ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
一部修正しました。
第3章.逃亡編
第3章.逃亡編:第15話「公爵との試合」
 クロイツタール城の訓練場は、床は剥き出しの土、広さは20m×40mくらいある。
 壁には各種訓練用の武器が掛けられており、訓練場の隅には標的用の木偶人形が数体置いてある。
 訓練場に入ると、公爵は上着を脱ぎ、公爵家当主という肩書からはうかがい知れないような筋肉質の体に慣れた手つきで次々と防具をつけていく。
 バスタードソード型の木剣を手に取っている。
 準備が終わった公爵は、茫然と見守る俺に

「好きな武器を選べ、準備ができたら、儂と手合わせしてもらおう」

(いきなり公爵と手合わせって、おかしいだろ!)

 普通は平騎士、期待している相手でも副長クラスが相手をすれば相当なものだ。王国の重臣中の重臣が冒険者風情と手合わせするのは感覚的におかしいと思う。

 公爵の行動に訝しみつつも、やるからにはと公爵を鑑定してみる。
 公爵のレベルは55、両手剣スキル50、片手剣スキル45とかなりの手練だった。

(公爵なんて地位の人がどうやってここまで高レベルになれるんだ。普通、前線には出ないだろうから、訓練だけでここまで上げたということか?)

 俺は仕方なく、一番しっくり来る両手剣を手に取り、訓練場の中央の公爵から10mくらい離れた位置で公爵と向き合う。

「閣下、私の戦い方は先ほど説明したとおり、魔法と剣の組合せです。万が一のことがありますので、剣のみでお手合わせさせていただきます」

「それでは詰まらん。魔法でも攻撃して来い。少々の魔法なら防いで見せるわ」

(騎士団総長って脳筋なのか!この国の将来を真剣に心配してしまうわ)

 唖然としながらも、仕方がないので肯定も否定もせず、剣を構える。

「では、参ります」

と言って、即座に剣を地面に突き刺し、ファイアボールの呪文を唱える。
 10秒ほどで魔法を完成させるが、公爵は魔法を見てみたいのか、ファイアボールが完成するまで元の位置から動いていない。

(そんなに見たいかね。しかし、公爵に当てるわけにもいかないから、ぎりぎりを狙って撃つか。間違っても当たるなよ)

 俺は公爵のすぐ横を通過するよう高速型のファイアボールを撃ち出す。秒速50m以上の高速型は、僅か0.2秒で公爵の横を通過、公爵は一歩も動けずに目を見張っている。
 ファイアボール発射とともに剣を引抜き、ダッシュで接近。
 公爵の首を狙った突きを入れる。
 ファイアボールに驚いていた公爵も瞬時に俺の剣に反応する。
 公爵の剣が俺の突きを軽く弾き、その軌道を逸らす。
 俺もこの突きが成功するとは思っていないので、弾かれた剣をすぐに引き寄せ、手首を狙った攻撃を繰り出す。
 これも簡単に防がれるが、レベル差を考えれば想定内。
 何度か攻撃を掛けるが、尽く防がれる。
 今までは俺の力量を見ていたのか、遂に公爵が攻撃を仕掛けてきた。
 一瞬にして、何気ない動作から横薙ぎの攻撃を胴に入れにくる。
 俺は慌てて剣で防ぐが、予備動作なしの軽そうな打ち込みがことのほか重い。

(おっ重い!こんなの何度も受けきれないよ)

 このままではあっさりと負けるので、奥の手を使うか、それともあっさり負けておくかで少し悩む。

(あっさり負けてもばれるんだろうな。奥の手を使ってみるか)

 俺は公爵の試すような攻撃を受けながら、奥の手を使うタイミングを計っていく。
 公爵の放つ俺の肩口を狙った上段からの袈裟懸けを、頭上で水平に持った剣で受け流す。だが、攻撃の軌道を変えただけで斬撃の勢いを殺しきれず、俺は剣を取り落としてしまう。
 地面付近まで下がった公爵の剣の切っ先が、逆袈裟に上がってくる前に着火の魔法=炎の剣で公爵の首を狙っていく。
 俺の炎の剣は公爵の首の直ぐ横に伸び、首の右側5cmくらいのところで動きを止める。
 勝ったと思った瞬間、公爵の剣も俺の首元にぴたりと止まっているのに気付く。
 逆袈裟に来ると思っていた公爵の攻撃は、どのような軌道を辿ったのか、喉元への突きに変わっていた。

(今の攻撃は全く見えなかった。あの勢いで振り下ろした剣がいつの間に突きに変わっていたのか。さすがに高レベルの騎士だ。動画を取っておけばよかったな)

 さすがレベル55、剣ではまったく相手にならず、奥の手で引き分けたと思ったが、それも間違いだったようだ。

(今のタイミングだと、俺の炎の剣で喉を狙ったとしても火傷を負わせた程度で俺の首は貫かれていただろうな)

