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第5章.ドライセンブルク編
第5章.ドライセンブルク編:第8話「過去を失った者たち」
 ウンケルバッハ伯との対決の翌日、武装解除され拘束された100名の伯爵の手勢と生き残った20名のコルネリウスの傭兵をジーレン村に残し、ファーレルからの増援が来るまで20名の騎士に監視させる。
 公爵は僅か5名の騎士を護衛として引き連れ、ファーレルに向かうことにした。

 ウンケルバッハ伯、コルネリウス、コルネリウスの手勢の指揮官、ヤンと呼ばれる帝国の工作員の4名を伯爵の馬車に乗せ、ファーレルに連れて行く。

 最初はアマリーも馬車に乗せるつもりだったが、村人の殺害を命じたコルネリウスと同乗させるのは忍びないとして、俺の馬に乗せて連れて行くことになった。

 彼女は、昨夜は村を離れるのを嫌がっていたが、今朝になると心を閉ざし、言われたことをするだけで感情を一切見せなくなった。
 公爵もどうすることも出来ないという感じで、俺に彼女の世話を一任してきた。

 ここまで関わったので、少なくともファーレルまでは面倒を見ようとアマリーを俺の前に乗せ、村を出発する。

 村を出るとき、アマリーは村を一瞥するが、何も言わない。ただ、双眸から大粒の涙が零れ落ちただけだった。

 俺を含め騎馬7騎、馬車一両という公爵という地位では考えられないくらいの少人数でクロイツタール街道を南に進んでいく。

 街道を進む途中、ファーレルからの増援とすれ違う。
 公爵はファーレルの守備隊に伯爵の手勢たちの移送を命じ、再びファーレルを目指す。

 馬車を引きつれた雪道とはいえ、僅か9マイル=14.5km。魔物、盗賊の襲撃もなく、昼過ぎにファーレルの町に到着する。

 ファーレルの町には、ヴァルデマール・ノルトハウゼン伯爵の嫡男アーデルベルトと家宰のエグモント・ブッフホルツが公爵を出迎えていた。

 アーデルベルト・ノルトハウゼンは現在18歳の第二騎士団の騎士だが、偶然実家のノルトハウゼン領に帰っていた。ファーレルの守備隊からの報告を聞き、家宰を引き連れファーレルに急行してきた。

「アーデルベルト卿、半年振りくらいかな。息災か」

「はっ。ありがとうございます。閣下におかれましては、おケガなどは...」

 公爵はアーデルベルトが心配そうに見ているのを見て、豪快に笑い、

「はっはっはっ! アーデルベルト卿、今回は全く危険が無かったぞ。のうタイガ」

 突然、俺に話を振ってくる。最近、このパターンが多いので、ある程度心積もりが出来ていた俺は、

「此度は敵の指揮官が不甲斐なかったのが勝因ですが、運が良かったのは間違いありません。自重なされる事を心より願っております」

 公爵は更に笑いながら、

「この者は儂の誘いを断り続けておるタイガ・タカヤマという剣士だ。タイガ、現第一騎士団長ノルトハウゼン伯の嫡男、アーデルベルト卿だ。一度そなたらの手合わせを見てみたいぞ」

 長話になりそうなのを察知した家宰のエグモントが、

「閣下、まずは宿舎にお入りになられては」

「おう、エグモントの言うとおりだ。それでは案内を頼む」

 実を言うと公爵の話に付き合うのは正直辛い。俺はアマリーを間近に見ているので、公爵ほど気持ちの切り替えが出来ていない。

 伯爵たちを護送していることもあるので、ファーレルの町の守備隊宿舎に向かう。

 宿舎に着くと、すぐに公爵はアーデルベルト、エグモントと今後の協議に入るが、俺にも同席するよう命じられる。
 俺はアマリーの世話を宿舎の管理人の妻に頼み、公爵の部屋へ急ぐ。

(俺が入る必要があるのかね。何か既成事実を積み重ねられているような...)

