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エルナの遺体と対面するシーンに少し手を加えました。
第6章.死闘編
第6章.死闘編:第10話「抜け殻」
 翌朝、ベッドの中で目が覚めると、俺は服を着たまま屋敷のベッドで寝ていた。

 昨夜、とても大事な夢を見たような気がする。

(どんな夢だったんだろう。でも、とても悲しい夢だった。何かとても大事なものを...)

 彼の記憶から夢の内容が消えていった。

(昨夜は何でそのまま寝たんだっけ? まあいいか)

 起き上がろうとしたが、疲れが取れておらず、力が入らない。

(ぐっすり寝たはずなのに魔力が回復していないな。何でだろう?)

 普段なら8時間の睡眠で完全に回復する魔力が、今は半分ほどしかない。

 考えるのが億劫になり、朝食を食べるため、食堂に下りようと部屋を出て行く。
 部屋の外には、クロイツタールの兵が歩哨に立っていたが、軽く挨拶だけして、そのまま階段を下りて行く。

 食堂には数名の騎士たちが座っていた。俺が行くと皆、立ち上がり、直立不動の姿勢で敬礼してくる。どの騎士たちの表情も硬く、同情の色すら見えている。

(何で屋敷に騎士たちがいるんだっけ?)

 厨房に入り、何か食べ物がないか探してみるが、すぐに食べられるような物はなかった。

(ノーラたちが買っておかなかったんだな。仕方がないやつらだ)

 俺はかまどに火をいれ、湯を沸かし始める。

(何を作ろうかな? 面倒だし干し肉で出汁をとったスープでも作るか)

 干し肉を捜していると、後ろからクリスティーネの声が聞こえた。

「ご主人様、どうしたんですか! 何をしているんですか!」

 天然系のクリスティーネにしては緊迫した声を出しているなと思いながら、

「ああ、クリスか。おはよう。腹が減ったから朝食を作ろうと思って」

 クリスティーネは立ちすくんだまま、動かない。

「今日は訓練の日だよな。もうそろそろ起きる時間だし、みんなを起こしてきて」

 動かないクリスティーネに他の4人を起こしてくるように頼み、干し肉を捜すことを再開した。

(見つからないな。非常食に取ってあったはずなんだけど)

 後ろから突然抱きつかれ、ビックリして振り返るとクリスティーネが泣きながら叫んでいた。

「誰か! 隊長様を呼んできて下さい! ご主人様が!」

 俺はクリスティーネにされるまま、その場に座り込む。

 ラザファム・フォーベック隊長が現れ、綺麗な敬礼を見せた後、座り込む俺を見ず、正面を見据えて報告を始める。

「報告します。昨夜の襲撃により...」

 俺は耳を塞ぎ、そして幼い子供のように叫んでいた。

「いやだ! 聞きたくない! 止めてくれ!」

 俺の叫び声を聞き、カティア、レーネ、騎士たちが集まってきた。
 クリスティーネが俺を抱きしめ、

「ご主人様、大丈夫ですから、大丈夫ですから...」

と泣きながら、何度も声を掛けてくる。

 カティア、レーネも俺に抱きつき、一緒に泣いている。

(ああ、昨日グンドルフに襲われたんだっけ。ミルコが死んで、エルナも...)

 俺の心は現実を拒否していたが、徐々に記憶が戻ってきた。

 突然、アマリー、シルヴィア、ノーラ、アンジェリークのことを思い出し、俺は叫び始めた。

「他のみんなは! どうなった! 教えてくれ!」

 俺は少し暴れるが、クリスティーネたちが必死に俺を押さえ、少し落ち着いてきた。

「ラザファム殿。見苦しいところお見せした。済まないがもう一度報告を頼む」

 ラザファムは、昨日の結果について報告を始めた。

「アマリー殿は現在意識不明のままです。わが隊の治癒師、シュバルツェンベルク守備隊の治癒師では手の施しようがありません。シルヴィア殿も意識不明のまま、体力は少しずつ戻ってきているようですが、予断を許さない状況です」

 ラザファムは俺の様子を見て、更に報告を続ける。

「ノーラ殿、アンジェリーク殿は意識が戻り、現在自室で休んでおられます。派遣部隊の損害ですが、重傷者7名、軽傷者5名。最も重篤なのが、テオフィルス・フェーレンシルトで意識不明のままです。アクセル・フックスベルガーも重傷ですが、意識は戻っております。その他の重傷者も命に別状はありません。軽傷者は治癒魔法により既に完治しており、任務に支障はありません」

