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第5章.ドライセンブルク編
第5章.ドライセンブルク編:第5話「惨劇のあと」
 戦闘が完全に終了した午前11時頃、クロイツタール公はレイナルド隊長に捕虜の監視と周囲の警戒を命じ、俺が捕まえた若い男を尋問している。
 公爵は男の顔を上げさせ、少し考えるような表情をする。

「そのほう、どこかで会ったことがあるな。名は何と言う」

 若い男はガクガクと震えるばかりで一向に答えない。
 公爵は突然何か思い出したような表情をする。

「確かウンケルバッハの家に連なるものであったな。何年か前に伯爵と共に陛下に謁見したのではないか」

 ここまで言われて観念したのか、顔を上げ自らの姓名を名乗ってきた。

「僕はコルネリウス・ウンケルバッハです。伯爵家に連なる僕がどうしてこのような理不尽な扱いを受けているのでしょうか」

 公爵は不愉快そうにコルネリウスに暗殺計画を知っていることを告げる。

「ほう、卿は儂が誰か判らんのか。儂を暗殺しようと伏兵まで準備しておるのにまだ言い逃れをするか」

 コルネリウスは青い顔をしながらも更に言い逃れようとする。

「仰る意味が判りません。僕はこの村を襲った盗賊がまた現れるという情報を掴んだのでここで待ち伏せしていただけです」

「では、卿と一緒におった傭兵風の兵士たちは何なのだ。クロイツタール騎士団の旗印に堂々と戦を仕掛け、ここに引き込んだのではないか」

「それが事実であるという証拠は? 閣下と騎士団の方がそう仰っているだけではありませんか。我々は一方的に襲い掛かられたのです」

 公爵はいい加減鬱陶しくなり、

「ほう、なぜ我々だけしかおらんと思う。そこにおるのはノルトハウゼン伯爵家のファーレル守備隊の騎士だ。我々が先に襲われたことは簡単に証明できるわ」

 コルネリウスは頭を垂れ、何か言い返そうとしているが、

「そなたらがジャルフ帝国と結託して儂を害そうとしたことは、そこにいる儂の手の者が聞いておるわ。昨日の村人虐殺の件と合わせて王都でじっくり聞かせてもらうぞ」

 コルネリウスは観念したのか、俯いたまま嗚咽を漏らしている。

 騎士団の手により、村人たちの遺体は次々と集められていく。

 まだ乳飲み子であろう子供を抱いた母親、老いた母親に覆い被さったまま事切れていた若い男、5、6歳の幼女を抱えた父親など、騎士たちも怒りに打ち震えながら遺体を丁重に並べていく。

 ジーレン村の人口がどの程度だったのかは不明だが、集められた遺体は既に30体を超えている。

(昨日の時点で俺が何とかしていれば少しは助けられたかもしれない。公爵の命と村人の命を天秤に掛けたわけじゃないけど、なにかできたんじゃないか...)

 俺は運び出される遺体を見つめ、唇をかみ締めていた。
 後ろから公爵が現れ、俺に向かって声を掛けてきた。

「そなたは今、この者達を助けられたのではと考えておるのではないか」

「はい。私がすぐに逃げ出さず、戦いを挑んでいれば...」

 俺は最後まで言葉を紡ぐことができず、再び唇をかみ締めている。
 公爵はそっと俺の肩に手を掛ける。

「先ほどそなたの戦いを見たが、更に強くなったな。だがな、一人で出来る限りことは限られておる。何もかも一人でやろうとするな」

 公爵は少し厳しい口調に変え、諭すように俺に話し出した。

「自分一人で何とかできたかもと思うのは傲慢な考えだ。そなたは最善を尽くした。もし雪の夜道を、危険を顧みずに知らせてくれねば、最悪帝国との戦争になっておったかもしれん」

