第4章.シュバルツェンベルク編
第4章.シュバルツェンベルク編:第23話「冬至祭」
今日は冬至。一年で一番日が短い日だが、この世界では別の意味もある。
冬至は、一年の最後の日、人の生で言うと死を意味する日になる。
また、その年の恵みに感謝を捧げる日であるとともに、年が明ける、一年の再生を祝う日でもある。
太陽の恵みに感謝する情熱的な夏至祭、大地の恵みに感謝する陽気な収穫祭である秋分祭と比べ、冬至祭は過ぎていく年に感謝捧げる厳かな雰囲気と翌年に期待する陽気な雰囲気という2つの異なった雰囲気を持つ祭りである。
冬至の日の日没には、その年に亡くなった親族、友人らを追悼する行事もあり、前夜祭の賑わいとは打って変わり、静かな、そして神聖な雰囲気に包まれるが、その行事が終わると、徐々に賑やかさが戻り、日付が変わる頃には、盛大な篝火の中、陽気な音楽と踊りで新年を祝う、夏至祭、秋分祭にも劣らない陽気な祭りに変化していく。
風呂での騒動があった次の日、昨夜遅くまで盛り上がっていたことから、かなり遅い時間に目覚める。まだ、誰も起きていないようで、静かに寒い屋敷の中を食堂まで歩いていく。
まず、暖炉に火を入れ、厨房のオーブンも温めておく。
簡単なスープを作り、買ってあったパンをオーブンで温め、昨夜の残りの肉の串焼きを暖炉の火で炙り、簡単な朝食を作り、一人で食べている。
暖炉の火も安定してきた頃、5人が眠そうな目を擦りながら、食堂に入ってきた。
「みんな、お早う。オーブンは暖まっているから、パンを入れればすぐに焼けるし、スープもできているから、好きに食べていい。他は昨日の残り物しかないから、食べたい人だけ食べたら」
と、俺が言うと、5人はようやく目覚めたのか、朝食の準備を始める。
朝食を食べ終わった俺は、ハーブティを手に暖炉の前の椅子に座って、5人を眺めている。
(年が明けたらノイレンシュタットに行くという話しをいつ切り出そうか。昨日の感じだと、連れて行ってくれって言われそうだし、いいタイミングを考えないといけないな)
5人も朝食を取り終わり、お茶を持って暖炉の前に集まってくる。
「みんな、今日どうする予定?」
と聞くと、ノーラが代表して、
「去年の冬至祭はお金が無くて、迷宮にもぐっていました。今年はお休みを頂けるということなので、冬至祭を見て回ろうと思っています。ご主人様はどうされるのですか?」
「時間があるからいろいろ見て回ろうかと思っているけど、特に決めてはいないよ」
と俺が答えるとノーラが4人を見回し、皆で頷いている。
「では、みんなで一緒に冬至祭に行きませんか。その方が楽しそうですし」
「寒かったら、さっさと帰るかもしれないけど、それで良ければ一緒でも構わない」
厚手の服にマントを羽織って、外出の準備をする。
外に出ると、昨日よりかなり冷え込んだようで、冷たい風がマントを通して突き刺さり、露出している顔は寒さに強張っていく。
5人を見ると、寒そうな素振りも見せず、元気に話をしている。
(若いねぇ。仲のいい友達と遊びに出掛けるなら寒さも忘れるか)
妙におっさん臭いことを考えてしまい、少し自己嫌悪に陥っている。
5人と共に町の商業地域に足を向けると、子供たちが寒風の中、時折屋台を覗き、笑いながら走り回っている。
(この町にも子供がいたんだな。あんまり気にしたことがなかったけど、冒険者以外にも商人や職人がいるんだし、冒険者でも結婚している人もいるんだろうな)
俺たちも屋台を覗いたり、商店に入ったりしながら、商業区をゆっくり歩いていく。
3~4時間、屋台でジャンクフードっぽいものを食べながら、歩いていると、ノーラたちと初めて出会ったギラー商会の前に来ていた。
「ここで、みんなと初めて会ったんだよな。最初見た時は無視して通り過ぎるつもりだった」
俺は1ヶ月前を思い出し、無意識にそう呟く。それを聞いたノーラが、
「そうなんですか?」
「ああ、若い女冒険者が刃傷沙汰ってのもどうかと思ってね。つい、お節介をしただけだよ」
「私たちを見て気に入ったとかではなく?」
と、アンジェリークが遠慮なく、聞いてきたので、
「その時は思わなかったかな。その後、そこの食堂に行っただろ。そこで初めて、結構かわいい子たちだなって思ったけどね」
「では、どうして助けてくれたのですか?」
