Joaillerie I LOVE LOUIS VUITTON♪

LOUIS VUITTONのVIPルームでの時間が大好きな人文研究者のブログ


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淡々と記します。


私たち夫婦は、結婚してから随分と経ちますが、子どもはいません。


子育て中の方々のお話に混ざる環境にないので、どういう価値観なのかはわかりませんが、それでも、「子どもを産み、育てる」ということは、非常に大変であると同時に、やはり素晴らしいことであると思っています。


しかし。


子どもが産めないカラダである以上、どうしようもありません。

医学の発展により、倫理観も様変わりして、様々な方法もありますが、すべて自然のまま、受容することに決めています。


大学院生時代の20代で結婚し、もう8年。

結婚当初は、まずは夫婦として暮らし、夫は夫の仕事、私は大学院生の研究活動に専念することが第一でした。


そのうち、私があることで身体を壊し、子どもの予定があるかどうかの選択をする余地もなく、投薬治療が始まりました。その時点では、まずは身体を健康かつ健全に戻すことが先決と言うほど、生死に関わっていたのです。


1年ほど投薬治療すれば治るような見通し(予定)でしたが、所詮「予定」です。

もう何年も投薬治療です。内科も産婦人科もすべて診察を受けました。産婦人科では、妊婦さん、お子さんを連れた妊婦さん、その中にいることで息苦しくなった経験もあります。


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現在でも、まだ子どもを産むには大丈夫な年齢ではありますが、おそらく。。。子どもは産まない、産めないでしょう。


結婚当初、「子どもさんは」と唐突に聞く人がいることに驚きました。さらには、「ご両親が楽しみにしているはず」とまで。なぜ、結婚→出産なのでしょうか。それが親孝行で、そうでなければいけないのでしょうか。

こういう考えは解りませんし、理解もしません。


私たち夫婦の親たちは、一度たりともこのことに触れたことがありません。


上記は「悪意のない質問」ではあったのでしょう。

しかし、その悪意のなさ、つまりは「鈍感さ」が、「悪意のある悪意」よりも酷いという事態を招くのです。

悪意のない、鈍感な発言。こうした考え、言葉を発する人が多いものだ、今でも。と改めて感じたものです。


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先日、新緑の美しかった日。夫と揃って休日を迎え、ドライヴデートを楽しんでいました。

ふと車を停めて、新緑を眺めていたところに、よちよち歩きの男の子が、お父さまと一緒にお散歩していました。その親子の笑顔、特に男の子の笑みがまさに天使のようで、思わずこちらまで微笑んでしまいました。


ですが、そこまでです。

それ以上はもう考えなくなっている私がいました。


私の学界という環境だけのことでは決してないと思いますが、結婚しても子どもがいないというご夫婦はたくさんいらっしゃいます。


しかし、お互いに子どもの有無など聞いたこともありません。そういう話題すらなりません。たとえ、お酒の席でも。


ずっと仲の良い海外の女性研究者とも、お互いの年齢や子どもことを自分から聞いたことがありません。気にしていないのです。履歴や身分証明で年齢を知ったとしても、何とも思いません。

ただ、礼儀として、年上であることがだいたいわかっていれば、中国や台湾の目上の人に対する敬称を付けます。しかし、だいたいは「女士(女史ではありません)」と付けることにしています。


たしか、宇宙飛行士の向井千秋さんが、何年ものお付き合いの女友達の年齢など知らないとおっしゃっていたような憶えがあります。それでも信頼はずっと厚く。素敵でした。


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ここのところの連続の医者通いでも、そのことはもう触れず、まずは自分自身の健康に専念するという意味での「様子見」。


夫の気持ちは記すまでもありません。

私の命は自分だけの命ではないということを教えてくれました。


夫と一緒にいることは、本当に穏やかになれ、また喜びに満ちたものであることに、心から感謝しています。

そのために健康になること、これは絶対に果たすこと、未来への約束です。


ふと、雑感。

この記事などUPする必要がないのかもしれない。


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今朝、夫がコーヒーを淹れてくれました。

あの香りに包まれて、私はパンやフルーツの用意。

こういう時間が嬉しい。


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