第5章.ドライセンブルク編
第5章.ドライセンブルク編:第20話「グンドルフ対策方針」
御前試合の日の夜、公爵より呼び出しがあった。
「そなたの准男爵への授爵についてだが、陛下のご裁可が降りた。授爵式は3日後、雪の月、第4日の曜(1月21日)。夜には我が屋敷でそなたの授爵記念パーティを行う」
(えっ! パーティって? 聞いてないよぉ)
俺は肩を落とし、一縷の望みを掛けて
「パーティですか? ちなみにダンスなんかはありませんよね...」
「ダンスをせんパーティなどあるわけなかろう。准男爵の授爵式は武勲を伴うことが多い。そのため男爵が子爵に陞爵するより盛大に行われるのだ」
俺が心底困った顔をしているのを悪戯小僧のような笑顔で公爵は眺めている。
少し不憫に思ったのか、
「まあ、招待するのは主に騎士団関係者になる。それほどダンスに拘るものがおるとは思えん。王族の方々は”公式”にはお見えにならんし、三公家も儂だけだ」
「公式以外ではお見えになる可能性があるのでしょうか?」
公爵はうれしそうに
「恐らく陛下と王太子マンフレート殿下はお忍びで来られると思うぞ」
俺はがっくりと肩を落として、恨めしそうな顔で公爵を見る。
(恨み言をいっても仕方がないけど、グリュンタール戦で作戦を言わなかったことの意趣返しのような気がする。あの顔は絶対そうだ)
公爵は明日から授爵式のリハーサル、ダンスの練習をするよう命じてきた。
俺は諦め顔で承諾し、この話題を打ち切った後、真剣な顔で「ご報告したい儀がございます」と言うと、公爵も緩んだ顔を引き締めて頷く。
「グンドルフについて、ギルド本部で確認した結果、王国に舞い戻ってきている可能性が高いという結論に達しました...」
俺はギルドで聞いた話を掻い摘んですると、公爵は考え込むように
「大陸西部域で双剣を使うものは少ない。王国騎士団でも数えるほどしかおらん。それほどの使い手ならまず間違いない...」
グンドルフの手下の人数が思っていたより多いことから、クロイツタールに危険をもたらす可能性があると伝えると、公爵は好戦的な笑みを浮かべ、
「ちょうどよい。我が騎士団が狩り出してくれるわ」
と、騎士団の錬度向上になるとでも言いたげな感じだ。
俺はそこまで楽観的になれない。
クロイツタール街道の警備と領内の村の警備にどれくらい人が割けるのか確認すると、
「帝国が手を出しにくい冬とはいえ、城を空けるわけにはいかん。騎士団の半数を捜索に出すとして、800から1000がいいところだろう。そして、我が領内にある町と村の数はおおよそ200だな」
(800人か。それだけいれば十分な数なんだが、街道の警備と村の数を考えると全く足りない。罠に掛けるしかないが、これまでの話を聞く限り難しそうだな)
「すべての村をカバーするには戦力が不足いたします。本来なら50名程度の部隊で狩り出して行くのがよいのですが、それでは領民に被害を出すことになりますし...」
「我が領民、特に国境付近の領民たちは帝国との戦で鍛えられておる。盗賊如きにそうそう遅れは取らんぞ。更に指揮できる騎士を各村に配置すれば、時間稼ぎと通報のみをさせておき、通報を受けた部隊が騎馬にて急行すれば、捕捉することはさほど難しくない」
さすがに国境紛争が絶えない土地。帝国もゲリラ戦のようなことを仕掛けてきているようだ。
それに対する方策として、狼煙による連絡や騎馬での連絡体制など、情報連絡網も整備されており、襲撃後1時間程度で現場に急行できる体制を敷くことも可能だそうだ。
また、滅多にないことだそうだが、領民たちも義勇兵として従軍することもあるそうで、年に数回、訓練を行っている。クロイツタール領の自警組織は、南部や西部の常設守備隊に引けを取らないほどの錬度だそうだ。
(なるほど、クロイツタール領の治安の良さはこの辺りからも来ているんだな。しかし、脳筋公爵様の治める土地だから尚武の気質なのか、尚武の気質だから公爵が脳筋になったのか、微妙なところだな)
確かに正々堂々村を襲うのなら、対応はできそうだ。だが、グンドルフがそんな手を使うとは思えない。例えば、村人を誘拐しておいて、村人の命と引き換えに俺の身柄を差し出せといったことを仕掛けてくることは十分想定できる。
その懸念を公爵に伝えると、
「うむ、確かにその懸念はある。対抗策は思いつかぬか」
「私を餌に誘き出すのが、一番確実かと。常に主導権はこちらが握り、想定範囲内で行動させるのが最もよいでしょう。具体的な策は相手の動きが見えない今は思いつきませんが、積極的に私がクロイツタールにいることを流せば、何らかのリアクションがあるはずです」
「うむ。グローセンシュタイン(第三騎士団長:国内治安担当)にも一言言っておこう。あの者も以前取り逃がしておるから、雪辱を果たしたいであろうしな」
グンドルフについては、俺の情報を積極的に流すこと、クロイツタールを中心に王国北部の警備を強化するという比較的無難な方針に落ち着いた。
俺はもう一つの話を始める。
「一つお願いがあります。もし、私に直属の部下を付けていただけるのであれば、アクセル・フックスベルガーとテオフィルス・フェーレンシルトの2名をお願いしたいと思います」
「ほう、フックスベルガーもフェーレンシルトもなかなか手回しがいい。クロイツタールに戻り次第、そなたには5名の部下をつけるつもりだったのだが、まあ良いだろう」
公爵は笑いながら、二人の転属を了承してくれた、そう思ったら、
「明日の朝にでもあの者たちの実力を確かめる。それ次第だな。そなたも立ち会え」
(二人の実力を見るのが目的かな? あの笑い方は、どうも俺と模擬戦をやりたいだけのような気がするが)
少し遅い時間になったが、公爵との話もようやく終わった。
部屋に戻り、アマリーとシルヴィアに授爵式とパーティの話をする。
かなり驚いているが、式はともかく、パーティはこの屋敷であるため、二人にも関係してくる。
「パーティは出なくてもいいと思うけど、もし見たいなら離れたところに席を用意させるけど、どうする?」
アマリーは非公式とはいえ、国王が出席するパーティなど恐ろしくて出席できないと断ってきた。シルヴィアもアマリーが出席しないなら、一緒にいるとのことだった。
明日から俺は忙しくなる。
ドライセンブルクの町の中は治安も良く、公爵の政敵も王都でどうこうしようとするほどのおろか者はいないはずだし、町自体それほど広くないので迷うようなこともない。
王都内であれば二人で出歩いてもいいので、気晴らしに街に出ることを提案した。
しかし、アマリーは屋敷にいたいと言って、断ってきた。
(今日はすごく楽しそうだったから行くと思ったのに。遠慮しているのかな?)
