第4章.シュバルツェンベルク編
第4章.シュバルツェンベルク編:第10話「剣鬼の大技と習得方法」
休日でリフレッシュした翌日、
「タイガ、すっきりしているな。女でも買ったのか」
「娼館に行って来た。すっきりしたよ」
「ほう、おめぇはそうゆうところに行かねぇと思っていたが、おめぇも男だったんだな」
と言って、肩をぽーんと叩く。
(まあ、勘違いするなという方がおかしいし、このままで勘違いさせといても問題ないか)
今日から、ミルコの対大型魔物用の技を習う。
「俺には“龍殺し”みてぇな無茶苦茶な腕力がねぇからな。速度重視、手数重視でダメージを与えていくスタイルで技を磨いてきた」
「ああ、俺もそんな感じだな」
「だがな、分厚い皮の魔物やフルプレートみてぇな重装備の相手にはなかなか効かねぇ。特に51階層から出てくるオーガやトロルみてぇな大物には弱点を狙うやり方もなかなか通じねぇ」
「確かに赤熊のときにそう思ったよ。コツコツダメージを積み重ねていくしか方法がないのかって」
ミルコは持っている剣を上にかざしながら、
「そうよ。そこでだ、俺はどうやったら、こいつの一発の威力を上げられるかを考えた。タイガ、おめぇだったらどうするよ」
「そうだな。思いっきり振りかぶってから振り下ろすか、走りこんで剣ごとぶつかって行くかだな」
「思いっきり振りかぶっても剣速ってのは、それほど速くならねぇ。体ごとぶつかっていくのはなくはねぇが、わざわざ離れなきゃいけねぇし、動きの相当鈍い奴でも避けるのは難しくねぇ」
「じゃ、どうすんだよ」
「そこで、俺は考えたわけよ。いつも以上に腕以外の力も使えれば威力があがるんじゃねぇかってな」
「わからねぇな。剣は基本、腕力と背筋力だろ。他に使えそうなのは...腰か!」
「おっ、ちょっとは判ってるじゃねぇか。そうだよ。腰の回転を使って振り抜く。こうすりゃ、腕以外の腰と脚の力も使えるんだ」
と言って、剣を野球のスイングの様な横薙ぎの振りで軽く振って見せる。
(確かに野球のスイングのようにすれば剣速は早くなるかもしれないが、最初の溜めや振りぬいた後の隙は大きくなりはしないか?インパクトの瞬間は、叩きつけるようにするのか、切り抜くようにするのか、どっちだろう?)
「ミルコ、確かに威力は上がるが、最初の溜めと振りぬき後に隙ができないか。当てた瞬間は刃を滑らせて斬るのか、それとも叩きつけるのか、どっちなんだ?」
「一撃に賭けるんだからな、隙は仕方がねぇよ。当てる瞬間は斬るんじゃねぇ、叩き斬るんだ」
(なるほど、一撃必殺なら多少のリスクは仕方が無いか。確かに叩き付けないと金属鎧の表面で滑ってしまうかもしれないな。イメージは判った)
ミルコは、標的用のわら人形に向かい、背中を見せるくらい腰を捻り、腰の回転を生かして大きく踏み込み、横薙ぎの一閃を浴びせる。
ミルコはわら人形を斬った後も反動で回り、ちょうど一回転して正面を向く。
正面を向いたタイミングで、胴の辺りで真っ二つになったわら人形の上部分が地面に落ちていく。
(すげぇ。訓練用の模擬剣で真っ二つだ。使うタイミングは難しそうだけど、破壊力は倍以上じゃないか)
「タイガ、これを今日中に覚えろ。明日から、オークウォーリア相手にこの技だけで戦え。40階までは他の技の使用は禁止だ!」
(また、無茶を言う!)
