第5章.ドライセンブルク編
第5章.ドライセンブルク編:第12話「試し斬り」
俺は二人の間に流れる重苦しい空気を何とかしようと、無理に会話を始めようとした。
俺が口を開こうとしたその時、メイドから公爵からの使いの者が来たと告げられる。
(この状況を何とかしようと思ったのにタイミングが悪い。二人に事情を話さないといけないんだが、その時間がないし、どうしよう)
このまま、二人だけにしておくのもどうかと思ったので、二人を連れて第一騎士団の錬兵場に向かうことにした。
第一騎士団の錬兵場は本部のすぐ裏、公爵の屋敷から歩いて数分の距離にある。
本部の前で待っていた迎えの騎士は、俺に騎士の礼をすると、アマリーとシルヴィアのことには特に言及せず、そのまま本部の中に入るよう促してきた。
騎士と共に本部内の奥に進むと、総長室に案内される。
迎えの騎士が、アマリーたち二人には総長室横の応接室で待つよう指示があった。
(当然だろうな。勝手に連れてきちゃったけど大丈夫かな?)
騎士の「タカヤマ様をお連れしました」との声で我に帰る。
総長室に入ると、クロイツタール公とターボル伯、知らない武人、護衛の騎士5名に出迎えられる。
(俺ってすごく場違いじゃない?)
そう思ったが、すぐに気を取り直し、
「冒険者のタイガ・タカヤマ、お召しにより参りました」
とだけ、何とか口にする。
クロイツタール公は俺が知らない武人を紹介してくれた。
「良く来た。ノルトハウゼン伯とは初対面だな。第一騎士団長のヴァルデマール・ノルトハウゼン伯爵だ」
ファーレルで会ったアーデルベルトの父で、細めの体格に思慮深い表情、確かに良く似ている。
ノルトハウゼン伯と挨拶を交わすと、公爵が「すぐに錬兵場に向かうぞ」といい、既に椅子から立ち上がっていた。
(そんなに慌てなくても...)
苦笑しながら、公爵にアマリーとシルヴィアを連れてきていることを伝える。
「アマリーとその護衛のシルヴィアというものも同行させております。ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか」
公爵は特に深く考えず、「構わん」の一言で済ませ、部屋を出ようとしている。
ノルトハウゼン伯とターボル伯が何やら目配せしているので、「困ったお方だ」とでも思っているのだろう。
隣の応接室に行き、アマリーとシルヴィアを引き連れ、先行している公爵たちを追う。
(俺が行かないと始まらないんじゃない。判ってんのかな?)
ドライセン王国の剣たる第一騎士団の錬兵場は、狭いドライセンブルクにあっても200m×200mの大きさがある。
屋外の錬兵場の横に屋内用の設備もあり、そちらで試し斬りをさせられるようだ。
中に入ると50人くらいの騎士が整列しており、公爵が入っていくと、一斉に騎士の礼を捧げている。
(何でこんなに人がいるんだ?)
俺は疑問に思ったが、答えてくれそうな人は遠くを歩いており、聞くことが出来ない。
屋内訓練場の中央にはプレートアーマーを着けた人形が5体設置してある。
「この木偶で試し斬りをしてくれぬか。2体は魔法剣の状態で斬ってくれ」
俺は事情を聞くのを諦め、「はっ!」とだけ応え、タイロンガを抜き放つ。
騎士からため息のような声が聞こえるが、集中すべきと頭から雑音を追い出す。
右の人形から始めることにし、一体目は鎧ごと袈裟懸けにする。
さすがに真っ二つと言うわけにはいかなかったが、プレートの前面は大きく裂けている。
2体目、3体目は同時に斬ってみる。
首のアーマーとヘルメットの繋ぎ目を狙い、連続で首を刎ねる。
ガラン、ガランとヘルメットが落ちる音が響き渡り、騎士たちから「ウォ」という感歎の声が聞こえる。
4体目に掛かろうと、着火の呪文を唱え、愛剣に炎を纏わせる。
騎士たちが息を呑む音が聞こえ、周りは静けさに包まれる。
炎が安定したと感じると、胴を無造作に薙ぎ払う。
ググッという感触と共に、金属鎧ごと胴を輪切りにされた木偶人形の上半身は、滑るようにゆっくりと落ちていく。
ガタンという音が周囲に響くが、周りはシーンと静まり返り、吐く息の音さえ聞こえない。
制限時間があるので、5体目に取りかかる。
1体目と同じように袈裟懸けに斬りつけると、今度は鎧の後ろまで切り裂け、4体と同じように上半身が落ちる、ガタンという大きな音が響き渡る。
俺は着火の魔法を解き、剣を冷ますため、抜き身のままの状態で、公爵に頭を下げる。
一瞬の間の後、「「ウォォ!!」」という騎士たちの声が響き渡り、俺はその声に少しびびってしまい、周りをキョロキョロ見てしまった。
公爵が静まるように手を上げると、ピタリと叫び声は止まる。
俺は膝を着き、頭を下げた状態で公爵の言葉を待つ。
「凄まじい剣だな。伝説の鋼鉄の巨人ですら切り裂けるのではないか」
ノルトハウゼン伯がその細い体からは想像できないような大きな声で、解散を告げる。
「デュオニュースの剣の試し斬りはこれにて終了。解散!」
騎士たちは一斉に剣を掲げ、敬礼した後、訓練場を後にしていく。
(この大騒ぎはなんだったんだ?)
