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五十嵐 めぐみ
(イガラシ メグミ)
■女優
■愛知県名古屋市出身。淑徳学園高校卒業後、TBSドラマ「さかなちゃん」でデビュー。主な出演作品に「スワンの涙」「渡る世間は鬼ばかり」「3年B組金八先生」などがある。 |
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岡安 由美子
(オカヤス ユミコ)
■女優
■東京都出身。フジテレビジョンのオールナイトフジの司会で人気を集め、以後女優、歌手として活躍。主な出演作品はTBS「男女7人秋物語」NHK「武蔵坊弁慶」など。一方でレーサーとしても活動、A級ライセンスを持つほどの腕前。 |
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小柳 ルミ子
(コヤナギ ルミコ)
■歌手・女優
■福岡県出身。宝塚音楽学校を首席で卒業後、1971年「私の城下町」でデビュー、日本レコード大賞を受賞。以降、「瀬戸の花嫁」「おひさしぶりね」「今さらジロー」など多数のヒット曲を輩出。また、女優として映画「白蛇抄」やドラマ「鍵」「家なき子」などに出演。他にも舞台、バラエティなど精力的に活動している。 |
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大門 正明
(ダイモン マサアキ)
■俳優
■1949年兵庫県出身。
早稲田大学商学部卒業の後、俳優の道へ。主な出演作品に「ウルトラマン80」「ゴジラ対メカゴジラ」「大岡越前」「水戸黄門」「キッズ・ウォー4」などがある。 |
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西崎 緑
(ニシザキ ミドリ)
■歌手・女優
■東京都出身。3歳で日舞の初舞台を踏み、7歳で歌手デビュー。14歳の時、必殺シリーズ主題歌「旅愁」がミリオンセラーとなる。舞台・テレビ等に数多く出演する一方で、日舞の振付も手掛ける。主な出演作品に「必殺シリーズ」「はるちゃん4」などがある。 |
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山本 みどり
(ヤマモト ミドリ)
■女優
■静岡県富士市出身。東京女子短期大学在籍中より、劇団『夢の遊民社』にて舞台活動。1978年、ポーラテレビ小説『夫婦ようそろ』でデビューし、以来テレビドラマ・舞台等で活躍。主な出演作品に「はるちゃん」「水戸黄門」などがある。 |
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10月インタビュートップ > エリアライフ 株式会社 代表取締役社長 村本 雅輝 |
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村本 雅輝(ムラモト マサテル)
エリアライフ 株式会社 代表取締役社長
東京都出身。中野区で生まれ育ち、22歳で不動産業の世界へと入る。2003年に独立。2005年、社の業容拡大に伴い、新宿から中野区へと事業所を移転した。地元の利を活かし、地域密着の営業スタイルで更なる発展を狙っている。
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エリアライフ設立 |
| 山本: |
社長がこの世界で働くようになったきっかけは、どのようなものだったのですか。 |
| 村本: |
私は高校を卒業する時、スポーツ推薦で大学進学が決まっていたのですが、早く親元を離れたいと思っていた時期だったので、卒業一ヶ月前に進路変更して住宅設備販売会社に就職を決め、卒業と同時に一人立ちしました。その会社には一年半勤め、次に防水工事職人として働きましたが、22歳になった時、18で家を出る時に父から言われた「22歳までは好きなことをやればいい。しかし、それを過ぎたら自分の人生設計を考えろ」という言葉を思い出しましてね。父が不動産の仕事をしており、働きがそのまま評価に繋がる世界だということを昔から見て知っていたので、自分の人生を賭けられる職業として、私も不動産業の道に進むことにしました。 |
| 山本: |
お父様の言葉が、一つのきっかけになったのですね。それから独立されるまでの経緯は、どのようなものだったのでしょう。 |
| 村本: |
| 同じ不動産業でも、父とは違う仕事をしたかったので、マンションの分譲販売を手掛けるデベロッパーの会社に就職し、営業マンとして5年間働きました。5年目に営業部隊のトップになり、管理職も経験させていただき、営業と管理の両方ができるようになったので独立したんです。 |
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| 山本: |
独立当初は、何人で事業を展開されていたのですか。 |
| 村本: |
最初は大森を拠点に、一人で個人経営をしていました。しかし、約半年が過ぎた頃、確かに事業は順調に回るし収入もあるけれど、一人で勝手気ままに働ける今の状況がこの先何年も続いていくと想像すると怖くなりまして。前の会社で働いていた時の仲間二人に声をかけ、エリアライフ有限会社として新宿で再スタートを切りました。それが今から3年前のことです。その後の業容拡大に伴い、去年、株式会社に改組し、生まれ育ったこの町に戻ってきました。土地勘もありますし、これからますます事業を発展させていこうと張り切っているところです。
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時代の変化に合わせて |
| 山本: |
ではまさに今は節目の時ですね。これまでを振り返ってみて、いかがですか。 |
