第4章.シュバルツェンベルク編
第4章.シュバルツェンベルク編:第21話「屋敷の管理者」
今日は、冬至祭の前夜祭。
冒険者が集まるシュバルツェンベルクの街とはいえ、新年を迎える華やいだ雰囲気に街は包まれている。
特に来年は、西方暦1300年、ドライセン建国400周年、国王レオンハルト8世の即位35周年と3つの大きな意味を持つ年だ。
街のあちこちに新年を祝う垂れ幕や飾り付けがなされ、寒風が吹き荒ぶ中、街を歩く冒険者もいつもの少しギスギスした感じがない。
商店もここぞとばかりに店先に商品を並べ、財布の紐が緩んだ冒険者たちを待ち構えている。
そんな喧騒の中、街の北側にある色街へ向かっている。
色街も今日から書き入れ時なのか、珍しく朝から呼び込みの掛け声が響き、客の出入りも多い。
(なんか月に1回しか来ていないな。こういうことを頼むんなら、もう少し頻繁に来ないと行けないんだろうな)
エルナのいた娼館に入ると、午前中にも拘らず、待っている娼婦たちの数は少ない。
奥の方にいたエルナを見つけ、黙って女将に半金貨1枚を手渡し、エルナの元に向かう。
エルナは最初ビックリした顔をしているが、すぐに笑顔になり、腕を組んでくる。
部屋に入ると、エルナは体を預けるように俺にもたれかかり、
「ねぇ、タイガ。今日は抱いてくれるの?」
と甘えた声でエルナが聞いてくるが、俺は真顔で、
「エルナ、大事な話があるんだ。聞いてくれるか」
と言って、エルナの体を離して座らせる。
「大事な話ってなに」
「俺のところに来ないか。前に話した屋敷なんだが、昨日引き渡されたんだ。それで料理や掃除なんかの管理をやってほしいんだ」
エルナは驚いた顔をしているが、何も聞いてこない。俺は続けて、
「身請けの形でここから引き取るつもりなんだけど、俺は奴隷契約をする気はないんだ。もちろん買い取った時のお金は働いて返してもらうつもりだけどね。住み込みで月金貨3枚。もちろん食費を引いた金額だよ。月に金貨2枚くらい払ってくれれば、10年もしないうちに払い終わると思うんだけど」
エルナはこちらを見つめたまま、何も言わずにいる。
俺は沈黙に耐えられず、一人でペラペラとしゃべっている。
「エルナを買い取るのにいくら掛かるんだろう。女将に聞いたらいいのかな。エルナ、ここの経営者って誰だい?」
「ねぇ、タイガ。どういうこと? どうして私を買い取るの? 2回話しただけじゃない。私がいつも売れ残っているから同情したの?」
おどけた雰囲気でもなく、いつにない真面目な表情で俺に聞いてくる。
「そ、そんなことはないよ。話していて楽しいし、気疲れもしなさそうだったから何だけど変かな?」
「変よ。だって、月に1回、ちょっと話すだけなのよ。私がどんな女か知りもしないで身請けするなんて絶対おかしいわよ」
「俺と一緒に暮らすのはいやかい」
エルナは少し首を傾げて考えた後、
「わからないわ。ううん、多分イヤじゃない。」
「なら...」
「私はあなたのことが多分好き。でも、私のことを知らないあなたが私のことをずっと気にしてくれるとは思わない。あなたに飽きられたら、借金のかたに売られてしまうの?」
俺は言葉を失い、エルナを見つめるだけ。
「ううん、こんな言い方は卑怯よね。タイガなら飽きても家に置いてくれると思っているわよ。でもね、好きな男に同情だけされて、生きて続けていくのはイヤなの」
俺はエルナのことを何も考えていなかった。奴隷として娼婦になり、この生活を抜け出せるなら、すぐに飛びついてきてくれると思っていた。この世界の人も一個の人格を持った人間だということを忘れていた。
俺はエルナに向かい頭を下げ、
「ごめん。エルナのことを考えていなかった。俺の都合ばかり考えて...」
と謝罪の言葉を告げようとしたが、エルナは俺の頭を胸に抱き、
「馬鹿ね。タイガは悪くないのよ。普通、娼婦にこんなこと言えば、みんな泣いて喜ぶはずよ。私がおかしいの」
「エルナ。キスしていいか」
「ほんとにお馬鹿さん。ここはそういうところよ。黙ってキスすればいいの」
エルナと長く情熱的なくちづけをし、ベッドに倒れこんだ。
3時間ほどたった昼過ぎに、ベッドの中で抱き合いながら、
「また来るよ。さっきの話はエルナが納得できたら、いつでも言ってくれ」
「そうね。考えておくわ。もう少し間を空けずに来てくれるとうれしいんだけど」
「次も早くて1ヶ月後くらいだな。年明けからドライセンブルクに行くことになるから。土産は何がいい」
「もう、またそんなに先なの。お土産なんていいわよ。できるだけ早く会いに来てくれたら」
軽くほほを膨らせながら、俺の耳元でそう囁く。
その日も半金貨1枚をチップとして渡し、娼館を出る。
前夜祭で賑わう街を歩き、適当に昼食を取ろうと屋台を覗きながら、
(さて、エルナを雇う話しがボツになったから、別の手を考えないといけないな。ノイレンシュタットで奴隷を買うしかないか。冬だから寒いし、往復で1ヶ月弱も掛かるし、クロイツタールで人を雇えないかな。こっちだと半月で済むんだよな)