「参りました」

と言って、俺は素直に降参する。

「ダリウス。今の試合どう見る」

「タイガ殿は敢えて外したようですが、初手のファイアボールを当てるつもりで放てば、閣下は避け切れなかったでしょう。命中していれば、防具では防ぎきれず閣下は動けなかったはず。その時点でタイガ殿の勝利でしょう。最後の火の魔法も目などを狙われれば、相打ちと言えるのではないでしょうか」

「お前もそう思うか。儂も同じ意見だ。魔術師隊のファイアボールは何度も見ているが、これほどの速さで飛ぶものは見たことがない。あの距離で撃たせたのが間違いだが、一歩も動けなかったぞ」

 さらに続けて、

「最後の炎の魔法、あれほど素早い発動の魔法は見たことがない。魔術師は接近戦が苦手とする定説が覆るぞ」

 公爵は俺の方を向き、

「のう、タイガ。そなた、我が騎士団に入らんか。これを以って入団試験としてもよい。どうだ」

(団長自ら勧誘か。クロイツタール騎士団にいればグンドルフに襲われる心配も少ないし、強くなることもできる。魅力的な提案だが、冒険者をやって自由を知った俺としては騎士団に縛られるのはどうもな。名門騎士団だから、俺のような戦い方は邪道と言われそうだし、断りたいけど、偉い人の誘いを断っても大丈夫かな)

 俺が答えに困り、黙っていると、条件に不満があると思ったのか、

「どうだ。正規の騎士に取り立てるぞ。騎士への叙任は国王陛下しかできんが、儂が陛下にお願いすれば、間違いなく、騎士になれる。どうだ、悪い話ではなかろう」

 更に好条件を提示してくる。
 だが、今日会ったばかりの一介の冒険者にここまで執心する理由が判らない。

「閣下、何ゆえこのような邪道な戦いをする私をお求めでしょうか?剣士としての実力は市井の冒険者にも劣ります。魔法についても正規の教育を受けた魔術師に劣るでしょう。閣下が私にそのような破格の待遇をお示しになる理由がわかりません」

 俺が理由を問うと、バルツァー副長が、

「タイガ殿、君はどうも勘違いをしているようだ。騎士団関係者以外で閣下から勝ちを奪ったものはここ数年では一人もいない。現時点で閣下に勝てるものは、この王国内を見ても20人はいないだろう。まして、剣を持ってまだ3ヶ月、これほどの戦いができる破格の素質を持ったものなどどこにもいない。君は自分を過小評価している」

 ここまで言われると悪い気はしないが、入団した後のことを考えるとどうも腰が引けてしまう。

「今回は、閣下が油断されただけで、もう一度手合わせすればあっという間に負けてしまいます」

「閣下が油断されたのは事実だろう。だが、実戦では負ければその時点で終わりだ。それにまだ奥の手を隠しているのではないか」

(うっ。見抜かれている。広範囲の窒息型ファイアストームを使えば、一度に限れば勝てる自信はあるが...)

「そのようなことはございません...」

 公爵もじれてきたのか、

「まあいい。で、どうだ、騎士団に入らんか」

と更に勧誘してくる。

(就活で苦労したのは何だったんだろう。こんなに偉い人から誘われるなんて日本ではありえないよな。でも、宮仕えってどうなんだろう)

 俺はきっぱりと断ることにした。

「閣下のお申し出はまことに名誉なことではございますが、お受けできません」

「なぜだ。すぐには無理だが、1年も訓練すれば中隊長くらいには取り立ててやるぞ」

 公爵は慌てて、更に好条件を付けてきた。

(ここまで言われると余計に入りにくいよな。名門騎士団だからきっと貴族や騎士階級が多い。そんなところにどこの馬の骨ともしれない俺が入って、いきなり出世したら絶対嫉妬される。実力がずば抜けているならともかく、今の俺では無理だろう。理詰めで説得するか)

「お受けできない理由は、3つございます。一つ目は、私の戦い方が正規の騎士の戦い方ではないことです。伝統ある騎士団の中では、私のような戦い方を認めたくない方も多くいらっしゃることでしょう」

「儂が取り立てた者にどうこういう騎士はおらん。国を守る騎士は、戦いに美しさを求めるのではなく、勝利を求めるために戦うのだ」

「確かに閣下がおっしゃれば騎士の方たちも表面上は納得されるでしょう。しかし、伝統と言うのはそう簡単に変えられるものでも変えていいものでもないのでは。表面に現れない不満はいつしか大きな不満になることもあります。その点を考慮頂ければと」

「判らんでもないが...」

(よし。うまくいきそうだ。後は義務と情に訴えれば行けるはず)