| 村本: |
会社が成長するスピードと、その中身である人が育っていくスピードとは違うんだなというのが実感ですね。会社の成長のスピードに人が負けないためには、そのスピード感をスタッフ全員が共有し、気持ちを一つにして頑張らなければなりません。その環境作りの意味もあり、現在、数年前から隠居生活をしていた父を会長として、社に迎え入れています。当社のスタッフは若手が多く、営業責任者が34歳、私が30歳、他の社員は皆まだ20代です。業界の大先輩でもある父がいつも事務所に居て、自分たちの働きを大局的な視点から見守ってくれるということで、スタッフは皆、安心して働いているようです。 |
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| 山本: |
お父様にとっても、息子である社長をそういう形で助けられるのは嬉しい限りでしょうね。社長からは、社員の方々に向けて、仕事の上で特にどんなことに注意してほしいと思っていますか。 |
| 村本: |
| 社会の変化につれ、住宅販売の世界も変化しています。これまでは、終身雇用制の中で所得が上がってくる40代、50代の方々がお客様の中心だったのですが、現在、特に当社の手掛けるマンションの分譲販売の分野では、20代、30代の方々が中心になってきています。そうすると、部屋を見せて気に入っていただくだけの昔ながらのスタイルでは、営業マンとして不十分です。ファイナンシャルプランニングの発想やスキルを取り入れつつ、お客様のライフプランやライフスタイルに合わせ、いかに柔軟なご提案ができるかがポイントになってくるんですね。また、それだけ若い年代で住宅を一次取得されたということは、何十年か後に二次取得を検討されるお客様も多くなります。その際に良きアドバイザーとなれるよう、常に新しい知識への勉強が欠かせません。私自身、そうありたいと願っていますし、社員に対しても、お客様の人生の各ステージで期待に応えられる営業マンになってほしいと思っています。 |
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| 山本: |
時代の変化を敏感に察知して、不動産営業の新しいスタイルを追求されているのですね。社長のお話をお聞きしていると、とても素直で柔軟な考え方の持ち主なんだなという印象を受けます。 |
| 村本: |
そう言っていただけると嬉しいですね。私が普段からスタッフの皆に言っているのは、「悩むのではなく、考えてくれ」ということです。ビジネスの場合、仮に問題があったとしても、各要素を正確に分析し、柔軟な発想で考えれば自ずと答えは出ます。恋愛とは違いますからね(笑)。それで出た答えに対して、7割の確信と3割の不安の間で迷った時は、確信のほうに賭けて行動を起こしてほしい。3割の不安は努力で補えますし、皆で支えてあげることもできます。そのための会社でもあるんですから。 |
| 山本: |
社長からそんなふうに言ってもらえたら、社員の方々は心強い限りでしょうね。 |
| 村本: |
会社も中身もまだまだ若いのだから、とにかく皆で動かないと。当社では役職の有無に関わらず、全員が同じ仕事をします。電話営業、飛び込み営業、チラシ配りも例外ではありません。現場の第一線で一緒に働くうちに意識の共有もできますし、皆で楽しく働いていますよ。 |
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継続発展と自社ブランド発売 |
| 山本: |
では最後に、これからの展望について聞かせていただけますか。 |
| 村本: |
現在、当社は主に、大手デベロッパーが売り残した在庫を買い取り、それを再販するスタイルで事業を展開しています。当然、更に在庫として抱えてしまうリスクが伴いますが、なぜその物件が売れ残ったかを分析し、顧客ターゲットとのマッチングを見直してそれに合った営業展開をすれば、必ず成約に漕ぎ着けられます。住宅販売はご自分でモデルルームに来られるようなお客様が相手だと誤解されていることが多いんですが、本当に必要なのは、手間をかけて丁寧に顧客を掘り起こすことです。地域の特性を掴み、結婚や転出入など、住民の方々の生活の変化を素早くキャッチし、各ニーズに合わせてアナログな営業を積み重ねていくことが大事なんです。当社の場合、地元ならではの土地勘がありますし、個々の営業マンの営業力にも絶対の自信を持っていますので、まずは現在の事業をしっかり、成長させ続けていきたいですね。それと、来期はいよいよ、自社ブランドのマンションを開発・販売する予定です。その頃には更にスタッフも増やし、社内の体制も充実していると思うので、今から楽しみにしているんです。 |
| 山本: |
| 早くも自社ブランドを立ち上げるのですか! 社員一丸となって頑張れば、会社はこんなに早く成長するものなんですね。私も御社の発展を、陰ながら祈っています。 |
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<GUEST COMMENT>
18歳で家を出る時には、お父様と喧嘩別れのような形になってしまっていたそうで、それから12年という時間をおいて、現在はとても良い父子の関係に戻られた村本社長。「父には負けたくないですから」と笑っておっしゃったその言葉が、何のこだわりもなく、素直な響きで私の耳に届きました。営業という職種は特に、人としての素直さと、肩の力を抜いた自然体の姿が必要だと思います。そのお人柄がスタッフにも伝わっているからこそ、「離職率ゼロ」と誇らしげにおっしゃったその職場環境が実現されているのでしょうね。(山本 みどり) |
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