第3章.逃亡編
第3章.逃亡編:第14話「クロイツタール公爵」
翌朝、いつもの通り、朝の訓練をした後、体を水で洗い、朝食に向かう。
マックス達も今日はゆっくりしているようで、シリルだけが朝食を食べていた。
「おはよう、シリル。他のみんなはまだ寝ているのかい」
「おはよう。ああ、いつもクエストが終了した翌日は昼頃までゆっくりしているんだ。俺は腹が減ったから食べに来ただけで、またベッドに戻るつもりだよ」
確かにいつもの鋭い眼ではなく、かなり眠そうな目をしている。
朝食を終え、今日の謁見の準備をする。いま持っている服で一番いいものを取り出し、装備とともにを身に付けていく。
準備も終わったので、ケヴィッツ商会に向かうとエンリコとヴィムが献上品の確認をしていた。
「おはようございます。少し早かったですか?」
「おはよう、ああ、もう少しで準備が終わるから、その辺に座って待っててくれ」
10分ほどで献上品の確認も終わり、公爵家の館、クロイツタール城に向かう。
エンリコもヴィムもかなりいい服を着込んでおり、気合が入っているように見える。
(王国の重臣中の重臣、三公爵の一人に会うとなれば、気合も入るか)
俺は自分の格好を見て、不安になり、
「エンリコさん、俺、こんな恰好で来てしまったけど大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。冒険者らしい格好の方が公爵様は喜ばれるだろう」
とのことだが、いつもより素気ない返事のようで、
(いつも会っていると言っている割にエンリコさんも緊張しているな。ヴィムを公爵に紹介するからなのか?)
商会から、城までは馬車で10分ほど。城門で少し待たされるが、事前に連絡してあったようで、すぐに城の中に通される。
馬車を厩舎近くに止め、献上品を城の使用人たちに預けると、俺たちは控室のようなところに通される。
(うぅぅ。なんか緊張してきた。就活の面接の待ち時間を思い出してきた。なんか、気を紛らすことはないかなぁ)
と徐々に緊張が高まってきている俺は控室をきょろきょろ見回す。控室は小さめの部屋で特に面白いものはない。
10分ほどすると、ヴィムだけが呼び出されて部屋を出ていく。
「ヴィムだけ呼び出しって、なんかあったんですか?」
とエンリコさんに聞くが、
「さあ、なんだろうな」
とあまり関心を示さない。
(理由もわからず、息子が一人呼び出されたら、心配するはずなのに、なぜだ?)
と不審に思うも、エンリコさんから“話しかけるなオーラ”が出ており、黙っていることにした。
ヴィムが出て行ってから、30分後、ようやく俺達も呼び出される。
控室からきれいな絨毯が敷かれた廊下を進み、謁見の間に通される。と思っていたら、広い謁見の間ではなく、公爵の執務室と思われる部屋だった。
部屋には王国北部の地図が壁に掛けられているだけで、装飾らしいものはほとんどない。
地図の反対側の壁にある”剣を持つ鷲”の紋章の軍旗が唯一の装飾と言える。
執務室の奥には、公爵であろう40代半ばの眼光の鋭い武人と、その後ろにやや細身の40歳くらいの男性が立っていた。
公爵は腰に長めのロングソードかバスタードソードをさげ、服の上からでも未だ鍛えていることが判る。後ろに立つ男も所作に隙がなく、相当腕の立つ武人なのだろう。
エンリコと俺はすぐに跪き、エンリコが俺のことを紹介している。
「公爵様、いつも御贔屓にしていただきありがとうございます。本日は公爵様の大切なものをお届けでき、私もほっとしております」
クロイツタール公爵は武人らしい太くよく響く声でエンリコを労う。
「うむ、今回は面倒なことを頼み、手間を掛けさせたな。儂の大切なものを確かに受け取った」
(何のことだ?全然話が見えない。こういう自分だけ蚊帳の外って状況、結構嫌いなんだよね。さっさと帰らしてもらえないかな)
「公爵様。ここにいるタイガが護衛をしてくれなければ、公爵様の大切なものを失っていたかもしれません。公爵様よりお言葉を授けてやっていただけないでしょうか」
突然、エンリコは俺を公爵に紹介した。
「ああ、タイガと言ったな。護衛としての活躍、エンリコより聞いておる。よく守ってくれた。礼を言うぞ」
(エンリコさん、不意打ちはやめてほしいよ。しかし、打合せておけばよかったなぁ。ここで答えてもいいんだろうか?偉い人に直接話すのはタブーとか無かったっけ?)
「タイガ君、直接お答えしても大丈夫だから」
俺の心の声が聞こえたのか、エンリコが俺に囁く。
仕方なく、公爵に対しできるだけ丁寧な言葉を使い、言葉を返す。
「公爵閣下、過分なお言葉ありがとうございます。しかし、私は自分の任務に従っただけで、任務を達成できたのも私の力だけではございません。他の冒険者仲間がいたからこそ、護衛の任務を達成できたと思っております。私への過分なお褒めのお言葉はご容赦願います」
(緊張して敬語が無茶苦茶だ。本当に俺だけの力じゃないんだし。しかし、なんで俺だけここに来てしまったんだろう)
「タイガよ、そなたは無欲なのか、それとも警戒しているのか。うぅむ、今回の輸送の本当の意味を聞いていないからか」
(本当の意味?)
