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第5章.ドライセンブルク編
第5章.ドライセンブルク編:第14話「王宮へ」
 翌朝、まだ薄暗い6時頃にメイドたちに起こされる。
 準備に時間が掛かるので、早く起きる必要があるとのことだ。

(そういうことは昨日のうちに言っておいて欲しいよな)

 眠い目を擦りつつ、着替えを始める。

 メイドたちが持ってきた服は、初めてみるが、どうやらクロイツタール騎士団の礼装用の物のようだ。
 黒を基調とした軍服に銀色の縁取りがなされている。金髪で蒼氷色アイスブルーの瞳の超絶美男子の簒奪者がいた某銀河帝国の軍服に近い。

 俺は用意された服を着るが、全く似合っている気がしない。
 腰辺りまでの短いマントが着けられると、コスプレをしているようで気恥ずかしさが先に立ってしまう。

(コスプレだよ、これじゃ)

 シルヴィアも着替えが終わったようで、俺がいる部屋にやってきた。
 こちらは誂えたように似合っている。黒を基調とした軍服に白銀を思わす冷たい感じのシルヴィア。俺の第一印象は、「関西の某歌劇団の男役」で、こういうのが好きな女の人にはたまらないんだろうなというものだ。

(完全にシルヴィアの方が似合っているよ。こういう服は日本人には似合わないんだよなぁ)

 シルヴィアに似合っていると褒めたら、鼻で笑われた上、「こういう服を着せるのが趣味か」と言われてしまった。

(シルヴィアとちゃんとしたコミュニケーションが取れるようになるのはいつのことなのだろう)

 シルヴィアのものは従騎士用のものとのことだが、俺のものは正騎士より上位の副長クラスの物のような気がする。

(どう見ても佐官クラスの軍服っぽいんだが、副長代理だからこうしたんだろうな。シルヴィアと並ぶと、絶対彼女の方が上官に見えるよ)

 ため息混じりにアマリーを待っていると、白と黒を基調としたドレスと言うかワンピース姿のアマリーが現れた。白い肌とほっそりとした体つきによく似合っており、清楚な修道女を思わせる。
 本人も綺麗な服を着られ、不安そうな中にも、嬉しそうな表情も垣間見えている。

(クロイツタール公爵家のファミリーカラーは黒と白なのかな)

 嬉しそうに見えたので、「良く似合っているよ」というと、恥ずかしそうに身をくねらせた後、「ありがとうございます」と小さく答えてくれた。

(こっちの素直な反応の方が好きだな。まあ、シルヴィアの場合、(持ち主)(サディストな)だけに仕方が無いんだろう)

 俺はアマリーに今日の謁見の件を話していなかったので、彼女はなぜこの服を着せられたのか理解していない。

 アマリーにウンケルバッハ伯の裁定の話を伝え、もしかしたら国王の前に出なければならないと説明する。

「今日、ウンケルバッハ伯爵が国王陛下に裁かれるんだ。もしかしたら、本当にもしかしたらだけど、アマリーがその場に呼ばれるかもしれないんだ」

 その話を聞き、アマリーはわなわなと震え出している。

「無理です。国王様の前なんて...絶対無理」

 彼女は震えながら、涙目で俺に訴えてくる。

(昨日のうちに話しておいた方が良かったかな。緊張する時間が短い方がいいと思ったんだが)

「公爵様が手を打ってくださるから大丈夫。もし謁見の間に行くことになってもシルヴィアが付いてきてくれるし、控えの間で待つだけだから、難しいことは何もないよ」

「でも...」

 まだ、不安そうだが、手を握ってやると少し落ち着いたようだ。

(後は謁見の間に呼ばれないことを祈ろう)



 アマリーはなぜ自分がこんな立派なドレスを着せられているのか、初めは理解していなかった。
 ただ、村では何年も着古した粗末な服しか持っていなかったので、美しい服を着ることができるということは理由がどうあれ、うれしかった。
 大河に似合っていると褒めてもらえたことで舞い上がったが、その後、国王の前に出るかもと言われ、かなり動揺している。

(国王様の前なんて無理、絶対無理!)

 初めはそう考えていたが、必死に説得してくる大河の姿を見て、

タイガさん(この人)のためになるなら、私も頑張れる)

と思い始めていた。

 大河が自分のことを気に掛けてくれていることが心の支えになりつつあることを自覚している。そして、少しずつだが前向きになってきている自分にも気付いていた。
 自分のためになぜこんなに良くしてくれるのかは判らないが、今の状態が少しでも長く続くようにするため、自分にできることを少しずつでもやっていこうと思い始めている。



 シルヴィアはクロイツタール騎士団の軍服を着ながら考えていた。

(今から謁見とやらに行くのだろうな。公爵が謁見という言葉を使うということは国王か宰相くらいだろう。昨日まで奴隷商で売られていた奴隷女が国王の前に立つなどありえんと思うが)

 大河が似合っていると言った時に、どう反応していいのか判らないため、つい憎まれ口を利いてしまう。アマリーが同じように褒められた時に、恥ずかしそうに礼を言っている姿が初々しく、いかに自分に可愛げがないか、いやでも気付かされてしまった。

(彼女のような女がいいのだろうな。それに引き換え私は...)

