第6章.死闘編
第6章.死闘編:第5話「それぞれの想い」
タイガたちがシュバルツェン街道を西に進んでいる、氷の月第1週火の曜(2月2日)、ここシュバルツェンベルクは平和な日々が続いていた。
年が明けてすぐの頃、エルナは娼館の控え室で、冬至祭の前日に大河に言われた身請け話を勢いで断ったことを後悔していた。
(あの時は勢いで断ったけど、馬鹿よね。今になって後悔するなんて。タイガのことが好きなら、一緒にいたいなら、どんなことがあってもいいからついていくべきだったわ。そうすれば冬の街道《シュバルツェン街道》を旅しなくても良かったのに...)
冬のシュバルツェン街道は危険が多いと聞く。
大河ほどの凄腕でも吹雪に巻き込まれたら、遭難することもある。
自分が断らなければ、大河がノイレンシュタットに無理に行く必要は無かったとエルナは後悔していた。
(旅慣れた行商人でも事故に遭うって言っていたし、魔物や盗賊もいつもより多く出るって聞いたわ。無事に街道を抜けられたのかしら...)
エルナは大河のことを心配し塞ぎ込んでいるため、普段よりも更に客が付かない。女将に叱られるが、どうしてもため息が漏れてしまう。
数日間塞ぎ込んでいたら、業を煮やした女将に賄いを作るように命じられ、厨房に立たされていた。
食事を作りながら、いろいろな事を考えていると、心配しても仕方が無いと割り切ることにした。そして、自分に出来ることは何かということを考え始めた。
(私は器量も良くないし、娼婦をやっている。タイガに気に入られるところなんて思いつかない。でも、タイガが必要としてくれるようになることならできるかも。そう、食事や掃除、洗濯...家政婦でもいい、タイガの傍にいられるなら、タイガの声が聞けるなら。うん、何でもやろう。タイガにいらないって言われても縋り付いてでも置いてもらえるように出来ることを増やそう)
その日からエルナは賄いを積極的に作るようになる。そして、近くの食堂の主人に料理を教えてもらったり、料理のうまい娼婦にコツを聞いたりして少しでも料理の腕を上げようとしていた。
(タイガって、子供は好きなのかしら? タイガの子供...できたらいいな)
彼女は13歳で奴隷として売られてから、初めて将来に希望が持てている。
大河の妻になることはできなくても、子供をもうけることはできる。自分に彼の子供ができれば幸せだろうなと夢見ていた。
(今日(氷の月、第1週火の曜=2月2日)は、タイガがシュバルツェンベルクを出発してからちょうど1ヶ月。早ければ今日にでも帰ってくるかも)
エルナは大河が事故に遭うという可能性を出来るだけ考えないようにし、彼が戻ってきたときのことだけを考えるようにしていた。
その日の夜、女将が大河に関する噂話を教えてくれた。
「タイガって客の話なんだけどさ。お前凄いの引き当てたみたいだよ」
「どういうことですか?」
エルナは何の話か判らず、不思議そうな顔をしながら、女将の話を聞く。
「ノイレンシュタットから来た客が言うにはさ、タイガ・タカヤマっていうシュバルツェンベルクの冒険者がクロイツタール公爵様を救ったからって、国王様がご褒美に准男爵にして下さったって話さ」
女将は少し興奮気味に、
「貴族様だよ! エルナ、その方が戻ってきたら何としてでもくっつきな」
(タイガが貴族様? ああ、どうしよう。絶対来てくれないわ)
エルナはその話を聞き、大河が自分のところに来てくれるとはとても思えず、気持ちが沈んでいった。
(でも、無事にドライセンブルクには着いているのね。それが判っただけでも良かった)