「しかし...」

 それは違うと言おうとした俺を遮り、

「この者たちと戦争が起こった際に死ぬ者の数を比較しろと言っておるのではない。今できる最善のことをしても犠牲が出ることがある」

 公爵は苦い思い出でもあるのだろうか、遠くを見るような目をしている。

「忘れろとは言わん。過ぎたことで無駄に悩んでも誰も幸福しあわせにはなれん。判ったな」

 俺は黙って頷き、言葉の端々に戦場で生きてきたものだけが持つ重みというか凄みを感じている。
 
 少し気が楽になり、生存者の捜索を続ける騎士たちの手伝いをしていく。
 騎士2名と共に一軒の家を確認するため中に入る。この家には遺体が2体ある。

 一人は40代くらいの男、寝台を背にしてもたれ掛かるように倒れている。もう一人はその妻らしき女性で寝台に覆い被さるように亡くなっていた。

 騎士たちと黙祷を捧げた後、夫婦の遺体を外に運び出すため遺体を持ち上げる。

 その時、寝台の下から微かな物音がしたような気がした。

 遺体を運び出した後、再び家の中に戻り、寝台の藁のマットレスの下の板を外してみると、中には10代後半の若い女性が横たわっていた。

 最初は死んでいるのではないかと思ったが、規則的な呼吸の音が聞こえ生きていることがわかった。

 騎士の一人に公爵に報告するように頼み、俺は鑑定を使って状態を確認する。
 特にケガや異常状態は見られず、ただ疲れて眠っているだけのようだ。

 ホッとしていると周りの明るさに気付いたのか、目を覚ましたようだ。

 俺と騎士の姿を見ると、目を見開きいきなり悲鳴をあげる。

「いやぁぁぁぁ! ひっ、お父さん! お母さん! いやぁぁぁぁ!」

 恐ろしい体験が蘇ったのか、父と母を捜す幼子のように泣き叫び、俺たちは手が付けられない。できるだけやさしく声をかけ、落ち着くのを待つしかないようだ。
 
「大丈夫だから。悪い奴らはもういないから。安心して」

 一頻り泣いた後、少し落ち着いたのか、キョロキョロと周りを見ながら家族の安否を尋ねてきた。

「あの、家族は、父は、母は! 妹を知りませんか! 教えてください!」

 最後の方は半狂乱になり、落ち着かせるのに数分を要した。

「まずはゆっくり息を吸って。じゃ、ゆっくり吐いて。少し落ち着いた?」

 最初、10代後半かと思ったが、まだ幼い雰囲気を残しているので、15歳くらいなのかもしれない。
 身長は160cmくらいでかなり痩せている。冬なのに麻のワンピースのような服に裸足。少し汚れた感じはするが、白い肌と薄いブルーの瞳が印象的だ。笑顔ならかわいい感じなのだろうが、蒼ざめた顔に恐怖の表情を貼り付けており、おびえた小動物のようにも見える。
 少女は徐々に落ち着きを取り戻し、俺の問いかけにようやく反応した。

「俺の名前はタイガ。君は?」

「アマリーです...」

 消え入るような声で答えてくれる。

「アマリー、落ち着いて聞いてくれるかな。君のお父様とお母様は亡くなられたと思う」

 アマリーは両手で口を押え、見開かれた目からは涙が零れ落ちてきている。

「君が隠れていた寝台を守るように事切れていた。他の村の方と一緒に外に安置しているから会いにいくかい」

 アマリーは口を押えたまま小さく頷き、立ち上がる。

 俺はアマリーに自分のマントを掛けてやり、ふらつく体を支えながら、両親を横たえた場所に向かっていく。

 公爵も報告を受け、こちらに向かってきたが、アマリーの様子を見て声を掛けずに見守っている。

 村人の遺体が数十体安置されている場所に、アマリーの両親の遺体が寝台にあったシーツを掛けただけの状態で安置されていた。
 両親の遺体を見たアマリーはシーツを剥ぎ取り両親の遺体に縋り付いて泣き始める。

