。
量子コンピュータの実現には、数々の難問が山積みとなっています。
・電子を上手に操作する方法
・qubitを増やす方法(現状は、IBMの 7qubitが世界最高)
・量子状態を作る場所(量子場)を実現する手段
・qubitを利用した計算方法(アルゴリズム)の作成
・上記をデバイス化する方法
・量子通信に利用できる、通信路の開発
・ルータやハブにあたる物の開発
これらの問題を、研究・実験にて1つずつ解決しているのが現状です。
何か一つが形になって実用化されるのは、早くとも 5年くらい先で、量子コンピュータと名の付く物が世に出るのは、10年くらい先だと思われます。
量子力学的技術はどのように実現化されていくか
これまでに説明した「量子コンピュータ」「量子暗号」「量子通信」は、いっぺんに世に出るわけではなく、その開発も困難です。
まずは、その中から一部分が実用化されると予想できます。
・量子暗号が真っ先に実現されるのではないか!?
量子コンピュータの特徴として高速な並列処理が上げられますが、これを利用すると現在の暗号システムの中心になっている公開鍵暗号が簡単に解けてしまうと言われています。
公開鍵暗号は、因数分解を利用した暗号です。因数分解は、1からの数を順番に割っていく以外に早い計算方法はありません。そのため、数が数百桁となると、その解を求めるのにスーパーコンピュータでも数十億年かかります。
従って公開鍵暗号は「解読は、理論的には可能だか、すごく時間がかかるので事実上不可能」という代物です。
しかし現在、量子コンピュータを利用した因数分解のアルゴリズムがすでに完成しており、それを利用すれば数百桁の因数分解でも数分で解けると言われています。
そのため、量子コンピュータが完成すると、現在使われている公開鍵暗号(SSL等)が利用できなくなるため、完成前に新暗号方式の確立が求められます。
・コプロセッサとして提供されるのではないか!?
量子デバイスの開発や量子計算のアルゴリズム作成が困難なことを考えると、量子コプロセッサとして提供されることも考えられます。
昔のパソコンは、FPU(浮動小数点演算チップ)がオプションで付けられるようになっていましたが、それと同じような感じです。
あるアルゴリズム(因数分解など)の計算にのみ機能するチップです。
・特定用途向けに開発されるのではないか!?
量子コンピュータの特徴を最大限生かせる用途向けに、開発されることも考えられます。
暗号解読、気象予測、地震予測、データベース検索など、解が無数に出てくる用途は、量子コンピュータ向けと言えます。
・センターサーバとして利用されるのではないか!?
量子デバイスの小型化ができないため一般家庭に導入されず、データセンター等に導入されセンターサーバとして活用される、というのも考えられます。また、一般家庭にそのような高速で高価(おそらく)なコンピュータは必要ない、というのも理由の一つです。
データセンターと家庭とのサーバ/クライアント型となり、一般の人々はデータセンターの量子コンピュータに処理をさせます。
もちろん、データセンターと一般家庭の間に量子通信が確立されれば高速でセキュアな通信が可能です。
・軍事目的のみ利用されるのではないか!?
一般向けではなく、軍事目的でのみ使われることも予想できます。
もともとコンピュータは、軍事目的で開発された物であります。
また、歴史を振り返ると、量子コンピュータのような革命的な物の開発には、必ず軍事・政治的な要因がからんできます。
例えば原子爆弾の発明時の歴史を見ると、その根底理論となっている相対性理論を編み出したのはアインシュタインですが、ドイツ生まれのユダヤ人であったアインシュタインは、ドイツに原子爆弾を作って欲しくなかったため、アメリカのルーズベルト大統領に原子爆弾作成を勧める親書を送ったと言われています。
(アインシュタインは平和主義者で親日家でもあり、後にそのことを大変後悔したとの事ですが、世界情勢を考えると仕方がなかったのでしょう)
量子コンピュータは、現在の核兵器に相当する、外交上の切り札として利用されるようになるかもしれません。
参考文献
「ムーアの法則を延命させる新テクノロジーを発表」ZDNET
http://www.zdnet.co.jp/news/0111/27/intel_silicon.html
「IBM、量子コンピューティングで小さな前進」ZDNET
http://www.zdnet.co.jp/news/reuters/011220/e_ibm.html
「量子計算機は夢の機械か?」中央大学 理工学部物理学科 助教授 田口善弘
http://www.granular.com/ISC-J/9604/main.html
「21世紀の革命的な量子情報通信技術の創生に向けて」
郵政事業庁 量子力学的効果の情報通信技術への適用とその将来展望に関する研究会
http://www.yusei.go.jp/policyreports/japanese/group/tsusin/00623x01.html
「21世紀夢の計算機:量子コンピュータ」電子技術総合研究所 電子基礎部 川畑史郎
http://www.etl.go.jp/~shiro/paper/STQC99.pdf
「量子論を楽しむ本」PHP文庫 東京大学大学院 理学系研究科 教授 佐藤勝彦 監修
「図解雑学 量子論」ナツメ社 東京大学大学院 理学系研究科 教授 佐藤勝彦 監修
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