第6章.死闘編
第6章.死闘編:第18話「彼への想い」
時は2日前、大河が迷宮に入った氷の月、第2週風の曜(2月9日)の夕方に遡る。
ノーラは一人ベッドの上で悩んでいた。
隣には妹のレーネがいるが、彼女も連日の看病疲れから今は眠っている。
ノーラとアンジェリークの怪我も大河の再生魔法とアロイスたち治癒師のおかげで完治し、通常の生活に支障はなくなっていた。但し、まだ5日間しか経っていないため、完全には体力が戻っていない。
あの雪の日、自分たちを助けるためにミルコが犠牲になった事実がノーラに重く圧し掛かっていた。
そして、ミルコとエルナの仇を取るため、大河がグンドルフと対決する意思を固めたことを聞き、余計に自分たちの無力さを感じてしまう。
自分たちがいなければ、自分たちがもっと強ければ、ミルコは死ななかった。ミルコが死ななければ大河はもっと別な方法でグンドルフと対決したかもしれない。
エルナの仇を取るにしても、一人ではなく、ミルコの手を借りただろう。
(あの時のミルコさんの動き、私には一生掛かっても無理。その彼がご主人様に手を貸してくれれば、無理に迷宮に入ることも無いはず...)
彼女は7日前に自分たちの存在が大河の重荷になっているのではないかと5人で話し合ったときのことを思い出していた。
(今のままではご主人様のただの重荷。あの方は優しいからそんなことは言わないけど、私たちがいるせいであの方の命が危ないのなら...どうしたらいいんだろう)
アンジェリークもノーラと同じことを考えていた。
(あの時、私がしっかりしていれば、ミルコさんが死ぬことは無かった。確かにグンドルフは強かった。タイガ様と同じくらい。でも、私が見る限り、ミルコさんの方がもっと強かったと思う。私があの時動けていたら...)
直接的な原因となったアンジェリークはミルコの死に対して責任を感じていた。
大河に言えば、即座に否定されるだろうが、あの時、あの場所に自分がいなければ、もっと強ければ、早く死んでいれば、違う展開になったかもしれない。
(みんなを守る騎士を目指す、そんなことを言っていたときもあったわ)
彼女は自嘲気味に
(笑わせるわ。いつも守られてばかりじゃないの。このままではタイガ様にずっと迷惑を掛けるわ。女としても見てもらえない、守られるだけの存在。これでタイガ様に何かあったら、私は...)
彼女は大河を失うという可能性が頭に浮かぶ。何度打ち消してもすぐに浮き上がってくる。そして、彼女はゆっくりと立ち上がった。
カティアは慣れない家事をしながら、迷宮に入った大河のことを考えていた。
ノーラとアンジェの横で二人の顔を撫でながら、泣いていた時の大河の顔を思い出し、
(ご主人様のあの時の悲しそうな目、ミルコさんを見ながらノーラとアンジェを介抱していた時のあの悲しい目。帰って来たときはあんなに楽しそうに笑っていたのに...)
そして、エルナの遺体を見た彼は魂が壊れていくようだった。その彼を見た時、彼女は自分が何をすべきか、何が出来るのか、判らなくなった。
あの時は彼の壊れていく魂を引き止めるため、ただ抱きつくことしかできなかった。
(きっと私たちの誰かが死んでも同じようになったんだと思うわ。でも...)
(もっと、ずっとずっと強い人だと思っていたわ。私たちを助けてくれる強い人だと。だから私は甘えていた...)
自分にはどうすることも出来なかった。
その思いが彼女に重く圧し掛かっている。
自分たちはここにいていいのか。
自分たちは彼にとって何なのか。
自分たちは彼に何ができるのか。
(あの方が帰ってくる前にノーラが言っていたことを思い出すわ。このことを言いたかったのね。今からでもいい。私たちができること、しなければいけないことを考えないと)
クリスティーネはアンジェリークの看病をしながら、ミルコが死んだときのことを思い出していた。
最初はただの酔っ払い、偏屈者の年寄りだと思っていた彼が自分たちのために命をかけてくれたことを。
(ミルコさんは私たちを助けてくれた。でも、それはご主人様に頼まれたから。亡くなる時もあの方のことを話していたし...最後には私にお礼まで言ってくれたわ。あの方にとってとても大事な人。その人を私たちのせいで...)