36階からは、両手剣を持ったオークウォーリアが出てくる。ここまではいい。
37階は両手剣を持ったウォーリア2匹か、両手剣と槍の1匹ずつ、38階はウォーリア2匹にオークシャーマンが1匹と38階以降はシャーマンが入ってくる。
オークシャーマンは、コボルトやゴブリンのシャーマンと違い、すべての属性で第二階位までの魔法を使ってくるため、かなり厄介だと聞く。
「38階からはオークウォーリアだけじゃないぞ。ちょっと無理が無いか」
「オーク如きが4,5匹に増えただけで使えねぇ技なら、役に立たねぇ。覚えるのを諦めろ」
「判ったよ。やりゃいいんだろ」
(きつくなったら、技に拘らずに切り抜けよう。ミルコは見てないから大丈夫だろう)
「タイガ、因みに明日はこの剣を持っていけ。バランスは今の剣とほとんど変わらねぇから、変な癖はつかないだろう」
と言って、刃を潰した剣を投げてよこす。
(鬼だ。こんな訓練用の剣でオークウォーリアを相手にしろって言うのかよ。明日、生きて帰ってこれるかな)
がっくりと項垂れていると、
「さっさと訓練を始めろ。死にたくなかったら、今日中に覚えることだ」
その日は、一日中、必殺技=特殊スキル”強撃”の特訓になった。
夕方6時頃には何とか形になり、ほぼ使えるようになっていた。
翌日、8時に迷宮に入る。さすがに今日は階数・討伐数のノルマはなく、自分のペースで戦える。
今日は、オークウォーリア1匹ずつを相手にするため、36階をメインに戦うことにしている。
この辺りの階層は、他のパーティも多いので、なかなか敵に出会えない。
20分ほど歩いていると、前からオークウォーリアが向かってきた。
(ようやく1匹目か)
「グァガァァア!」
オークウォーリアは、剣を槍のように構え、咆哮を上げながら突進してくる。
オークウォーリアの間合いに入る直前、左にステップし、オークウォーリアの突きをかわす。普通なら、ここでがら空きの脇腹に突きを入れるんだが、今回は手を出さずにやり過ごす。
突きをかわされたオークウォーリアは、数メートル進んでから、踏み止まり、こちらに向かって向きを変える。
俺はゆっくりとオークウォーリアに近づき、強撃の構えを取る。
オークウォーリアに打ち込もうとするが、さすがにオークウォーリアも馬鹿ではなく、溜めの状態の時に攻撃を掛けてくる。
何とかかわすものの、向こうがぴんぴんしている時は、打ち込む隙がない。模擬剣とは言え、相手の攻撃を打ち払うことはできる。
(相手の攻撃を打ち払って、隙ができた瞬間を狙って打ち込むしかないな)
オークウォーリアが上段から打ち込んできたので、相手の剣をギリギリでかわして空振りさせ、踏鞴を踏ませる。その隙を狙って、気合と共に強撃を打ち込む。
「ハァーッ!」
強力な一撃がオークウォーリアの胸甲に当たり、胸甲が弾け飛ぶ。
オークウォーリアにも相当なダメージがあったようで、動きが止まっている。
(いける。もう一撃)
再度、強撃の構えでオークウォーリアの無防備な背中に向けて攻撃を掛ける。
オークウォーリアの脇腹にきれいに決まり、オークウォーリアは壁に向かって吹き飛ぶ。
オークウォーリアは剣を杖に立ち上がり、なおも攻撃を掛けてくるが、ダメージで動きが遅くなっており、容易に回避することができる。
オークウォーリアの攻撃をかわした後、やや下段からゴルフのスイングの様な強撃をオークウォーリアの太もも辺りに打ち込む。
オークウォーリアは苦悶の叫びを上げ、何とか立っている。だが、すでに攻撃を掛ける力は残っていないようだ。
止めにオークウォーリアの上半身目掛けて上斜め45度くらいの角度で強撃を打ち込む。
刃を潰した剣であるにも係わらず、オークウォーリアの肩から上半身の半分くらいまで食い込んでいる。
これが致命傷になったようで、オークウォーリアは白い光となって消えていく。
(すごい!この模擬剣でこの威力なら、いつもの俺の剣なら一撃かニ撃で倒せるかもしれない)
オークウォーリアの攻撃は、単調ではないものの、それほど手練というわけではない。
油断さえしなければ、比較的容易にかわすことができる。
うまくかわしさえすれば、相手のバランスが崩れるので、その隙に強撃を打ち込めるだろう。
しかし、複数を相手にする時は、どうすべきなんだろう。
