2012年11月2日

数学ガールの秘密ノート 結城浩

プロフィール

結城 浩ゆうき・ひろし
「数学ガール」シリーズ著者。プログラミング言語入門書、IT技術書、数学入門書などの著書多数。ソフトバンククリエイティブ社から刊行されている「数学ガール」シリーズ(現在5冊)は、2007年『数学ガール』の刊行以来、高校生がひとあじ違う数学にチャレンジするユニークな数学読み物として人気を博し、英語・韓国語・中国語繁体字などにも翻訳されている。英語版『数学ガール』"Math Girls" は Notices of AMS や MAA Focus に書評が掲載された。コミカライズもされている(コミックスはメディアファクトリー社から)。
「数学ガール」ホームページ:www.hyuki.com/girl/
メールマガジン:https://bit.ly/hyukimag
Twitterアカウント:@hyuki

第1回 文字と恒等式(前編)

高校一年生のテトラちゃんは好奇心旺盛な女の子。放課後の図書室で、高校二年生の先輩である「僕」といっしょに数学をするのがとっても楽しみ。いつものように先輩と数学の話をしていると、そこに長い黒髪の才媛「ミルカさん」がやってきて……
は高校二年生。
放課後はいつも図書室で数学をやっている。
ひとりで計算するときもあるけれど、たいていは……

図書室にて

テトラ「先輩、先輩、先輩!」

「テトラちゃん、今日も元気だね」

テトラ「はいっ!」

「でも、ここは図書室だから、静かにしないとね」

テトラ「あ、そ、そうですね」

元気少女のテトラちゃんはいつもバタバタしている女子高生。
僕の一年後輩なので高校一年生になる。
ショートカットの髪、チャームポイントは大きな目。 その目は好奇心でいつもくるくる動いている。
僕たちは仲良しだ。放課後は毎日のように図書室でおしゃべりをする。
おしゃべりの内容は、もちろん数学。
今日も、僕たちの数学トークが始まる。

テトラ「さっそくですが、先輩に質問ですっ」

「はいはい」

テトラ「以前のことですけど、先輩は恒等式こうとうしきのお話をしてくださいましたよね」

「うん。恒等式は《どんな数についても常に成り立つ等式》だね。たとえば、この等式は恒等式になる」

$$ (a + b)(a - b) = a^2 - b^2 \qquad \text{和と差の積は $2$ 乗の差(恒等式)} $$

テトラ「そうですそうです! それで、この恒等式は、参考書によっては $x$ と $y$ を使って書かれていたりします」

$$ (x + y)(x - y) = x^2 - y^2 \qquad \text{和と差の積は $2$ 乗の差(恒等式)} $$

「うん、そうだね。方程式の場合は $x,y$ を未知数にすることが多いけれど、 この場合は $a,b$ を使っても、 $x,y$ を使ってもどちらでもいいよ。 厳密にいうなら《 $a,b$ に関する恒等式》や《 $x,y$ に関する恒等式》という必要はあるかな」

テトラ「はい、先輩も以前そう教えてくださいました。あれで、あたし、ほっとしたんです」

「ほっとした?」

テトラ「はい。あたしって、数学の勉強しているとき、そこで使っている文字がとても気になるんです。 $a,b,c$ や $x,y,z$ のように、いろんな文字が出てきますよね。 ときどき、ギリシア文字の $\alpha,\beta,\gamma$ まで出てきます。 あたしは『どうしてこの文字を使うのかな? 他の文字じゃだめなのかな?』って考え込んでしまうんです。 でも、そんなこと数学の授業中にゆっくり考えていられなくて……だから、 先輩に『どちらでもいいんだよ』っていっていただけて、ほんとに助かりました」

「それはよかった。テトラちゃんは数式で使っている文字が気になるんだね。 それ自体はとてもいいことなんだよ」

テトラ「えっ?」

「もともと、数式はていねいに読まなくちゃいけない。そこに使われている文字を注意深く読むというのは、正しい態度なんだよ。 数式を読むときは、さらっと流してはだめ。じっくり読むことが大切。 慣れてくれば、だんだん速く読めるようになるけどね」

テトラ「そうですか……そうですよね。あたし、文字を気にしすぎるのかなあって思っていました。 あたしってとろいなあって」

「そんなことないよ。先走って読むよりもずっといい。 文字が出てくるごとに《この文字は、何を表しているか》って、ひとつひとつ確かめるのは大事だよ」

テトラ「何を表しているか、ひとつひとつ確かめる……」

「そうそう。それから《同じ文字は、どこに出てくるか》も、しっかりチェックするといいよ」

テトラ「同じ文字といいますと?」

「うん、たとえばさっきの恒等式をもう一度見てみよう」

$$ (a + b)(a - b) = a^2 - b^2 $$

テトラ「はい」

「ここには $a$ と $b$ という二つの文字が何回か出てくるよね。数式では《同じ文字は同じものを表す》という約束がある。 だから、左辺さへんの $(a+b)(a-b)$ に出てくる $a$ と、右辺うへんの $a^2-b^2$ に出てくる $a$ は同じものを表していることになる。 同じものというか、ここでは同じ数だけど」

テトラ「えっと、すみません。話がよく見えないんですが、 $a$ はどこでも同じ数ってことですか」

「どこでもっていうか、この恒等式 $(a + b)(a - b) = a^2 - b^2$ の中では、ってことだよ。 $a$ はどれも同じ数。 $b$ はどれも同じ数。 $a$ と $b$ 同士は、同じ数かもしれないけれど、違う数かもしれない」

テトラ「はい。……いえ、先輩がおっしゃることはわかりますけれど……」

「あたりまえすぎる?」

テトラ「は、はい……すみません」

「いや、いいんだよ。実際あたりまえのことだしね。でも、さっきの $(a + b)(a - b) = a^2 - b^2$ で $a$ や $b$ のところに具体的に数を入れてみると、 おもしろいことができるよ」

テトラ「おもしろいこと?」

「そうそう。たとえば、 $a = 100, b = 2$ にしてみようか。 $a$ に $100$ を代入だいにゅうして、 $b$ に $2$ を代入するってことだよ」

テトラ「はい……?」

「そうすると、こんな式が作れる」

$$ \begin{align*} (a + b)(a - b) &= a^2 - b^2 && \text{《和と差の積は $2$ 乗の差》の恒等式} \\ (100 + b)(100 - b) &= 100^2 - b^2 && \text{ $a = 100$ としてみた} \\ (100 + 2)(100 - 2) &= 100^2 - 2^2 && \text{さらに、 $b = 2$ としてみた} \\ 102 \times 98 &= 100^2 - 2^2 && \text{左辺を計算した} \\ 102 \times 98 &= 10000 - 4 && \text{右辺を計算した} \\ \end{align*} $$

テトラ「……はい。わかります。でもこれが?」

「僕たちはこれで、こんな式を得ることができたね」

$$ 102 \times 98 = 10000 - 4 $$

テトラ「ごめんなさい、先輩。何をおっしゃりたいのかまだわかりません」

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