 公爵の部屋で待っていると、アーデルベルト、エグモント、ファーレルの守備隊の責任者アイブリンガーがやってきた。

 公爵より、改めて今回の事件に関する概要を説明されると、アーデルベルト卿ら三人は怒りの表情を浮かべている。
 また、ウンケルバッハ伯の手勢ら120名をここファーレルに護送することを告げられると、アイブリンガー隊長が困ったような顔で発言を求めてきた。

「公爵閣下に申し上げます。ここファーレルの町に120名もの大人数を収監しておく施設がございません。現状では50名程度が限界かと」

「そうだな。ここは前線の城ではないな」

 公爵は全員を見渡しながら、「何か意見はないか」と尋ねる。
 アーデルベルトが緊張した面持ちで、

「閣下のお話を伺いますに、実際に収監すべきはコルネリウス卿の手勢20名と伯爵の子飼いの手勢のみでよろしいのでは?」

と遠慮気味に提案する。公爵は瞬時にその提案を了承した。

「うむ。傭兵たちは尋問のみで釈放するのがよかろう。タイガ、他に何か確認すべきことはないか?」

(やっぱりか。俺のことを買ってくれるのはありがたいんだが...)

 どうせ何か振ってこられるだろうと予想していたため、街道の警備の話と退避場所としてのジーレン村の管理の話を公爵に確認する。

「ウンケルバッハ市の管理は当面クロイツタール騎士団が行うとしまして、ウンケルバッハ領内の街道の警備の分担を決めておく必要があるかと。ジーレン村はこの時期、緊急避難場所として必要ですので、ジーレン村の管理もご一考頂ければ」

「うむ。ウンケルバッハ市を含む街道の北側はわが騎士団が管理しよう。アーデルベルト卿、卿にウンケルバッハ市以南の街道とジーレン村の管理を任せてもよいか」

 アーデルベルトは「御意!」と騎士らしい短い返答で了承する。
 公爵は大まかな方針が決まったことから、

「アーデルベルト卿、騎士団総長として命ずる。第三騎士団に引き継ぐまで、ジーレン村襲撃犯らの管理およびウンケルバッハ市以南の街道の警備に当たれ」

 公爵はちらっと俺のほうを見て、

「ノルトハウゼン伯、ターボル伯(第二騎士団長)には儂から連絡しておく。後の調整はタイガと卿に一任する。エグモント、若い二人のサポートを頼む」

と言って、話し合いを打ち切ってしまう。

「閣下、私に一任と言われましても、護衛の方に正騎士がいらっしゃるではありませんか」

 俺は正規の騎士団員でもないので、一応ごねておいた。

「彼らにはドライセンブルクに使者に立ってもらう。ここで使えるのは、そなたしかおらん。諦めろ」

 俺は盛大にため息を吐きたいところを我慢し、「了解しました」とだけ、答えておく。

 アーデルベルトは、今のやり取りを見て、俺がどういった素性なのか気になっているようだが、さすがに聞いてこなかった。

 その後、アーデルベルトと必要人員数や費用の清算方法など細かい調整をするが、優秀な家宰であるエグモントがほとんど決めていく。
 これなら、俺はいらないんじゃないか?とも思ったが、両騎士団の代表がいることが重要なのだろう。
 エグモントに文書にしてもらい、公爵の決裁を貰いに行く。

「閣下。こちらがアーデルベルト様と協議した結果でございます。ご決裁をお願いいたします」

 公爵は一瞥しただけでサインを入れる。

「よく見ろと言いたげだな。エグモントが確認しているのだろう。あの男は主人と同じく信頼に値する男だ。儂にはそれで十分だ」

 公爵は、俺にドライセンブルクに同行するよう求めてきた。
 俺は公爵が何か考えているような気がしたので、直接聞くことにした。

「元々ドライセンブルクに行く予定でしたから、同行させて頂くのは問題ありませんが、何をお考えですか?」

「陛下の前でそなたに証言してもらうやも知れん。それまでの間に儂の政敵がちょっかいを出してくると厄介でな。済まんが、少しの間我慢してもらおう」

 今回の件を利用して政敵にダメージを与えようと考えているのかもしれない。

(厄介なことに巻き込まれたな。政治のゴタゴタか、トラブル体質は選んでないはずなんだが...)

