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コラム

第12回---出願した発明がすべて審査されるわけではない

2009/11/26 11:00
柳 康樹=創英国際特許法律事務所 弁理士
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昼食からの帰り道,樋口くんは,上木課長と知的財産部のクミさんが通路で話し込んでいるところを目撃しました。樋口くんの姿を目ざとく見つけたクミさんに呼ばれて話の内容を聞くと,既に出願した樋口くんの発明について「出願審査請求」するかどうかで議論していたとのこと。しかし,その「出願審査請求」が樋口くんにはよく分かりません。出願したら後は審査を待つだけじゃないの?

イラスト:やまだ みどり

 出願審査請求とは,「出願審査請求書」を特許庁に提出して審査を行ってもらうことです。出願経験の浅い人にはあまり知られていないのですが,出願すれば必ず審査されるわけではないのです。特許としての権利化を目指すのなら,出願日から3年以内に出願審査請求をしなくてはなりません。もし3年以内に出願審査請求をしなければ,出願を取り下げたものとみなされます。

 なぜ,出願審査請求という一見ややこしい制度が存在するのでしょうか。それは,審査の対象を必要なものだけに絞るためです。

 企業は多くの発明を出願していますが,そのすべてについて権利化を目指したいと考えているわけではありません。実際の製品に組み込む発明や将来のビジネスにつながるような発明については権利化することが重要になりますが,権利取得や権利維持に要するコストに比べて権利保持によるメリットが少ない発明については権利化する必然性がないからです。例えば,開発時点では「将来重要な発明になる」と期待して出願したものの後日あらためて検討してみるとそれほど重要ではなかったという場合や,「製品に適用するだろう」と考えて出願したものの実際には使わなかった場合などは,権利化を目指さない(=出願審査請求を行わない)ことになります。権利化の意思がないものについてまで審査を行うことにすると,審査対象の件数があまりに膨大になってしまう上,既に行った審査が無駄になってしまいます。従って,出願後に出願審査請求をさせることで,権利化の意思確認をしているわけです。

 前述の通り,出願審査請求には出願日から3年という猶予期間があるので,本当に権利化を目指すべきかどうかをじっくり考えられます。今回のケースでは,クミさんと上木課長は樋口くんの発明について,今後の開発や製品化における重要性という観点から出願審査請求を行うべきかどうかを議論していたわけです。

権利化しなくても「防衛」に使える

 それでは,出願審査請求をしなかった出願は全くのムダになってしまうのでしょうか。そうではありません。権利化を目指さない場合でも,出願しておくことで「後願排除効」という効果を得られます。後願排除効とは,読んで字のごとく後から出願されたものを排除できるという意味です。自分の出願よりも後に他人が同じ内容の発明を出願したとしても,他人の権利化を防止できることだと考えてください。

 以前に説明しましたが,出願内容は出願から1年6カ月後に公開されます。これは出願審査請求の猶予期間である3年よりも短いので,出願審査請求の有無にかかわらず,出願の内容は公開され,世の中に知られることになります。従って,自分の明細書等に記載されている発明については,他人が後から出願しても自分の出願内容を引例として拒絶されます。たとえ,他人が出願した段階で自分の出願内容が公開されて(≒世の中に知られて)いなかったとしても,自分の出願日より後に他人が出願したものについては,自分の明細書等に記載されている発明である限り,自分の出願内容を引例として拒絶されるという規定もあります。以上より,自分の明細書等に記載しておけば,後から他の人が出願しても原則として拒絶されるので,権利化を防止できるのです。

 実際,権利化だけでなく後願排除効も目的として出願することは決して珍しくありません。例えば,将来の製品に使う予定がある発明を出願しておくことで,他社による権利取得を確実に防止し,将来的に安心して実施できるようにすることが目的の場合などです。参考までに,筆者が先日あるメーカーの設計者から発明相談を受けたときの事例を紹介します。その発明には進歩性を主張できるポイントがどうしても見当たらなかったので,筆者は権利化がかなり難しい旨を設計者に伝えました。するとその設計者は「この発明は製品に適用する予定なので,万が一にも他社に権利を取られると困ります。権利化が難しいとしても後願排除のために出願だけはお願いします」と依頼してきました。

 この事例のように「権利化したかったけど,それが難しいならせめて後願排除だけでも」という流れで出願を行う場合だけでなく,初めから「自社で権利を持っておく必要はないが,他社に取られるのは困るので後願排除はしておきたい」という流れで戦略的に出願を行う場合もあります。後者のケースは,そもそも権利化を目的にしていませんが,そうした防衛的な意味合いで出願することも少なくありません。

 設計者の方はぜひ,出願には特許の取得以外に後願排除という目的もあることを覚えておいてください。そうすれば,発明を生み出したときに「これは権利化するほどのものではないけれど,後願排除しておく必要はあるかな?」と考えるなど,特許に対して複眼的に検討できるようになります。

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