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第5章.ドライセンブルク編
第5章.ドライセンブルク編:第19話「グンドルフの軌跡」
 クロイツタール家への仕官の話も終わり、ようやく落ちつくことができた。
 正午にはまだ時間がある。
 公爵邸に戻って着替えをしてから、ドライセンブルク市内に繰り出しても昼食に間に合いそうだ。

 アマリーとシルヴィアは、俺と公爵の話について来れていないのか、呆然とした表情で固まっていた。
 しかし、俺が呼びかけると、何とか復活した。
 アマリーは俺の胸に飛び込み、俺が無事だったことに涙を流して喜んでくれる。
 シルヴィアは何か言いたそうだったが、やはり何も言ってこなかった。

「この格好は疲れるから、屋敷に戻って着替えよう」

 護衛の騎士たちとともに屋敷に戻り、いつもの冒険者スタイルに着替える。
 アマリーもドレスから町娘が着るようなワンピースに着替え、シルヴィアも冒険者スタイルになっている。

 アマリーとシルヴィアにこの後の予定を聞くと、特に考えていないとのことで、食事と町の散策を提案した。

 外はどんよりとした雲が広がるが、天気が崩れるほどではない。
 マントを着込み、外に出ようとすると、朝から付いてきている護衛の騎士が同行するという。
 この騎士が気に入らないわけではないが、気心の知れているアクセルとテオフィルスに護衛を頼むと言うと、あっさりと引き下がっていく。

(さすがに閣下から直々にNo3と言われた人間から言われれば、引き下がるよな)

 アクセルとテオフィルスが大慌てで駆けつけてきた。
 そして、俺の顔を見るなり、試合の結果を聞いてきた。

「御前試合は無事終わられたのですか?」

 俺はそう言われるまで、屋敷に連絡が行っていないことに気付いていなかった。

(そう言えば、今日の一大イベントは御前試合だったな。准男爵の話やら領地の話やらですっかり過去の話になっていたよ)

「ええ、無事終了しましたよ」

「あのグリュンタールに勝たれたのですね!」

「2対1の僅差ですがね」

 どうもクロイツタール騎士団でもグリュンタールに敗れた騎士がいたようで、アクセルはこぶしを振り上げ、我がことのように喜んでいる。
 これで近衛騎士に大きな顔をされないと普段は無口なテオフィルスまで顔を紅潮させている。

(派閥争いなのか、縄張り争いなのか知らないが、同じ国の騎士団同士でこんなにいがみ合わなくてもいいだろうに。レバークーゼン侯爵が仕組んでいるなら、理解不能だな)

 喜んでいるところを邪魔するようで悪いと思ったが、既に正午になっているので、昼食を食べに行きたい。

「アクセル殿、テオフィルス殿。近くにおいしい店を知らないでしょうか。できれば堅苦しくない店がいいのですが」

 アクセルが知っているとのことで、公爵邸から歩いて数分の小さな食堂に向かう。
 移動の途中でアクセルがこっそりシルヴィアの耳のことを聞いてきた。

「シルヴィア殿の耳が治っているように見えるのですが」

「昨夜、治癒の魔法を掛けたから」

 アクセルは目を丸くし、驚いている。

(まあ、再生の魔法は近衛騎士団の治癒師ですら、ろくに使えないから、驚くのも当たり前か)


 食堂に着き、料理を頼むと、冬の寒さに合わせるようにクリーム系のシチューに温野菜、パンとワインが出され、温かい食事にようやく人心地ついた。
 食事を取りながら、これからの予定をアマリーたちに話していく。