 そして言い辛そうに、

「ミルコ殿とエルナ殿はお亡くなりになっております。ご遺体はこの屋敷に安置しております」

 俺は改めて事実を突きつけられ、言葉が出ない。
 再び、現実を拒否したくなるが、クリスティーネたち3人の体温が俺の心を現実に繋ぎ止めてくれた。

 ラザファムは再度姿勢を正し、

「今回はすべて私の不手際です。どのような処分でも...」

 俺はその言葉を遮り、

「今回の責任は私にあります。ラザファム殿、テオ、アクセル、派遣部隊の面々は十分に働いてくれました。アマリーのところに案内してくれますか」

 俺は静かにそう話し、クリスティーネたちに

「クリス、カティア、レーネ。ありがとう。とりあえず大丈夫だと思う...離してくれるか」

 3人は顔を見合わせた後、ゆっくりと離れていく。
 俺は立ち上がり、アマリーが寝ている部屋にふらつきながら歩いていく。

 アマリーとシルヴィアは2階の客室で横になっていた。
 アマリーは普段でも白い顔が更に青白くなっており、呼吸も浅い。
 鑑定で確認すると、内臓の損傷は回復しているが、体力、魔力ともにほとんどゼロ。

(この状態だと治癒魔法が使えないし、食事が取れないから体力が落ちていく。何とかしないと、このまま...)

 俺は自分の部屋に戻り、荷物の中から魔力回復ポーションを取り出す。
 アマリーのところに戻り、口移しでポーションを飲ませ、魔力が回復するのを待つことにした。

 シルヴィアも同じように体力、魔力ともほとんどゼロの状態。昨日、大量に出血していたから血が足りないようだ。
 シルヴィアにも同じようにポーションを飲ませ、クリスティーネに二人の様子を見てもらう。

 次にノーラの部屋に行く。
 ノーラはベッドに横たわり苦しそうな表情で天井を見つめていた。

「ノーラ、気分はどう?」

 ノーラは起き上がろうとするが、すぐに止めさせ、手を握ってやる。

「腕は大丈夫か? 右手は動く?」

「はい...動きます。ご主人様が腕を繋いでくれたって聞きましたが本当ですか?」

 ノーラは弱々しく、そう口にし、俺の方を見つめている。
 俺は返事をせず、彼女の魔力の限界まで治癒魔法を掛ける。そして少し楽になったのか、彼女は笑顔を見せてきた。

「ああ、今みたいに治癒魔法を掛けた。魔力が戻ったら傷一つ残さず消してやるから、もうちょっとだけ待ってくれ。他のみんなも無事だからゆっくり休んでくれ」

 彼女はゆっくりと頷き、目を閉じていく。
 妹のレーネに後を任せるといってから、もう一度、手を握り、額にキスをしてから、アンジェリークの部屋に向かう。

 アンジェリークは眠っていたようで、俺たちが部屋に入っても特に反応がなかった。

「アンジェ。寝ている?」

 アンジェリークはゆっくりと目を開け、俺のほうに顔を向けて、「起きています」と小さな声で返事をしてきた。

 俺は彼女の手を握り、

「昨日は大分がんばったみたいだな。訓練の成果が出ているみたいだね」

 アンジェリークは微かに微笑み、

「タイガ様が初めて“アンジェ”って言ってくれました。これからもそう呼んでください」

 俺は大きく頷き、彼女にも治癒魔法を掛ける。
 だが、彼女の魔力が戻りきっていないため、完治には至らない。

「これからはそう呼ぶよ。ゆっくり休んで、アンジェ」

と言い、魔力切れで意識を失ったアンジェリークの頬を撫でる。

 カティアに後を任せ、アクセル、テオが寝ている部屋に向かった。

 アクセルとテオは同じ部屋に収容されていた。
 アクセルは俺が入っていくと、すぐに気付き、立ち上がろうとする。

「寝ていろ。昨夜はよくやってくれた。テオに治癒魔法を掛けたらすぐに治してやる」

「すみませんでした。私がもっと警戒していれば、こんなことには...」

「いや、俺でも同じだった。アマリーもシルヴィアもまだ意識は戻ってきていないが、必ず回復する。いや回復させる」

 アクセルはいつもの快活さの欠片も見せず、横になったまま天井を見つめている。

「早く体を治せよ。この程度で動けなくなるのは鍛え方が足りないからだ。クロイツタールに戻ったら覚悟しておけ」

 俺は出来るだけ明るい声で声を掛けるとテオのベッドに近づいていく。

 テオもシルヴィアと同じく大量に血を失ったため、体力が戻っていないようだ。
 魔力が戻りつつあるので、治癒魔法を掛けてみる。
 体力が少しだけ戻り、テオは意識を取り戻した。