(あの時、初めてクリスって呼ばれた。いつもそう呼んでほしかった。でも、こんな状況で呼ばれたくなかったわ。もっと幸せな時に...)
(今はそんなことを考えている時じゃないわ。あの方を失うことはできない。私に出来ることは何?)
彼女は必死になって自分に出来ることを考えていた。
そして、突然立ち上がったアンジェリークに驚くが、彼女の言葉を聞き、一緒に部屋を出て行く。
ノーラは寝ていると思っていたが、レーネは起きていた。
雪の中で襲われた時のことを思い出し、何度も恐怖に震えていた。
(あの時、ミルコさんが来なければ、ううん、一分遅ければ私たちは生きていなかったわ。アンジェが動けなくなって、ノーラの腕が斬り落とされた後、私たちは”絞められる鶏”のように殺されるのを待つだけだった...)
あの時、彼女はショートスピアを繰り出しながら、半ば死を受け入れていた。
ミルコのあの嗄れた声が聞こえなければ、あの冷たい目をした盗賊の双剣の前に体が動かなかったと思っている。
姉の腕が斬り落とされ、アンジェリークが重傷を負い、更にミルコが剣で刺し貫かれたのに、治癒師である自分に何も出来なかったことが悔しかった。
(あの時、叫ぶことしか出来なかった。治癒師なのに...ご主人様のようにアンジェを助けることも、お姉ちゃんの腕を繋ぐこともできなかった。同じ槍使いのカティアほど戦えないのに、治療も満足に出来ないなんて...)
(今の私には何も出来ない。ううん、やらなかっただけ。私にも出来ることはあるはず...)
彼女は起き上がり、このことを姉に相談しようと思った。
アマリーは2日前に意識を取り戻してから、体調は徐々にだが、戻りつつあった。
ただの村娘に過ぎない彼女は、矢が刺さった時の痛みで気を失っており、そのときのことは良く覚えていなかった。
更に大河がミルコとエルナの死を知り、慟哭していたことも知らない。
(タイガさんの様子もおかしかったし、シルヴィアさんの様子も少し違う気がする。アクセル様も少し塞いでいるようだし...)
彼女を慮った大河がミルコとエルナのことを話さないよう口止めしていたため、彼女にそのことを教えてくれる者はいなかった。
そして、大河が迷宮に入った事も口止めされていた。
(タイガさんに朝会ったきり。忙しいのかしら?)
ノーラたちとは一応顔合わせが終わっており、彼女たちが襲われたことも聞いている。
(ノーラさんたちって皆さん美人ね。それにタイガさんと同じ冒険者だし...タイガさんと一緒にクロイツタールに行くのかしら。私も何か出来たら良かったのに...)
彼と共に戦いの場に立つことが出来ないことが残念だが、自分には無理だと判っている。早くエルナと顔合わせして、彼のために何が出来るか相談したかった。
(エルナさんって優しい人って言っていたけど、どうなんだろう。早く会って話がしたい。でも、会うのが怖い気もするし...)
またすぐに平和な日々が来ると、彼女は思っていた。
シルヴィアはまだ体調が戻りきっていないが、少しずつ体を動かすようにしていた。
(体は本調子ではないが、ヴェスターシュテーデであの商人から受けた鞭に比べれば、それほど辛いわけではない。だが、タイガが迷宮に入ったことと出て来た後のことを考えると胸が苦しくなる)
彼女は迷宮のことを噂程度しか知らない。ノーラたちに聞けばいいのだが、彼女たちとの間に壁のような物を作ってしまい、聞けずじまいでいる。
だが、初めて大河からこの計画を聞いたときに強硬に反対していたことを思い出し、かなり危険なことをやっていることだけは判っている。
(彼は大丈夫だと言っていたが、一人でグンドルフに立ち向かうのは自殺行為だ。どうしても止めたい...だが、私は彼から邪魔をするなと命じられてしまった...私はどうしたらいいのだろう...)
そして、ミルコとエルナの遺体に対面した時のことを思い出していた。
(あの二人とは初めて会ったが、あの顔はなぜか幸せに満ちているように見えた。答えてくれないのは判っていた)
(だが、どうしても聞かずにはいられなかった。『彼と出会えて幸せだったのか』と)
(二人は『幸せだった』と答えたと思う。気のせいかもしれない。だが、そうとしか思えなかった...)
(そして、『彼を頼む』と言われたような気がする。確かにあの時のタイガは危うい感じがしていた...)
