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コラム

第6回---発明の新規性は意外と簡単に失われる 《訂正あり》

2009/08/27 11:00
柳 康樹=創英国際特許法律事務所 弁理士
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新製品の開発が軌道に乗り始めたある日,取引先に開発中の製品のコンセプトを紹介することになりました。「何ごとも経験」という上木課長の方針により,樋口くんも説明役として参加しています。技術上のポイントを一生懸命説明する樋口くんですが,開発中ということで詳細までは話せず,取引先も内容を計りかねている様子。「このままではらちが明かない」。樋口くんは,社内向けに作成しておいた「3次元モデルを印刷した紙」をカバンから取り出し,それで説明しようとしましたが,その様子を見ていた上木課長に止められてしまいます。さらに会議後にも「なぜ3次元モデルを見せようとした」と怒られる始末。コピーを渡したわけではないのに何が良くなかったのでしょうか?

イラスト:やまだ みどり

 開発中の製品に関する「機密情報」をどう扱うかは,設計・開発に携わる技術者が最も気を付けねばならないテーマの一つといえます。そこで今回は,このテーマについて特許の「新規性」の観点から説明します。

 多くの読者の方は「機密情報の扱いに気を付けるなんて当たり前だろう」と思うかもしれません。他人に全く話さずに済むのなら,それに越したことはないでしょう。しかし,今回のシチュエーションのように,全く話さないというわけにもいかないのが実情です。その場合に「どこまで話したり見せたりしてもよいのか」「どういう状況・条件なら話したり見せたりしてもよいのか」といったことが重要になってきます。ベテラン技術者であれば,そういったことも含めて理解していると思いますが,今回は若手技術者に聞かれた時にどう教えるかという視点で読んでみてください。

話したり見せたりするだけで新規性はなくなる

 では本題に入ります。これまで説明した通り,出願前の段階で既に世の中で知られていたり,実施されていたり,刊行物やウェブサイトに記載されていたりする発明は,特許として認められる要件の一つである「新規性」がないとして拒絶されます。また,新規性がないことを特許庁の審査官が見過ごして,誤って特許を取れたとしても,権利化後に取り消されることがあります。ここで注意していただきたいのは,発明を世の中に知らしめたのが他人である場合はもちろん,発明者自身の場合にも新規性がなくなってしまうということです。従って,特許を取得したい発明について,出願前に新製品をプレス発表したり,自社のウェブサイト上で公開したりした場合,公開した情報の内容によっては,新規性がなくなってしまう恐れがあります。まして,出願前に新製品の販売を行えば確実に新規性がなくなります。

 ここで,「プレス発表やウェブサイトなどで世間に対して大々的に発表しなければ大丈夫でしょ?」と思う方がいるかもしれません。しかし,特許法における新規性の解釈では,たとえ少数人であっても守秘義務のない人に知られれば新規性がなくなるとされています。つまり,自分の発明を社内で発表する分には(社員には守秘義務がありますので)新規性はなくなりませんが,守秘義務のない社外の人に発明の内容を知られれば,その相手が取引先であろうが友人であろうが家族であろうが,新規性はなくなってしまいます

 特許法上での「知られる」とは「技術的に理解される」ことを指すので,技術を知らない人に資料などを見られても直ちに新規性がなくなるわけではない。

 今回のケースでは,取引先の担当者はその製品分野の技術について熟知していると考えられますので,3次元モデルを見せて詳細な説明を行えば,樋口くんの発明はその時点で新規性を失うと可能性が高くなります。特許を取得できれば,将来膨大な利益を生むことになったかもしれない発明をみすみすドブに捨てかねない行為ですので,上木課長にその場で制止されるのも仕方がないことでした。

親切心が“命取り”に

 今回のケースで樋口くんは取引先に3次元モデルを見せようとしましたが,「コピーさえ渡さなければ見せてもよいのでは」と思った方もいるかもしれません。しかし,コピーなどの“物的証拠”が取引先の手元に残らなければ大丈夫という話ではありません。頭の中で理解されてしまえばその時点で新規性がなくなってしまうので,資料を見せてはならないのはもちろん,資料の内容を口頭で詳しく説明しただけでも“アウト”です。従って,未出願の発明を含んだ製品について社外の人に説明する必要がある場合は,あくまで新製品の性能が向上したことや,新しく加わった機能などの紹介にとどめておくべきです。たとえ親切心からであっても,発明のポイント,すなわち性能向上のための工夫点や,新機能を実現するための具体的構造などを説明してはなりません。

 ただし,商談を有利に進めるためにどうしても発明の内容にかかわる部分を説明しなければならない場面も多々あると思われます。そうした場合,あらかじめ秘密保持契約を交わして打ち合わせなどを行うことになります。守秘義務のある人に口頭で説明したり,図表などを示したりする分には,新規性が失われることはありません。

特許権の取り消しも?

 「取引先に発明のポイントを説明したことなど,特許庁の人には分からないのだから,それほど気にする必要はないのでは?」と思った人も少なくないかもしれません。確かに,出願人がいつどこで取引先と打ち合わせを行ったかなどということを,特許庁の審査官はいちいち把握できませんので,出願前に取引先で発明の内容を話していたとしても,出願してほかに拒絶理由がなければ,いったんは形式的に特許権を取得できるでしょう。しかし,新規性を失っている以上,その特許権は誤って登録された権利ですので,後で取り消しの対象になりますし,権利を行使しようとしても,効力が認められないことも覚悟しなくてはいけません。今後,権利を行使する際に問題が生じる可能性もありますので,十分に注意してください。

 そもそも,「特許庁にバレなきゃいいし,取引先に証拠を残さなければいいのでは?」というのは,特許の世界では極端にいえば「罪を犯してもバレなきゃいいし,証拠を完全に隠滅すればいいのでは?」というのと同じです。皆さんはプロの技術者として,バレるバレないにかかわらず,絶対に新規性を失わない心構えを持ってください。

■変更履歴
記事掲載当初,直前の段落において状況設定の説明が不足しており,簡単に侵害を免れることが可能であるかのような誤解を招くような表現になっていました。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2009/08/28 12:15]
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