「副長代理?」

 テオは俺に気付くとすぐにアマリーたちのことを確認してきた。

「アマリー殿は? シルヴィア殿はご無事ですか...」

 自分が盾になっていたからアマリーとシルヴィアの状態が危なかったことを理解していたのだろう。語尾が小さくなっていき、顔が悔しさに歪んでいく。

「二人とも意識は戻っていないが、俺が直してみせる。安心して体を治せ」

 テオはホッとした表情になり、俺に謝罪しようとしている。だが、俺の方が先に、

「二人の盾になってくれたそうだな。ありがとう。本当にありがとう」

 俺は彼の手をとり、頭を下げる。
 彼は何か言いたそうだったが、俺が手で制し、

「クロイツタールに帰ったら、お前たちを鍛え直す。覚悟しておけ」

 彼ははにかむような笑顔を見せ、そのまま眠りについた。
 アクセルにも治癒魔法を掛け、俺は静かにその部屋を立ち去った。

(くそっ! あんな大怪我をしても俺に謝ってくる。俺にはそんな価値はないんだ! 俺が油断しなければ...)

 また、後悔の念が蘇り、涙で視界が曇っていく。
 そして、俺は最後にエルナとミルコが安置されている部屋に向かっていく。

 部屋の前に立ち、後ろに付いてきているラザファムたちに

「一人にさせてくれないか。頼む。一時間だけ一人にさせてくれ」

 そう言って扉を開け、一人で中に入っていく。

 中にはエルナとミルコの遺体が並んでいた。
 騎士団の誰かが顔に付いていた血を綺麗にふき取ってくれたのか、寝顔のようにしか見えない。
 そして、ミルコの横に座り、彼に語りかけていた。

「なあ、ミルコ。グンドルフ(やつ)を倒すにはどうしたらいい。あんたがられたんだ、今の俺じゃ勝てないよ...」

 その時、彼が俺の横に現れたように感じ、頭の中で彼と会話をしていた。

「弱音を吐くんじゃねぇだって! そんなこと言うなよ。どうしても思いつかないんだ...」

「騎士たちを使えだ? 無理だよ。騎士たちで倒せるくらいなら、もうとっくに捕まえているよ。どうしたらいいんだ...」

「そうか。奴の狙いは“俺”だ。俺が囮になれば奴は食いついてくる。食いついてきたところで奴を殺す。だが、どうやって?」

「魔法を使えだと? ああ、使うさ。だけどよ、奴は強ぇんだろ。俺の魔法で倒すにしても一撃で倒せる魔法はねぇよ。工夫しろだ? できりゃ苦労はしねぇよ」

 俺は突然、グンドルフへの復讐の方法を思いついた。

「そうか、あの手を使えば...ありがとうよ、師匠。あんたとエルナの(かたき)は必ず取る! 見ていてくれ」

 そして、ミルコに別れを告げ、エルナの横に座る。

「エルナ、ごめんな。痛かっただろ。苦しかっただろ。寒いよな。ほんと、ごめん...」

 俺はエルナの遺体の横に跪き、彼女の冷たい頬を触りながら、意味の無い言葉を呟いていた。
 彼女の胸には俺が渡した首飾りが置かれており、金色の花に黒くなった血が付いていた。
 俺は隷属の首輪を外す。

「もっと早く外してやりたかったよ。いつもの笑顔を見せて欲しい...」

「そう言えば、またどこかで会えるって言っていたような気がするけど、ほんと? 多分すぐに君のところに行くから待っていてくれよ...」

 俺は彼女にキスをし、首飾りを手にして立ち上がる。

グンドルフ(やつ)を必ず殺す。どんな手を使っても)

 そして、俺は二人の部屋を後にした。


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