第4章.シュバルツェンベルク編
第4章.シュバルツェンベルク編:第3話「迷宮」
空の月(10月)第2週風の曜(8日)、ミルコとの特訓も1ヶ月を過ぎた頃、
「タイガ、基本の型に関しちゃあ、もうほとんど教えることはねぇ。だが、型を覚えたからって即戦えるわけでもねぇ」
「戦いってやつは経験が物を言う。今日からは俺との模擬戦と迷宮での実戦を交互にやってもらう」
と宣言される。
「今日は迷宮に入って、10階層まで行って来い。いいか、10階層に進むまで出てくるんじゃねぇぞ」
俺は何も準備をしていないため、昨日のうちに言ってくれと文句を言うと
「馬鹿野郎。それじゃおもしろくねぇじゃないか。剣は持ってきているんだろうが、剣1本ありゃ充分だ。さっさと行って来い」
仕方なく、剣1本を背負い、迷宮の入口に向かう。
迷宮の入口では、ギルド職員が俺の装備を見て、困ったような顔をする。
「その装備で迷宮に入るんですか。もう少し装備を整えた方がいいと思いますよ」
「俺もそう思っているんだが、後ろの爺がこのまま行けとうるさいんでね。仕方が無いのさ」
「げっ!ミルコさん...判りました。この扉を抜ければ迷宮に入れます。5階層の主を倒せば転送用の魔法陣があるので入口の横の部屋に戻れます。では気をつけて」
ギルド職員もミルコを見て、早口で説明するだけで、それ以上何も言わなかった。
俺としては弁当も水筒も持っていないのでもう少しがんばって欲しかったんだが、仕方が無い。
俺は背中の剣を抜き、入口の扉を開けて迷宮に入っていく。
入口を抜ける時に少し抵抗がある。魔物が出られないような障壁の一種かもしれない。
中に入ると、高さ、幅ともに15フィート=4.5mの石造りの通路が現れる。
松明などの照明は無いが、天井がぼんやり光っており、照度的には問題ない。但し、自分の前後10mくらいしか光らないので、遠くから来る魔物に気付くのは難しい。
薄暗さや静けさ、冷たい床の感じが、どことなく、夜の学校の廊下を思い出させる。
通路を進んでいくと前から足音が聞こえる。
俺には鑑定があるので、鑑定を使って確認すると、
コボルト:
小型の直立した犬型の魔物。危機を感じると同族を呼び出すことがある。
HP100,AR2,SR0,DR0,防御力5,獲得経験値5
片手棍棒(スキルレベル0,AR20,SR10),アーマーなし
コボルトだ。
向こうはまだ気付いていないようだが、弱すぎて魔法を使う気もしない。
こちらから近づいていくと、尖った柴犬のような顔の小型の人型の魔物が棍棒を持って歩いている。
向こうも気付いたようで、棍棒を振り上げ、小型犬のような甲高い叫び声を上げて走ってくる。
軽く横にステップし、コボルトの首を切り落とす。
ほとんど何の抵抗もなく、コボルトの首が落ちる。
(へぇ?弱い?弱すぎるよ!)
野生のコボルトにあったことは無いが、こんなに弱くては野犬にも勝てない。集団戦が得意とか、罠が得意とかあるのだろうか。
首を切り落とされたコボルトは血を噴出すわけでもなく、白い光になって消えていく。
後には直径1cmくらいの黒曜石のような石が落ちていた。
(これが魔石か。これでいくらなんだろう。銅貨1枚くらいにはなるのかな?)
コボルトの首を落とした剣を見ても血は付いていない。血糊で切れ味が落ちる心配が無いのがうれしい。
コボルトを倒した後は2階に下りる階段を探すことを優先する。
10階に到達するまで出てくるなとの師匠のありがたい言葉を守るためだ。
通路には所々扉があり、開けると大抵コボルトがいる。面倒だが一つ一つ確認していく。
マッピングをせずに1階をうろつくこと1時間。ようやく下に下りる階段を見つける。
この間に8匹のコボルトを仕留めた。
2階に下りても同じような石造りの通路が続く。
2階はコボルトが2匹出てくるため、気を抜くと攻撃を受けてしまうが、所詮コボルトの攻撃であり、実害はない。
2階は運が良かったのか、30分程度で突破できた。
3階、4階と進み、1階層降りる毎に1匹ずつコボルトが増えていく。
しかし、進む速度に影響は出ない。
50匹以上コボルトを倒し、迷宮に入ってから、3時間半くらいでようやく5階にやってきた。
ここまで他の冒険者に一人もあっていない。直接、下の階に行くからだろう。
ようやく主のいる5階に来た。このフロアのどこかに主=ボスキャラがいる。
5匹のコボルトの群れを蹴散らしながら、5階の探索を進めていく。
30分ほどで雰囲気が違う扉を発見する。どうやらボスの間のようだ。
扉を押し開け、中に入ると、剣を持ち防具を着けたコボルトがいた。
コボルトウォーリアだ。
コボルトウォーリア:
コボルトの稀少種。武器を使うことができ、同族を指揮することがある。
HP300,AR8,SR2,DR2,防御力5,獲得経験値25
片手剣(スキルレベル10,AR30,SR10),アーマー(スキル5、20)
ゴブリンよりは強そうだが、オークよりはかなり弱い。
さすがに一太刀で倒すことはできなかったが、2回の攻撃で倒すことができた。
部屋の奥には入ってきた扉と同じような扉があり、その前には小さな宝箱が置いてある。
(宝箱だ!罠は掛かってなさそうだから、開けてみよう)
宝箱には銀貨1枚が入っていた。
(こんだけかよ!)
