2012-10-30
「孫の代までの仕事」が10年で消えたケース
「グローバル化」はジャーゴンではなく、具体的な物質的根拠と客観的なシステムを持っています。
そのひとつが、「コンテナ」です。
以下、「コンテナ」にまつわる、今もなお色褪せない話をします。
「沖仲士」という仕事があります。
この言葉自体は「差別用語」だということで、もっぱら「港湾労働者」といいますが。
要は、港で、輸送船の荷物の積み替えをする、「荷揚げ労働者」の人達のことです。
1950年代当初、沖仲士に従事する力自慢の男たちは、ニューヨークで5万1千人以上、ロンドンでも5万人以上いたらしいです。
こういうイメージ
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犯罪も絶えない。
ところが、1976年には、港湾労働者の数は7割減、その仕事の内容もすっかり変わってしまいました。
その大きな原因のひとつが、「コンテナ」でした。
コンテナが登場するまでの「沖仲士」たちは、港湾から資格を受け、就労斡旋所で仕事をもらい、毎日異なる船会社の異なる荷物を積み降ろしていました。
そのため、彼らの帰属心は会社にはなく、「仲間たち」にありました。
住居も、ほとんどが港の近くで、その近辺では、就労者の2割程度が沖仲士かトラック運転手でした。
沖仲士は、父も息子も兄弟も従弟も沖仲士ということが珍しくなく、隣り合わせに住んでいて、その点でも「絆」が強く、「よそ者はお断り」で、沖仲仕の家庭では、息子が16歳になったら、朝の就労斡旋所の列に並ばせ仕事を割り当ててやるのが決まりのようになっていました。
沖仲仕の資格には序列があり、就労斡旋所では、「Aメン」「プロ」と呼ばれる最高ランクから仕事が割り当てられ、それより下のランクになればなるほど仕事の口はありませんでした。
ランクは、経験年数に応じて分類されていたので、「飛び込み」で仕事を取ろうとしても難しく、結局年数が長く、ベテランにかわいがってもらえる「仲間」が仕事を得ることになります。
マンチェスターでは、50年代、沖仲仕の75%が息子や従弟などの世襲、残りの25%も沖仲仕の娘と結婚した「婿養子」でした。
つまり、「沖仲仕は孫の代までの仕事」でした。
ところが1953年マルコム・マクリーンというトラック野郎がコンテナによる輸送という新しいシステムを思いついてから数年で、砂糖袋や缶詰や時計やその他ごちゃごちゃしたものを雑多に積み込み、寄港するごとに積み下ろしをしていた輸送船は、積み込みから輸送先までコンテナを下ろすこと無く届けるサービスに変わりました。
コンテナへの積み込みも陸で行いトラックに載せ、港でコンテナごと積み替えるので、積み替えの仕事が無い。
実は港での積み替え作業の際に起きる「盗難」が大きな問題となっていましたが、コンテナは盗難自体をなくす点でも優れていました。
積み替えの仕事が主である「沖仲仕」の仕事は、重い砂糖袋を運びうまく輸送船に積み込むことから、ウィンチを操作してコンテナを輸送船に積み込む仕事に変わりました。
この機械化に対して、労働者は労働組合に集いストライキなどで激しく抵抗し、短縮された労働時間分の賃金も支払うこと、機械化で人員削減を行わないことなどを船会社と港湾当局に求めました。
結局この抵抗は、コンテナの浸透を背景に、「仕事そのものを失う」という状態にジリジリ追い込まれていきます。
そこで、このままではジリ貧だと悟った労働組合幹部の尽力によって、
などで妥協しました。
その間にも、1960−63年の間、船会社による仕事のやり方が変わり、一回に荷降ろしする荷物の量が極端に増え、労働者は機械を使わなければとても仕事ができないほどの過密な労働となりました。
そのため、労働者の中から、機械化を要望する声が高まって来ました。
結局、「Aメン」の所得補償と退職の保証はされましたが、やがて、そもそも「沖仲仕」という仕事自体が無くなって行きました。
かつては沖仲仕の中でも、手作業で荷物の積み下ろしをするものに対し、ウィンチを操って荷物を船に運ぶ「デリックマン」は高い序列にあり、沖仲仕の憧れでした。
しかし機械化により、ウィンチの操作回数も精密さも増したあとでは、ツライばかりの仕事になりました。
ある沖仲仕は「コンテナのおかげで、埠頭の仕事はまるで工場の仕事みたいになっちまった」とこぼしたそうです。
さらに、港に住み着いていた沖仲仕のコミュニティも、仕事そのものが消えて行く事で消えざるを得ませんでした。
危険だけど割のいい仕事。無条件で息子に継がせることのできた仕事。数日、ときには数週間も実入りがないこともあったが、「今日怠けて魚を釣りに行こう」と言っても誰にも咎められない仕事。
沖仲仕の男たちは、自分たちはどんな仕事でもこなせるタフガイであり、誰の指図も受けない、と考えていました。
「大酒飲みで喧嘩っ早い」「腕っぷしの強い荒くれ者」と言われるのを好み、コミュティの中で生まれ、生きていくことを疑わなかった人生。
その仕事は変化し、消えました。
同時に、彼らのプライドも、粉々に打ち砕かれたのでしょう。
1960年代の労働者にとって「解雇」という事態は恐るべきものでした。
沖仲仕に限らず労働者の大半は基本的な読み書きや計算もできないものが多かったので、再訓練するのも難しかったのです。工場労働者の半分は、中学卒業程度の教育しか受けていなかったそうです。
以上、「コンテナ物語」より。
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ちなみにマルコム・マクリーンは、「コンテナの父」と讃えられていますが、業界とそれを取り巻く世界の様々な変化の中で苦戦を強いられ、カーネギーなどのような大資産家にはなれなかったことを付け加え。
さて、機械化によるシステムが構築したあとでは、「効率の悪い」人力の仕事ですが、構築する前は、「それ以外の方法がなかった」仕事でした。
その仕事に従事したひとたちに、当時は「自己責任」などと言う言葉は浴びせられなかったけれども、同様の冷たい目が浴びせられていたことは特筆すべきことでしょう。
だって、今も同じだから。
仕事って、「特別な『プロ』」とやらだけが行うものでしょうか?
たまたまそこにあり、誰かがやらなければならないことを、誰かがやる、それが仕事の基本的な姿でしょう。
そして人が集まり、その仕事に関わる人が増えることで、仕事に従事するひとたちの人間的なプライドが醸成される。
それを幻想だということも、壊してしまうことも簡単でしょう。
しかし、人は、そのような仕方によってしか、自身のプライドを保てないのです。
「雇用流動化」は、単に仕事が変わる、それだけのことではない、と私は思います。
人が生きていくプライドのようなものも、「仕事」は、与えてくれる。
経営者にとっては(わたしも雇う側にたったことがあるので少しは実感していますが)、頭の痛い問題でしょうね。
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