「お父さん、お母さん...どうして、どうして...いや...」

 何かを呟きながら5分ほど泣いていた。泣いているアマリーの肩を抱くようにし、妹の消息を聞いてみる。

「アマリー。辛いだろうけど、妹さんを捜さないと。妹さんの年恰好を教えてくれないか」

「エミリアは15...私と同じような服を着て...髪は三つ編みにしています...」

 途切れ途切れだが、妹の情報を少しずつ話していく。
 クロイツタール公が目配せをすると騎士たちが該当する遺体がないか確認しに行く。

 数分後、一人の騎士が該当する遺体を見つけたと報告してきた。

 アマリーを伴い遺体のところに行くと公爵が俺に聞こえるだけの声で

「陵辱された上で殺されている。かなり無残な遺体だった。体は見せないほうがよい」

 アマリーはエミリアの姿を見つけ膝を落とすように蹲る。顔を撫でながら何か呟いているが、近くにいる俺にもはっきりとは聞こえない。

 俺はアマリーの姿を見て、さっき吹っ切ったはずの後悔の念が再び湧き上がってくる。
 それ以上にこの惨劇を仕組んだ奴に対して怒りが込み上げてきている。

(何で皆殺しにする必要があるんだ! この人達が何をしたって言うんだ!)

 何をどうしていいのかは判らないが、少なくとも唯一の生存者であるアマリーから事情を聞かなければならない。

 時刻も正午を過ぎ、徒歩の捕虜たちをファーレルに運ぶには、もうそろそろタイムリミットになる。

 妹のエミリアの横に跪き、ブツブツと呟いているアマリーに事情を聞くのは酷だと思うが、ここまで係った以上俺が聞くしかない。

「エミリアはお父様、お母様と一緒に眠らせてあげよう。アマリー、少し休もう」

 なかなか動かないアマリーが立ち上がるのを待ち、近くの家に入っていく。

 公爵も後をついて来ており、一緒に事情を聞きたいようだ。

 アマリーに水筒を渡し飲むように促すと、喉が乾いていたのだろうゴクゴクと水を飲んでいく。
 水を飲み終わった頃を見計り、アマリーに事情を聞くため、できるだけ優しく問いかける。

「アマリーいいかい。何があったか、判る範囲でいいから教えて欲しい」

 アマリーは数秒考え込むように俯いた後、顔を上げて訥々と話し始めた。

「昨日の朝だったと思います。柄の悪い兵隊さんたちが大勢村にやってきました...ご領主様の命令があるので村にいるものは全員村長さんの家の前の広場に集まるように言われたんです...」

 アマリーは途切れ途切れに昨日の出来事を話し始めた。思い出したくないことを我慢して思い出しているようでところどころ辻褄が合わないが、要約すると、
・柄の悪い傭兵のような兵士が数十名(村人全員より多いくらい)やってきた
・領主の代理を名乗る青年が村人を広場に集めた
・集めた後、兵士たちが村人を取り囲み、一斉に村人を殺し始めた
・領主の代理は皆殺しにしろと叫び、助命を願う村人も殺していった
・アマリーと両親は広場に行くのが遅れたため、殺戮が始まった時にすぐに家に逃げ込んだ
・広場での殺戮が終わった後、一軒一軒家の中に生存者がいないか探していた
・両親はアマリーを寝台の下の物入れに隠し、その後兵士に殺された

 俺だけでなく公爵や騎士たちも苦虫噛み潰したような顔をし、アマリーの話を聞いていく。
 公爵の命令でコルネリウスが連れてこられ、アマリーに確認させる。

「こっ、この人です! この人が...」

 アマリーは悔しさからか言葉にならないが、領主の代理と名乗った若者と同じ人物であることが確認できた。
 
 公爵は主だったものを集め、今後の方針の協議に入る。
 俺はアマリーについていたため、協議には参加せず、彼女の世話を焼いていた。

 公爵は明日の朝までジーレン村に待機することとし、レイナルド隊長にクロイツタールとファーレルへ伝令を出すことを命じた。
 広場に並べられた遺体は村長の家とその隣の家に安置することとし、捕虜になった傭兵たちは縛られた上で遺体とともに一夜を過ごすように言い渡していた。
書いていてちょっとブルーな気分になりました。


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