(初めて会えた仲間。私のことを『出来損ないのエルフ』、『かわいそうなシルヴィア』ではなく、ただの『シルヴィア』として見てくれる男)
(彼を失えば私は生きていけないだろう...身勝手な想いだとは判っている。だが、彼を失いたくない。どうすれば...)
彼女は一人考えにふけるが、良い考えが浮かばなかった。
そして、アクセルとテオフィルスの顔を思い浮かべ、二人に相談することを思いつく。
(アクセル卿とテオフィルス卿に相談しよう。お二人も心配しているはずだ)
彼女はアクセルたちの下に向かった。
ノーラの部屋にアンジェリーク、カティア、クリスティーネの3人が入ってきた。
「ノーラ、今いい?」
アンジェリークがノーラに声をかけ、彼女が頷くと3人はそれぞれ好きなところに腰を掛けていく。レーネは姉の横に座る。
「どうしたの? 3人揃って?」
「前に言っていたでしょ。これからの私たちのこと。それを話し合いたいの」
アンジェリークはそう切り出すと、ノーラも
「私も考えていたの。これからどうしたらいいのかって。私たちがいたせいでミルコさんは亡くなったの。私たちがもっと強ければ...」
思いつめたようにそう話すノーラにカティアは、
「私たちに責任があるのは判るわ。でも、酷い言い方だけど、今、そのことを言っても仕方が無い。このまま何もしなければ、あの方は前に言ったとおり、騎士様たちの助けも借りず、一人で戦いに行ってしまう」
カティアの言葉を聞き、ノーラは頷きながら、全員に自分の考えを話していく。
「私はあの方がどうしたいのか考えたの。あの方が考えていることは、多分こうだと思う。自分がいなくなれば私たちに危害が加えられることが無くなる。だから、勝てなくても自分が死ねばいいと」
カティアはその話を聞き、襲撃の時を思い出していた。そして、
「そうね。あの方ならそう考えるかも...ミルコさんが亡くなった時、ノーラとアンジェの怪我を見た時のあの方の悲しそうな目。忘れられない...」
クリスティーネは大河の抜け殻のような姿を思い出しながら、
「あの方は凄い方...でも優しい方。自分が犠牲になればって考えるはず...どんなことをしてもお止めしないといけないわ」
「でも、どうやってお止めするの? 騎士様たちもご主人様の命令だと従わないといけないのでしょ。私たちが泣いて頼んでもきっと無理よ...」
レーネが泣きそうになりながら、そう話している。
「あの方が思いつく以上の作戦を考えないと多分無理。でも、あの方が思いつく以上の策なんて思いつくはずはないわ。でも...」
ノーラはそう言いながら一つの考えが頭に浮かぶ。
「ノーラ、なにかあるの。あの方を失わなくても済む方法が!」
アンジェリークは乗り出すようにノーラに詰め寄る。
「一つだけ思いついたの。正直、成功するかもわからない。でも、これをすれば私たちはあの方に許して貰えない」
ノーラが悲しそうな顔でそういうと、普段は声を荒げたことなど無いクリスティーネが、
「何でもいい! あの方を失うくらいなら、嫌われたっていい。教えてノーラ!」
ノーラは下を向き、
「アマリーさんに事情を話してあの方を説得して貰うの。悔しいけど、彼女はあの方に愛されているわ。エルナさんが亡くなった今、彼女しか止められないと思うの」
ノーラは悲しいような悔しいような表情を見せ、
「だから、私たちに口止めして行ったんだと思うの。だから、彼女に事情を話せば、あの方に嫌われる。それに、結局人頼みしか思い付かなかった...」
ノーラの言葉を聞き、アンジェリークが、
「私たちはアマリーさんのことを良く知らないわ。フックスベルガー様に相談してはどうかしら」
5人は皆頷くが、結局人頼みの考えしか浮かばない自分たちの無能さに嫌気がさしていた。
そして、アンジェリークが話し始める。
「もう一つ話しておきたいことがあるの。あの方が無事帰ってきてからのことだけど...」
彼女は前にも話し合ったとおり、自分たちが大河と一緒にいていいのか、自分たちはどうすべきなのかを決めておきたいと話す。
「今回の件でよく判ったの。今の私たちがクロイツタールについていったとしても助けになるどころか、迷惑を掛けるだけ。せめてシルヴィアさんくらい信頼されていれば、付いていくのだけど...」
アンジェリークはシルヴィアがアマリーの護衛についていることを聞いていた。