とクリスティーネが小声で聞いてくる。
「まあ、最初はギラーのやり口が気に入らなかったからかな。結局ギラーを敵に回すのはやばいと思ったし、うまく行けば味方にできそうだったから、やり込めなかったけどね」
5人は微妙な顔をして、俺の話しを聞いている。
(もしかして、運命の出会いみたいな話をして欲しかったのか? キャラじゃないんだけどちょっとからかってみるかな)
「ギラーのご機嫌を取るのに屋敷を買ったのは、みんなを守るためでもあったんだぞ。俺一人ならギラーに睨まれようが、何とかなっただろうけど、これ以上ちょっかい出されると、みんなを守れないと思って、金貨1000枚の屋敷を買ったんだぜ。でも、その価値はあったと思っているよ」
ノーラたちは、自分たちを守るために、気に入らないギラーの機嫌を取り、金貨1000枚の屋敷を買ってくれたと目を潤ませて俺を見つめる。
(ちょっと棒読みになったかな。みんなの表情はと...おいおい、そんなに真剣な表情で見るなよ。こいつら最近大胆になってきたから、軽口として取ってくれると思ったのに...こいつら乙女モードになってるよ)
「ご主人様...意に沿わないことまで...ありがとう...ございました」
と、うるうるした目でレーネが途切れ途切れに礼を言ってくる。
「ごめんごめん、今の冗談だから。気にしなくていいから」
俺がそう言っても、5人は潤んだ目で見つめることを止めない。
居た堪れなくなった俺は、
「さてと、ノーラ、次はどこに行く?」
「私の故郷では、冬至祭の夜は”家族”でゆっくりと過ごして、新年を祝います。夕食と明日の朝食を買って、お屋敷に帰ってはどうでしょうか?」
まだ、正午を少し回ったくらいの時間で、家に戻るには早すぎるような気がしたので、
「まだ、昼過ぎだけどもう少しゆっくり見て回ってもいいんじゃないの」
「お、お風呂も入れていただきたいですし...」
どうやら、風呂の準備時間も計算に入れているようで、他の4人も頷いている。
(自分たちで沸かす気はないのかよ!)
俺たちは、屋台や商店を回り、夕食用の料理と酒を買い、屋敷に戻っていく。
風呂は浴槽がでかいことと水が冷たいことから、風呂を沸かすのに3時間くらい掛かる。
一応、5人に風呂の沸かし方をレクチャーするが、今日はやってみたいことがあったので、自分で沸かすことにした。
やってみたいこととは、水を張った後に、第4階位の火属性魔法のフレイムランスを水に打ち込んだら、早く沸かせるかの実験だ。
やってみたら、見事に水蒸気爆発が発生。
5人が慌てて浴室にやって来る。
今年最後の大失敗だった。
再度水を張り直して、無事に風呂を沸かし終え、「今日は、一人で入るから」と宣言する。
5人は何か言いたそうだったが、俺は気付かない振りをして、さっさと1人で浴室に行く。
昨日のようなハーレム状態も慣れれば幸せなんだろうが、俺のようなヘタレには、一人でゆっくり入る風呂の方がいい。
手足を伸ばし、のんびり風呂に浸かる。冷たい水で顔を洗い、また、湯に浸かる。
鼻歌の一つも出てくるほど、リラックスできる。
1時間ほどのんびりと風呂を楽しんだ後、すっきりとした表情で風呂を出る。
今日も屋外に出して冷やしておいたビールで喉を潤し、ふぅ~と息を吐く。
「みんなもゆっくり入ってきたら。湯が熱かったら水で調整して」
と、声を掛けておいて、食堂の暖炉の前で一人、風呂上りの幸せな時間を過ごす。
(寒い冬の風呂上りに冷たいビールを飲み、ゆっくりと寛ぐのは至福の時間だなぁ。明後日にはシュバルツェンベルクを出発するから、のんびりできるのも今日、明日だけだし、今日はのんびりさせてもらおう)
1時間ほどで女性陣も風呂から上がってきた。
午後4時を過ぎ、外は暗くなり始めている。冷え込みの方もきつくなってきたので、暖炉に多めの薪を入れ、部屋を暖める。
全員で買ってきた夕食をテーブルの上に並べ、少し高かったが、5人の好みにあう甘めのロゼワインを開封する。
食事を始めようと思ったら、俺以外は皆、黙祷のような感じで目を瞑っている。
声を掛けられる雰囲気ではなかったので、5人が顔を上げるのを待っている。
数分後、顔を上げて話し始めたので、何をしていたのか聞いてみる。
「さっき、食事の前に黙祷みたいなことをしていたのはなんだ?」