「二つ目の理由は、私がグンドルフに追われていると言うことです。この事実が広まれば、グンドルフは必ずここクロイツタールに来て、私に復讐を遂げようとするでしょう。私だけで済むのであれば問題ありませんが、私が騎士団に入っていれば、グンドルフは私を誘い出すため、様々な災いをクロイツタールにもたらすでしょう。少なくともグンドルフとの決着が着くまではどの騎士団であれ、入ることは避けたいと考えております」

「しかし、グンドルフがクロイツタールに来れば、騎士団の力を使って奴を排除できるとは考えんのか」

「騎士団、守備隊ではグンドルフを捕まえることができておりません。いつ来るのかわからない相手を常に警戒することは、北方の守護という騎士団本来の目的を阻害する恐れがあります。私一人のために国を危ぶませることはできません」

「ふむ。そう言われるとな少し言いづらくなるではないか...」

「騎士になるということは大変名誉なことですが、大きな義務も生じます。まだ義務に縛られたくない、冒険者として自由に生きていきたいという私の思いが三つ目の理由となります」

「儂も自由に生きて行きたいと思ったことはある。判った。今回は諦めよう。そなたが我が騎士団に入りたいと思えるようになったら、いつでも我が城の門を叩け」

 公爵は何か思いついたのか、バルツァー副長に耳打ちし、

「後で騎士団の証をそなたに授ける。受け取りを拒否することは認めぬ。また、我が騎士団がそなたを最初に認めた騎士団だということをしっかり記憶しておくように」

 俺は膝をつき、頭を下げ、神妙に公爵の言葉を聞いている。

(なんとか、断りきれたようだ。それにしても公爵はいい人だな。権力者なら無理やり引き入れることもできただろうに。それにしても騎士団の証ってなんだろう。まあ、入門許可証みたいなものだろう)

 訓練場を後にし、最初に待たされた控え室でエンリコと合流する。

「タイガ君、結局騎士団入りを断ったのかい。君も変わった男だね。名門クロイツタール騎士団には入りたくても入れない人が多いのに。まして公爵様の後ろ盾まで断るなんて」

「そうですね。自分でもそう思いますよ。でも、自由に勝るものは少ないと思うんですよね」

 1時間ほどして、バルツァー副長が剣を持つ鷲の意匠のエンブレムを手に持ってやってきた。

「タイガ殿、これが閣下のおっしゃっていた騎士団の証だ。通常のものは裏に部隊などの所属が書かれているが、君のものは”団長付”としてある。これを騎士団関係者に見せれば、立派に騎士団の一員として扱われるものだ。失くさないよう、しっかり管理してくれたまえ」

「えっ!ただの入門許可証を頂けると思っていましたが、それでは実質、入団したのと変わりがないような気がしますが?」

「私と閣下が事情を知っているから、何も問題はない。それにただの入門許可証では、閣下にお会いすることは難しいんだ。まあ、気にせず、持っていなさい」

(なんか、嵌められた臭いが、こっちが断っていれば問題ないだろう)

「判りました。大切にお預かりします」

「お預かりしますか...私も閣下と同様、いつでも歓迎するよ。グンドルフのことで助けがいるようならいつでも来なさい」

と言って、副長は控え室から出て行く。

(結局、公爵も副長もいい人なんだよな。グンドルフとの決着がついたら本気で考えようかな。一番いいのは、グンドルフが既にどこかで捕えられているっていうシナリオなんだけど)

 俺もこれで用事が無くなったので、城を出て行く。

(ふ~。朝の予想とは全く違う展開でなんか疲れたな。とりあえず、ギルドに行くか)

とギルドの建物に向かうことにした。


大河がギルドに向かった頃、クロイツタール公爵の執務室では、

「ダリウス。我が騎士団はそれほど魅力がないか。あれだけの条件で断る男がいるとは思わなんだぞ」

 公爵はかなり凹んでいるようだ。バルツァー副長が公爵をなだめるように、

「我が騎士団の魅力云々というより、かの男の生き方が関係しているのではないでしょうか。あの入団を断った際の理路整然としたもの言い、自らを律する精神。そこから考えますに、自らのけじめは自らの力で、他の力、特に大きな力を用いることを潔しとしない、そういった考えではないでしょうか」

「そうかもしれんな。だが、あの男がどこまで大きくなるのか、我が目の届くところで見たかったのだが、仕方がないか」

 大河が聞けば即座に否定したであろう過大な評価だ。

「はい、かの者も閣下に尊敬の念を感じておったと思います。そのうち我らの下に来るかもしれません」

「しかし、グレゴールのところにはいかないで欲しいな。ローゼンハイムの大隊長3人だけでも悔しいのに、あの男までグレゴールの下に行かれてはますます差が開いてしまうわ」

 公爵は競走に負けた子供の様な、悔しそうな顔を副長に見せ、それを見た副長はいつものように知らぬふりをするのであった。
なぜか公爵からモテモテのタイガ君。
貞操の危機を感じて断ったわけではありません。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。