「これから、ダンクマールさんの工房に行く。その後にギルド本部で情報収集をして、それからブラブラしようかと思っているんだけど、それでいい?」

 2人とも問題ないとのことだったので、食事を終え、ダンクマールの工房に向かう。

 ダンクマールの工房に行くと、アマリーは初めて見る防具屋の雰囲気にビックリしているようで、キョロキョロ周りを見回している。

 俺が入っていくと、すぐにダンクマールがやってきた。

「どうした? なにか不具合でもあったか?」

「革鎧も兜も問題ありませんよ。装備をクロイツタール騎士団仕様にして欲しいっていうお願いなんですが、どのくらい時間が掛かります?」

 ダンクマールに用件を簡単に話す。

「鎧の色が問題だな。黒い塗料を塗るとして、乾くのに3日は掛かる。紋章を入れるのに1日として4日はいるな」

「遅くとも5日後には出発ですから、ギリギリですね。色だけ入れてもらうことにします」

 最悪、紋章はクロイツタールで入れられる。革鎧に下手な塗料を塗ると強度が変わるから、ここでしか出来ない塗装を優先した。
 予め別にもってきた装備類を渡し、塗装を依頼する。

 ダンクマールの工房を出て、冒険者ギルド本部に向かう。

 冬の灰色の空に黒い建物がそびえ、相変わらず重苦しい感じを与えている。中に入ると夏に来たときと同じように閑散としており、外より暖かいはずなのだが、冷たい感じがして、マントを脱ぐ気にならない。

 今回はシルヴィアも興味深そうにギルド本部内を眺めている。

 俺はアマリーたちと離れ、受付でグンドルフに関する情報を聞いてみるが、あまり芳しい成果は上がらない。

 ここでは無理かなと思ったとき、後ろにいるアクセルとテオフィルスがマントを脱ぐ。
 すると、受付の様子が少し変わり、アクセルたちに話しかけてきた。

「騎士団の方々ですか。少々お待ち下さい」

 受付嬢はそういうと下品にならない程度の早足で奥に歩いていく。

(Cランクの冒険者風情はあまり相手にするつもりがないということか? ギルドも権威主義に陥りつつあるのかな?)

 待つこと数分、奥から30代後半の肥満気味な男がにこやかな笑顔でやってきた。
 その男は、アクセルとテオフィルスの2人に対し、

「クロイツタール騎士団の騎士様とお見受けいたします。私はギルドの情報管理を担当しておりますヴィンツェンツと申します」

 Cランクの冒険者と受付嬢から言われたのか、俺のことは無視するようだ。

(おいおい、俺は無視かよ。こうもあからさまだと、いい気はしないな)

 アクセルがいつものように如才なく、ヴィンツェンツに話しかける。

「ヴィンツェンツ殿、我々はここにおられるタカヤマ様の護衛に過ぎません」

 ヴィンツェンツは笑顔を絶やしてはいないが、この寒さの中にも拘らず、顔から汗が吹き出している。

(正騎士が”様”付けで呼ぶ相手を無視したら、当然焦るよな。アクセルもなかなかやるじゃないか)

「これは失礼いたしました。タカヤマ様、ご用件はどのようなことで?」

「グンドルフと言う名の盗賊の行方を探っている。ギルドに情報がないか確認しに来た」

 ちょっと大人気が無いが、意趣返しにできるだけぶっきら棒に対応してみる。

「グンドルフでございますか。少々お待ちいただけますか」

 ヴィンツェンツは汗を拭きつつ、受付嬢を伴って奥の部屋に戻っていく。

(あの受付嬢は叱られるんだろうな。顔は覚えていないけど、前にあの高級ホテル「三本の剣」を紹介してくれたのは、案外彼女だったのかもしれないな。ちょっと溜飲が下がったよ)

 5分ほど待っていると受付嬢のみ戻ってきて、応接室に来て欲しいと告げる。受付嬢は少ししょんぼりとした表情をしている。

(やっぱり叱られたようだ。これで少しでも対応が変わればいいが)

 アマリーとシルヴィアはホール内でいろいろ見ているので残しておく。ギルド本部内で彼女たちに危害が加えられる可能性はない。俺は護衛2人を引き連れ、応接室に入っていく。

 応接室では、まだ汗が止まらないヴィンツェンツが汗を拭きつつ、資料を持って待っていた。

「グンドルフに関する情報ですが、3ヶ月ほど前の金の月(9月)にプルゼニ王国西部で双剣使いが頭目を務める盗賊団が暴れていたとの報告があります。この双剣使いがグンドルフであるとギルドでは考えております」