エルナは大河が無事であるという話が聞けたことがうれしかった。
ミルコは退屈していた。
(タイガ《あいつ》がいなくなってから、暇で仕方がねぇ。ノーラたちの世話もほとんど必要ねぇし、暇だぁ)
ミルコは訓練場のいつもの場所で酒を飲んでいた。
(タイガがシュバルツェンベルクに来るまでは、いつもこんなんだったんだな。まだ、半年も経ってねぇ)
大河が出発した後、何人かが弟子入りを志願してきたが、結局、誰も一日以上続くものはいなかった。
ノーラたちの訓練を時々横目に見ながら、
(嬢ちゃんたちも多少マシになってきたな。まだ、あいつと迷宮に入るわけにはいかねぇがオークくれぇは倒せそうだ)
夕方、そろそろ宿に帰ろうかという午後4時頃、珍しくギラーが訓練場にやってきた。
「タイガ殿の噂が流れてきたわい」
ギラーが近くの椅子に座りながら、ミルコに大河の話を始めた。
ミルコが先を促すと、
「聞いたらビックリすること請け合いじゃ。何とタイガ殿は貴族に成りおったわ」
「詳しく教えてくれ」
ミルコは身を乗り出すようにギラーの話を聞いている。
「何でもクロイツタール公をウンケルバッハの身内の罠から助けたそうでな、陛下から直々に准男爵にしてもらったそうじゃ。噂じゃあ、どうやら帝国が動いていたみたいでの、それを何とかしたからという話じゃ」
(貴族、准男爵か。また、貴族様の知り合いが増えちまったな)
ミルコは20年前の黒竜討伐のことを思い出していた。
約20年前のこと、リーデル山地を越えてやってきた、黒竜=ジランタウにより、ドライセン王国北部は崩壊の危機に瀕していた。
この事態を憂慮した国王の命令により、討伐隊が結成される。
討伐隊に志願したミルコはジランタウを見つけ、奇襲を掛けるが、逆襲された上、偶然生き残ったミルコ以外、部隊は全滅した。
そして彼と苦楽を共にしてきたパーティメンバー4人も全員死亡した。
ただ一人生き残ったミルコに対し、冒険者たちから非難の声が上がる。その非難の声の嵐の中、一人の屈強な男だけがミルコを弁護した。
その男はグレゴール・シェーンハルスと名乗り、討伐隊の1チームを率いていると言って黒竜を追いかけていった。
数週間後、グレゴールは討伐隊本部に戻ってきた。仲間の大半を失い、僅か3名での帰還であったが、見事に黒竜を討伐していた。
黒竜討伐に沸く本部の横で仲間を失ったミルコとグレゴールは互いの心情を慮り、友誼を交わす。
後に黒竜討伐の報奨として男爵となったグレゴール・ローゼンハイムとの出会い。ミルコはこのことを思い出していた。
(タイガも准男爵様か。グレゴールといい、才能と運。両方兼ね備えたすげぇ奴らだ)
大河がこれからどうするつもりなのか、自分はどうすべきなのかを考えている。
(俺の指導はもういらんだろう。後は経験だけだ。そうすりゃあっという間に俺を抜いていく)
大河の並外れた才能を考え、もうすぐ帰ってくる大河にどう接していくべきかミルコは考えていた。
ノーラたちは大河の言いつけどおり訓練に励んでいた。
訓練を始めてから2ヶ月、始めた頃に比べて動きも良くなったと実感している。
迷宮に入っていないため、どの程度実力が付いたのかは判らないが、オークたちと戦っても勝てるのではないかとノーラは思い始めていた。
(今日はご主人様が出発されてからちょうど一ヶ月。今日にでも帰ってくるかもしれない...)
昨日の日の曜に屋敷を掃除し、いつ大河が帰ってきてもいいように準備は終わっている。
(昨日掃除しておいたけど、早く帰ってきてくれないかな。私たちだけだとまた”汚し”てしまいそうだし...)