「今回、エンリコが運んだのは、儂への献上品ではない。儂の息子ヴィルヘルムを内密に連れてくることが本当の依頼だった。ヴィルヘルム、入って来なさい」
俺達の後ろから、誰かが入ってくる音がする。そして、俺達の前で跪き、
「公爵様。私はまだ、自分が公爵様のお子、ヴィルヘルムであるという事実を受け入れられておりません。私はノイレンシュタットの平民、ヴィムでございます」
「ヴィルヘルム様。突然のお話で混乱されているのでしょうが、公爵様は十数年の間、お母上とヴィルヘルム様を探し続けておられたのです。なにとぞ、公爵様のお気持を汲んでいただきますようお願いします」
とエンリコがフォローを入れる。
(ヴィムは、公爵の庶子なのか。今回の任務は公爵の庶子をノイレンシュタットから領地であるクロイツタールに迎えることだったんだな。しかし、こういうのって契約違反じゃないのか?危険度が段違いだろ)
公爵は、ヴィルヘルムに横に来るよう言い、
「ヴィルヘルム、すぐに父と呼べとは言わん。だが、お前が儂の子であることは事実だ。その事実だけは認めてほしいのだがな」
ヴィムは、無言で公爵の横に立っている。
公爵は急に政治家の顔になり、ヴィルヘルムのクロイツタール入りの真相を話す。
「これで今回の任務がどういうものだったのか、おおよそ判ったかな。ヴィルヘルムを見つけた後、すぐにでもドライセンブルクの我が館に迎えようとも思った。しかしだ。ただの平民として暮らしていたヴィルヘルムにいきなり貴族社会に馴染めというのは無理がある。それに儂にも少なからず、政敵がいる。その政敵にヴィルヘルムの存在を嗅ぎつけられると厄介だった」
(だから、秘密裏にクロイツタールに呼んだのか。確かにいきなりドライセンブルクで公爵家の庶子として紹介されるのは酷だよな)
「幸い、今回の襲撃は儂の政敵が手を出してきたのではなく、馬鹿伯爵の単なる嫌がらせだ。1回目の襲撃はかなり際どかったようだがな」
公爵が馬鹿伯爵という時、苦々しい表情になったことに気づく。
(ウンケルバッハの森の襲撃は危ないじゃ、済まないだろう。皆殺しにするつもり満々だったような気がするぞ。ウンケルバッハ伯爵とクロイツタール公爵との間の確執は噂以上ということかな)
「エンリコから聞いたが、ウンケルバッハの森での襲撃では、そなたの活躍が無ければ護衛は全滅し、ヴィルヘルムにも危害加えられる恐れがあったそうではないか。エンリコはどのような戦いだったか、どうしても詳しくは語ってくれんがな」
(エンリコさんは公爵相手でも約束を守ってくれているんだ)
「そう言えば、そなたの剣はディルク師の業物で、デュオニュース師の武器も所有しているそうではないか。あのドワーフ2人に認められた男がどのように戦ったか、話してくれんか」
「閣下、私は不意の襲撃を受けて頭に血が上っており、戦いの様子を覚えておりません。護衛の長、マクシミリアンの指示に従って戦っただけでございます」
「ほう、この儂相手に売り込みをせんとは、益々気になるのぉ。ダリウス、そなたもそう思わんか」
と後ろに控える細身の男に語りかける。
「はい、私も気になりますな。タイガ殿、わが名はクロイツタール騎士団副長ダリウス・バルツァー。我が騎士団は入団希望者が多く、大した腕でもないのに口だけ達者なものが多くてな。閣下も私も辟易していたのだよ」
(うわ!日本人の癖でつい謙遜してしまったけど、逆効果だったかな?できれば、俺のことは無視してくれる方がいいだけどなぁ)
「タイガ君。公爵様もバルツァー様も信用しても良いお方です。正直にお話しした方がよいと思いますよ」
埒が明かないと思ったのか、エンリコが俺に小声で話しかけてきた。
(どうも、隠し通すことは無理そうだな。ここは素直に話すか)
「閣下。バルツァー様。少し話は長くなりますが、よろしいでしょうか」
と言い、盗賊のグンドルフに追われていること、魔法を使えること、襲撃時の戦闘の様子などを話していく。
「儂もダリウスもこのことは漏らさないと騎士として剣に誓おう。グンドルフは我らも捕まえようと手を尽くしたが、結局逃げられたからな。盗賊団を潰してくれたことには礼を言わねばならん」
「いえ、私も成り行きでこうなっただけでございます」
「成り行きか。そう言われてしまうと我が騎士団の立つ瀬がないな。まあいい、ところでタイガ。そなたの戦い方を儂に見せてくれんか。ダリウス、騎士団の訓練場は空いておるか。今から使うぞ」
(ええっ!なんでいきなりそういう方向に話が進む!)
「閣下。本日は野外演習の予定ですので、非番で自主的に訓練を行っているもの以外、使っておるものはおらぬかと」
「そうか、それは都合がよい。タイガ、よいな」
(ドワーフの鍛冶師といい、公爵といい、この世界の人間はこっちの都合はお構いなしか。まあ、仕方がないか)
「はぁ。判りました。お供します...」
俺は公爵、バルツァー副長に伴われ、城内の訓練場に向かう。
久しぶりに会話文が多いシーンです。
(苦手なのでみなさんの反応が心配です)
今回は、城での謁見シーンですが、武人公爵のイメージがうまく表現できません。キャラの設定が不安定だからかな?
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