彼女は彼に信頼され、彼の愛する女性の護衛を任されている。
「あの方をお止めできたら、私は迷宮に入る。あの方の横に立てるほど強くなれるかは判らないけど、何年掛かるか判らないけど、もっと、もっと強くなってあの方を守りたい...」
アンジェリークの言葉を聞き、皆頷いている。
「そうね。私ももっと腕を上げる。治癒師としても槍使いとしても。あんな悲しい思いをもうしたくないし、させたくも無いわ!」
レーネが立ち上がり、宣言するように話している。
「そうね。まずはフックスベルガー様に相談しないと。できればシルヴィアさんにも。何としてでもあの方をお止めする!」
ノーラはそういうと、アクセルの部屋に向かった。
シルヴィアはアクセルを見つけ、大河のことで相談したいことがあると伝え、まだ本調子では無いテオフィルスの下に行く。
彼女は二人に、
「相手は20人以上の盗賊。いくら高位の属性魔法が使え、天才的な剣の使い手でも今回の策はあまりに無謀...タイガらしくないと思うのだが...」
アクセルがシルヴィアの言葉を引き継ぎ、
「俺もそう思う。シルヴィアさんの言いたいことはよく判る。グリュンタールとの試合ではもっと慎重だった」
そして、3日前のミルコ、エルナの葬儀の後に聞いた作戦を思い出し、
「副長代理の考えは確かに理に適っているんだが、今回はいつもの慎重さを欠いているとしか思えない。テオはどう思う?」
「ああ、俺もそう思う」
テオフィルスもアクセルの意見に同意する。
シルヴィアは、
「アクセル卿、テオフィルス卿。どうしたらいいんだろう。私にはどうしたらいいのか判らないのだ」
二人も同じようにいいアイディアがあるわけではなかった。
アクセルは、シルヴィアとテオフィルスに向きなおってから、
「俺は騎士としてまだまだ未熟だ。副長代理のように深く考えることができない。だが、一つだけ思いついたことがある」
更に言葉を続けていく。
「騎士としては恥ずべきことだが、ノーラ殿たちに相談してみようと思う。彼女たちも何か考えているだろうし、我々が知らない副長代理を知っている」
二人は頷き、立ち上がろうとした時、ノックの音が聞こえてきた。
外にはノーラたち5人が立っており、相談したいことがあると言っている。
5人を部屋に招きいれると、かなり手狭になるが、誰もそのことを気にしていない。
アクセルが口火を切る。
「我々も貴女たちに相談に行こうと思っていた。副長代理、いや、タイガ卿の様子がおかしい。このままではタイガ卿を失ってしまうかもしれない...だが、我々では何も思いつかなかった。何でもいい、どうしたらいいのか教えて欲しい」
絞り出すように語るアクセルの言葉にノーラたちも同じ思いだと頷いている。
そして、ノーラが話し始めた。
「フックスベルガー様。私たちも同じなんです。どうしたらいいのか...一つだけ思いついたことがあります」
アクセルは身を乗り出し、
「そ、それは!」
「アマリーさんにお話して、タイガ様を止めてもらおうかと。アマリーさんはタイガ様に愛されています。彼女なら止められるのではないかと...」
その言葉を聞き、アクセル、テオフィルス、シルヴィアの3人は一様に下を向き、考え込む。
シルヴィアが、
「ノーラ殿。確かにアマリーが言えば思い留まる可能性はある。だが、アマリーは一月前に家族を失ったばかり。先日も家族の墓を参った時にかなり思いつめていたように見えた...」
シルヴィアはアマリーの話、ジーレン村での虐殺の話を5人にしていく。そして、ここに来る途中に立ち寄ったジーレン村での出来事も語っていく。
「今、彼女にこの話をすれば、恐らく心が壊れてしまうだろう。できれば最後の手段にしたい」
アクセルも
「今、アマリーさんにこの話をするのは俺も反対だ。タイガ卿が迷宮から戻ってきたタイミングなら何とかなるんだが」
8人でいろいろ話をするが、他にいい案はなかなか思いつかない。
結局、大河が一人で対決に向かった場合、騎士団が時間差を付けて後を追うという案を提案することしか思いつかなかった。
そして、アマリーにはこの事実は伏せ、いつものように迷宮で修行しているとだけ、伝えることになった。
8人は焦慮の念を抱えながら、大河の帰りを待つことになる。
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