元々、家事が苦手な5人だったため、大河がシュバルツェンベルクを出発してからの1ヶ月で屋敷の中がかなり汚れていた。
昨日は大河が帰ってくるかもという期待感から訓練の疲れをものともせず、何とか屋敷全体を綺麗に掃除したが、この状態を維持できるかと言われると何も言えなくなる5人であった。
寒風吹きすさぶ中で冷たい水での拭き掃除と洗濯。自分たちだけなら使わない風呂も大河が帰ってきたら使うだろうとブラシで綺麗に磨いていた。
昨日は夜遅くまでそんなことをしていたため、今日は朝から動きが鈍い。何とか昼頃にいつもの調子になってきたが、今日は早めに訓練を上がろうと決めていた。
午後5時にいつもより早めに訓練を終え、帰ろうとしたとき、ミルコから声を掛けられた。
ノーラとアンジェリークは警戒しながら、ミルコに何の話かと確認すると大河の話だという。すぐにカティアたちを呼びにいった。
「大河が准男爵になった。クロイツタール公を助けた恩賞だそうだ」
ノーラがいつ帰ってくるのかと尋ねると、
「その話は聞いていねぇが、帰ってくるのはもう少し掛かるかも知れねぇな」
ミルコの考えでは、准男爵になれば宮廷での付き合いもあるだろうし、クロイツタール公の部下になったようだから、公爵の都合で動くことになる。
だから、最速の一ヶ月というのは難しいのではないかと予想していた。
(早く帰ってきて欲しい...逢いたい...)
ノーラは大河が准男爵になったこと、公爵の部下になったことが自分たちにどう影響してくるのか想像できない。
だが、大河が早く帰ってこないかもしれないというミルコの予想を聞き、早く逢いたいという想いが募っていくが、ある考えが頭に浮かぶ。
その夜、ノーラは他の4人を集め、大河と自分たちの関わりについて話し合いをした。
「ご主人様が准男爵になられるということは、シュバルツェンベルクには戻ってこられても長くはいないということよ。私たちはこれからどうするべきだと思う?」
ノーラが問題を提起すると、アンジェリークが、
「今の私たちははっきりいってお荷物よね。ご主人様が、ただの凄腕の冒険者というだけなら私たちも甘えられたわ。でも、准男爵になられて公爵様にお仕えすることになるんだったら、一緒にはいられない」
その意見に真っ向からカティアが反対する。
「でも、私たちも結構、”さま”になってきたわよ。クロイツタールに行かれるなら、そこでなにかできることがあるはず」
大河と離れたくないだけのクリスティーネとレーネもカティアの意見に同調する。
ノーラは自分たちがクロイツタールに行って何ができるのか、まして自分たちとは全く縁が無い貴族社会の中で自分たちが大河について行っても大丈夫なのか心配していた。
「私たちがクロイツタールに行って何ができる? 騎士様がたくさんおられるのよ。准男爵様だからきっと部下の方もたくさんつくでしょうし...」
カティアは、結局ノーラはどうしたいのかと問い詰める。
「どうしたいの? ご主人様と離れられるの? 一緒に行かないでどうするの? ここに残るの?」
「ここに残って力を付けたいと思うの。せめてご主人様の足手纏いにならない程度に強くならないと。それにお金のこともあるわ。私たちはすごい大金を借りたままなの。ご主人様の好意で奴隷じゃないだけ...」
ノーラがそう言うと全員が俯き加減になる。
「そうね。せめてCランクにはならないとご主人様と共にあろうとするのはおこがましいわね」
アンジェリークがそう呟く。
「今すぐ結論は出ないと思う。でも、これからのことを考えないといけないと思うわ。私だってご主人様と一緒にいたい。奴隷でもいい。一緒にいたい。でも、あの方はそれを望んでいないわ。だから...」
ノーラはそう言いながら、大河のことを思い出し、自分たちは自立していかないといけないと心に誓っていた。
彼女たちは知らない。
すでにここシュバルツェンベルクに魔の手が伸びていることを。
初投稿から3ヶ月経ちました。
ここまで応援ありがとうございました。
これからも応援よろしくお願いします!
今回、主人公がまったく出ていない...3ヶ月記念なのに
+注意+
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