 デュオニュースが言っていたオステンシュタット騎士団の情報と一致する。

「同一人物かはわかりませんが、1ヶ月ほど前からヴェルス王国北東部、アルス山脈の麓付近で双剣使いの盗賊に襲われる隊商が続出しているとの報告も来ております」

 ヴィンツェンツは地図を指し示しながら、説明していく。
 指差す位置はドライセン王国の国境から200マイル=320kmも離れていない。

(プルゼニからグロッセートを越えて、ヴェルスに入ったと考えれば、既にドライセン王国に入っていてもおかしくない)

「盗賊団の規模に関する情報は?」

「生存者の証言では20数名とのことですが、実数は不明です。但し、プルゼニでは10数人との報告ですから、増えてきているようです。但し、別の盗賊団である可能性は否定できませんが」

王国ドライセン内での双剣使いの盗賊の情報は?」

「今のところ報告は入っておりません」

「グンドルフが王国内で活動していた地域は?」

「西部のヴェスターシュテーデからノイレンシュタットに掛けてが最も被害の大きかった地域です」

 ヴィンツェンツは、地図でノイレンシュタットから100マイル南西にあるヴェスターシュテーデを指差しながら説明していく。

(ヴェルス王国からドライセン王国に入るにはヴェスターシュテーデに入るルートが一番近い。ヴェルス王国との国境は川だが、ヴェスターシュテーデ周辺は深い森が多く、小さな船でも国境を越えるのはそれほど難しくないだろう)

 冒険者ギルドで判る範囲の情報は手に入った。
 グンドルフかどうか判らないとのことだったが、双剣使いの凄腕の盗賊がそうそう何人もいるはずがない。
 ここはグンドルフと考えて対策を立てるべきだろう。
 今までの情報を整理すると、途端に焦りが沸きあがってくる。

(くそっ! 20数人、いや、別に動いている手下もいるだろうから30人はいるはずだ。騎士団に入ったのは正解だったかもしれないが、敵の数が多過ぎる。下手をするとクロイツタールに災厄をもたらすことになるかもしれない)

 ギルドを後にするが、俺が無口になったことにアマリーが心配になったのか、声を掛けてきた。

「タイガさん、何かあったの?」

「うん。ちょっと気になる盗賊団が王国に入ってきたかもしれない」

 俺は心配そうなアマリーを見て、話題を変える。

「大丈夫だから。アクセル殿、小物類や菓子なんかを売っているところってあります?」

 アクセルは心当たりがあるのか、「ついて来てください」と言って、俺たちを先導していく。

 王宮とは反対側の東側に商業地区がある。
 ノイレンシュタットのような活気溢れるといった感じではないが、瀟洒な感じとでも言うのだろうか、4階建ての集合住宅の1階に食料品、アクセサリー、服など様々な商店が並んでいる。

 アマリーが食い入るように見つめている先に小物を売っている店があった。特に目当ての店があるわけではないので、冷やかしに入ってみる。
 ただの村娘であるアマリーが都会の店に興味を持つのは当たり前だが、いつもクールなシルヴィアまでキョロキョロしているところがおかしい。

「シルヴィアもゆっくり見ていいぞ。2人とも欲しい物があれば遠慮しないでいいから」

 アマリーは小さな銀の花がトップになったペンダントをじっくりと眺めている。
 シルヴィアはいろいろ見ているが、特に目当てのものがないのか、一つの物をじっくり見る事はない。