 目の前では、大河がアマリーに国王の裁定の場に行かなければならなくなるかもしれないと説明している。その姿を見ながら、

(私が付いて行くから大丈夫と言っているが、そんなことは聞いていない。まあ、命令だから仕方がないが。私は話す必要がないからいいが、彼女は本当に大丈夫なのだろうか)



 俺たちは公爵の使いとともに馬車に乗り込み、王宮に向かう。

 馬車の中でアマリーとシルヴィアに今日の国王の裁定について、もう一度簡単に説明しておく。

 王宮はドライセンブルクの一番西にあり、宮殿というより高い城壁で囲まれた城といった方が似つかわしい。
 王宮前の広場を通り城門を潜ると、冬であるにも関わらず綺麗な中庭が見えてくる。
 さすがに色とりどりの花が咲いているということはないが、冬バラと常緑樹の緑、大理石で出来た噴水など、さすが大陸西部域の大国と思わせる。

 王宮は三方を塔に囲まれ、上から見ると凹の字のような配置になっている。
 ドライセンブルクの街と同じように黒い石材を使っているが、王宮は黒曜石というのか光沢のある黒い石材とステンドグラスのような窓が多くあり、重厚感と壮麗さを兼ね備えた見事な宮殿になっている。

(黒曜宮とかって言われていないのかな? この世界の建築技術も結構すごい)

 中庭を通ると、王宮の正面ではなく、裏の方に馬車が回される。
 正面の入口は王族や貴族のための物なのだろう。俺たちのような平民は通用口から入るらしい。

 通用口に着くとクロイツタール騎士団の礼装を着た騎士が迎えに来ていた。
 騎士たちが控え室まで案内してくれるとのことだ。

 通用口から王宮の中に入ると、建物の中は大理石のような白い色の石材を使っていることとガラスを嵌め込んだ窓が多くあることから、この世界の建物の中にしては非常に明るい。

 俺たちが歩く廊下には、円柱が等間隔に並び、朱色のカーペットが敷かれている。

 控えの間に入ると、一流の職人の手によると思われる調度類が並び、世話係らしい二人の女官が壁際に控えていた。

 部屋に着くとすぐに、公爵からの使いの騎士がやってきた。

 今からの予定を簡単に説明していく。
 伯爵の裁定は10時半、まだ2時間以上があるが、前倒しになることがあるので、この部屋から出ないように言われる。
 俺は連絡があり次第、謁見の間の前に行くが、アマリーたちは謁見の間に近い別の控えの間に待機するそうだ。

 公爵の使いはすぐに戻っていき、控え室には女官が2人と案内をしてくれた騎士のみが残される。騎士は入口に立ち、警護役を務めている。

 順調に行って2時間、下手をすると何時間待たされるか判らない中で、緊張しながら待ち続けるのは結構辛い。
 アマリーとシルヴィアも緊張しているようで、会話が全く無く、女官がお茶を入れる音だけが部屋に響いている。

 お茶が出てくると、意を決して二人に話しかけるが、やはり話が続かない。

 仕方なく時間をつぶすため、軽い気持ちでシルヴィアの生い立ちを聞くことにした。

 俺が出身地や家族のことから聞いていくと、相変わらず最低限の単語だけで答えてくる。

 ヴェルス王国のスシュトの森のエルフの村で生まれたこと。
 魔法の才能がなく、両親からも疎まれたこと。
 唯一近所の元冒険者の猟師だけが相手をしてくれ、弓と剣を習ったこと。
 18歳で村を飛び出し冒険者になったこと。
 仲間はなく、常にソロでクエストを受けていたこと。
 護衛クエストに失敗し借金を抱えたこと。
 返済が滞り、奴隷として売られたこと。
 加虐趣味サディストの商人に3ヶ月間の虐待を受けた上、売りに出されたこと。

 俺は軽い気持ちで始めたことを後悔し、最後の奴隷になった部分では質問を止めようとしたが、シルヴィアの目は「ここまで聞いておいて」と言っているようで最後まで聞くことになった。

 シルヴィアの背中の傷を見ているので、3ヶ月間の虐待がどれほどの苦痛だったのかと思うが、掛けるべき言葉が見つからない。
 生まれた村での差別もシルヴィアの心にどのような影響を与えているのだろうか。
 両親からも疎まれたと自嘲気味に言っていたが、どれほど辛かったのだろう。
 俺自身、平凡だが、両親に愛されていたと思うし、兄妹とも仲良く過ごしていた。家族に疎まれたことも、友達から執拗ないじめを受けたこともなく、どのような想いをしたのか想像すらできない。

 アマリーはシルヴィアの話を聞き、目に涙を浮かべている。

 ジーレン村を出てからは、俺の話以外にあまり反応しなかったのだが、昨日半日一緒にいたことがいい方向に向かっているのなら、このことだけは良かったと言える。



 アマリーはシルヴィアの話を聞き、国王の前に立つかもという恐怖に囚われていたことを忘れていた。

(シルヴィアさんのあの傷はそういうことだったんだ。不幸なのは私だけじゃない)

 彼女はシルヴィアの話を聞きながら、昨夜見たあの酷い傷跡を思い出していた。

(怖そうな人だと思ったけど、今の話を聞けば仕方ないわ。でも、どうして自分のことをあんなに淡々と話せるのかしら?)

 彼女がふと横を見ると、大河が苦渋に満ちた表情をしているのに気付く。

(タイガさんはどこまで知っていたのかしら?)

 アマリーは大河の表情を見て、大河がシルヴィアのことをどう思っているのか、とても気になっていた。



 シルヴィアは自らの生い立ちを話したことを後悔していた。

(何故話したんだろう。今まで家族の話など誰にも話さなかったのに)

 “主人”の指示とはいえ、命令の形は取っていなかった。拒否する権利があったし、拒否してもタイガ(あの男)が無理やり聞くとは思っていない。

(特に話し上手でも聞き上手でもない。最後の方は“ここまで話させるのではなかった”という苦渋の表情までしていた。私はタイガに自分のことを知ってもらいたいと心の底で思っているのだろうか?)

 シルヴィアはその考えを否定するように表情を消していった。
試験的に視点をころころ変えてみました。


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