俺は少し怒りを感じ、さっさと帰ろうと「それでは失礼いたします」とだけ挨拶し、訓練場を後にしようとした。
公爵はいつもの悪戯小僧のような笑みを浮かべながら、「タイガよ、まあ待て」と声をかけてくる。
俺は立ち止まり、出来るだけ冷たい口調で
「今回の騒ぎは何なのですか? 私は見世物ではありませんが」
「ノルトハウゼン伯にそなたのことを話したら、見てみたいと言うのでな。来てみればなぜか第一騎士団の者が...」
公爵にしては妙に歯切れが悪い。ノルトハウゼン伯は、公爵に対し、
「私のせいにされても困りますな。閣下が騎士たちに楽しそうに話したと聞きましたぞ」
(どうやら、この脳筋公爵様が騎士たちに見に来いと言ったところか)
アマリーは大河に連れられて来たものの、騎士団本部という自分には全く縁のない場違いな場所になぜ自分はいるのか理解できていない。
立派な造りの扉を開け、公爵邸で使っている部屋より更に立派な応接室に通されると、連れてきてくれた騎士から、革製の大きなソファに座るように指示される。
公爵家で借りた立派な外套を羽織っているとはいえ、ファーレルで用意された町娘が着るような服装の自分が場違いで仕方がない。
(私はどうしてここにいるの? ”試し斬り”って言っていたけど、その後、何か話があるのかしら?)
アマリーは大河が思慮深い人間であると思っており、自分がここにいる深い理由があるのだと考えていた。
だが、ただの村娘である自分に王国の中枢である騎士団本部がどのようなことを求めてくるのか不安に思い、本部に入ってから一言も口を開いていなかった。
応接室に入ってすぐに大河が現れ、「訓練場に行くからついてきて欲しい」と言ってきた。
急いでいるようで、理由を聞けるような雰囲気でもないし、黙ってついていくことにした。
訓練場に到着すると、50人以上の騎士たちが整列しており、騎士たちの後ろにシルヴィアと二人で立つように言われる。
大河の試し斬りが始まり、騎士たちがその一挙手一投足に注目し、感歎の声を上げているが、自分にはよく判らない。
隣のシルヴィアは、騎士たちと同じように息を呑んだり、ため息を吐いたりしている。
(立派な騎士様たちに囲まれて緊張してしまうわ。シルヴィアさんは判っているみたいだけど、私には何がすごいのか判らないし...)
試し斬りが終わり、騎士たちが解散していく。
大河が公爵に何やら苦情めいたことを言っているようで、公爵が苦笑いしながら言い訳をしている。
(本当にすごい人。公爵様とあんな風にお話になれるなんて。でも、そんな人がいつまでも私に関わっているなんてあり得ない...)
アマリーは大河の姿を見て、いつまで一緒にいてくれるのか心配になり始めていた。
シルヴィアは公爵邸から驚くという感覚が麻痺してきている。
一介の冒険者であった自分が入ることなど一生ないだろう騎士団本部に入り、更に一番奥の総長室横の応接室に通される。
その後の大河の試し斬りに至っては、言葉が出てこない。
(タイガは本当にどういう男なのだ。試し斬りで見せたあの剣技。自分は剣がそれほど得意ではないが、それでも並みの使い手でないことは判る。それにあの魔法剣、属性魔法の才能もあるということなのか...)
大河が見せた剣技と魔法にシルヴィアは嫉妬していた。
(エルフの私が望んでも得られなかった魔法の才能を持ち、あの剣技。神に愛されている者と愛されていない者の差は何なのだ!)
更にシルヴィアの大河への反感は募っていく。
(騎士団の総長室から最初に出てきた貴族が恐らくクロイツタール公爵なのだろう。騎士団総長といえば、宰相に次ぐ重職だ。いかに剣と魔法の才能があるとはいえ、あのような態度で接しられるというのは、身分も相当高いということなのだろう。才能、地位、財産、すべて私に無い物ばかりだ。タイガのような恵まれた存在など...)
シルヴィアは、ドライセン王国との国境に近いヴェルス王国のスシュトの森にある100人ほどのエルフの村で生まれた。
小さい頃から、魔法の才能がないことから、親からもあまり愛されず、友達も無く、唯一近所の元冒険者の猟師だけが相手をしてくれた。
その猟師に弓と剣を習い、18歳で村を飛び出し、ヴェルス王国西部で冒険者になった。
冒険者になってからも魔法が使えないエルフということでパーティに勧誘されることも無く、常にソロでクエストを受けていた。
ソロでCランクまで昇格したが、護衛クエスト時に盗賊に襲われ、クエストに失敗。他の護衛たちに責任を押し付けられ、100Gの借金を抱えることになった。
何とか利子は返済していたが、装備の手入れに回す金すら無くなり、討伐クエストで怪我を負ってしまう。
そのため、返済が滞り、奴隷として売られた。
美しいが無愛想な表情であるため性奴隷としては売れず、魔法が使えないエルフは要らないと戦闘奴隷としてもなかなか売れなかった。
2ヶ月ほど奴隷商にいたところ、ドライセン王国のヴェスターシュテーデから来た加虐趣味の商人に見初められ、ドライセン王国にやってきた。
3ヶ月間の虐待に耐えたことにより、加虐趣味の商人に飽きられ、売りに出された。
ただでさえ売れなかったのに、傷だらけの体では全く需要が無く、ヴェスターシュテーデの奴隷商からグロスハイム商会に転売された。
そして今日、大河に買われ、この場所にいる。
(私にタイガの持っているものが一つでもあれば、もっと違った人生を歩んでいたはずだが...持たざる者が持てる者に所有されるのは仕方がないことか...)
シルヴィアは自らの過去を思い出し、自分のような才能の無い者が大河のようなすべてを持っている男に買われたのは必然と、自らを冷笑していた。
主人公の影が薄く、ちょっと短めでした。
根性のエルフ、シルヴィア。彼女から見ればタイガ君は神に愛されているように見えるのでしょう(実際は違いますが...)。
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