所詮コボルトだから仕方が無いかと思いつつも、諦めきれない。
宝箱を逆さにして振ってみるが何も出てこない。
(ふぅ、転送室に入ってみるか)
奥の扉を開け、転送室に入る。
入口で聞いた説明の通り、魔法陣が描かれている。
その横には下の階に降りる階段がある。
俺はここで一旦休憩をとり、魔法で水を作り出し、喉を潤す。
(せめて水筒くらい持ってこさせろっていうんだよ。くそ爺!)
5分ほど休憩した後、下に降りていく。
6階からはゴブリンが出てくるはずだ。
ゴブリンなら5匹出てこようが問題はない。
6階を進むこと数分、ゴブリンが1匹で出てきた。
森にいるゴブリンと同じく奇声を上げて突っ込んでくる。
「ギェェ!」
(相変わらず芸の無い奴だ)
棍棒が届く前にリーチ差で喉を切り裂く。
一撃で白い光になり、消えていく。
ミルコの指導の成果か、剣のブレが少なくなり、思ったところを切り裂くことができる。
6階も順調に30分ほどで通り抜け、7階に到着する。
7階では2匹連れだが、動きが単調なゴブリンの攻撃は当る気がしない。
回避と攻撃が一体となった動きでゴブリンを切り裂いていく。
(ミルコの教えてくれた型がかなり役に立っている。動きに無駄が無いから、相手の攻撃が良く見える。この点だけは感謝してもいいな)
7階から9階まで2時間で突破。入口から既に6時間経過している。
戦闘での疲労より歩きによる疲労の方が大きい。
(そういえば、ゴスラーにいる頃は良く歩いていたよな)
シュバルツェンベルクに来るまでは馬に乗ることが多く、シュバルツェンベルクに着いてからは剣を振ることばかりでほとんど歩いていないことに気付く。
10階に到着し、このフロアの主を倒せば地上に戻れる。
早く倒してしまおうと少し焦りが出たようだ。
通路を歩いている時、急に足元がふらつき、転倒してしまった。
なぜだろうと思って足元を見てみると深さ5cm、直径30cmくらいの窪みがあった。
よく見れば、気付いたはずだが、疲れと焦りでつまらない罠に嵌ってしまった。
幸い、軽い捻挫だけだったので治癒で回復させ、ここで休憩を取る。
(ふぅ、戦闘中じゃなくて良かったぁ)
いくらゴブリンとの戦闘でも転べば袋叩きに合う。これからは慎重に行くべきと改めて気持ちを引き締める。
通路の真ん中で休憩しているため、いつゴブリンの集団が現れてもおかしくない。
近づいてくる足音を聞いてから準備しても問題ないし、ここで10分間休憩をとった。
休憩中はゴブリンも遠慮したのか、一度も現れなかったが、その後は5分おきくらいの間隔で襲い掛かってくる。
さすがに5匹を相手にすると壁を背にしても横から攻撃されるため、何回か棍棒の打撃を受けてしまう。
ミルコの木剣の打撃の方がはるかに効いていたので、問題にはならない。
ただし、鬱陶しいことには甚だしい。
ミルコの型のうち、複数同時攻撃用の型を使ってみる。
正面の敵に斜めに袈裟懸けで斬り付け、その流れのまま左側の敵に下段から斬り上げで攻撃。
その勢いのまま、更に左の敵の首を斬り付け、左側の敵を排除してから、左回転して一番右の敵の胴を抜く。
そして最後にその右側の敵の鳩尾に突きを入れる。
これを一連の攻撃、3秒くらいで行うため、横から見ていると一瞬で切り倒したように見えるそうだ。
自分でやってみたが、一応一連の流れで倒しているが、やはりミルコのような流れる動きが出来ていない。
斬り抜く時に肉の抵抗で動きが遅くなることが原因のようだが、これは工夫というより訓練あるのみだろう。
更に20分ほど進むと5階にあったような扉に到着する。
扉を開けると、
ゴブリンウォーリア:
ゴブリンの稀少種。武器を使うことができ、同族を指揮することがある。
HP600,AR25,SR5,DR5,防御力30,獲得経験値100
片手剣(スキルレベル12,AR35,SR15),アーマー(スキル8、20)
魔法を使えば楽勝だが、剣だけで勝負してみる。