オークウォーリア程度の攻撃なら、余裕で回避できるが、こちらの攻撃のタイミングが難しそうだ。何か対策を考えないと37階には行けない。
36階で2時間、計8回の戦闘をこなす。2度ほど相手の攻撃が掠ったが、ダメージなし。何とかこの技をものにできたようだ。
(37階に降りるか、このまま36階で戦うか、どっちにしようかな)
37階行きの階段で休憩しながら悩んでいると、37階側で戦闘の音が聞こえてきた。
ちょっと見学しようと降りていくと、5人組のパーティがオークウォーリア2匹と戦っている。
5人組のパーティは、よく見る標準型のパーティで、前衛に片手剣+小型盾が2人、中衛に槍使いが1人、後衛に弓使いが1人と魔術師が1人。魔術師は属性魔法が使える攻撃型のようだ。
(属性魔法の使い手を初めてみるな)
レベルは全員17でスキルも15前後、装備は中級者クラスのものが揃えられている。
(苦戦しているな。オークウォーリアの防御力に対して、前衛・中衛の攻撃力が少なすぎる。魔法の援護がないのも原因かな)
オークウォーリアの防御力は、固有の防御力とブレストアーマーの防御力を合わせて80程度。ロングソードの攻撃力は60、ショートスピアの攻撃力は40しかなく、スキルレベルも15程度なので、1回の攻撃で多くても5%程度のダメージしか与えられていない。
一方、オークウォーリアの攻撃力は110。前衛の防御力は、盾が35、ブレストアーマーがスキルと合わせて80。盾と鎧を合わせて防御力は115あるが、盾の防御を失敗すると80になってしまうため、防御を失敗すると1割以上HPを持っていかれている。
属性魔法の魔術師も魔力を温存するためか、魔法を使おうとしない。
(折角、人の魔法が見れると思ったのに残念だ)
前衛、中衛の3人でうまくカバーしあっているため、危機的な状況ではないが、この戦闘を終えたら、35階の転送室に戻る必要がありそうだ。
俺の場合、ほとんど回避してしまうから、オークウォーリアの攻撃力の実感は無かったが、こうやって人が戦っているのを見ると、かなりの強敵なのだと、今更ながらに感じてしまう。
(これを見ていると、俺の革鎧の防御力はわずか50だから、一撃食らうと体力を15%くらい持っていかれるな)
10分ほどの死闘の末、5人組のパーティは2匹のオークウォーリアを倒し、階段の方に戻ってきた。俺は道を開けながら、
「お疲れさん。休憩かい?」
と尋ねると、リーダーらしき弓使いが、
「いや、今日はこれで終わりだ。うちのパーティに治癒師がいればもう少し戦えるんだが、これ以上無理をすると全滅するからね」
と言って、階段を上がっていく。
(なかなか、いい判断だな。体力的にはもう2,3回戦えるんだろうけど、明日以降の体力を温存するためなんだろうな。さて、俺はどうするかな)
とりあえず、オークウォーリア2匹と戦ってみることにし、できるだけ階段に近いところをウロウロする。
10分ほどで剣を持ったオークウォーリアと槍を持ったオークウォーリアが近づいてきた。
オークウォーリア:
オークの希少種。大型の剣又は槍を好んで使う。
HP800,AR15,SR5,DR5,防御力30,獲得経験値120
短槍(スキルレベル15,AR50,SR65,レンジ8ft),アーマー(スキル5,50)
槍使いのオークウォーリアでショートスピアを装備している。
レンジが大きく、命中率も高いので、強撃を繰り出すタイミングが難しそうだ。
両手剣を持った方が前衛になり、槍を持った方が前衛のやや右後ろについている。
俺は36階と同じように敵の攻撃を回避した直後を狙い、強撃を打ち込む方法を取ろうとしたが、前衛の一撃を回避すると、後ろの槍使いが鋭い突きを入れ、それを回避していると前衛が体勢を立て直し、攻撃を掛けてくるというサイクルになり、隙ができない。
ここに至って、強撃の最大の弱点は足を止めてしまうことだと気付く。
足を止めなければ、移動しながら回避し、次の動きで攻撃に移るという一連の流れで攻撃を掛けられるが、強力な一撃を打ち込むためにはどうしても一旦、立ち止まって力を溜める必要があり、移動・回避と攻撃の間の流れが切れてしまう。
槍の攻撃まで予測して、回避すれば、次の攻撃に移れるが、前衛、後衛の両方の動きを予測しつつ、こちらの攻撃態勢に持っていくのは至難の技だ。