「えっ、ご存じないんですか? 冬至の日の日没にはその年に亡くなった方を追悼するため、祈りを捧げるんですが...」
「そうなんだ。俺はそういうことに疎いから、何かあるときは教えてくれるとありがたい」
(そう言えば、冬至祭のイベントにそんなのがあるって聞いたよな。すっかり忘れていた)
夕食を終え、暖炉の周りで酒を飲みながら、のんびりとした時間を過ごしていく。
いいタイミングなので、俺は明後日からのドライセンブルク行きの話をすることにする。
「みんな聞いてくれ。ドライセンブルクに行くため、明後日にはここを出発しようと思っている。最短で1ヶ月くらい、長ければ3ヶ月くらい掛かると思う」
5人は突然の話に驚き、言葉が出ない。クリスティーネとレーネは泣きそうな顔になっている。
「何しにドライセンブルクにいかれるんですか?」
最初に立ち直ったアンジェリークが理由を尋ねてきた。
「目的は3つある。1つ目はドライセンブルクの鍛冶師デュオニュースに頼んである剣を取りに行くこと。2つ目はノイレンシュタットで屋敷の管理用の使用人を雇うこと。3つ目は俺を追っている盗賊のグンドルフと決着を付けるため、俺がここにいるという情報を積極的に流すこと」
ノーラが、3つ目のグンドルフとの決着を付ける話を聞いて、
「大丈夫なんでしょうか。まだ、ここなら安全なんじゃないでしょうか。無理をしなくてもいいと思うんですが...」
「まだ今なら、シュバルツェンベルクは大丈夫かもしれない。でも、奴は執念深いと聞いている。そのうち、俺を追いかけてやってくるだろう。守りに入っていては、こちらの身が持たない。多少危険でも情報を操作して、引きずり出した方がやりやすい。みんなにも危険が及ぶかもしれないけど、全力で守るから心配しないで欲しい」
「私たちも一緒に行くのよね。明日準備をすればいい?」
と、カティアが聞いてくる。
「いや、俺1人で行く。みんなはこのままここで訓練に励んで欲しい」
「どうしてですか。一緒に行きたいです」
レーネが縋り付くような目で聞いてくるが、
「酷い言い方かもしれないが、いまの実力では足手纏いだ。冬のシュバルツェン街道を護衛なしで進むつもりだから、1人の方が、気が楽だ。できるだけ早く戻ってくるから、ここで訓練していて欲しい」
「でも...」
「俺がいない間はミルコに頼んである。もし、何かトラブルがあったら、ミルコに相談してくれ」
「えっ! ミルコに相談するんですか。大丈夫なんですか」
「ミルコが自分で言い出したから大丈夫だ。酒飲みのどうしょうもない奴だけど言ったことは必ずやる男だから、安心していい」
昔のミルコの姿を思い出した5人は一瞬嫌な顔をするが、俺の説得で何とか納得してくれた。
その後は少し暗い雰囲気になったが、静かに冬至の夜を過ごしていった。
プルゼニ王国から大陸西部域南部のグロッセート王国・ヴェルス王国を経由しドライセン王国西部に向かったグンドルフの一味は3ヶ月掛けて約1000マイルの道程をほぼ走破した。
彼らはドライセン王国西部の都市ヴェスターシュテーデに近いヴェルス王国の国境の町セルヴァンスにいる。
ヴェスターシュテーデはハインツ・ハラルド・シュテーデ伯爵が治める町だが、当代のシュテーデ伯が無能であるため治安が悪く、グンドルフが以前西部で荒稼ぎできたのもシュテーデ伯爵領のおかげとも言える。
グンドルフは土地勘のあるシュテーデ伯爵領からドライセン王国に潜入するつもりだ。
「ようやくドライセンだ。ヴェスターシュテーデで情報を集めた後、ノイレンシュタットに向かう」
グンドルフは歪んだ笑みを浮かべながら
「くっくっくっ。待っていろよタイガ。見つけ出して、殺してくれと自分から言うまでいたぶってやる。野郎ども、目立たねぇようにいくから当分仕事はなしだ。判ったか」
「「へい!」」
グンドルフは狂気と恐怖で支配した手下たちを従え、ノイレンシュタットに向けて北上していく。
タイガくんに財宝を奪われてから5ヶ月。
いろいろありましたが、グンドルフ親分はついにドライセンに戻ってきました。
次話から第5章ドライセンブルク編に突入します。
大都会で二人の軌跡は...
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