ゴブリンウォーリアとは言え、叫び声を上げながら突っ込んでくるのは普通のゴブリンと同じだ。
「ギェェ!」
さすがに剣のスキルを持っているだけあり、ゴブリンウォーリアの剣はそこそこいい音をさせて振りぬいてくる。
俺はゴブリンウォーリアの攻撃を避けながら、カウンター気味に胴を薙ぐ。
「グェ!ゴボッ」
胴を切り裂くとゴブリンウォーリアは呻くような声を上げるが、倒れない。
自らの皮膚に加え、革鎧を着ているため、ディルクの剣でも致命傷にはならないようだ。
距離をとって鑑定で確認すると、HPを3割くらいしか減らせていない。
その後は、ゴブリンウォーリアの攻撃を回避して、カウンターの繰り返し。
一撃も食らわず、ゴブリンウォーリアに完勝した。
宝箱を開けると銀貨3枚。
「はぁぁ...」
この脱力感の方がダメージは大きいような気がする。
奥の扉を開け、転送部屋に行く。所要時間約7時間。既に日は西にかなり傾向いている。
外に出ると、ミルコは当然おらず、一人でギルド支部に向かう。
倒した魔物の数を数えてもらうと、コボルト85匹、ゴブリン90匹、コボルトウォーリア、ゴブリンウォーリア各1匹だった。
魔石を換金すると、コボルトが銅貨1枚、ゴブリンが銅貨3枚、コボルトウォーリアが銅貨10枚、ゴブリンウォーリアが銅貨20枚の銀貨3枚、銅貨85枚だった。
これに宝箱の銀貨4枚を加え、銀貨7枚と銅貨85枚しかない。
ゴスラーで初クエストを受けた時でも銀貨14枚だったから、大体その半分。
10階以下に冒険者がいない理由が判った。
大河がミルコの特訓を受けている頃、グンドルフは、プルゼニ王国内を荒らし回っていた。
僅か1ヶ月半ほどで手下も20人以上に増え、商人たちが受けた損害額の総額は1000Gを超えている。
プルゼニ王国の街道では大規模な隊商を組まないと安全に荷物が運べないほどの状況になり、遂にプルゼニ王国騎士団がグンドルフの盗賊団を壊滅させるために出動することになる。
グンドルフの盗賊団は狡猾に立ち回り、騎士団の追跡を巧みにかわすが、追及が厳しくなったことに嫌気が差したグンドルフはプルゼニ王国から出国することを決断する。
「プルゼニもこんだけ警備が厳しくなったら、稼げねぇ。南に下って、グロッセート、ヴェルスから、ドライセンの西部に入って、ノイレンシュタットに行く」
手下の1人が、治安のいいドライセン王国に行くことに納得できず、グンドルフに理由を尋ねる。
「お頭、なんでドライセンなんかに行くんで。グロッセートあたりの方が楽に稼げるんじゃないんですかい」
「借りを返さねぇといけねぇやつが恐らくドライセンにいる」
グンドルフは少し考え、
「もしかしたら、スヘルデくらいに逃げているかも知れねぇが、ノイレンシュタットを通ったことは間違いねぇ。ここ(プルゼニ)で俺に従った奴らは、ドライセンでは面が割れてねぇから、ノイレンシュタットでそいつの逃げた先を探す」
「でも、お頭。いまくらいの稼ぎをしてりゃ、結構楽しくやっていけやすぜ。無理に追いかけなくても...ヒッ!グハッ!」
グンドルフは、大河の追跡に消極的な手下を斬り殺し、血走った目を手下たちに向ける。
「俺はタイガとかいう糞野郎を叩き殺す。着いてきたくない奴はここでぶっ殺す。途中で逃げようとした奴もぶっ殺す。判ったか!」
グンドルフは、日を追うごとにタイガへの怨念が大きくなり、残忍さも増している。
手下たちはこの狂人に従ったことを後悔し始めているが、従うしか生きる道はなかった。
ようやく迷宮です。
誰にも会わない迷宮も珍しいような...
7時間で7850円。時給1100円くらい、命懸けにしては安すぎます。
グンドルフさんは、見知らぬ土地で立ち上げて、1ヶ月半で1億円以上お稼ぎになる。親分は天才ですね。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。