(このままでは無理だな。相手の攻撃をこっちの都合のいい場所に打たせるいい方法は無いのだろうか)
オークウォーリアの4回目の攻撃を回避したところで一度無理やり強撃を打ち込んでみたが、やはりきれいに決まらない。逆に槍の突きを食らってダメージを負ってしまった。
(位置取りでなんとかならないか)
オークウォーリアの左側に回りこむように避ければ槍の突きも左側から出てくるはずだ。踏み出しながら避ければ、槍の出てくるタイミングも早くなり、避けた後に強撃を打つことができるはずだ。
次の両手剣の攻撃を踏み込みながら回避し、槍が来るであろう軌道を予測して更に移動する。その位置で強撃の構えに入り、両手剣使いの腹部に剣を叩き込む。
両手剣使いのオークウォーリアは、腹を強く打たれたため、体をくの字に曲げ、口から血反吐を吐いている。
両手剣使いにダメージを与えた後、槍使いの突きが俺に向かって繰り出され、俺の右太ももを掠める。
(あぶねぇ。もう少しずれていたら、太ももにブッスリと槍が突き刺さるところだった)
血は出ているが、浅手のようで、動きに支障はない。
槍使いに接近し、槍が繰り出しにくいようにしてから、槍を切り上げて、バランスを崩す。
バランスを崩した槍使いに強撃を放ち、槍の中ほどから叩き折っておく。
武器を失った槍使いは折れた槍を二刀流のように構え、突っ込んでくるが、さっきまでの鋭い突きに比べ、はるかにかわしやすい。
数回の攻撃を回避しながら、強撃を打ち込み、槍使いを沈黙させる。
回復して立ち上がってきた両手剣使いの方は、36階と同じ方法で攻撃して始末しておく。
(2匹は難しいな。相手の攻撃をどれだけ予想できるかが肝だな。ケガの具合も大したことがないから、もう少し37階にいよう)
その後、1時間、5回の戦闘を37階でこなし、36階に上る階段のところに戻っていく。
(やはり両手剣使い2匹より、両手剣と槍使い1匹ずつの方が厄介だな)
槍による突きは、1対1なら懐に潜り込めばそれほど脅威ではない。だが、両手剣使いによる壁が作られると、鋭く正確に打ち込まれる突きは回避が難しい。
数回受けたダメージもすべて槍による攻撃で、太もも、二の腕など防具でカバーし切れていないところの被害が大きかった。
もっとも、ケガは既に治癒魔法で完治している。
胸、肩にも数回当たっているが、革鎧で防ぎきれている。だが、革鎧も所々に穴が開き、耐久力の方が心配になって来ている。
階段のところで1時間くらい休憩を取り、再び37階に戻っていく。
(2匹からの攻撃については、攻撃の予測を極めていくしかない。慣れるまで、この階で戦い続けることにしよう)
戦闘を続け、疲労が溜まると階段に戻り休憩。この繰り返しで更に7回の戦闘をこなし、外に出るため、36階に行く。
36階でもオークウォーリアに3回遭遇したが、2匹を相手にしてきたため、1対1なら全く問題にならない。
35階の転送室に到着し、外に出る。
時刻は午後4時。結局8時間くらい迷宮に篭っていたことになる。
本日の成果は、オークウォーリア35匹、銀貨70枚。
ギルドからの帰りに革鎧を修理に出す。
明日の朝には修理は完了するが、修理費は金貨1枚。
スキルも順調に上昇している。効率のいい訓練と思えば、革鎧の修理代は惜しくない。
翌日、ミルコに昨日の結果を報告。
「オークウォーリア程度でそのざまじゃ、まだまだだな。今日も迷宮だ」
迷宮に入ることは予想していたので問題ないが、どうしても気になっていたことをミルコに聞いてみる。
「なあ、ミルコ。この大技って名前があるのか?」
ミルコは何の話だというように「はぁ?」と呆けたような声を上げる。
「いや、名前を付けているのかなと思って...」
「タイガよぉ。おめぇ、もしかして技繰り出す時に技の名前を叫びたいのか?」
俺もその姿を想像し、声が小さくなっていく。
「いや、そんなことはないけど...」
「おめぇが付けてぇなら止めねぇが、そんな恥ずかしいこと俺の前でするなよ」
怒鳴りもせず、かわいそうな子を見るようなミルコの視線が痛い。
(言うんじゃなかった...)
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