 公爵の部屋を辞去し、アマリーの下に向かう。

 その途中、アーデルベルトが俺を見つけて、笑顔で話しかけてきた。後ろには家宰のエグモントも付き従っている。
 アーデルベルトは俺が何者か聞いてきたので、騎士ではなく、一介の冒険者に過ぎないことを説明する。

 俺はエグモントにアマリーの世話をできる女性の手配を頼むと、すぐに手配してくれた。

 二人とはアマリーの部屋の前で別れ、ノックをして部屋に入る。
 中にはアマリーと世話をしてくれていた管理人の妻がいたが、管理人の妻はアマリーの反応がないことにほとほと困り果てていたようだ。
 着替えを済ませたというので、俺が礼を言うと、すぐに出て行った。

 俺はアマリーにこの先どうしたいか聞いてみた。だが、木窓が締め切られた薄暗い部屋の中で視点が定まらない目をしているだけで、何の反応もない。

 俺はアマリーの横に座り、明日からのことを話す。

「俺は明日ドライセンブルクに向けて出発する。君はここに残ることになるけどいいかい?」

 俺の言葉に対しても特に反応はないと思ったが、気付くと俺の服の袖口をしっかり掴んでいた。
 困った俺は放っておくこともできず、ドライセンブルクまで連れて行くことにした。

(閣下の口振りだと、ドライセンブルクに着いてもクロイツタール公爵家の屋敷か騎士団の詰所に泊まることになりそうだな。アマリーをどうしようか?)

と考え、後で公爵に確認することにした。

 しばらくするとエグモントが手配してくれたのか、アマリーの世話係がやってきた。
 俺はアマリーの世話を頼み、部屋を出ようとするが、アマリーは俺の服を掴んで離さない。
 仕方なくアマリーを連れて公爵の部屋に向かう。

 公爵にアマリーの処遇について聞いてみると、

「ここに置いておくより一緒に連れて行ったほうが安全かも知れん。帝国の草どもの行方もわからんしな。タイガ、面倒を見てやれ」

 俺がドライセンブルクに着いてからの話をすると、公爵家の屋敷に宿泊すれば問題なかろうとあっけなく解決してしまった。

 部屋に戻り世話係にアマリーの着替えと防寒着の準備を頼み、結局、一緒の部屋で休むことになった。

 蝋燭の火を消し、アマリーにおやすみといって寝ようとするが、隣の寝台から漏れる嗚咽の声が気になる。
 やはり、10代の少女、暗闇に包まれると家族や知り合いをすべて失ったショックが蘇って来るようだ。
 俺はアマリーの寝台の横に座り、手を握ってやる。
 嗚咽はしばらく続くが、やがて疲れたのか、静かな寝息に変わっていく。

 アマリーも俺と同じで”過去”を失った。
 正確には”過去を共有できる存在”を失ったというべきか。
 俺もこの世界に飛ばされ、過去を語り合える存在をすべて失っている。
 近所の友達と遊んだ話、家族といった旅行の話、修学旅行の思い出話、小学生の頃に見たアニメの話、中学時代に憧れたアイドルの話、音楽の話・・・大した話ではない。
 だが、これらを語り合うべき存在は今の俺にはいない。これからも現れないだろう。
 彼女も家族との思い出や村であった楽しい思い出など、笑いながら語り合える存在を失い、孤独になった。
 探せばジーレン村を出ていった人は何人かいるだろう。その人たちと出会えれば、少しは話も出来るのだろうが、それでこの孤独感が癒されるのだろうか。
 俺自身、自分の境遇を悲しいと感じたことはないが、この先、年を重ねていった時に寂しさを感じるのかもしれない。

 俺より、家族を突然失ったアマリーの運命の方が遥かに過酷だ。
 だが、独りぼっちになった過去を持つ者として、共感に似た思いが募ってくることを止めることはできなかった。


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