屋台で串焼きっぽいものを買って、食べながら歩いていると、鍛冶師のダグマルが声を掛けてきた。
「珍しいな。さすがに冬至祭まで迷宮に入らないか。ははは」
と少し酒が入っているようで、いつもより陽気な感じがする。
ちょうどいいので、家政婦の話をしてみたら、
「シュバルツェンベルクには堅気の人間はなかなか来たがらないからな。クロイツタールで人を雇うにしてもなかなか集まらないぞ」
「ここが嫌われる理由があるのか?まあ、冒険者が多いから、気が荒い奴が多いってイメージはあるだろうけど」
「冒険者が嫌われるんじゃなくて、この街自体が、なんっていうかな、女子供は呪われた街って思ってる奴が多いんだ。特に家政婦になるような、村娘みたいな純朴なのは難しいぞ」
「なんでなんだ?ただの迷宮のある街だろう」
「迷信深い田舎じゃ、この街は一度入ると生きて帰れないって話になってんだ。実際、村を出て冒険者になったような奴らの半分以上は迷宮で死んでいるしな。それ以外でも強くなれずに借金で身を売るなんて話もごろごろしているし、冒険者に憧れる子供に”シュバルツェンベルクに行ったら、2度と帰れないんだよ!”って親が脅すんだそうだ」
(ギルドの戦略の一環じゃないのか? 出来るだけ駆け出しは迷宮に来ないようにするための)
「なるほどね。でもクロイツタールくらいなら、シュバルツェンベルクに近いからそんな迷信を信じていないんじゃないか」
「クロイツタールっていやぁ、公爵様の人気が凄いだろ。近くの村のもんはクロイツタールで働けるってのが、一種のステータスになっているんだ。だから、こっちも難しいと思うぜ」
(脳筋の公爵様だが、確かに人気はありそうだ)
「なるほど、やっぱりデュオニュースさんのところに行くついでにノイレンシュタットで奴隷を買うしかないか」
「そうそう、早く行って師匠の剣を見せてくれ。それに奴隷を買うなら、今が一番いい時期だぞ」
「時期なんてあるのか?」
「収穫が終わって、人手が要らなくなる時期だし、冬を越すのに金も食いものもいる。冬至祭の前に奴隷商に売るのが田舎では一番一般的だからな。ノイレンシュタットには年明けくらいにいちばん奴隷が集まるのさ」
ダグマルの話を聞く限りでは、この時期にノイレンシュタットに行けば、安く奴隷を買えそうだ。
(ただ単にデュオニュースの剣が見たいだけのような気もするが、言っていることには一理あるんだよな。駄目もとでミルコにも相談するか)
ということで、ダグマルと別れ、ミルコのいる宿に向かう。
食堂で酒を飲んでいるだろうと当たりをつけ、宿の食堂に行くと案の定、一人で酒を飲んでいた。
「よう。昼間っから一人で酒か」
「うるせぇ!俺の勝手だろうが」
と、いつものように返してくる。
ミルコと同じテーブルに座り、宿の主人にエールを頼み、ノイレンシュタット行きについて相談してみる。
どうせ碌な答えもないだろうと思っていたら、意外とまともな答えが返ってきた。
「おめぇの腕ならデュオニュースも認めてくれるだろうさ。早めにいい剣に慣れておくのもいいかも知れん」
ここで言葉を切り、いつも以上に真剣な表情で言葉を繋いでいく。
「それにおめぇ、グンドルフのこと忘れてねぇか。シュバルツェンベルクは、王国の中でも外れの方だが、意外と噂は出て行くぞ。俺んところで修行してるって話は冒険者のネタにはちょうどいいはずだからな。そろそろ、奴のことを真剣に考える時じゃねぇか」
グンドルフのことを忘れていたわけではないが、ここなら大丈夫だと思いつつあったのは事実だ。実際、ギラーの情報網でもまだ俺の名前は外に出ていない。だが、48階で出会ったアドルフたちは俺の名前を知っていた。
奴がここまで追いかけてこなかったのは、最初に情報操作をした効果があったんだろうが、もうそろそろ戻ってきてもおかしくない。
いつ来るか判らない敵を待つのは辛い。こちらから情報を流して引き寄せるのも手かもしれない。
「年が明けたら、ドライセンブルクに行ってみるよ。早ければ1ヶ月くらいで戻ってこれるかもしれないけど、剣が出来ているかだな。下手をすると3ヶ月以上掛かるかもしれない」
「ゆっくり行って来い。ところで嬢ちゃんたちはどうすんだ。連れて行くのか?」
「いや、ここで修行させる。俺が言うのもなんだが、あんな腕では連れて行っても足手纏いだし、俺が帰ってくるまで修行させれば多少使えるようになるだろうよ」
「だろうな。俺も気にしておいてやる。好きに行って来い」
おれはビックリした顔でミルコをまじまじと見てしまう。
彼が人のことを気にするようになったことに驚きながらも、ここで突っ込みを入れると、ひねくれそうなので黙って聞いておくだけにした。
初投稿から2ヶ月たちました。
今後ともよろしくお願いします!
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