 しかし、よく見ていると水晶で出来た鳥の置物が気になっているようだ。

 俺はアマリーに「それが気に入った?」と聞くと、静かに首を振る。

「別にそれほど高い物じゃないから、買って上げるよ」

 俺がそう言っても、首を横に振り、

「こんな高価な物は貰えません。お父さんから、人から物を貰う時はそれに見合うものを返しなさいって言われたから...」

「判った。じゃ、また今度にしようか。シルヴィアはこれで良いんだな」

 そういって、水晶で出来た小鳥の置物を手に取る。

 シルヴィアは「私も要らない」と言って首を横に振る。

 俺はエルナとノーラたちの土産を見定めておき、「じゃ、隣の焼き菓子屋に行こうか」と言って、移動する。

 焼き菓子屋には、パウンドケーキやクッキーぽいものが多く並んでおり、俺は適当に見て行き、

「シュバルツェンベルクに持って帰る土産を忘れていたから、ちょっとここで見ながら待っていて」

と言って、元の小物屋に向かう。

 小物屋ではさっき目星をつけておいたアクセサリー6点とアマリーとシルヴィアが気にしていた物も買っておく。

 1個1個小箱に詰めてもらい、きれいな布でラッピングしてもらう。
 総額2Gくらい。高いのか安いのかよく判らない。

 すぐに焼き菓子屋に戻り、どれが食べたいか聞いてみる。
 ここでも遠慮されたので、「俺が食べたいから、どれがおいしそうか教えてほしい」と言うと、2人で何種類かの菓子を指差していく。

(やっぱり甘いものには目がないということかな?)

 日持ちがしそうなフルーツの砂糖漬けとドイツのシュトーレンのような焼菓子を多めに買って土産にする。

 その後も商業地区をブラブラとするが、さすがに王都、呼び込みや客引きもなく、黒い石の建物に色とりどりの布のオーニング(ひさし)が揺らめき、きれいにディスプレイされた商品と合わせて、テーマパークの中を歩いているような気さえしてくる。

 その後、3時間ほどブラブラしてから、公爵邸に帰った。

 公爵はまだ王宮にいるようで俺たち3人だけのゆっくりとした時間が流れていく。

 昨日までの余裕のない状況と違い、今日はアマリーとシルヴィアが黙っていても気にならない。
 メイドが淹れてくれるお茶を楽しみながら、食事までの時間を過ごしていると、ノックの音が聞こえてきた。

 メイドから、アクセルとテオフィルスが来たと告げられ、2人が入ってきた。

 俺は公爵からの呼び出しでもあったのかと尋ねたが、どうも違うようだ。

「副長代理にお願いがあって参りました」

と直立不動の姿勢でアクセルが口火を切る。

 俺が「願いとはなんですか?」と聞くと、

「副長代理は正式に騎士団に所属され、陛下より准男爵の爵位を授けられると伺いました。私、アクセル・フックスベルガーとテオフィルス・フェーレンシルトの2名を閣下の直属にして頂くお願いに参りました」

「閣下は止めて欲しいですね。直属と言っても現在はドライセンブルクの公爵邸警備の仕事があるのではないですか? ここの仕事も大事だと思いますよ」

「准男爵に叙せられるのであれば、閣下の尊称でお呼びするのが、妥当かと思います。また、ここの警備も重要な任務ではありますが、私どもでなくても勤まります。閣下の護衛は私どもが慣れておりますので、閣下もその方が都合がよろしいのではないでしょうか」

(こいつら、クロイツタールに戻りたがっていたから、俺を利用しようとしているのかな? 確かに気を使わなくていいし、アマリーもシルヴィアも慣れている)

「判りました。公爵閣下には私からお願いしてみましょう」

「もう一つお願いなのですが、正式に副長代理に就任されましたので、私ども平騎士に敬語を使われるのはお止め下さい。近衛騎士に聞かれると厄介なことになりかねません」

「判った。副長代理でもタイガ卿でもタカヤマ様でもいいから、閣下だけは止めてくれ」

 確かに言う通りなので、敬語をやめてみるが、どうもしっくりこない。

「了解しました。副長代理」

 アクセルとテオフィルスは満足そうな顔で、きれいな敬礼してから退出していく。
 こうして、初めて部下を持つことになった。

(日本にいたら、後輩すらいないペーペーの状況なのに...しかし、テオフィルスは一言もしゃべっていなかったんじゃないか?)
久しぶりに町の描写を書いたような...
親父トークにかまけていたせいでしょうか?


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