シルヴィアにも同じことを聞くが、アマリーの護衛だから一緒にいるとだけ答えてくる。
寝る前にシルヴィアの治療を行い、ようやく背中の傷もほぼ半分になった。
(この調子なら、ドライセンブルクにいる間に完治できそうだな)
俺は小物屋で買ってきたペンダントと置物が入った箱をそれぞれ二人の前に置く。
二人は最初何のことか判らず、とりあえず箱を開けると昼間見た銀のペンダントと水晶の鳥が出てきたため、驚いている。だが、アマリーもシルヴィアももらえないと言って断ってきた。
「アマリーは俺が昨夜、御前試合が恐ろしくて苦しい思いをしていた時に助けてくれたからそのお礼。シルヴィアはアマリーの護衛をしっかりこなしてくれたからそのお礼」
アマリーはそれでも「こんな高価なものを貰うのは...」と遠慮しているが、俺は有無を言わさず、アマリーの首にペンダントを掛けてやる。
シルヴィアも「主人の命令に従っただけだ」と言って拒むが、
「じゃあ、奴隷の持ち物は主人の持ち物だから、シルヴィアが預かってくれていることにすればいいんじゃないか」
俺はそう言って、強引に水晶で出来た鳥の置物をシルヴィアの手に押し込む。
アマリーも本当は欲しかったのか、何度も眺めながら、うれしそうな顔で礼を言ってくる。
シルヴィアは「主人の持ち物を預かるだけだからな」と言っているが、何度も水晶の鳥を眺めていた。
その日の夜もアマリーは俺のベッドに忍び込んできた。
まだ、家族のことを考えると悲しくなるのか、手を握ると震えているのが判る。
軽く抱きしめてから寝ようとするが、アマリーは俺から離れようとはせず、自分から口付けをしてきた。
昨日より積極的にな口付けをかわし、アマリーを強く抱きしめる。
今日はシルヴィアが静かに出て行ったことに気付いていたが、俺はそのことを頭から締め出し、アマリーを求めていった。
アマリーが寝息を立て始めた頃、俺はエルナのことを考えていた。
(エルナとアマリー。二人とも愛しい。でも...)
俺は二人と関係を持ったことに自分の不実さを感じ、不快に思っている。
昨日は死の恐怖から何も考えずにアマリーを抱いてしまったが、今日は違う。
確かにエルナは娼婦だが、帰ったら身請けして一緒に住むつもりだ。この考えは変わっていない。
それにノーラたちのことも少なからず気になっている。
シルヴィアについては、今のところそういう気にはなっていないが、この先は判らない気がする。
(俺って、こんなに浮気性だったんだ。なんか最低な男って気がしてきたよ。明日にでもシュバルツェンベルクのことを話しておこう)
俺は自己嫌悪に陥りながら、明日話をすることで自己完結し、いつの間にか眠りに落ちていった。
アマリーは大河が思い悩んでいた時、目を覚ましていた。
大河が何を考えているのか判らないが、自分を抱いたことで悩んでいるのだろうと思っていた。
(タイガさんって、あれだけ凄い人なのだから、シュバルツェンベルクに恋人がいてもおかしくないわよね)
自分は本当に大河を愛しているのか、それともただ寂しさを紛らわすためにいて欲しいだけなのかは判らない。
しかし、今この瞬間は幸せを感じられている。
今日も自分のために贈り物をしてくれた。だから、自分を必要としてくれていると思うことができる。
ジーレン村は貧しく、結婚式でも装飾品はほとんど着けない。村にいたままなら、装飾品をプレゼントしてもらえることなど、一生起こらなかっただろう。
大河が言う危険が何かよく判らないが、シュバルツェンベルクに着くまでこの幸せが続くのなら、何があってもいいと思っていた。
シルヴィアは、寝室の外で水晶の小鳥を見ていた。
(どうしても欲しかったわけではなかった。このデザインがスシュトの森にいた鳥と似ていたから...)
彼女は“スシュトの森にいる頃に大河に出会えていれば”という思いで眺めていただけだった。
だが、何故その想いに至ったかを考えると、どうしてもその水晶の鳥を眺めてしまう。
(耳を治してくれた。背中の傷も多分消してもらえる。でも...)
隣の部屋で大河とアマリーが愛し合っていることを考えると、胸の奥で微かな痛みを感じていた。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。